脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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36話 何かあった姉妹

 

 

 鋼と鋼が奏でる刃の狂騒。

 耳を劈き刃がその牙を突き立て合うその音と感触が合図となる。

 弾き飛ばしてもなお回転を伴いながら夜の摩天楼を背景に月光をはね返すのは、どこか見覚えのある形状をした黒塗りの大鉈。

 曲芸じみた軌道を描くソレはその実、どの系統にも当てはまらない叩き上げの戦闘倫理がふんだんに込められた合理そのもの。

 

 振り抜いたククリ刀の先に捉えたのは――いつぞやの夜に見た、銀の兵士のソレだった。

 

「――――!」

 

 熱を帯びながら視界に亀裂を刻む稲光の蒼。

 その戦闘軌道を辿る視線を欺き惑わすように縦横無尽に駆ける銀の影は、夜闇に溶けながらも敵意と実体を伴って命を刈り取らんとその()()()()()()()を俺に向けてくる。

 

 何者か。どうして俺達を襲うのか。どういった目的の奇襲なのか。

 

 音越えの剣の使い手は惑う思考を渦巻く俺達を待ってはくれない。

 

 よって――この時、この場において戦闘以外の思考を放棄することにした。

 

 手元に戻るまで見事な軌道を描いて回転する大鉈を掴み取った銀の少女。

 1()1()()()()()()()()()()()()()ともいうべきソレ。

 パンクな緑のヘッドホンに、それに誂えた黄緑の服装はその手馴れた戦闘員然とした動きからは連想できない少女然としたものだ

 

 枝分かれし空間を喰む雷電と化して――重く鋭い斬撃が落雷の如くこちらを強襲する。

 

「――――!」

 

「ッ――――!」

 

 繰り出される一閃により唸る刃で一合。

 剣身を滑りながら火花を散らす鋼で二合。

 弾けるように大気を痛烈に刻む三合。

 

 そして一際大きな電熱が地面を焦がし、石礫となって荒れたコンクリートを周囲へ吹き飛ばす。

 

 飛来しては離脱し、刹那の衝突を繰り返すその動きは金属が奏でる無色の花火のよう。

 十重(とえ)二十重(はたえ)と繰り返される剣戟に、廃墟然とした街並みに響き渡る剣戟は夜の静寂を破ると共にその景色を一変させ――ひと際大きな金切り音が交わり、その衝突が周囲に重々しく響き渡った。

 

「あなたは――!」

 

「11号、話は後だ! すぐに鬼火隊長かカロンに連絡しろ! 俺が迎え撃つ! 話を聞くのはそれからでも遅くない!」

 

 鍔迫り合いとなった大鉈は電気を迸らせながらその接触部分を赤熱化させている。

 

 驚きを隠せないと言った様子で声を張り上げる11号を遮るように背後へ言葉を投げかけた。

 剣の腕は、恐らく11号とほぼ互角。

 そして何より同じ顔、同じ造形をしているという事実がこの場においては何よりも恐ろしい。

 そんな存在による、このタイミングでの強襲に意味がないわけがない。

 

 その強さも、その心当たりのある謎だらけな風体をしたこの()が、色んな意味でただ者じゃないことは明白だった。

 

「……おい、キミは何者だ。何故俺を襲う」

 

 押し込む、押し返す。

 

 耳障りな金属音と共に刃が震え、刀身を軋ませながら言葉だけを動かしている。

 

「(……似ている……いや、()()なのか……?)」

 

 刃一枚を隔てた向こう側にある顔はこうして間近で見ると、11号と怖いほど似ていた。

 双子でも多少の差異はあるだろうに、同じ顔、同じ表情、同じ瞳の色でこうして刃を交えている現状は酷く寒々しい。

 

 誰かと同じ赤い瞳が、唯一と言って良いほどわかりやすく激情の熱を宿していた。

 

「……それはこちらの台詞よ。あなたは何、どうしてあの子と一緒に居たの。あなたのような人間が、どんな目的であの子に近づいたの」

 

「質問してるのはこっちなんだが……このタイミングでの襲撃、見たところ敵情視察ってところか? どこまでこちらの事情を知っている? 内容次第じゃ――」

 

 ――――力づくで拘束させて貰う。

 

 そういう意味を込めて未だに交わる剣に力を込めれば、刃越しに覗く瞳はより一層強い敵意を宿して俺の身体を焦がしつけた。

 

「っ……! 思い通りにはさせない、あなたがしようとしていることも、復活させてしまったあの技術諸共、ここで仕留める――!」

 

