脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
最新の娯楽、最新のトレンドを追いかけるならまずこの街の名前が出てくるであろう、新エリー都においても有数のモール街の『ルミナスクエア』。
天候は雨。
彼方にはどんよりと灰色の雲が立ち込め、しとしとと建物と舗装された道に降り注いている。
昼時を超えたこともあって行き交う人々の姿も傘を差しつつも大半がスーツ姿、忙しなく電話を取ったりなどド平日の書き入れ時と言った様相だ。
そして、此処にはそんな真昼間からモール街で友人と過ごすわけでもなく、ただただ時間を潰す為に一人で過ごしている『立派な大人』の俺は何をしているかと言うと――。
「他人と関わるうえでの最低限のルールがあるらしい」
「痛い痛い痛い!? ちょ、ギブギブ! え、俺の腕どうなってる!? 関節取れてね!? てゆーか増えてね!?」
「ちなみに俺もよく知らないんだ、窃盗犯」
「知らねぇのかよ!?」
喫茶店や花屋などの商業施設が集中する大通りにて、雨の中でどよどよと多くの奇異の視線に晒される。
その渦中にいるのは俺と、ぎゃいのぎゃいのと
ソイツに俺は組み付き、抱き込み、腕を取り、固め、締め上げ、捩じり、捻る。
色々あってで習得した関節技を、こんな平日の真っ昼間から極めていた。
「確か……『私はあなたを殺します。だから私を殺さないでください』だったか」
「倫理観腐ってんのか! お前二度と他人に説法しようなんて考えるなよ!?」
「違うって、だから、こう、これは、そう…………あぁ」
「なんで諦めた!? せめて何か言えよ!」
「蛇の関節って何十個もあるらしいぞ」
「ホントになんの話!?」
いかん、テキトーに話をしようとしたらいつの間にやらコント染みたやり取りに。
何やら色々面倒になってきたので、さっさとこの関節技を
「コソ泥の癖して細かいこと気にするんだな」
「誰の所為でこんなことになってると思ってんだ!」
「じゃあよりにもって子連れのママさんからひったくりなんてするなよ」
「……っ!」
俺の放った一言で犬のシリオンの男は押し黙る。
その面の皮の厚さにはある意味尊敬に値しよう。
だが、流石は動物としての特性をその肉体に反映しているシリオンの頑強さと性能と言ったところか、極められた状態であってもひったくったカバンが握られたまま。
そして視界の隅に、妙齢の女性が男児の手を握りながらおろおろと此方の様子を伺っている。
「あ、ママさん。このバッグあなたのですよね」
「あ、えっと……はい、ありがとうございます……あの、大丈夫?」
「あー大丈夫大丈夫。治安局の人が来るまでこのひったくりのクソ犬は拘束と言う体裁で関節を増やしながらしばき回しておくから」
「そ、そういうことでもないんだけどね……?」
俺の物言いに困惑顔を更に加速させるママさん。
隣で目をキラキラさせて俺を見ている男児とは何とも対照的だった。
「兄ちゃんかっけー! すっげー動き! すっげー技! こう、ぐるんぐるんバツン、って足から!」
だがそれはそれとして『バツン!』かぁ。
関節技を決めて? それも足から?
