脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
ビデオ屋『Random Play』。
取り扱いのあるジャンルは選り取り見取りのアクションものからニッチなドキュメンタリー映画までと様々だ。
電子機器が異常を引き起こしがちなエーテルの満ちる新エリー都において、データの損失も充電切れなんてものも引き起こさないレトロなビデオというのはその実態に反し意外にも需要のある商材だったりする。
けれどもまぁ、これだけなら普通のビデオ屋だ。
重要なのはここから。
その正体はとあるプロキシの身分を偽るための隠れ蓑――かの『パエトーン』の表の姿であり、彼女らにとっては立派な収入源の一つである。
かく言う俺もまた、かのビデオ屋の売り上げに貢献する客の一人。
今やそのビデオ屋も会員数と売り上げを着実に伸ばし、ここ最近の六分街の賑わいは意外にも彼女らの活動によるものが大きいかも知れないと思わせるほどである。
そして今日も借りたビデオを片手に、来店を知らせる古めかしいベルが店内へ鳴り響いた。
「オイスター、繁盛してるかリンちゃん」
「……独特な挨拶をするな玄飛。残念ながら今日はリンの代わりに僕が店番だよ」
「じゃあ今日からアキラくんがリンちゃんだ。さよならアキラちゃん、こんにちはリンくん」
「
「まず俺の中のアキラくんとリンちゃんの格付けに驚けよ」
「キミには負けるかな」
なんだかとても客と店員という立場とは思えないやり取りだが、まぁいつものこと。
遠回しのチェンジ要求だってどこ吹く風のこの男は、何を隠そうこの店のもう一人の店長であり、『パエトーン』の片割れであるリンちゃんの兄だった。
癖のかかった灰色の髪に紺のジャケット。
その姿はとてもじゃないが存在が法律違反なプロキシとはとても思えない風体であり、それこそ街の片隅のビデオ屋の店長と言った方が説得力のある見た目をしている。
カウンターでビデオを整理しながら気障ったらしい話し方をするこの男の名はアキラくん。
腐っていた俺をどうにかしてくれた、リンちゃんに並ぶもう一人の恩人である。
「それはそれとして、差し当たってはキミの中の俺の評価が気になるところだな」
「元ニートの社会不適合者だろう?」
「アキラくん。そうやって露骨に人の傷口ほじくり回して楽しいか」
「キミはアルバイトで僕はこのビデオ屋の店長。社会的に見ても格付けは明確だろうね」
「なんだろう、法と倫理が許すなら今すぐにでもボコボコにしたいぞこのスケコマシ」
なんでもないように言い放っているのが輪をかけてこちらの神経を逆撫でしてくる。
信用もしてる。
信頼もしてる。
恩義も感じている。
だが姉ちゃんに留まらず他の女性にまでコナをかけているとなれば話は別だ。
やたら綺麗な人達がこの店に出入りする様子を見る俺の気持ちになって欲しいものである。
「それで、今日はビデオの返却だろう? それともまた借りていくのかい?」
「あーうん、出来れば今回はコメディで。なんか頭空っぽにして笑えるやつ。アキラくんに強制的に見せられた『秘密の薔薇園~オスの誕生秘話~』を視聴した時の傷がまだ癒えてないんだ。というかいつかぶっ殺すからなマジで」
「アレを観切ったキミも大概だけどな……ちなみに続編が入って来てるけどどうする?」
「
思わず放送禁止用語を口にした俺を誰が咎められよう。
もうほんと、正気かお前って感じだ。
是非とも製作者とそれを許可した人間を連れてきて欲しい。視聴させてくれた礼として強めのビンタをしたい。
「酷いじゃないか、人の好意は素直に受け取るべきだと思うんだ玄飛」
「
つーかこの兄貴はどういう理由があって俺を地獄に堕としたがるのか。
とは言いつつも俺の要求通りに映画をいくつか見繕って袋詰めしていく様子は手馴れたものだ。
この前強制的に視聴させられたあの如何わしい映画だって作風と方向性が全てを台無しにしてるだけで、カメラ演出とか脚本とか俳優の演技とかは目を見張る内容だったりするのだからいただけない。
こういう会話のフットワークの軽さと面白い映画に対する妥協の無さが繁盛の理由だったりするのだろうか。
「――ところで、玄飛」
「んー?」
