脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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26話 夜を耐え忍ぶ修行

 

 薬莢が音を立てて転がる。

 

 高層ビル群の狭間。

 夜風に晒される鋼鉄の樹木の天辺(てっぺん)は緩やかに赤い点滅を繰り返し、その根元を数えるのも億劫になるほどの無数のネオンが照らしている。

 

 その一角で再度、一条の閃光が空間を迸った。

 

 赤熱化した銃身から細く立ち昇る煙と、夜空を切り裂く青き燐光の軌跡が音を超える。

 

 そして数瞬の無音を迎え――ひときわ強く発光した赤い灼熱が、ビルのガラスに浮かぶ極彩色のネオンを塗り潰した。

 

「――残敵反応、微弱。ポイントCの制圧確認」

 

 街の光に呑まれることのない静かな声。

 ビルの屋上でたなびく闇風に紛れるはスコープのない狙撃銃を構えた長身の女性――トリガーは、未だに熱を持ち続ける銃身から照準を外さないまま淡々と状況を告げた。

 

 色彩を失った視線を覆うバイザーに映る敵影は残り僅か。

 

 バイザーのランプを『赤』から『緑』に変えながら、ようやくその警戒態勢を解くのだった。

 

『おつかれー。敵、みんな撤退していったみたいだよ~? さっすが我らが自慢の狙撃手!』

 

 息をつき、照準そのものであった視線を外した直後。

 この夜に溶け込む戦場には不釣り合いな気の抜けた声が通信越しにトリガーの耳に届く。

 それを諫めるのでもなく、黙殺するのでもなく、バイザーを桃色に変えながら彼女は笑顔で言葉を返した。

 

「あなたの支援があってこそですよ、シード。索敵支援のみならず、ビットとチャクラムによる火力支援、見事でした」

 

『またまたー。僕がいなくたってトリガーならアレくらいの数は余裕だったでしょ?』

 

「そうでもありません――少なくとも、今の三倍の物量で迎え撃たれたのならまだわかりませんでしたよ」

 

『おっかない検問だねぇ』

 

 さらりと告げられた内容は声色はおろかその反応すら軽い。

 とはいえ、トリガーにとってこの程度の襲撃への対処など造作もない。

 シードへの協力を仰いだのは、より確実な結果を求めてのこと。

 

 だが――そこから見えてくるものは決して、穏やかなものではない。

 

 敵は確かに精鋭であった。

 これを難なく撃退できたのはひとえに、トリガーとシードの一騎当千とも言える『個』の抱える戦闘力があってのもの。

 

 そして何よりも、だ。

 トリガーにとって『視覚』による情報収集など無縁なものではあるが、狙撃手として戦況を観測していたからこそ軍人として培ってきた知恵と経験から見えてくるものがあった。

 

『にしても、鬼火隊長も流石だよねぇ。僕が任務で帰ってきたタイミングもそうだけど、まるでこうなることがわかってたみたい』

 

「……そうですね。今の状況を鑑みれば、出立の際に私へ戦闘準備を命じた判断も頷けます」

 

『敵の装備、明らかに反乱軍のものだったしねぇ』

 

 特に不自然だったのはトリガーが『視えた』もの。

 

 それは敵に対する()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 防衛軍と反乱軍の諍いは今もなお継続中だ。

 以前11号が対処した案件ですら氷山の一角でしかない。

 そしてそれらの構成員の多くは、防衛軍による正規の訓練を受けた人材が叛逆を起こし誕生したという経緯を持つ。

 

 そしてそれに示し合わせたように11号と接触した、とある元兵士への監視を命じた鬼火隊長の立ち回り。

 

 まさか誰も思うまい。

 

 

 そこに待ち受けていたのが――11号を孤立させるために動いていた追跡部隊だったなど。

 

 

「まさかこれ程の数の雑兵が11号の周辺を固めていたなんて……どうして11号を?」

 

『それを鬼火隊長が確かめてくれるんだろうねー。敵もいったん退いただけみたいだし、念のため逃走ルートから次の襲撃地点を割り出してみるよー』

 

「油断大敵ということですね。助かります」

 

 トリガーは眼下に広がる、捉えた景色が映されることのない視界でネオンの光群に浮かび上がる爆炎の残滓を捉える。

 

 夜の新エリー都の直上を照らす月はその半分がホロウに蝕まれ、より薄弱となった満月の光が敗走する反乱軍の手先を捉えることは叶わない。

 

