脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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10話 男女でラーメンを食べる時に女性ってどんな気持ちなんだろう

「まさかとは思っていたけれど、拠点が近くなのね」

 

「あんな重装備でラーメン食うのも変な話だろ。常在戦場も構わないけど、休む時にはしっかり休まないとな」

 

「私は構わないのだけれど」

 

「俺が構うんだよ。色々と」

 

 リンちゃんと別れてしばらく。

 間もなく本格的に深い夜に入ろうとしている六分街を俺は心なしか重い足取りで11号と会話を重ねている。

 

 原因は言わずもがな、俺である。

 

 感覚的に言えばバイト先で知り合いに遭遇してしまわないかという落ち着きのなさと、身内に友達(意味深)みたいな妙な勘繰りをされたあの気恥ずかしさがない混ぜになった感じだろうか。

 

 だから装備と一緒にサラとエアリスも置いてきたことは、孤立無援となった今でも英断だと思ってる。

 

 俺が見知った女性を引き連れ、勝手知ったるこの街を歩いているという現状に戦々恐々としながら目的地──ラーメン屋の暖簾をめくった。

 

「いらっしゃ――自首しろクロ坊」

 

「ほぼノータイムで?」

 

「いや、違うぞ。悪気はないんだ。取り敢えずポーンとその首を社会規範的にな」

 

「なんにせよ軽いって。手作り人形か」

 

「100%俺の過失だが日頃の恨みだ。許せよクロ坊」

 

「もう故意だろ。軽んじられ過ぎてないか俺の首」

 

 俺を見て疲れた顔をした後に11号を見つめた直後に驚愕、取り敢えず出頭命令。

 ここまでおよそ0.2秒の早業。扱いが不審者を超えて住宅街に侵入してきた猿とか猪のソレであることに小一時間問い詰めたくなる。

 

「しばらくぶりね大将。楽しそうで何よりだわ」

 

「しかもあの時の嬢ちゃんと来たか……ラーメン屋でたまたま会った女をナンパとは、そんな顔してなかなか隅に置けないなクロ坊」

 

「大将」

 

 面白いものを見つけたとばかりににやけ始めた大将に向けて、視線でそういう扱いは失礼だと暗に込める。

 

「俺が若くて美人な子をひっかけるナンパ野郎って肩書きを背負う分には構わないけど、そんなやつに着いて行ったって誹りを受けるのは11号なんだぞ」

 

「そういうお前は女っけ一つ全く感じないカッチカチの奥手だろ」

 

「と・に・か・く! 俺と彼女はそんな浮ついたアレやソレじゃない。そもそも俺を見てラーメン屋に来る理由なんて大体察しがつくだろ。どんなやつだと思われてるんだ俺」

 

「死にそうな顔してラーメン食ってる終活兄ちゃん」

 

「字違くない?」

 

 反論の余地のない事実の指摘を勢いで封殺するが、大将の年の功とも言うべき怒涛の攻めにこちらのツッコミが追いつかない。

 

 このラーメン屋訪問だって普通にラーメンが食べたいだけ。短い付き合いだがその辺りが『分かってなさそう』なのは目に見えている。

 

 だから、この子はただの――。

 

「何を言っているかよくわからないけど、私はあなたに大いに興味があってこの食事会に誘ったの……迷惑、だったかしら」

 

「……それで? 嬢ちゃんはこう言ってるが?」

 

「……」

 

 ……どこか愉しむような、それでいて試すような大将の言葉に反論する気がみるみるうちに萎んでいくのがわかる。

 

 わかっている。

 俺も男だ。締めるべきところはちゃんと締めるべきだろう。

 いつもならないか頭のネジが外れた言葉の一つや二つ放ってやるところだが、生憎とここには11号がいる。

 

 彼女のそこはかとなく消沈した様子に、こんな否定の仕方は相手に失礼だったと猛省させられた。

 

「………………俺です。俺から誘いました」

 

「がっはっはっはっ! やっぱおめーなんじゃねぇか! ウジウジしやがって!」

 

「やっかましいわ」

 

「?」

 

「いいぞ気にしなくて。かっこつけたい男の体裁というか……まぁそういうアレ」

 

「成程。殴り合うのね?」

 

