脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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32話 反乱軍=無職

 

 

 ――時折、夢に見る。

 

 

 助けられたことに絶望せず。

 

 

 伸ばした手が届き。

 

 

 今際の願いを叶えることを許された、そんな光景を――。

 

 

「やぁ、ご苦労だったな、コーバス」

 

「…………どうも」

 

 軽やかな挨拶と共に放たれたディニーガンが、頭を軽やかに打ち付けた。

 無骨な窓枠など無粋と言わんばかりにふり注ぐ月光。

 静やかな夜を彩る虫たちの囁きは鎮まりかえった天幕の中へ響き渡り、時折吹き付ける夜風が乱雑に散りばめられた紙束を(めく)っている。

 

 その静寂の中心に立つ黒き麗人の茶目っ気の聞いた目覚ましは、意識を浮上させるには十分のものだった。

 

「……遅刻はしてない筈ですが」

 

「もう夜だぞ。休息を取れる時に取るのが兵士というものだ。まともなところで寝ずに作戦時間に間に合わないなどということがあれば隊長として示しがつかんだろう」

 

「であれば明朝3時起床なので2時40分まで俺と駄弁りますか、大佐」

 

「キミはキリンか。人間は一日20分の睡眠では足りんぞ」

 

「じゃあ今だけキリンになります」

 

「何を言ってるんだキミは」

 

 とは言いつつ、くつくつと笑う黒き麗人にこちらを咎める様子は一切ない。

 

 額に打ち込まれたディニーガンの弾を弾き飛ばしながら、形だけの挨拶を終えると――そこには今や見慣れた、ある意味で見慣れない美しさを持った我らの上官が居た。

 

 黒い花飾りが際立つ艶やかな若緑の髪。

 露出の少ないドレス調の軍服は軍人というより貴婦人の如き高貴さを彷彿させ、胸元では白花の装飾が淡い月の光をはね返している。

 だが、腰に携えた流麗な金の装飾を施されたサーベルと、全く隙のない佇まいから感じ取れる威容はそんな表現がなんと生易しいことかと思わされる。

 

「それで? 直前の記憶はあるか」

 

「……次の作戦のブリーフィングを終えて……それからあいつらと馬鹿騒ぎして……それはそうと相変わらず見目麗しい。友達になりませんか、大佐」

 

「……その調子ならまだどうにかなりそうだな」

 

 彼女の名は『イゾルデ』。

 

 階級は大佐であり、今の俺にとっては唯一の上官であった。

 

「ところで、体調の方はどうだ。薬の方は私の伝手を辿って確実に効果を得られるものを取り寄せたものだが……」

 

「――――」

 

「コーバス」

 

「――ぁ、はい。ええと……」

 

 浮遊した意識を揺り戻すかのように掛けられた声を、曖昧になった五感でどうにか拾い上げる。

 直前に意識を働かせたというのに、少し時間を置くとコレだ。

 

 ……最近はどうにも、こういうことが多い。

 

 自分が自分であって、自分じゃないような感覚。

 

 任務を重ねるほど、その頻度と重さは増していくばかり。

 だからこそ大佐にも危険を賭してまでそれをどうにかする手段の調達をお願いしたというのに、これではやり切れない。

 

 だというのに……こうして会話している今でさえ、どこか夢を見ているかのようだった。

 

「……最近どうにも時間の経過が遠く感じるんです。今も寝てるのか起きてるのかも曖昧で……アレ、ってことは目の前に居る大佐も夢?」

 

「夢じゃないさ。私はここにいるとも……他には?」

 

「……任務の時はマシになるんですけど……これならいっそ例の知能構造体へ意識を移す実験にでも志願した方が良いかも……ところで、大佐はどうしてここに?」

 

「……なるほど、前言撤回だ。これは重症だな」

 

 ……何が重症なのかわからない。

 

 というか――どうでも良い。

 

 自分のことのようで、自分でない感覚。

 目の前のことを認識するのも億劫で、俺に話しかけられてる筈なのにそれすらも他人事だ。

 全身に力が入ってるのか入ってるのかもわからない。

 体はおろか、その虚脱感は頭の裏側にまで及んで、それがそのままふわふわと意識が体から切り離されそうで気持ち悪い。

 

 でも――それでも俺は、軍人だ。

 

 軍人なら上官の話に何が何でも耳を傾けないと。

 

