脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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30話 ゴミ箱に札束を詰め込む所業。空中都市まで進出してるから不明なゴミ箱おじさん

 

 

「――クソっ! 煙幕とはなんてくだらん真似を!」

 

 立ち上る硝煙と空間を迸る燐光により場の混乱は極まっていた。

 突如判明した侵入者の存在。

 その言動に反して研ぎ澄まされた逃走の手際の良さは兵士として務めている人間からしてみればばただの曲者として処理するにはあまりにも奇抜で、何より鮮やか過ぎる手口だった。 

 

 それがもたらした結果を前に、唯一この状況を把握する兵士は歯噛みする。

 

 あんなふざけた存在にだし抜かれたという事実と、()()()()と言う文字通り鴨が葱を背負って来ているようなまたとない機会に仕損じた現状は如何にもしがたい。

 

 『零号ホロウ』に吹きつける風は硝煙とまき散らされた燐光の残滓をどこかへと運んでいき、徐々に兵士達に視界を取り戻させていく。

 

 そしてその先を見て、してやられたと隊長は歯噛みする。

 

 そこにはとんでもない強運か、ある種の凶運によって確保できた捕虜たちの姿は既におらず、もぬけの殻となった処刑台と気絶する反乱軍兵士の体がその場に転がっているだけだった。

 

「『ブツ』の確保は!」

 

 混乱した場に収拾をつけるという意味合いも込めて隊長格の兵士は号令を飛ばす。

 彼らは腐っても軍の端くれ。

 事前の情報共有による作戦行動の一環で、この部隊に所属している人間であればこの言葉の意味は問わずとも理解していることだろう。

 ……既に諦観じみた、こうしている今だって容赦なく進んでいく現状に嫌な予感を抱きつつ、今回の捕虜と共に回収したいくつかの成果物が無事か確認を行うしかない。たとえ結果がわかりきっていようともだ。

 

 それを指し示すように、少なくないダメージを負いつつも復帰した兵士の声色は、多分に現状に対する苦々しさをこれ以上ないくらい滲ませたものであった。

 

「連中の武器と共に管理しておりましたのでおそらく無事かと! ですが仮に噂通りの実力を連中が持ってるとなれば……!」

 

「逃げた方角の確認は!」

 

「真っすぐ保管庫に向かっています!」

 

「チィ……!」

 

 立て続けに伝えられる現状に隊長は歯噛みする。

 

 捕虜は全員無事逃げられた。

 下手人はくだらないとは称しつつも鮮やかな手口で場に混乱を撒き散らしながら離脱を遂げた。

 更にこの場に居る味方は僅かな人数を除いて軒並み無力化され、敵は目標物に向かっていっそ理想的なほど順調にその段階を踏んでいっている始末。

 

 そんな連中が次に取る行動など決まっており、こちらが証人ごと揉み消しにかかった情報を持ち去って今度こそ逃げおおせることだろう。

 

 だが――隊長格の男の手の中で転がる『錠剤』の存在に、屈辱と無力感によって茹で上がった思考は一瞬にして冷や水を浴びせられた。

 

「……フン、まぁいい。念の為の保険は掛けておいた。投げ出すにはまだこちらのツキはなくなっちゃいない」

 

 硬質な手甲の中で転がされる銀色のパッケージ。

 医療機関のみならず、薬局に通ったことが一度でもあれば見覚えのある銀紙で包まれたいくつもの薬剤の包装紙の中は、依然として錠剤の気配を残して文字通り彼の手中にある。

 

 その持ち主はこの件に関わってきた『H.A.N.D』に所属する執行官――浅羽悠真のものだ。

 

 冗談交じりに告げて来た彼の『持病』という言葉は決して嘘などではない。

 

 捕虜としてここに捕らえられてから少なくない時間が経過している。

 

 本人は平然としていたが―― 連行される時の抵抗の無さは本物であったと彼は認識していた。

 

「さて……連中はこの『零号ホロウ』で既に手遅れ寸前の人間を引き連れた状態で連中はどこまで逃げられるのか」

 