「違うんだが?」

 

 華やかな赤で彩られるラーメン屋に相応しい赤達磨の呵々大笑。

 

 俺はと言えば今この場で突っ伏したくなる衝動を堪えるのに必死だ。

 

 してやったりと言わんばかりに折れた俺を笑っている大将の姿と俺に11号は首を傾げている。

 

 大方彼女の方から誘った筈なのに俺の言動がいまいち噛み合わないとかそんな所だろうから、敢えて触れないのが賢明だろう。

 

 まぁこの辺りは面倒くさい男の機微というやつだ。

 理解しなくて良い。

 というか理解されたらそれはそれでどう反応すれば良いかわからない。

 

 

 ────だって、女の子からされるがまま誘われる男ってなんか恥ずかしいだろ。

 

 

「なるほどな、嬢ちゃんは嬢ちゃんでそういうタイプか……この先大変だぞ? クロ坊」

 

「そう思うならせめて黙って見守るくらいの度量は見せて欲しいんだけどなぁ……」

 

「そういうもんか? 俺としては困ってるお前さんを見れておもしろ……面白かったよ」

 

「なんでそのまま出力した?」

 

 せんそしーましょ(ガチ)したっていいんだぞこっちは。

 

「あなたはいつもこうなのかしら」

 

「そうだな。大体こんな感じだ」

 

「なんで大将がさも当然のように答えてんの?」

 

「なら大将、いつものを彼にも。とびきり辛いのを」

 

「あいよ。嬢ちゃんも同じで良いな?」

 

「こっそりアームの関節緩めてやろうかこの赤ダルマ」

 

 常連客の俺より常連客してる11号の姿に凄まじい敗北感を感じる。

 

 ……いや、よくよく考えてみればこういう発言を人前で恥ずかし気もなく言う11号も大概だが、そんな子の誘いにほいほい着いていく俺も大概だ。

 

 大将との会話にしてたってそうだ。

 いつも通りにふざけ倒せないことが俺の調子を崩してることを何よりも証明してしまっており、大将もそれに気づいて日頃の恨みとばかりに口撃を浴びせてくる。

 

 それでもそこはかとなく大将なりの気遣いも込められていることがこっちにはわかってしまうから、俺からしてみればかえって気恥ずかしい。

 

「『クリムゾンアイズ・ハーミット』ともここで食事を?」

 

「……まぁ、それなりには」

 

「何やら連携が手慣れていたわ……彼女はそういった訓練を積んでるようにも見えないし、あなたもそのような訓練に積極的に参加するとも思えない。これまでも何度も同じような任務を?」

 

「人をサボり魔みたいに言うな……まだあの子がプロキシの仕事を始めたばかりの頃に『ヴァルチャー』ってやつを追っている時に仲良くなったんだ」

 

 大将という緩衝材がいなくなったことで、話は自然と仕事にまつわるものに。

 

 色気もへったくれもないが、俺にとっては渡りに船。このほうが話もしやすいと言うものだ。

 

 潤滑油代わりにお冷を差し出して、互いに同時にグラスを傾けた。

 

「そっちこそどうなんだ? 小隊に所属してるなら他の隊員と飯の一つや二つ行ったりしても良いものだけど」

 

「……どうにも最近は皆忙しいみたいなの。『シード』の付き添いで『トリガー』はかかりきり。『鬼火』隊長もしばらくその任務での対応に追われてる」

 

「……それで今回の任務が回ってきたと」

 

 成程。

 人選ミスとまではいかないが、今回の仕事の妙な段取りに納得がいった。

 

 11号の性格からして、単独の潜入任務ならともかく間者として相手に取り入り敵地のリーダーに接触するなどという任務への適性はそこまで高くないのだろう。

 

 こういう狡っ辛い任務は俺みたいなテキトーな奴の方が性に合ってる。

 

 流れとしてはおおかた小隊メンバーが他の任務に割り振られて単独任務、そして懐に潜り込める段階で外部からの協力を得た、といったところだろう。

 

「風の噂によると、上官の肋骨を折って反乱軍の首領の一人を全身粉砕骨折させたそうよ」

 

「オボルス小隊ってどこぞの怒ると暴走しちゃう緑の巨人でもいたりするん?」

 