「……俺が11号から手を引けって意味なら――そりゃ、無理、だ!」

 

「――――!」

 

 聞く耳持たぬとはまさにこのことか。

 彼女が口にした内容には酷く違和感を覚えたが、思考を放棄すると決めたばかりだ。

 よって、すべてのリソースはこの戦闘の終結のみに充てる。

 

 だから――この会話すらもその布石に過ぎない。

 

 鞘を疾走し引き抜かれる二本目。炎を巻き上げ死角から繰り出される下段からの斬り上げ。それが()り合う彼女の大鉈を爆発のような金属音と共に勝ち上げた。

 

「――っと!」

 

 だが、武器と彼女の身体を同時に吹き飛ばすつもりで放った一撃を放った直後、その対応に目を見開いた。

 

 逆袈裟に振り抜き十字に交錯させた刃を前に、銀髪の彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その一撃を無力化してきた。

 

「っ――!」

 

 そしてそれだけじゃ終わらない。

 逃がした衝撃によって宙を舞う銀髪の彼女に追撃として放った右のククリ刀。

 それをあろうことか手に握った大鉈で振るったククリ刀の刃の腹を滑るように再度空中で回転し、その勢いのまま空中で上段からの振り下ろしを行った。

 

 相当な練度で鍛え上げられた剣の腕前。

 一朝一夕で積み上げた鍛錬では到底実現できない身のこなし。

 一手読み違えれば刺し違えかねないほど磨き抜かれた戦闘勘。

 

 そこらの烏合とは違う。

 

 いつぞやぶりの『強敵』を前にして俺は――。

 

「随分と戦い馴れてるな、だけどそれは――」

 

「――――!?」

 

 ――――また、ほんの少しだけ『戻った』。

 

「――味方ありきの戦い方だろ!」

 

 先の先を制す後の先。

 彼女の実力は見事のものだ。

 だが、俺からすれば()()()()()()()()と言わざるを得ない。

 音越えの強襲より繰り出される連撃、俺の隙を突くのではなく隙を出させてから放つ大鉈による重い一撃。

 

 だがまるで要所要所の動きに、まるで『一枠』空いたかのように不自然な動きの空白が目立つ。

 

 だから、リハビリ同然の俺に動きが読まれる。

 

 振り下ろされる大鉈の腹を()()()()、その軌道を強引に変更する。

 そして俺は二振りの刃を制するもの。自由な手先、剣と無手の戦いは心得ている。 

 

 空中に浮かぶ彼女の襟首を掴み、背負い投げの要領で思いっきり壁の方へ彼女の身体をぶん投げた。

 

「かはっ――!?」

 

「次」

 

 壁に叩きつけられる銀髪の少女の身体に追撃するようにククリ刀を投擲。

 そして宙に投げ出されたままの大鉈の柄を()()()、一の矢に対処せねば次弾による破滅が待ち受ける二の矢とする。

 

 ひび割れる壁にめり込む彼女の身体は成す術なく、その顔の両脇に飛来した二本の刃が突き立てられた。

 

「トドメ」

 

「くっ――――!?」

 

 仕上げだ。

 続く三の矢は俺自身。

 弓に番えた鏃の如くククリ刀を腰だめに構え、その切っ先を文字通り突き出すように彼女の身体を目掛けて突貫する。

 

 鈍痛に顔を歪めながら壁に突き刺さった己の得物である大鉈を引き抜き――花火の如く火花を散らせながら、その突きは停止した。

 

「よーし……ようやく目線があったな?」

 

「……この強さ、あなたやっぱり、軍の……っ!」

 

 ギリギリと大鉈を震わせながらククリ刀の切っ先の到達を阻む何度目かの鍔迫り合い。

 そんな不安定な打ち合いの中で相手の自由を許すようなやわな鍛え方はしちゃいない。

 ましてや()()()()()()()()にならなおのことだ。

 

 どういうわけか本気を出していない……否、出せていない相手というのなら好都合。

 こちらとて死ぬわけにはいかず、ましてや穏便にいけないというのであればその明確な隙を突かない理由はない。

 

 武器を封じ、選択を迫り、会話の外堀を埋めていく。

 

 これでようやく穏便な『対話』に移れるというものだ。

 

「前の話だよ。今は見ての通り自由気ままな社会不適合者――おい、だから無職じゃねぇっつってんだろ!」

 

「馬鹿にして……!」

 

