脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
――――勝敗は決した。
炎雷の残滓が冷厳な鋼鉄の床に燻っている。
立ちこめる火薬と炎と電気の相互作用で急激に引き上げられた大気から生じるイオン臭が鼻腔を刺激する。
視線の先では四肢をガタつかせ、断面を熔解寸前にまで赤熱化させながらも綺麗に斬り飛ばされた両腕で支えられない体を何度も持ち上げようとと火花やスパークを散らしながらも、もがいては転がってを繰り返している。
11号を取り囲んでいた筈の周囲の兵士も同様だ。
窮鼠猫を噛むといった気配も感じない。大半の兵士は倒れ伏し、数少ない負傷を免れた兵士も撤退の姿勢か、未だ残心を解かないこちらを前にして戦意を折られている。
隣の11号もそれを察してか何を言うでもなく俺にククリ刀を差し出し、自身の大鉈を納めた。俺もそれに倣ってククリ刀を受け取り納刀する。
「……顔に返り血がついてるわ、『クレッセント・レイヴン』」
「コーバスな。あとこれは向こうで斬り刻んだ装甲の油汚れだから別に……そっちこそどうなんだ? 実は銃弾を貰ってたなんてオチは嫌だからな」
「抜かりはないわ。この程度の修羅場は何度もくぐってるもの」
「さいで……じゃあちょいと失礼。サラ、エアリス」
「ンナンナ!(働かせ過ぎ!)」
「ンーナンナンナ!(つーか遅い!)」
「ごめんて……」
「……?」
隣に立つ11号の肩に手を置き、戦闘状態を解いたエアリスと、11号から俺に飛び移って来たサラの内蔵する探索機能をすぐさま展開する。
観測対象は無論11号。
手を通じて物理的に観測精度を向上させれば、あらゆる項目の情報がゴーグルに投影される。
俺の人間としては割と標準的な身体データを参考に軽く肉体の精査をするのだが……まぁこの場ではどうでも良い理屈だ。
大気に伝わる振動より脈拍、温感センサーより体温を、些細な体の動きからどこかに不自然な箇所が無いかを各種バイタルから一つ一つ確認していく。
何やらキョトンとした顔を晒している11号に構わず解析を続けた。
「――よし、本当に怪我はないみたいだな」
結果、継戦による疲労があるのみで目立った怪我は見られなかったのは幸いだった。
「……何やら不躾な視線を感じると思ったけど、そういうことだったのね」
「しないわそんなの……俺こんな状況で盛るような変態じゃないから」
心なしか逸る気持ちで11号の肩から手を放す。どんな奴だと思われてるんだ俺は。
「まるで舐め回すような、私の内側まで嬲って見逃さないと言わんばかりの視線と手つきよ」
「誤解のある表現、ゴーグルがなきゃ即死だったぜ……」
「ならそのゴーグルを燃やしましょう」
「マジで勘弁してくれ……!」
地味に綱渡りだった現状に安堵しつつ、誤解を解けるようにと祈りを込めてゴーグルをずらす。
まるでどっかの放火魔っ子のような言動であるが、まぁアレよりはマシだ。
ニトロフューエル強制晩酌により一晩飲み明かした後に郊外の自販機に頭を突っ込んでたところで目を覚まして以降遭遇した記憶はない。それに比べれば目の前の兵士は本当に可愛い方だろう。
それはそれとして連携後は負傷の確認、これは本当に大事だ。
何せ怪我を伝えられないまま背中で死んでしまった兵士を知っているものでね。
過分な心配は確かに相手を侮ることになるのは確かだが、そんな経験をしてると慎重にならざるを得ない俺の心情を理解して欲しいものだ。
「冗談よ。援軍に駆けつけてくれた兵士にそんな恩知らずなこと、少なくとも私はしない」
「にしては響きがマジだったような……それに大変だっただろ、この兵力差じゃ」
「そうでもなかったわ――あなたが来ると、信じさせてくれたもの」
……。
…………。
………………。
こういう時、なんて言ったらいいかわからない。
百歩譲って適当に応じればこうして波風立たないというのに、返す言葉もないというのはどういうことか。
彼女、要所要所で刺してくるから油断ならない。