「巨人というか鉄人ね。彼――いえ、彼女は」

 

「??」

 

 全然情報の完結しない会話だった。

 隊員の一人は知能構造体だったりするのだろうか。

 いや、巨人という呼称で女性を指すのは違うと思うし、論理コアだけが女性型の男ロボだったりするのか。あるいは女性と見間違うような優雅さを持つ知能構造体とか。

 

 うん、考えるのやめよ。

 

「……まぁ、仲が良さそうならよかった。なんか11号ってこう……色々なところで人を誤解させそうな言動してるし。色んな意味で」

 

「そうね。少なくとも空白の職歴に思いを馳せてインターノットで見聞を広めていたどこぞの元兵士よりは健全よ」

 

「別に揶揄ってるんじゃないって。あとその偏見にまみれた肩書は取り消してくれ。病む」

 

「止血剤とモルヒネなら持ち合わせてるけど」

 

 別に致命傷ではない。そもそも対症療法にすらなっていない。

 姉ちゃんの脛を齧っていた経験から、『無職』だの『ニート』だのとブロックワード各種を聞くたびに胃がキリキリしてくるのだ。

 

 心の傷がモルヒネでどうにかなるなら世の中もう少し平和に違いない……いや、それはそれで市井をオーバードーズの患者が跋扈することになるから今とそんな変わらん気がしないでもない。

 

「少なくともあなたのように狂った言動をするタイプは真っ先に隊長が丸焼きにしてくることでしょう」

 

「おおよそ人間の扱いじゃない」

 

「だからあなたの言う仲が良い、という定義はよくわからないけれど……小隊のメンバーを私は信頼してるし、隊長たちも信頼してくれてると信じてる」

 

「……ならそれが一番だよ。そういう人が生きてて、一緒に戦えるっていうのは戦場じゃそれだけで頑張れる理由になるんだからな」

 

 くい、とお冷を傾ける。

 どことなく熱のこもった言葉は冷水によってその勢いを失って、浮上しかけていた碌でもない記憶と一緒に湧き出そうになった言葉と共に喉の奥へと仕舞い込んだ。

 

 

 だが――その見通しが甘かったことは言うまでもない。

 

 

「それが、あなたが軍を辞めた理由?」

 

「…………」

 

 喋り過ぎたことに気づいた頃にはもう遅い。

 隣にいる炎を思わせる銀色の兵士からしてみれば、俺の『熱』から生じた揺らぎを見逃すほどやわな観察眼はしていないらしい。

 

 吞み込んだ言葉の行先を探すように、意識を胸から下げたドックタグへと向けた。

 

「……」

 

「……顔色が良くないわ。あまり聞かない方が良いことだったのなら謝罪する」

 

「…………あぁ、違うんだ……別に、俺は……」

 

 だが、それを話すべきなのかわからない。

 こんな世の中、別に知らないことがあったって生きていけるし、必要のないことを知って死んだやつも知っている。

 

 少なくとも俺の仲間はそうだった。

 

 『ホロウ』なんていう碌でもない災害が蔓延っているこんな世界では特に。

 

 世界だけじゃなく人間すらも中身から()()()()()()()なんて、一体誰が知りたがるというのか。

 

「……ごめん……なんて言えばいいかわからない」

 

 胸から下げられている所々が歪み、欠けてしまっているドックタグに手を伸ばす。

 

 赤、黄、青に彩られたそれらは弾痕、刀傷にまみれたソレは喪ったものの欠片にして残滓。

 暖かな屋台から発せられる熱気と色が消え失せ、暗くて寒い、虚空の穴に蝕まれていく仲間の姿を幻視する。

 かつて温かな存在を示した認識票にもう熱が宿ることはないと知りながらも、自らの体温を分け与えるように強く、強く握りしめた。

 

 そうすれば、いつも冷静でいられた。

 

 そうすれば、いつも傍にいる気がした。

 

 そうすれば――何も喪ってないと、思える気がしていた。

 

 ……だが、そんなのは所詮は気休めだ。

 俺にとっては大事なことでも、彼女にとってはどうなのか。

 この軟弱を、『力』を持ちながらも足踏みに甘んじる自分を果たして認められるものか。

 彼女が俺から問いただそうとしているのはそういった類のもの。

 俺が答えれば、彼女にとって大事なものを傷つける結果になるのではないか、と。

 

