脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
青緑の羽織が風に乗る。
耳を刻み幾重にも連なる剣閃は余人の理解を超え、まさしく雲耀が如く。
視界を掠める一刀は蒼く、交わる度に心身を凍てつかせていく零度の焔。
迎え撃つ火焔と雷電、それらの一切を斬り払い薙ぎ捨てるは俺の知る限り届き得る者は一人としていない剣戟の極致。
濡羽色の長髪より伸びる三角の耳は、流麗なる獣の証とも言うべきなのだろう。
絶景の如きソレに、敵対してるというのに目を奪われている。
「――名前を聞いた時、何かの間違いかと思った」
向かい合ったのは一瞬。
『最強』との戦闘という激流に晒されてるというには、息継ぎにもなりはしない頼りない空白。
だが立ち会う彼女――星見雅にとってそれは、息を乱すまでもない児戯に等しかった。
「対ホロウ六課は災害的なエーテリアスやホロウの発生に伴い出動する。基本的にそれ以外は防衛軍や治安官など管轄だからだ」
その声は何もかもを削ぎ落したかのように何も感じない無機質なもの。
いっそ冷ややかに告げられるそれに込められた温度は文字通り皆無で、その口から吐き出される正しさは霞んだ筆先で文字を描くような虚しさが胸も耳も言葉と共に通り抜けていく。
「――――だが」
声に重力が乗る。
知古から明確な『敵』へ、
「――我々の頸を狙っての犯行となれば、その限りではない」
手にした刀の鯉口が切られ――蒼い狐火が牙を剥く。
黒い妖狐の放つ絶対零度の陽炎。地を這う蒼焔は肌を焼くように冷たく、凍える刀はさながら処刑人のよう。
……否、少なくとも俺にとっては間違いなく、彼女は俺を断罪する処刑人に違いなかった。
「よりにもよってお前が鬼に堕ちたか――玄飛」
対して俺はどうだ。
変わらない剣士と、変わり果てた俺。
かつて心を灼いた鋼の美しさは燦然と輝きを増し。
かつて焦がれた刃を追った俺は朽ちかけの鈍に堕ちた。
どちらがみすぼらしいかなど、一目瞭然だった。
「――――どう、でもいい」
だが、それも俺には既に価値のないもの。
強くも美しい剣閃は今や俺に差し向けられ、軍人として振るわれるべき刃を知古に振るっているというのに何も感じない。
無意味なのだ、なにもかも。
「もう、どうでもいい――全て」
軍人として掲げた誇りも、今まで積み上げてきたものも。
だから、終わりたい。
せめて、終わらせて欲しい。
誰の為にもなれなかった俺は――ここで消えたい。
「――――そう、か」
その後のことは、覚えていない。
斬られたのか、斬ったのか。
最後に思い出せるのは斬られる直前――胸に刺さった矢だけ。
だがこうして生きている以上、そういうことなのだろう。
情けを与えられたことを恥だとは思わない。
あの人に刃を向けた時点で、俺の命は既に俺のものではなくなっていた。
だが、よりによってあの人に生き永らえさせられたからこそ考えずにはいられない。
皆んなが皆んな、アンタみたいになれたら違ったのかな。
なぁ、雅さん。
◇
「……遅いわね。何をしてるのかしら、『スカーレットグレイス・リッター』は」
「だから『クリムゾンアイズ・ハーミット』な。赤って特徴からそこまで広げられる?」
「脳裏に迸るワードセンスだけで突き進むのよ」
「漫画雑誌の紙片食って生きながらえて来たタイプの人類?」
11号と出会って三度目の夜が来た。
下手したら秒単位で開催される彼女のコードネーム収穫祭をなんとか捌きながら、いつぞやの駐車場にてリンちゃんの到来を待ち続けている。
召集を受けた理由はもちろん、『モグラさん』より連絡を受けて次の作戦段階へ移った現状を共有するためだった。
