脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
まず壁が爆ぜた。
廃墟を継ぎ接ぎにした灰色の壁は膨大な火線の嵐を前にしては盾として何とも頼りない。
壁越しに伝わるコンクリートを穿つ金属音と共に、肌が冷たい敵意を拾い上げた。
「――全員、伏せろッ!」
叫びながら俺はマサの乗った即席担架とエレガントなボンプ像を蹴り飛ばす勢いで地面スレスレの有効射程外に、ニコやセス坊と共に押し込んだ。
ニコはそれこそ射程外へ転がりこむように、幾分か場を冷静に見ていたであろうセス坊は装備した盾でマサとニコを庇うようにして倒れ込む。
そうして対処に回る俺の傍らで、11号の操る焔が視界を駆けた。
「被弾する弾だけ撃ち落としなさい、『ダークロケット・ランチャー』!」
「だからコーバスだって! 了解!」
そして俺も振り返った勢いで、急所を捉えていた複数の弾丸に対してククリ刀を叩きつける。
火花、轟音、粉塵。
弾丸を弾き、打ち漏らしをカバーし、時に刃の腹で弾を滑らせながら他の弾へ対処する。
どれが致命傷になり、どれが無駄弾となるか。
ほんの一瞬で壁が完全に廃材に成り果てる鉄の雨霰を前に、11号と俺は言葉を投げかけることもなくそれを捕捉し、曲芸染みた剣の軌道を以て即席の剣の盾の役割に殉じる。
それを数秒か、あるいは数刻か。
空の薬莢が少し遠くの地面を転がる静寂が水面に落ちる一滴の雫のように広がったところで、ようやく俺と11号は構えを解いた。
「……無事だな、11号」
「……えぇ、どうにか。今の内に射線の外に移動しましょう。これだけの射撃量とこの視界の悪さなら次の攻撃まで猶予はある」
11号の指示は的確だった。
敵は今の攻撃で仕留めるつもりだったのだろう。
幸が不幸か、銃撃に晒され無数の風穴を開ける廃材と化したコンクリートがこうしている今でも倒れたり崩れたりしている現在の視界は、最悪としか言えない。
掴めそうなほどハッキリと吹き上げられた灰色の粉塵は屋内の僅かな光すら遮って、目潰しとして大いに機能している。
無論、俺は敵の位置を捕捉しているがエアリスの感知はこう言ってはなんだが特別性。
敵にしろ味方にしろこの辺りが仕切り直しといったところだろう。
先手を撃たれて奇襲を許した現状、この案に乗らない手はなかった。
「セス坊、ニコ、被害ほーこく!」
瓦礫の山と化した廃墟だった一室に視線を巡らせる。
すると焼けたコンクリートの匂いで充満し、粉微塵になり風穴で虫食い状態になった壁の残骸を押し飛ばす青い重厚な盾を捉える。
そこにはきめ細かさすら覚える濃密な粉塵を吸い込んだのか、咳き込みながらも盾をがっしりと構えるセス坊の姿があった。
声を掛けようとしたところで、11号に肩を掴まれた。ここは任せろ、ということだろうか。
「はっ、はっ、……はぁ、ぜぇ……止まったん、でしょうか」
「いえ、むしろこれからよ治安官。でも、よく彼らを護り切ったわ。市民の盾としてこれ以上ない成果ね」
「ま、まぁこれでも治安官なんで……その、ありがとうございます」
「けれどまだ油断は禁物よ。長期戦になる可能性がある。そうなった場合、あなたの盾は貴重なの。怪我があればすぐに報告するように」
「りょ、了解です」
疲れが隠せない様子で肩で息をしながら現状報告に応じるセス坊。
そんな彼に対して粛々としながらも士気を保つような物言いをする11号の様子は、やはり実戦経験の差を如実に感じ取れる一幕だった。
個人的に一番こういう状況で矢面に立つタイプがセス坊なので、生真面目で良い意味で遊びがない11号が良い感じにこの場において緩衝材になっているようだ。
実際、どうあっても劣勢であることが事実なので、あの様子であればセス坊は11号に任せて良いだろう。
「……おいニコ、マサ、生きてるか」
「ゴホッ、ゴホッ……どうにか、ね」
「し、死ぬかと思った……! 不意打ちなんてアイツら元軍人の風上にも置けないわ! アイツら後でぼっこぼこのギッタギタにしてやるんだから!」
「マサはともかくニコは元気そうで何よりだよ」
そうなると問題は絶賛体調が最悪なマサはともかくとして、ニコはあれだけの弾幕に晒されたにも関わらず良くも悪くもいつも通りだ。
そしてマサも直前に打ち込んだエーテル抑制剤が効いてきたのか、当初より幾分か顔色が良い。
だが悠長にはしていられないだろう。
「おい、追加で怪我なんてしてないよなマサ。もうちょい頑張れるか? ちなみに置いていくってのはナシだからなマジで」
「無茶言うよねキミも……このボンプ像を護り切った男に対して情けとか容赦とかないわけ?」
「じゃ容赦なくその情けをお前のために使うことにするわ」
そして苦し気に答えるマサが倒れ込むように覆いかぶさってるもの。
それはある意味でこの事態の元凶とも言えるエレガントなボンプ像が、端々に弾痕を刻まれ一部を欠損させながらもその大半が無傷な状態で守られていた。
「情報官として情報は命だって?
