脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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24話 トリプル役満

 

 

 

 

 森林の如く乱立する無機質で巨大な塔が、枯れ果て荒廃した風に晒されている。

 大樹にすら見える螺旋を描くそれは当然樹木である筈もなく、その切っ先からは煙突の如く高純度のエーテルが周辺の重力をかき乱しながら天に伸び、蠢き続ける曇天の中へ消えていく。

 その眼下にはパイプやら鉄骨やら、配線やアンテナなどが雑多に張り巡らされているいっそ工業地帯に見えなくもないその場所で多くの人影が忙しなく動き続けていた。

 

 その拠点の名は『スコット前線基地』。 

 

 人類のエネルギーラインの一つであり、人類が防衛するべき最前線のうちの一つ。

 『新エリー都防衛軍』。

 『ホワイトスター学会』。

 『ホロウ調査協会』

 そして『H.A.N.D』。

 その結集すれば一国すら堕としうる戦力が集うその場所の文字通り目と鼻の先にあるのは『旧都陥落』より始まるあらゆるホロウ災害を象徴する亜空の洞穴――『零号ホロウ』が大口を開けて、今も風と瓦礫を吸い込み続けている。

 

 そしてその一角。

 

 とある狙撃手と知能機械と化した兵士が、基地敷地内で簡易的に設置されたキャンプにて邂逅していた。

 

『来たか……ご苦労だったな、トリガー』

 

「……何かあったのですか、隊長」

 

 呼び出しなら普通の呼び出しをするだけで良いし、何ならノックノックのような通信手段で通達すれば良い。

 

 それをしない理由。

 

 どこか張り詰めた空気を前に右往左往する危機にオルペウスの存在が、それを何よりも証明しているようにすら見える。

 

『他でもない――11号と一緒に居た例の男についてだ』

 

「た、隊長……確かにその懸念もわからなくはないでありますが、私は11号が隊長の言うような人物とあんな風になれるとはとてもじゃないですが思えないのでありますが……」

 

『11号とだからこそだ、オルペウス。私は11号を信頼してないわけじゃない。ただあいつの軍に対する愚直なまでの忠義は知っているだろう。だからこそ――どのような理由があれど、私はあの男を軍人とは認めん』

 

「……隊長」

 

 先日のストーキン……尾行とは明らかに毛色が違ったことは、トリガーの保有する特殊な『感覚』を以てしなくとも、その声音と態度から察せられた。

 

 そしてその言葉の矛先はトリガーにも向けられる。

 

『お前もだトリガー。我らがオボルスとして結成する以前の人間関係にとやかく言うつもりはないが……あの男と関わりがあるとなれば話は別だ』

 

「……玄飛くんが、ですか。何度も言いましたが彼はかつての私を――」

 

『コーバス、だろう』

 

 トリガーの言葉を文字通り制するように放たれた鬼火の言葉には、いやに断定する圧が込められている。

 

 深い疑念と、強い警戒。

 機械の体より乗せられた熱には、妙な確信めいたものを帯びている。

 不埒にも己の群れという部隊に近づこうとする不穏な影を払わん牙を剥く、隊長としての気概と誇りがそこには感じられた。

 

『『告死の羽、安寧を与えん』……だったか――随分と傲慢な能書を垂れたものだ』

 

「……隊長、話が見えません。先程から何を――」

 

 

『死んだという報告を受けていたが……やはり噂などあてにならんな。活動時期からしてトリガーが知らなかったのも頷ける。だが、あの聞きしに勝る戦いぶりが健在となれば、こう言った方が良いか――オルニテス小隊隊長『コーバス』』

 

 

 淡々と。

 

 憎悪もなく。激情もなく。敵意すらなく。

 

 ここには居ない兵士の足跡を、鬼火は温度の無い声で言い放った。

 

 

『……ここ最近の軍は以前と比べれば相当風通しが良くなった』

 

「……?」

 

「……鬼火隊長。まずは順序立てて説明しないことにはトリガーも納得が――」

 

『だから今やっているだろう、オルペウス。シードのやらかしなどそれが顕著だ。以前の軍であれば間違いなく上層部に目をつけられ、何らかの介入があった筈だ……もっとも、端から諸君らに危害が及ぶような真似は決してさせんがな』

 

 後半の鬼火らしさに溢れた保護者精神全開の確固とした振る舞いはともかくとして、その言葉にはトリガーも納得のいくものがあった。

 

