脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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21話 尾行王×ストーキング 後編

 

 

 

 防衛軍オブシディアン大隊所属のオボルス小隊が一人、コードネーム『11号』は模範的な兵士である。

 

 私情を排し任務を全うする気質。

 軍の規則に則った行動基準。

 裏切りを許さず、時には汚れ仕事すら躊躇うことなく引き受ける従順さ。

 日々鍛錬を欠かさず、怠けることを知らず、強くなることに余念がない渇望と勤勉さ。

 

 おおよそ軍人として求められるあらゆる素質を11号という兵士は備えているだろう。

 

 特に力を持つ人間こそとりわけ癖の強い傾向にある昨今の情勢においても、防衛軍上層部にとっては相対的に扱いやすい部類に入るには違いない。

 

 だがそんな彼女にも欠点がある。

 

 とある天才剣士な課長が修行という名目にかこつけてことあるごとに会議をサボタージュしようとするように。

 とある完全無欠の治安官が毛の生えた動物に好かれる性質を持ちながら、とりわけ動物の類を苦手としてるように。

 

 彼女は――職業病という名称を体現するように、私生活の表から裏まで仕事漬けであるということだった。

 

「それにしても……あまりにも人が多いわ。これではいざという時に敵の攻撃に対処できない。それも大半が戦闘を経験したことのない民間人となれば、軍人としては想像したくない事態ね」

 

「現役軍人にこう言うのもアレだが、普段から何考えて生活してるかわかる発言だな」

 

「安心して。たとえ休日であっても不審なものを見つけ次第、いつでも刈り取る用意は出来てる」

 

「なんで俺見て言うん?」

 

 歩調を合わせて街を巡る黒と白。

 道路側を玄飛が、その内側を歩く11号が。

 休日の人気に溢れたルミナスクエアにおいても二名の足運びに淀みはなく、かといってどちらかが置いていかれるようなこともない。

 

 しかしながら、会話は色気の欠片もない物騒なものとしか言えないもの。

 

 普段とは違うガーリーな服装で身を固めた11号のある意味らしいと言えばらしい言動に、玄飛は思わずと言った具合で苦笑いを零した。

 

 当の本人が慣れない着飾った格好、どことなく落ち着かないうえに説明不能な内心。

 それらに余裕を奪われたが故の話題であったことなど知る由もなく。

 

「でもそうだな……俺だったらあのビルとかの狙撃ポイントを警戒するか? いや、俺の知ってる狙撃手はもっと遠くのビルからでも撃ち抜いてくるし……射線の死角を移動しながら退避が妥当か?」

 

「……単独任務ならまだしも二人なら陽動に充てられるわ。この場合、あなたの姉妹たちが居るなら遠方からの狙撃が来れば潜伏地点をマーク出来る。あとは敵が逃げるまでのスピード勝負よ」

 

「そこまでが敵の誘いの可能性を考えても俺が向かうのが一番か。まぁ後は撤退戦か捕縛作戦かでターゲットの扱いが変わるけど」

 

「……大隊で実施している新人訓練の座学に参加する気はあるかしら。私から推薦ということで報酬は弾むわ」

 

「それだけは勘弁して……いや割とマシで」

 

 ――――だが、だからと言って何も見えてないかと言われればそうでもない。

 

 玄飛という男は腐ってるとは言え元軍人。

 元より人の機微には敏感であるし、人間のそういった部分を見抜けなければ一部が腐った蜜柑の伏魔殿と化した防衛軍で生き残ることは不可能に近かった。

 

 だから詳細にまでとはいかなくとも、普段と服装は勿論振る舞いもどこかぎこちない11号に気づかない筈もない。

 

 たとえ既に一連の会話内容を偶然耳にした数人の通行人がぎょっとした顔で二人を見つめていたとしても、たとえ某ビデオ屋のデートの達人でも無ければ一瞬で詰みを迎えるであろうこの会話も、二人にとっては貴重とも言える共通した話題だった。

 

 現に全快とは言えないものの調子を取り戻した11号の様子に、さしも玄飛も傍目からわからない程度に幾分か緊張が和らいだ様相を見せていた。

 

「ま、人酔いでもしたらもう少し開けた場所に案内できるよ。きつかったらいつでも言ってくれ」

 

「…………」

 