「……キミってホントに軍人に向いてないよねぇ。いや、割と冗談抜きで。あ、この場合無職に対する適正かな?」
「ここで早めの定年退職キメとくか? ん? ま、その感じならまだ頑張れそうだな」
「忘れた? 仮病は僕の得意分野だってこと」
「馬鹿野郎、お前が仮病が得意な病人だったらこちとらニートの皮を被った本物の無職――おいそれただの無職だろーが!」
「予防接種の代わりにシンナーやってた?」
「このクソ忙しい時になんの話をしてんのよアンタらは……!!」
思わず学生時代のノリでやり取りをしてしまったが、ニコのカットインによってことなきを得る。
……なーんて、ちょっと和んでいるのも束の間。
コンクリートを踏みしめる複数の足音が、瓦礫の山に潜む俺達に向かって徐々に距離を詰め始める気配がした。
連中の進行を阻んでいるのは皮肉にもあいつらの銃撃によって巻き上げられた粉塵によるもの。
だがそれだって長くは続かない。
未だ灰色に燻る景色の中には白煙に浮かび上がる黒い影のように複数の気配が、確実にこちらに近づいていた。
「治安官、さっそく仕事よ。再度の銃撃に備えておいて。射線の死角を確保しつつ取り囲まれないように後退するのよ」
「りょ、了解!」
だがこんなことになっても11号は冷静だ。
彼女が的確にセス坊を動かし、セス坊はそんな毅然とした彼女の振る舞いを信頼してのことか、素直にその指示に従っている。何と言うか、意外な噛み合いとしか言えない。
とはいえ今はそのことに感心してる場でもなかった。
「この足音……物量じゃどう考えても劣勢。袋の鼠は時間の問題。どうするんだい、クロ」
「考えうる中で最悪の状況じゃない……! 私がスッた鍵の車があってもこの数じゃ振り切れないわよ!」
わかっている。
策が必要だ。
起死回生、とはまではいかない。この詰みまで秒読みの現状に対してキッカケを与えられるような一手が。
この場における長考は命取り。
特にマサにとっては1秒の経過が命を削る行為に等しい。
この目隠しとなってる粉塵だってじきに晴れてしまうだろう。
であれば、俺の取るべき行動は――。
「――よーし、別行動だ。俺ちゃんが前に出る」
「「「っ!!?」」」
「……」
気持ち軽く、それでいてハッキリと一同に告げる。
捕虜組の反応はだいたい予想通りだが、無言の11号が気がかりになりつつもその視線を黙殺した。
というか誤解されそうだが、死ぬつもりは毛頭ない。これは俺が生き残らなきゃ機能しない作戦なのだから。
アレだ、囮役はもちろん俺がやる、というやつである。
ここにいる皆んなはケロッと帰ってくる可能性に賭けてくれればそれで良いだ。
……もっとも。
果たして俺が『発狂』するまでどれくらい持つのか、という前提で成り立つ話ではあるのだが。
「ちょ、ちょっと待ってください先輩! だったら俺も一緒に――」
「いいからいけよセス坊。キャロットのデータとニコがスッた鍵はお前に預ける。撤退の要所要所でニコに頼んで帰り道を爆破して塞ぐんだ。それならまぁ……時間稼ぎとしては十分だろ」
ある意味で予想通りな、もっともな声を上げ始めた盾持ちのセス坊の前へ出る。
戦術的運用をするというのであれば、刃を持った歩兵が盾兵の前に出るのは愚策中の愚策。それが銃口による槍衾を前にしてとなればこの行動を愚かと言わずしてなんと言おう。
そしてそれは当然のごとく反乱軍の連中も理解しているだろう。
だからこそ、そこに付け入る隙がある。
「だからって本気で一人でやる気ですか!?」
「連中の狙いは何も俺だけじゃないんだ……捕虜になっている間、それとなーく聞いているんじゃないか?」
「……!」
俺の問いに対して何かを言おうとして、それでも何も言えなかったセス坊がそれこそ怒られた猫のように耳を萎ませていく。
その反応がこの状況に対する何よりの答えだった。
「状況を見ろ。これでみんな五体満足で救えるんだ」
