脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
「――ここか」
吐いた空気すら凍てつく雪の夜だった。
とある共生ホロウの近くにそびえ立つ軍基地。
温度を吸い込む牡丹雪が、基地より放たれる光源によって吹雪く空に浮かび上がっている。
煌々と天幕のように光を縁を描く雪の反射。
その銀世界には、黒煙と火花が混じっていた。
「首尾よくいったみたいだな」
「はっ。このエリアの区画は制圧しました」
屋内の窓から見える基地の様子を一望していると、一つの部屋へと辿り着く。
銃弾はおろか砲弾であっても突破するには難解であろう分厚く頑強な扉に、厳重なセキュリティが施されているであろうことが伺えるテンキーが取り付けられた端末画面。
恐らくは番号入力と顔認証を必要とする開錠システムなのだろう。
その扉を黒を基調に黄の差し色を入れ込んだ防衛軍の装備を着込んだ数名の兵士が、扉に向けて銃を構えたまま指示を待ち受けるように微動だにしていなかった。
「近隣住民の避難は完了していると報告を受けている。ここの主要設備は抑えられたな?」
「基地の主電源はD班が、連中が押収した機材、危険物各種はB班が差し押さえています。あとは――」
――瞬間、爆音と衝撃が基地を揺らした。
雪の静寂で張り詰める屋内に、物騒な硝煙と火薬の匂いが混じる。
発生源であろう場所に視線を向ければ、そこにはエーテルを撒き散らしながら炎を巻き上げる、穴の空いたエーテルタンクが確認できた。
隣接する共生ホロウからこの基地のエネルギー源となるエーテルを吸い出していたのであろう。
それが爆散したことの意味。
つまりは、この基地が死んだも同然だった。
「終わったみたいだな」
「そのようですね……隊長、そちらは」
「こちらも制圧を完了した。各センサーを掌握し、警報の類は鳴らないように操作権はこちらで切り替えられるように仕掛けてある。この建物においても、行動可能な戦力は誰一人いない」
「……ということは」
「――あぁ、この部屋だけだ」
その声に応じて、歩を進める。
踏みしめる足音に反応して、まるで機械の如く微動だにしたなかった兵士たちが擬態が解けたかのように道を開けていく。
それは恐怖ゆえか、あるいはその統率ゆえか。あるいは、もっと別の理由か。
俺がこの作戦における最後の『狩場』と断じた部屋を、取り囲んだ兵士たちは進むべき場所を示すように道をはけて、その入り口を明け渡した。
「罪状は」
「はっ――近隣住民と非合法のエーテル資源の採掘を行っていたようです」
手渡された端末を受け取り、下へ下へと画面に指を滑らせていく。
火のない所に煙は立たない。
叩けば埃が出てくるような輩。
だがこの様子を見るに、これだけ徹底的に叩きのめしても事前調査だけでは巻き上げられなかった埃が未だに残っていたらしい。
賄賂。一部ではあるが『TOPS』との繋がり。傭兵たちへの武器の横流しに物資供給。
そして――近隣住民に対する見せしめとして行った『口封じ』。
火葬場があるわけでもなし。死体の痕跡がどこにも無い以上、その場所は火を見るより明らか。
視線の先では、共生ホロウが虚空に穴を空けるように、黒々とした空間を広げている。
「……随分好き放題してくれてたみたいだな――そういうわけです大佐。以後の指示を」
ざざと通信が入る気配。
この会話と状況を耳にしてるであろう大佐の顔を思い浮かべてインカムに手を押し当てた。
『――あくまで目的は然るべき報いを受けさせ、今後の防衛軍の憂いを断ち切ること。虐殺、私刑ではない』
「あとは組織の自浄作用に任せる、でしょう」
『そうだ。殲滅ではなく、あくまで『間引き』……法に寄らない裁きなど、傲慢にもほどがあると我ながら思うがな』
「咎は受けます。俺の首で足りれば、ですが」
『指揮官は私だ。お前はその任務を全うしただけだ。二度と私の前で口にするんじゃない、そのようなこと』
「すみません」
『だが――今回の下手人の命の行先はお前に任せよう』
「了解」
周囲を見渡す。
下手人は一人。そいつを引き下ろせば、少なくとも今日、また一つの派閥が陥落する。
我らの大願成就のため……なんて下らない大義を掲げるつもりはない。
こんなのはただの八つ当たりだ。
少なくとも俺は、ただ犠牲を許容する強さが無いのに力だけはあったからここに立っているだけの半端者。
この部隊に参加した、仲間を失うことになった兵士を知っている。