「冗談よ。そもそも『パエトーン』と言う名は扮してるプロキシの名前でしょう。作戦は依然として遂行中。油断は禁物よ、『ダークウィング・スピリット』」
「大将のところで香辛料だけ脳にキメて来てきたみたいにキレッキレだな」
「美味しかったわ――まさしく赤き断末魔」
「最近消防車が出動したとか聞いたぞ」
「あとでしっかり謝罪しておきなさい」
「なんでバレた……?」
消防車のホースに吹き飛ばされるという稀有な体験をした出来事は未だ記憶に新しい。
この調子なら『新エリー都』の各ラーメン屋が治安局に摘発される日も近いだろう。
この場合、検挙されるのはあの辛さに耐えうる舌を持つ者かそのラーメンの開発した者か。
何を言ってるんだろうか俺は。
「あ、それはそうと火鍋チップスいる?」
「辛さは」
「火蜥蜴」
「いただくわ」
もっそもっそとエンゾウさんのおやつコーナーからかっぱらってきたチップスを11号と一緒に頬張る。任務前という指摘は野暮というものだ。食べとけばよかったなんてならないよう時として我々は実際の栄養価より心の栄養価に優先される。
これも全てホロウが悪いのよホロウが。
「お待たせー二人とも! お店の締め作業とかで遅くなっちゃった!」
そしてチップスをあっという間に一袋平らげた時のこと。
俺にとってはある意味聞きなれた声が、寝静まろうとしている六分街の駐車場にいっそ場違いなほど明るく響き渡った。
視界で捉えた声の主は先日はボンプの姿で相対したいわゆる中の人である女の子、リンちゃんの姿である。
「ようリンちゃん。眠れたら気持ちよさそうな夜だな」
「こんばんわ、プロキシ。17.5回の片手腕立て伏せを保留するか彼と話し合ってたところよ」
「……玄飛くん、これは?」
「防衛軍特有の罰則だな。カウントは1秒刻みで0.5回」
「なんでそんな中途半端な数字で切っちゃったわけ……?」
「ノリと勢いで苦痛を乗りこなすんだ」
「もしかして凄く頭の悪い話をしようとしてる?」
何を言っている。
昨今の未曾有のホロウ災害において数の暴力による鎮圧と制御を試みようと『旧都陥落』のころからその方針を変えていない武装集団だぞ。
それが脳筋でなくて何だというのか。
「破壊から生まれるのは創造よ。遅刻改善のためにまずはその軟弱な筋肉から破壊する」
「それで破壊されてるのはただの筋肉だし生まれるのもただの筋肉だろ」
「0.5の筋トレってどう観測してるかってツッコミはなし?」
「ちなみに俺の腕立て伏せ最高記録は531回」
「0.5のカウント形式どこ行ったの」
「安心してくれ。前職じゃ敵なしだった」
「味方もいなさそう」
今日も今日とてリンちゃんが相も変わらず辛辣である。反論の余地がないことを知ってのことだろうから余計に。
「ま、いつも通りっちゃいつも通りの玄飛くんのことは放置しておくとして……順調に仲良くなってるね二人とも? 良きかな良きかな、一時はどうなるかと思ったけど」
「ん? 『一時は』……?」
「神のみぞしる、ってやつだよ」
「いやキミしか知らんだろ」
何やら不穏なことを口にしているリンちゃんの発言。
早急に深掘りしたい衝動に駆られるが……妙な悪寒がしたので
触らぬ神に祟りなし。『殴れねぇだろ』と言わんばかりに笑みを浮かべ続けているリンちゃんの代理としておそらく実態を把握しているであろう彼女の兄に是非とも強めのビンタをしたい。肘で。顎に。
そんな俺とリンちゃんの不戦であり不毛な争いを見て首を傾げている11号の存在が唯一の救いだった。
「って、こんな井戸端会議をしに来たんじゃないよ。11号から進捗があったって聞いて」
「ええ……これが良いことなのか悪いことなのか。正直、私じゃ測りかねてる」
「そういえば作戦に変更があったって聞いたが……あれから状況が悪化したのか?」
