脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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27話 突撃! 隣の零号ホロウ

 

 頬を撫でる広大な乾いた風の全てを、ホロウが呑み込んでいる。

 朝焼けに晒される『スコット前哨基地』に、六分街のような穏やかな夜明けは訪れない。

 地平より顔を出す太陽の光すら通さない深い虚ろなる闇の穴――『零号ホロウ』は『旧都陥落』より依然として変わることなく、荒廃と混沌の名残を振りまいている。

 

 眼下に広がる文明の名残を辿る寂寞とした景色に抱くのは、そこはかとない懐かしさだ。

 

 そこには特徴的な黄の配色が施された防衛軍の装備を身につけた者が、夜も明けたばかりだというのに鼠一匹も見逃さんばかりの数で以て周囲に索敵と監視の目を振りまいている。 

 

 そんな『零号ホロウ』より抽出したエネルギーを通すいくつものパイプが入り組む鋼鉄の蔓の中に、俺と11号は身を潜めていた。

 

「ここに来るのも久しぶり……ってほどでもないんだよな、意外と」

 

「その様子だと『零号ホロウ』での立ち回りに関して問題はなさそうね」

 

「うん、あのホロウ中にはもうメーカーでも取り扱ってないパーツや特注の機材が侵蝕を受けずにそのまま残ってることもあるから――待て、悪用はしていないぞ。善良なる新エリー都市民として、マジで」

 

「あなたが善良とされる世となると世も末ね」

 

「おかしいな、フォローされてる気がしない」

 

「語るに落ちる迂闊な口を持つ部下がいればこうもなるでしょう」

 

「なんかいつの間に俺のプロフィールに知らぬ情報が追加されてるような」

 

 俺のなんてことない呟きを11号が拾う。

 そして彼女は俺の発言の何が気に食わなかったのか、ぐいぐいと俺の頬をグローブ越しにも伝わってくる華奢な指先で引っ張ってくる。普通に痛い。

 

 彼女が俺の言葉も含めたあらゆる挙動を少なからず気にしてくれていることが伝わって来て大変結構なのだが、その所為で現行犯逮捕なんて案件になったりしたりするのはいけない。

 

 これ以上の話題展開は墓穴を掘ると、意識を耳のイヤホンへ傾けた。

 

「エアリス、進捗報告」

 

「ンナンナ……(人使いが荒いんだから……)」

 

「俺にアストラ様の限定ファングッズを買いに行かせて10時間待機列に並ばせたボンプがいるらしいんだが」

 

「ンナンナンナ(ンナンナンナ)」

 

「コイツ急にボンプのフリを……!」

 

 ぶつくさ言いつつもエアリスはここ周辺の情報をゴーグルに投影してくる。

 

 すると出るわ出るわ、障害物を示す赤い点滅。

 電気を扱う故にそれらと感応する性質を持つエアリスの特性を利用して得た結果は、障害の数という点においてこちらの動きに制限をかけるには十分なもの。

 

 まるでこれを見た人間に、これ以上踏み入るなと言わんばかりに。

 

「……この人員と機材の数は尋常じゃないな。配置したやつはこっちにそれを気取られるのを覚悟して仕掛けたとしか思えない。ご丁寧にあらゆる死角にまで新しくセンサーを追加してる」

 

「敵はやはりこちらの動きをある程度把握している……?」

 

「もしくは別の意図があるのかも……あとな11号、このゴーグル情報漏洩対策で外から見ても見えないようになってる――だからそんな真正面から俺を見つめるのはやめてくれないか」

 

「それは失礼」

 

「顔を横にくっつけろってわけじゃないから」

 

 より正確な情報共有のためか、文字通りのゴーグルの裏側まで食い入るように見つめて来て直ぐに俺の顔の横に貼りついてきた11号から距離を取る。

 

「でだ、この先に用事がある身としては、これを突破するには今の人員と部隊構成では骨が折れるわけだけど……どう見る」

 

「こちらの行先を一つ一つ潰していくことが狙いなのか、あるいは行動を制限することでこちらに消去法的に潜伏先を誘導しているのか……どちらにせよ普段の検問は通れないわ」

 

「なるほど、要するに舐められてるってことか」

 

「えぇ、舐められてるわね」

 

 動いているであろう防衛軍の上層部の思惑……少数で行動する俺達に対して人海戦術で行動を制限する判断自体は悪くない。

 

 ここで捕まればそれに越したことはないし、さりとて他所で捕まえられるなら御の字、と言った具合なのだろう。

 