「……追いますか? 連中は手練れでしょうが、こちらには数の利があります。今からでも残った戦力を集めて追跡部隊を編成すればまだ――」

 

「――いや、撤退だ。負傷者に手を貸して警報を鳴らせ。コード『レッド』だ」

 

「……ということはつまり」

 

「ここは放棄する。持ちきれない物資は破棄して構わん。残存戦力にもそう伝達しろ」

 

「はっ!」

 

 現状ではどう転がろうとも反乱軍の優位が完全に失われたわけじゃない。

 

 だが同時に、このどちらにも転んでいない膠着状態を覆すのは我々でなくても良いと男は考えている。

 これ以上の犠牲に意味はない。

 負傷者は居れど()()()()()()()()()というのも男にとっては不可解で、同時に不気味ですらあった。

 

 なにせ状況は確かに奇怪ではあったが――間違いなく一人の男の掌の上で行われたことに違いはないのだから。

 

「コーバス――敵はおろか味方すら恐れた男と聞いていたが」

 

 真意はわからない。

 であれば、追跡は他の人間に任せるまで。

 形や順序はどうであれ、『銀の兵士』と『鴉』の身柄は反乱軍(こちら)で確実に捕えられればいいのだから。

 彼は柔軟にそんな考えが出来る程度の判断力を持つ男だった。

 

「隊長?」

 

「何でもない。それより連中を先回りしてから囲み、逃げ場が無くなったところを数で押せ。ルート上に居る別働隊を動かし、装備を整えて制圧するんだ――『シルバー』と『鴉』を残して後は殺して構わんとも伝えておけ」

 

 そう冷酷に指示を下す男。

 

 そんな時だ。

 

「か、監視班より連絡!」

 

 

 切羽詰まった声が撤収の喧噪を貫いて隊長の耳に届いた。

 

 

「――ホロウ内をバンが一台、突破したとのこと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「11号、次どっちだ!」

 

「左よ! 突き当りの扉を下ってしばらく直進!」

 

 拠点の異常事態を知らせる警報(サイレン)がけたたましく鳴り響く。

 蹴破った扉が重々しく地面へ転がり、それを容赦なく踏みつけにしていく。こちらとしては必死で足を回すことに手一杯で、それらをいちいち気にしてる余裕もない。

 

 けれどもこうして走ってるだけじゃ埒が明かないだろう。

 

 着の身着のままとまでは言わないが、引き連れているのは『零号ホロウ』じゃ裸も同然な武装なんて一つもありゃしない捕虜の三人組。

 一応事前に解析させた撤退ルートを順当に辿ってはいるがこのまま無言で走るというも、それはそれで言葉に出来ない不安が残る。

 

 よって、後方でこの行軍の後詰めに回っている11号の元に駆け寄り、周囲の情報共有もかねて彼女に問いかけた。

 

「進捗報告!」

 

「エーテル式電光爆弾の効果は十分に出ていた。それでもあの数ではすぐに態勢を立て直される。足が確保できるまでに追いつかれないことがこの行軍の要よ、『ミレニアム・ファルコン』」

 

「だからコーバスだって! 無論、撤退一択だけど……いや、マジでどうしてこうなった!?」

 

「すいません先輩! 俺も必死に抵抗したんですけどあんな状況になっちゃ流石に成す術もなくて……情けない話です」

 

「……いや、大丈夫! こういう時は全部ニコの所為にしておけば良い! そういうわけだからニコ、お前から逝け! 突撃シュガーボム!」

 

「ぶっ飛ばすわよクソニート! 私はアンタより一秒でも長く生きてやるんだから! アンタが逝きなさい!」

 

「うーんこの緊張感の無さ、懐かしさすら感じるね」

 

 口火を切るとはこのことか、待ちわびたように出るわ出るわ爆竹じみた言葉の応酬。

 

 取り巻く状況が導火線に火がついた爆弾みたいな感じなのに我ながら呑気なものだと思う。

 

 呑気でなければやってられないって意味も多分に含まれているのが何とも悲しいところだ。

 