「説明するから焦らないで」
最後のチップスを食べ終えた11号が放つただならぬ雰囲気に、俺とリンちゃんは佇まいを正す。
端的に言うと、うまく行き過ぎたようだった。
任務の成果は上々。
作戦の遂行時間は想定よりスムーズに終わり、防衛軍に対する仕込みを済ませつつ、幸か不幸かエーテリアスの強襲というアクシデントも重なった結果保有する戦闘能力の誇示と『パエトーン』に対する信頼性すらも示すことができた。
そう――強く示しすぎたのだ。
「『モグラさん』より受け取った次の指令は防衛軍において極秘扱いとなっている実験兵器の奪取よ」
「……大きく出たな『モグラさん』は」
「ただし人員は私とあなた、そしてプロキシのみ……肝心の反乱軍からの応援はないわ」
「……まだ警戒されてるのかな。もしくはバレちゃったとか?」
「可能性としては大いにあるな。軽んじられてるわけではないんだろうけど」
「問題はそこなの」
思えば前回の任務は過剰戦力も良いところだった。
既に腐ってるとは言え正式な軍人としての訓練を受けた小兵が一匹。
現役で防衛軍の最前線を張りこうして単独任務へ駆り出せるほどの信頼と卓越した実力を持つ兵士が一人。
そこに加えられるホロウという逢魔の迷い路を無条件に踏破し、電子戦においては軍の特殊工作員すら比べるべくもない実力を持つ
即席なうえ連携の訓練だってしていない。
部隊としては最低限の機能を備えたものだが、リンちゃんと11号の実力を鑑みれば盗聴機能付発信機の設置にはやり過ぎと思えるほどの戦力投入だ。
そこで次に出された指令が実験兵器の資料の奪取、あるいは破壊。
元はと言えば反乱軍の懐に潜り込むことを目的としたのが今回の任務だったわけだ。
……だが、これまでの成果から反乱軍の人員を割くまでもないと判断されてしまうという本末転倒の結果を迎えることになってしまった。
つまるところ原因は、俺達の頑張りすぎだった。
「……これってもしかしなくとも俺のせいかな、リンちゃん」
「う〜ん……一応『パエトーン』によるところってことになってるし、玄飛くんと11号のウデだったら遅かれ早かれ近しい状況にはなってたんじゃないかな」
「プロキシの言う通りよ、あなたの謝ることじゃない。私が当時の作戦を有効と判断し、あなたはその中で最善を尽くしただけ。むしろ謝れると私が困ってしまうわ」
「そっか……」
二人の表情を見るにその言葉からは沈痛な響きを感じない。
ならこれ以上の反省は11号の言う通り彼女らを困らせるだけだろう。
であればその気遣い分の仕事くらいは成果として返すことにしよう。
「それで、肝心の『モグラさん』の反応は? 相変わらずふごふごしてるのか」
「ここからはもっと慎重にいかないと。11号への疑いが決定打になるかもしれないからね」
「そうね、ふごふごしてるかは知らないけど――既にこちらの尻尾を掴んでいる可能性は考慮すべきと思うわ」
駐車場がどことなく重たい空気に満たされていく。
状況は明らかに難航している。防衛軍からの支援は望めず、敵の足取りは掴めどその目的はどことなくきな臭いことこのうえない。
ましてや相手は反乱軍。
事前に聞いた情報と個人的に調べておいて情報を照らし合わせれば、正規の訓練を受けた軍人だったものが多数所属し、部隊運用の経験のある士官の姿だってあったと耳にしている。
……本当なら使わないにこしたことはないんだろうけど。
だが今の状況を見れば、念のために行っていた『仕込み』は無駄にはならなさそうだった。
「……軍の対応はどうなってる?」
「任務は継続よ。作戦上における方針は私に委ねられている。仕掛け時は慎重に選ばないと」
「このタイミングで軍の兵器の破壊……包囲か、仕掛けを行うのか。いずれにしてもきな臭いな」