 いつも軽々しく言葉を紡ぐ口が、溶けた鉛でもかけられたかのように重く感じていた。

 

 

「――はいよ、『デタラメ』ラーメンお待ち」

 

 

 そんな会話に割って入ったのは竹で出来た機械の義肢。

 

 虚を突かれて大将を見つめれば、そこにはいつも通り人好きのする赤い笑顔を浮かべた彼の姿がある。

 

「ま、こんなご時世だ。お互いはらわたに見せられないものの一つや二つあって当たり前だろうが――そんなもんは飯を食いながら話すくらいがトントンだろうよ」

 

「……その気遣いがさっき欲しかったんだけどなぁ」

 

「そりゃ無理だ」

 

 いや即答かよ。

 諦めが早いと諦めが良いは全然違うんだが?

 

「これでも空気は読んでるんだぞ? 湿っぽい話はラーメン食ってからだ。腹一杯になりゃ嫌な考えなんか一緒に洗い流せるさ」

 

「その水洗いってラーメンのスープみたいにこってりしてやしないか」

 

「贅沢なやつがいたもんだな」

 

 いやアンタのことなのだが。

 

「……取り敢えず食べよう。大将の言ってることも一理あるしな」

 

「そうね」

 

 目の前には以前と同じ紅赤朱(くれないせきしゅ)の麺料理が。

 

 赤に赤を煮詰めたような容貌は余人であれば辛さを超えて痛みを催すだろうが、俺と11号に限って言えば例外だ。

 

 割り箸を割った軽快な音と静かに手を叩く一礼。

 

 この辛味を受け入れるのに一寸の迷いのない、食に対する楽しみと敬意が込められていた。

 

「改めて見ると……」

 

「ドン引きするだろ?」

 

「人様の作ったラーメンにケチつけるたぁいい度胸じゃないかクロ坊……!」

 

「流石に節操がないって作ってる段階で思わなかったわけ?」

 

「お前のリクエストの集大成なんだよコレ」

 

 何言ってんだコイツと克明に物語っている大将の視線を受け止めながら、ようやくいつも通りのペースに戻せたと内心ほくそ笑む。

 

 だが大将の指摘通り我ながら節操がないと思ってるのもまた事実。

 

 辛味料理への耐性には定評のある我らが両親と姉ちゃんだが、あまりの辛さで父さんや母さん、姉さんに食べさせた時に総スカンを喰らって割と本気で殴られたのは今でも記憶に新しい。

 

「いえ、そういった意味では言っていない。このラーメンの出来栄え、見ただけでもわかるわ。今まで見た辛味の中でも群を抜いて練り上げられてる。至高の領域に近い」

 

「辛味の至高ってなんだろうな大将」

 

「少なくともお前さんがただのバカ舌じゃなかったってことだろ。嬢ちゃんならともかく、お前さんを思い浮かべながらこれ実験する側の気持ちを少しでも考えたことあるか」

 

「考えすぎてイカレたよ」

 

「元からイカレてたんだろ」

 

 大将がキレッキレである。殴り合いならいつでも歓迎だ。そのイカす竹アームを今すぐにでも素敵な物干し竿に変えてやることも辞さない。

 

 ……だが心なしかキラキラとした目でラーメンのどんぶりを見つめる11号の姿は、さながら遊園地で未知の遊具を視界に捉えた幼児のよう。

 

 そのような野暮な指摘は邪推でしかないだろう。

 

 それはそれとして諸々は大将と後日ゆっくり話そうと心に誓う。

 

「ったく、ちょっとしおらしくしてたと思ったらすぐコレだ……それで嬢ちゃん、このあいだ来てくれた時は聞きそびれちまったが、うちのラーメンの味はどうだい? 辛さの度数は文字通りデタラメだが、味は保証するぞ?」

 

「ええ。このキレ、最適解を突き詰められた具材の数々、専用調味料の追加による拡張性を残した優秀な基礎設計――最高よ」

 

 そんな俺と大将のやり取りを他所にラーメンを堪能し感嘆を口にする11号の姿はまさしくご満悦といった様子。

 