 そして11号とて世間知らずなある種の箱入りであれど、決して鈍くはない。

 だからこそ今まで会話の流れが己を気遣ったものであり、どこか偽悪的な振る舞いをする玄飛という男の性質を濃密な戦線を共にしたが故に理解できてしまっている。

 

 彼が歩く速さにしてもそう。

 彼が歩く位置にしてもそう。

 二人とも世間一般の男女らしい体格差があるなか、慣れない靴と服装で歩くだけでも違和感が付き纏っている11号が問題なく着いてこれている理由。

 そして時折交わる自転車や速足で追い抜く歩行者からさり気なく玄飛から歩み寄ったり、遠ざけたりしているのだから決定的だった。

 

 それでも歯切れが悪いのは――ひとえに11号が誰かを慮ることはあれど、己を慮るということを知らぬが故のものだった。

 

 『優しさ』に対する防御力の低さ、とも言うべきだろうか。

 

 詰まるところ炎の銀兵士は、いっそ致命的なほどに誰かに尽くされるという行為に耐性がないのである。

 

「……職業柄こういった考えは平時でも染み付いてるの。悪く思わないで」

 

「悪くなんて思うか。そういう人が軍には必要だろ? でも慣れない靴で無理して速く歩こうとするのはおすすめしない。なるべく逸れないようにな」 

 

「……そういうことなら、異論はない」

 

 邪な考えを一切感じさせずに差し出された玄飛の腕。

 

 これがある意味自分より緊張してる人を見ると逆に冷静になるアレなのか、緊張が和らいだが故の油断による結果なのかは定かではない。

 

 だが、いっそ淡白にすら見えるその11号の返事とは対照的に伸ばされるのは、普段は硝煙と火薬の香りが染みついた堅い手袋に覆われている筈の白い手先。

 

 力無くジャケットの裾を掴む11号の姿は、普段の凛とした佇まいとは対照的に心なしか小さく、それでいて縋るよう見えるのだった。

 

 

 

 

 

「――というのが現状です。如何致しますが鬼火隊長」

 

『……そん……な……こんなことは……』

 

「その、隊長? もしかしなくともコレが見たいが為わざわざ有給を使って出動したのでありますか……?」

 

『そ、そんなわけあるかぁ! 私だって予想外だあんなの! むしろ諸君らの作戦遂行能力をこんなことに使わせてるあの男が憎いまであるわ!』

 

「もう言ってることが滅茶苦茶であります……」

 

「昨日から相当頭を悩ませていましたからね……」

 

 ……そして群衆に紛れ二人の少し後ろでは、聞いてるだけで頭痛がしてくる会話が展開されていた。

 その姿は誰にも捉えることは叶わず、時折空間に放たれるスパークが景色を歪ませる程度の変化しか見られない。

 

 余人は知るまい。

 この生体情報以外の情報を遮断し、電撃を通じたエーテル操作により文字通り空気に溶け込むステルス性能はオボルス小隊が一人『シード』の行使する技術の一つであることなど。

 

 そんな隠密部隊もびっくりな最先端技術をふんだんにつぎ込まれたその透明なヴェールとも称せる機材を、あろうことか休日の部下の尾行に使うという暴挙に出ているのは任務と称して有給休暇に駆り出された哀れな三人衆。

 

 目を模した立体映像を己の肉体たる銃身に浮かべ、捻り出すように放たれた苦い言葉を前にトリガーは引き攣った笑いを、オルペウスは諦めたように力なく表情を沈ませるしかなかった。

 

 ある意味で、あの光景を繰り広げる二人の様子に微笑みを浮かべるトリガーの存在が唯一の救いであると言えよう。

 

『そ、それよりもトリガー、もっと近づけないのか。お前ならまだしも我々にお前のような『眼』はない。11号の衣服に仕込んだ盗聴器で会話自体は聞こえるがそれでは奴の仕草までは探れんぞ』

 

「今サラッと凄いこと言いませんでしたか……?」

 

「触らぬ神になんとやらですよオルペウス……駄目ですね、むしろ現状でも近過ぎるくらいです。下手に距離を縮めれば何やら余裕のない11号はともかく、彼なら気づきかねない」

 

『成程……ではトリガー、取り敢えず奴の眼をブチ抜け。まずはコンスタントに気勢を削ぐ』

 

「私の知らない世界の武力介入であります隊長……」

 