「とにかく脱出するぞ! 特に捕虜(バカ)ども三名! 確か全員ホロウ内での活動限界、違ったろ! 抑制剤も人数分はないし、『いざ』ってなったらマジで洒落にならないからな!」

 

「待ってくれないかなクロ、トンズラこくのは僕も大賛成なんだけど、やることがある」

 

「ここを切り抜けられる妙案があるならなんでも良いぞ!」

 

 この一行の中で徐々に息があがりつつあるマサの言葉に耳を傾ける。

 加えて心なしかマサの足取りもどこか覚束ないし、唇の色なんかギリ生きてる人間っぽい血色を保っちゃいるが皮膚とほぼ同じに見えている。血が通り切ってないと言っていい。

 

 そんなこの場で誰よりも助けが必要そうな友が顔色に反して真剣そのものな声色で語りかけてくる言葉に、走りながら耳を傾けた。

 

「これ言うと多分キミは混乱するというかマジでぶん殴られる可能性も考慮して言うんだけど」

 

「凄い不穏な前振りやめてくれない?」

 

「やめないんだなぁ、これが――実のところね、あのエレガントなボンプを回収したい」

 

「――はぁ!?」

 

 目をかっぴらくなんてもんじゃない。

 顔の穴という穴から驚愕で砕けんばかりの衝撃が溢れ出るかのような錯覚を覚え、俺としたことがつい足がつんのめってすっ転びそうになる。

 

 が、そんな俺の手を取ってすぐさま立ち上がらせてくれたのは11号だった。

 

「前を向いて走りなさい、『クロムカ・チャッカファイヤー』」

 

「だからコーバスだって! それはそれとしてごめん!」

 

「息ピッタリじゃん。キミも隅に置けないよねぇ」

 

「言ってる場合か!」

 

 俺と11号に関するアレソレに関しては後でゆっくりコイツと話すとして、言ってる場合かって台詞はいたって大真面目だ。

 ホントこの期に及んで何を言い出すのかと思えば、あんまりにもあんまりなことを口にするもんだから衝撃のあまり未だ眩暈を覚えている。どうにも反乱軍は新手の拷問を施したらしい。

 

「そ、それは俺も同意見です! アレを取り返さなきゃここまでした意味がない! あんな下品な芸術品を更に下品にするような壊滅的なセンスしかない浅羽先輩に振り回された意味もなくなります!」

 

「とは言ってもだなセス坊……!」

 

「キミらも大概イイ性格してるよね」

 

「「お前/先輩には負けるわっ!」」

 

「あふぅ――ゴホッ、ゴホッ」

 

 咳き込むマサを見て、気づかれない程度にスピードを落とす。

 

 何やら傷心中のマサだが、身体はともかく精神(こころ)はまだ元気そうなので放置することにした。

 とにかく、集団催眠か新たな拷問かはさておき、セス坊の心の傷はどうにも根深いらしいので、ここは無難にフォローする形で言葉を選ぶことにする。

 

「た、確かにアレには無性に尻をぶっ叩きたくなるような謎の引力が存在してるが――」

 

「あーもう! 全っ然話が進まないじゃない! そういうんじゃないから黙って最後まで聞きなさいよニート! アレは()()()()()()()()()()()()()のよ! あのお狐様の部下と治安局の構成員がノコノコとあんな連中に捕まると思う!? 私たちの反応で理解しないさいよ!」

 

 ……人を余裕で、隠せる?

 

 いや、俺からしたら蓋を開けたら馬鹿が出てきたとかそういうトンチキな一種の呪物という認識でしかないのだけれど。

 

 だが三名のマジも大マジの表情を見てその馬鹿げた考えを改めようと思い直す。

 

 ……待て、隠す? 