何を隠そう、俺は元無職であるが故にチョロいのだ。職の有無が関係あるかって? あるんだよ(半ギレ)。
ましてや11号みたいな美人にそういうことを言われるとドギマギしてしまう。
とは言えいい歳した男がキモ、なんて二律背反な考えも持っていたり。
「………………ぉぉ」
挙句の果てにコレである。
相手にその気はないんだぞ。その気はない筈なのにドウシテ、ドウシテ……。
『――――ははーん?』
「――――はっ!!??」
「あなたもご苦労だったわね、『バーン・ライズ・カルテット』」
『11号もお疲れ。遅れたけどちゃんと来たよ』
そして息を呑んだのは俺の番。気道がいっきに萎んで、冷や汗と同時に悪寒が内臓を伝っていくような感覚。もうここまで来るともはや呼吸の緊急停止のソレであった。
そのナースコール必須な症状を引き出した元凶たるソイツが、いつの間にやら俺の足元でうざったらしいことこのうえない笑顔を液晶に浮かべたリンちゃんの姿がそこに。
今この状況で一番いて欲しくない奴がここにぃ!?
『ちょっとコーバスー? 何言われたらそんなんになるのー?』
「し、仕事の進捗に決まってるだろ……っ!」
『嘘だー、今サラとエアリスからバイタル覗いてるけど心臓バックバックだったよ』
「なーに涼しい顔して人様の家族ハッキングしてやがるんだおのれは!? もう帰れよ! 放課後の教室じゃないんだぞここは――待てよ、キミまさかその感じだとラーメン屋のことも」
『うん、見てたよ』
「だぁああああぁぁぁあ!!? それはライン越えだろうがぁ!!」
俺のプライバシーがゲームボーイ並みのセキュリティで成立してるんだがっ!?
いや、リンちゃん達からしてみればそりゃ俺の立てたプロテクトの突破なんて児戯に等しいのだけれどもっ!
『おい、どういうことだ!! なんで貴様がここにいる!!? どうやってここまで嗅ぎつけた!!』
戦場だった実験場がにわかに放課後の教室へと様変わりしようとしていた矢先、通信から焦り散らした『モグラさん』の声が響き渡った。
恐らく本人も突然のことに頭の中がとっちらかっているのだろう、疑問が先走ったような質問ばかりでそれらは具体性を持たない。
プライベートもクソもあったものじゃない現状に荒ぶっていた俺を含め、11号もリンちゃんも佇まいを正してその通信内容に注視するように耳元を抑えた。
「お喋りはそこまでよ二人とも。現状報告を」
「……了解……ふー……プロキシ、諸々の情報の受け渡しはどうなってる?」
『ばっちり。後詰も完璧だよ』
「流石シゴデキ」
なんとも頼もしいことだ。
であれば『モグラさん』には是非ともそのまま思考を巡らせていて欲しいものだ。
その間に勝負はつけさせて貰うことにしよう。
『俺をそっちのけで話を進めるんじゃない、このペテン師どもめが……! いいから答えろ!』
「馬鹿野郎パイセン、あの『クリムゾンアイズ・ハーミット』だぞ。ホロウ内でのショートカットくらいお茶の子さいさいだ」
『どうもー。とりあえず赤って名前で紐づけされて名刺の肩書が次回予告みたいな感じになった『クリムゾンアイズ・ハーミット』でーす』
『偽物の、パエトーン……!? あり得ない! そんなことは本物の『パエトーン』にしか――待て、まさか』
そして思い至ったのだろう。通信から聞こえる声の震えだけでも、畏れと驚きが否が応でも伝わってくる。
自分が敵に回した相手が誰で、彼女の正体がなんであるのか。
そんなパエトーンからしてみれば、
『……いいや、そんな筈はなぁい! それに退却すればまだ勝ちの目はあるっ! さぁ立つんだ隊長殿、すぐに残存兵力を纏め上げて指定した座標で後方で控える部隊へ合流せよ――』
「待ってください『モグラさん』! 後方で待機している部隊から通信です!」
「……まさか増援?」
「待て11号。勝負はもうついてる」
咄嗟に斬りかかろうとする11号を制し、視線で大丈夫だと暗に告げる。
この数の兵力を保有する組織に対して何も仕掛けをしないほど鈍ったつもりはないのだ。
