脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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25話 何も起こらない筈もなく

 

 

 

 

 シャワーの水流がタイルを叩く音が一定のリズムで部屋を満たし続けている。

 

 

 猫も寝静まる夜闇に突入した六分街。

 階下のエンゾウさんよりちょっとした改造を加えて住居にすることで貸し与えられたワンルームで、刻まれる秒針の気配に混じる水音が妙に浮いている気してくる。

 

 その理由は、言うまでもない。

 

 遅めの昼飯を迎えながら『シルバー』にまつわる事件の作業を進めていた時に発生した『ハプニング』への対応をしていたら、気づけばこんな時間帯に突入していたのだ。

 

 夕飯と数日分の食料を急ぎ買ってきたり。

 先日の一件との関係を考えて脱出ルートといざという時に備えて装備を整えたり。

 サラとエアリスに念のため厳戒態勢を取らせたうえで盗聴器の類などが部屋に設置されてないかを調べたりして。

 

 なかなかに忙しく、濃密な時間を過ごしていたと我ながら思う。

 

 満を持して、壁に立て掛けられた時計に視線を移した。

 

「………………フー……」

 

 ――――全っっ然時間進んでねぇんだけど。

 

 ……いや待て、これでも元軍人なのだ。というかもう日が暮れてるし、つまりは時間自体はそれなりに経過している。それでもそう感じるということは肝心な俺の心持ちの問題ということだ。

 学生時代は鍛錬と勉強漬けの毎日で付き合いらしい付き合いも男どもくらいしかなかった身と言えど、その手の精神安定法は防衛軍へ入隊した時に受けた訓練で極限にまで鍛えられている。

 

 そして――部隊長としての任を仰せつかっていた頃にも。

 

 そう、だからなんの問題も――――。

 

『温度が60度以上上げられないわ、『レッドロック・チリペッパー』』

 

「だからコーバスな。あと良いこと教えてやる。拷問以外で家庭用ガス機器の温度設定は60度くらいなんだ」

 

『腑抜けてるわね。早急に鍛え直す必要があるわ』

 

「いや、物言わぬガス機器に鍛えるも何も――」

 

『あなたを』

 

「なんでぇ?」

 

 問題も――。

 

『シャワーがくねくねして止まらないわ、『オーバーナイト・コンパス』。どうしたら良いの』

 

「だからコーバスだって。つーか中で何がどうなってそうなってるんだよ」

 

『意思を持っているのかもしれない。名前をつけましょう』

 

「それで何が解決するんだ」

 

『なら見てくれると助かるわ』

 

「正気か?」

 

 

 問題、問題、問題――。

 

 

「(――――いやいやいやいや、なんかいきなりこんな展開なんですけどォ!!?)」

 

 

 ――なんて心境だったらどれだけ良かったことかっ!

 

 

 はっきり言おう。忙しさが紛らわせてくれていた精神的な麻酔などとうの昔に切れている。

 心臓はバックンバックンだし、全身は極度の緊張状態から来る冷や汗でびっしゃびしゃ。

 冷静になった頭は理性を沸騰させようと何やら良からぬ考えを浮かべては消して、浮かべては消してを繰り返し既にオーバーヒート気味である。

 

 ……そもそもこんな事態、誰が予想出来た。

 

 少し遅めの昼にどういうわけか11号が訪問してきた。

 

 そこまでは良い。いや、全然良くないけどそれだけなら全然良い。

 

 でもなぜ予想しなかったのか。

 

 ここ数日の間にクリソツな謎の少女二人組が来て、そこに立て続けで11号が来るかもと。

 

 

 そんな彼女が涼しい顔して俺の家で寝泊まりしに来るかも、と!

 

 

「――――ってんなの予想できて堪るかぁ!!!!」

 

「ンナンナ(鎮まりたまえごすじん)」

 

「ンナンナ、ンナンナンナ(口にしたところで無駄、所詮は無職の戯言)」

 

「ここぞとばかりに好き放題言ってんじゃないぞお前ら……!」

 

 んな想像力豊かな考えができたのならもう少し賢く生きてるわ俺だって。

 この状況における数少ない味方はノリノリで古いネタを使ってくる始末だ。虚勢でも張らにゃやってられんのだこちらは。

 

 早く終わってくれ。

 でも出来ればもう少しこの意味のあるのかないのかもわからない停滞に身を置いておきたいという矛盾が俺の胸中を支配している。

 