渡されたビデオのパッケージを確認しながら、そんな生返事をしてみる。
だがその声音がはっきりと『裏』のそれに切り替わったことを察するには十分すぎる付き合いの長さがある。
暗に話があると言っているアキラくんのソレに、あくまで俺はこれまでの会話の延長線上のものとして聞きに入った。
だが、その前にまず確認しておくことがあるだろう。
「それ、ここで話して良い話?」
「ううん、そうでもないんだ――ただ最近11号を見かけたかな、と」
その、ただ彼女の最近の動向を気にするような何気ない言葉。
だがどうしてだろう。
そこには平時にはない、平穏とは程遠い響きを持ってどこか引っかかるのは。
11号は軍人だ。
当然長期任務に出払っていることだってあるし、報告書の作成やら武器の整備、現場の状況次第では追加での任務だって与えられることもあるくらいだ。
何より彼女のことだ。
防衛軍の外に家を借りてたりするようには見えないし、軍のキャンプにて日々生活を送っている姿がありありと思い浮かんでくるというもの。
加えてあの軍への忠犬っぷりはじゃ恐らくプライベートだって仕事漬けに違いない。
「チョップ大将にも聞いたんだ。どうにも最近はラーメンすらも食べに来ていないみたいでね……『モグラさん』の事件以降は割と高頻度でラーメン屋に居たみたいだけど、最近ではめっきり音沙汰がないらしい」
「あれで11号は士官クラスの軍人だからな。抱えてる仕事の量はもちろん部下も抱えていたりするし……あの極めて稀にみる真面目さだぞ? そういうこともあるだろ」
「……それ、本気で言ってるのかい?」
「……いいや、全っっ然」
自分で言ってて何とも頭お花畑な発言だな、なんて呆れてしまうくらいに説得力の欠片もない己の考えを片隅に、なんとなしに端末を覗いてみる。
デートに行ったあの日から……まぁ、俺からも慣れないながら彼女に合わせた文章を送ったり、出先などで見かけた猫なんかの動画を送ってみたりしてるのだ。
そして俺のそんな変化もあってのことかはわからないが、11号にも変化はあった。
今までの調子を外したような言葉遣いではなく、端末でのやり取りでも彼女らしさを覗かせるやり取りを見せてくれている。
なんというか、ぎこちなさが減ったのだ。
最近なんて黒猫のスタンプとかこの前のクレーンゲームで獲った黒猫の人形の写真を送ってくれたりするようになったりしている。正直普段の様子とのギャップも相まって凄く……グっと来た。
……この前のデートの景品である名前を『クロト・タシス』に変更していた理由はどうしても教えてくれなかったが。
何やら語感が良いとかなんとか。俺にはよくわからない女の機微と言うやつだろうか。不思議である。
「うんうん、その様子だと仲が良くなってるようで何よりだよ」
「…………な、なんのことでしょーか……?」
「ははは、隠さなくて良い――だって11号にチャットでのやり取りのアドバイスを送ったのは僕とリンだ」
「は」
さらっと告げられた新事実を前にここで叫びださなかった俺を誰か褒めてくれ……!
つまりはアレか! ナニか!?
「も、もしかしなくとも俺と11号が何をしに行っていたかってのは……」
「デート、アドバイス通りにしたらうまく行っただろう?」
はぅ、なんてクッソ情けない声が肺の空気を押しのけて這い出て来た。
「ふざけんなや デートもできん ドブカスがぁ……!」
「それ辞世の句だろう。大丈夫だ、生殺しにして長期的に愉しむ予定だから」
「字がおかしいだろ明らかに!! 人を無料で楽しめるサブスク扱いしやがって!! リンちゃんと寂しく恋リアでも見とけよ!!」
うわぁぁああああと声にならぬ叫びがビデオ屋の隅々に至るまで響き渡った。
もう嫌だこのパエトーン。なんでこうも俺のプライベートとは尊重されないのか。普段の行いが悪い? それはそう。
なんだか別の意味で死にたくなる事実が発覚したわけなんだが、アキラくんの勘から来る忠告となればいつまでもふざけていられないのも事実。
とにもかくにも、連絡を頻繁に返してくれるものだからてっきり今も元気にやってると思ったのだ。
だが今の話を聞いた以上、そういうわけにもいかない。
「落ち着いたかい?」