しいて言うなら、『モグラさん』はこの作戦が始まり『パエトーン』を抑えた俺達に準備する時間を与えた時点で詰んでいたのだ。
「――――バカな」
『おい、何が起きた!? 俺にわかるように報告しろ!』
隊長格の男が呆然と呟く声が聞こえる。思わず零れてしまったというソレに、耳元で『モグラさん』は俺達が聞いているという状況すら忘れたように上ずった声で隊長殿に問いかけた。
「――後方の部隊が……完全に制圧されたとのこと」
『何ぃ!?』
万が一の敗北の可能性を考慮して戦力を控えさせていた慎重さには敬意を払おう。
だがそれをこちらが考慮していないなんて言うのはいくらなんでも防衛軍を、11号という兵士を甘く見過ぎている。
これで逃げの目すら無くなった。
となれば――こちらも仕上げだ。
「それで、どうする『モグラさん』。このまま崩壊した戦線でただでさえ貴重な兵士も物資も消耗するか。それとも、大人しくツラ見せて俺らにボコられるか」
『っっ……!!』
「好きな方を選んで良いぞ。なんならそこの隊長殿が答えても良い」
ククリ刀を抜いて、そう告げる。
これ見よがしに時計を見る仕草をすれば、隊長と呼ばれた男は見るからに慌てた様相で『モグラさん』への通信を試みている。
コツコツと焦れたようにブーツを鳴らせば、イヤホンからは取り繕うことも忘れた動揺を感じさせる物音と共にノイズが迸った。
この後の展開を察して、咄嗟にエアリスの手によって11号を含めた回線の音量を下げた。
『――――ち、違うんだ! 俺は指示されてやっただけなんだよぉ!』
「……」
キンと耳を劈く嘆きに顔を顰める。
……俺がしたのはあくまで降伏勧告であって、命乞いをしろと言ったわけじゃないのだが。
まぁそれを情けないとは言うまい。何事も命あっての物種なのだ。この場で使命がどうとか人類がどうとかで命を捨てられる方が寝覚めが悪い。
人間、別に高尚な理由がなくたって生きてて良いんだから。
……指揮官ってならせめて部隊に一つくらい命令を出してからでも、と思わなくもないが。
「それは誰の指示で?」
『は、話せば見逃してくれるのか!?』
「……」
いや、話さないなら話さないでやりようはいくらでもあるのだが。
『モグラさん』のあらゆる反応、言動、思想、実行内容を分析して目的を割り出すまでのこと。
俺はないもねだりはしない主義なのである。あ、でもやっぱ無職だった過去は帳消し出来るなら帳消ししたいやもしれぬ。切実に。
……いかん、邪気が来た。
頭の中で構築した内容に再定義をかけて、これまでの入手した情報と『モグラさん』の言動を組み合わせて、その進捗はいかなるものかを考えていく。
――――11号を狙ったこと。
――――軍の機密に詳しい。
――――シルバー計画というクローン兵士製造に、シルバーソルジャー。
――――そして、『サクリファイス』。
刻む思考は一瞬。一見するとなんの関連性もない情報の羅列を終えて、可能な限り答えに近づくための算段を立てていく。
つまるところ、ここから手っ取り早く指揮系統、情報の出所、背後に潜む人間に関する情報を取得できる要素はなにか。
こほん、と気持ち声が大きく聞こえるように喉を張った。
「――『サクリファイス』って単語に心当たりはあるか」
『……うぇ?』
「…………ッ!? 貴様まさか例の情報を……!?」
……なるほど、読めてきた。
つまるところ『モグラさん』は完全に神輿として担ぎ上げられて、こちらの隊長殿が今回の騒動の根幹をなしているということらしい。隊長殿の反応を見れば十分だ。
となれば、もう『モグラさん』に用はない。
「プロキシ、エアリスの仕掛けは正しく機能してるか?」
『逆探知できてるよ。既に座標はナビゲート済み……だからそろそろだと思う』
『……おい待て、お前たちは一体なんの話をしてる……?』
俺とリンちゃんのやり取りに不穏なものを感じ取ってか、どこか声を潜めさせてそう問うてくる。
だがそれは11号とて同じようだ。
「……『クロム・テンペスト』、まだ何か仕掛けを?」