 

 だが――無慈悲にも時間というのは進んでいくもので。

 

 

 がらり、と。

 

 

 バスルームの扉が開かれた音が心なしか大きく響き渡って、俺の取るに足らない悪足掻きは終わりを告げた。

 

 

「入浴、完了したわ」

 

「………………うん。髪乾かしたかったら適当にドライヤーなりなんなり使って良いから」

 

「えぇ、ありがとう」

 

 ……この状況を心の底から楽しめる人間であったのならどれだけ楽だっただろうか。

 

 銀の髪が特徴的な兵士――11号は、軍服姿しか普段から見ることのない彼女は、当然ながら勝手知ったる姿とは違う要素を俺に見せつけに来ている。

 

 水滴を纏う髪はまばらに肌へ吸い付き、しめやかな質感を傍目から見ても感じ取れる髪をその色も相まってどことなく艶めかしい。

 普段は赤い髪留めでサイドに結い上げているそれらは肩口まで下りており、暖色系のゴーグルからはあまり伺えない赤い瞳は、普段の凛とした様相とはまた違っていてどこか幼く見えてくる。

 

 それを、何というべきか。 

 

 頬に貼りつく髪とか。

 玉になって白い肌に浮かびあがる水滴とか。

 時々姉ちゃんが様子をみに泊りに来ることから着替えを一部常備していたことが幸いだろうか。

 いや、これだってTシャツに短パン姿という常在戦場を体現した普段の彼女の様子を考えれば激レアどころじゃない姿なのだけれど。

 

 なんでこう……風呂上りの女性って謎の魅力というか視線を寄せ付ける謎の引力みたいなのがあるんだろうか。 

 

 

 加えて、それだけじゃない。

 

 

「…………、まぁ、うん。いいんじゃない?」

 

「なんで褒められたのかわからないわ……ところで、どうして目を合わせないのかしら」

 

「大人にコレを言わせるか、11号……!」

 

「大人ならちゃんと目を合わせて話すべきよ」

 

 大人だからこそ色々あるんだよ……いや、キミは是非ともそのままでいて貰っても全然構わないのだけれど。

 

「それよりもさ、Tシャツはそれで良かったのか? 別にTシャツの一枚や二枚買ってくるのに」

 

「問題ないわ。それにこのTシャツ、妙に力が漲ってくる気がするの。それに」

 

「それに?」

 

 ばさっ、と胸元に小さくない膨らみのある赤いTシャツをどこか自信ありげに見せつける11号。

 

 その赤い生地の中心には俺達にとっては凄く見覚えのある麺類の上を跳ねる鯉――ラーメン屋『錦鯉』のロゴマークがプリントされている。

 

 

 ……ちらりと見えた鼠径部とへそに関しては……もはや何も言うまい。

 

 

()()()()()()()()()()というのは、得難い充足感があるものよ。『ペッパーマヨ・シンセサイザー』」

 

「…………色違いデスケドネ」

 

 自分の纏う黒い生地のソレにも全く同じロゴがプリントされたTシャツを着ている事実を改めて認識して、いつものあだ名を訂正する余裕すら湧いてこない。

 

 着替えるタイミングを無くして、適当に用意したTシャツが……図らずも二人して『ペア』で『ルック』なアレになるとは俺も夢にも思わなかったのだ。本当に。マジで。

 

 でも――正直、グッと来たことは認める。

 

 それも少し……いやちょっと……ほんの僅か……ふとした時に彼女の顔が浮かんでくるくらいには気になっている女性を前にしてるというのに対して俺は結構頑張ってると思うんだ。うん。

 

「ン~……ンナ? ンナンナ?(ん~……これが噂に聞く据え膳? 据え膳食わぬはなんとやらでありますかごすじん?)」

 

「ンナ! ンナ! ンナー!(気張れ! 気張れ! 気張れー!)」

 

「頼むから静かにしててくれお前ら……!」

 

 何やら気ぶってるノスタル爺なボンプ達を喧しく思いつつ11号と向き直る。

 

 そこには小首を傾げる11号の姿があった。

 

「……迷惑をかけているのはわかってる。けど今の私にはあなたくらいしか宛てがないの」

 

 でもそれは一瞬。

 何もわかっていないような顔は俺の反応から何を汲み取ったのか、すぐに目に見えない影が差し込んだ。

 