 トリガーにとっては己の再入隊が認められたこと。

 

 シードという知る者が知れば特級の『爆弾』として扱われかねない存在を兵士として認めたりなどがまさにそれだ。

 

 そして全てとはいかずとも、問題を抱えるものばかりのオボルス小隊一同の共同休暇を認めたりなどある程度の要望が通るようになっているということもあり、鬼火の言う軍の変化というのはトリガーも確かに感じていた。

 

『だが、不自然とは思わないか』

 

 しかしながら、『旧都陥落』から間もない軍の在り方を知るトリガーも疑問を覚えないわけじゃなかった。

 

 彼女だって軍の後ろ暗い思惑に振り回された人間の一人。

 軍人なのだ。大を助け小を切り捨てることだってままあるだろう。それが指揮の方針を決める上層部となればなおのことだ。

 

 だがそれでも、不可解な点は多く存在した。

 

 駆け付けてこない援軍。

 助けられる同胞を助けることすら許されず、現場からの声に耳を貸さずにホロウ災害の初動で失敗した結果、多くの犠牲を払うことになった。

 

 証拠があるというわけでもない。

 

 しかしそれと同時に、鬼火が『腐ったミカン』と称する軍人の思惑が絡んでいなかったということは、誰にも証明できないながらも存在した事実の一つであろうということは伺えた。

 

 

「ですが、今はそのバランスが維持されている、と」

 

『そうだ。黒い噂が絶えなかった軍内の派閥はその大部分が力を失った。連中の懐を肥やしていたであろうホロウや上層部の腐ったミカンどもが懇意にしていたであろう傭兵団すら、今では音沙汰がない』

 

「……今はローランド大尉と言った多くの士官が幅を利かせてくれてますからね」

 

『そうだな、そのどれもたった数年前――軍内部で『人喰い鴉』の噂が本格的に流れ始めてからのことだ』

 

 ここまで言われれば、トリガーとて理解した。

 

 『コーバス』というコードネームを持つ兵士の名。

 その男が既に軍から身を引いているという現状。

 そして民間人とは思えぬ腕前と立ち回りを見せるその異様さ。

 

 それらは、一つの事実に帰結する。

 

 

「――彼が、独自の判断で粛清を行っていたと?」

 

 

 『零号ホロウ』より吹き付ける風がトリガーと鬼火の二人を隔てる。

 

 トリガーの声に憤りはない。

 しかして、示されるバイザーの色は『赤』。

 

 それを前に鬼火は瞑目し――肯定を示すように液晶で示される目を開けた。

 

 

『それが私の推測だ……何より、やつの隊は一度壊滅し、その後に隊長として就任している……言いたいことはわかるな』

 

「――――彼が、己の所属する部隊の人間すら手にかけたと言うのですか」

 

 

 トリガーのその言葉に、鬼火は何も言わない。

 片や盲目。

 片や機械。

 どちらも人らしい熱など失った、何も宿ることのない無機質なソレ。

 だがその視線なき狙撃手の眼光が示す感情は『赤』として現れ、竜の顎を模した銃身を持つ炎の名を冠した隊長は静かに、灼熱を孕む息吹のようにその言葉に熱を滲ませた。

 

 

「――ここは冷静になりましょう。鬼火隊長、トリガー」

 

 しかし、そんな二人に待ったをかける者が一人。

 

 それは普段の軍人とはとても言い難いような頼りない言葉遣いと振る舞いからは程遠い、確かな軍人としての芯を感じさせる厳かな声の主はオルペウスのもの。

 

 最新の伸縮素材で構成された鬼火の長い首を宥め、トリガーと向き直った。

 

「鬼火隊長は11号が心配なのはトリガーだってわかってます」

 

『……しかしなオルペウス』

 

「わかっています。ですがここは、彼を信じようとしているトリガーを信じてみることにしましょう……大丈夫です、トリガーの『眼』の良さは隊長の次に知っている自負がありますから」

 

 にこーと花の咲くような綺麗な笑顔を浮かべるオルペウスを前に空気が弛緩して行く。

 

 両者を隔てていた風は、いつの間にやら平時の様子を取り戻している。

 

 ここに来てようやく、二人は少しばかり冷静じゃなかったという考えに至った。

 

「……隊長、裏を取りましょう。11号の動向と……玄飛くんの素性を。そしてありがとう、オルペウス」

 