 どうなっちまったんだ最近の防衛軍は、と吐き捨てたくなるようなやり取りである。

 とはいえどうかしてるのは『旧都陥落』以降成立したどの組織にも言えるのが何とも笑えない話なのだが……それはこのデートとはまるで関係ない話。

 

 そんな終わりかけの世界におけるちょっとした滑らない話はさておき、そんな憂いある未来よりもトリガーとオルペウスら正気組には懸念すべき事態があった。

 

 

 それはこの尾行茶番劇……もといちょっかいに――かの自由人なシードが介入するというのだ。

 

 

「……隊長、シードから既に指定の配置についたと連絡が入っています」

 

「考え直した方が良いですよ鬼火姉さん……せめてトリガーが適任だと愚考いたします」

 

『構わん、仕掛けるぞ。そもそもなんのためにあいつを連れて来たと思ってるんだ』

 

「良くて無駄に豪勢なフラッシュモブにしかならないのでは……?」

 

「本当に帰りたいぃ……」

 

 見事に拗らせて聞く耳持たない鬼火を前にオルペウスなどもう泣き崩れる寸前だ。

 それが一心同体の姉同然である鬼火の醜態を目にしてなのか、休日を駆り出されてまで何をやってるんだろうという後悔によるものなのかは定かではない。

 

 だがそんなことお構いなしの鬼火は声高々と、作戦の概要を口にした。

 

『名付けて『作戦:北風(オペレーション・ボレアス)』! 男女を突き抜ける謎の強い風! 何も起こらない筈もなく……! その事象を強制的に発生させることでやつの反応を見る!』

 

「名前負けが酷いし大それた名前の癖して作戦の出力が少女漫画チックなのですが……その、オルペウス?」

 

「は、はいっ! 実は作戦遂行にあたりとある漫画を拝読し、私に『さっさと次のページを捲れ』などと指示を出して私よりも熱中していた様子でありました……!」

 

『帰ったら片手腕立て伏せ175.5回だオルペウス……!』

 

「ひん……」

 

 ぶわっ、と瞳いっぱいに涙を溢れさせる光景にトリガーは優しく彼女の頭の上に手を置いた。

 

 言動から作戦に至るまで拗らせた鬼火と、不本意ながらも渦中に巻き込まれてしまっている青年に全ての責任を押し付けることを心に決めて。

 

「こちらトリガー。シード、お願い出来ますか」

 

『ンナンナ~。ガッテン承知だよ~』

 

「……シード、無理はしないように。あと可能な限り穏便にお願いします」

 

『心配し過ぎだよー? この前の指揮官と反乱軍のボスみたいにぷちっ、と行かなければ良いって鬼火隊長も言ってたし』

 

 何が大丈夫なのか一つも理解できない、とトリガーは出そうになる溜息をどうにか堪えた。

 

「あの、線引きを、穏便の線引きをもう少し引き上げてですねシード」

 

『だから隙をついてドッカンしちゃってねトリガー』

 

「ドッカンしてしまったらそれは彼の命日です」

 

 こっちもこっちでとんだ混沌(カオス)が到来しており、この事態が本当に収拾がつくのかトリガーは本格的に心配し始めた。さり気なく作戦に組み込まれてしまっている辺り手遅れ感が否めないが。

 むんむんとやる気一杯で威勢の良い返事が通信越しに聞こえてくるものの、既に対象である彼の先行きに不安しか感じられないトリガーは思わずそう呟かざるを得ない。

 

 

 だがそれでも事態は無情にも容赦なく進んでいくもの。

 

 

 パチリ、と彼方より小さな蒼い電光が迸り、『穏便』という二文字が光の速さで破綻した事実をトリガーは狙撃手として鍛えられた感覚を以て悟った。

 

 

『よしシード、展開しろ! この日のために開発した70mm口径コーラエンジン圧縮空気弾――』

 

「「え」」

 

『――名付けて『風〇砲』!!』

 

「んんんんんん、それただのそよ風じゃ済まないやつぅ!?」

 

「それはマズイですって二人とも!!?」

 

『破壊!! すなわち守護!!』

 

「よりにもよってプリセット!? ちょ、待つでありま――」

 

 

 シードのものとは違う、力強く勇猛な叫びがクッソくだらないことに使われている事実を尾行者一同が認識するまでの僅かな一瞬。

 