「いつか絶対泣かすからな……でもわかったよ。俺の方でも気を付けてみる。ただ連絡は返してくれてるから……俺が言うのもアレだが心配し過ぎないでくれ」
「だと良いんだけどね……」
「頼むよ。そういう方向性で気にし過ぎると逆にドツボに嵌るんだあの子」
「そうか……随分と11号の理解が進んだみたいで何よりだ。これからは彼女に何かあったらキミに聞くことにしよう」
「今回はこれくらいにしておいてやる。だからこれ以上はよしてくれ、つーかギブ、マジでギブだって……!」
「これまで一度も勝てたことがあるのかい?」
「もうやめろよ……」
だが11号の現状はともかくとして、この目の前のスカした兄貴をいつかリンちゃんの前で絶対に泣かせることを心に決めた瞬間でもあった。
◇
「――まったく、来るなら来るって連絡しなさいよ」
「今来ましたー」
「昼ご飯まで食べておいて抜け抜けと……勝手にテレビまでつけて」
「悪いね、コメディ映画は一人でじっくり鑑賞するタイプなんだ」
「ここは私の家だしあなたが見てるのニュース番組よ」
「それはそれとして昼飯だけどちょっと味が薄かったかな。これじゃあアキラくんは墜とせないぜ。何せ『Random Play』! 『Random Play』だからなっ!」
「あなたを絞め墜とす用意ならいつでも出来てるのだけれど」
「ごめんなさい」
場所は変わって姉ちゃんの家。
相変わらず質の良いソファーに家主そっちのけでゴロゴロしながら延々とテレビのチャンネルを回している。
そんなどのツラ下げて人の家に転がり込んでるのかと我ながら思ってしまう振る舞いを呆れながらも、家から追い出すようなことをしない姉ちゃんはいつものことながら寛大であった。
「そもそも私のスケジュールをどうやって把握したのかしら」
「エアリス」
「治安官を舐めてるとしか思えない発言ね」
「ごめんって。だから手錠しまおう?」
別にハッキングしたとかそういうんじゃない。いや、滅茶苦茶ギリギリのことはしてるけど利敵行為というわけでもないのだから許して欲しいものである。
それに、ただでさえ最近は色々ときな臭い出来事が身近で頻繁に起きてるのだ。
11号のことやシルバー計画のこと、そしてそんな中で現れた11号にそっくりな銀色の少女。
そんな子が俺の前に現れた理由……早合点であるならそれで良いが、万が一ということもある。
だからこそ、俺はこうして姉ちゃんの近くにいるのだ。
『続いてのニュースです――ホロウ侵蝕により放棄された地区において、ホロウレイダーが無許可で臓器売買を斡旋したとして逮捕されました』
「……む」
ニュースキャスターより放たれたその言葉で、無造作にリモコンを押し続けていた指が止まる。
内容はまぁ、冷たい言い方をすればホロウレイダーが引き起こす犯罪の中でもありがちなもの、と言った具合だ。
兵器や違法薬物、市場に出回っていない材料やパーツ、貴重な資源から情報まで。資金源となる商材を節操なくかき集め、それを金にする。だからこそ治安局も積極的に彼らを取り締まっているという一面もあるだろう。
どうにも治安局は組織だった事件として今後も調査を進める方針らしい。
「それにしても臓器……それも密売か」
エーテルの影響で臓器不全を起こす人間が多いこの社会において、そんな喉から手が出るほど欲しがるであろうものをどうして密売なんて後ろ暗いやり方で売り捌いたのか。
そんなの、十中八九まともな技術で生まれたものじゃないからだ。
「またやってる……まったく、組織だった犯行だとわかっているのなら報道だって控えて欲しいものだけれど」
「……なんか知ってるんだ?」
「これでも班長ですので」
「いやぁ、逆にこれ以上ないってくらい見た目通りだよ」
ソファーへ自然と腰掛けてくる姉ちゃんに、俺もまた全開まで伸ばしていた足を寝そべったまま畳み込んで再度テレビを注視するが、せっかくの貴重な姉ちゃんの休日なのにやらかしたとか内心で思ったり。
だが姉ちゃんの反応は、別に仕事モードへと切り替わると言った張り詰めた感じはなく、澄ました顔でトマトジュースを飲んでいる。
「知っていることはテロップ通りのことよ。相も変わらずどこから嗅ぎつけてるのかは全くもって不明なのだけれど」
「じゃあ最近は忙しいんじゃないか? 別に特段興味もないからすぐ変えるぞ」