 だが、それを見逃さぬための『眼』になると。

 闇に紛れ、仲間を背後から撃とうとする不埒な敵を射抜く光になろうと、改めてトリガーは照準器のない狙撃銃を構えた。

 

『それはそれとしてさ』

 

「なんでしょう?」

 

『11号、思ったより元気で良かったねぇ』

 

「…………」

 

 その言葉に、トリガーの動きが僅かに止まった。

 

 二人の間で思い返されるのは数十分前、シードのドローンで監視した光景だ。

 

 ……別に二人して邪まな意味があったわけじゃない。

 11号が狙われているとわかった以上、単独行動中の彼女の現在地を捕捉することは護衛という意味でも、敵の思惑を打ち破るという意味でも必要不可欠だった。

 

 そしてシードの監視ドローンで捉えたのは――酷く疲弊した11号の姿。

 

 軍施設から離れ、部隊の誰とも連絡を取ることもない。

 人気のない街路を歩く彼女の姿は普段の毅然とした振る舞いを保ちつつも、迫り来る限界が明らかに体に表出していた。

 

 けれど。

 

 ふらふらと、どこか縋れる場所を探すように街を歩いていた11号は。

 

 

 どこか困ったような表情を浮かべる元兵士を前にして、まるで何事もなかったように普段の彼女へ戻っていたのだ。

 

 

『アレなら大丈夫そうだねぇ』

 

「…………大丈夫なのでしょうか、アレは」

 

 月明りも溌剌な夜だというのに、お天道様もご機嫌だと言わんばかりの陽気でそう宣うシード。

 

 しかしながら11号やシードを含めた彼女たちの保護者として振舞う者たちの心境と言えばそうも言ってられない。

 

 保護者1号である鬼火隊長に続き、保護者2号であるトリガーは今から我らの隊長に現状をどう報告すべきか頭を悩ませている状態である。

 

 シードがこの話題を展開してから、彼女のバイザーがチカチカと青と黄色に点滅して大忙しなのは恐らくはそれが理由だろう。

 

 

 百歩譲って共に逃亡するならともかく、まさか一時とは言えそこで寝食を共にしようなど誰が思おうか。

 

 

「……とはいえ、彼の元にいるのなら少なくとも身の危険には及ばないでしょうが」

 

 先ほどシードが口にした事態と懸念事項であることは確かだが、別の意味で安堵を口にしたその言葉も紛れもない本音である。

 

 そんなトリガーの反応に「おや?」と零すのがシードだ。

 

『要監視対象にトリガーがそこまで言うのは珍しいねぇ』

 

「彼の実力は確かです……私も、そんな彼に助けられた者の一人ですから」

 

 ここ最近の11号に休息が必要であったことは事実なのだ。

 

 露骨に『オボルス』より遠ざけて孤立させ、彼女の生真面目な軍人としての習性を活用し、度重なる任務により明確に消耗させる。

 

 まるで城攻めだ、と称したのは鬼火の談だ。

 

 だからこそ今は『待つ』。

 もっと言えば、現状は下手にうろつくべきではない。

 

 一か所に留まり、溜まりに溜まった敵を間引きすれば――敵の尻尾もいずれは掴める。

 

 幸か不幸か、今はフリーで在野にうろつくクリーンな戦力である彼に11号の身柄を預けるのは、この状況において最善手と言えた。

 

 

「……問題が、ないとは言い切れないのがなんとも」

 

 

 ただ、その有効な手段には一つの欠陥があった。

 

 それは――家主の精神状況を全くと言って良いほどに考慮していないという点である。

 

「…………」

 

 トリガーの頭を過ったのは、ここ最近の11号の様子だった。

 

 最近、やたらと端末を確認することが増えたり。

 

 ラーメン特集の雑誌を一人では食べ切れるとはとても思えない量と種類に富んだものを幅広く買い揃えたり。

 

 鏡の前でいつものサイドテールから二つ結びにしてみて、その仕上がりを確認してみたり。

 

 オルペウスが着なくなった服をいくつか律儀に買い直していたり。

 

 猫の写真の出来栄えをシードに確認してみたり。

 

 そんな、ともすれば腹を空かせた獅子が肥えた兎の元へ駆け込むような鬼畜の所業に見えなくもない現状を彼女は振り返って――。

 

 

「……気を強く持ってください、玄飛くん」

 

 

 ――――無理ですぅー。

 

 

『今なにか悲しい声が聞こえたような』

 

「気のせいですよシード」

 