復讐を誓った兵士を知っている。
尊ぶべき志をへし折られた兵士を知っている。
家族の弔いのために軍を変えようと奔走する兵士を知っている。
だから――。
「――ここからは俺が突入する。みんなはここからすぐ離脱してくれ」
――――咎を受けるのは、一人だけで良い。
「なっ……!?」
どよめきが張り詰めた静寂を破る。
そんな彼らに構わず、俺だけで袋の鼠と化したターゲットが潜んでいるであろう部屋の扉を目指しながら、指示を飛ばした。
「突入後しばらくしてから警報を鳴らせ。判断とタイミングはキミに任せる。俺が引き付け、敵を誘導するから、各員はこの部屋の抜け道も含めた逃走経路を全て爆破して塞げ」
「し、しかし隊長、それではあなたが――」
温度のない声に、それでも俺の後に続こうとする
どれだけ熱を取り除こうと、どれだけ冷たくしようとすり寄ってくる彼らの姿。
それを見てどうしたものかと能天気に思考する。
……そうだ。恐らくは中に居る人間は武装をしていることだろう。
俺に銃弾は効かないが、彼らはそうはいかない。銃弾を弾ける人材は軍においては稀有な技術だ。
であれば、理由としては十分すぎる。
「――お前たちがここに残って何になる。弾避けか?」
努めて。
冷酷に研ぎ澄ました刃を肉に埋め込むように、そう告げた。
「……、……………失礼、しました」
その言葉を皮切りに今回の作戦において俺の副官を務めていた彼を始めに、命令通りにこの場から撤退していく。
こんなこと、一度や二度じゃない。
だが、いつも不思議なのは。
向けられる顔が憤怒ではなくて、痛ましいものを見るかのような切ない表情であったことだった。
「さて」
すんなりと、重々しく扉が開いていく。
俺の前において、セキュリティなどないに等しい。強度を高めたことがかえって穴になったとも言える。
最新機器など、うちのボンプ姉妹を前にすればカモに等しい。
それがたとえ、人格を停止させた能力の借用から来る強要じみたものであったとしても、それを使わない
そして更に一歩、その部屋へ足を踏み込んだ、その瞬間。
――小さな閃光が暗闇で火花を散らした。
「――よっ、と」
脳天を捉える筈だった鋼の軌道。
悪くない腕だ。どうやら腑抜けていたとは言え、腐っても士官学校上がりの人間ということか。
それが銃弾の類だと、見抜くのにそう手間はいらない。
迷いもなく。戸惑うこともなく。
ただの作業として刃を弾道に置いて、その凶器を無力化した。
「……ッ! 化け物が……!」
カチカチと虚しく残響する空撃ちの引き鉄。
暗がりに潜んでいた男の顔が露わになり、浮かび上がった形相は己の命への執着と現状に対する絶望に顰めたもの。
だがそれなりに年を食った、眼鏡をかけた髭面の男がそう吐き捨てる声には、それ以上の苛立ちと憤りが込められている。
射撃の腕前や、俺が射線に入った瞬間に引き鉄を引く思い切りと言い、やはり活きが良い。
「これで、何かが変わるとでも思うのか……! 善悪すら所詮はホロウに呑み込まれる! 私を殺したところでどうにもならんぞ!」
「これから先のことはお前の知るところじゃない。お前の命に意味があるとすれば、少なくともお前が死を迎えた時だ」
すらりと腰のククリ刀を引き抜く。
血の気配を感じさせないソレを振り抜けば切り裂かれる大気と共鳴し、りぃんと鈍い光を放ちながら鋼の脈動を引き起こす。
それを前にしたごくりと息を呑む音が、男から俺の耳に届いた。
「だ、誰の差し金だ! ロレンツかっ!? それとも『TOPS』かっ!!?」
「……この期に及んで言うことがソレか。感謝しろ、お前をズタズタにして豚の餌の如く殺したいと思っている連中は表に腐るほどいるからな。この時間と
「なら貴様が死ねっ!! 軍人の風上にも置けない野良犬どもが!!」
「……遺言がソレで良いならいくらでも喚いておけ。声が出るうちにな――そら、時間だ」
警報が鳴る。
それは撤退が完了したという報せであり、合図。
即ち、懺悔の終わり。
時間はもう、十分やっただろう。
「――ッ、そうか貴様ら、あの忌々しい怪鳥どもの……!!」
ククリ刀を掲げる。
暗い部屋の闇に呑まれながらも、部屋の外から僅かに差し込む月明りをはね返す鋼の瞬きはどれだけ血を浴びようともその威容を失うことはない。
「やはり死ねっ! 死ねっ!! 死ねっ!!! 死ねぇっ!!!! 私が、私はお前たちに斃されるなど――――っ!!!!」