ちらりと下手人に目を向ければ胡乱げな表情を浮かべて顔をしかめる犬のシリオンの姿。
何も知らないその有様にちょっと気の毒というか気まずくなったので、曖昧な笑みを浮かべて沈黙してみる。
「…………オイ、お前まさか」
「別にどこも切ってないぞ――少なくとも外側は」
「内側は!?」
「ああ、だからあまり下手に動かない方がいいかもな」
「おい、もうおめーの方がよっぽど危険人物だろうが!」
「失礼な。命を奪わない礼節の傾向と対策は持ち合わせてるぞ」
「常識を受験の参考書で学んだのか!?」
そうかもしれない。
誤魔化すように子どもの無垢な声援に空いた手で手を振り返すが、この惨状を前にママさんも苦笑い。きっと今からでも幼き男児の両目を覆い隠したいことだろう。誰でもそうする。俺だってそうする。
あと最後のその音何がとは言わないがばっちり切れてない? とも思ったが聞かなかったことにした。
「失礼します!」
そしてちょっとした騒ぎになり少なくない数の野次馬が周囲に集り始めたところに、現場へ赤いランプを灯し青と白に塗装された一台の車が近くに停車した。
その中から降りてくるのは、一人の婦警。
黒い長髪を後頭部で一つに纏め上げ、治安局の人間であることを証明する青いベストを羽織っている。
常在戦場とばかりに銃器を身体の各所に装備し、野次馬を先導するその姿は市民の命を護る治安官の模範として相応しい。
相変わらずの仕事っぷりに思わず手を振れば、生真面目な赤い瞳が此方を見据える。
「やっ、お疲れ
「……番号148。特務捜査班所属『
「無視することないじゃん」
「…………はぁ」
だがその美人はどういうわけか俺を目を合わせるなり、その美貌を歪めて呆れを隠さず重めの溜息をついてくるではないか。
更に手を大きく振って存在感をアピールしてみれば、如何にも憂鬱そうに絡み合う俺へとその治安官は歩み寄ってきた。
「此処でシリオンのひったくり犯と関節技を極める不審者がいると通報がありました」
「不審者? 誰だそいつは」
「特徴は黒い髪に赤いメッシュの入った青年とのことです。ええ、目の前の人と丁度そっくり」
「複数犯だったか……」
「もしもしお母さん?」
「母さんだけはやめてくれ……!」
「はぁ……」
平謝りする俺に心なしか白けた視線を向ける血縁――実姉の姿にはやはり頭が上がらない。
禁じ手級の
無論、その間も
「それよりも姉ちゃん、どうするよコイツ」
「仕事中よ。人目もあるのだからその呼び方は止めなさい玄飛くん……事情聴取はあの親子と実行犯の彼から行います。お手数はおかけしますが車に運ぶのを手伝って貰えますか」
「了解」
形式もへったくれもない仰々しい敬礼を披露すると、神経に重しでも引っかけたみたいに沈痛な面持ちで拘束を解くよう促してくる。
まぁ、仕事中に身内が身内面して接してくるのがやりにくくなるのはわからないでもない。
だが同時に、この姿勢を止めるつもりは毛頭ない。
働いていようと、厳しかろうと、他人として接してこようとも。
俺にとって姉ちゃんは姉ちゃんなのである。
「いきますよ」
「あいよ」
誰がどこを、という指定はせずに姉ちゃんが両脚を。俺が両腕を掴んで待機姿勢に入る。
色々な重いモノは俺が持つべしというのが、昔から父さんと母さんから言われて以来護り続けてる約束ごとだった。
「「せーのっ!」」
「ちょいたたたたたた!? は、運ぶ前にせめて外した関節くらい戻せ! 痛くてかなわん!」
「一体どんな技を仕掛けたんですか……」
「文字通り雁字搦めだよ。ちょっと特別なやつ。縄なんかいらない、人体こそが最大の拘束具ってんで、中身が切れたみたいに感じたのは多分その所為だな」
「……戻してください。なるべく穏便に」
「ほい」
「あいったー!?」
がこり、とシリオン特有の動物の特性を反映した重厚な骨が、鈍重な軋みを上げて本来の位置に収まったのをその手応えから感じ取る。
そしてその後もぎゃいのぎゃいのと喚き散らす男の痴態を二人して無視し、手錠をかけてパトカーに放り込んだ。
「にしても珍しいじゃん、姉ちゃん。担当区域はもっと別の場所じゃなかった?」
「通報があり、たまたま近くに居た私に出動要請があっただけです。決して見知った特徴を耳にしたから駆けつけたわけじゃありませんよ。ええ」