「いいえ! 今のは隊長鎮圧プラン4でありますよ。ね、鬼火姉さん」

 

『何を馬鹿なことを言ってる……だがそうだな、そうなると早急に11号の居場所を特定する必要があるが……トリガー、11号の行方は知っているか』

 

「隊長がご存じの筈では……? いや、まさか――」

 

『……これはマズイな』

 

 鬼火が知らず、トリガーも知らない。

 それが示すところは、オボルス小隊一同が11号の所在を誰も把握していないということに他ならない。

 

『ここ最近頻繁に発生している11号の異動はきな臭い。そしてやつの素性を含めた前後の情報だ……言いたいことはわかるな、トリガー』

 

 改めて己のコードネームを呼ばれたトリガーは佇まいを正し、鬼火と向き合った。

 

『トリガー、私は別件で動けない……いや、ある意味関係があるのだろうが、我々の動きを上層部に把握されるのはマズイ』

 

「……そこで私ですか」

 

『11号を捕捉しろ。最悪の場合あの男を捕え、拘束する必要があることも心得ておけ――その判断はお前に任せる』

 

「――トリガー、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンー……ンナンナ(んー……流石に誤魔化し効かないと思う)」

 

「ンナンナンナ(ストレスで自律神経もひもひ)」

 

「ンナ、ンナンナンナ(うん、恐らく禿げるね)」

 

「ンナァ!? ンンンンンナァァァァァ!(うわあぁぁあ!? 髪のことは言うなぁー!)」

 

「うっさいわお前ら! 急病人いるんだから黙っとれ!」

 

 何やらアッパーカットを決めて勝利宣言する謎のコントを繰り広げているサラとエアリスのマイペースっぷりに我慢が利かず、寝ている銀色の女の子に構わずそんなことを叫んでしまう。

 

 いや、もうほんとにね。こっちが色々考えてるのにこの子たちはもうね。

 

 

 先日の謎の女の子の訪問と同じ顔……否、()()()()()()()であること自体、すでに嫌な予感がしてるのに。

 

 

「……流石にこの状態で外に居続けさせるのはマズイと思って部屋に連れ込んじゃったわけだけど……怒られないよな、これ。いや、世間様が許しても果たして法律が許すかな?」

 

 頭の中にいる姉ちゃんが銃口をこめかみにゴリゴリと押し付けてくる光景を幻視する。

 

 いっそアキラくんとリンちゃんを巻き込むかとも考えたが、それだと余計にややこしくなることが目に見えているのでその案そのものを棄却する。

 

 であればなおのことさっさと病院に連れて行けば良いと最初は思ったのだが……この11号に面影を感じる彼女を、果たして普通の病院などに連れて行って良いものか。

 

 最悪、診断した医師が危ない目にあう可能性だってある。

 

「……脈はあるな。さっきよりも呼吸も安定している。目立った外傷ない……ってなるともっと別の要因があるんだろうが――」

 

 そしてそれとは別に頭を悩ませてるのは、彼女の状態だ。首元に手を当てれば脈はしっかりとその生命維持の役割を果たしており、呼吸もベッドに寝かせたからか徐々に安らかなものになってきている。

 

 言葉を切り、タオルケットをかけたその銀色の女の子の四肢に視線を向けた。

 

 それは――紛れもない『鋼』だった。

 

 最初見た時は耐エーテル装備の一種かと思ったが、エンゾウさんのところで働いて肥えた目はそれは違うと一目で判断させた。

 

 関節部分にあるボルト。

 生身の脚部に装着したにしては細すぎるフォルム。

 何より、ここに背負いこんだ時に感じた彼女の体格からは想像もつかないような体重だったことにもその確証に拍車をかけた。

 

 明らかに、知能構造体用の義肢を文字通り取ってつけたような状態だった。

 

「……四肢が義手義足と来たか。しかもこれ生まれつきじゃない……念のため鎮痛剤も用意しておくか」

 

 どちらにせよ嫌な予感しかしない。

 かといって他に医者の知り合いがいるわけでもなし。

 

 ちょうど『H.A.N.D』で働いてる友達に伝手がないわけじゃないが、それはそれで後が怖い。

 

 

 

 ……仕方ない。

 

 

 

 

 一か八か、ここはリンちゃんらにそれとなく事情を話して――。

 

 

 

 