 

 ――――風の波濤がルミナスクエアの一角を襲った。

 

 

「これのどこかそよ風!?」

 

「穏便にって言ったのですけど……!」

 

『はっはっはっはっ! いいぞシードォ! あの忌々しい社会不適合者を彼方まで吹き飛ばしてやれ!』

 

「なんでここ最近で一番楽しそうなのでありますかぁー!?」

 

 鬼火の高笑いは隠密の『お』の字すら感じさせないものだが、突風に晒された者たちにソレを聞き届ける余裕など皆無だった。

 

 吹き飛ばされる週刊誌。

 哀愁と共に青空の黒点となって空へ逝く何者かのカツラ。

 突風に乗せられて彼方へとめくりあがり飛ばされるスカートと帽子、直後に響き渡るビンタは一体何を見たのか。

 一部はボンプが液晶にノイズを走らせながら周辺のビルにヒトデかメンコの如く叩きつけられたりしている。

 

 一人の様子を見るどころかルミナスクエアの一角の全てに及んだもはや兵器と言っても過言ではない偶発を装った北風は、人的被害こそ皆無なもののあらゆるものを吹き飛ばした。

 

 

 そして突然の出来事に慌てふためく群衆の中に紛れる監視対象の二人だが――なんと、転んだのは11号であった。

 

 

『な、11号!?』

 

「はわわ、慣れない靴だからバランスが!?」

 

「それ以前の問題ですよ二人とも!」

 

 11号らしくない体捌きに鬼火とオルペウスは驚愕するが、先日あらゆる準備を一任させられたトリガーからしてみれば容易に想像できた事態。

 

 もはや反射とも言える反応速度で仲間の負傷の可能性に自分らのシチュエーションすら忘れてトリガーとオルペウスは飛び出す。

 

 ――――だが忘れること無かれ。

 

 11号の隣に居るのは腐ってるとは言え軍人だった男だ。

 

 バランスを崩し転倒するのを待つだけだった11号の体は――地面に触れることなく、玄飛に支えられて事なきを得た。

 

「あっぶね……大丈夫か、11号」

 

「……えぇ、どうにか」

 

「風……ってよりは空気の爆弾みたいな勢いだったな。でかい何かで煽ったとか高速で通り過ぎたとかの方がしっくりくるけど……怪我が無くて良かった。立てるか?」

 

 11号の背中に回された腕。

 次いで立ち上がらせるために握られた手。

 これらの彼女がこれまで感じることのなかった体温と感触が否が応でも伝わってくる。

 普段なら己の無様に燻る焔の如く静かに憤慨するであろう11号だが、思いがけない事態と体勢を前に思わず硬直してしまっていた。

 

 なお、それに構わずただ異常がないことに安心する玄飛は硬直する11号を他所に立ち上がらせると――11号の手を己の腕に絡ませるのだった。

 

「……なんの、つもり」

 

「保険だよ。人が転ぶ姿っていうのはどうにもな。あと細かいところは男の意地だと思って諦めて欲しい……かも」

 

「……そういうことなら構わない。あなたの腕を拝借するわ、『ダークウィング・プロフェッサー』」

 

「だから玄飛な。まぁうん、ありがとう」

 

「お礼を言われる理由がわからないのだけれど」

 

 

 

『ンナナナナナナナナ……!!!??』

 

『わ~、隊長が限界ボンプになってる~』

 

「……作戦失敗ですね。次の段階に移行しましょう」

 

『ナナナナ、なんでだァァ!!? こんな、こう、なんで、なんでだァァァ!!?』

 

「だから言ったのであります隊長……! 男女の逢瀬への横槍はダメージとして却って来ると!」

 

『それは漫画の話だろうが!!』

 

「その漫画をあてにしてたのが隊長なのであります……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 11号は猫との会合の他にどこか行きたい場所はあったりするのか? あるならそっちに合わせられるけど」

 

「……特に決めてないわ。此処にも任務で来ることはあるけど、任務の時は街を楽しむなんてことは許されないから」

 

「そっか……じゃあ――どうせだし、時間まで一通り回ろうか」

 

 

 という玄飛の提案を事前のプロファイルから予想していた鬼火は、現地の状況に合わせて臨機応変に作戦(?)の姿形を変えて様々な手法で遂行されたわけだが。

 