隠し事が出来ないって言うのはこちらからしたらありがたい限りだが、本人はそうもいかないのだろう。
だからこそ、こうして必死になって代案を用意しようとしている。
でもそれでは駄目だ。
このままでは間違いなく両方共倒れになる。
そうなればあとは簡単な計算でしかない。
ろくに動けないやつと動けるやつとじゃ後者の方が圧倒的に抗う余地があるというだけのこと。
どちらを選ぶかなんて、もはや言うまでもない。
「でもそれじゃ先輩はどうなるんです!?」
「なにも無策で突っ込むわけじゃないよ。幸いなことにあいつらの狙いの一つは俺と来てる……なら、勝算がないわけじゃない」
その気がないなら付け入る隙はいくらでもある。
そも、この状況で追撃が無いってことは向こう側に明確な殺意は無いってことだ。
こんな景気よくぶっ放しておいて何を言うのかと言われればそれまでだが、銃撃の直前に俺が
だから、真意を確かめるためにも敵の狙いの一つである俺がここに残る必要があるだろう。
11号だけでなく、俺すら狙っているという、その理由を。
――――それに、だ。
――――俺がここに残る方が、これ以上顔見知りが傷つくより何百倍も良い。
「――いえ、違うわ」
だが、そんな考えを読んだかのように。
「私はここで彼と共に敵を食い止める。あなた達は逃げて」
俺の言葉を引き継いで11号がそう名乗りをあげた。
「ちょーっと待ちなさい」
……意外、というには失礼かもしれない。
ホロウレイダーとインターノットにおいて広まる『邪兎屋』ニコ・デマラの狡猾さは本物だ。
金にがめつく、稼ぐ金額より滞納し支払う金額の方が上なのは日常茶飯事。
時折街を逃げ惑う彼女の悲鳴が響き渡る光景だって知り合いからしたら珍しくもない。
それでも荒事や荒唐無稽なビジネスにあぶく銭を投入するのが彼女という人物だ。その多くが人を巻き込んでのものなのだから率直に言ってろくでもない。
だがそんな彼女でも、金が絡まなければ基本的に義理人情に厚い人間であることは知っている。そんな彼女だからこそ慕う人間がいるということも。
しかし、だからこそと言うべきなのだろう。
いつもなら金にギラついている卑しくも狡猾な瞳。
それがどういうわけか、普段の様子からは考えられないほど真剣みを帯びた視線が鋭く向11号に向けられていた。
「まったく、なんでこう向こうみずなところまで『あの子』とそっくりなワケ……?」
「……おいニコ、何の話だそれ。何を知ってるんだ?」
「黙ってなさいクロ。ただでさえクッソややこしい状況なのに、アンタまで絡んでるんだって言うんだからこっちは混乱してんのよ……なんか、色々見て納得いったけど」
いや、だからそれを説明しろってわけなのだが、どうにもニコはその時間すら惜しいらしい。
けど11号へいっそあからさまに向けられている『心配』は微塵も潜められていなかった。
「アンタ、本当にわかってる? そこの馬鹿はアンタも含めて助けようとしてるのよ……軍のややこしい問題に巻き込まれることにも構わず、アンタを」
「……あなたの先程言ったその私にそっくりな人間というのは非常に気になるけれど――構わないわ」
ニコの言葉に――毅然とした態度を崩さなかった11号に変化が訪れた。
それはほぼ初対面に等しいであろうマサやセス坊、ニコには見抜けない些細な変化。
構わないだなんて、軽く言っているがとんでもない。
感情を殺し。
私欲を殺し。
機械的に己を使い潰すことを良しとした11号という兵士の、確かな情動。
暖色のゴーグルの向こう側にある赤い瞳は真っすぐと。
ほんの僅か、ほんの一瞬だけ――もう決して戻らない過去を見るような、痛みすら覚えるほどの執着がその目に宿っていた。
「我々に与えられた任務は三名の捕虜の奪還。軍人にはその任務を確実に遂行することを優先する義務があるの……何より、今のあなたの発言でなおさらここから退くわけには行かなくなった」
「……どういうことよ」