「――――動かないで」

 

 

 

 

 ――――なんて、考えてた時だ。

 

 後頭部に押し付けられた冷たく硬い感触に体が固まった。

 

「……部屋に連れ込まれたと気づいた時は死を覚悟したけど、あなたが清々しいほどのお人好しで助かったわ」

 

「……」

 

 慌てふためくようなことはしない。

 

 その切先から伝わる無機質な暴力の気配には覚えがあった。

 

 敵にも、時には友軍からも向けられ続けたもの。

  

 かちりと落とされた安全装置の音が、虚しく部屋に響き渡った。

 

「何かをしようとは思わないことね。ここで騒がれれば、困るのはあなたじゃなくて?」

 

「……痴漢でーすって叫べばどうなる?」

 

「……意外と余裕があるのね。その空っぽの頭に弾丸の一つでも捻じ込めば少しはマシになるのかしら」

 

「俺のドタマは特別性でな。弾丸一つでもすぐに容量がいっぱいになるんだ」

 

「……チッ」

 

 こいつうぜぇという副音声がありありと伝わってくるが、今はそれどころじゃないだろう。

 

 人と機械が混ざったようなノイズ混じりの声には隠しようもない嘲りが混ざっている。

 

 だがそれは話す度に苦悶を感じてるようでもあり。

 

 俺に対してその鬱憤をぶつけてるようでもあり。

 

 

 俺という『個人』に対して、明確な嫌悪を示してるように感じた。

 

 

「それじゃあ、ビジネスの話でもどうかしら――オルニテス小隊隊長『コーバス』」

 

「――――」

 

 

 その言葉を前に、流石に息が止まった。

 

 それは俺の前職における一つの記号であり、俺にとっては掛け替えのなかったもう一つの『居場所』だったもの。

 

 何より――その名前を知っているという事実。

 

 服の下に潜めたドックタグが、ひやりとその存在を訴えるように冷たく肌へと失われた筈の熱を滲ませた。

 

「……プライバシーってその手の業界の人間にも適用されるって知ってる?」

 

「それはご苦労様。お生憎様そんなお行儀の良い世界とは縁遠いの。でもどこかの能天気さんのお陰で、こうして動くならなんてことないくらいの休息は取ることが出来たわ」

 

「俺は間抜けにも藪蛇を突いてしまったってところか……なるほどね」

 

 彼女の言葉は全く以て正論であり、俺自身が間抜けであるという指摘には思わず笑うしかない。

 

 しかし声だけしか聞こえない彼女はそんな俺の態度も気に食わないのか、忌々しげに大きく舌打ちをした。

 

「じゃあ俺からもいいか?」

 

「……言った筈よ、二度はないと――」

 

「――――敵を制圧する時はまず喋る暇も与えず、手は頭の後ろにだ」

 

 

 かちり、と撃鉄が落とされた。

 

 だがなんの問題もない。

 

 それを認識してからの動きは――もはや体が反射で対処している。

 

 

「なっ……!?」

 

「ちょっと痛いかもなっ――そぉい!」

 

 構えられた腕を弾き飛ばせば、空気の層に針を突き刺したかのような極限にまで抑えられた銃声が部屋の壁に黒い穴を空ける。

 市街での使用ということもあり、やはりというべきか用いられた拳銃はサイレンサー付き。

 だが長くなった銃身で、鈍りまくった俺の背後を取ったうえで一撃で仕留めきれなかった以上、既に勝負はついたようなもの。

 

 掠め取るように伸ばした俺の腕を銃身を構えたまま俺の動きを捉えられずにいる彼女の銃身を叩きとおす。

 

 そして腕を伝って体を絡めとり――十字固めの姿勢で彼女の体を完全に固定した。

 

「くッ……、こ、の……!!!」

 

「訓練を受けた痕跡が見られるけど、俺の知ってるやつほどじゃないな。恐らくは後方支援がメイン……俺だったら指揮かオペレーターを任せるけど、どう?」

 

「この、化け物……!! これでブランクのある病人だっていうの……!?」

 

「び、病人……」

 

「地味にこのやり取りの中で一番傷ついてるのも腹立つ……! さりげなくこっちの武装まで遠ざけるなんて……!」

 

 だって人が気にしてること言うから……。

 

 って、今はそれどころじゃない。

 

