脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
眩い閃光と鋼を打つ音が交錯していた戦場から一変して、街にはどっぷりと帳の下りた夜の静寂が戻っていた。
図らずもアンビーと11号との邂逅にばったり出くわして、殺し合い寸前と相成ったわけだが、そのきっかけとなった片割れはここには居ない。
代わりに、更に深い夜に突入した人気の皆無な街並みを、11号の隣に並び立って歩みを進めていた。
「……少しは落ち着いたか?」
「……問題ない。けどもうしばらく……このままでいい……」
「……そっか。じゃあ、離したくなったら言ってな」
……11号とはあれから碌に言葉を交えていない。
会話というべき会話も、こんな毒にも薬にもならない確認程度のもの。
かと言って『大丈夫か』なんて全然大丈夫じゃない女性に対して投げかけるのも、それはそれでデリカシーが無い気がしてくるというのもまた事実。
だが、どれだけ多くの敵に囲まれようとも毅然とした態度を崩さなかった11号がたった今見せている、かつてないほど憔悴しきった様子からしてその判断は間違いでもないのだろう。
代わりに、ずっと手は繋いだまま。
そこには気恥ずかしさだとか、そわそわして落ち着かないだとか、そんな浮ついた感情は存在しない。
手袋越しに伝わる感触は普段大鉈を振り回してる手とは思えないほど小さく感じる。
手を握る力はか細く、油の切れかかった灯りをつけた吹けば消えるような蝋燭みたく弱々しい。
唯一の拠り所と言えば、ぶらついた結果発見した廃れたコンビニで雑多に購入した食料品の入ったビニール袋の存在だろう。
「いやぁー……時間もあるんだろうけど見事なまでに品薄だったな。監視カメラまで撒いた結果がヘンテコなハンバーガーばっかりって言うのはな?」
「……」
だからと言うわけではないが、努めていつも通りの『俺』を出力する。
片手で袋の中身を弄びながら覗けば――こんな沈黙すら気にならなくなるような品揃えのハンバーガーに、思わず蒼褪めた。
……いやいや、冗談抜きで。実際問題おかしいのだラインナップが。
がさがさと袋の中をゆすって中を覗き込んで見れば、これを選んだ人間の正気を疑いたくなるレベルの内容となっていた。無論、その当事者とは俺である。
具体的には鯖バーガー、サルミアッキバーガー、くさやバーガー、等々、etc……。
……さもありなん。これでは外れバーガー名鑑だ。梅干し一つない
チキンはおろか単純に肉を捏ねたバーガーすらありやしない有様だ。というかバーガーの体裁すら成していない。あの荒れ果てたコンビニは適当な惣菜パンでも売ってた方がまだ儲かるというものだ。なんか猫の匂いしたし。
……そして何よりも致命的なのは、当の11号がハンバーガーというジャンクフードそのものにそれほどお気に召していないという点であった。
「………………それ以前の問題だという指摘はいる?」
「にしてはもの凄い葛藤があったような」
「……………………栄養補給には最適とは言えない食べ物だと思っただけよ」
なんだそりゃ。
何とも含みのある、珍しいと言えば珍しい11号の文句につい首を傾げてしまう。
「適当に掴んでくるんじゃなかったな……」
「買ってくる前に気づきなさい」
「これ見て11号がその調子じゃアイツら何言ってくるかわかったもんじゃないぞ」
「……常人の思考なら選択肢すら浮かばないでしょうね」
「今サラッと俺を頭おかしい認定したな……あ、ならこれとかどうだ。火竜製菓の激辛カレーパン――」
「……それなら、貰うわ」
「――の、ハンバーガーなんだけど」
「いらない」
「なんでだよ……」
いやに強めの否定だな。いや、わかるけども。
カレーパンとハンバーガーを混ぜるに至った経緯は是非とも教えて貰いたいものだと俺も思う。
彼女とハンバーガーの間に生じた因縁を解き明かしたいと思うは、こんなバーガーを妥協とは言え選んで来てしまう俺の頭がおかしいということなのだろうか。
つーか、どんだけハンバーガーが嫌いなんだキミは。
「あと――別に、これ以上の遠回りは不要よ」
「………………いや、別に。腹減ったのに碌なコンビニが無かったから歩き回ったわけでさ……」
