脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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20話 尾行王×ストーキング 前編

 

 

 

 

 動き出す朝の街は徐々に湧き立ち始めたその喧噪により、市民の休日を迎えるルミナスクエアは徐々に色づき始めていた。

 

 平日とはまた違う忙しなさを醸し出す街並み。

 開店前の店が立ち並ぶその場所は、子連れから年寄りにかけた様々な年齢層の市民が既にいくつかの店舗で列を作り始めており、まだ色の不足している灰色の街に彩を添えているように見える。

 

 そこにどの流れにも属さない、ただ佇んで待つ男が一人。

 

 黒い髪に特徴的な赤いメッシュの入った地毛を持つ青年――玄飛は何やら落ち着かない様子で端末を眺めていた。

 

「……11号らしい店も選んだ、猫の襲撃地点は抑えてある。あとは俺も楽しむだけ……姉ちゃん、俺に力を貸してくれ……でもジェーンさんはいつかシバく」

 

 ぶつくさと誰に言うでもなく、それでもそう呟かざるを得ないこの男。

 

 つい先日、やたら扇情的な雰囲気を醸し出す某シリオンによるメッセージの誤爆という名の起爆スイッチの結果は――なんと了承された。されてしまった。

 

 男の前後の痴態など見えなかったように放たれたソレに当然の如く動揺してしまったわけだが、それは治安局きっての敏腕婦警である姉の見事な背負い投げによりことなき(?)を得た。

 

 だがそれで現実が変わるわけでもない。

 

 よって彼は姉とのこれまでの交流と、碌でもない・皆無・断絶の危機の三拍子な女性経験を経て服装なりなんなりを整えて現在に至る。

 

 が、そんな社会人男性にとって待機時間というのはそれだけで微量のダメージとして蓄積されている。

 

 視線が端末と腕時計を無駄に行ったり来たりを繰り返したり、こうして集合時間の2()()()()()来たりと、その緊張ぶりが伝わるだろうか。

 

 そして――それをやや遠方より眺める不審者一行もまた同じ時間、同じ空間に同席していた。

 

『状況開始より一時間……トリガー、現状を報告せよ』

 

「……対象は依然として待機中。何やら端末を覗いてる様子。変化らしい変化は見当たりません」

 

「き、貴重な連休が……どうにか今からでも鬼火隊長と別枠で取り扱えないものか……」

 

「ルミナスクエアなんて久々だねー。あ、蝶々(ちょうちょ)ー」

 

「…………あの隊長、本気でこの布陣で遂行するのですか。休日を楽しむならまだしもこれは流石に……」

 

『関係ない。行け』

 

「行くのは我々なんです隊長」

 

 それはとある喫茶店に併設された大がかりなテラス席の片隅。

 

 そこには聞く人が聞けばひっくり返るような面子が揃い踏みしていた。

 

 視界に捉えられるのは、彼からしてみれば顔も名前も知らない相手。

 

 彼とて夢にも思うまい。

 そんな業界きっての戦闘能力を保有する部隊より袋叩きにでも行くのかと言わんばかりの勢いで己の動向が注目されているなど。

 

 ましてや、その中に下手すれば己を焼き殺さんと血の気たっぷりに盛り上がっている軍人がいるなんて。

 

 果たして、余人はその行為をなんと呼ぶだろうか。

 監視か、観察か、観賞か、あるいは過干渉か、それらの解釈は個々に委ねられ多くの意味を持つだろう。いずれもそこに悪意はなく、誰も他者を害そうという気は一切存在しない。

 

 だが、それらを善行であれ悪事であれ、総括する一つの言葉がある。

 

 そう――すなわち尾行中(ストーキング)である。

 

「…………隊長、こう言っては何ですが我々まで同伴する必要は果たしてあったのでしょうか。敵の一拠点まるまる潰せる戦力を動員して実行するのがコレなのは……少し、アレかと」

 

『し、仕方がないだろう! 一心同体なオルペウスは当然としてシードだけ置いてけぼりなど私の矜持に反する!』

 

「その矜持を掲げて関わらせてるのが実質ストーキングなのですけど……」

 

 そしてそれより何より、この尊ぶべき尾行行為とやらにこの面子で挑むのは多少どころではない無理があったと言えよう。

 