 ……このままというわけにはいくまい。

 面倒だとは微塵も思わない。11号は良くも悪くも純粋で……何より普段の態度からはわかり辛いが、凄く人に気を遣う心優しい性根の持ち主なのだ。

 

 であれば、どんなに切羽詰まった状況であろうと俺にはそれに応える義務がある。

 

「別に迷惑だなんて思っちゃいないよ。キミが小隊の仲間に頼らないのもキミなりの理由があってのことだろ……これは俺のちょっとした個人的な問題でな。緊張せざるを得ないんだ。悪く思わないでくれると、その……助かる」

 

「……以前出かけた時とは大違いね。あの時はもう少し余裕があったように思えたのだけれど」

 

「いやだってアレは状況が状況だし……何より……」

 

「何より?」

 

 

「どうせ出かけるなら、11号に楽しんで貰いたかったっていうのが一番大きいかな」

 

 

 要はある種の勢いというか、振り切った結果羽振りが良くなったというべきなのだろうか。

 あの時は、もう誘ってしまったのにウダウダ言うのもダサいだろうと思い至り、とにかく11号を全力で楽しませる方向に舵を切ったが故のものだ。

 

 だから、こうして誰もいない、不意打ち気味に来られたり対面したりすると……一緒に出かけたという事実も相まってこうして意識せざるを得ないのだ。

 

 ……とはいえ、状況はそんな悠長なことを言っていられるような状況でもないのだろうけど。

 

「…………」

 

「……11号?」

 

「……少し聞いていいかしら、『ダークロケット・ランチャー』」

 

「いやだからコーバスな……どうした?」

 

 相変わらずの語彙力にある名付けにある種の感心を抱く。

 そして何やらこちらの出方を伺うように呼ばれたその名前に、少しばかり身構えた。

 

 突然過ぎる11号の訪問だけでももうお腹いっぱいなのに、次は何を言い出すのか、どんな爆弾が転がり込んでくるのだろうかとこれまでの流れも相まってついそわそわしてしまう。

 

 だが……そんな俺の真剣なのか大袈裟なだけなのかわからない態度を前にしてか、そうでないのかはわからないが、彼女はどこか言葉を探る様に小さく開いた口を開けては閉じてを繰り返していた。

 

「あの日のことについて、聞きたいことがあるのだけれど」

 

「……? それってあの日のデートのこと言ってるん……だよな?」

 

「……えぇ、そう。もしかしたら、おそらくはデート、デートということになるようね。少なくとも、トリガーはそう言っていたから」

 

 いや、別にそんな噛み締めなくたって良いのだけれど。

 

 とはいえその反応からしてどうにもあのデートのことを指していることは確かだ。

 

 だが、それがどうしたと言うのか。

 

「仮に、アレがデートという行為に該当するものだとして」

 

「ま、まぁ」

 

「腕を差し出したり、腰に手を当てたり」

 

「あ、あぁ」

 

「誰かに腕を掴ませたり、一緒に火鍋を食べたり」

 

「お、おう?」

 

 なんか言い方が少し気になるというか、ピックアップするところはそこなのかというツッコミを飲み込みつつ、しどろもどろになりながらも話の続きを促す。

 

 なんだろう。

 

 なんだか今の11号には逆らい難い、正体不明の謎の圧力(プレッシャー)を放っているように感じる。

 

 それを気のせいというには――その目はどこか真剣過ぎる気がした。

 

 

「――誰にでも、あの時みたいに接しているの?」

 

 

 …………。

 

 ……えーと。

 

 

「……それってここに突撃してきた理由と関係があるのか?」

 

「答えられないのね」

 

「……そんなことはないけど」

 

 だからなんなんだその謎の圧。

 なんて感想を11号の態度に抱きつつも、頭を捻ってなけなしの過去の記録をざっと振り返ってみるが……特にこれと言って該当するイベントは思い浮かばない。

 

 良いところ雅さんに『修行』と称してメロン農園に行ったり限定スイーツを求めて新エリー都の奥地へ赴いたことくらいだろう。

 

 とは言え、その経験が11号と過ごした休暇に活かされたことは確かだけれど。

 

「うぅーん……いや? 姉ちゃんか一応は俺の師匠にあたる人に連れ回されたくらいだったし」

 

「……そう」

 