「忙しいからこそこうして休日はしっかり休むのよ」
「たった数年生まれたのが遅れたくらいでどうしてこれほどの差が……」
「勝手に萎れないで欲しいのだけれど……」
明らかにシゴデキな雰囲気を放つ姉ちゃんの人間力を前に心が萎びていく。
だがこれがリンちゃんやアキラくんならともかく、相手が姉ちゃんとなればその矛先を向けるわけにもいかない。
完全に不完全燃焼だ。今度アキラくん呼んで解消しよ。
「にしてもさー」
「なに」
「なんでそんなやり方で臓器を売ったんだろーな」
「……あなたの目の前に居るのは治安官なのだけれど」
「別に犯罪を推奨してるわけじゃないよ。規則はちゃんと護らなきゃな――ただ、どんな技術だって使い方次第なのになーってさ」
何も臓器売買を良しとしているわけでもない。
俺が注目したのは金の元手となる臓器を入手した手段の話だ。
一連の事件が例えば誘拐による臓器売買だとしたら、下手人への情けも容赦も必要ないだろう。
けれど、今の俺の心中にはここ最近で知れた『外法』の技術に対するある種の関心が根付いてしまっている。
だから、考えずにはいられないのだ。
毒は病を癒す薬に。
銃は市民を護る矛に。
剣は兵士を奮い立たせる盾に。
エーテルは都市を照らし温めるエネルギーに。
最初は絶望を塗り替えるための小さな希望だっただろう。
一秒でも早く救われたい人間を救うために育んだ技術の筈だったのに。
なのにどうしていつもこうして間違えてしまうのか……俺にはそれがどうにも度し難い。
軍人としての務めを放棄してまでここに居る、俺自身すらも。
「……ねぇ、何かあった? なんだか心ここにあらずって感じじゃない」
……こうしてなんでも見抜かれるってのも考えものだと実感する。
俺が悪いのか、はたまた勘が良すぎることを呪えば良いのか。我が姉ながらその洞察力には脱帽する。
姉ちゃんのことだし純粋に俺を心配してのことだろうから余計にその感情はひとしおだ。
考えていたことは先日から取り組んでる11号にまつわること――『シルバー』のキーワードに連なる一連の事件のこと。
そんなこと治安官に、ましてや姉ちゃんに知られたら根掘り葉掘り秘密を暴露させられるに決まっている。
なので、ここはいつものやつでその場を凌ぐことにした。
「へへへ、労働に吸い取られていた時間をこうして消化していく感覚……ちゃんと休日って感じがするぜ……!」
「そうは言うけどあなたバイトでしょう」
「うるせぇ! それでも無職じゃないって一要素は重要なんだよ……! 出勤するパンピーの皆さんを窓から見送る度に優越感と働かなきゃっていう漠然とした焦燥感で胸が張り裂け――ウッ、オェッ!」
「今日の昼ご飯に変なものでも入れちゃったかしら……いや、昔から情緒不安定なところはあったから平常運転ね」
「ぐふっ……姉ちゃんの俺に対する印象を聞きたい所存」
「頭に必要な栄養が行き渡ってないのかも……ほら、パンダとか笹を消化できないのに食べ続けてるって言うでしょう?」
「遠回しにバカって言うのやめない?」
意外と容赦のないことで評判な朱鳶治安官の口撃。
人が気にしている傷口に遠慮なく塩塗っていくスタイルはある意味で治安を守る公務員として必要な能力なのかもしれないと勝手に納得しておく。
「聞いて驚くなよ姉ちゃん。最近のパンダはな、
「また悪い夢でも見たのね――それより、また変なことに関わってたりしないでしょうね」
「…………」
そしてコレで誤魔化されてくれないのも敏腕婦警の実力のうちなのか、あるいは家族としての勘なのか。
だが、そういうところも素敵だ。
「いいや? もう切った張ったは軍に居た頃で懲りてるよ。というか今更俺に何が出来るんだって話だ」
「……なら大丈夫だけれど」
姉ちゃんの持っていたトマトジュース缶が俺の所為で雑誌やら飲み物やらで雑多となったローテーブルの上に置かれる。
よく冷えたソレは結露し、つぅと一筋の雫となってテーブルに沁み込んだ。
「もうあんなクロは見たくないのよ」
「……その節はどうも?」
「いくらでも迷惑かけたって良い。けどまたあんな無茶したら、お母さんもお父さんも悲しむんだから」
「……肝に銘じておくよ」
そのあとは気まずいなんてことはなく。