処刑の刃は何の憂いもなく。
その断頭台より、ギロチンと化したの刀身を振り下ろした。
◇
「……全然目が覚めないでありますね」
『フン! 軟弱な男だ! まさかいの一番に気絶するとはな』
「そう言わないでください隊長。11号とオルペウスを車体の衝撃から護ってのことなのですから……だから11号、そんなに心配しないで。幸い、目立った外傷も見当たらりませんから」
「…………」
「うーん、こりゃ駄目だね。全く聞こえてないし聞いてない。どうなのプロキシ君、その辺りは」
『サラとエアリスにチェックさせてみた感じ、バイタルは正常だから本当に気絶してるだけみたいなんだけど……案外、変な夢でも見てたりしてね』
重い瞼をこじ開けられるように、複数の会話が頭を打ち付ける。
こちらを見下ろすいくつもの和やかな気配。
いずれも敵意は感じられない。
ただ不可解なことがあるとすればそれは……腕や足が動かそうにも碌に動かせないということだろうか。
「――う、ぐ」
持ち上げようとした頭に、ズキリと鈍い痛みが奔る。
朧げな頭で捉えた会話の中に頭を打ったのがどうとかあったが、この痛みからしてどうやらそれは紛れもない真実であるらしい。
「――『コーバス』?」
だが頭蓋への痛みを訴え続ける頭が、揺れ動くその言葉を認識する。
余人には伝わらないであろう、見方によれば冷然とした態度にすら見える銀の影。
けど、その名を呼ぶ声にに含まれたものを無視するには……俺は少し、彼女と共に居過ぎたということだろう。
「……よ、11号。よく眠れたか?」
「……その調子だと心配は杞憂だったようね、『クロムメタル・ブラックアーツ』」
「だからコーバスだって。つーか今フツーに呼んでただろ」
「まだ寝ぼけているようね。少しキツめの気つけなら用意があるけど」
「待て、その大鉈で何をするつもりなんだ。用途は一つだろ。アレか、永遠の眠りってやつか――タイプだ」
「…………あの、二人とも仲が良いのは結構ですが……今は鬼火隊長の眼もありますので、その辺りで」
俺達としてはもはや恒例のやり取り。
それにトリガーは苦笑いを浮かべれば良いのか呆れて口を閉ざせば良いのやらわからないと言った様子で曖昧に微笑んでいる。
黄色に灯るバイザーを見るに彼女個人としては不快には思っていないようだけれど。
どっちつかずの態度と言動をとって、ようやく頭にかかった靄らしき思考の曇りが取れて来たことがわかった。
『ようやくお目覚めか……寝起きでやることが口説き文句だというのだから恐れ入る』
「まぁまぁ鬼火隊長。玄飛くん、痛いところはありませんか?」
「趣味は〜?」
『特技はなに?』
「夜もちゃんと眠れそうでありますか?」
「待て待て、色々待って。起きがけにこの情報量はキツイ……」
起きがけ開口一番に浴びせられる情報量じゃない。お見合い会場かここは。
視界に並ぶのは赤い銃身、金髪バイザー、ふわふわした青髪の子、見覚えのあるスカーフのボンプ、巻き角赤髪ツインテ。
僅かとは言えダメージの残る頭でこのやたら濃いめの面子を相手にするには精神的にキツイ。
……いや、だとしたら寝そべった状態で複数の見たことのない面子に俺の趣味趣向を追求されているという現状は狂ってるとしか言いようがないが。
というか、それよりも確認すべきことが俺にはある。
「……マサ達はどうなった? セス坊は、ニコたちは無事なのか?」
『安心して。三人とも無事だよ。まぁ……事情が事情だから、一時的に潜伏して貰ってるけど』
「電話も出来ないのか……? キミがいながら?」
『今回関わっている人間の実態が掴めない以上、慎重に進めるしかないでしょー? しかもトリガーたちから聞いた限り軍の上層部も関わってるかもしれないって言うじゃん。セスも悠真も体制側の人間だし、ほとぼりが冷めるまでは隠れて貰わないとね』
「……ま、反乱軍の目がどこにあるかわからないからな。対応としちゃ妥当なところか」
取り敢えず身柄の安全が担保されたことで、どっと全身から力が抜けた。
まだ予断を許されない状況ではあるが、逃走中も心の隅で燻っていた心配の種がようやくなくなったのだ。俺の反応は至って正常なものだろう。
……俺のやっていることがセス坊から姉ちゃんに伝わる可能性がある、という意味でも。
セス坊や姉ちゃんだけじゃない。
マサは、あいつは深くは追及しないでくれていたけれど、こうして安全が確保された現状では曖昧に濁すことも許されないかもしれない。