 どこからともなく聞こえて来た一種の諦観から来る嘆きを含んだ木霊は悲しくも黙殺。

 

 夜の帳が下りる新エリー都のビル群に溶けて消えていくのだった。

 

『でもさートリガー? 鬼火隊長と一緒に尾行してた時に言ってた『どうきん』? 『こさえてくる』ってなんのことなんだろうねぇ?』

 

「……………………」

 

 あ、これ私が説明しなきゃならないやつだ、と。

 

 トリガーは再び遠い目をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりなんだ――11号も『零号ホロウ』へ向かうのか」

 

「……軽々しく決めたわけではないわ。私を取り巻く状況とホロウにおける単独行動のリスクを考えるとそれは悪手でしかない……でも、今まで集めた情報を分析すれば、私の目的は必ずあのホロウの中にあることは確実よ」

 

 六分街のワンルームで、ふざけたラーメン屋のロゴTシャツを纏っているとはとても思えないその解答に思わず言葉が詰まった。

 

「……11号のことだから単独であのホロウに潜ったこともあるんだろうが……本当にわかってる? あの極限環境下に武装も部隊の練度も正規軍仕込みの戦力がキミ一人に襲ってくるんだぞ」 

 

 好物のラーメンで心身を満たし、休息を取るべく寝支度を整えて互いにベッドの上で向き合う11号の表情は変化こそ僅かなものの、依然として険しいまま。

 

 食事中にも何度も重ねた情報交換の結果はこうして就寝ギリギリにまでもつれ込み、知れば知るほど11号の状況が悪くなっていることを思い知らされるような内容ばかり。

 

 加えて、11号はそれを熟慮を重ねた結果による結論だと言う始末だ。こうなっては意地でも一人で向かおうとするだろう。

 

「わかっている。ヘマをするつもりはない。たとえ私一人でもやり遂げてみせる――あなたは、私の帰る場所になってくれれば、それで良い」

 

 ……だから、そんな悲壮な覚悟をしないで欲しい。

 

 というか、そんな覚悟をするくらいなら『別の言葉』を送ってくれれば、俺なんて馬鹿みたいにキミについていくというのに。

 

 それをしないというのだから、やはり彼女は優しくて、それでいて誠実だ。

 

 だがその頑固さはいただけない。

 堅牢で頑なな11号を前に唸る思考が喉元まで出かかる感覚を覚えながら……俺も一息ついて、腹を決めた。

 

「……俺も近日中に零号ホロウに用が出来たことを、突然、『今』思い出した」

 

「……『ノクターン・ナイトメア』?」

 

「だからコーバスだって……まぁ、つまりはアレよ。ホロウで戦闘なんてのは当然なんだし、その場にたまたま居合わせたのなら一緒に戦うのもやむなしかもな……なーんて」

 

 

 たった一つ。たった一言で良かった。

 

 『モグラさん』との戦いで分断されてしまった時は言って貰えなかったけれど。

 

 『助けて』と――そう言ってくれれば、俺はそれで。

 

 

「……!」

 

「……そんな嬉しそうな顔をするのをやめてくれ。誤魔化してる俺が馬鹿らしくなってくる」

 

「…………私は兵士よ。そんな間違いは犯さないわ」

 

「どうだか」

 

 俺の言葉一つでこうも簡単に険が取れてる癖に何を……と思いつつ、そんな俺の微妙な視線を誤魔化す様に次なる疑問符を浮かべた11号に改めて向き直った。

 

 本当に、なんでこうも自分の本音を言うことがこんなに下手っぴなのか。

 

 俺など恥知らずってレベルで基本的に垂れ流してるというのに。

 

「……そもそも、どうしてあなたが零号ホロウに? あなたの実力を疑うわけではないし、今更ではあるけれど……あなたの思い出した『用事』とやらに、突発的に『零号ホロウ』に突入することになる理由が思い浮かばないわ」

 

「言っただろ。キミが同行した任務には不可解な点がまだ多く残っている。野良の俺がああして関わった以上、身にかかる火の粉は払っておきたいんだよ」

 

 そう、俺が動くのはあくまで個人的な理由から。

 

 よって――11号に『シルバー』について語ることは伏せている。

 

 彼女が動いたのは軍の上層部の不穏な動きから。

 俺が個人的に動くのも、あくまでそれらの不祥事に付随して発生した事件に関連したが故に身を守るため。

 

 『シルバー』について明かさずとも、俺が動く理由として一応の筋は通っている。

 