「そういうキミはどうやって俺のことを突き止めた? 散々病気だの無職だの言われてきた俺だが……その様子じゃ俺に関することは下調べばっちりみたいだったな?」

 

「……、そう、今までのふざけた会話も私から情報を引き出すための罠ってワケね」

 

「いや、見知らぬ女の子に無職って知られるのは男のプライド的にちょっとアレで……」

 

「さっきからホントにムカつくわ! 無職の脛齧りの癖に細かいこと気にするのね……!」

 

「なんでどいつもこいつも知ってるんだよ……! いらん情報まで取り入れてんじゃないよ! キレるぞ!?」

 

「半分はあなたが言い出したことでしょうが!」

 

 もうこれ訴訟案件だろ! 誰だ俺の職歴を吹聴しているやつ!

 

 ……いや、でもまぁ、それは木偶の坊と化している俺の現状を取り巻く隠しようのない事実なのだけれども。

 

「――っ!」

 

「おっと」

 

 俺の職歴に関して感傷に浸っている間に拘束から抜け出されてしまった。

 だがそれに追撃を加えるような真似はしない。というか必要ない。

 

 先ほどの極め技でこの銀色の少女の武装やら仕込みやらは確認済みで、結果として隠し武器の類は特になし。

 

 それに俺から距離はとっても反撃の様子はないことから既に彼女も俺との技量の差は感じていることだろう。

 

 加えてこの位置取り。

 玄関から背を向ける俺に対してベッド側にいる彼女がここから逃げ出すには必ず俺の配置から出口を目指さなくてはならない。

 

 つまるところ、今の彼女は袋の鼠であった。

 

「取り敢えず、そこから動くなよ。これ以上暴れられても色々面倒だ。地の利はこっちにあるし、今のやり取りで俺は殺せないってわかっただろ」

 

「…………っ」

 

 ギリ、と噛み締められた歯が軋む音が緊迫した空気で張り詰める室内に響き渡る。

 

 互いに色々思うこと、考えることはあるだろう。

 

 何が目的でこんなことをしたのか。『ビジネス』とは一体なんのことか。あの日の喋れなかった目の前の彼女と同じ顔をした少女――仮に『Aちゃん』としておこう。そのAちゃんとどのような繋がりがあるのか。

 

 掘り下げたいことなど山のようにあるが――それよりも先にやることがあるだろう。

 

「じゃあ――ほい、救急箱」

 

「……………は?」

 

「中に注射も入ってるから好きに使って」

 

「……………は?」

 

「あとこっちは水」

 

「…………」

 

 二の句も継げないというのはこのことか。

 

 突き出された救急箱とペットボトルを凝視したまま、Aちゃんによく似た少女は視線を俺の手元に固定したまま固まっている。

 

「もしかして錠剤苦手? 粉薬は俺苦手だから置いてないんだ。ちなみに俺は注射は苦手だ」

 

「……あなたの趣向に私が興味あると思う?」

 

「あ、でもやっぱ錠剤も粉薬もそんな好きじゃないかも? 特にあの舌に纏わりついて塊になった時の粉っぽさと苦みと言ったらもう……ねぇ?」

 

「うっさいわね! 要はあなた薬が苦手なだけでしょう! なんで私はこんなのにいいようにされて……!」

 

 何やら頭痛を堪えるようにこめかみを抑えているが、そうは問屋が辞さない。

 というか11号にしてもそうだが、どうして俺の知り合いは軒並み同じようなことしか言わんのか。打ち合わせか、打ち合わせでもしたのか。

 

「取り敢えず俺が一番苦手な錠剤を差し出そう。すぐに飲みなはれ。だいじょーぶ――すぐに気持ちよくなるから」

 

「……あなたほんっっとに頭がおかしくなってるのね。そんな危険な一文を追加されたうえ何が入ってるかもわからない薬剤なんて誰が――」

 

「そぉい!!!」

 

「んぐぅ!?」

 

 なにやらごちゃごちゃ申しているところに構わず錠剤を入れたペットボトルを口へぶち込んだ。

 無遠慮だとは思うが非常事態だ。

 また意識を失ってもらっても色々な意味で困る。

 

「解熱剤と鎮痛薬が入ってる。義手は慣れてもちゃんとリハビリをしていなきゃ幻肢痛が尾を引くからな。ホントは血管に直接投与した方が即効性があっていいんだけど……まぁ今のキミの体力的におススメはしない。でも戦闘中にも使うような効き目の強いやつだから、効果は保証するよ」