「そんな堅くならなくて良いんだ……隣、座らせて貰うぞ」

 

「…………」

 

 黒い麗人が、背もたれ代わりにしていたコンテナの上に座る。

 

 彼女は俺よりもよっぽどキャリアを積んだ軍人だ。

 

 彼女からしてみれば、俺を動かすのに俺の意思は関係ない。

 上官の命令に従うのが軍人の務めである。

 上官なら命令を下せばそれに応えない俺にこそ咎が生まれる。

 動く気になれないから動かないなんて言うのは、まかり通らないのだ。

 

 だというのに、これだ。

 

 そんなことを問うあたり、本当に人が出来た優しい女性であった。

 

 

 それこそ――『軍人』なんていう職に向いてないと思えるくらいに。

 

 

「それほどまでに――かつての仲間が恋しいか」

 

「…………」

 

「お前は全部を無くしたわけじゃない。かつて信じたものに、信じ続けたものに裏切られても、こうしてお前についてくる兵士が居る――それでも、前を向くことは難しいか」

 

「……恋しい、というには違うかもしれません」

 

 その言い方だと、アレだ。

 なんというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな感じで嫌だ。

 それはなんだか、違うだろう。

 

 ……駄目だ、言葉にすると途端に安っぽくなる。

 それは言葉にしたらその程度のもの、ということなのか。

 あるいは言葉では言い表せないほどの関係に達していると考えるべきなのか。

 

 いずれにしても、大佐の言った言葉はちょっと違った。

 

 俺が生きててほしい人っていうのは。

 

 誰の都合でもなく。

 何に振り回されることもなく。

 死ぬなと言って、言われなくても生きてるような人で。

 

 ()()()()()()()()()、己の願いで、俺の知らないところで幸せにやってくれているような人。

 

 そんな簡単なようでいて、得難い生き方をする人のことだった。

 

「……大佐にも、そういう人が?」

 

「…………」

 

「……大佐?」

 

 どうしてか黙り込む大佐に違和感を抱きつつも、それを追求する気力が俺には残っていない。

 彼女が俺について知りたいというのなら、たとえ口や喉が使い物にならなくとも口を開こう。

 

 だが、俺が彼女を知りたいというエゴだ。

 

 なら、どうでも良い。

 俺という兵士は生きているだけで儲けもの。

 

 これ以上を望むなんて、俺には荷が勝ちすぎている。

 

 

 だが――。

 

 

「――それを覆せる手段があると言ったら、キミは信じるか」

 

 

 ――そんな、彼女らしからぬ言葉を受けて、初めて彼女の視線を受け止めた。

 

 

 ――髪色と同じ瞳に注ぎ込む月光すら呑み込む暗い影を纏う、その瞳を。

 

 

「……なんですかそれ。大佐らしくない冗談ですね」

 

 平坦な声で、粘つくように胸の内から這い出ようとする執着(ソレ)に蓋をする。

 

 そも、それに何の意味がある。

 

 俺たちは過去に生きられない。過去に生きることを許されない。

 

 失敗だったから、無駄だったのか?

 

 失ったから、無意味だったのか?

 

 『もしも』を思い浮かべるのは自由だ。

 

 人が想像できることはいくつもの可能性を持っていて……それは本人にとって、これ以上ないほどの救いになるなんてのは痛いほど理解できる。

 

 でも、だからこそ。

 

 今でしか生きられない俺は、過去(みんな)のところには行けないのだ。

 

 

 少なくともあの時、皆が死んだ『意味』を、俺が証明するまでは――。

 

 

「あぁ、そうだな。所詮はまやかしだ。それも死者すら冒涜する、我々を陥れた連中の所業に等しい行為だ……それでも」

 

 

「それでも、かつての仲間を想い、伝えられなかったことを伝えることくらいは出来る」

 

 

「――――」

 

 

 甘美な響きを持った言葉が、澱んでいた意識を浮上させる。

 極上とも言える囁きは抗えぬ蜜の香りを放ち、昆虫めいた本能がそれを欲せよと感覚が希薄だった手足の末端に熱を宿らせた。

 

 

「さぁ――もう一度問おうか」

 

 

 麗人の顔が間近に迫る。

 

 

 頬に添えられる手は冷たく、おおよそ人の温感を持ちえない。

 

 

 ……けど不思議なのは、そんなになっても大佐は大佐で。

 

 

 薄れた視界が映すのは血の涙に狂う、どこまでも人間らしい――『冒涜者』の姿。

 