 

 その結果は鬼火が予想したようなトンチキな事態になるようなことはなく、ことごとくが空回りという結果に終わっていた。

 

 

「映画どうだった? 一昔前の映画の再放映だったし、個人的におすすめだったけど」

 

「所謂ヒーローものなのでしょうけれど、悪くなかったわ。ただ、あの盾をフリスビーのように投擲しているシーンは物理学の法則的として理に適っていない点は気になったかしら」

 

「いいか、キミの理解を超えるものだってあるとか俺は言うべきなんだろうが……それはそれとして兵士として、人としての強さについて考えさせられる映画だったんじゃないか?」

 

「……えぇ、特に訓練における演習のシナリオとは言え手榴弾を己で抱えて被害を抑えようとする姿勢は一人の兵士として評価に値する。あの迷いのなさは見習うべきね」

 

 

 暗がりに連れ込んで何をするつもりだ、と文字通り炎を吐きながら息巻いていた鬼火が拍子抜けするほど普通に映画を楽しみ、むしろ映画の内容に反応してビット兵器による砲撃をぶっ放そうとしたシードによりオボルス一同が無駄な気苦労を負う羽目になっていたり。

 

 

「アレはなに」

 

「フェリーを兼ねた遊覧船だな。ホロウの影響で水上での移動手段も環境次第じゃ割と重宝される傾向にあるから、景色も良いってことで一般利用客と観光客向けに投資家が商業化させたらしい。特に春の夕日と激辛麻婆豆腐が絶品みたいだぞ」

 

「乗り込みましょう。新たなる辛味を求めて」

 

「乗り込むな乗り込むな。予約が必須だからそれはまた今度行こうな。今日は取り敢えず『煮釜』に向かおう。ほら、火鍋屋の」

 

 

 

 11号の好物で釣る気かと鬼火が既に若干の息切れを起こしながらもラーメンをテイクアウトしたものの、普通に火鍋店に突入したので泣く泣く11号仕様の激辛ラーメンをオルペウスが完食させられていたり。

 

 

「――――あと一回で70%いける。待っていなさい黒猫、もうワンコイン追加よ」

 

「その一回とやらにもう6000ディニーは投資したんだが」

 

「成果を得るためには多少の犠牲はやむを得ないものよ」

 

「犠牲になってるのは俺の財布だけど」

 

「それでも迎えるのよ。ガラス張りの壁に囚われ無骨なアームに掴みあげられるのを待つだけの日々を迎える彼女を、『クロノ・タシス』を」

 

「もう名付けてるし……いや、楽しそうだから良いけどさ」

 

 

 デフォルメされた黒猫が景品となっていたクレーンゲームの筐体に文字通り齧りつく勢いでガラスに貼りつく11号を見て、作戦によるストレスからか庇護欲を刺激されたトリガーが隠密などお構いなしで11号の頭を撫でまわそうと突貫しようとするのをオボルス一同で止めに入ったり。

 

 

「結構大きいな」

 

「えぇ、でもこの穏やかさは癒しね――おそらく犬」

 

「亀だよ」

 

「認識が甘いわね。目の前の事象に囚われるからそのような思考になるのよ――これは亀よ」

 

「なんなんだよ……」

 

 

 愛玩動物で懐柔する気か、とペットショップに入り浸って無表情でショーケースのガラスに貼りつきながら動物を愛でている11号を見て、モルモットの触れ合いコーナーでいの一番に餌の人参をオルペウスに購入させ、動物たちに囲まれて悪い気がしていない鬼火だったり。

 

 

 途中から普通に防衛軍による丸一日の休暇になってしまっている気がしなくもなかったが、鬼火のあらゆる懸念が空振りに終わるであろうこの作戦に巻き込まれたオボルス一同にそれを告げて隊長に正気を戻させるというのも酷な話。

 

 

 そしてルミナスクエアのあらゆる娯楽施設を巡り、太陽が地平に向かってやや傾き始めてから……この尾行劇に対する結論に達したのだった。

 

 

『――――奴は危険だ……!!!!』

 

「クレープおいひぃですぅ……」

 

「トリガー、ティーミルク飲むー? 代わりにそのアイス一口ちょうだい」

 

「でしたら一口と言わずにこうかんこですね」

 

『聞けアホンダラァ!』

 

