脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
『旧都陥落』と人々より名付けられた、人類を取り巻く全てが変わった日。
多くの犠牲を払ったのはなにも民間人だけではない。
『ホロウ』による災害は場当たり的。
エーテルという物質を媒介に次元に裂け目を作る形で入り口を作り、あらゆるものを取り込み、吸い込んでいく。
それらの発生を観測する法則性は未だその詳細を明らかにしていない。
ましてやその穴の中が、時間制限付きなうえ怪物が蔓延る巣窟となればなおさら、民間人ではどうしようもない。
だから、多くの戦えるものが必要だった。
そこへ文字通り最前線に赴き、矢面に立たされたのが当時の防衛軍であり――『旧都陥落』を経てその体制を一心させたのが、現在の『新エリー都防衛軍』。
そこでしたことは今でも思い出すことを
『旧都陥落』を経験していない俺に何が出来るのかを考えた末に行ったことは――何もかもが間違っていた。
だが同時にその場所は紛れもない、軍人として生きた俺の古巣の名前だった。
「や、チョップ大将」
「……どうしたクロ坊。全身ずぶ濡れじゃないか」
場所は変わって六分街。
傘を畳み、暖簾をくぐった先で俺を出迎えたのは豊かなスープの香りと、白い着物を纏った鼻の短い天狗顔の男。
竹のフレームを持ったロボットアームで調理を行うという大変イカしたなりをしている、個人的にこの街の顔的存在だ。
種族は不明。
出生も不明。
家族はいるようだが、詳細は語りたがらない。
ただ事実なのは、ここで作られるラーメンは大変美味であるということである。
「ご覧のとおり、姉ちゃんに会って来たんだ。そこから窃盗犯の犬っコロとランデブってダンスったらこのザマだ」
「薬でもキメて来たのかお前さんは……ほら、せめて頭を拭いとけ。すぐに用意してやる。いつものでいいだろ?」
そんなイカしたロボアームが、俺の顔を目掛けて暖かなおしぼりを被せるように投げてくる。
頭を拭けと言ったのに顔目掛けて投げるとはこれ如何に。
そんな酷い顔をしてたのだろうか、俺は。
「で、今回の辛さは」
「『デタラメ』で」
「……ほらよクロ坊」
「はや」
相変わらずカップ麺もかくやとばかりの早さである。
やはり腕か、腕の数が物を言うのか。
確かにチョップ大将のラーメンの腕がもう一本あればそりゃ作業効率と調理の質も段違いなんだろうが。にしたって早過ぎやしないかと思わないでもないが。
だが、眼前に
「毎回作っておいてなんだが……お前さん、本当にソレ食っててなんもないのか」
「好きなんだ。舌で身近な生と死を感じ取ることが出来るこの感覚が」
「思った以上に倒錯的な理由だった」
「無職だった一年より舌を犯す辛味を感じる刹那の方が価値がある」
「ラーメンを何だと思ってるんだ」
で、件のラーメンだが――それはラーメンと言うにはあまりにも赤すぎた。
赤く。
朱く。
紅く。
そして、香辛料が効きすぎだった。
それはまさに、麺料理の形をした火の玉だった。
「んー……中華系の香辛料で研ぎ澄ましたスープに具材もそれらを邪魔せずに楽しめる王道的なもやしとチャーシューに煮卵。そして追い打ちとばかりに糸唐辛子を投じることで更に繊細な辛さを引き立たせたこの構成、相変わらず――目に効く」
「嗅げよ」
「こんな辛味を鼻腔で受け止めたらそれこそ鼻がバカになるって」
「目に入れて感じてる時点で同じだろ」
「目に入れても痛くない、加えてそれが大将が作ったものならそれは息子も同然ってことだ――親父ぃ」
「取り上げんぞ」
いただきます。
「仕事あがりか」
「うん。壊れたボンプを治す依頼を受けてルミナスクエアに。直帰して良いって連絡は貰ってるよ。無許可の寄り道ダメ絶対」
麺を
この街ではそう珍しくもない、あらゆる機械の知識を備え持つ背景不明の職人の工房で今の俺は働いている。
とはいえ、そんな背景に反してその業務内容は潔白そのものだ。
電化製品のみならず、車の魔改造からコレ何に使うんだとばかりの機械も直すなど、この新エリー都においても有数の機械関係の知識に精通している。
中でもずば抜けているのは『ボンプ』と呼ばれる多機能ロボットに対する知識と技術だろう。
兎をデフォルメしたような二本の耳に二頭身、まん丸の目玉を映す液晶と何とも愛くるしい見た目をしているが、その役割は多岐に渡る。
家事代行、手作業、災害救助のみならず戦闘までこなす万能ロボだ。