 

 隠すって……おいおいまさか――。

 

「11号、それってまさか――」

 

「――『アレ』の中に集めた情報が入ってる、と?」

 

 全てに合点がいった。

 

 なんでどいつもこいつもうっかり捕まるほどあんなゲテモノに執着していたのか。

 

 同時にバカじゃねーのこいつらって思ったけど。

 

「あったり前でしょ! 誰があんなペンキ臭いぬいぐるみを被って潜入なんてすると思うわけ!? バカじゃないんだから!」

 

「いや少なくともお前はバカだろ! なんでんなもんオークションにかけてんだ! 頭おかしーんじゃねーの!?」

 

「偽装工作の一環に決まってんでしょーが! それに感づかれたから私もそこの公務員たちもこんな目にあってるってことくらい軍人なら理解しなさいよ!」

 

「それでコロッと処刑寸前にまで持ってかれたやつらに言われたくないわ!」

 

 こっちは肝が冷えたなんて生易しいレベルじゃない。

 あれも策のうちの一つだって言うならもう少し保険をかけておいて欲しいものだ。

 それこそ援軍を派遣する手筈をしておくとか、時間を指定してその時点で報告が無いか、あるいは帰還しない状態でのバックアップ体制なんかを事前に整えておけば良いものを。

 

 どいつもこいつも漏れなく()()()()()()()()()()()()()のは一体どういう了見なのだろうか。

 

「落ち着きなさい、なんにせよ情報源の確保が優先なのは間違いないわ。取捨選択はその後でも遅くないわ」

 

「だからってミッションの難易度が高すぎるぞ……! いいな11号、人命優先だからな! 当然キミもな!」

 

「……あなたにそう言われたのなら、私を囮にした逃走手段は使えそうにないわね」

 

「後でその辺りのことは話があるから覚えておけよな……それでセス坊、あの人形はどっちに行けば良い!」

 

「こっちです!」

 

 事態は一刻とピンチに向かっている。

 洒落にならない話、一瞬の判断の迷いがここにいる人命に関わるのだ。

 特にマサ容体、次点にマサ容体、その更に次点にマサの容体だ。

 だからこそ即断即決、先制こそ現状においては最善。

 

「先輩、前方に扉です!」

 

「厚さと材質は!」

 

「確か軍用エーテル合金の30cm! 何度か破ろうとしましたが衝撃には相当強いです!」

 

「よし、11号! この先に敵影複数!」

 

「私が斬り飛ばす!」

 

 隊列の後方に控えていた俺と11号は加速し、彼女は大鉈より炎を奔らせる。

 

 前方には朽ちかけながら後で補修した後のある扉。

 

 ご丁寧に曇りガラスまで貼って向こう側を見えないようにしてある堅く閉ざされていた扉を11号が叩き斬り、俺がその勢いで蹴りでぶち破った。

 

「熱、あっついんだけどクロ!?」

 

「相変わらず雑ね!」

 

「俺だってもっと慎重にやる予定だったんだよ! あと雑さで言えばお前もそう変わらんからなニコ!」

 

 後ろで文句を言ってくるピンクを黙らせながら腰に携えたククリ刀を引き抜く。

 11号が煙幕代わりに巻き上げた炎は、吹き飛ばした扉から続く通り道を通じてその部屋に配置された人間に対する陽動と奇襲として十分過ぎる機能を果たしていた。

 

 咳き込む人間の気配は複数、配置からして恐らく監視。

 奪われた視界を補うために瞬時にゴーグルを起動し、エアリスの発する電磁波を介して周囲の物体、地形、生命反応も含めて視覚情報としてゴーグルに反映する。

 

 そして兵士達が取り囲むようにしているのは弓、盾、スーツケースと言ったこれと言って関連性のないものばかり。

 

 そしてその中心には青と黒のグラデーションで彩られた巨大なボンプの像――件のエレガントなボンプが文字通り尻丸出しでそびえ立っていた。

 

「なっ、捕虜が!? 貴様らどうやってここに――」

 

「全員散れ! 11号は左!」

 

「了解!」

 

 敢えて視認させてから11号と共に制圧行動に出る。

 狙うは敵の認識に対する処理落ち。

 捕まえた筈の捕虜がここにいることと、重要参考人らしい俺と11号の存在。そして重要物とされるエレガントなボンプの目前で行われる明確な敵襲。

 