「じゃあ単刀直入に聞くけど――キミは、『シルバー』のなんなんだ」

 

 それを聞いた直後。

 

 先程の襲撃の時とは比べ物にならないほどの敵意が俺を襲い――そこで明確に、()()()()()()()()を否が応でも察知する。

 

「サン、ダー!」

 

「っ!」

 

 背中に背負ったバックパックより電気が迸り、滑らせるように逸らしたククリ刀の切っ先を振り払うと、真上から文字通り本物の落雷が俺の全身を目掛けて落ちてくる。

 

 自傷すら厭わない自爆も同然の一撃は――。

 

「はぁ――!!!!」

 

 ――背後から飛んできた11号の怒号と共に放たれた炎の一撃によって振り払われた。

 

「……彼女を相手にあの猛攻を無傷で凌ぎきるなんて……流石よ、『ブラックイノセント・パニッシャー』」

 

「だからコーバスだって……ってそんなことは今は良いんだ。いいから退け、キミはこのままニコ達と合流しろ。ここは俺が――」

 

「――大丈夫。私は、平気よ」

 

 そんな。

 

 全然平気そうじゃない、喉元を震わせた頼りない声を出しながら、彼女は前に出た。

 

 こんな時にも、俺を気遣うような台詞を残して。

 

「ハリン、どうして……」

 

「…………久しぶりね、アンビー」

 

 ……知り合いなのは、当然なのだろう。

 

 恐らくは11号が生まれた時と同時期に誕生した『シルバー』の一人。

 あくまで推測だ。

 11号の成り立ちを考えるなら、あの少女――アンビーと呼ばれていた彼女は恐らく家族構成で言うところの姉妹か、あるいは母親にあたるに違いない。

 

 それがどんな形であれ、血で繋がり、時間で繋がり、場所で繋がり、己が名前を呼び合う仲を人は『家族』と呼ぶのだろう。

 

 

 たとえそれが――残酷なまでに、喜ばしい再会でなかったとしても。

 

 

「違うわ――どの面を下げて私に会いに来たのかと、そういう意味で言っているのよ」

 

「…………っ」

 

「……おい11号、なんだか様子が――」

 

「大丈夫。大丈夫よ……私とあの人は、もうとっくの昔に無関係だもの」

 

 普段の11号からは信じられないくらい辛辣な言葉に思わずそう聞き返すが、それを口にした彼女自身もどう考えても正常じゃない。

 

 普段の彼女は辛辣ではあるが、そこには情があった。

 優しさがあった。

 悲壮さなんて無かった。

 兵士でありながらどこまでも誰かを救う、人の温かさと兵士の冷たさを内包する不完全ながらも完璧な兵士であった。

 

「……あなたは軍を裏切って、兵士であることを放棄して、()()の家族であることも放棄した。それが事実よ、アンビー」

 

「……ハリン」

 

 それが、なんだ。

 なんなんだ、これは。

 それがなんで、こんなことになっているんだ。

 

 俺の理想を押し付けたわけじゃない。

 

 普通に話したきゃ話したいだろう。

 こんな状況じゃなければ、今のような立場じゃなければもっと別に迎えたい形があっただろう。

 家族をそんな風に罵らなきゃいけないなんて、辛いに決まっている。

 それがどんな形であれ、少なからず思っていた相手にそんなことを言うのなんて、痛いに決まってる。

 

 なのにどうして、そんな顔して大丈夫だなんて言うんだ。

 

 一番苦しいのは本人の筈なのに。

 

「これまで何の連絡も寄越さずに生きてきたあなたが私の前に家族面をして現れてやることが、戦友の不意打ち? ふざけないで」

 

「…………ハリ、ン」 

 

 それに拍車を掛けているのは、アンビーの存在だった。

 俺を迎え撃っていた気迫と威容は見る影もない。

 光の届かない暗闇の中で手を伸ばすように絞り出された『ハリン』という名前。

 弱々しい声な筈なのに、そこには血を吐くような万感が込められている。

 

 それを察している筈だ。

 俺の顔色から、俺の態度から俺の心を解きほぐした11号が、それを察せない筈がないのだ。

 

 

「だから、その名前を二度と口にしないで――あなたと同じように、私はその名を捨てたの。忌々しい『過去』と一緒に」

 

 

 けれど、それをきっと今の彼女は受け入れられない。

 それを受け入れ、許せだなんて、口が裂けても言えない。

 彼女が憎んだのは、己の『弱さ』の象徴である『過去』――そこに居座り続ける自分自身。

 