加えて、人間と変わらない機微を備えているという優れもの。
それらの業務を中心にジャンクパーツを取り扱ったり、あるいは取り寄せたり。修繕や出張依頼などを受けて働いている。
これが、結構な稼ぎになるのだ。
「直帰もなにも職場の真上だろうお前の住処」
「働き者の大将にはわからないよ。無職になって優秀な姉の
「凄くしょうもない」
「少しでも『忙しそう』って思われたいんだ……!」
「気は確かか」
少なくとも一言で切り捨てられたら異議を申し立てるくらいには。
「安心してくれ大将。俺は治安局班長の弟だぞ。誇り高い治安官の、ましてやたった一人の姉の顔に泥を塗る真似はしない」
「あぁ、あの姉ちゃんに面汚しとか言われたからいつにも増して妙なテンションなのか?」
「棘あるなぁ」
人には言ってはならないことがあると思うんだ。
それが例え元穀潰しが相手であったとしても。
だからアレだ、そんな面倒くさいものを見るような目で見つめないで欲しい。
「そんな酷いこと言わなくてもいいじゃないか……」
「だぁー! 悪かった悪かった。なんで図太い言動する癖してナイーブなとこあるんだお前は」
「俺にだって人の心くらいあるんですよ?」
「いや、お前さんみたいなやつがいるから治安官が必要なんだろうよ」
「ごめんなさい、俺どこかで大将の地雷でも踏んだのかな?」
先程から普通に傷つくことを言ってくる。
けらけら笑ってるけど、実は内心滅茶苦茶キレ散らかしているのではなかろうか。
なまじ顔が真っ赤なばっかりに顔色で怒ってるのか平常運転なのかちっとも伝わらない。
アレか、ラーメンか。ラーメンの所為なのか。
「だいたい、仕事なんてお前ならいくらでも選択肢はあるだろクロ坊。言動はともかく、頭も悪くないわけだしな」
……それは、そうなのだが。
「だって……もう利権だのなんだのってのはもう懲り懲りなんだ」
「……」
「誰が邪魔だの、金にならないだの、そんなのに振り回されてると何の為に、誰の為に頑張ってるのかわからなくなってくる」
「……クロ坊」
「だったらせめて、人の為になるような仕事がしたかった」
箸が止まる。
大将の肌色みたいに赤く絢爛な内装が、どことなく彩りを損なう。
雨は依然として止むことはない。
こういう時はなんとなく『前職』のことを思い出してしまう。
そういう時は決まって、この思考回路と記憶すら焼き付くようなアルコールが欲しくなる。
もしくは、悩みと迷いで爛れそうな口と内臓を焼くようなラーメンが更に欲しくなって――。
「失礼、まだ空いているかしら」
静寂を破る存在感を放つ力強くも女性らしい声に、妙に後ろを向いていた思考が中断された。
視界に色が戻る。
暖かなラーメン屋の情景が、再び赤で彩られ
囚われた頭は『前職』に割り振っていた
「おう、いらっしゃい。この辺りじゃ見ない顔だな?」
声の主は――『兵士』だった。
彼女について何か知っていたわけじゃない。
どこか童顔めいていながらも丹念に研ぎ澄まされた刃のような印象を与える端正な顔立ち。
銀色の髪に、軍より支給されるゴーグル越しでもなお赤い瞳。
むしろ忘れろというのが難しいくらいには、その女性は鮮烈だった。
「ええ、この街には評判の美味しいラーメン屋があると聞いたの」
「そりゃお目が高い」
では、そんな女をどうして『兵士』と断じたのか。
無論、この住宅街にはおおよそ似つかわしくない、民間じゃまず目にすることのない『装備』だ。
防衛軍特有の色合いである黒地に橙系統の差し色が施された制服。
そして何より、背中に背負ったエネルギータンクに携えた軍用の大ナタの存在だ。
鉈を思わせる直線に伸びた片刃の刀身を備えたそれは通常の仕様、通常の重量じゃない。
明らかに特務仕様の装備。
そしてそれを苦もなく背筋を伸ばしたまま食事にありつこうとする様は冷静を常とする兵士に相応しい。
これらの印象は彼女の様相も相まって、陽炎の中で揺らめく『焔』のような印象を与えた。
「何か用かしら」
声の主の矢印が此方に向く。
ともすれば無愛想な、あるいは冷徹な印象を与える声音にはどこにも暗い響きは見られない。
表も裏もない、真摯に疑問を問いかける純粋さがそこにはあった。
「いや、チョップ大将と同じだよ。この辺りじゃ見かけない顔だなって。はいコレ、お品書き」
「……ありがとう」
内心自省する。
どうにも一人で生活してると他人へ向ける視線が不躾になっていけない。