 この密度の濃い情報を浴びせられて処理できる人間は、少なくともここの反乱軍兵士の練度を見れば誰一人としていない。

 

 疾走する炎と雷。

 地面を切り抉り炎を刃より吹き出しながら挟み込むように迂回する11号の存在は良い目くらましだ。

 

 俺もそれに倣うように右へ迂回し、逆手に構えたククリ刀から11号より意図的に遅らせて周囲へ燐光をまき散らす。

 

「な、なんだこいつら――!?」

 

「待て、こいつら先程連絡があった『コーバス』とか言う兵士が率いる部隊で――」

 

「殺すなよ!」

 

「わかってる!」

 

 喚き散らす反乱軍兵士の言葉を無視して11号に言葉を投げかける。

 それとほぼ同時に方向転換。

 それらの動きを捉えられている様子も敵にはなく、その腰に携えたナイフは飾りかと言わんばかりに剣を構える俺達の間合いに対して銃口を突き付けている。

 

 攻めあぐねる兵士たちの動揺を見逃すわけもなく――11号と同時に刃を振り抜いた。

 

『ぎゃあ――!!?』

 

 交錯し視界を白く染め上げる熱を孕んだ閃光が廃墟をひと際強く照らす。

 感電と燃焼。

 直接斬りつけるのではなく、その装甲と空気に斬りこむ。

 

 心なしかいつぞやの『テューポーン』の戦闘から更に練度が上がった剣捌きと連携を披露してみせた11号に俺が密かに驚いていると、どこか満足げにこちらを見やる11号とゴーグル越しに目が合う。

 

 上出来、と言われている気がしたソレは……こんな状況だというのに悪い気はしなかった。

 

「ふぅーん……ちょーっと気になるところはあるけれど、腕は鈍ってないみたいだねぇ、クロ」

 

「……お陰様でな」

 

 飄々と告げてくるマサの言葉にげんなりしつつ応じる。例の件にそんな感じで触れられるのはデリカシーがないのか、ある意味で俺を気遣ってるのかは見当がつかない。

 

 だがこの危機に立ち会えたと言う意味で考えれば、俺が雅さんに斬られる前に矢で射抜いたコイツのお陰と言えるだろう。

 

 ……あとはまぁ、どっかの炎を使う優しい軍人の鑑みたいな女性とか?

 

「って俺のことなんかどうでも良いんだ。とにもかくにも、この先何があるかわからないんだから早く武装の点検も済ませておいてくれよ」

 

「アンタに勝手に纏められると癪に障るわね……」

 

「俺だってあんなお前らがあんなヘマしてなかったらこんなことしてないって……」

 

「それを言うならあなたも装備を戻しておきなさい。その装備では本領を発揮できないでしょう」

 

「……それもそう、だな。うん」

 

 11号が潜入にあたって俺から預かってくれていたマントを手渡してくる。

 

 ……この場を脱出した勢いのあまりそのことをすっかり忘れていた。

 いやそりゃ吹っ飛ぶだろう。あんな光景を見てしまったら。むしろ本来の目的を忘れなかっただけ褒めて欲しいものである。

 とはいえ別になくたって良いし何なら捨てたって良かったのだが、あるのであればあるに越したことはない。

 

 だから受け取ろうとしたのだが……何やら武器を納めた11号が俺に近づいてくるではないか。

 

 具体的には俺のマントの襟を開いて、まるで俺に覆いかぶさるようにして俺に近づいている。

 

 ニコ、セス坊、マサの三人ががちゃがちゃと装備の点検と装着を進めるさなか、俺からしてみればその光景はなんとも異様に見えた。

 

「……な、何してんの?」

 

「あなたは周囲を警戒していなさい。その間は私が装着させれば問題はない」

 

「それ回答になってなくないか……? え、ちょ、ま――」

 

 それは、ほんの数秒のことだった。

 

 マントを取り付けるだけの、ただそれだけの一幕。

 