 

 ……もっとも。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()彼女にコレが通用するかは判断しかねるが。

 

 だから一応、持ちうる薬の中でもとりわけ強力なものを渡しといた。

 

「……そもそもなんであなたみたいなやつがそんなもの持ってるのかしら」

 

「いやぁ、それは……」

 

 

 クビになった時に色々あれば便利な持ち物の全てを失敬したというかなんというか。

 

 まぁ大した理由じゃない。失敗から学べる教訓があったから今もそれを意識してるだけのこと。

 

 実際、こうして役に立てているわけだし。『普通に横領罪じゃね』とか言ってはいけない。

 

 

「大した理由じゃない。拘束された時にやむなく自分の腕を切り落とした経験があってな」

 

 

「――――」

 

 

 アレは本当の本当に焦った。

 あの状況から俺を助けられるようなやつらはとっくに全員死んでいたし、作戦の都合上単独行動が必要なことであったが故に起きてしまったこと。

 

 密室にガスが注入され始めた時は本気で死を覚悟したものである。

 

「当時は人手が足りなかったこともあってな。任務続行するために一時的に義肢で過ごしていた時期があった時の経験から各種薬品は持ってるんだ。あ、でも後で繋げられるように切り口を綺麗に切ったから今は元通りだよ」

 

「……、……あなた、本当にあたまがおかしいのね」

 

「これでも前まではもう少しマシだったらしい」

 

「……頭だけじゃなくて、性根まで腐ってるみたいね」

 

 俺にもてんでわからぬ。

 どこぞの大佐に本気でぶん殴られたから二度とやるかと思ったけど。

 

 でも仕方がなかったのだ。

 ガス室に閉じ込められたうえに手錠をされちゃ腕一本失って生き延びるか甘んじて焼け死ぬかを選べと言われれば前者を選べたら選ぶだろう。

 

 まぁ――今はどっちを選ぶかはわからないけれど。

 

「けれど納得もいったわ。そのようなこと正気じゃやってられないもの――ねぇ、『同胞殺し』さん」

 

「――――」

 

 やはり、調べられているらしい。

 

 俺がやってきたこと。

 

 俺がしてしまったこと。

 

 それを無遠慮に、明らかな敵意をもって踏み躙られている俺の過去のこと。

 

 けれどまぁ、それは、なんというか――。

 

「――情報通なんだな、キミは」

 

「……もう少し動揺すると思ったのだけれど」

 

「この街は色んな奴がいる。浸食症状で腕を無くしたやつ、ホロウレイダーに一癖あるゲーム屋のシリオン、プロキシ。何も抱えてないやつの方が珍しいんだよ」

 

「そう……それなら、あなたはその中でも選りすぐりでしょうね。ヘラヘラと仲間の死体の上で送る日常はさぞ楽しかったでしょうね」

 

「……」

 

 随分と刺々しい物言いである。

 いや、彼女にとっては一応俺は敵ってことになるんだから当然と言えば当然か。

 

 だがそれでも、生きなきゃならなかったのだ。

 

 あの時も、そして今でも。

 

 

 俺の生きる理由は、いつも俺の外側にあった。

 

 

「楽しくやってないと、悲しむ人がいるからな」

 

「――――」

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 なんだか今日は失言が多い気がしてならない。

 

 どうやら、存外にも彼女の掘り起こした俺の前職のことは思いのほか尾を引いているらしい。

 

 でもまぁ、どうでも良いか。

 

 

 今更俺の状態なんて、心底どうでも良い。

 

 

「まぁ、考えないことはなかったよ。なんで俺なんだったんだろうって――なんで俺が助かって、皆が死ななきゃならなかったんだろうってさ」

 

「…………死んだところでどうにかなると思ってるならお笑い種ね」

 

「そうだな。でも俺の罪は事実だ。俺は完璧な兵士にもなれず、それでも軍の命令に従った――大義を掲げたところで、結果として俺が仲間を殺した事実は消えはしない」

 

「――――」

 

 俺が死なずにいるのは、どっかのお人好しなお狐剣士様の気まぐれでしかない。

 

 ある意味で、『除悪務本』とはよく言ったものだ。

 罪を裁き、悪を滅する。

 ただ枝を切るのではなく、その根を一刀を以て斬り落とす。

 罪人の俺の前に、ソレを掲げた人間が剣を構えて現れたのだ。俺の所業に対する答えとはつまるところ……そういうことなのだろう。

 

