脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
プロットの整理をしていました。
でも納得のいく形に出来たから後悔はしていない。
◇
夜天を遮って聳え立つ摩天楼。
対するは夜の明暗すら呑み込み、夜空よりさらに深く闇を映し出す体を持たぬ世界の裏側にして伽藍の堂。
言わずもしれた共生ホロウの存在により、その付近ということもあって人々の行き交いはまばらだった。
「……………」
「どうしたの、『ブラックジャック・ハルマゲドン』。普段と比べるとあり得ないほど無口だけれど――まさか偽物?」
「だからコーバスだっつの。あといつも冤罪で俺をデットゾーンに突入させるのはやめるんだ」
……ホラーゲームにおけるスタート地点の、何か出る場所の何も出ない場所とでも言おうか。
隣を歩いて辺りを警戒している11号との会話で垣間見た暴力の気配もある種の恐怖ではあるが、この辺りは妙な噂が絶えないことも相まって『雰囲気』がよーく出ているのだ。
彩りを失ったまま壁に貼り付けられたチラシ。
舗装された黄色い点字ブロックに今やバリアフリーの概念は存在しない。
薄汚れたまま地面から切り離され、古びた紙のようにその端々を欠けさせ打ち捨てられており、当の昔のその役割を失っている。
そんな場所をすいすい、ずんどこと迷いなく進んでいく11号の隣を、気持ち詰め寄ってどうにか一緒に目的地を目指していた。
「プロキシの示した合流ポイントまで間もなくよ。少なくとも数時間前にこの周辺に到達し、プロキシの指示により連絡と通信が途絶えているようね」
「おおかた潜伏してるんだろうが……夜とは言え、こうも人がいないってのはな」
「だからこそ隠れるのに適していると言えるわ。行政の目も治安局の監視網もここなら届きにくい……それとも何か懸念事項が?」
「ああ、いや、違くてな……その、まぁ、えっと、うん」
こういう雰囲気ってちょっと苦手なんです。
……なんてことは口が裂けても言えない。
男としても、彼女と仕事を共にする人間の一人としても。
とはいえ、俺のそんな悲壮な、本人からしてみれば『何言ってんだこいつ』と言わんばかりの状態である俺のそんな胸中など露ほど知らず、頭上にはてなを浮かべるばかり。
それが意味することが平常運転であることというのは、ある意味でありがたいことであった。
「理由に皆目見当がつかないけれど……不安だったら私の手でも握っていなさい。もっとも、戦闘となればその限りではないけれど」
「……………」
「『イノセント・ブラックバード』?」
「いや、だから、あの、コーバスです……………ジブンデアルキマス、ハイ」
「……? よくわからないけれど、気を抜かないことね」
「ハッ!」
「敬礼の際の手は頭に対して内側よ。外側じゃないわ」
「ハイ……」
我ながらヘンテコな敬礼に対してにべもないツッコミをいただきつつ、ずこずこと彼女の後ろへと後退しながら、改めて周囲を見渡した。
その結果はまぁ、人気のない都市なんざこんなものだろう、という味気ない感慨と。
素面でそんなことを言い切る11号に俺は悶え苦しめば良いのか、とか。
どうして俺が彼女の男性観について悶々と考えなきゃならんのか、とか。
そんな、何ともどうでも良い思考が俺の中で滅茶苦茶に暴れまわりながらも両立していた。
「……ま、こんだけ荒れてば隠れるにはちょうど良いってのはわかる気がするけど」
手入れの行き届いていない広場に至っては文字通り荒んでいて、ゴミが散らばり行き倒れた浮浪者が眠る姿には伝え聞く『新エリー都』の繁栄は見る影もない。
その中でも一際大きい双子のビル――『バレエ・ツインズ』の片割れはホロウに呑み込まれ、今ではその頂点のみが外界に突き出すだけとなっている。
「いやー……それにしても、あの電気椅子……俺じゃなかったら即死だったな、うん」
「にしては気絶する以前よりも元気そうなのだけれど……少なくとも体の方は」
「うん、そうだよ。体の節々が燃えるように熱い。全身がパンッパンッになったふくらはぎみたいになって、気絶したくても気絶できないんだ」
「もう破裂寸前ということかしら……かくなる上はニトロフューエルを穴という穴から注入して強制覚醒を試みるのも止む無し、ね」
「中和できてたまるか」
それ多分変な化学反応が起きて今度こそ爆発しちゃうから。
……なんでこう、いつもトドメの一撃を刺すことに余念がないのだろうか、この子は。
「あの拘束に他意はないわ。電流を流したのも、あのように扱うように指示を出したのも全て鬼火隊長なのよ」
「他意の無い故意はもう単なる傷害事件なんだけど」
「逃走を終えたあの時点で鬼火隊長の怒りは臨界点に達していたのよ」
「それがなんで俺がいの一番に拷問されてんだ」
「答えは彼女のみぞ知るということよ……確か、社会不適合者がどうのとか呟いていたけれど」
「………………」
……だからなんでどいつもこいつも人の職歴ほじくり回してくるような連中ばかりなんだ。
アレか、人の職歴に難癖つけないと生きていけない呪いにでもかけられているのか。
……いや、職なし穀つぶしの排斥という意味なら、それは社会にとっては祝福ということになるのか……?