「あなた達がこんな目にあっているのは少なからず私が原因だということよ」
「そんなの、それこそ馬鹿に全部押し付けちゃえばいいじゃない。形はどうあれなんやかんやで解決してくれるわよ」
「おいコラ」
ニコが何やらさらっと俺の人権の在処を聞きたくなるようなことを言っている。
彼女が決して悪人ではなくむしろ『新エリー都』の基準から見れば善人の部類に入るのにろくでなしと呼ばれ続ける所以を見た気がした。
「言われなくても、そうするつもりよ」
「そこは少しくらい迷って欲しかったぞ……」
だが彼女のこの反応は予想の範囲内、当然と言えば当然の返答だった。
11号という兵士はそういう人間だ。
任務だから。
合理的だから。
必要だから。
そんな冷たい言葉を並べながら、その実いつだって高潔な兵士らしい選択肢を選び続ける。
それがたとえ自身が決定的な不利に陥ると理解していながらもそうせずにはいられないのが11号という兵士の在り方だった。
だからこそ――その答えは予想できていた。
できていたのだが。
「――ただ言い忘れていたけれど」
次なる抗議の声は、静かな一言によって遮られる。
暖色のゴーグル越しにこちらを見る赤い目に、先程のような暗く澱んだ迷いなんて一つもない。
暗闇の中で静かながら確かに燃え続ける意志の強さだけが、そこに宿っていた。
「私と彼は、一蓮托生なの」
「…………」
思わず言葉に詰まる。
いや、意味はわかる。
状況的にも、戦術的にも、今ここで俺と11号が残るのが最適解だということだろう。
セス坊を説き伏せるのに俺が囮になる理由を説明したわけだが、冷静に考えれば当然の如く11号もそれに当てはまる。そういう意味じゃ話の筋は通っているのだ。
だが。
それはそれとして、どうしてこの子はこういう時だけこっちの心臓に悪い言葉を選ぶのか。
「彼の責は私の責でもある――だからあなた達は彼の為に、ここで退いてくれれば良いの」
それは命令ではなかった。
ただの事実確認。
俺が彼らを逃がすために残るように。
11号もまた、俺を一人にしないために残るというだけの話。
ただ、それだけの話だった。
「……それで? どーするわけクロ。キミこれでも一人で残るって言うわけ?」
「出来るわけないだろ。つーか病人は静かにしてろって」
余計な茶々を入れてくるマサを黙らせつつ零れ出そうな溜息をなんとか堪える。
これじゃ『モグラさん』の時とあべこべだ。
俺が逆の立場だったら11号と同じことをするのに、彼女が同じことをしないなんてどうして言えよう。
「……ハァ、そういうこと。そういうことなら仕方がないわね。行くわよ、治安官。そこのお狐様の部下を担いで私たちはとっととトンズラしないとこいつらが動けない」
「……どうしても、ですか」
セス坊の耳が力なく伏せられる。
その表情は納得とは程遠い。
けれど、ここで駄々をこねるほど彼は子供じゃない。俺の言っていることも、11号の言っていることも理解しているのだ。
理解しているからこそ納得できないでいる。
「アンタねぇ……じゃあ聞くけど、アンタにあの馬鹿以上に時間を稼げるわけ?」
「それは……」
「それにアンタが残ったら誰がこの病人担いで逃げるのよ。私は嫌よ? あんな細そうに見えて筋肉詰まってる男運ぶの」
「ニコさん……」
「それに」
ニコが一瞬だけこちらを見る。
普段なら金勘定でもしていそうな瞳が、これまた珍しく真剣な色を帯びていた。
「そこの馬鹿は、女との約束破るタイプじゃないわ」
「…………」
「帰ってくるって言ったなら帰ってくるわよ。たぶん腹立つ顔して平然と」
「……わかりました」
絞り出すような返答。
けれど、盾を握り直したその手に迷いはない。
「玄飛先輩」
「ん?」
「絶対、戻ってきてください」
「おう。ぶっちゃけゲーセンの件は審判頼んだのに治安局へ連行していったことは根に持ってるから。マジで覚えて置けよ」