 制止するがもう遅い。

 接近する11号の顔は間近。

 彼女の吐きかけた息が肌で感じ取れる至近距離。

 いつぞやの夜とは違い、今度は背中からではなく正面から彼女の表情を受け止めることになる。

 

 その、何度美人だと思ったかわからない、綺麗な顔つきを。

 

 ……ちなみに、俺のマントは正面の立てた襟で固定する構造となっている。

 ちょうど首元を覆う形になるそれを、胸元のボタンでぽちぽちと言った具合だ。

 

 

 結果、どうなるか。

 

 

 11号の接近に成す術なく懐にまで踏み込まれた俺は――俺の背中を目掛けて肩に手を伸ばす11号を受け止める形になるわけだ。

 

 

「あ、あの11号さん? この儀式には一体なんの意味が――」

 

「邪兎屋のニコ、『H.A.N.D』の執行官に最近何かと話題の特務捜査班の期待の新人――知り合いが、多いみたいね」

 

「ま、まぁそれなりに?」

 

「その中には当然異性だっている――そうでしょう」

 

「う、うん?」

 

 わからない。

 わざわざ俺の襟元からぐいっと彼女が俺に顔を近づける理由も。

 なんか心なしかいつもより声にドスを利かせている理由も。

 

 

 なんて答えたら良いかわからない。

 

 

 わからないので――わからないなりに、出来る限り誠実に答えようと思った。

 

 

 わからないことは、曖昧に濁して良い理由にはならない。

 

 

 俺にわからないことでも、きっと11号には大事なことなのだろうから。

 

 

「でもアレだぞ? こんな風に仕事したのは11号くらいだからな? そういう意味じゃ、11号は俺に上手く合わせてくれて助かってるよ」

 

「そう」

 

 

 11号が俺のマントを正し、襟元のボタンで固定する。

 両の手で掴んでいた力はいつの間にやら緩まり、返ってきたのは言葉とも言えない程度の相槌ではあったものの、耳に届く声色は幾分か柔らかく穏やかなものだ。

 

 

「なら、良い」

 

 

 ……何が? って声を大にして聞きたいが、今はそういうわけにはいかない。

 

 

 なんせ、なんか捕虜どもが仲良く目を丸くしながらこっちを見ているのだから。

 

 

「オホン……あのーそろそろ良いかな? 僕が言うのもアレだけど、時間がないんだよ」

 

「先輩……軍を辞めたって聞いた時はどうしてって思いましたけどその様子だとやっぱり……」

 

「何を見せられているのよ私たちは……」

 

「ご、ごめん! それよりもブツの回収が先だったな! マジでごめん!」

 

「私は監視に入る。情報の回収と取り扱いはあなたに任せるわ、『ロマンスナイト・サンライズ』」

 

「だからコーバスだって……」

 

 装備を整えた三名の元へ駆け寄り、そして例のエレガントなボンプ像を改めて見据える。

 間違いない。

 この星空みたいな色から浮き出る謎のクオリティを保ちつつ謎の存在感を放つプリケツ。

 意味ありげに背中を見せつけ、パンツらしきオブジェを像の手に持たせて突き出させる態勢は、『とある』ものを添えれば下劣極まるオブジェとして成立するわけだが……流石にそれは置いていないらしい。

 

 だがこうしてみると、こんな像に女装させようとしたマサの頭を本気で心配したくなってくるのは真っ当な人間として当然の反応と言えよう。

 

「これがこのおかしな騒ぎの元凶か……発案がニコって時点でこうなるのもなんかわかる気がするけど」

 

「どーいう意味よこのタコ!」

 

 何って言葉以上の含みは持たない。

 

 ただ現実は小説よりも奇なりということをこんなところで証明されただけのことだ。そんな証明されてほしくなかったけど。

 

「それでセス坊。これのどこに俺達の求めている情報が? まさかケツの中ってわけじゃないだろ」

 

「違いますよ……! その、恥ずかしい話、俺はコレがオークションにかけられていた際に見た商品紹介が最近都市で蔓延ってる事案と共通する話題があったから現場に駆け付けたっていうのがきっかけで……細かい内容とかはなにも」