「だからコーバスな。いや、俺だったらスパイ容疑のかかってるやつに細工の一つや二つはするし……その対抗策としてちょこっと、な?」
そう説明すると……これ見よがしに溜息を吐かれた。こんなわかりやすく呆れるんだこの子、なんて場違いに考えてみたり。
「……それに関する報告を受けてないのだけれど」
「だって11号こういうのすぐボロだすし……え、不味かった?」
「……いいえ、見事な動きよ。友軍への被害と持ち帰る成果を鑑みるならそれが最善であることに違いないわ。流石の手腕ね。思わず叩き斬りたくなるくらい」
「今叩き斬りたいって言わなかった?」
やっぱちょっと怒ってるじゃん! いったい俺が何をしたって言うんだ……!
『――――ヒィ!? せ、正規軍がどうしてここに!? ちょ、やめ、ぐぇ!?』
11号の言動に戦々恐々しているうちに事態は進んでいた。
複数の人間の足音。規則性があり、一切の迷いも乱れも感じられない様子は長期間の鍛錬と実戦経験の少なさでは成し得ない洗練されたもの。
聞こえて来た悲鳴の中に、何かを殴打する音が響いた。
そして、その後は口数の多かった『モグラさん』の言葉の数々がまるで嘘のように静まり返った無音の回線だけがノイズを残響させている。
『……通信が途絶したね』
「これにて作戦終了。ま、こんだけの部隊が動いたんだ。悪いようにはされないだろ」
マジで隠蔽しようとしたら可能な限り少数で『処理する』手立てを密かに実行するのが防衛軍の怖いところだ。
今回の対応は……
そういう意味では、まぁ彼にとっても悪くない結果なんじゃないだろうか。命あっての物種とはよく言ったものだ。
もっとも、あとは尋問において『モグラさん』に追求される余罪次第だが。
崩壊するホロウに巻き込まれて肉体ごと完全消滅なんて結果よりは断然マシな末路だろう。
『――ターゲットを確保。ご協力感謝します』
「この声は……」
驚愕の入り混じった11号の声。
……『モグラさん』より受け取った盗聴機能付き発信機。
渡されホロウ内の各座標に合計三つ設置したそれらは、いざという時の通信の際にジャミングを一定範囲内に仕掛けるという機能が内蔵されていた。
11号も潜入が気取られた際の保険としてその装置に仕掛けを施していたようだが、『モグラさん』はそれを予見していたようだ。
そこで俺がやったのはその逆。
ジャミングではなく
本当に咄嗟だったので万が一、億が一の不安があったものの、今回の成果を見るにそれらは上手く機能したようだった。
『救難信号とプロキシさんの助力によりなんとか駆けつける事が出来ました。ご無事で何よりです、11号』
「そう……ご苦労だったわ、トリガー」
『間もなく部隊がそちらに派遣されます。捕虜の回収はそちらに任せてください……もっとも、プロキシさんから話を聞いた限りでは拘束するまでもないのでしょうが』
涼やかな、それでいてどこか温かみのある女性特有の高い声が聞こえる。
やけに親し気なそれは通信越しに、こちらを見て小さく笑ったように錯覚した。
……なんだろうか、この感じ。
というよりこの声、どこかで聞いたことがあるような……ないような。
『そちらもご協力感謝いたします。プロキシさんに――コーバス』
「……俺を知ってるのか?」
やけに親し気な響きを持って呼ばれた名前に、通信越しだというのに思わず身構える。
ニートの俺を知っているのならともかく、『昔』の俺を知っているというのなら話は別だ。ましてやそんな話題が軍関係者から出てきたとなれば警戒態勢を取る俺を誰が咎めることが出来ようか。
「……『アストレイ・ブルーフレイム』、彼女は」
『大丈夫ですよ11号。彼の出自を考えれば、その警戒は当然です』
だが返ってきた反応は、俺の想像した物騒な響きなど微塵も感じなかった。
『よく知っていますよ。とはいっても一時の付き合いですが、少しばかり仕事を一緒に』
「……おいマテ、この涼しい感じの声まさかもしかして『カロ――」
『――それはまたの機会で。ここにはプロキシさんの目もありますから』
…………もしかして、もしかしなくともそういう感じ?