 小さな口にどんぶりから伸びる黄金と赤が吸い込まれていくたびに、任務中もまるで動くことのなかった表情が幾分か柔らかくなっていく様子は、彼女の言葉が嘘やお世辞のかげりなど一切ないことを何よりも証明している。

 

 ……うん。

 

 やはり飯は誰かと食べるのに限る、とこの時ばかりは本当の本当にそう思った。

 

 少なくとも一人でレーションを口に詰め込む作業をしてるよりかはよっぽど良い。

 

「……なにやら不躾な視線を感じるのだけれど」

 

「いやいや、たくさん食べてくれて嬉しいなぁって。食べ方も綺麗だからもっとさ」

 

「……その軟派な発言、あなたの内面を少なからず理解したぶん本音か建前か測りかねるわね」

 

「ごめんって。別に誰にだって言うわけじゃないから……じゃあほれ、お詫びで煮卵も追加だ」

 

「……! 支援物資、感謝するわ」

 

「支援て」

 

 食事にも軍人としての気質が反映されてしまっている現状に思わず苦笑いが零れる。

 

 うん、やはり話さない方が良いだろう。

 今、とても楽しそうにラーメンを食べている彼女を邪魔するような、文字通り水を差すような真似はとてもじゃないが出来ない。

 

 同じ防衛軍の兵士である彼女がこうして幸せそうに自分の好きなものに舌鼓を打っている。

 

 その事実だけで、勝手に救われておくことにしよう。

 

「――――私はね、コーバス」

 

 だが、どういうことか。

 

 厳粛で、静やかに。

 まるで俺の揺らぎを察したかのように、その言葉が口にされる。

 麺を啜っていた11号は箸を置き、彼女は残留する思考の痕跡を逃さず俺の心の中にある陰りを繋ぎ止めた。

 

 そしてこれは俺の都合の良い錯覚か否か。

 今回は間違えることなく呼ばれた俺のコードネームを口にする11号の様子は依然、どこか読めない、どことなく無機質な気配を漂わせている。

 

 けど俺には……まるで、治りかけの古傷を上からなぞるように言葉を選んでるように見えた。

 

「私は――とある理由から『裏切り』だけは絶対に許さないことにしてるの」

 

 彼女の声に明らかな嫌悪が滲む。

 『モグラさん』の任務を遂行していた際に見せていた、厳しいながらも優しいげな様相はどこにも感じられない。

 

 ゴーグルの先にある赤い眼はその視線を以て焼き尽くすかの如き灼熱を孕んでいた。

 

「……その裏切り者って言うのは、命令に逆らった兵士のことか? それとも――どんな理由であれ仲間を切り捨てて、それでも平気な顔をして生きているやつのことか」

 

 最後の言葉は思ったより低い声が出てきた。

 

 しまった、と思って次の言葉を探そうとして……こみ上げて来たそれをそっと胸にしまい込む。

 

 これは、決して嫌悪の類を込めたものではない。

 光の届かない一寸先の闇。

 踏み入れた先が泥沼か、底無しなのかもわからない状態。

 11号の答えがわからず、あらゆる選択が奈落に落ちかねないというのが今の状況だ。

 

 それはすなわち――彼女に二度と会えなくなる可能性を示唆している。

 

「――――」

 

 まばたきにすら満たないその一瞬、知らずうちに息を呑む。

 何を言っているのだと思うだろう。

 会って間もない、こなした任務は『モグラさん』から与えられた潜入任務と、現在は彼女が主導で遂行しているスパイ探しのみ。

 

 かつての戦友と共にした任務の数にはどうあっても比べるべくもない。

 

 なのに、だと言うのに。

 

 この目の前の――()()()()()()()()()()()()それでも俺を兵士の一人として認めてくれる女の子の出会いを、俺は息が乱されるほど得難いものに感じている。

 

「裏切りは罪なの。信じていた人、信じてくれていた人、残るしかなかった人、死ぬしかなかった人。それを全て切り捨ててしまう、魂の殺害なのよ」

 

「……」

 

 そうか。

 

 それが、彼女にとっての『裏切り』か。

 