 そして、その繋がりすら否定された彼女は気づけない。

 否、気づける筈もなかった。

 

 己の存在が彼女にとって地雷であるということを。

 

 

 その吐露が、どんな意味を持つかなど。

 

 

「…………ごめん……なさい……」

 

 

 ――――ぶちりと。

 

 

 絞り出されるように霞み切った弱々しいその声に、この場を支配した怒気が明確に決壊し――炎が、猛る。

 

 

「――――ハアァ″!!」

 

「……っ!? 待って、ハリン! 私はあなたとは――!」

 

「それは捨てたと!!!! 言った筈よ!!!!」

 

 11号の大鉈に迸る猛火。

 裂帛の気迫に呼応するように巻き上がり、荒れた夜の街を照らす。

 彼女からこれほどの猛攻を受けるとは思わなかったのだろう、アンビーは俺と接敵した際とは打って変わって動きから精細さを欠いている。

 

 そして――そんな様子に怯む11号ではない。

 

 使い手たる彼女の呼び声に応えるように、炎の斬撃が銀の少女に向けて放たれる。

 

 夜闇すら反転させるそれは、彼女の体ごと焦がしてしまうかのようだった。

 

「――――なんで、なんで、なんで今になって現れたの! アンビー!!」

 

「『シルバー』の技術の、復活は、私が始末をつけないとって……! それがせめて、あの子たちへできる償いだと思ったから……!!」

 

 一撃ごとに削られていく。

 一撃ごとに圧されていく。

 一撃ごとに摩耗していく。

 

 その実力は拮抗している筈だった。

 だが剣と剣が打ちあう度に、二人の間で築き上げて来たであろうナニカが、時を経て澱み歪んだそれらが心の底にしまっていたものを強引にこじ開け、古傷を生傷へと(かえ)していく。

 

 簡単な話だ。

 迷いのない人間は強い。

 この場はもはや勝負の土俵ですらなく、ただ純粋に相手へ心をぶつけられる人間だけがその正しさを叫ぶことが出来る。

 

 その点で言えば、この場においてアンビーは一つだけ及ばなかった。

 

「なら、なんで! 生きていると知っていながら、会いに来てくれなかったの! 一緒に戦うことだって出来た筈よ!」

 

「それは、私を憎んでるのが、正しいと思ったから……!」

 

「いつ私が望んだ! なんで、なんで――生きていた私の前からすら逃げたのよ!」

 

「それは――あなたを、護りたくて!」

 

 剣も届かない。

 

 声も届かない。

 

 責める権利のまま、兵士という肩書を忘れ、その胸の内を曝け出し続ける11号。

 

 責められる権利のまま、言葉少なくそれを『罰』だと受け入れんばかりに11号の言葉を受け止め続けるアンビー。

 

 その心は、やはりどちらにも届かない。

 

 少なくとも、互いが武器を構え続けている間は――正しい矛先を失ったそれらは、決して届くことはない。

 

「なんで分からないの! なんで知ろうとしないの!」

 

「言わない! 言う権利なんてあるわけがない……! 私は、私に向けられるあなたの言葉は、あの時、あの日に私が引き受けるべきものだったから……!!」

 

「こんなに憎んでいるのに、なんであなたはされるがままなの!? その癖に――こんなとこまで着いてきた理由は、なに!」

 

 炎と雷が甲高い鋼と共に混じり合う。

 叫び合う正しさは喉を刻み、血を吐き合うように鮮烈だ。

 どちらも正しいから、俺はそれを止めることに躊躇する。『兵士』から『人間』になっている彼女の姿を、止めるべきか迷っている。

 

 だが、度し難いのは。

 

 

 憤怒に燃えていた11号の言葉尻に、水気を帯びたナニカで震えていることだった。

 

 

 あの、11号がだ。

 

 

「ふざけないで! 事実は一つだけよ! あなたは、あなただけが――私と皆を捨てたのよ!」

 

 

「――――」

 

 

 一瞬。

 11号が放ったその言葉が、引鉄になったのだろう。

 死人もかくやと言わんばかりにただでさえ白いその肌を蒼白に染め上げながら、その瞳に滲んだものを振り切るように、銀の少女は首を振った。

 

 消えないよう、痛みが残るよう、(きず)がはっきりと残るように。

 

 炎を吐くように紡がれた言葉の一つ一つを、まるで罪人の如く刻み付けるようだった。

 