 何かあればすぐに火を噴く鬼火。

 あくまで気まぐれにこの場を観察したいだけのシード。

 隠密に関してはまだまだ未熟なオルペウス。

 

 能力は総じて隠密向きなのに、本人の性質が絶望的なほど隠密行動に向いていないという明らかな人選ミスによる作戦の瓦解を予見させる構成だった。

 

 だったら着いてこなければ良いというべきなのだろうがこれがそうもいかない。

 

 思えばトリガー単独であればこうはならなかったところを、鬼火が絶対に現場に赴くと言って聞かなかったのがケチのつけはじめだったのだろう。

 

 鬼火が着いてくるとなればオルペウスが必ずセットで着いてくる。

 そしてかねてよりこの事態に興味津々であったシードがそれに同行しない道理もなく、なんなら彼女の主兵装にして奥の手である『ビッグ・シード』の搭載する機能も惜しみなく貸し出すという豪勢っぷり。

 

 さしも凄腕狙撃手としてオボルス小隊の火力に貢献するトリガーでさえも、この惨状を前にしては形無しと言った具合だった。

 

『11号の方はどうなってる』

 

「このまま行けば恐らくあと数分で接触するでしょう。何事もなければですが……正直今の時点でバレてないのも一種の奇跡かと」

 

「はーいっ、どうせルミナスクエア来たし市長のオフィスに行きたい!」

 

『駄目に決まってるだろ! 特にシード、お前はこの作戦の要! 我々がこうして任務という体で奴の監視にありつけるのもお前のステルス性能があってこそなんだぞ!』

 

「ちぇー」

 

 早速面子の雲行きが怪しくなって来たとトリガーは曖昧な表情を浮かべて沈黙した。

 変化を見せない現状から早々に飽きを見せ始めたシードだが、トリガーとしては絶対に阻止せねばならぬ事態であると密かに身構えている。

 

 だって隊員の一人でも現れれば確実に11号はデートどころじゃなくなる。

 

 休日中に居る筈のない戦友たちが揃い踏みしていれば11号が反応せずにはいられないのは目に見ているというのがトリガーの見解だ。

 そして何より、トリガーは少なからず玄飛の人柄と性質を知っている身だ。

 ひと時の付き合いであったとはいえ、玄飛がそんな11号の変化を見逃すとはとても思えないと彼女は確信している。

 

 

 だが――トリガーの懸念は群衆の中より現れた見覚えのある銀色の髪によって杞憂に終わった。

 

 

「ファイアー」

 

「…………サンダー」

 

 共に依頼をこなしたいつぞやの明朝とは逆だっただろうか。

 

 違いと言えば、この合言葉が打ち合わせで決めたものじゃないことぐらいだろう。

 

 一瞬なんのことやらという顔をした玄飛だったが、横合いより飛んできた声音と共に蘇った記憶に従っていつかの合言葉をもって返答とした。

 

「……予定時刻より一時間前に現着。良い心掛けよ、『フェザーブラック・ハイジャンパー』」

 

「今は玄飛だよ。微妙に掠ってるんだから普通に呼んでくれ……取り敢えずおはよう、11号。その、久しぶりだな」

 

「えぇ、おはよう。そうね、私も随分と久しぶりに感じるわ。それほど時間は経っていない筈なのだけれど……随分と静かに感じたわ」

 

 無機質さすら感じるいつもの無表情を取り繕いながら、どことなく声が微妙に硬く感じる11号。

 それに違和感を抱く玄飛だが、敢えて指摘するのも何か違うと考えそこに触れることは思いとどまった。

 

 それにその光景はある意味で待望の接触。

 顔見知り、戦線を共にする同僚の見ることなど叶わないと思っていた意外な光景を前に怒ったり興奮したりと、遠方より観察するオボルス一同は色々な意味で色めき立った。

 

「……11号、対象との接触を開始。手筈通り対象の監視を続行いたします」

 

『……よし、ただいまをもって任務を開始とする。我々はこのまま待機、基本的に休日中の民間人に扮して追跡し対象の移動に合わせてシードのステルス機能で隠密行動に出る。質問は』

 

「はいはーい」

 