「傍迷惑なやつも居たもんだな」
「ええ、まったく」
なるほど、見知った特徴を耳にしたから駆けつけたというわけか。
理由は把握した。
だからそんなに俺を見て言わないで欲しい。
そんな目を向けるなら、俺にだって考えがあるぞ。
「恐ろしく良い手際。弟の俺じゃなきゃ見逃してるね、
「……ねぇ、そのフレーズもしかしなくとも」
「いやぁースッゴイ怒られてたなーあのドキュメンタリー」
「クロ! あ・な・た・ねぇー!?」
「ちなみに製作に協力したの俺な」
「ク・ローーーー!」
あーそうそうコレコレ。この、如何にも『怒り慣れてない』感を丸だしにしてぷりぷり怒る感じこそ最高に俺の姉ちゃんって感じだ。
それに製作協力と言っても別に大したことはしていない。
ただ、『実際に仕事をしているところを見れば見たいモノが見られる』とプロに対して不遜ながらアドバイスを送らせて貰っただけで。
それによって普段は生真面目で仕事も出来て優しい姉のこんなあられもない姿をこうして見ることが出来たのだから僥倖だろう。
何より、感謝しなくては。
仕事を辞めて一時期はどうしようもないほど腐っていた俺に、今もこうして昔のように接してくれてるのだから。
「……でも、腕は衰えていないみたいね」
「そりゃあ、相当訓練したし、長年の習慣を抜けって言われてもな。そもそもまだ二年しか経っていないから」
「もう二年も経つのね……」
……姉ちゃんからしたらそう感じるのか。
俺からしたらあっという間だった――というよりは
相当な苦労をかけたし無理もない。
もし俺が逆の立場だったら、きっと同じ感想を抱いていたと思うから。
「……最近はどうなの? 新しい仕事には、もう慣れた?」
「……うーん」
そう唸る声が、聞こえてくる雨の音に呑まれていく。
雨脚が強くなってきたのかと空を見上げるが、空模様には特に変わった様相は見られない。
ゆっくり流れる時間も、僅かに流れる沈黙すらも泣いている空が包み込んでくれている。
この話題になった時点で、近況を聞かれる覚悟はしていた。
まぁ聞かれるだろうな、と。俺も姉ちゃんも互いに自立した社会人の一員だし、こうして話す機会だって姉ちゃんの仕事ぶりを見ていればそれだって難しいことは想像に難くない。
だから、困った。
こういう時、なんて答えれば良いのか、俺にはどうしてもわからなかったから。
そして、そんな俺の現状すらも見透かしているように。
姉ちゃんの眼が、ケチのつけようも無いほど優しかったから。
「……今の生活は割りと気に入っているよ。六分街で部屋を安く貸して貰って、前の職場の給料には手を付けてなかったからお金には困ってない」
「うん」
「……エンゾウさんのところでボンプ弄ったり治したり、ガラクタいじりとかもしてて……まぁ、楽しい」
「そう」
短く返された意味を持たない言葉は、雨空の寒気すら弾く温もりがあった。
……うん、こっ恥ずかしいなこれ。
学校での生活を聞かれる思春期男子か俺は。いい年した成人男性の姿がこれとは世も末である。
何か、何か自爆してこの場を誤魔化すことができそうな俺の痴態は無いものか――。
「――――あ、でも姉ちゃんの家で自宅警備員やってた頃の時間も悪くなかったかも」
「……正直後悔してる。なぜ、あのとき弟の無職化を止められなかったのか」
姉ちゃんもノって来てくれた。
いいぞ、この調子だ。頑張れ俺。
「弟として断言しておく! 姉ちゃんにはヒモを養う才能があると――!」
「言い切らないで欲しいのだけれど」
「いつか悪い男を釣り上げないか弟は心配だぞ」
「蝶を育ててたと思ったら寄生した蜂が脱皮しちゃった人ってこんな気持ちなのかしら……」
さらっと酷いことを言う姉である。
とはいえ全部自業自得なので俺からは何も言う権利は……いや、やっぱ言い過ぎだ。ちょっとくらいは悪足掻きしても良いかな、うん。
「そうは言うけどな姉ちゃん、ヒモも大変なんだぞ。動かなきゃって危機感と目の前の怠惰を手放す葛藤ときたらそりゃあもう……」
「昔はそれなりに可愛かったのに……雅が嘆くわよ」
「このあいだ課長会議をサボる修行をつけてくれって懇願されたぞ」
「雅……!」
姉ちゃんの悲痛な叫びが雨脚の強まるルミナスクエアに響き渡る。
「班長、被害者の移動が完了しました」
「――了解しました。私もすぐに向かいます」