「…………私の、こと、は。いくらでも罵ってくれて構わない。でもせめて、せめてそこに居る男とだけは、何がなんでも引き離させて貰う――たとえ、この命に代えてでも」

 

「……そうやって私から戦友まで奪うというのね。なら――あなたでもわかりやすく、私の言葉をカタチにする」

 

 言葉が切り、落雷が刃を奔る。

 閃光は視界と共に夜闇を焼き払い、周囲に残った古びた電灯を点滅させ、枝分かれする稲妻の通り道となって戦場を焼いてく。 

 

 言葉を切り、辺り一面に業火が散る。

 炎熱に晒された空気は熱波の壁となり、古ぼけ朽ちかけのコンクリートが灼熱を前に焦げ付き、白くその反応を広げていく。

 

 尋常じゃないエーテルの消費量。

 作戦中であることにもお構いなしで、後のことも先のことも一切考えてない。

 ただただ心の枷を解き放つためだけに(こしら)えた、全力全開の一撃。

 純粋なエーテルエネルギーが熱に、電気に変換され、その膨大な力のすべてをたった一人の相手に向けているのだ。周囲への被害など考えるまでもない。

 

 

 つまり――どちらかが()()()()()()、終われない。

 

 

「――――終わりにするわ、ハリン……!!」

 

 

「――――あなたには無理よ、アンビー!!!!」

 

 

 稲妻が疾走する。

 猛火が駆け抜ける。

 雷がか細く残り続けていた『バレエ・ツインズ』周辺の光源の全てを過電流によって根こそぎ奪い去り、炎がコンクリートを融解させながら閃光と化して飛んでいく。

 

 満足に答え合わせすらなく、対話もなく、俺を戦友と信じ抜いた彼女のたった一人の家族が、己の数少ない肉親をその手で斬り伏せようとしている。

 

 それで、良いのか。

 

 

「ふざけてんじゃ――――」

 

 

 『エアリス』の演算機能へ電力を疾走させる。

 

 『サラ』の出力補助へ火力を叩き込む。

 

 決定的な最後の激突を前に俺は――――。

 

 

「――――ねぇぇぇぇぇぇえええ!!!!」

 

 

 ――そんなこと、許す筈もなく。

 

 音速を超え。

 雷速を超え。

 光を超えて、疾く走り。

 

 

 雷炎を従え――『混沌』を制して両者の間へ降り立った。

 

 

「――――!?」

 

「――――っ」

 

 

 瞬きすら許されない刹那の視界。ゆっくり流れる景色の中では飛ぶ石礫すら止まって見える。

 そんな中で捉えた両者の貌はなんともわかりやすいものだった。

 何が起こったのかわかっていない貌。

 そこにどんな意味が込められているかは、俺には知る由もない。その重みも、そこに宿る想いも、部外者でしかない俺にはわからない。

 

 

 だがそれでも、許せないものがある。

 

 

 アンビーの次に見た、ずっと、ずっと背中越しで見てたから見えなかった、11号の顔。

 

 

 それを見て俺は――ほんの一瞬前の自分を殴りたくなった。

 

 

「キミは、後だ――!」

 

「くっ――――!?」

 

 

 袈裟に振り下ろしたアンビーの大鉈ごと、『混沌』で生じた無色の力場による勢いのまま彼女の身体を間合いの外へ弾き飛ばす。

 

 それでどうなったか、受け身を取れたのか、怪我を負ってないのか、それを確認する暇もない。

 

 そしてその場で、俺は――両手で握った武器を手放した。

 

 今しがた間違いなく命のやり取りをした、アンビーに無抵抗の背中を向けて、11号に向き直った。

 

 

「――――『コーバス』……?」

 

 

 それを見て、戦闘で荒れ果てた街の広場の中心で。

 

 

 強過ぎず、固過ぎず、空へと逃げる羽を手のひらで包み込むような力で以て――彼女の身体へ腕を回した。

 

 

 それはなんてことはない――見たこともないほど辛い顔を涙でぐしゃぐしゃにさせた11号を垣間見たからだった。

 

 

「なん、で……」

 

「ごめん……もう、なんだか、見てられなくてさ……部外者だとわかってても、手が出ちゃった」

 

 ……回した腕は、ひどく頼りない。

 放さないと強く抱きしめることも出来ず、11号を抱き寄せることも出来ない。

 

 それは当然の結果だった。

 俺は、彼女の()()()()知らない。

 正確には、彼女に本名を呼ぶ権利すら貰っていない。

 