俺は例の如くいつものやり方でその場を誤魔化して、いたって平凡な昼を迎えた。
ただ一つ。
仕事を再開して以降は向けられることのなかった、姉ちゃんの揺れる赤い瞳を視界に焼き付けて。
◇
「――いやぁ、辛いわ」
それはもう、色んな意味で。
姉ちゃんの家からいつもの部屋に帰る道中、何気なしに零れたその言葉は思いのほか重く全身にのしかかり、その歩みを阻んだ。
……やはり俺はろくでなしだということを再認識させられる。
まぁ当たり前だ。
俺は家族の心配よりも。
俺の社会復帰を誰よりも喜んでくれた人たちの信頼を。
俺は、俺なんかの自己満足のために裏切ろうとしているのだから。
「……サラ、エアリス、いるか」
『ンナ(ギリ)』
『ンナンナ(なんとか)』
「その年中省エネな感じはもうちょいどうにかならないのか……」
端末をタップすれば聞こえてくるボンプ姉妹の声。
今の状態は電子世界におけるアバターというか電脳体のようなアレな癖して画面の中でも寝そべるその姿はいっそ救われるくらいマイペースだ。
もっとも、これらはしっかり仕事をしてくれているが故のものであるということも俺は主人として理解もしているが。
「アカウントを複数作ってのインターノット掲示板での書き込みの食いつきは野良のプロキシやらレイダーらしき人物からと上々……おい、開示請求するとか怖いこと書かれてるんだが?」
『ンナンナ、ンナンナ(私たち人の言葉、ワカラナイ)』
『ンナナナ、ンーナ(別にレスバなんてしてないよ、煽ったりもしてないよ)』
「やだなネトウヨボンプ……いや、情報は集めてくれてるから良いんだけどな?」
暇か、暇なのかこいつら……いや、いくらなんでもそんな筈はないとすぐに思い直した。
端末をスライドすればするほど、とてもネットでプロレスする暇なんて感じられないような情報がいくつも集まっているのだから。
俺がこの子らにしたお願いは11号に関すること――『シルバー』というキーワードを起点にネットの海から表裏の隅々まで情報を探ることだった。
「やたらと小綺麗な子がホロウへの出入りしているという目撃情報……それも
声を抑えて、端末に書き綴られた情報を頭に刷り込むように取り込んでいく。
今の俺は何の権限もない民間人であり、それどころか仕事につけたばかりの根無し草に等しい。
出来ることが故の情報源はやはりこういった草の根活動的な情報収集に限定されがちだ。
けれど侮ることなかれ。
ここは様々な目的や策謀が入り混じる魔境である新エリー都。
一昔前のネットならこうはいかなかっただろうが、インターノットはクリアな経歴を持つ人間からホロウレイダーに至るまで幅広く利用しているという特徴がある。
そしてそれらのデータを収集し、サラとエアリスの協力もあって――それらの書き込みはとある場所を発端とした目撃情報であると判断できた。
「場所は――零号ホロウ、か」
それは多くのホロウ災害の発端であり、あらゆる終焉を内包した数あるホロウの中でも規格外と称される場所である。
より広大で、より強力。
通常のホロウより複雑怪奇に絡み合い乱数の如く変化を繰り返し、これらを単独での踏破を成し遂げられるであろう存在は俺が知る限り片手で数えるに事足りる。
今は亡き『虚狩り』が一人。
今を生きる伝説である『妖刀』の使い手。
そして最後は――太陽に連なる名を冠する唯一無二のプロキシ。
逆を言えばそれくらいの人間でしか突入し生還することは至難とされる危険な領域なのだ。
その入り口は安全面から考えて、余程のことがない限り突入することすら許されない。
それほどのホロウなのだ。
「問題は正確な座標だけど……久々に博士のところに顔を出せばなにかわかるかな……」
そうは言うが問題はそれだけじゃない。
機密に関わる、それも軍が必死になって隠そうとする事実に触れようとする一般人をどのように扱うのかなど、語るまでもない。
だからこの段階での深入りはNG。精々、『処理対象』として俺個人が狙われれば御の字。
灯に集る虫の如く情報が集まるだけでも十分お釣りが来る成果だ。
情報の精度を上げるためにも、明日にでも零号ホロウに向かいたい。
そしてもう一つの問題は今の俺の現状だ。
「一人でホロウに入れないんだよなぁ俺……」