……姉ちゃんの切替の早さとその声掛けに、随分と話し込んでしまったことを自覚する。
パトカーで待機しているもう一人の治安官が手持ち無沙汰がゆえにソワソワしてるのが見える。
通報先に居た俺が上官である姉ちゃんの身内であるというのをあらかじめ聞き及んでいたのだろう、僅かばかり居心地が悪そうにしている。
流石に多忙な姉ちゃんをこれ以上引き留めると、あらぬ誤解を招くかもしれない。
「じゃあ俺ももう行くよ。元々仕事で預かった店番用のボンプの修理が終わって店に届けにルミナスクエアに来ただけだしな」
「……週末はどうする? 実家に寄るならお母さんに色々言っておくわよ」
「んー……や、今回はいいや。母さんにはバリバリ働いてるって伝えておいて」
「わかった。あやうく公務執行妨害で補導されるところだったと伝えておく」
「やめて?」
シンプルに親不孝者である。
いや、現状がもう大分手遅れな気がしないでもないが、逆を言えば今以上に不徳を重ねるつもりは微塵もないということ。
何より親孝行とは、自省と言う名の減点方式から始まり加点方式に終わらせるもの。
もう泣かせるのも泣かれるのも御免なのだ。
「兎に角、気をつけて帰りなさい……お母さんとお父さんは、いつでも歓迎するだろうから」
「……わかってるよ」
その言葉を最後に、姉ちゃんとひったくり犯を乗せたパトカーが何処へと去っていく。
いつのまにか野次馬は消えていた。
犯人も正式に捕まり、雨が強く降ってきたからだろう。ことの顛末は見届けたようなものだ。
人波がはけていく。
ここルミナスクエアは大きな河川に隣接しており、とりわけこの区画はその影響を街全体に反映しやすい。
だから、嫌でも目に入る。
川の地平の先、薄い靄を突き破り全てを呑みこみ巨大な『黒』の災害を。
そんなものが目に見えるところで、女も子供も沢山いるこの場所と隣接しているという事実を。
「ホロウ、か」
ふと、視線をルミナスクエアに隣接するドーム状に広がる虚空の闇――ホロウへと向ける。
雨も雷も、例え大型ビルが降ってこようともそれを虚空へと消しさる力を持つ虚栄の天幕の名を、人々はそう呼んでいる。
あの空間は全てを呑み込み、そのあまねくすべてを否定する虚無そのもの。
あらゆる
あらゆる建物、あらゆる設備はエーテル物質が生み出す結晶体へと転じる。
それを見て、俺は。
俺は。
俺、は。
「――――」
動悸がする。
眩暈がしてくる。
混濁する意識はどこまでも黒。黒。黒。黒。黒。
認識する現実が曖昧になって、かつての『戦場』に呑まれ――。
――――全身から黒い結晶を生やし『死にたくない』と叫ぶ戦友に刃を突き立てる。
「ま、ず」
視界が回転しだした。
脳天を揺さぶられたみたいに揺らいで、揺らいで、末端の感覚なんて寒気と一緒にいつのまにやら消えて無くなっていた。
――――恋人の名をうわ言のように呟く戦友の喉を、
「まずいまずいまずい……!」
意識の暗転が現実を侵食する。
高熱に浮かされた悪い夢のように、神経の手綱が握れなくなっていく。
もう心配させたくない。
俺の周りの人くらい、せめて人の生き死になんて気にしないで笑っていて欲しい。
――――俺を慕ってくれていた後輩の女の子に笑顔を向け、心臓を貫いた。
「はっ、はっ、はっ、は……!」
こういう時の『
首にぶら下げた三つのドックタグ。
アンセル。
カナリア。
パーシアス。
三つしか残らなかった大切な名前を、その手に握り込んだ。
「――――大丈夫だ。ちゃんと、此処にいる」
不安定だった胸の内が、先程までの混乱ぷりからは嘘のように澄み渡った。
握り締めたドックタグは熱を持ちながら濡れている。
否、いつのまにやら雨は頭皮に冷たくしみるほどにまで、その強さを増している。
そして再度、川の彼方へ視線を向ければ――ホロウは濃い靄の中に消えていた。
「…………ラーメン食って帰ろ」
雨が降ることは予想していた。
だけど今は、この雨の冷たさが心地よかった。
Q.無ケツに「自首でもしに来たんですか?」と言われたら弟くんはどうなりますか?
A.最後の精神的支柱を失い自殺します。
なお、法的には大分ブラックで倫理的にはグレーよりのホワイトなたいぶギリギリな仕事をしている模様。
困った弟ちゃんです。
愉しみ、とも言う。