「……万が一、あなたが逃げられなくなった場合は?」

 

「そこは臨機応変に、だな。うまくやるよ……だからやめてくれ、そのブレイズウッドスナギツネみたいな顔は」

 

 11号の表情がネットのどこかしらで必ず見るキツネみたいな顔になった。

 

「……敵はどういう理由か私を殺すことなく捕えることを目的としている。でもあなたは違う。以前のように速やかに撤退出来ないかもしれない。その点はプロとして考慮すべきリスクよ」

 

「そこは男を見せるぞ。11号の背中に隠れ、サラとエアリスの二人を生贄にしてな」

 

「ンナ!?(え!?)」

 

「ンナァ!?(なんで!?)」

 

「急にみっともなくならないでちょうだい……その性別は飾りでしかないとでも?」

 

「おっと……心は硝子だぞ」

 

 さらっとヒデーことを言う11号に視界が滲みつつ、なけなしの啖呵でこみ上げてくるナニカをどうにかして振り切る。

 

「……なんだか誤魔化された気がしてならないわ」

 

「人は大きな流れに逆らえぬ生き物よ。安心して身を委ねるんだ――発狂は良いぞぉ」

 

「なんの話をしてるのかしら」

 

「この世は常に喜びと発狂は隣り合わせということよ」

 

「常に発狂してるような男は言うことが違うのね」

 

 じゃかぁしぃわ。

 

 というかそれを言うなら――隠し事をしているのはお互い様だろう。

 

 まぁでも……それがこの件に関わる以上、否が応でも彼女が『シルバー』について知る事実になるとわかっちゃいるが。

 

 それでも彼女にそれを明け透けに打ち明けるには……もう少し時間が必要な気がした。

 

「それよりも、零号ホロウに向かうとしてアテがあるのか? 隠密行動中なら、気取られる可能性は少しでも避けたいぞ」

 

「案内役に変わるものがいるわ……でも今はおいそれと手は借りられない。だからこそ案内役(ナビゲーター)ではなく、伝令者(メッセンジャー)を頼ることにするつもりよ」

 

「……それでスコット前哨基地か」

 

 話題を逸らすために展開した話題は有意義なものになった。

 

 というか今はプロキシの手配も出来ない今の状況じゃ、安全を担保にあのホロウを探索する手段はそれくらいしかない。

 

 防衛軍やホロウ調査協会のみならず、『H.A.N.D』の精鋭も拠点を置いているあの場所はホロウに関することなら人材から装備にかけて何でも揃ってると言っていい。

 

 使える伝手が限られてる現状、その判断は悪くないと言えるだろう。

 

 とはいえいくつかの障害がある。

 まずお互いにしばらくぶりに『零号ホロウ』に潜ること。内部の座標が空間ごと入れ替わり、それに伴って一騎当千の怪物級エーテリアスが蔓延る空間だってランダムに入れ替わり続ける鬼畜仕様なのだ。

 

 必然、性急に最新のキャロットの入手が急務となる。

 

 けれど……この点に関しては問題ないだろう。

 

 幸いにしてキャロットを所持している人物には心当たりがあり、何より表から裏の事情にまで深く精通している広い知見と柔軟性を備えている。あとは俺と11号の運次第だろう。

 

 諸々の問題は、一つ一つ潰していくしかない。

 

 

 ――さて。

 

 

 ――――現実逃避は、これくらいにして。

 

 

「で……そろそろ話を戻して良いか?」

 

 

 作戦に異論はない。

 なし崩しとは言え、彼女も俺がどうあってもついてくることは今のやり取りで察しただろう。

 

 それはそれとして、目下の問題は別にあった。

 

 それは文字通り、視界に収められる大人一人であれば余裕で乗せられる寝具の一つ。

 堂々と腕を組んで正座する11号の姿は文字通りの独壇場。

 11号が動けばキシリと中のバネとクッション素材が軋む音が聞こえてくる、ある意味この状況ではこれ以上ないってくらい物騒な舞台にあった。

 

「断固」

 

「……いや断固、なんだよ。せめてなにか言えよ」

 

 ……そもそもこんなところで会議をしていること自体が問題だったのだ。

 

 白熱した会議の発端は何だったのか、それを思い返すだけで頭痛がしてくる。そして何より、ろくに女性経験も蓄積していない俺がこんな状況に陥っていることもおかしいのだ。

 

 結果として、お互いに退けぬ確固たる理由があって、互いにベッドで見つめ合うという意味深な状況に陥ってしまっているのだから。

 

 

「何度も言わせないで――あなたが頑なに床で寝ると言うのなら、あなたと床を共にするまでよ」

 

 

「断固ォォ……!!」

 

 

 あかん。

 この揺るぎない瞳、恥じらいも迷いもないったらありやしない。

 言葉の意味にしたって追求されたら言い逃れできない出力のされ方だ。

 何より、これ以上ないってくらい純粋な瞳を向けられたら、まるで俺が悪いことをしているみたいな気分になる。

 

 極めて! 一般的な! 感性に基づいての判断なのに!