「そこであなた達二人よ」
言葉に合わせて11号が俺達を指さす。
今までのやり取りは現状の確認と今ある情報から生まれる不確定要素と目標の洗い出し。
どうやらここからが本題ということらしい。
「実験兵器がある場所はホロウ内で放棄された基地の内部にある。私たちの目標はこれらの哨戒に回っている防衛軍の兵士の目標を掻い潜り、資料の確保と兵器の本体にあるデータの抜き取りを行う必要がある」
「……エーテリアスによる天然の監視網と防衛軍の哨戒による二重の監視体制、ってことだよね」
「よっぽどの仕掛けがあるか、それだけの極秘の兵器開発をしていたってことになるな」
まぁ防衛軍ではよくある話だ。
ホロウに取り込まれた空間は基本的に法律は機能せず、建物の一部が外界で頭を出すと言った具合でホロウの影響下から脱しない限りは法的にも人的にも放棄された扱いになる。
そんなところ極秘の実験、兵器開発にはうってつけの場所だろう。
物資も人的資源も常にギリギリな防衛軍にとってこれらを利用しない手はない。
だが、問題はそこではない。
防衛軍のスパイをしている『モグラさん』が
話している限りそこまでの情報閲覧権限が与えられた役職でもなければ階級でもないのだろう。
はっきり言ってリンちゃんクラスの電子戦の実力が無い限り知る機会など皆無に等しい筈というのが、元防衛軍所属の兵士としての見解だ。
何にせよ嫌な流れになって来た。
「だとすれば防衛軍の同僚と遭遇するのは11号としてもマズイよね……玄飛くん」
「わかってるよ。俺が適任だ。それにさ、俺って人を煙に巻くのは得意分野だろ?」
「自分で言っていれば世話ないよ」
「役に立ってるから良いじゃん……それで、11号はその間に資料の確保。俺なら実験兵器も爆破もせず穏便に処理できるし――」
「――そのあたりなのだけれど」
その言葉を最後に一瞬、ゴーグル下にある紅い目がこちらへ真っすぐ向けられる。
その真剣さと強い力に退きそうになるのをどうにか堪えた。
「基地へ潜入し資料を盗むのと並行し、実験兵器を破壊する――その兵器を破壊するのは私に一任して欲しい」
空気が変わったのは一瞬。
だが呆気に取られている暇はない。
その言葉の意味に辿りつけば、とてもじゃないがそのように悠長に構えてはいられない。
思い起こされるラーメン屋での会話が、反射的に俺の纏う空気すらも変えさせた。
「……本気で言ってるのか? それは流れ的に俺だろ。なんで11号が?」
「……これは熟慮を重ねた結果よ。リスクはあるけど、反乱軍が未だに私を警戒している以上あえて疑われる材料を増やす必要はないわ」
「それ、万が一失敗した場合はどうなる」
思わずと言った具合に11号へ詰め寄る。
彼女にたじろぐ気配はない。
距離はみるみるうちに縮まって、最終的には俺と身長差のある彼女が俺を見上げ、俺は貌が間近に迫ったように視線のすぐ下にある彼女を見つめることになる。
初めて近くで見るコードネーム『11号』という兵士の貌付き。
熟練の兵士然とした立ち振る舞いに反して、その造形は怖いほど整っていながらどこか幼さを感じさせていた。
「部外者が機密に触れた時の軍人がするべき対応は、あなたが一番理解しているでしょう?」
「……」
「それに私は『裏切り者』を絶対に許さない。見つけ出して正義を守るためなら……私は進んでリスクを冒す」
紅い目は依然として真っすぐとこちらを見つめている。
負けじと視線を交えるが、互いに気勢が削がれるようなことはしない。
わかっている。
11号が考えなしでこんなこと言うわけがないことくらい。
だが、その『配慮』は俺には不要なものだ。