 号砲の如く耳を劈く鬼火の声が伸びる火柱となってルミナスクエアの一角を照らしあげた。

 通行人はその光景を見て『おー』とか『すげー』とか口にしてる辺り完璧なまでのパフォーマー扱い。

 加えて完っっ全に休日でモールに遊びに来てフードコートでデザートをつつき回す家族の光景でしかないオボルス小隊の面子を見て、鬼火が正気に戻るのは時間の問題であった。

 

 たとえ口にしたその言葉が山に溶けて消える木霊のように虚しいものだったとしても。

 

「でも万策尽きちゃったし? とっておきの空砲もどっちかっていうと鬼火隊長にダメージが行ってた気がしたから僕としてももう次の手を打ちようがないんだよねぇ」

 

『うぐ……』

 

「シードの言う通りですよ隊長? あなたの抱える懸念もわからなくはありませんが、今日の玄飛くんの立ち回りを見てその印象は些か拗らせてるとしか……オルペウス、アイス食べますか?」

 

「はい食べたいです!」

 

『取り敢えず食うのをやめろお前ら!』

 

 唯一の歯止め役だったトリガーもこの始末。任務に忠実な彼女がにこやかに隊員の世話に回って休日モードになる辺り鬼火が始めたこの尾行へのやる気が伺えるというもの。

 

 だからせめて。

 

 せめて己だけは最後まで見届けようと、同じく休憩を迎えていた11号を遠方より鬼火は見やった。

 

 そして一日を通して終始空回りに終わった所為か心なしか瞳を萎ませた鬼火の視界には、ベンチで休憩している11号に向かって何やら缶詰やら干物やらを持ってきた玄飛の姿が映っていた。

 

「お待たせ11号」

 

「大した待機時間じゃなかったから気にしないで……一体今度は何を買ってきたのかしら」

 

「あー……なんていうか通行料っていうか紹介料っていうか……供物?」

 

「……?」

 

 一見すると意味不明な会話を繰り広げる玄飛と11号の二人組。

 

 だがそれらのやり取りとは裏腹に、そこに満ちる空気はどこか満ち足りたものであったことは傍目から見ても伺えた。

 

「11号、楽しそうにしてましたね」

 

「普段は激辛ラーメンか昇進くらいでしかあんな風にならないのにねー」

 

「ある意味で凄まじいですね、玄飛さんという人は。戦友を引き連れていない11号をあんなにも楽しませることが出来るなんて」

 

『…………』

 

 事態の進展があったらあったでこうして二人の動向に注目するトリガー、シード、オルペウスの姿に鬼火は釈然としないものを覚えるも、もはや彼女にそれを否定するような気力はない。

 

 精々無言で睨みながら今にも零れ出そうな溜息を堪える程度のものだ。

 

 何より11号が充足感に満ちているというのなら、鬼火は11号の隊長としてとやかく言うのもおかしな話。今更感が否めないのは、鬼火の最低限の意地としか言えない。

 

 結果を出してこその防衛軍であるのなら、眼前の結果こそがこの一日の成果であることを認めないわけにはいかなかった。

 

「それにしても久々に楽しかったな。俺としてはこれで終わっても良いけど……11号はそうはいかないだろ?」

 

「猫たちとの接触は欠かせないわ。目的の半分はそのために来たから……でも、どこか胸の内側が沸き立つこの感覚は、嫌いじゃない」

 

「そっか……なら、必死こいてかっこつけた甲斐があったな」

 

「そうは見えなかったわ。凄く手馴れていて……今日と言う日はあなたの頑張りがあってこそよ」

 

「それこそまさかだ。そんな甲斐性は俺にはないって」

 

 鬼火がそんな評価を下しているとは露知らず、街を巡るだけ巡った玄飛と11号の二人は心地の良い疲労感を噛み締めている。

 

 特に11号からしてみれば猫に会ってそれで終わりでも満足していたであろうところに、こうして今まで知る機会の無かった身近とも言える街の中身を知る機会が図らずも巡ってきたのだ。目的の半分は達成していたと言って良いだろう。

 

 ただ――その目的のもう半分は、彼女本人すらわからない。

 

 それが猫に会うことなのか。

 

 街を巡ることなのか。

 

 あるいは――誰かと会うためなのか。

 