 だが甘い。

 カメラやセンサーといったあらゆる監視機能に対する備えがないと思われてるとすれば、その認識は甘すぎると言わざるを得ない。

 

 踏み入るなと言われるなら、その隠密性でもって掻い潜るまでよ。

 

「ちなみに隠しルート的なのもあるけどどうする?」

 

「……この監視網を掻い潜れるルートがこの基地に存在していると?」

 

「俺みたいなやつにとってこういう場所の何がしんどいって、昔馴染みと顔を合わせることだったりするわけよ」

 

 先日、俺に軍と合わせる顔が無いっていうのは11号に説明してあると思う。

 

 特に軍に籍を置いていた頃なんかは機密扱いでここに駐屯する隊員と接触する機会もあったため、必然的にこういった手段が必要となってくるのだ。

 

 それに11号には言ってないが、俺は月に何度かホロウに入らなきゃいけないわけだし。

 

 俺のその説明に彼女も合点がいったのか、しばし一考した後に頷いてみせた。

 

「……この基地の構造上の欠陥を突くのではなく、あくまで作戦上の盲点を突くということね。であればそちらから迂回して博士と合流しましょう。案内して」

 

「なら博士にも一本連絡を入れてくれ。あの人の安全も考慮して偶然鉢合わせたことにする」

 

「であればあなたのボンプに協力させてくれると助かるわ。彼女がいれば、狙撃や不意打ちにも即応できる」

 

「ンナー!(ラジャー!)」

 

「電気なアナタも、プライベートで彼を扱き下ろすのは構わないけど、作戦行動中における指示はしっかり聞くように」

 

「ワナワナ!(イエスマム!)」

 

 ……なんか俺が呼びかける時より活きが良い気がするんだが。

 なんなら俺よりこの子らの主人っぽいんだけど。

 いや、ここは敢えて黙殺しよう。

 真実を知ったあかつきには目を涙で濡らすことになりそうだ。どうせ碌なもんじゃない。

 

 というか、そこは取りあえず今は良い。

 

 

「で、さ」

 

 

 そう、そこは良いのだ、本当に。

 

 既に11号は博士に連絡を送ってるみたいだし、サラも11号に張り付いている。エアリスも己のリソースを周囲の感知に回すように指示は出してある。

 

 思いがけないアクシデントはあったが全ては順調であり、作戦の遂行には何ら問題はない。

 

 目下の問題はまた別のところにあって――。

 

 

「あのー…………さっきから近く……ありませぬか……?」

 

 

 それはもう、本当に絞り出すような声だった。

 吸い込む空気すら文字通り目と鼻の先にある『零号ホロウ』の深い闇の中に吸い込まれてしまいそうな、どこか禍々しさすら感じるこの場所において、それがなんと場違いな指摘かは言うまでもない。

 

 だが特筆すべきはその物理的距離である。

 

 俺の頬を引っ張り回していたのもそう。

 ゴーグルで取得した情報共有にしてもそう。

 こちらが動けば触れてしまうくらいに詰め寄ったり、顔の横なら問題ないと言わんばかりにくっついてきたり。

 

 どれもこれも11号らしからぬ振る舞いばかりで、

 

 んでもって当の本人は小首を傾げる始末だ。

 

 心底不思議そうに俺を見つめる曇りなき眼をこちらに向ける11号を前にすれば、まるでこちらが全面的に悪いのではないかと言う気さえしてくるのだから不思議である。

 

 極めて! 真っ当な! 価値観から来る指摘なのにっ!!

 

「案内してくれると、言ったはずよ」

 

「言った、言ったけどこれはちょっと……あとそれくっつく理由にはならなくね?」

 

「自ら進んで肉壁になって見せるとも」

 

「おっとそれは初耳だ」

 

 似たようなことは俺が言ったかもしれないけど、それはそれとして詐欺師もびっくりなペースで話が進んでる。

 

 いやね? この程度で敵に対して遅れを取るようなヘマをする気はないし、そんなやわな鍛え方だってしてないけれども。

 

 けれどもなんだかこう、俺の理性というか自制心というべきものが現在進行形でゴリゴリと削れていっているというのだろうか。

 

「何より今の私は追われている身よ。もし囲まれて攻撃を受けたらひとたまりもない。だから可能な限り一つに固まる必要があったのよ」

 

「……そう、なのか……? いや、そうかも……」

 