けれど、まぁ……その時がくれば、その時だ。
「ま、俺からすればキミがオボルスと合流してることの方が驚きだけどな」
『それは私の台詞だよ! お兄ちゃん経由でトリガーから連絡貰ってコーバスがまた無茶してるって聞いて急いで駆け付けて来たんだからね? 挙句あんなモンスターマシンに乗ってくるんだから、こっちの気持ちも考えてよ』
「それに関しちゃマジでごめん……いややっぱ待って、そこに関しちゃ俺は悪くないんじゃ――」
『なんでそこで冷静になっちゃうの! もっとバイオレンス?に!』
「それだと俺がキミをぶっ飛ばしても良いことになるんだが……そんなことすれば俺のドタマは無事じゃすまないんだろうな、うん」
「玄飛くん? 乱暴は許しませんよ」
「現場からは以上だ『パエトーン』……!」
意味ありげにライフルの弾数を確認しだすトリガーに俺は冷や汗もんだ。
それが示すところはつまり平常運転のリンちゃんであるのは何よりではあるのだが……よくよく考えなくても彼女は犯罪者。
プロキシの存在を基本的に黙認する姿勢を取っている防衛軍だが、だからと言って好き放題して良いかと言われればそれも否だ。
特に鬼火隊長。
少し接してわかったが、彼女がプロキシの存在を簡単に認めるとは思えない。出来れば俺に責任の所在を擦り付けるよりその辺りを俺に説明して欲しかったものだ。
もっとも、寝て起きたらこんなところに移動していた俺としてはまだまだ疑問は尽きないわけなのだが。
「そもそもだ、ここどこよ。スターライトの撮影場所の選定していたわけでもあるまいし」
「最近消滅した共生ホロウ内部にあって放棄されたエーテル資源工場跡です。潜伏先の選定は鬼火隊長とプロキシさんが。隠れるにはちょうど良いでしょう?」
『そもそもコーバス、今日が何日かわかってる?』
「……待って、俺ってもしかしてそんなに長く寝てたのか――」
『『零号ホロウ』から脱出して大体1時間くらいだよ』
「寝る前と同じ日だ……」
「お昼寝にしては長かったねー」
いやお昼寝かよ。なんでさも数日眠ってた人間みたいな言い方したんだこの子ら。
「待てよ……そもそも、その声ってもしかしてまさか……」
「そう、僕がシードだよー。そして気絶したキミを引きずってここまで運んで来たのがこの『ビッグシード』ねー」
「………………もしかしなくとも俺の頭の真上に立っている何やらデカ……いのか? そんな御仁のことを指していたり……?」
「え、すっごーい! 軍の最新センサーでも捕捉できないステルス機能を搭載してるんだけどなぁ……さっき預かったボンプちゃん達もそうだけど、もしかしてキミって良い意味の変態ってやつ?」
「変態に屁もオーソドックスもあるか」
「じゃあ変態という名の紳士だ!」
「それ最終的に保健所に送られるやつの称号だからな……!」
もう俺の評価が散々だ。
無職って呼ばれたり、妖怪呼ばわりされたり、挙句の果てに変態呼ばわりだ。
別に俺におかしなところなんてないだろうに。
この目の前でニコニコしている危険ドライバーな女の子の方がよっぽどアレと言えばアレだろう。
「……で、この拘束に関する説明はしてくれるんだよな?」
何やら古ぼけて中のクッションがむき出しになった如何にもな革製の椅子に座らせられている。
そんなヤクザよろしく都市のグレー集団必須の廃棄品の使用に反して手は何やら防衛軍特有の黄色い差し色の入った拘束具が両手両足を椅子に縫い付けるように張り付いて動かない。
時折、固定箇所からぱちりと電気が迸る光景がなんとも心臓に悪い。
「ごめんなさい、何度も止めたのですが鬼火隊長が言っても聞かず……『年端もいかない無垢な女を一日拘束し自身の部屋に連れ込む無職の男の扱いなど即捕縛案件だ』とおっしゃられてらからでありまして」
「いやに長い罵倒だな。つーかごっつ私怨じゃね?」
『そうともいうかもな』
「そうとしか言わないんだわ」
『馬鹿にする。その言葉は自分自身の感情に基づいた恨みを表現する際に使われ、感情的な対立やトラブルの背景に個人的な感情が絡んでいる場合を指すものだろう』
「だから長いって。辞書じゃねーんだから。つーかやっぱ私怨じゃないか」
マジで、マジでなんなんだろうこの子たち。今のところ軍人というか芸人集団か何かと言われても違和感がないくらい濃い面子と言動の連続で既に別の意味で頭が痛い。
とはいえ、11号の上官にあたるであろう彼女が無駄なことをするとはとても思えないが。