よしんば作戦だったとしても、俺というリスクヘッジ要員としての強みを殺してしまっているのはいただけない。キーボードで打ち込めるメールをわざわざ手書きの手紙に切り替えるようなものと言った方がわかりやすいだろうか。
明らかに俺が今の防衛軍に接触しないようにしてくれている配慮は、それこそ彼女のような現役の正規軍人にこそ行われるべきなのだ。
「……軍の極秘扱いの武装だろ。軍だって馬鹿じゃない。最悪キミが裏切りモノ扱いを受けるぞ」
「承知のうえよ――ここで任務遂行のための犠牲になれば、私の忠義は証明できる」
「――その犠牲って言い方、俺は好きじゃない」
ひり、と着火した火種が黒く焦げ付いたかのように空気がさざめく。
「所属は違えど、あなたにかつての同胞を斬らせる可能性のある任務なんてさせられないの……あなたのことを知ったら、なおのことね」
「……ならなおさら俺が行ったほうが良い。いざとなれば俺をつき出してくれれば良いんだ。なんでそんな、自分から汚れを被りに行くような真似をキミがしなきゃならないんだ」
「……これは私の兵士としての責任なの。何より、私にそのような恥知らずな真似をしろと?」
それだってわかっている。
軍人とは忠義が全て。いかに命令に従うかが軍人としての強さを測る指標になりうる。
でも、それじゃ駄目なんだ。
とっくに軍人として壊れた身で何を言っているんだという言い分は理解しよう。
でもそれは耐えられるとか、耐えられないとかそういう問題じゃないんだ。
人間がそんな部品のような扱いを受ける理由なんて、本当はどこにもないってことを11号は知らないからこんなことが言えるのだ。
「俺は、そんなに頑張ってるキミが裏切りモノの誹りを受けかねないのが我慢ならない」
「あなたはもう兵士じゃないわ。兵士の責任は兵士が負うものよ」
「……ちょっと二人とも?」
すぐ傍で話し合いの成り行きを見守っていたリンちゃんの顔色が変わる。
わかっている、大丈夫だ。
俺は別に11号に対して怒ってるわけじゃない。これは誓って本当だ。
そしてそれはきっと11号だって同じの筈だ。彼女の気持ちは大いに理解できる。
同じ任務を受け、同じ釜の飯を食った相手を害する全てなんてクソ喰らえだ。クソッタレだ。
でもだからこそ、ここで退くわけにはいかないのだ。
俺はもう兵士じゃない。
だから――兵士として選べなかった道を今度こそ、自分の手で選びたいのだ。
「兵士じゃないなら、友達として俺は助けたいんだ――今度こそ、必ず」
「兵士じゃないから――友人として私はあなたをこれ以上無駄な争いに巻き込みたくないの」
俺と11号と互いに向き直るのはほぼ同時。
二人して微動だにしていない。
ひりひりとした空気が、嫌でも場の空気を引き締めさせる。
俺も彼女ももう互いを見ていない。
代わりに視線は自然とそれ以外――相手の一挙一動へ。
武器に手をかけてはいないというのに、思わず11号が背中に装着した武装が目に入ってしまう。
だが、何よりも不思議なのは。
何よりも、不可解なのは。
一触即発と言わんばかりに張り詰めた空気のさなか――互いに対して戦意も、怒りすら微塵も感じ取っていないということだった。
「ストーーップ! ストーーーーップ! いったん落ち着いてよ二人とも!」
ただならぬ空気を察してか、リンちゃんが俺と11号の視線を断ち切るように向き合う俺達の間に体をねじ込んだ。
「お互いにそんな気遣えてるのに衝突し合うなんてヘンだよ! 軍人だったら二人とも妥協点を探して折り合いをつけなきゃ! そうでしょ!?」
「リンちゃん、別に喧嘩してるってわけじゃ」
「そうよプロキシ、何をそんなに慌てているの」
「あの空気で!? 何かの冗談でしょ!? 今にも斬りかかりそうな雰囲気だったけど!?」
いや、マジだ。