 

「過去か、現在(いま)か、あるいは未来か……キミは、どうしたい」

 

 

「俺は――」

 

 

 はて。

 

 

 俺はあの時、なんて答えたのだったか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵や味方からすらも恐れられた鬼神の如き力」

 

 つらつらと喋る口に澱みも迷いもない。

 膠着した戦場はそのまま、構えられた銃口と研ぎ澄まされた刃。両者の得物に違いはあれど、それは頭に照準を構えるか首元に刃を添えるかの違いでしかない。

 

 邪魔立てするような人間はいない。

 邪魔立て出来るような人間もいない。

 

「闇に紛れ、悪を挫き続けた忠義の兵士。並みいる『怪鳥』達を従える黒い鴉の統率者」

 

 歌うように。

 謳うように。

 どこかの誰かの『(しごと)』を、まるで我が事のように口にする。

 

 俺のことは、どうでも良い。

 

 今も首元でぶら下げているドックタグを握りしめていれば、俺のことなど後からいくらでも帳尻を合わせられる。

 

 問題は別にあった。

 

 隣にいる俺が知る中で誰よりも軍人らしい女性。

 真っすぐで優しい、こんな俺でも兵士で居られると言い続け、傍に居ると言ってくれた誇り高き炎の兵士の前で告げられる。

 

 我ながらその気分は、断頭の刃を他ならぬ彼女に預けるかのような度し難い錯覚に陥っていた。

 

「オルテニス小隊隊長『コーバス』――その力、その素質、在野で腐らせておくにはあまりにも惜しい。(きた)る反乱に向け、我らの手を取る気はないか」

 

 それは隠すことのない、味方を吹き飛ばした敵に対する、異様なまでに明確な勧誘だった。

 

 それに対して、11号が何かを言うことはない。

 

 本当に、不思議なくらい何も言わない。

 

 だが、一つだけ確かなのは。

 

「ンナンナンナ……(あいつ嫌い……)」

 

「ンナナ(激しく同意)」

 

「お前らな……」

 

 とある仕事の作戦の一環だったとはいえ、過去にオークションでマジで売り飛ばしかけたニコが消えたからか、息を潜めていたサラとエアリスが口々にそう呟いてくる。

 ニコの存在を確認した途端黙り込んでいたものだから、もっと違う場面と違う意味で今みたいな援護射撃が欲しかったものだ。

 

 だが、その言葉には本当に同意しかない。

 

「……どうするの。あり合わせの武装も、撤退のための足も先程使ってしまった。ここで足止めを喰らった以上、退路に敵は待ち伏せていると見て良いわ」

 

「だよなぁ……俺ああいう白々しいの嫌なんだよ。見ろよあの兵士のツラ」

 

「目でもやられたのかしら。私には厚ぼったい耐侵蝕仕様のマスクしか見えないわ」

 

「見るからに悪そうな顔してるだろ。というわけで先手必勝だ11号、マスクがぶっ壊れるくらい強めのビンタをしてやれ」

 

「どうやら頭もやられたようね。いや、これは元からだったかしら……」

 

 無数に向けられる銃口を前に互いに武器を構えながら、息をするように11号の大鉈みたいな一言が会話の節々で飛んでくる。最近の彼女は油断ならないのだ。

 

 けれどその言葉に反して、彼女に俺から離れようとする素振りは反乱軍兵士の言葉を前にしても微塵も見られない。

 

 それは奇しくも、サラとエアリスの言葉が俺の代弁者となった。

 

 差し伸ばされた手を握るには、11号と重ねた時間が余りにも違い過ぎるという事実の証明だったのだ。

 

「断る。見ればわかるだろ。俺はアンタらの敵、アンタらは俺の敵。つーか友軍を吹き飛ばした敵を勧誘するとか頭湧いてんのか」

 

「どこかの誰かの思惑かは知らないが、死者が一人も出ていないからな。敵対している以上、生かされているだけ戦場じゃ十分過ぎる」

 

「詰めが甘いやつが居るんだな。ちゃんと教育しておけよ」

 

「全くだ……あぁ、そうだとも。死んでないんだ、誰もな」

 

「……?」

 

 くつくつとこみ上げる笑いを隠そうともしない兵士。

 そこにはお互いに武器を構える殺伐としたこの光景には見合わない、明確な喜悦が滲んでいる。

 