「うん、そうだな。今言った二人は俺が何かしなくとも楽しんでくれるような人ばかりだったし、11号くらいだよ。俺があんな風に全力で楽しませたいなんて思えたのは」 

 

「……………」

 

 ……11号、そのだんまりは少しばかり不安になるというか落ち着かないと言いますか、せめてなにか言っていただけないかと……。

 

「ンナンナ、ンナナナ……?(なんでわかんないだろう、この人……?)」

 

「ンナンナ、ンナナー(社会的弱者だからね、仕方ないねー)」

 

「聞こえてるぞお前ら……!」

 

 片や本気で呆れたように、片や心底楽しそうに騒ぎ立てる外野連中にそろそろ本気で急速充電状態(強制だんまりモード)へ行動を移そうか頭を悩ませていると、こほんと場を仕切り直すように一つ咳払いをしていた。

 

 視線をサラとエアリスから11号に戻せば、いつのまにやら謎の圧力は消えていて、いつもの兵士として毅然とした態度で任務に臨む彼女の姿があった。

 

 そして俺を真正面から見据えるその姿に、ようやく本題を切り出そうとしていることを察して、俺も佇まいを正した。

 

「それで……また厄介なことに巻き込まれているみたいだけど、どうした。部屋にあがって早々に風呂を貸してなんて言われた時は流石にビビったけど」

 

「……その辺りも私が説明する。今はとにかく、手が足りないから」

 

「人手が足りた軍の任務なんてあったか……?」

 

「…………そう考えると無いかもしれないわ。完全なる防衛を真っ当するには人員の募集に関して何かしらの改善が必要ね」

 

「なんだろう、それ結果として更に人手が足りなくなりそうな雰囲気がひしひしと……」

 

「そうなったら強引にでもあなたを連れ出すわ」

 

「藪蛇だったかぁ……」

 

 とは言えこれで11号も話を切り出しやすくなったのなら必要経費として割り切るべきか。先程と比べて幾分か雰囲気が軽そうだ。

 

 何も、俺だってただただ緊張して部屋で待ち受けていたわけじゃない。

 途中までなんともアホな理由で半ば動転していた俺だが、11号の様相を見てただごとではないことは百も承知であった。

 だから買い集めた食料も持ち運びがしやすく日持ちし、ホロウの環境下においても影響の少ないものを買い込んだつもりだ。何より近日中に武装手入れをしていたのは幸いだったと言えよう。

 

 それもこれも、すべては対面してから洪水のように浴びせられるであろう情報の雨に対して備えるためである。

 

「そうね……発端は私とあなたの共同であたった任務において、重要参考人たちの調査を詰めていたところに下った、異常とも言える頻繁な異動からなの」

 

「……また厄介そうな内容が転がってきたな」

 

 そこからしばし、こちらからしたらようやくと言った具合で11号の説明を受けた。

 

 掻い摘んで聞くと、どうにも以前の『モグラさん』の謀反より起因する一連の出来事から、反乱軍のきな臭い行動を感じ取って11号も俺と同じく独自に調査を進めていたらしいのだ。

 

 けどまぁ、そうなるのも無理はないというのが個人的な感想である。

 

 一つの基地が反乱軍の管理下に入ってしまっていたこととか、軍でも機密とされる情報を入手していたのだ。

 

 しまいには頻繁に任務を言い渡され、まるで()()()()()()()()()()()今の状況を作り上げていたこと。

 

 11号を取り巻く状況の説明を聞き終えて……俺はこめかみに痛みのような感覚が迸るのを否が応でも感じ取った。

 

「その流れで俺のところに転がり込むのも、それはそれでどうなんだ……」

 

「事態は急を要しているの。でも今動けば袋叩きにされる。トリガーも隊長も今は別件で手が離せない……あなたしかいなかったの」

 

 それは、そうかもしれないが。

 

「……11号、俺の軍での立場はなんとなく察してるだろ?」

 

「……あなたが、軍に合わせる顔が無いという話ね」

 

「それだけじゃないんだ……もしこのことが軍の上層部に詰められれば、キミのこれまでの頑張りも努力も、全て無駄になるかもしれない。最悪、昇進の話にだって響くんだぞ」

 

 この様子だと俺が軍で何をしたのか、何をしていたのかは調べていないのだろう。否、俺の態度から察して調()()()()()()()()()()というのが正しいか。

 