ただならぬ雰囲気を放っていた自覚はあったが、互いに相手を傷つける気は微塵もない。
利用するなら何でも利用し、それで失われるのは精々
11号もそんなリンちゃんの勢いに充てられてか、徐々にその気勢を削がれてしまっている。
辺りにはすっかり元の夜の静寂が戻っている辺り、流石は伝説のプロキシの手腕と言ったところか。仕事仲間の取り纏めはお手の物らしい。
「と、とにかく、ここはスピード勝負でいこう! 私は諸事情あって玄飛くんについて行くけど、私の方でもリソースをこっちに割いて11号にすぐにでも駆け付けられるようにするから。二人ともそれで良いよね?」
「……まぁその辺りが妥当か」
「良い落としどころね。流石は『カーマインアイス・ハーメルン』」
「なんでよりにもよってそこで間違えるかなぁ!?」
「大変だなリンちゃん」
「あんたも当事者なの忘れないでくれる!?」
張り詰めていた空気がみるみる弛緩していくが、その代わりと言わんばかりにリンちゃんの疲労は相対的に増していってる気がしてならない。
「じゃあ準備してくるから……あ、私が居ないからって喧嘩しちゃ駄目だからね」
「しないって」
「するわけないでしょう」
「信用ならないなぁ……」
だが俺達の様子にこれ以上言っても仕方がないと判断したのか、あーだこーだ言いながら駐車場の外へ遠ざかっていくリンちゃんの背を俺と11号は視線だけで見送って、密かに一息つく。
「……喧嘩じゃなかったよな?」
「健全な話し合いの範疇ね」
「だよな」
嘘つけ、って言葉がどこかから聞こえた気がしなくもないが気にしない。現役軍人と元軍人、俺と11号でしか通じないことの一つ二つあったってなんの不思議もないだろう。
リンちゃんからしてみれば気が気でなかっただろうが、先ほどの11号とのやり取りはお互いに譲れない部分をどう妥協するかが思いつかなかったが故の衝突というかなんというか。
もし仮に武器を抜いて振るっていたとしたら、互いに無防備に斬り合うという結果になっただろう。
アレはそういう害意や敵意が一切介在しないやり取りだった。
「な、11号」
だから、タイミングとしてはここだろう。
せこせこと準備に向かったリンちゃんの気配が完全に遠ざかったことを察して――ゴーグルを手に取って磨こうとしていた11号の手を握った。
「……なにかしら。作戦の方針を変更する気はないわ」
「今は別に良い。100%納得いったわけじゃないけど、そこは落としどころを掲示してくれたリンちゃんのお陰だな」
「ならばこれは?」
何に対しての『これ』なのかは問うまでもないだろう。
だが、拒まれていない。
振り払うことなく俺の様子を伺っているのなら、きっと大丈夫だろう。
「……軍の助けは借りられない。最悪孤立するぞ」
「……あなた達が居るから私も任務を遂行できるの。私が撤退するルートを新規で作って欲しい。それにはプロキシの護衛が必要よ」
「裏切り者の誹りを受けることは変わらないだろ」
「でも私には、あなた達がいる」
………………。
…………あー……なんか、本当にもう……。
「ねぇ、そうでしょう?」
「……ずるい言い方だな」
「どんな形であれ、あなた達の信頼に応えたいの――ありがとう、『コーバス』」
……そういう時に呼ぶ名前を間違えないのも本当にずるい。
「護る戦いは得意?」
「俺の退職理由知ってるだろ」
「そうね――だから、私が前に出るわ」
「わかった。背中は俺に任せろ」
作戦の決行が決まった。
だがこの時はまだ知らなかった。
今ではただのジャンク屋でしかない俺が、まさかとんでもないヤマの事件の一端に片足を突っ込んでいたという事実を。
書き溜め尽きたし長くなってしまった。
お気に入りと評価、特に感想はじゃんじゃんくれるとモチベに繋がってくれる。
よろ。