いらんことを言ったり、些細なことが気になったり、赤の他人の癖に何様だって感じだ。
お詫びとしてカウンターに立ててある品書きを渡せば、兵士の女性はようやくカウンター席に座り込んだ。
「色々あるのね」
「大将は器のデカい男だ。多様なニーズに対応できるよう色々揃えてるんだ……時にキミ」
「?」
「『赤』は好きかな――」
「お前は黙ってろ……!」
ガチョンガチョンと竹製の関節が唸りを上げながら駆動し俺の口を塞ぎにかかった。
布教が出来なくて内心残念に思いながらも、真剣な表情でメニュー表を見つめる女性を麺を啜りながら眺める。
「……」
それを見て……無性に味変がしたくなった。
大将のラーメンに不満があるわけではない。
しかし辛味とは一度の食事において何度も口に入れていくうちに慣れてしまうもので、生憎と俺の舌と胃袋はそれでは満たされない。
そこで手前の――特製の辛味調味料、山椒、唐辛子、その他辛味各種が目に入った。
「ほい」
その中から特製の辛味調味料が入った容器をそのままどばっと一缶。
不躾だとは思う。
マナーが悪いと言われればそれまで。
だが、チョップ大将が俺に向けてチューンナップしたこのラーメンは、更なる辛味の追加をすることで完成するよう作られているのを俺は熟知している。
「ほい」
二缶目。
「ほい」
三缶目。
「ほい」
四缶目。
「ほい」
五缶目。
「ほい」
六缶目――。
「まだまだ――」
「ストップだぁ! これ以上はナシだぞクロ坊ぉ!」
再度ロボットアームが俺の調味料を持つ右腕を鷲掴みにする。
「俺の計算じゃまだ五缶は行ける……!」
「聞いて驚くな! スープの作成にあたって同じものを十一缶使ってる!」
「
「純然たる事実だバカやろう!」
「むしろ足りないくらいだよ!」
「狂ってるなクロ坊!」
「正気ゆえだ大将!」
「平常ならなお問題だわ!」
ぎりぎりと、腕の骨が軋んで関節ごとイカれるんじゃないかとばかりの力で拮抗した。
「そこ!」
「なんの!」
ならば空いた左手を伸ばすが、大将はついにはもう片方のアームすら使って俺の辛味投下を阻止してくるではないか。
この光景を、反対側の席から無言で女性兵士が見つめているが、一体どんな心境で見ているのだろうか。
「何を!」
「いい加減にしろクロ坊! 平時ならまだしもそんな末期患者みたいな顔色で辛味を摂取することは俺が許さん! もう此処まで来たら俺のラーメンじゃなくても良いだろと思い始めてるからな! というかもはや辛味がたまたまラーメンの形をしてるだけだこれは!」
「ならば他の全てのラーメン屋、全ての食事処に辛味の叡智を授けてくれ!」
脳裏に調味料の使い過ぎで
セルフサービスとは一体なんだったのか。
「負けを認めろ! 今レシピから計算してみたが、お前の胃袋は強すぎる辛味による引力に引かれて落ちる! お前の頑張り過ぎだ!」
「ふざけるな! たかが胃炎のひとつ、このスープの火力で押し退けてやる!」
「馬鹿なことはやめろ!」
「あなたが思っているほど生き急ぎもしなければ、自分の味覚に絶望もしちゃいない!」
「絶望的なのはお前の味覚だろ!」
なんかロボットアニメのレスバみたいなのが始まってしまった。
ふ、と何やら吹き出している女性兵士が妙に目に入った。
「大将」
「っ、悪いな嬢ちゃん! 俺はコイツを可愛がっているこの街の大人の一人としてこの愚行を止める義務が――」
「同じものを」
「あってだな…………ん?」
「彼と同じものを、私も味わいたいわ」
「「…………今なんて言った?」」
数秒の絶句の後、俺と大将は寸分違わず同じ言葉を口にしていた。
大将は前後の発言から察するにこの辛味を受け入れる人間がもう一人いたことを。
そして俺は現れないと思っていた『同志』の登場に、心が躍るより先に驚愕が胸を支配してた。
「……気をつけて食ってくれよ」
「いただくわ」
そして大将は流石のプロと言うべきか、自らの動揺を捨て置き俺に提供した際と同じ速度、同じ出来栄えのものを彼女に差し出して見せた。
どんぶりを差し出した時の苦い顔は、中々忘れられるもんじゃない。
「言っただろチョップ大将。まだ絶望するには急ぎ過ぎると。あれが人類の心の光だ」
「いっそ禍々しいほど真っ赤だろうが黙ってろクロ坊……ってこんなことしてちゃいられねぇ。俺は有事に備えて消防車と救急車を手配して――」
「ごちそうさま」
「「いや早いよ!」」
聞けるはずのない言葉に流石に二人して声が重なる。