 ゲシュタルト崩壊ってやつだ。思考の反復、自問自答は時として正気を奪ってくる。極悪だ。実際、自分でも考えてわけがわからなくなって来てる。

 

 ……いや、でも。

 

 自分の古巣を追われ、仲間にも連絡を簡単に取れない現状では11号が不安がるのも仕方ない。

 これが彼女なりに安心を得るための行為だと思うと……まぁ、いいのかと諦めなのか悟りに近い心境になるのは、人としてなんら間違った反応じゃないのだろうか。

 

 実際、俺も腐っていた頃には姉ちゃんにみっともなく泣いて縋りついていたわけだし。

 

「そういうことならまぁ……えっと、はぐれないようにな」

 

「それで良いのよ」

 

 いや、それで良いのよ、じゃないが。

 なんなら少し満足げに俺の顔を見て謎の首肯を見せないで貰いたいのだが。

 

 ……なんなんだ、この状況。

 

 昨日の出来事から何やら11号との距離感がバグってるというか、俺もわからなくなっている気がする。

 

 もしかしたら11号も訳わからなくなっている可能性もあるな。

 

 こういう時なんて言ったらよいかわからない。教えてくれパエトーン!

 

「ンナンナンナ、ンナ(ごすじんは攻めに弱く受け寄り、と)」

 

「ンナ、ンナナンナンナ(いや、ここは11号が誘い受けという可能性を所望する)」

 

「後で話があるから覚悟しておけよお前ら」

 

 ツッコミが、ツッコミが足りない。

 ほんと、この一件が終わったらこの子らの倫理コアの汚染状況を調べなきゃならないと思いつつ、今後について思考を回す。

 

 って駄目だ! この姉妹ども(ばかども)の所為で余計に意識しちゃって考えが一向に纏まらねぇ!

 

 俺のさっきの離れないようにという注意をどう受け取ったのかは皆目見当がつかないが、いつぞやのデートのように俺のマントの裾を引っ張ってるのが輪をかけて如何わしくしている!

 

 消えるべ! 闇のわだす!!

 

「サラ、エアリス、今すぐ曲をかけてくれ……! 俺のイヤホンだけで良い! とにかくこのけしからん邪気を祓えるような良曲を……! なんなら11号が歌ってくれても良い!」

 

「何を言っているの」

 

「ンナ~……ンナ? ンナンナ(じゃあ~……これは? 『CAN Y●U CELEBRATE?』)」

 

「結婚式かっ!」

 

「ンナ~……ンナナナナナ(え~……じゃあ『永●にともに』)」

 

「だから結婚式かって! っていうかわざとおめーらだろ! ますます如何わしくなってるだろーが!」

 

「ンナ″ッ(ぐえっ)」

 

 八つ当たり気味にぎゅむぅっとマントの中に潜んでいたエアリスを鷲掴みにし、スライムみたいに手の中でぐにゅぐにゅにかき回す。

 

 すると、そんな俺達のやり取りを背後から見ていたであろう11号から、これ見よがしな溜息が聞こえて来た。溜息をつきたいのはこっちである、切実に。

 

「……どうして結婚という単語が出てくるかはわからないけど……歌えというなら、歌うわ」

 

「本当かっ!?」

 

「なんでそんなに必死なの……軍歌なら、少しだけ」

 

「お願いします!」

 

「前々から思っていたけど、変わった人ね……私の歌が良いなんて」

 

 いや、ぶっちゃけ今のこの状態を崩せるなら何でもいい。

 なんか本末転倒な気がしないでもないが、この悶々とした感覚を払拭できるというのなら、この際手段は問わない。

 

 

 そして。

 

 

 11号のどこか調子外れな軍歌を聞きながら、この入り組んだパイプラインの要塞の中を進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわ、ここが合流ポイントよ。敵との接触もなし。あっという間だったわね」

 

「俺からしたらやっとだけどな?」

 

 そして胸の内に悶々とした名状しがたき何かを抱えながら、スコット前哨基地の内部に身を潜め指定のポイントへ歩みを進めることしばらく。

 11号にとってはあっという間に。

 俺にとってはやっとだと言わんばかりに。

 

 監視カメラとセンサーの反応がどこにもない、未だにその実体を掴ませない敵にとっての文字通りの死角へと辿り着いた。

 

 

「まったく……私だったらよかったものを。待ち合わせならもっとわかりやすい場所を指定するべきじゃないかね」

 

 

 そして俺達の到着とほぼ同時に、妙齢の女性を思わせる人物の声が朝日に照らされる周囲に響き渡った。

 