『レイ博士と会ったのだろう? なら、ある程度の事情は知り得てる筈だ』
「……11号だけじゃなく、俺も狙われている身ってことくらいは」
『……その様子なら伝えて大丈夫そうだな――あとは頼んで良いな、プロキシ君』
『うん……実はね、コーバス。あんたが居なかった時に色々あったんだけど……あんたさ』
ずいっと文字通り身を乗り出して俺に問いかけるボンプなリンちゃん。
『――軍の外部、つまりは治安局やホロウ調査協会において、あんたの名前が挙がったらしいんだよ』
「――反乱軍だけじゃなくて、そんなところまで俺の名前が?」
リンちゃんのその言葉に、少なからず衝撃を受けた。
『あんた個人の名前じゃないらしいんだ。あんたが軍から身を引く以前の名前――『コーバス』としての名前が、インターノットで浮上している。流石に個人の特定にまでは至ってないみたいだけど』
「……なんで今更俺を? 『モグラさん』かその部下辺りが何か喋ったか」
『そこは私が説明しよう。連中を捕らえたは良いが碌な情報は掴んじゃいなかった。だがここで上がった名前がお前自身ではなくそのコードネームであったと言う点だ』
「……まぁ、俺を普通に排除したいのなら家族を人質に取るなり、姉ちゃん辺りに権力使ってけしかけてみるくらいのことはするだろうな」
「……玄飛くん、それは冗談としてはちょっと」
わかってる。
本当に面白くない。
でもだ、トリガー。キミは知っている筈だろう。
軍の上層部の手口や、手法と言うものは血も涙もないってことを。
「別に冗談じゃないさ。俺が生きていて、それを連中が知っているって言うなら受け止め、鑑みるべき可能性だよ……そこに俺の意思は関係ない」
――――まぁ、もっとも。
それを実現しようものなら、今度こそバランス役として残しておいた最後の『膿』ごと本気で根絶やしにしてやるが。
それに外部はともかく、まだ軍の上層部の連中には『鴉』の凶行の爪痕と畏れが残っている。
犠牲を抑えるように立ち回ったのも、仕留めるのを頭領の首だけに留めたのもそれが理由の一つだ。
そのうえで俺の神経を逆撫でするような連中が出てくることを願うばかりである。
「けどプロキシのもたらしてくれた情報で気づかされたものもある」
「……えっと、つまりはどういうことでありますか……?」
「連中には俺を使わなきゃならない狙いがあって、敵も襲撃か捕縛かの違いはあれど俺の動向を探っているってことだ」
戦力としてか、あるいは何かしらの『検体』としてか。
その点は反乱軍の拠点に侵入した際に挙げられた発言内容とも一致する。
明確な敵より仮想敵を敵として認識できる確証を得ることが出来たのだ。悪いことか良いことかと言われれば……そこは発想の問題だろう。
「そういうことなら、この状況は利用できる」
『……なるほど、釣り餌ということか』
「俺が動けば連中も動かざるを得ない。幸いにして既に行動に足りうる情報は集まりつつある……あとは元凶を叩けば良いだけだ。不利になってるわけじゃない」
そこで鬼火隊長に向き直るが……できない。
簡易的な拘束台に縛られながらというなんとも情けない状態であるのだが、方向を変えようにも体の自由が聞かない。難儀なものである。
「…………11号」
「ハァ………」
動けなーい、って視線で訴えれば返ってくるのは重めのため息。
きこきこと間抜けにも車輪を軋ませながら移動する魔改造された椅子。
一番情けないのは、拘束台の向きを11号にさりげなく変えられ、何をと言った覚えもないのに向きを鬼火隊長へ向けてくれたことだった。
穴があったら、入りたい。
『…………』
あと追加で、それをなんとも言えない顔で見ている鬼火隊長の視線にもだ。
せめて両手で顔を覆えないものかとここまで切に願った場面もそうそうないだろう。
だがそりゃ無理だ。固定されてるし。なんなら無理に動かそうとするとビリビリするし。
「と、特にこれと言った言葉を交わさずにここまで……これが、阿吽でありますか……」
『ねー? 本人たちはあんな感じで別に色っぽい思惑があるわけじゃないっていうのが』
「…………私もプロキシさんとあんな風に……」
「うーんこのツッコミ不在感、これってもしかして僕が何か言わなくちゃいけない感じかな〜?」
何やら女子軍が好き放題言っているが、俺としては無かったことにして元の話題に戻したいものだ。
だって、そりゃあこんな空気で、その……ねぇ?