まさか、と思いつつどんぶりを見れば、そこには空になったどんぶりがある。
「仕事の関係上、急速な栄養摂取は必須技能なの」
「限度あんだろ……」
「かっけぇ……」
口元をナプキンで拭って代金を置いていく様はまさしくプロのソレ。
大将はその真っ赤な顔色を若干蒼褪め、俺と言えば思いがけずに登場した猛者に喉が震えた。
そして何ひとつ意見も趣向も噛み合わない俺達を、彼女は背中越しに見やった。
「そこのアナタ」
「……呼ばれてるぞ大将」
「いや、お前さんじゃないか」
「そこの職業不定暫定無職のアナタ」
「どうしよう大将、聞かれてた。死にたい」
「もうこの際いっぺん死んどけ」
ガチョン、とデカめのロボアームに親指を決められる。味方なんていなかった。
あと『今』はちゃんと仕事はしてますとも。ええ。
「不快だったのなら謝罪する。けど、機密事項の厳守はあらゆる信用に直結するものよ。名前にしてもそう」
「機密っていうよりは俺の恥部だな」
「自覚あったのかよ」
「自覚なくてこんな無様晒せるか」
「どういう心境なんだお前……」
「でも、葛藤していたわ」
わちゃわちゃとやり取りしてる俺達を他所に、女性兵士は語った。
「時と場合によっては、選ぶことを許されない任務や命令だってあるわ」
声は冷淡そのもの。
いっそ機械のようにそれらには抑揚がない。
そんなだから感情の起伏なんてものは感じ取れず、単なる見た目による邪推でしかなかった推測である『兵士』という肩書に説得力を帯びる。
だが、俺という赤の他人に聞かせるために足を止め、此方に語り掛けてくる様に――なんとなく慈しみの様なものを感じたので、うだうだとよく回る口がこの時だけは閉じる選択をしていた。
「でも――どんな任務であれ、それを全うする為に足掻く人の姿を私は誇りに思う」
「……」
「美味しかったわ、大将さん」
「お、おう」
「機会があれば、是非また来て味わいたいものね」
名乗りはしない。
己を誇示するでもなく女性兵士はこの場から去っていった。
雨は、いつの間にか止んでいた。
「……慰めてくれた、のか?」
「呆れられたんだろ」
「そういうこと言うもんじゃないよ大将……」
何ごとも捉え方である。
悲観的になり過ぎると見えるものも見えなくなるというものだ。
たとえそれが、自分なりの現実の向き合い方だとしても。
少なくとも俺には、おおよそ一方的なまであった今はもういない彼女の言い分は、迷いの無い声音もあいまってか真っ直ぐ胸に届いた。
「大将」
「なんだよ」
「明日も仕事、頑張ってみるよ」
「おう、頑張んな」
その言葉を最後にごっ、ごっ、と極限にまで真っ赤になったスープを飲み干す。
舌を焼き、喉を焦がし、胃を溶かす辛味を全身で感じ取れるこの感覚が、なんとも心地良い。
今度こそチョップ大将には、止められなかった。
「ごちそうさまでした」
「おう、また来い。今度は無様を晒さんようにな」
「それは保障できない」
「お前ってやつは……」
どんぶりをカウンターに上げて、ささっと座席を拭いてカウンターより立ち上がる。
大将の呆れたような言葉とは裏腹に気持ちの良い笑顔で見送られながら、雨の止んだ六分街に足を踏み出す。
そして端末に指を奔らせ、とある番号をタップした。
『ほ~い、もしもーし。ビデオの貸し借りならまた明日――』
「リンちゃん? 俺だけど」
『ありゃ玄飛くん? そっちから電話かけるなんて珍しいね』
「ちょっと頼みがあってな」
「この前言っていた仕事の話をしたいなって――『パエトーン』?」
今の俺の収入源は二つ。
一つはガラクタ弄り。
そしてもう一つは――前職におけるもう一つの『名前』を使った荒事であった。
『――りょーかい。私から話は通しておくよ、『コーバス』』
それは、愚かにもこの
未だ、戦場を忘れられずにいることの証左だった。
なお、この時のマダオは死にそうな顔色でラーメン屋に来て激辛食ってます。
そして主人公の過去のイメージは以下の通り
・目の前でシーザーが死んだルーシー
・アストラを見つけることなく戦い続けたイヴリン
・軍の走狗になったアンビー
・ライアー小隊の『成れの果て』を見て手に掛けたトリガー
大体こんな感じ。あくまでイメージね。
今はローランドさんとかが幅を利かせてるみたいだけどそれ以前はどうにもきな臭いのが防衛軍。
ロレンツ少将みたいなやつが氷山の一角だとしたらもう始末に追えない。
あとイゾルデ大佐とかイゾルデ大佐とか、あとイゾルデ大佐とか。