 

「あぁ、そうだ――味方を、我らより有能で勇敢な兵士達を後ろから撃つような輩が居る今の防衛軍より何倍もマシだとも」

 

 

「……」

 

 ふー、と胸の奥から湧き出た諸々の文句を咀嚼したそれを排出するように一息ついた。

 

 どうしてこう、拗らせた軍人というのはこうも度し難いのか。

 

 なんというか、『ヴァルチャー』との戦いの顛末を否が応でも思い出させる。

 誰だって始まりは真っ当だった。でなきゃ、名前も知らない人間のために命を張ることになる軍人になどなろうとはしない。

 

 そんなお人好しが、捕虜を痛めつけ死体撃ちのように病人をダシに追跡をかける胸糞悪い人間に変わり果ててしまうのだから質が悪い。

 

 自ら手を汚す覚悟はしていただろうに。

 冷たくなっていく仲間を見送ることになるとしても、それでも軍務を果たすと誓っただろうに。

 

 だが、もっと度し難いのは。

 

 兵士が放ったその言葉に、俺が返す言葉を用意出来なかったという事実だった。

 

「我らもお前も軍の『闇』を知る身だ。ならば理解出来る筈だ――今の防衛軍はな、人類を護るには腐り過ぎている」

 

「俺はヨーグルトとチーズも好きだぞ」

 

「その腐敗が人類のためなら反乱軍など生まれないとも――お前の隣に居るソレなどまさしく腐敗の権化だ」

 

「――――」

 

 あからさまな侮蔑、嘲笑、そして失望。

 あらん限りの悪感情で煮詰めた言葉が兵士の指先から、安全装置を下ろした銃身のように11号に向けられる。

 

 だというのに、11号は何も言わない。

 

 声を荒げるようなことも無ければ、悲嘆にくれるようなこともない。

 

 だが彼女の赤い瞳は何を考えたのか――手向けられた言葉を辿るように、俺の視線と交わった。

 

「悲劇をダシにして、挙句の果てにやることが倫理も人情も投げうった技術の開発だ……そんなこと、貴様が一番理解してるいるんじゃないのか」

 

「……」

 

「ある時期を境に防衛軍で幅を利かせていた『タカ』派の連中が一斉に黙り込んだ。どいつもこいつも味方の背中を後ろから撃って正義面をしている連中ばかりだ――それを貴様が黙らせた。貴様だったから、黙らせられたんだ」

 

 ……まぁ、そうだろう。

 

 目の前の名も知らぬ男が口にした事実など、俺からしたら今更なことでしかない。

 

 だが――それを『正しいこと』だと叫ぶことが間違いだと、どうして気づかないのだろう。

 

 汚れが成果だけで洗い流せるものか。

 洗い流せるのは精々武器にこびり付いた誰かの血と涙くらいだ。

 その汚れた担い手の腕にはしっかりと、その痕跡がこびりついている。

 

 だから、俺が何を成し、何をやり遂げたかということなんかで俺が手にかけた命が戻るわけでもなく、零れ落ちた命が戻るなんてこともありやしない。

 

 俺も、この男すらも。

 大義を掲げて、己の自己満足で行動しているのに過ぎない。

 

 だから断じて――己を11号と同列になんて語れたもんじゃない。

 

 荷が勝ちすぎるというより、どのツラ下げて言ってんだって気分になってくる。

 

 俺のやったことなど、自己満足以外の何ものでもない。

 

 だからこそ、俺が手向ける言葉は一つである。

 

「――俺はただの部品になりたかった」

 

「……」

 

 わかっている。

 11号の視線に、手向けられた言葉にも反応を示さなかった彼女の眼に、俺の言葉で熱が宿る。

 いつぞやの彼女が言ってくれたのだ。

 

 少なくとも己の前では、たとえ自分自身のことであったとしても、蔑みも嘲りも許さないと。

 

 でも大丈夫。

 彼女の言葉があれば……この価値の無い本音にだって、意味があるって思えるから。

 

「役割を終えて、油を差しても動かない、替えの利かない部品に……なれれば良かったんだよ」

 

 俺を欲するというのなら、その価値を無くしてやるまで。

 

 そんな狙いを胸に口にした言葉は、どこか乾いている。

 

 でも、きっとそれが揺るがない事実。

 

 どう頑張っても、俺は部品にはなれなかった。

 