…………いけない、なんか視界が滲んできた。おうちかえる。
「……安心して。気持ちの問題というのなら、良い手段を知っている――サランラップ、ファブリーズ」
「毎回名前の雰囲気は掴めてるのに絶妙に間違えるのなんなん?」
「火力支援を。あなた達の主人の精神強度は未知数――フルパワーで行く」
「「ンナンナ!!(了解!!)」」
「それ知能構造体でも一発でオシャカになるやつだからな!? おいマジだぞ、いいのか! このトイレットペーパーがどうなっても!」
「そのトイレットペーパーで何をする気なのかしら」
――――とにかく。
あのオモシロ感電死疑似体験キットから解放されてしばらくして、今のイロモノ同然のやり取りがあるわけなのだけれど。
鬼火隊長から聞いたことが事実なら、この事態に対処するには明らかに人手が足りない。
防衛軍はきな臭い動きを見せ、軍がそんな様子なら『新エリー都』の各機関の様相だって危ういと考えるのは必定だ。
そのような現状もあって人員補充の目処も立っていないこの状況では、今いる『オボルス』と『パエトーン』のチームで動くしかない。
その役割分担の結果、今の形に落ち着いたのだ。
「というかな、少しくらいは鬼火隊長の説得に力を貸してくれても良かったんじゃないか?」
「その辺りは本当に感心している。それこそ割り込もうとする気が起きない程度には」
「もう皮肉にしか聞こえないんだが……それに口調が終始『呪ってやる』だったんだからな。理由が皆目見当つかないけど」
「ンナンナ(働いてないかったからでしょ)」
「ンナンナ、ンナナ(無職は火にくべてなんぼ、はっきりわかんだね)」
「どうしよう、味方がいない」
「胸なら貸せるわ」
「どこに逃げれば良いんだ……!!」
――――とにかく、とにかくだ。
作戦を進言した身として、適材適所に割り振ることは出来たと個人的には思う。
大まかに分けて諜報と暗躍といったところだ。
俺と11号で『シルバー』を。
『パエトーン』で『サクリファイス』を。
鬼火隊長たちで『防衛軍』を。
このバラバラの三つの点を敵に気づかれることなく、一つの目的として明らかにするために、合流場所の指定と定期連絡の義務付けを並行して行いつつ、こうして人気の無い場所へと態々運んでいるわけだ。
「そのためにはニコたちと合流しないと……例の頭のおかしいボンプ像の中にあるらしい情報の解析も済んでないし。追手もこないとも限らないからな」
「敵に尾行されている気配ない……敵勢力に彼らが逃走に使った車を追跡する手段があればここもじきに危ないけれど」
「あー、その辺りは大丈夫だよ。セス坊はともかく、マサとニコが居ればまぁ大抵の敵には捕まらないと思うし」
そもそもあの面子があんな醜態を晒していたのが何かの間違いみたいなもんなのだ。
ニコは普段こそあんなんだが、ストリート由来の生き方から来るある種の生き汚さとも言えるしぶとさは本物だ。
セス坊だってそう。
断言できる。
あれは拷問の末、たとえ歯を抜かれようが全身を焼かれようが口を割るなんてことはしない。
だからこそ危ういとも言えるのだが、あの性根を支える意志の強さは……本当に、羨ましい限りだ。
そしてマサ。
二人がかりだったとは言え
「…………何やら含みがあるように聞こえるのだけれど」
「……よせ、そんな目で見るな。別に深い意味があったわけじゃないんだぞ。ただこう、兵士をやってれば死に目にくらい立ち会うだろ?」
「そう……ならどうして所属はおろか任務が被ることすら皆無な彼らとの話題で、
「……………………いやぁ……」
「まったく……」
察しが良くなって来てくれていることをありがたく思えば良いのか、察しが良すぎて何を話しても墓穴を掘りそうな現状に戦々恐々しているというか。
はぁ、とこれ見よがしに重めの溜息を吐かれてしまって、なんと返したら良いものかと言った具合にもしゃもしゃと言葉を咀嚼する。
が。
どうにもそれだけじゃない様相に、すぐにそんな浮ついた感情は引っ込んだ。
「……隊長たちが、皆が心配か?」
「……心配というより……この後ろめたさは、言葉にしがたいわね」
足先で見えない床の在処を確かめるような気持ちで聞いてみれば、意外とも言うべきかすんなりとその答えが返ってきた。
そしてそんな11号の様子をらしく無いとは言わない。
形はどうであれ仲間が危険に晒されているのだ。普段と違う言動の一つや二つ取るのが、兵士というよりまず人間として当然のことだろう。
そしてその心配の出所も、強さを疑っているわけじゃない。まだまだ底を見れたわけではないが、『オボルス小隊』が秘めたポテンシャルは折り紙付きだ。
何より強さを求めた11号だからこそ、その点に疑いをかけることなど皆無に等しい。
「……今回の騒動は少なからず私のわがままに振り回していることになる」