「あの、ちなみに帰るという手段を取るといった選択肢は……」

 

『シード、返事は『はい』で良い。そしてオルペウス、お前だけ帰ったら基地の敷地内を30周だ』

 

「はぅ……」

 

 烈火の如き鬼火の理不尽過ぎる怒りに()てられ、凄まじい筋肉痛に見舞われるであろう己の未来を確信して見る影もなく萎れて涙ぐむオルペウス。

 なお悪いところなど何一つなく、しいて言うなら現状の荒ぶる鬼火と文字通り一心同体であることが今回ばかりは弊害となっている点を慮ってか、トリガーは思わず彼女の頭に手を添えた。

 

 ……一方、そんな奇行集団に後を尾けられていることなど毛筋一本たりとも思っていない玄飛と11号の二人は……鬼火の懸念を嘲笑うかのように順調だった。

 

「……ほーん……」

 

「……そのむず痒い視線と間の抜けた声はやめて貰えるかしら。あるいは今の私に文句があるのであれば……甘んじて受け付ける」

 

「……え、え? いや、別に深い意味はないんだけどな……ただ――」

 

「――ただ?」

 

 早口でまくし立てた後に食い気味で言葉を綴った直後、彼の言葉に文字通り詰め寄る11号。

 

 その圧の強さに対して思わず後退しそうになる玄飛だが、そこでなけなしの男の意地が働く。

 

 彼女の放つ圧に負けじと踏ん張って、真正面から11号を見つめた。

 

「変な意味じゃないって。ただそういう服持ってたのかって、ちょっと意外だったんだ」

 

「……持ち合わせがなかったから、うちの隊員の服を借りたの」

 

「にしてはしっくり来てるな……」

 

 改めて玄飛は11号の服装を視界に収める。

 ゆったりとした白いブラウスに、黒のジャンパースカートを重ねた装い。

 胸元はビスチェのように引き締まり、ウエストのベルトが11号の細い腰のラインを強調している。

 丈の短めなチェックのプリーツスカートが揺れる度、黒のニーハイから僅かに覗く生足が彼女の白い肌を際立てつつ、活動的な11号の印象を損なわずに両立させているのは選出者の彼女に対する理解度と信頼を伺わせた。

 

 首にはマフラーを巻いて無防備に見える首元を隠しており、私服姿だというのにどこか軍服姿の彼女の印象を彷彿させる。足首まで伸びてる黒の編み上げブーツも、彼女なりに機能性を確保しようとした結果なのだろう。

 

 対照的に玄飛はミリタリー系のブルゾンのトップスで比較的シンプルな装いとして纏めてしまった己に対して少し懐疑的になる程度に、11号の服装にはどことなく気合が入ってるように見えた。

 

「……うん、まるで11号に(あつら)えたみたいだな。よく似合ってる」

 

「……褒められているのかしら、それは」

 

「うん、褒めてる」

 

 不躾でなく、それでいてしっかりと見据えながら服の感想を口にしている玄飛。

 

 誰かにおめかしした女性に対して服の感想を口にするべき、なんて教授されたわけでもない。

 

 精々頭の片隅にあった、男女間のマナーとしてこういったシチュエーションにおいては、恥ずかしくても男からそう口にするべきだという考えが表出しただけのもの。

 

 悪く言えば、思ったことをそのまま口にしてしまう程度には()()()()()とも言える。

 

 何より、彼は軍人としての11号の姿しか知らない。

 そんな少なからず意識してしまっている女性が仕事着から一転してガーリーな服装で身を固めてきたギャップに玄飛は見事にやられていた。

 

「……そうでも、ないわ。このスカートも凄く動き辛い。これでは妙な輩が現れた際に万全な戦闘性能を発揮できない」

 

 そしてそれは奇しくも、11号も同様だ。

 戦闘でも鍛錬でもない、民間人であればありふれた一幕であっても、彼女はこういった状況に置かれた際の己の心境など語る言葉を持たない。

 

 だが他人の機微に疎い11号であっても、目の前の待ち合わせの男が心の底からそう口にしていることはこれまでの付き合いから理解しているが故に……本人すら認識しないうちに声音と体を硬くして、ついぶっきらぼうな物言いになってしまう。

 

 