……え? えぇ?? マ、マジで?
「…………リ、じゃなくてプロキシ」
『どうしたの、そんな疲れた顔しちゃって』
「大体あってる。頭が痛い」
『大丈夫! おかしいのは元からだからさ』
「おっかしいなー俺いますごーくイライラしてる」
今すぐ強めのビンタをお見舞いしてやりたい。顎に。肘で。あのスカした兄貴に。
なぜ通り魔的に雑な罵倒を浴びせられにゃならんのか。通信相手が言わないでって言った手前黙ってやってるが、キミたち兄妹も俺の頭痛の種であるということを察して欲しいものだ。
やけに軍の動きが素直で研ぎ澄まされていた理由に思い当たったことに、果たして喜べば良いのか困れば良いのやら。
「プロキシ、キミの兄貴に伝えといてくれ――美人にコナかけるのも大概にしとけってさ」
『お兄ちゃんが『秘密の薔薇園~オスの誕生秘話~』を見ろって』
「おいそれ確か7時間4分あるだろ!!!!」
『2回見せるって』
「14時間8分もあのビデオ屋にいろと!?」
冗談ではない! と近しい未来より来る悲惨な光景に思わずそう叫び散らかす。
なんかこの台詞を口にしたら碌でもないことが現実になりそうで更に悪寒が奔ったが、それを何とか封じ込めておく。
作戦は終了したが、まだ仕事は残っている。
「……俺の憂いある未来が決定したんだ。『モグラさん』も確保された以上諸々ゲロってくれるよな、隊長殿」
「……俺が話すことと貴様の碌でもない未来との因果関係が微塵も理解できないのだが」
「就職活動のコツを知らないのか? 履歴書に書けない謎の空白期間という憂いを埋める術はネットで広めた見聞を的確に企業の求める人材像と強引に照らし合わせる――これで俺も立派な企業戦士だ」
「こんな宇宙人を相手にしていたのか『モグラさん』は……」
「手厳しいな隊長殿……ちなみに結果はどうなったかっていうと――ノールックでその企業にブラックリスト入りしてたよ」
「さっきからなんの話だ! 知らないんだよ貴様の培ってきたしょうもない就活プランなんざ!!」
泣く泣く己の経歴を語ってみるが、荒んだ隊長殿の姿が見れるだけで特に見えてくるものはない。
『……何してんのかな、アレ』
「新手の尋問方法でしょう。アレには散々苦しめられていた――無論、この私も」
『罪深いねあの元ニート……』
「聞こえてるぞキミたち……」
背後から心底見苦しいと言った具合の割と酷い言葉を投げかけられていることを自覚する。
流石に文句の一つや二つを口にしてやろうかと思ったが――。
「――コーバス、と言ったな」
殺意とすら見受けられる嫌悪感と共に呟かれた己のコードネームに、そんな緩み切った思考は一瞬で冷や水を浴びせられた。
「……11号、言ったっけか?」
「言ったはずよ、『ダークフレア・ライトニング』」
「だってよ」
「こんなのに制圧されたのか我々は……」
さらっと失礼なことを言われるが、その物々しい感情は依然として隊長殿の中で燻っているよう感じれた。
耐エーテル装備で固められた顔面からその表情を伺うことは出来ないが、動けない体で俺を見上げる隊長殿の視線からは隠しようもない怒りが滲んでいるように見えた。
「だがそのようなふざけた態度には騙されん。噂に聞いたことがあるぞ――軍の上層部の犬に成り下がった『人狩り烏』の存在をな」
「――――」
――予想してなかったわけじゃない。
軍関係の任務、それも内部抗争を発端とする事件に関わる以上、こうなる可能性は考えていた。
俺が最初にこの任務を受けることを渋っていた大半は、これらの懸念があってのことだ。