「軍の動きのことか? 大丈夫だよ、鬼火隊長は相当のやり手だし、ああまでして軍を見限らない人だったら今回のことだってどうにかなるよ」
彼女たちの動きは軍の動きとイコールなのだ。
組織とは不思議なもので、外部から何かの動きがあれば善玉と悪玉が勝手に仕事をするように出来ているのである。
だから11号が個人の責任として抱え込む必要などこれっぽっちもないのである。
「そう言う11号だって、全然揺らいでないだろ?」
「私は市民のために立つ軍人としての在り方を損ねたことはないの。一度たりとも」
「それでこそだ」
軍人としての問い掛けに対しては打って変わって毅然とした態度を崩さない11号の様子を噛み締める。
だが、本当に気にしているのはそこじゃないだろう。
こう見えて、オボルスの中じゃとりわけ情が深いであろう11号のことだ。
接してみて、一緒に戦ってみてわかったが、オボルスの連中は変わっちゃいるがどいつもこいつも良い人ばかりだった。
だからきっと、彼女が気がかりなのはもっと別のところにあって――。
「不謹慎かもしれないけど……むしろ嬉しいと思うぞ。11号が頼ってくれたこと、トリガーも鬼火隊長も」
「……そのようなことを言ったかしら、私は」
「顔見てればわかるよ」
「……不思議ね。トリガーからは私の言葉と態度は時に人を傷つけると言われるのだけど」
「少なくとも俺はキミの言葉と態度に救われてるな……うん、改めてありがとうな」
「………、………そう」
この際だ。彼女の憂いは可能な限り和らげてやりたい。
他には、どんな言葉をかけられるだろう。
「知らないなら知らないなりに力を貸せることはあるよ。ちょうどキミみたいにね」
思えば彼女くらいだっただろうか。
軍関係者が、俺のやってきたことを察しながらそれでと俺への態度を変えなかったのは。
『モグラさん』や反乱軍の連中は勿論のこと、鬼火隊長だって例外じゃない。
それは仕方のないことで、俺もそんな態度を当然のことだと受け入れてしまっていたからこそ、本当に驚いた。
だからこそ、考えてしまったのだろう。
もっと早く会っていたら、と。
俺はどんな軍人になっていたんだろうと、想像してしまうくらいには。
「……鬼火隊長は一切、私の出自に触れなかった」
「俺は気づいたら軍人を辞めていたよ」
事情も聞かれず。
誰に言われるでもなく。
気づいたら俺という個人を作って来た人たちに手を伸ばされ――助けられていた。
「向き合わないことは、弱さじゃないだろ」
強い弱いの話じゃないのだ。
辛いものは辛いって。
痛いものは痛いって、言えば良かったんだ。
それがどんな過去にせよ。
それがどんな罪にせよ。
それに向き合うのはあくまで己自身の選択でなきゃ、と俺は思う。
よくないのは。
過去を向いてないとやってられない、俺のような人間のことを言う。
「11号に必要なのは一人で戦うための強さじゃなくて、誰かを巻き込んでも良いんだって思えることなんじゃないか?」
そこに軍人云々は関係ない。
ただ、支えて来たのなら。
支えてもらったっていいんじゃないかって話だ。
「――なら」
そして、俺のそんな言葉に続くように11号は前に出て。
一際大きく、それでいて躊躇するように、真正面から両手を握った。
「私の――『家族』の問題に踏み込ませても良い、ということね」
大事に大事にしていた異物の蓋を開けるような重さでもって、その言葉が紡がれるそれ。
その言の葉の一つ一つに込められたものを溢さぬように。
うん、と頷いた。
「……先ほどの作戦で、確信したの」
溢れ出る『何か』を堪えるように伏せられた目。
ほんの一瞬だけ見えた彼女の紅い目には根深く、色の濃い、懐古の色を宿っていた。
「あの手の作戦に、私は何度も身を投じていた。前線に出ていたのは私だけじゃなかったけれど……それでも、あの場に居合わせた誰かが一緒に居れば私と同じ考えを抱いた筈よ」
「……どう言う意味?」
「私たちが手足となって、彼女という頭脳にしたがっていたと言うことよ。そしてあんな手が使えるのは……おそらく一人」
「……その子の名前は?」
「……敵、とは言わないのね」
「そりゃ、な」
他ならぬキミが敵と言わなかったのだ。
半ば軍に追われ、頼れる味方も少ないこの状況で、それでも彼女はこれを『家族の問題』と言った。
そこに込められたものを正確に推し量ることなど俺には出来ない。量ることすら烏滸がましいと言えよう。
だが、それでも。
己の過去と、家族と向き合うしんどさというのは理解しているつもりだから。
「――ツイッギー」
そして、その名前を告げられた時。
ふと、あの日の銀色の少女の姿が脳裏に浮かび上がった。
――――その瞬間だった。
「――彼から離れて、ハリン」
抜刀――迫り来る雷光を纏い、夜を駆ける蒼電を一刀のもとで斬り裂いた。