 やれやれと言った具合に苦笑いを浮かべながら背中から伸びる特徴的な二本指のアームで眼鏡の位置を調整するのは、どことなく雑に伸ばして纏められた黒い髪に白いメッシュが一房入った、いかにも学者然とした女性。

 

 『ホワイトスター学会』に所属する人間の特徴的な白衣は実験や調査の邪魔になるからか腰で結ばれ、いつでもホロウで活動が出来るように耐侵蝕仕様のボディースーツを身に纏っている。

 

 手に持った端末には今でも情報が下へ下へとスクロールされていて、この会話も膨大な情報量を捌きながらの応対であろうことは言われずとも理解できた。

 

「やぁ。ご無沙汰だね、11号殿」

 

「4412号の一件以来ね、レイ博士」

 

「……」

 

 名をレイ博士。

 どうやら顔見知りらしい11号の背後に回り、ほんの気持ちばかりに息を潜めて気配を殺す。

 別に顔合わせ程度だろうと余人は思うかもしれないが、個人的にはそうはいかない。

 

 何を隠そう、俺がここに来る時にいつも身を潜めている理由の大半であるからに他ならないのだから。

 

 端的に換言するならば、すっげぇ気まずいのだ。

 

「そう言うな。匿名のメッセージが飛んできた時は何事かと思ったが……どうにもややこしいことに巻き込まれているみたいだね」

 

「相変わらず耳が早いわね」

 

「なにぶんこんな仕事をしてるとね」

 

 だが今回ばかりは顔を合わせず一言も言葉を交わさないというわけにもいかない、えも言われぬ事情があるのだ。

 

 そのための対策は既に講じている。

 

「さて、と」

 

 つけ髭をつけ、ここに来るまでの道すがら売店でテキトーに買ったサングラスをゴーグルを外してから着用すれば準備完了。

 

 玄飛、潜伏仕様の完成である。

 

「……何をしているの?」

 

「見ればわかるだろ、変装(スキン)だ」

 

「ここは仮装大会の会場じゃないのよ。ふざけても良いけど時と場合を考えて」

 

「ははは、辛辣だなー」

 

 11号のしらーっとした目が心を通じて目に効いてくるが、ここは俺の精神衛生上の問題を優先させてもらう。

 

 変な退職の仕方をして碌な挨拶も出来なかった人間としては、今回の接触は予定調和だったとは言えそれだけで緊張を取り払うことなど出来やしないのである。

 

「それで……そこのキミは確かクロ――」

 

「ノンノンノンノン。俺の名はノン・ジョブ。ノンと書いてジョブと綴る……決して無職という意味ではない」

 

「…………いや、私の記憶が正しければキミは防衛軍の……名前は確か――」

 

「決してかつて無職だったという暗喩ではない」

 

「新手の自虐かい?」

 

「直接ではないが……そうなるな」

 

「直接ってなんだ」

 

 うるせぇ。これしか思いつかなかったんだ。博士の名を冠するというのであれば、俺のこの過去の知り合いに認識されたくないというアンビバレンツな心を少しでも理解してくれたまえ。

 

「それで、一体どういう理由で11号と玄飛くんがここに?」

 

「細かな詮索は無用だ!」

 

「キミここまで話が通じないやつだったか……?」

 

「ええい、何度言えばわかる! 俺は玄飛でもコーバスでもない!」

 

「言ってないが」

 

 なおも認めない博士を黙殺してそうだろ、11号! と熱い視線を送った。

 

 はぁ、と盛大に溜息を吐かれた。

 

「えぇそうよ。彼の名は『アウト・オブ・ワーカー』。職歴も経歴も見た目も、彼を構成するすべては怪しいけれど、こんなのでも私の戦友よ。博士」

 

「ザ・無職!!!!」

 

「相方がダメージを受けているぞ11号」

 

「連れのデリケートな部分を触れないであげて欲しい。死ぬほど繊細なの」

 

「キミがいの一番に触れてたし今のところ彼が無職という情報しか伝わってこないんだが……まぁキミがそう言うなら良いか」

 

 ここで俺個人に対する印象と信用を口にしない辺りお察しである。泣けてくるぜ。

 

 なお、どっちを明かしたところで同じだというツッコミはなしだ。本格的に号泣しかねない。

 

「まぁ……なんだ……元気そうで何よりだよ」

 

「再会早々にかつてないほどの醜態を晒したんだが」

 