 

「商品説明って?」

 

「オークションにかけた際の本当の中身に気付けるように施した仕掛けよ。そしてアレは街の所有物……当然オークションにかければ治安局の目に留まるか行政のどこかの目に留まる。()()()()()()()()()()()……アンタなら後は言わなくてもわかるんじゃない?」

 

「どんな形であれ関係者が情報を獲得できるように仕掛けて置いたってことか。なるほどな」

 

 セス坊の説明とニコの解説で、色々と見えて来たような気がする。

 実態は恐らく発案者であるニコの説明した通りだろう。

 リスクはあるがこれも恐らく反乱軍の目を逸らすための工作の一環だったのだろう。

 

 当然だ。常識的な思考を持つならこんな下劣な像と今回の件を結びつけるなんてのは天文学的数値における確率に等しい。

 

 ここで想定外だったのは反乱軍の情報網と行動力だったのだろう。

 

 それらが悪い結果に作用したことで、こうして芋づる式で関わった人間が捕まってしまった、といったところだろうか。

 

「幸いなのはマサが第一発見者であったことだろうな……おいマサ、ちょっとこの像をバラすから手を貸せ――」

 

 考察を進めるなか、ちょっとあり得ないほど無口なマサに会話への参加を促すようにそう言葉を投げかけるが、それは寸前で停止する。

 

 俺が目にしたのはマサの顔色。

 

 蒼白なんて目じゃない。

 

 今にも死にそうな顔で胸元を抑えるマサの姿を見て、作戦を遂行しようとする俺の考えはこの時点ですべてが消え失せた。

 

 

「――ゴホッ、ゴホッ……!」

 

 

 内臓を全部吐き出すのかとばかりに深く強い咳き込み。

 

 ここに至るまで飄々とした態度を崩すことはなかったマサが、ついに膝から崩れ落ちた。 

 

「せ、先輩!?」

 

「ちょ、ちょっと何よ!? アンタこんなところで洒落にならないことしてるんじゃ――」

 

「待てニコ。これはマジだ。セス坊、肩を貸せ。なるべく楽な体勢で横にするんだ」

 

「は、はい!」

 

「ニコ、悪いが布かシートみたいなの持ってきてくれないか。多分使うことになる」

 

「……わかったわよ。ソイツ、死なせんじゃないわよ」

 

「当たり前だ」

 

 ゆっくり息を出来るようにマサには促して、緊急用に取っておいたエーテル抑制剤の入った注射をマサの首元から注入していく。

 

 本当はコイツの体に合った、専用の薬であれば一番良いのだが、この状態になった以上は四の五の言っていられない。

 

 本格的に時間の勝負となってきた現状に、何としてでも切り抜ける方法を探らなくては。

 

「『コードレス・ブラックバレル』、彼の状態を知っていると?」

 

「だからコーバスだって。ちょっとした顔馴染みでさ、今はこの通り似非サボタージュと脱ニートの悪魔合体だ」

 

「なるほど、つまりは代えがたい友人ということね」

 

「今のでなんでわかるんですか、えっと……」

 

「戦友とはこういうものよ、『ホワイトフル・マッドキャット』」

 

「……?? ……、……あぁ! 俺のこと!? 俺のことかこれ!」

 

 何やら11号とセス坊が能天気にやり取りをしているのが耳に入ってくる。考えて見ればお互いに同系統の生真面目さを持つタイプだ。

 案外気が合うのかもしれない、と脂汗を滲ませるマサの状態をゴーグルを通じて確認しながらバイタルをチェックしていく。

 

 そしてわかってはいたが、結果はやはり芳しいものではなかった。

 

「マサ、最後に薬を飲んだのはいつだ」

 

「……悪いね、装備とは別に連中に取り上げられちゃったよ」

 

 にへらと下手くそな作り笑いを浮かばせるマサの顔を見て、つらつらとマサたちの名前と所属を読み上げる兵士に対して視界を染め上げる真っ赤な怒りが熱を伴って思考を焼いてくる。