 

「家主はあなたで、この寝具はあなたのものよ。私は寝れれば風呂場でも冷蔵庫の中でも良い」

 

「その二つは正常でもアウトだ。それに、訓練のお陰でどこで寝ようとしっかり休息を取れるスキルは身につけている」

 

 だからキミは気にせずベッドで寝てください。

 

 枕なんて映画雑誌なんかを重ねてタオルを敷けば俺からしてみれば立派な高級枕なのだ。

 

「……私に、民間人を押しのけてベッドで寝ろと?」

 

「言いたいことはわかる。でもそこは女性に床で寝かせてしまう男の心境を慮って欲しいんだが……」

 

 ワンルーム。

 つまりは一部屋。

 当然、寝具は一つしかない。

 

 そして問題なのは、そこに転がっているのが一般的なダブルベッドだとかそういう気の利いた代物ではなく、俺一人が雑に就寝することが前提となるシングルベッドだという点だ。

 

 つまり狭い。

 シングル。一人用。

 とても狭い、狭いのだ。

 

「シングルな寝具、ってことか」

 

「ゴミみたいな情報ね。参考にするわ」

 

「高度な煽りやめて?」

 

 しかも相手はあの11号と来た。

 

 どこかのビデオ屋の兄みたいな百戦錬磨の女たらしならともかく、俺は色々出遅れてるのだ。

 そして何より、11号は美人であるという点も実に度し難い。

 加えて彼女、その辺りの自覚が薄いというか、自分が『女』であるということに色々無頓着過ぎるというのもいただけない。

 

 そんな彼女と一緒にベッドに入るなど……そんなの、死刑宣告に等しい。

 

「ンナ、ンナンナ(ちなみに、ごすじんは『尻』派だ)」

 

「ンナナナンナ(据え膳を食わぬとは恥とも言うよ)」

 

「……? 彼女らは何を?」

 

「もう嫌だこの子ら……」

 

 邪気と無垢が分離して目の前で対処不能な化学反応を起こしてる。

 

 現実逃避でもう意識が飛びそうだ。

 

 というか何よりも、だ。

 

「なら、さ」

 

「なに」

 

「せめてそのクマを消してから言ってくれ……正直、ここに来てからずっと気が気じゃない」

 

「…………」

 

 露骨に11号が視線を逸らした。

 

 彼女の擬態は完璧だった。普通はわからない。

 けど、俺を相手にそれを行うには、一度とはいえ共にしたあの死線は濃密過ぎた。

 

 表面上はいつも通りで、普段なら使わないであろう化粧の類まで使っていたのだ。

 だからここに来た時には、その変わり様にも来訪と同じくらい驚かされた。

 そこにどうしても隠したいと言う意図が丸見えだったので敢えて指摘しなかったが。

 

 だがそこまで頑なであるのなら、こちらも出るとこ出るまでだ。

 

「頼むよ。カロン……今はトリガーだったっけか? そいつにも申し訳が立たなくなる」

 

「……あなたは、どうするの?」

 

「俺は11号みたいに勤勉じゃないからな。体力が有り余ってる。久々に夜の哨戒ごっこするのも悪くないかもな」

 

「……なら交代時間を決めないと」

 

「いいから寝ろって。ほら」

 

「………………」

 

 全然納得してないってのがその沈黙にありありと現れているが、せっかく掴んだこの議論の着地点。見逃せる筈もないので勢いで押し切る。

 

 それに、11号の気持ちもわかるのだ。

 

 だが、だからこそ休むべきなのだと思う。

 

 自分が原因でこうして人を動かしている。

 それが善意や心配から来るものであれ、11号のようなタイプには迷惑をかけてしまっていると解釈できてしまう。

 

 こういうのはちゃんと日々の積み重ねで取り除かないと、治し難い毒として体を巡り、やがては心にまでその毒が及ぶ。

 

 

 未だに薬を服用している、今の俺のように。

 

 