 しかしながら、ここに居るのは戦場を共にし死線を乗り越えた戦友と認められた男。

 

 

 11号のらしいと言えばらしい答えと、その言葉に込められた意味以外のものを汲み取れる信頼関係が確かにあった。

 

 

「何度でも言うけど俺は似合ってると思う。きっと一緒に選んでくれた小隊の皆もそう思ってくれてる筈だよ」

 

「……なら良い。戦友の成果が認められるのは、私としても嬉しく感じる。こちらこそ感謝するわ、『ブラック・コーヒー・メルトアウト』」

 

「だから玄飛なんだって。コーヒーが溶け落ちたらもうソレ別の事件なのよ」

 

 一転して調子を取り戻した11号の様子と口にした内容に引き攣った笑いしか浮かばない玄飛。

 

 なお、一連の光景を眺めていたトリガーはそんな彼の対応に対し、どこから取り出したのやら『10点』と記載された看板を掲げていた。

 

「……意外です。彼、ああいったことを誤魔化さず言うとは」

 

 これに感心を露わにするのは背後のストーキング一行の唯一の良心というかストッパーと言えるトリガーだ。

 

 彼女自身、11号を今日の状態にまで仕上げるまでの最低限の準備として玄飛とのチャットログを覗いているからこそ、その衝撃は地味ながらも凄まじい。

 

 失礼を承知で言うなら、とてもじゃないがあんな連絡を送ってくるような人物と同一人物にはとても思えなかったのだ。

 

「……なんというか……鬼火隊長が言うほど、変な感じでもないような……?」

 

「11号もなんだか嬉しそうだったねー。あれかな、ああいうのをノーサツって言うんでしょ?」

 

 そしてそれはシードとオルペウスも同様。

 鬼火より伝え聞いていた話から郊外の荒くれ者のような見た目と振る舞いを想像していた手前、意外にも11号への配慮を欠かさず落ち着いた様相の玄飛には驚きを隠せないでいた。

 

 ……だが、そんな様子が面白くないのが鬼火だ。

 

『……いや、見逃すなよトリガー。誰だって最初はボロを出さないものだ。今に見ていろ社会不適合者め……ウチの11号がそんな輩になびく筈もない、だからお前の眼には期待しているぞ』

 

「思うのですがこれ相当私が割を食ってないでしょうか……?」

 

「オルぺちゃーん、こんな時間なのにお弁当のキッチンカーやってるよー? どうせだし何か食べながら観察しない?」

 

「え、えぇ!? い、一応尾行中ではありますが……?」

 

「えー? でも常に万全の状態を維持しておくのも強き兵士というものーって11号も鬼火隊長も言ってたよー? ちなみに今なら僕の奢りね」

 

「ホットサンドを三つほどいただければ幸いです!」

 

『なに普通に休日を満喫しようとしてるんだお前ら! 遠足の時間じゃないんだ! 11号を魔の手から救う重要なミッションなんだぞ!』

 

「二人とも、これで好きなものでも買ってきてください。ただ、出来れば私のステルスモードは維持したままでお願いします」

 

『トリガー貴様ァ!』

 

 荒ぶる鬼火に構わず暫定精神年齢児童組な二名は食事の匂いに誘われるまま保護者同伴(強制)していただき、トリガーは狙撃手らしく対象の監視任務に戻る。

 

 隊長の想定しているようなことは何一つ起きないだろうなという確信がありながら。

 

 

 

 

「………………気のせい、なのか……?」

 

「なにか言ったかしら」

 

「……なんでもない。それより、履き慣れない靴で足が痛むようだったら言ってくれ。あまり歩かないサブのプランも用意してるから」

 

「甘く見ないで。実戦じゃとてもじゃないけれど使う気になれないこのブーツでも、優秀な兵士なら容易く履きこなして見せるものよ」

 

「超頼もしいじゃん」

 

 

 

 




 次から「シルバーの復活」に入る……ってなりたかったんだけど、なんかそそられちゃって前編と後編に分けるの巻。

 あとやっぱ評価とお気に入りは嬉しいね。筆が進んだのはそのブーストもあったのかな? 自分が書いたものが反応があるって何度も言ってアレだけど凄く嬉しい。ありがとう。
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