 それを言語化するに足る思考を、11号は持ち合わせていない。

 どこか満たされている今の己の感覚を表現する術を、今の彼女は持っていない。

 

 

 今はどうあってもわからないが……どうしてか、11号は『それ』を口にするのは憚られた。

 

 

「結局のところ、私はあなたに着いていっただけ。トリガーやオルペウス、私の所属する隊の人たちにいろいろ言われたのだけれど……私はそれらを何一つ実践できてない」 

 

 玄飛からのメールが飛んできた時、オボルス小隊の一同は慣れないながらも11号に色々手を尽くしてくれた。

 服を貸してくれたり、慣れない化粧をされてみたり、メールの内容から今日の立ち振る舞いを可能な限りこうしたほうが良いといった具合にアドバイスをされたり。

 

 今日の出来事に何を期待していたのかは11号には測れない。

 

 だがかけられた期待がなんであれ、それに応えようとするのは紛れもない彼女の美徳であり、同時に欠点とも言えた。

 

 ただ成果を。もっと、よりよい成果を。

 

 そう求められ、応えることでしか生きられなかったが故に――何かを証明することでしか己を示し、誰かに報いることが出来なかったのだ。

 

「……それはそうした方が良いことであって、必ずしも必要なことじゃないな」

 

「……」

 

「11号がこうしたいって思っていることに、必ずしも誰かに何かを証明しなくたって……キミの戦友ならそこから居なくなったりしないだろ」

 

「……上層部の命令を徹底して遂行する軍人としての私は、やはり堅苦しい?」

 

 どこか縋るように口にされたその言葉。

 声色からはそれを否定して欲しいのか、肯定して欲しいのは余人には理解できないだろう。

 

 だが今日の相方を務めた男は少しばかり違う。

 

 『自分を見つけて』と言わんばかりに求められた言葉の先を、彼は持ち合わせていた。

 

 目の前の軍人としてしか生きることしかしてこなかった彼女に、何をしてやれるだろうかと今日一日ずっと考えていたが故に。

 

「軍事にだけ関わって生きられればそれで良いんだろうけどな……まぁ俺もこういうのってカタチから入るべきなのかなーって堅苦しく考えてたんだけどさ」

 

「……?」

 

 その言葉と共に玄飛がビニールより取り出したのは、猫がデフォルメされた缶詰。

 

 そしてその手に握った猫缶と一緒に握りしめるように、11号の手を彼は包み込んだ。

 

「正直に言ってな、俺も結構無理してた。そんな俺を見てどう思った?」

 

「そうね……あなたはもっとダメで良いと思う。その方があなたらしいわ」

 

「そこはもう少し取り繕って欲しかった」

 

 俺ってそんな印象なのかな、なんて心配を玄飛は苦笑いでやり過ごし、改めて11号と向き直る。

 腰掛けていたベンチより立ち上がると彼は11号に(かしず)くように跪いて、11号と同じ赤色の瞳と視線を交わせた。

 

 

「俺は今日、自然体で楽しんでくれてる11号が見れて良かったよ」

 

「…………そう」

 

「うん」

 

 

 そこで初めて、11号は笑った。

 じわりと、滲み出た熱が溶けていくように小さく、表情の変化が少ない笑み。

 だが二人にとってはそれで十分だった。

 視線の先では玄飛が柔らかく笑っていて、そう答えた11号に対して本人より嬉しそうにしているのがおかしくて……11号は視線を逸らした。

 

 

 頬に集まった熱を、どうにか誤魔化そうとするように。

 

 

「であれば最後の目的地に向かいましょう、『レッドサイト・ブラッドレイン』」

 

「そこはコーバスで良いだろ……」

 

 

 二人の影が路地裏へと消えていく。

 

 瞬間、男の悲鳴と猛々しい複数の猫の鳴き声が聞こえて来た気がするが……まぁそれは些細なことだろう。

 

 保護者の思惑をある意味完全に裏切るように、それらは日常の穏やかな一幕として二つの出来事は幕を下ろした。

 

 

 

『――『コーバス』、だと?』

 

 

 たった一つ。

 

 

 オボルス小隊を統括する軍人に、拭い難い疑念を残して。

 




 更新遅れたぁ……その間に評価とお気に入りしてくれた人はありがとう。
 ネタを整理してたらこんな時間に。気づいたら4月よ。次回から『シルバーの復活』に突入ね。
 
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