「エアリス、電気消して……おい、言っておくが余計なことするなよ。これ以上なんかしようもんならいよいよ収拾がつかなくなる」

 

「ンナナナ、ワナワナワナ――(恥ずかしいなら絞りで電気で調整できるよ。これも常套手段――)」

 

「かえって如何わしい雰囲気にしてどうすんだ……!」

 

「……いかがわしい?」

 

「――――!!!!」

 

 声にならない叫びが爆発寸前の脳をギチギチと締め付ける。

 さっきからむしろこれ俺が今日ちゃんと寝れんのかと訴えかけるような情報量と勢いである。

 

 

 事態の悪化を食い止めるべく――勢いのまま11号をベッドに押し倒して枕を敷き、その攻勢を維持してばさっと掛け布団を被せる。

 

 

 布団に入った11号が一瞬だけ固まった気がしたが、気にしない。

 

 

 なんなら俺も一瞬だけとんでも無いことをしでかした気がするが、気にならない。

 

 

 あるのはこの事態を収められたという充足感のみ。

 

 

 ふぃーと滲んだ汗を拭いながら吐き出した重い空気のみが、その成果を実感させてくれた。

 

 あとは――。

 

「……何をしてるの」

 

「決まってるだろ――ちゃんと寝たかのチェックだ」

 

「私は子どもではないのだけれど……」

 

 ベッドの下部分にあたる部分に腰掛け、座して待つ。

 

 すべては、11号に安眠を届けるためのものである。

 

「……逆に休息が取り辛いと感じるのは私だけ?」

 

「なら動かず眠る。じゃないと俺も休めない」

 

「………………そういうことなら、納得しないこともない」

 

 そんな全然納得のいってなさそうな反応を俺に示しながら、いよいよ足元で座り込む俺から視線を切って、枕を抱え込むようにして布団に(うずくま)った。

 

 

「……」

 

「……」

 

 やがて、フッと部屋の灯りが消える。

 

 そしてしばらく。

 

 無音に慣れた耳が、彼女の静かな息遣いを拾い始めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 少しの間、その位置を整えるように布団と衣服が擦れ合う音が部屋に染み渡って、11号は己を抱え込むように布団に埋もれた。

 

 それを最近、どこかで見た気かする。

 

 確か……俺の通院している病院だっただろうか。そこに寝相の特集か何かがあった筈だ。

 

 記載されていたのは、胎児のように膝を抱え込んで寝ている人間の特徴。

 

 それは強い不安を抱え、己で己を護ろうとする一種の自己防衛なのだとか。

 

 こんなことを本人に言ったら怒るかもしれないけれど。

 

 その光景がなんとなく、今の11号を通して見ているような気がした。

 

「………………」

 

「………………」

 

 コチコチ、と秒針が時間を刻んでいく。

 中古で買った冷蔵庫の音は静かに夜の生活音を彩り、どっぷりと夜に浸かる街には時々車の往来がヘッドライトでその存在を主張し、やがて道路の軌跡の一部へと消えていく。

 

 銃声も聞こえない。

 エーテリアスの呻き声も、ホロウが空間を喰んで呑み込んでいく不気味な音も聞こえない、穏やかな六分街の光景がある。

 

 そんなを眺めていて、どれくらいたっただろうか。

 

 うつらうつらと、俺の意識を船を漕ごうとしているのをぼんやりとしてきた意識が瞼の裏から頭の深いところに落ちていくのを感じ取った。

 

 

「――まだ、起きてる?」

 

 

 夜が更に深まり、聞こえる音が時刻を刻む時計の音色のみとなった時。

 

 船を漕いでいた意識が沈没する寸前で、経過したであろう時間に反して冴えた声が耳を打った。

 

 

「……眠れない?」

 

「……」

 

「……わかったよ」

 

 ――――今思えば、この時の俺はどうかしていたと思う。

 

 きっと知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろう。ここ最近の出来事を鑑みれば無理もない。

 理性と無意識が溶けあい一つになっていた、文字通りの夢うつつ。

 自らの眠気に酩酊するように、俺から正常な判断力を奪ってくる。

 そんな状態で、無言の肯定を受け取ったのが良くなかったに違いない。

 

 なんてことないように――布団を被る11号の横に、仰向けに寝そべった、

 

「…………『クリムゾンアイズ・ハーミット』から聞いた」

 

「……何を?」

 

「あなたが日を跨いで女性と接触しているという情報を」

 

「……………………」

 