「んじゃ改めて、鬼火隊長」
『…………なんだ』
凄い、もの凄い疲れを滲ませた三文字だった。
「俺と11号とセットで、別行動を取ることを提案する」
『……その理由は?』
「別に下世話な意味合いは含んじゃいない。敵の狙いは判明したけど、それで総当たりにした結果、敵に『本気』を出されると詰む」
『根拠は』
「敵の足並みと練度からして間違いなく防衛軍が絡んでるから」
『…………』
決して『オボルス小隊』を侮ってのことじゃない。
むしろ、これほどの戦力が小隊規模に収まっていることがそもそも異常なのだ。
だからこそ疲弊させ、分断し、徹底して『オボルス小隊』から正面でぶつかり合うことになるのを避けているという意図さえ見えてくる気さえしてくる。
だからこそ、である。
尻尾を見せ始めた段階で全戦力で以て敵を叩くというのは……些かリスキーであろう。
「プロキシ、例の下品なボンプ像はどうした?」
『あのヘンテコ隠蔽工作品のこと? 中身ならうちの店で解析中だよ。ただこっちでも気になることがあるから、少し時間貰うけど』
「一応軍事機密なのだけれど、その辺りは承知の上かしら。『カーマインアイス・ハーメルン』」
リンちゃんの呑気な物言いに物申すのは11号である。
「ご心配なく、11号。お二人は24時間体制でご一緒に――もとい監視させていただきますので」
「なんでキミが嬉しそうなんだよ……」
「なんだか前後で少し意味合いが違ったような気がするのでありますが……」
「い、いえ、そんなことは……」
まるでお泊まりが決定した女児の如くバイザーをピカピカさせてるゲーミングトリガーも、なんだかんだで平常運転である。
この面子の中で唯一ツッコミを回してくれているオルペちゃんが数少ない癒しだろう。
鬼火隊長? 彼女はアレだ、唐辛子とか薬味とかそんな感じである。いなきゃ絶対困るタイプの人。
「と言うわけで鬼火隊長。俺は一先ず潜伏中のマサ達に会ってくるよ。ボンプ像の中身にしてもそうだけど、あんな状況だったんだ。色々聞けることも聞いておきたい……個人的なアフターケアあるし」
『いや待て、貴様らその面子で詰みかけていたのだろう。あまり迂闊な行動は――』
「鬼火隊長ー? トリガーはプロキシくんのとこにかかりっきりだろうし、そしたら私と隊長達で軍の内部のことにあたるってことだから人数比としては問題ないんじゃないのかなー?」
『むむむ、むむむむむ……! シードまでそのようなことを……! コーバス、まさかシードまでその毒牙に! あとで燃やすからな貴様!』
「拝火教過激派?」
色んな人に燃やされかけててもう灰になっちゃうよ俺。
というかいい加減拘束を解いて欲しんだが。
「あ、そう言えば言い忘れたんだけど、キミが寝てるその椅子って電気椅子を兼ねてるんだよね。拘束具っぽい箇所から電気が流れて疲れを吹き飛ばしてくれるって評判なんだよー?」
「おお、そりゃなんとも――」
「――――あ、ちなみに知能構造体専用ねー」
「え、待って俺なにされるんだ――あばばばばばばばばばばばばびゃー!!?」
――――かくして。
別行動とはいえ、こうしてオボルス小隊との本格的な連携が開始された。
「――――見つけたわ、ハリン」
昔のニートは『コーバス』としての活動時、自身が尊敬する剣士の口調を真似てたみたい。
……いや、昔は働いてたんだから昔のニートって言うのはおかしい、いやでもニートはニートだし脱はついてもニートであるからして不可逆的に未来でニートになるのは確定しているんだから別に昔のニートはニートのままで良いって気づいた次第であった。