「そこですか!?」
そんな、いつもの調子で俺達は別れた。
セス坊もニコも振り返るようなことはしない。マサはひらひらと担架の上で手を振りながら、三人は銃撃によって開けた道から真っすぐ、ニコの先導でこの場から離脱していく。
ほんの少しだけ、生き残る確率を上げるために。
「ところで
「そんなの決まってるでしょ――そこに担架があるじゃない?」
「いや、担架がなんだって言うん――あぁ、なるほど」
「………………待って、嫌な予感がする。落ち着くんだ二人とも、せめて心の準備を――ぶっほぉ!?」
……致命傷の病人にボロボロになったエレガントなボンプを叩きつけるという、色んな意味で後味の悪い光景を見せつけられて。
なにやらボンプ像の下敷きになったマサが『ギブギブ』と言わんばかりに像を叩いているが、それもやがて聞こえなくなり、やがてその背中が完全に見えなくなる。
エーテリアスに後れを取るような面子ではないが、ホロウから脱出する頃にマサが別の意味で冷たくなっていないことを祈るばかりである。
「――逃走者を発見。数は二名。他三名は逃亡した模様。指示通り捕縛を開始する」
そしてついに。
この瓦礫の山を作り上げた張本人である反乱軍の兵士達が、銃口を携え俺達に追いついて来た。
「捕虜どもは逃がしたのか」
進軍を止め、いくつもの足音が規則正しく止まった。
構えられた銃口はそのまま。
レーザーサイトはついに粉塵を貫いて、俺と11号の胸や頭、足といった当たれば無力化が可能な箇所を確実に捉え、指に引き鉄を添えたまま手を上げる指揮官らしきその男の指示を待っている。
そんな襲撃者として向けられて然るべき当然の警戒心しかない兵士達とは違い、指揮官の男はまるで世間話でもするように俺達へ話しかけて来た。
「……まぁ急患が居たわけだし? どっかの誰かが薬を取り上げるなんて鬼畜の所業をしてくれたからな。つまりは緊急搬送だよ、悪く思うな」
「ほう、あのような時限爆弾に等しい人間を貴様は人間と呼ぶか」
「――口の利き方には気をつけろよ。俺は割とそう言うのでヒートアップするタイプだ」
思わず声が低くなる。
俺が言われる分には全く構わなない。俺自身、それほど大それた人間じゃない自覚はある。
そうでなきゃ、俺は軍を辞めてこんなことになんかなっちゃいない。
でも俺の友を。
エーテルによって蝕まれ続ける体を薬で誤魔化して、それでも戦うことを選び続けた男を侮辱することは俺が許さない。
それが、それだけが俺という穀潰しに出来る唯一の贖いなのだから。
「……良いぞ。この物量を前に友のために怒れる点がなお良い。少なくともあの腐った防衛軍よりかはよっぽど人の心に溢れている」
だが、意外だったのは――そんな俺の反応に対して何やら相手がやたら好意的なことだった。
「……はっ、もしや頭の病気なのか? 可哀そうに」
「彼もあなただけには言われたくないでしょうね」
ふとした拍子の11号はなんとも辛辣だ。
それが味だなんて思う俺の頭もきっとどこかやられてるんだろう。
だが俺達のそんな様子を見てもなお面白そうに耐侵蝕装備である重厚なマスクの下でくつくつと笑うだけ。
いよいよ俺の発言が信憑性を持ち始めたと11号が認めたのか、微妙な顔をしたままの彼女は背部の大鉈へ手を添えている。
「貴様の友への侮辱は撤回しよう。アレは確かに、あのような状態であろうとも人のために動かんとする稀有な人間だった」
「そりゃどうも」
褒められている。
その筈なのに、背筋に嫌なものが走った。
敵意でもない。
殺意でもない。
俺を見るその目は、兵士が標的を見るものじゃない。
どちらかと言えば――。
「ちょうど良い」
まるで、探し物を見つけた子供みたいな。
そんな純粋さすら感じる声色で。
「我らと共に来い、コーバス――貴様の剣と技で、腐った防衛軍を今一度立て直すのだ」
まるで、宝物でも見つけたかのように。
その男は、俺に手を差し伸べていた。