 夢うつつになっていた意識が僅かに覚醒する。

 ほんと、ほんとあの兄妹はマジで。自分の影響力というものをちゃんと把握しているのだろうか。してるんだろうな。

 

 でなきゃ、ここまでピンポイントに11号にそんなことを聞かせることなんて出来ない。

 

「……変なこと言ってないで寝ろ。明日って早いんだろ」

 

「――でも今日のあなたの顔色を見たら、そんな考えも吹き飛んだ」

 

 そこで。

 

 初めて言葉を紡ぐ口が油の切れた機械のように固まった。

 

「何があったの」

 

「……別に、何もないよ」

 

「……私にも、話せないこと?」

 

 ……そんな突き放されたみたいな目はしないで欲しい。

 

 いや本当に。そんな顔をされると、隠せるものも隠せなくなる。

 

 でも明かしたいというのは俺のエゴだ。

 

 俺のエゴで11号が傷つくのは、もっと許せない。

 

「……そんな顔をしないで。私は、だいじょうぶ」

 

「でも」

 

「私には戦うしか能がない」

 

 そんなことない、とは言えなかった。

 

 だってそれも否定してしまったら――これまで頑張り続けた11号の足掻きすら否定してしまう気がしてしまったから。

 

「あなたみたいにハッキングが出来るわけでも、破壊工作ができるわけでもなく、あなただけの強さを持っているわけでもない」

 

 俺が欲しかったのは、そういう『力』じゃない。

 

 

「話しすぎたわね。おやすみなさい……また、明日」

 

 

 どこか悲しげに呟いて、まるで今の自分を隠すように、11号は背を向けた。

 

 

 どうしてか。

 

 

 その背中は、泣いてるように見えた。

 

 

「……気が変わった」

 

「……? 何を?」

 

「映画見るぞ」

 

「??」

 

 置いてけぼりの11号を心苦しいが放っておいて立ち上がり、作業に使っていたモニターのケーブルをビデオと繋げる。

 デスクを少し動かして、ベッドの枕付近に持って来ればあら不思議。

 暗さも相まってプチ映画館の完成である。

 

 さらに。

 

「じゃあ、一緒に見よう」

 

「なら、このベッドはあなたが――」

 

「大丈夫大丈夫――背中を貸してくれれば、それでいい」

 

 

 11号が何かを言おうとしたのを振り切って――ベッドで寝たまま画面を見る彼女の背の隙間を埋めるように、寄り添った。

 

 腕を回せば、抱き締められる。

 

 でも触れているのは、肩と背中の一部だけ。僅かに体温だけが伝わってくる、それ以上踏み込まない距離こそ、今の彼女には必要だと思った。

 

 

「……なんだか、変な感じがする」

 

「ごめんって。このままだと休息すら取らずに俺のことにかかり切りになりそうだっだからな……どうせだし映画でも観ながら寝落ちしちまおうという魂胆だ」

 

「……それなら、私にこうして張り付いてくる理由は?」

 

「……なんか、埋めて欲しそうだったから?」

 

 頭に浮かんだ考えをそのまま口にしてみる。抽象的で何一つ具体的な内容のない、文字通り聞くに堪えない理由であると我ながら思う。

 

 でも、それが11号にはどう響いたのか。

 

 起動した液晶画面の光が照らす赤い目が、僅かに開かれたように見えた。

 

「そう、そうなの……そうなのかも、しれないわね」

 

 なんて口では言ってるが、それほど強い抵抗は見られない。

 

 そして映画の再生が始まった。

 

「……ビデオ?」

 

「プロキシのところで借りた映画があってさ。頭空っぽにして観られるから借りた」

 

「内容は」

 

「コメディ」

 

「……コメディ?」

 

「そ。しかも結構古いやつ。リンちゃん……『クリムゾンアイズ・ハーミット』のところから拝借してきた」

 

「戦友の所有物を、こんな雑に扱うみたいに観て良いのかしら」

 

「良いんだよ。こういうのは肩の力抜いて観るもんなんだ」

 

 言いながら、壁際に立てかけていた古びたモニターへ外部端子を繋ぐ。

 

 ざり、とノイズ。

 少し遅れて映し出されたのは、妙に色彩の派手なタイトルロゴだった。

 

『爆走!! 刑事メカニカル・ハート』

 

「…………」

 

「なんだその目は」

 

「雰囲気が馬鹿っぽいわ」

 

「ばっさりいくな……俺だってたまには頭空っぽにしたい時くらいある」

 