「……話し過ぎたな。ほら、行けよ」

 

「……なんのつもり?」

 

 ここで倒れていた時に被っていた帽子とサングラスを渡せば、先ほどとは毛色の違う明らかな困惑を宿した言葉が俺に投げかけられる。

 

 なんてことはない。

 

 少なくとも今の彼女に俺は殺せないし、俺に彼女を殺す気はないというだけのこと。

 

 何より――11号とよく似た顔をした女の子を手にかけたら、いよいよどうにかなりそうだ。

 

「どうもこうもない。俺は倒れたキミを看病して、キミは体調を回復させた。それだけの話だろ」

 

「……『そういうことにしといてあげる』と言ってるようにしか思えないわね」

 

 まぁそうとも言うかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

 だがここで彼女に逃げて貰う分には俺には何の支障もない。

 

 皮肉とも言うべきか、なんというべきか――彼女がこうして現れた時点で、俺の中では一つの確信が生まれている。

 

 あとは集めた情報を元に『零号ホロウ』に向かえば良いだけなのだから。

 

「……いいわ。この茶番に付き合ってあげる。これで貸し一つ返したから」

 

「ビジネスの話は良いのか? 知っての通り元無職だからな。も・と。就職なら大歓迎だ」

 

「それはまたの機会にしましょう――案外、私たち気が合うかもしれないから」

 

 

 ……それはどういう意味なのか。

 

 それを問いただすよりも早く、その銀色の背中は足早にその場から去っていた。

 

 

「――――ふぅ」

 

 

 中身を抜いた風船のように体が床へと沈んでいく。

 喧騒がなくなった部屋に、肺から出ていった空気は殊の外重く、室内に溶けることなく残留しているような億劫さを覚える。

 

「ンナンナ……?(だいじょうぶ……?)」

 

「ンナンナ、ンナ?(今日はちゃんと寝れそう?)」

 

「……心配してくれるのか? いいよ、平気だ。それよりお前たちは出てこなかったのはいい判断だったぞ」

 

 ベッドの下に身を潜めていたサラとエアリスがベッドの縁を背もたれに沈み込む俺を気遣ってか、前髪をひっぱたり頬を無意味に揺らしたりしてくる。

 

 平気だとは言ったが……なんだか今日は、酷く疲れた。

 

 この感覚には覚えがある。

 

 姉ちゃんの脛を齧っていた、薬を飲まなきゃやってられないほど腐敗極まったあの頃に近しい。

 

 何ともおかしな話である。

 銃を突き付けられ、それを関節技で制圧までしたというのに一切息も上がらなかったこの体が疲労を訴えるなど。

 

「……癒しが欲しいな。早急に」

 

「ンナンナ(ここで愛玩ボンプを一つ)」

 

「ンナ(来な)」

 

「少なくともお前らじゃないのは確かだな……」

 

 喧しいことをほざき散らかすボンプ姉妹を黙らせて、また一つ大きな溜息をつく。

 

 アキラくんと交わした中身のない馬鹿みたいな会話の充足感も、姉ちゃんの家で食った飯の余韻も全て吹き飛んでしまった。

 

 かといって今からラーメンを食いに行くという気分でもない。

 

 どうすれば良いだろうと考えた時に。

 

 

 ふと、炎を纏う銀色の兵士が俺の頭を過った。

 

 

「…………会いたいな」

 

 

 きっと、どんな時でもいつも通りであろう彼女の姿を思い浮かべて。

 

 それが凄く頼もしくて――ここに居ない事実がなんとなく寂しくなって。

 

 

 つい、そんなことを呟いてしまった。

 

 

 

 

 

 ――――で、後日。

 

 

 

「木を隠すなら森の中――よって信頼できる相手の拠点にしばらく身を置くことにしたの」

 

 

「なるほ――いやいやいや、なんで?」

 

 

 神とやらが居るのなら今すぐ叩き起こしたうえで正座させて問いただしたい。

 

 

 ――――最近の俺、胃痛案件多すぎじゃね? と。

 

 




 
 Aちゃんにも会った。
 ツイッギーにも会った。
 そして11号も合流した。

 んであと一人。

 うん、数え役満かな?

 少なくともニートがそろそろ泣きそうなのは確かである。
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