 これから失われる命ではなく、かつて失われた命に執着する、どこまでいっても人間だった。

 俺は、人を護る機関(エンジン)になれない。

 上官に失望し、その理念に失望し、その欲望に失望し、それらが護ろうとした結果にでさえ、俺の物差しで勝手に失望したのだ。

 

 

 それで行きついたのが『鏖殺』だというのだから、とんだお笑い種だ。

 

 

 本当に、笑えねぇよ。

 

 

「そら――そんなやつ、とっとと消えた方が世のためだろう?」

 

「……貴様、それだけのものを抱えながら、なぜ――」

 

「――だけどな」

 

 そこで言葉を切って、11号に視線を向ける。

 別に何かの意図があったわけじゃない。

 

 冷え切った心に熱を注ぐように、彼女を見つめるだけ。

 

 たとえ孤立しようと迷わず俺を助け、最善の為に抗い続けた本物の、本当に強い兵士の姿を。

 

 その姿をしっかり瞳の中に刻んで、再び無数の銃口と兵士たちに向き直った。

 

 

「少なくとも俺は彼女の味方のつもりだぞ?」

 

 

 そして11号は市民の味方の軍人だ。

 

 

 取るに足らない人間に成り下がった俺に出来るのは、これだけ。

 

 

 ……俺はもう、顔の知らない誰かを思い浮かべながら戦うことには疲れたから。

 

 もう此処にはいない。

 どれだけ願おうとも帰ってこない仲間の為に戦う虚しさを、俺はよく知っているから。

 

 だからきっと、俺はここに居る。

 

「腹の探り合いに女の探られたくない過去を身勝手に踏み躙るような反乱軍じゃあ――そいつは気取れないな」

 

 きっと俺は、どこにも行けない。

 仲間と同じところにも、きっと行けない。

 殺した人間にだって家族が居た。恋人が居た。帰りを待ってくれている人だってきっと居た。

 

 それを奪ったのは俺だ。

 そこに軍人らしい大義なんてものはありはしない。

 あるのはただ、納得がいかないからと、誰かの人生にとっては取るに足らない執着で、俺の手で終わらせられた命があったと言う(事実)だけ。

 

 

 だから、この命をすり潰すまで、生き続ける。

 

 

 ……当然の結果だろう。

 

 俺は、俺が護るべきと誓った市民の大事なものを。

 

 その手で、奪い続けてきた死に損ないなのだから。

 

「……交渉決裂か。愚かだな、腐った現状を憂いながら何故そのような結論に至る」

 

「軍人失格になった挙句人間失格になるんだったら、俺は一生愚かで良いよ――それとも、何も知らずに市井で生きて笑ってる市民を、『軍人』であるアンタは笑うのか?」

 

「…………」

 

 答えないのが何よりの答えだ。下手に語る口より雄弁で誠実なまである。

 俺もこいつも、今やただの拗らせた元軍人だ。

 故に正論じゃ動かない。動きたいように動くことが正解になるだってあるのだ。

 

「……あなた、ただ者ではないと思っていたけれど……『そういう』ことだったのね」

 

「……幻滅した?」

 

「愚問ね――私がいるなら、あなたがそのような選択をすることは決してあり得ないわ」

 

「……そっか。ごめん、ちょっと試すようなことした」

 

「気にしないわ。逆の立場であれば、私だって聞かずにはいられないもの」

 

 ……それはなんというか、自分に自信があって何よりというか、俺を信頼してくれてるかのような発言は大変嬉しいと思えば良いのか。

 

 まぁ、元気は貰った。

 

 というか、俺からしてみれば、どうしても譲れない一点が連中にはあるわけだが。

 

「つーかそれよりなによりお前ら無職だろ。馬鹿なこと言ってないで働け。嫌だよ俺、定時に帰るみたいな概念すら捨て去った悲しき獣になるの。そういう意味じゃ俺以下だからなお前ら」

 

「おいそれは聞き捨てならんぞ貴様ァ!」

 

「軍人はな、民間人の上に立つものとして下の者のことも知らないといけないんだ――それを可能にするのが無職という存在だよ」

 

「そんなわけあるかァ! 無職が偉そうに能弁を垂れてるんじゃない!」

 

「だから今は違うつってんだろ!? さてはお前も知ってるクチだな!? 言っておくがニート舐めんなよ!! 優秀な姉に家に転がり込む状況になって布団と食事まで用意されたら一気に社会からフェードアウトするからな! しょっ引かれた時はお前らマジで覚悟しろよ!」