 先程の反乱軍兵士たちの拠点を爆弾だけじゃなくてもっと大掛かりにぶっ壊して来ればよかったと後悔した。

 

 このホロウが発生しエーテルが蔓延する世界で、充満するエネルギーによって体調を崩す人間がいるなんてのは……残酷だがあり触れた話だ。

 

 そしてマサもそのうちの一人。

 

 そんな人間が『零号ホロウ』に入り込んで、その対策法すら封じられている状態となれば……もはや説明するまでもないだろう。

 

 一瞬だけ浮かび上がった反乱軍たちに湧き上がってきた怒りは体調が悪そうなマサへの心配に一転させられた。

 

「馬鹿お前! そんな体調で何へっちゃらみたいな態度取ってんだ! 言ってくれれば薬を探してから逃走でも良かったんだぞ俺は!」

 

「へへ、相変わらず甘いね……だったら、僕としては置いていって貰っても構わないんだけどなぁ、ゴホッ、ゴホッ……!」

 

「こんな状態のやつ置いていけるか! 衛生兵!」

 

「いないわ。ここに居る正規軍は私だけよ。そして私の役割はもはや言うまでもないでしょう」

 

「そうだった!」

 

 あまりにも状況が切羽詰まってるもんだからつい昔の癖でそんなことを口にしてしまった。

 

 だが幸いにしてここに居るのは顔馴染ばかり。馬鹿と鋏は使いようなのだ。

 

「ニート! 布切れと『棒』はこれで良い!?」

 

「ニートじゃない! 見ろこれ! 立派に応急処置してんだろうが! だがそれはそれとして棒も持ってきたのはナイスだ!」

 

 俺の意図を察したであろうニコに何も言わず、適当に見繕ってきたであろうある程度原形を保っている鉄棒の両端を持ってきた布できつく、ギリギリと強く締め付ける。

 

 そうすれば、こんな環境じゃ上等な担架の完成である。

 

「っ! 先輩、俺が持ちます! せめてこれくらいは……!」

 

「頼むぞ……とは言え、後は逃げるための足を確保できれば良いんだが……!」

 

「残念だけれどまだ車両の選別は出来ていないわ。退避ルートの選定は完了してるけれどそれを辿るための足はまだ用意できていない。どこかの誰かの所為で」

 

「あんなトンチキ展開生み出したアイツらに文句言ってくれない!?」

 

 あんまりな11号の物言いについ反応してしまう。気持ちは非常に、非常に理解できるのだがあんなのに立ち会った当事者としてはこれくらいの文句は出るというものだ。

 

「クロ!」

 

「なんだ、今ちょっと作戦会議中で――鍵!? これ車の鍵か!」

 

 珍しく俺の名前を呼んで来たニコの声に思わず反応すれば、視界に鈍い光を放つ銀のカギが間近に迫っていたので、咄嗟に受け止める。

 

 そして受け止めた手の中を見てみれば、そこには装飾なんて一切なく一目で『鍵』とわかる無骨なデザインのソレがあった。

 

 形状からして、間違いなく車の鍵には違いなかった。

 

「ということはつまりお前!」

 

「あの騒ぎに乗じてスッたのよ! 場所はここからすぐそこ! これでヘマをした分はチャラよ! 良いわね!」

 

「うおおお! ナイスだニコ! やれば出来るじゃないか! 普段はカスの癖に! カスの癖に!」

 

「引っ叩くわよアンタぁ!?」

 

「ハァ……あなた達、作戦が決まったのならいい加減に――」

 

 

 ぎゃいのぎゃいのとニコとやり取りを11号が諫めようとしたのであろう。

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

「――――いいや、お前たちはここまでだろう。兵士、コーバスよ」

 

 

 

 

 あらゆるトラブルが重なって、一か所に留まってしまった弊害がここに現れてしまった。

 

 

 

「――全員、伏せろッ!」

 

 

 

 瞬間、幾重にも重なる銃声が壁越しに聞こえてきて――まるで取り囲むように、周囲の壁から無数の弾丸が俺達に降り注いだ。

 

 

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