それでも、この仕事を受けようと思ったのは。
こんな俺を――そんな過去を肯定してくれた誰かが、軍人だったからに他ならないのだ。
「軍に仕えた人間の癖に同じ正義を掲げた筈の同胞に手をかけ、貴様は何を求める。金か? 名声か? それだけの力を正義のために使わない時点で、貴様も上層部の連中と同類だ――仲間の死体を貪らなければ生きられない蛆虫め」
だから、隊長殿が口にしていることは正しい反応で。
自分が必死こいて身につけて来た技術も、力も、悪足掻きすらも全部無意味で、足掻くのも馬鹿らしくなってくるような虚しさも。
世の中がもっと簡単だと思っていた俺のツケなのだ。
「そんな貴様がなぜ11号という兵士に協力する。罪滅ぼしのつもりか? そんなことをしたところで貴様の罪は――」
「――それは」
だがそんな俺の考えは。
俺が何かを答えるよりも速く、隊長殿が吐く呪詛めいた言葉すら遮って、11号が乗り出した。
「『今』の彼に関係があること?」
その語気は空気から見えない火花を生じさせ、じわじわと燃え広がっていく炎のごとく。
言の葉にかけられた『圧』と『熱』を前にして、隊長格の男は突きつけられた言葉から逃げるように腰を抜かして這いばった。
「彼は私を頼まれずとも助けに来た。本当なら逃げられる筈なのに、逃げる権利がある筈なのに、こうして私と共に立つことを選んだの」
……何故かは知らない。
男の言葉は遠からず事実で、俺にはそれを受け止める義務と理由があったから、何も返さなかった。
だから、何故かはわからない。
何故かはわからないが、なにやら11号が尋常じゃないくらい怒りを覚えている。
「忠義と信念のために何でもしようとする悪足掻きを、それでも『何か』を信じようと戦い続けた人のことを――あなたのような『裏切り者』には一生理解できないでしょう」
怒髪、天を衝くとはまさしくこのことか。
一瞬前の俺の憂いによる陰りなど綺麗さっぱり消え去ってしまうほどの激情。
それほどの怒りを纏う今の彼女はまさしく、炎の化身であった。
「……フン、よく言う。貴様ら『シルバー』こそ、そのために生み出された傀儡でしかないだろうに。軍の闇の煮凝りそのものなお前に、そんなことを言う資格があるとでも?」
「資格なんてものはないわ。私は自分が信じたものを信じるだけよ。そこに私の出自は介在しない――生まれた理由は、私が決める」
「……っ! 貴様はそれで良いのか! 貴様が庇っているそいつは仲間殺し! 誅伐されるべき上層部の犬に成り下がって――」
「――今すぐ」
ついに隊長殿の足元に鉈が突きつけられる。
濁流のように流れ出る筈だった呪詛は、それ以上に荒々しい火の手を放つ11号の語気によってその気勢ごと焼却した。
既に隊長殿に語る口など持たない。今にも炎を発しそうな11号の得物を前に、彼はただただ慄くしかそれを拒む手段がない。
だが、それでも11号は更に距離を詰める。
彼女が見下ろし、彼が見上げる。それは処刑人と囚人が如く、裁決を待つのみ。
その光景は11号が抜いた鉈なんかより、よっぽど恐ろしいものに見えたことだろう。
「今すぐそのような口振りをやめなさい。彼への侮辱は彼が許しても私が許さない。さもなくば――」
「待て待て待て! 11号!」
不穏な空気に思わずずいっと11号と隊長殿に割って入った。
結果的に庇うことになった俺に対してなんか隊長殿が驚いてるが、そうなるくらいだったらわざわざ彼女を煽らないでくれないだろうか。