「そんな目で見られてもな……『以前』のキミは真面目すぎるきらいがあったからな。ほら、覚えがあるだろう?」

 

「……」

 

「……博士? 一体なんの話を……」

 

「ちょっとしたマダオの昔話だよ、11号殿」

 

「誰がマダオじゃ」

 

 おい流石にマダオはないだろマダオは。

 

 『まるで駄目なオッサン』、あるいは『男』。略してマダオ。ひでー肩書もあったものである。

 

 というか11号の前でその手の話はやめて欲しい。

 

 

 それはちゃんとした場で、いつか11号に話すと決めているんだ。 

 

 

「目つきからしてまるで違う……その吹っ切れ具合を見るにそれが本来のキミなのだろう?」

 

「彼が……真面目……?」

 

「おい、そろそろキレても良いか11号」

 

 流石にその反応は色々言いたいこといっぱい出てくるわ。

 

 いや、まぁ今の色々不安であろう11号に余計な情報を与えずに済んだから良いけど。あ、でも出来ればこの場でマダオ認定は否定して貰えればまだ挽回は――。

 

 

「よし――互いに時間もないだろう。本題に入ろうか」

 

 

 ――とはならなかった。現実とは非情である。

 

 

「キミらの事情は把握している。早速で悪いが、良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」

 

「良い方で」

 

「悪い方で」

 

「…………」

 

「…………」

 

 つい言葉を失う俺と11号の間に妙な空気が流れる。

 だが言葉がないながら交わる視線は無言を許さず、間髪いれずに『お先にどうぞ』と彼女の赤い目が無表情ながら訴えかけている。

 

 いや、先にそちらが。

 

 いえ、そっちが先に。

 

 そんなやり取りをして数秒。

 

 ……博士が微妙な顔になり始めたので、満を持して彼女と同時に前へ振り向いた。

 

「悪い方で」

 

「良い方で」

 

「わかった。私から話そう。仲が良さそうで何よりだ」

 

「面目が丸潰れよ。あとで叩き斬るわ、『ネオコーラス・ブラックジャック』」

 

「今は取りあえずそれで良いんで処刑確定コースだけは勘弁していただけませんかねぇ……」

 

「ほんとに仲が良いなキミ達」

 

 やっかましい。

 そして11号、キミのクールキャラの面子は博士の様子を見るにとうになくなってると思うぞ。

 言ったら本気で叩き斬られそうだから言わないけど。

 

「まずは良い知らせだ。11号殿が潜伏する以前に調査の依頼を受けていたんだが……『零号ホロウ』において例の人物の目撃証言があった」

 

 レイ博士の背中に取り付けられたサブアームが眼鏡の位置を正しながら、端末に書き込まれているであろう内容を彼女は読み上げていく。

 

 その言葉が示すところは、不明瞭だった今後の指針がより明確になり事態の進展を見出せるという事実の証左であった。

 

「……博士、写真とかはあるのか? 確認できるところなら俺もしておきたい。俺のボンプにも道中解析させておきたい」

 

「解像度は保証できないがね」

 

「あとはCGとかで補正するよ」

 

「……成程、調査能力は健在のようだね」

 

 些か性格に難があると言わざるを得ないが、うちの姉妹が持つ処理能力と演算能力は凄まじい。

 データの切れ端でも入手できればそこを起点に画像データを復元することは可能だろう。

 正確さはともかくとして、それらの内容の修正は11号がしてくれるだろうから。

 

 すぐさまエアリスからニョロニョロと伸びる端子を博士の端末と繋ぎ、一時的に周囲の警戒に当てていたリソースを内部のデータ解析に回すようにする。

 

 そして端末を持つ博士を挟んで11号と共にその端末を覗き込み、そこから得られた情報は――。

 

 

「――大当たりだ」

 

 

 それを見た、その瞬間。

 

 

 見覚えのある短い銀髪に、華奢な後ろ姿。

 

 

 エアリスが修正した画像は、寸分の違いなく解像度の低い画像データを精巧に補正して見せた。 

 

 

「……『エンシェント・ブラックパーチャー』?」

 

「だからコーバスだって……この写真の子、少し前に俺の店に来たよ」

 

「…………なん、ですって?」

 

「……その反応から察するに、いよいよ本格的にきな臭くなって来たみたいだね?」

 

 俺の呟いた言葉に対する反応は様々だ。

 博士はある意味当然の反応として、第三者の俺が当該人物との関わりを示していることに強い疑問を。

 

 