 

「えぇい、情緒どうなってるんだコイツ!」

 

「ハァ……」

 

 隣でこれ見よがしに溜息を吐く11号から、最後まで真面目に出来ないのかとかそんな感じの言葉が聞こえてくる

 

 

「フン、まぁいい……お前の勧誘はあくまでついでだ。肝心なのは『素体』としての貴様らだ」

 

 

 非常に心苦しいが、と枕詞に添えて、兵士は語る。

 

 ついぞ明かされることのなかった、俺と11号の『使い道』とやらを。

 

 

「なんの欠陥もない、若くして歴戦の将校を遥かに凌ぐかの『シルバー』の完璧な素体……そして『エーテル耐性率9割強』という史上稀に見る天然由来の強靭な体を持つ者……」

 

 

 一瞬だけ緩んだ空気が、また一気に張り詰めていく。

 

 

「捕虜には逃げられたが、それ故にお前たちが袋の鼠であることには変わらないぞ」

 

 話はしまいだと言わんばかりに、銃口より再びレーザーサイトが伸びて、俺達の体を捉える。

 

 元より交渉に応じるつもりなどなかった。結果が勧誘だったというのだから多少呆気にとられたが、結果だけ見れば俺達のやることは変わらない。

 

 となれば、俺には迎撃する用意はある。

 

「サラ、エアリス――『アレ』やるぞ」

 

「……ンナ(……いやだ)」

 

「ンナンナ(あれ、嫌い)」

 

 無論、知っている。

 彼女に負担を強いるということは調整している俺が一番良く理解しているし、()()()()()()()()()()という事実も彼女はよく知っているんだろう。

 

 わかっている。

 自分で言っておきながら先程から冷や汗が止まらない。

 でも、こうして俺の過去の一部をほじくり回されたからこそ行使できるとも言える。

 

 

 俺がもっとも()()()()()()()()()、一つの形態を。

 

 

 剣士、星見雅を可能な限り再現するという俺の戦闘設計思想。

 

 エアリスがかの剣士が持つ『感覚』を。

 

 サラがかの剣士が持つその『火力』を。

 

 今はエアリスがいない以上、残存エネルギーだけでは不安定な出来になることは目に見えている。

 

 だが、それでも。

 

 

「――『コーバス』?」

 

 

 ――それでも、やるんだ。

 

 

「頼むよ。このままじゃアイツら追いつかれちゃうし11号も碌な目に合わない」

 

 

 姉妹(ふたり)は何も言わない。

 

 二人の命の証である雷の蒼と、炎の紅がその葛藤と思考を表すように明滅を繰り返す。

 

 

「――総員、放て!!」

 

 

 だが、次の瞬間――光となった雷と炎が尾を引く彗星のようにその輝きを噴出した。

 

 

『――人格停止』

 

『――エーテル収束率、臨界点を突破』

 

『――武装、侵蝕異化現象を確認』

 

『――極性混沌を観測、第二形態限定解除を開始』

 

『――執行【比翼・大黒天】』

 

「承認――」

 

 

 ぎりぎりと、ククリ刀のグリップを握り締める。

 

 

 軋む空気を、悲鳴を上げ傷つく鋼を感じ取る。

 

 

「待って」

 

 

 そして、敵陣へ飛び込もうとする体を。

 

 

「通信よ」

 

 

 冷え切った心に手を添えるように、極限の集中状態を生み出していた

 

 

「……何だって?」

 

 11号が口にしたその言葉に、敵を前にしているというのに愕然としてしまう。

 

 この『零号ホロウ』で、こちらの回線を強制的に開通させ通信を繋げるほどの電子戦の腕前の持ち主、と。

 

 サラとエアリスの演算能力の齎す恩恵はハッキングや出力だけじゃない。

 出ること叶わず。されと入り難く。

 閉じ込めることも出来れば電子の海で城塞の如く敵の侵入を阻むことも出来る。

 

 それを戦闘中の、もっとも出力が向上したうえで並列起動させているというのに、そのアルゴリズムに介入できるほどの能力を持っている存在。

 

 

 そんなの、少なくとも俺は一人しか知らない。

 

 

「『左を見ろって』――」

 

 

 直後。

 

 

 黒光する軍用のバンが、両開きのトランクの口を開けながらこちらへ向かって爆走して来た。

 

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