立場を弁えろというわけじゃないが、仲間が殺意マシマシでガチギレするのを見守る俺の気持ちにもなって欲しいものである。
間近に迫った11号の顔に構うことなく、ギラギラと熱を発し続ける赤い瞳を彼女のゴーグル越しに正面から見つめ返した。
「落ち着け11号。らしくないぞ」
「……、……」
だが不思議なのは11号の反応だ。
普段クールな彼女が傍目から見ても相当怒っていたというのが伺えたというのに、本人にはどうにもその自覚はないらしい。
これまたらしくなく、おずおずと正面から覗き込んだ俺の視線から逃れるように彼女もまたその瞳を鎮火させて脇へと視線を逸らした。
「ごめんなさい……今の私は、確かに正常じゃなかった……戦場の熱にあてられたのかしら」
「いいって……おおかた俺の代わりに怒ってくれたんだろ? ありがとうな」
「……そう見えた?」
「そう見えたな」
荒ぶる11号に驚いたのは事実だが、これは紛れもない俺の本心だ。なにせ、俺はこういう時どんな顔をしていれば良いかわからない。
こういう経験は、軍属時代でもまぁなくはなかった。
かつての仲間の遺族だったり、手にかけた兵士の家族だったり。
ちょっと前まで一喜一憂して、毎回毎回舌を嚙み切ってしまいたくなるような嫌悪と後味の悪さに襲われていたのだ。
だが……今じゃまるでそういう機能がストン、と抜け落ちたかのような何も感じなくなってしまったのだ。
そういう意味じゃ11号の方がよっぽど健全な反応だろう。
それが良い変化なのか悪い変化なのか――心底どうでも良いことだな。うん。
「でだ、隊長殿……もう話すどころじゃないだろ? ぶっ飛ばされたくなかったら余計なことは口にしないことだな」
「……どんな拷問を我らに与えたところで、貴様らに話すことなどないぞ」
「だったらそれで良いよ。生憎と尋問は俺の専門じゃない。出来ないことはないが……そういうのは受ける方も与える方もキツイのが相場だし? だからアンタも公正な場でそういう不満を訴えれば良い」
「……血も涙もない男が、随分と殊勝な心掛けをするのだな」
「公平な裁判を受けれるうちが花だぞ、先輩。俺みたいのにぶっ殺されたくないんだったらな」
その言葉を最後に、もう話すことも聞き出す気も失せた俺は隊長殿に背を向けた。
何やら背後から視線を感じるものの、それを無視して11号とリンちゃんに向き直る。
『……大丈夫? コーバス』
「慣れてるから気にしなさんな……それより、依頼はこれで完了ってことで良いのか」
「……そうね、彼らの尋問は我々とはまた別の管轄で取り仕切ることになる。情報を引き出せない以上、ここで出来ることは精々戦意喪失した捕虜の拘束くらいでしょうね」
……まぁ、そんなところか。
良くも悪くも11号が空気を壊してくれたのは事実。
隊長殿は完全に腰が引けていて、空気的にとても情報を引き出せるような状態じゃない。
とはいえ『モグラさん』を神輿として立ち上げるような組織体系だ。そもそも碌な情報を持っていない可能性だってある。藪を突くような真似は避けるべきだろう。
何より、俺がしようとしていた結果的に11号の出自を掘り下げるようなことになるかもしれない。
彼女の過去に何があったかなんてのは、流石にそう易々と触れて良いものじゃない。
であれば互いのためにも、この辺りが引き際だろう。
「じゃあ、俺はこの辺りでお暇しておこうかな」
「…………え」
『……いいの、コーバス』
「いいんだよ。俺は軍の連中と顔を合わせるわけにはいかないし……というか合わせる顔がない」
駆け付けた部隊の中に俺と会いたい、なんて変わり者がいるのだったらまだしも、そんな可能性なんてあるはずもない。