そう、これだ。
詳しくは……まぁ言ってもしょうがない。ここで重要なのは俺が一人で入ればその時点でアウトということだ。だが広大な零号ホロウをしらみつぶしというわけにもいかない。
――これがあるから、俺はみんなの遺品すら回収できずにこのような生き恥を晒したのだ。
本当に、度し難い話である。
「せめて相方が居れば……あぁ言った手前リンちゃんに頼むのも……」
乾き始めた口を潤すように、せり上がりかけた何かを言葉で強引に押し留める。
うんうんと唸りながら思考を回すがこれらの状況を打開する妙案は出てこない。
幸か不幸か、俺の知り合いは多い。
変態女メカニック。
放火魔エナジードリンク。
サボり常習犯に見せかけて誰よりも休暇が必要な『H.A.N.D』の虚弱執行官。
数少ない良心である猫の治安官。
そして――11号。
「――――ダメだ。ありえない」
特に11号なんてもっての外だ。
実力は申し分ない。連携だってこの前の戦闘を鑑みればこれ以上ないほどの噛み合いを見せてくれているだろう。
だが――あの基地で見つけた資料の記載の中に11号の名前を見つけてしまった。
巻き込むのか、巻き込まれているのか。
それすらわからないのに、ましてや彼女の出自に無遠慮に踏み荒らし、ひも解くなんて真似は出来ない。
そんなことは、死んでもごめんだ。
……だというのに。
だというのに、なんだろうかこれは。
「…………なんだろう、無性に11号に会いたくなって来た」
ふと頭の中で急速に解像度を増してきた軍人の顔が網膜に焼き付けられた気がした。
なんというか、ふわふわするのだ。
彼女と電話をしたりノックノックでたったの一枚の写真や一文などが送られるたびに、セロトニンとかドーパミンとかそういうのが頭から全身に巡って、なんだかぽかぽかしてくるのである。
気恥ずかしさから来るものかと言われればそれはどうにも違う感じで……なんというか……なんだろうかこれは。
アキラくんに相談したら何かわかるのだろうか。
「――っていかんいかん、まずはやっぱリンちゃんたちに事情説明してどうにか……いやぁ、これ知ったら絶対止められるよな……」
『ンナ―ンナ―(最近のごすじんは独り言が多いー)』
『ンナンナ(大して忙しくもないのにね)』
「ご飯抜くぞお前ら」
だがそうなると途端に行き詰るのもまた現実である。
それこそ、お前らの電気代は誰が稼いでるのか完璧に忘れてるだろと言わんばかりにのんべんたらりとしてるこのボンプ姉妹のように。
巻き込むことが問題なのではない。どう巻き込むかが問題なんだ。
ある意味俺のことをよく知っていることがまさかこうして裏目に出るとは思わなかった。
それにリンちゃんに相談したとて、彼女経由で姉ちゃんに伝わる可能性だって十分ある。なんなら適当に誤魔化されて帰宅したら家に姉ちゃんが待ち伏せてたなんて容易に想像できるだろう。
想像しうる未来は全然想像できる範疇であり、そんな可能性を想像を重ねる度に体が重くなるような錯覚を覚える。
だが、やるしかない。
……もっとも。
どうして今まで日常に甘んじてた俺が、わざわざまたこんなことに首を突っ込んでるんだって話だが。
『ンナ、ンナ(ねぇごすじん、あれ)』
「……ん?」
なんて思考に耽っている間にいつの間にやら六分街に到着していた。
が、操作レバーのごとく俺の前髪を引っ張るサラの存在にどうしたのかと頭の中に追いやっていた視界を現実へと回復させていく。
そして、どういうことか。
帽子とサングラスを被った御仁が俺の借りてる部屋の階段で座り込んでいる。
「おいキミ、大丈夫か?」
駆け寄って肩を叩いてみるが反応した様子はない。
聞こえてくる呼吸はどこか苦しげであり、よく見れば嫌な汗が体には滲んでいる。
取り敢えずここではマズイとひらけた場所で安静にさせようと担ごうとして――その顔を覗き込んで、絶句した。
「――キミは」
それはある意味、忘れるはずもない。
顔が隠れるくらい深めの帽子と濃い目のサングラスとは不釣り合いな
以前と違うのは――その顔にはマスクではなく、眼帯をしていたことだろうか。
アキラくんとは男友達。いつも4:6でアキラくんが勝利する弱者な元ニート。
感想もお気に入りも評価もすごく嬉しい。ありがとう。