「常に空っぽでは?」

 

「辛辣じゃね?」

 

 即答だった。

 

 しかも真顔。

 冗談なのか本気なのか判別し辛い辺りが11号という女の恐ろしいところである。

 

 だが、その声音はどこか柔らかかった。

 

「……狭くないかしら」

 

「ちょうど良いくらいだよ」

 

「そう」

 

 短い返事。

 

 それきり11号は黙り込み、映像へ視線を向けた。

 

 画面の中では、サングラスをかけた筋肉質の男が爆発する車を背に走っている。

 

 意味はわからない。

 

 わからないが勢いだけは凄い。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……11号」

 

「なに」

 

「これ絶対バカ映画だと思う」

 

「開始三分でパトカーが七台爆発しているもの」

 

「だよなぁ」

 

 小さく、ふっと。

 11号が笑った。

 

 ほんの少し。

 けれど確かに。

 

 それを見てしまった瞬間、胸の奥が妙に熱くなる。

 

 あぁ、と思った。

 

 こうしているだけで良いのかもしれない、と。

 

 今だけは。

 

 少なくとも、ここしばらく張り詰め続けていたであろう彼女が笑えているのなら。

 

「……あなた」

 

「ん?」

 

「さっきから鼓動がうるさいわ」

 

「……俺にも少しくらいかっこつけさせてくれない?」

 

「敵襲かと思った」

 

「どんな心臓してたらそんな警戒音になるんだよ」

 

「でも」

 

 11号が少しだけこちらを見上げる。

 

「あなたの体温を感じるこの布団も……背中に、見知った熱があるのも」

 

 赤い瞳。

 熱を帯びたそれが、不意に真正面から刺さって。

 

 何故だか。

 儚く微笑む11号が、俺の知る誰よりも綺麗に見えた。

 

「……嫌ではないわ」

 

「………………」

 

 やめてくれ。

 

 そういうのを悪気なく言うの、本当にやめてくれ。

 

 こっちは軍人時代でも経験したことない種類の被弾をしているような気がしてならない。

 

「ンナンナ……(見て見て奥さん……)」

 

「ンナァ……(これが若さなのねぇ……)」

 

 部屋の隅。

 いつの間にか毛布に包まっていたサラとエアリスが、妙に生温かい視線を向けてきていた。

 

「お前ら……とりあえずその顔やめろ」

 

「ンナ(無理)」

 

「ンナンナ(手遅れ)」

 

「統率が取れ過ぎてて腹立つな……」

 

 だが、そんなやり取りすら今は少しだけ救いだった。

 

 静かだったから。

 

 平和だったから。

 

 外では未だ火種が燻っている。

 軍内部の腐敗も。

 反乱軍の動きも。

 零号ホロウも。

 

 何一つ解決していない。

 

 それでも、この狭いワンルームだけは奇妙なくらい穏やかだった。

 

 映画の中では主人公が冷蔵庫をロケットランチャー代わりに投げつけている。

 

「なんで冷蔵庫が爆発するのかしら」

 

「勢い」

 

「なるほど」

 

「納得するな」

 

 くす、と。

 また11号が笑う。

 

 その笑い声は、以前一緒に出掛けた時よりずっと自然だった。

 

 不器用で。

 ぎこちなくて。

 でも確かに肩の力が抜けていて。

 

 だから。

 

 きっと相当、無理をしていたのだろう。

 

「…………」

 

「どうしたの」

 

「いや」

 

 言葉を濁す。

 

 なんと言えば良いのかわからなかった。

 

 頑張り過ぎだとか。

 少しは頼れだとか。

 そんな言葉、今の11号にはきっと届かない。

 

 届かないというより、届いても止まれないのだ。

 

 兵士だから。

 

 そうやって生きてきたから。

 

 だから俺は、別の言葉を選ぶ。

 

「……眠くなったらちゃんと寝ろよ」

 

「子供扱いしているの?」

 

「してない。ただの確認」

 

「なら問題ないわ。私は兵士だから」

 

「はいはい」

 

 

 なんの意味も込められていない、いつもの日常の先にある何気ない言葉。

 

 

 

 

 今はそれを11号と共有できることが、何よりも嬉しく感じた。

 

 

 

 




書けた。あとは心の中に住んでる内なるザインを鎮めるだけ。

そして一話に戻って発狂するんだ。

でもそれはそれとしてお気に入りと感想と評価は嬉しい。

喜びと発狂が隣り合わせって本当だったんだね。
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