 そして11号は――それこそ信じられないと言わんばかりに愕然とした様相で俺を凝視していた。

 

 

「……待ちなさい、『クリムゾンアイズ・ハーミット』の言っていた彼が連日女性を連れ込んでいるという情報は、もしや……」

 

「11号、その内容をこのタイミングで開示となると状況とか意味合いが色々最悪なんですけど」

 

「玄飛くん、キミの現状は……キミの姉やとあるプロキシくんからそれとなく聞いている。しかし私が言うのもアレだが、ハメを外すにしても限度というものをだな」

 

「ほらみろ、変な空気になっただろうが……!」

 

 どういう軌道を描いたら軍の不祥事から俺の不祥事に話がシフト出来るんだ。百戦錬磨のバラエティのMCでもうちょい上手く舵取りするわ。

 

 というかそこまでモテてるんだったらこの間のデートだってもうちょいうまくやってるっての。

 

「それよりもだ、それよりもだ博士。この目撃情報……いかにも事態の進展に大いに役立ちそうだけど、ここからどうやって悪い知らせに繋がるんだ?」

 

「……話はまだ終わっていないが、まぁ良いか。それはまた今度で」

 

「いや話すのかよ」

 

 博士はごほんと咳払いを一つ。

 ご丁寧に端末のメモ帳になにやら書き込んでから話を再開した。

 ……なんとなしに覗き込んだソレに記載された『不純異性交遊』という文字を全力で見なかったことにした。

 

「11号にまつわる話だが……実は動いているのは君たちだけではないんだ」

 

「……ってことは」

 

「他にもこの事態の変動を察知している者がいる、ということになるわね」

 

「そこで悪い知らせだ――その情報提供者のうち3名が、零号ホロウに入ったきり連絡が途絶えている」

 

 ……なるほど、話が見えて来た。

 レイ博士が俺達にリスクを冒してまで接触を図ったことの意味をここで明確に理解させられた。

 ここは『スコット前哨基地』。『零号ホロウ』に関する事柄には柔軟に対応し、あらゆる組織や階級の垣根を超えてホロウ災害に関する対処に徹することを求められる。

 

 

 そしてその中には――要人の救出や探索が求められることがままあるのだ。

 

 

「そこで――11号殿、玄飛くん。キミ達にはその情報提供者の救出を依頼したい」

 

 

 俺達が『零号ホロウ』に足を踏み入れる理由と、博士が俺達の誘いに無茶をしてでも乗ってきた理由。

 えも言われぬ理由があるとは思っていたが、どうやらこういうことだったらしい。 

 

「どうする11号? 俺は受けても良いと思う」

 

「この膠着した状況を崩し、事態が進展するというのならそれも構わないわ」

 

「ならこれが必要だろう? 持っていくと良い」

 

 俺とのやり取りを見て、レイ博士はわかってたと言わんばかりに手際よく端末を操作し、その端末と接続したままであったエアリスとサラにそれを吸い出させる。

 

 ゴーグルに表示されたのは、『零号ホロウ』内におけるとある座標であった。

 

「今回は『クリムゾンアイズ・ハーミット』はこの場にはいない。戦闘と共にあなたにプロキシ擬きの役割を押し付けることになるけれど……頼めるかしら」

 

「任せろ。あそこまで正確にとはいかないけど、リンちゃん達からこの手の技術は一通り学ばせて貰ってるから。前衛はキミに任せるよ」

 

「……その様子だと、依頼の引き受けに関しては問うまでもなさそうだね」

 

 ホロウ内でのやり取りをざっくりと決めて11号と共有すれば、どこか安心したようにレイ博士は俺達のやり取りを見つめている。

 

 学者肌で人には無関心にすら見えることもある博士だが、やはりというか人格者だ。自分の手で送り出した調査員の動向自体は気にしてくれていたのであろうことが伺える。

 

 

「11号、そしてコーバスくん」

 

 

 だから――改めて堅い声音でそう告げた博士の言葉に、俺と11号は打ち合わせを進める会話を中止し、耳を傾けざるを得なかった。

 

 

「くれぐれも無茶をしないでくれ――キミらの身柄を欲している連中がいる」

 

「……『11号』、了解」

 

「『コーバス』、りょーかい」

 

 

 

 博士からの忠告を最後に耳を傾け、『零号ホロウ』の入り口を指し示す座標を目掛けて歩みを進めていく。

 

 キミ『ら』と。

 

 まるで敵の標的に俺も含まれているかのような言い方をしたことを、肝に銘じて。

 

 

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