 ……11号ならおおかた俺がこれまでどんなことをして来たか察していることだろう。でなかればああやって俺を止めてくれるような言葉など吐ける筈もない。

 

 ならば、だというのならば俺は。

 

 

 どうしてここに生き(居る)ているんだろう。

 

 

「でも――あなたは違う」

 

 

 だが俺のそんな考えは、裏切りという行為を断じた11号によって否定される。

 

 思わず顔を向ければそこには幾分か表情を柔らかくした彼女の表情があった。

 

 文字通り鉄の如く堅い顔つきであるのにも関わらず、暖色のゴーグルの先にある彼女の眼はとても優し気で、戦闘中の彼女が『焔』であるのなら今の彼女はさながら暖炉に灯った『温もり』そのものに見える。

 

 どこか寂し気な瞳はとっくに退役した今の俺を、それでもなお『兵士』だと言ってくれている。

 

「本来だったら逃げて然るべきところを、あなたは今もこうして苦しみながらも悔い続けてる――忘れないように、足掻き続けてくれている」

 

 言葉の一つ一つが、じわりじわりと熱になって広がっていく。

 

「だから、それで良いの――あなたの中に、あなた(■■■■)を信頼していた(わたし)が居たということを覚えててくれれば、それで」

 

 そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 まるで胸の内をさらけ出すように。

 

 誰にも踏み込ませなかったであろう内側を晒す痛みを堪えて……紛れもなく俺のために、11号は自らの傷を以て俺の在り方を認めてくれた。

 

 腐っていた過去も。

 燻っている今も。

 迷い続ける未来すらも。

 

 彼女は、肯定してくれたのだ。

 

「これがあなたに掛けるべき言葉かはわからないけど……ごめんなさい、どうにも私は励ますのには向いてないみたいようね」

 

「そんなことないぞ」

 

 その言葉を即座に否定する。

 舌に乗った脂を洗い流すようにお冷を押し込みながら、俺の切り返しに思いがけずと言った様子で11号が視線を向けてくる。

 

 思うに、こういったことにセンスを求めること自体がナンセンスだと思う。

 

 らしくなくたって良いし、取り繕う必要だってない。

 

 大事なのは何をした人が、どんなことを言ってくれたかだろう。

 

「少なくとも俺は、11号に居てくれて良かったって思うよ」

 

「……励ますどころかこうして励まされている私が?」

 

 何か今の発言に引っかかるところでもあっただろうか。

 

 というか今日の任務における工程にしたってそうだ。

 何やら『成果を得る』ことに重きを置いてるようだが……っていや、俺の所感はどうでも良くて。

 

「だって11号は俺に成果を示さなくても一緒に居てくれただろ」

 

「……」

 

 思えばここ最近は11号に背中を押して貰いっぱなしだ。

 

 こんな不審人物でしかない俺の背中を何度もこうしてラーメン屋に誘って、間違えようとした俺に声を届けてくれたのは紛れもない彼女だ。

 

 それはどんな成果よりも。

 どんなに難しい作戦を完遂したという事実よりも信頼に値すると思う。

 

「……そう……成果を示さなくても、ね」

 

「……俺、何か変なこと言ったか?」

 

「いいえ、何も。ただ……そうね」

 

「……?」

 

「あなたが所属していた部隊の人間にすごく会ってみたい。今のあなたを見てそう思ったわ、『ファイアボルト・レイヴンズ』」

 

「コーバスな。色々台無しだぞ」

 

「台無しなのは普段のあなたよ」

 

 さらっと酷いことを言われた。

 

 ……でも、あれだな。

 

 自分でも自慢したくなるような仲間に会ってみたいと言われるのは、存外に気持ち良いものだと今更ながら気づかされた。

 

「ラーメン伸びるぞ、お前ら」

 

「あ、ごめん大将」

 

「ごめんなさい大将。部下のメンタル管理も隊長、チームとしての務めなの」

 

「誰が部下じゃい」

 

 

 

 だから、ここで決めたのだ。

 

 

 次に彼女が危機に陥った時は――今度こそ間に合わせようと。

 

 

 少なくとも俺は、そう誓ったのだ。

 

 




タイトルで俺がどんなクリスマスを過ごしたか君たちも味わうといい……!
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