何より俺はただの協力者に過ぎない。
『モグラさん』は既に確保され、何かを知っているであろう隊長殿も大人しくお縄についているというのが現状。
よって、俺がここに居る目的の本懐はとっくに達成していたわけだ。
「……どうして? 防衛軍は治安局とは違ってあなたのような役職の人間を傭兵として雇うことも珍しくはないわ」
「でも機密には厳しいだろ?」
「……」
二の句も告げられず、11号は閉口する。
今回の件で俺は色々知り過ぎた。
何より敵の思惑がいまいち不明瞭なのと、よりにもよってソイツが俺の過去を一部知っているという点も拍車をかけた。
正式……とは決して言えないだろうが、半ば黙認状態であるプロキシや先程の通信から聞こえて来た『彼女』ならともかく、駆け付けてきた部隊の中で俺の知り合いが一人でもいてみろ。
次に危ないのはそんなのとつるんでいた11号自身だ。
予定されていた昇進も、これまで必死に積み上げて来たであろう成果すらも危ういかもしれない。
それに『シルバー』とやらに、次は『サクリファイス』と来た。
正規の軍人であり然るべき軍籍の人間に護って貰えてる現状の11号はともかく、戦闘スキルを持った民間人でしかない今の俺など即刻捕縛対象になるには違いない。
『……コーバス、このホロウの出口は見つけたよ……ちょうど、ここに』
そして『パエトーン』の予測は戦闘後もなお健在であった。
それこそわかっていたのであろう。まるでお前の出番はここまでだと言わんばかりに、高密度のエーテルによって歪んだ空間が光も生じさせない深い闇の勝手口がその戸を開けていた。
「よし……じゃあな11号。こういうことってあんまりないんだが……仕事を一緒に出来て正直楽しか――」
「――――待って」
後腐れなくこの場を去ろうとした俺なりの気遣いは。
俺の手を掴む11号の手によって、いとも容易く阻まれることになった。
それを振りほどくようなことはしない。
俺は11号のことを好ましく思っているし……少なからず、11号も俺に対して共に戦うものとして認めてくれているという自負がある。
そんな子の切実な願いを、拒むことなど俺には出来なかった。
「――――」
開いて、閉じて。
変わらない表情の中で揺れる、紅の瞳。戦場で凛と響き渡る声は頼りなく、喉元で形を成そうとしては消えていくソレは迷いの中で右往左往している。
そんな彼女に俺は何が出来るだろうかと考えて――その手を握り返した。
「――――また、会える?」
握った手から絞り出すように、ついに言葉は紡がれる。
ホロウの裂け目は安定していないのか、まるで支えを失った扉のように尻すぼみになっていく。そろそろ時間だろう。
気の利いた言葉なんて言えずに、裂け目に向かってリンちゃんと共に歩み出す。
離れていく手が名残惜しい。手から逃げていく熱に妙な心細ささえ覚える。
だから、裂け目に踏み込む中で――振り返った。
「――またな、11号」
「――ええ、また」
ただ、腕を掲げて返礼代わりに手を振って、その場を後にしたのだった。
『かっこつけちゃってさー、もー』
「うるせ……空気読んでくれてありがとう」
『ラーメンで手を打ってくれたら許すよ』
「激辛で良いな?」
『また地獄を味わえと……?』
「トリガー」
「なんでしょうか、11号」
「……男の人に連絡先を渡されたら、どうすれば良いかしら」
「……帰ったら二人でラーメンでも食べに行きましょう。詳しい話はそこで」
とりあえず一章、完!って感じで。