 それを俺は喜べば良いのか悲しめば良いのか……まぁどうでも良い。大事なのは11号のことだ。

 

 俺も断片的ではありながら、彼女の頑張りを知っている。

 その振る舞いから、その強さから、図らずも知ってしまった彼女の出自からも、そこには血の滲むような苦悩と尋常じゃない努力があったことは見て取れた。

 

 だからこそ、俺は彼女の枷にはなりたくなかった。

 

 軍の過去でしかない俺の影が、彼女に及ばないように。

 

「――舐めないで」

 

 ――――そして何よりも、だ。

 

 こんな俺でも戦友(とも)と認めてくれた11号のことだから、わかってしまう。理解できてしまう。

 

 そんな俺の後ろ向きとすら称せる考えを、あの11号が認める筈もないと。

 

 昇進と仲間を秤にかければ間違いなく後者を選ぶであろうことも。

 

 その気高さと美しさを持ちながらもなお兵士として振舞えるのが、彼女であるということも。

 

「私の今後を気にしてくれているのは素直に嬉しい。私は……自分のためにしか頑張れないから」

 

「……」

 

 ……じゃあ、目の前で俺に咎がないと説いているキミはなんなんだ、とは言うまい。

 

 この優し過ぎる兵士の言葉を否定出来るような生き方を、俺は出来ていないから。

 

 床で腰を据える俺に合わせて屈み、膝を突き合わせてこちらの瞳を覗き込む姿に、俺は何も言えなかった。

 

「それでも――あの時の戦いを否定することは、当事者である私が許さない」

 

「11号……」

 

 ギラギラと燃える赤い瞳に宿る意思。

 11号は俺が何よりも否定した俺自身を、他の誰よりも肯定していた。

 盛んに猛る目の奥には、苛烈な炎とは程遠い人を焼かぬ優しい温かさを宿している。

 

 ……他でもない彼女が、何よりも彼女がそういうなら、俺は何も言うまい。

 

 俺は前と同じように、手を貸すだけだ。

 

「それに――あの日にああして振舞えたあなたが、私に不埒な真似をするとは思わないもの」

 

「……………」

 

 ………………わかった。もうこの話はやめておこう。

 

 真意どころか、その辺りの情操教育的なアレの意図すらお見通しとなれば俺に勝算などない。

 

 むしろこの話題を掘り下げれば掘り下げるほど、墓穴を掘る未来しか見えてこないのはきっとある種の防衛本能なのだろうと己に言い聞かせる。

 

 もうここまで来ると頼れるのは我らの相棒、サラとエアリスのボンプ姉妹のみ。

 

 頼むぞお前ら、という意味の視線を送れば、随分と頼り甲斐のある笑顔と共にガッツポーズを送られた。

 

「ということで、少しの間世話になるわ。あなたたちもね」

 

「ンナ! ンナンナ、ンナンナ!(はっ! 仲良くしてる時は静かにしてるでありまする!)」

 

「ンナ! ンナンナ!(了解! 全力で夜伽の補助に回ります!)」

 

「いい返事よ」

 

「よく聞けー? トンでもないこと言ってるぞー」

 

 流石は我が姉妹。11号の尊厳を守りつつ俺で弄ぶことに余念がない。今日は飯抜きだ。

 とはいえ今も小さなボンプ姉妹の手遊びに付き合ってやってる辺り、11号も悪い気はしてないように見えるから強くも言えない。

 

 ……そんなこと言われたら余計に意識してしまうことくらい察して欲しいものだが。

 

「ところで……この豊かな香りを放つ完全食の気配はどこから」

 

「赤鉢獄辛豚骨ラーメン、11号仕様。どうせだし出前取ってきた」

 

「甘美な響きね。気に入ったわ」

 

「提供するのは辛味だけどな」

 

 これを持って帰ると伝えた時の大将の浮かれようと言ったらそりゃ凄かった。

 

 ラーメン二杯を頼んだだけで特段何かを言ったわけでもないのに無言でトッピング追加してくるしその割にはニヤニヤしてるし勝手に二杯目のラーメンを11号仕様に変えてるし……なんなんだあの赤ダルマ。

 

 

 

 

 だが、俺は一つだけ重要事項を忘れていた。

 

 

 

 

 

 ウチには――ベッドが一つしかないということを。

 

 

 

 

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