 それは彼女の過去へ深入りすることをしなかったから。

 探られたくなかったなどということを言い訳に使うつもりはない。

 こうして彼女が泣いてしまうまで踏み込まなかったのは、明確な俺の落ち度だ。傍に居たのに、泣くほど辛かったことに向き合うことすらしなかった。

 

 だから――今の俺に11号を救うことは出来ない。

 

 ただこうして、傍に居て欲しくて、傍にいてやることしかできないのだ。

 

「大丈夫って、言ったのに……どうして、あなたは」

 

「ごめん……ごめん……気づけなくて、ごめん」

 

 ゴーグルを取る。

 俺と、11号のものを取って、その向こう側にある景色をはっきりと見えるようにする。

 逸らそうとする視線を、頬に手を添えることで阻んだ。

 その手が拒まれることはない。

 

「どっちかが死んだらきっと――二人とも、後戻りできなくなると思ったから」

 

 やがて怒気が抜けた腕から力が抜け、11号の象徴である大鉈がその炎熱を霧散させながら力なく地面へ打ち捨てられる。

 

 そして――頬を辿る涙の痕を指先で撫でた。 

 

「……なんであなたが謝るの……どうしてあなたは、いつも……いつも……」

 

 だが、それがきっかけになったのか。

 弱々しい語気に呼応するように、拭った涙の痕を追いかけるように、次々と11号の瞳から雫が頬を伝って顎先に向かい、地面に温かな雨粒として落ちていく。

 それを、何度も拭ってやる。

 何度も。何度も。何度も。

 己すら焦がす烈火のごとく吐き出した熱を冷ますように、優しく、泣いても良いんだよと、自分の生まれと業に縛られた彼女を、

 

 たとえそれが、どんなに頼りない死に損ないの手によるものだったとしても。

 

「……本当に、兵士に向いていない……」

 

「よく知ってるな……流石は戦友」

 

 俺は気づくのに半生以上かけていたのに。

 

 でも、だからこそわかったことがある。

 

 たとえ部外者と罵られようとも――『シルバー』は、俺が止めるべきだと。

 

「サラ、エアリス。今は頼むぞ」

 

「ンナ……(ごすじん……)」

 

「ンナンナ(任せて)」

 

 武器を手放した手に合わせるように、力なく座り込んだ11号を俺の外套(マント)を被せてやる。

 そこに、己の身さえ焦がしていた業火の気配はない。

 肌の感触も、その温もりも、俺の知っている11号のものだ。

 

 ……本当は、もうしばらくこのままで居させてあげたいけど、今はそうはいかない。

 

 包み込んだ彼女の肩を外套ごしに一撫でして……武器を向けることなく、呆然と俺達を見つめているアンビーへと向き直った。

 

「それでキミは……アンビーと言ったか。どうするんだ、まだ続けるか」

 

「…………」

 

 アンビーは答えない。

 依然として11号の肩は掴んだままだ。それを見て、俺の言葉に文字通り後退って、雄弁に語るその行動に対して、口がそれを紡ぐことはない。

 

 11号に語り掛けていた言葉を見るに、元々そんなに喋るのが得意ではないのかもしれないなんて脳内プロファイリングを繰り広げながら、次の言葉を投げかけた。

 

「お互い誤解があったみたいだし、俺も早計だったからさっきのことは水に流す――代わりに協力しろ」

 

「…………なにに?」

 

「復活した『シルバー』を止める――さしあたっては『ツイッギー』って子を抑える」

 

「……っ!? どうしてその名前を……?」

 

「11号のお陰だよ。それに、そのための第一段階として――」

 

 物陰に視線を向ける。

 

 そこには見覚えのあるピンク頭、黄色のハチマキをした黒髪、灰の毛並みを猫耳がこちらを覗かせていた。

 

「こいつらも話を交えないとな――だろ、ニコ」

 

「……まったく、戦闘の気配がするから駆け付けてみれば……気づいてるなら気づいてるってさっさと言いなさいよ、クロ」

 

「いやいやー、あの空気でそれを指摘するほど器用じゃないからクロは。うちのセス君だってあの場に割り込むのは憚られた」

 

「いや、俺はもう何が何やら……でもああして泣いている人が居る以上、治安官の端くれとして事態の収束に手を貸しますよ。なんとしてでもね」

 

 

 それは気遣いか、あるいはその場を納めんとしたものによるものなのか。

 

 意気軒昂と言った様子で、『零号ホロウ』における捕虜組とようやくの合流を果たした。

 

 

 

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