「大丈夫よ。気持ちだけでも嬉しい――少なくとも今の私は一人じゃないって思えるから」
「……11号」
ひときわ強く握られる手。
迷子のようでいて、文字通り縋るように包み込まれる右手の感触は、ひと時でも手放せばどこかに消えてしまいそうなほど不安定で、力を感じない。
「そうか……なら、合流するぞ」
11号のその言葉に頷く。
彼女に包まれた手が更に強く握られながら向かう場所は一つ。
無駄に広く展開された道路を渡って、階段を降りて。
先ほど戦闘を繰り広げた場所から離れてほどない場所にある、広場の端っこ。
朽ちかけの自販機が不気味に点滅する橋の下にたむろする、マサ達の姿があった。
「……よ、マサ」
「や、クロ。そこの子は落ち着いた?」
「……その癇癪を起した幼児のような扱い、気に入らないわ」
「……ま、見ての通りだよ。平常運転だからなんの心配もしなくて良い……いいか、だから何も言うなよ」
特にお前は。
最後の言葉を強調して、目の前の黄色のハチマキ男に対して告げる。
金の瞳が俺のその言葉を辿るように、その視線は俺と11号を繋いでいる、その手元へと吸い寄せられていた。
「ハイハイ。人をこーんな人気のないところに放置してキミは楽しくそこらをほっつき歩いていたわけだ。お土産を持ってきたから、この際何も言わず目を瞑るけど」
「言ってるも同然だっつーの……! おいセス坊、先輩が命じる。この男を逮捕しろ」
「無茶言わないでくださいよ……せめて仕事をサボっているとこを捕らえて詐欺罪を適用するならギリなんとか」
「マジ逮捕の手段確立はやめて?」
「あなた治安局に逮捕されるようなタマじゃないでしょう」
「ちょーーーーっとごめんよセス君? キミはクロという男を何にもわかっちゃいない。彼の前でそんなことを言ったらそれにかこつけてトンデモないことをしでかそうと――」
「そしたらお前を余罪だけで死刑に出来そうだな、マサ――ところで、ここに六課の真なる課長の番号がある」
「ほら……!」
「自業自得じゃないですか……」
雅さんとの鍛錬経由で知り合ったとある敏腕OLの番号をこれ見よがしに見せつけてやれば、マサが何やら戦々恐々としながら引き攣った笑いを浮かべている。
とは言え日頃の行いなのか、マサが縋りつくように涼し気に告げられているセス坊はどこ吹く風。なんなら手錠の用意もしてくれてる。しっかり警告したのに見える地雷を踏むからこうなるのだ。
「というかそれよりもだマサ、お前あの状態からどうやってここまで?」
「話は終わってないんだけどねぇ……なに、頼れる相棒がいるってだけだよ。どうにも僕たちの動きを把握してたみたいでね。適切な処置をしてくれて今はこの通り」
「ほー……?」
はて、とマサの発言に首を傾げる。
この虚弱体質であるが故のどこか空虚というか、世捨て人染みた考えを持つこの男が『相棒』と呼び己の身体を任せる存在。
一人の友人として普段ならそのことを根掘り葉掘り問いただしているところなのだが――今は時期も状況も、それどころではなかった。
「…………」
このどこか張り詰めた何とも言えない空気の元凶と言えるであろう彼女――アンビーは、帰ってきた俺達を迎えることなく、背中を見せつけて広場に視線を向けている。
そこに敵意は皆無だ。
あの稲妻のように肌を焼いていた殺意にも等しい猛烈な気配はなりを潜めており、その感情の色を伺わせない。
隣で手を握ったまま俯いて、アンビーへ視線を向けようともしない11号にすら無反応な様相は、いっそ酷薄と言えるほど冷たく感じさせた。
「ニコ、あの子……アンビーの様子は? 話せそう……じゃなさそうだな、あの感じじゃ」
「それこそ見て通りよ。話は聞いてるみたいだから、そっとしておいてあげてちょうだい」
代わりに、とニコはそこで語気に更なる真剣みを帯びさせながら言葉を切る。
その普段は金にぎらついている視線が、今は隣の11号に向けられている。
マサの様にそれっぽく茶化したり、セス坊のようにあくまで個人間の問題として極力触れないようにしているわけでもない。
つまるところそれは、俺がアンビーに対して行ったことと同じもの。
……つまりはまぁ、そういうことだ。
「……了解……ちなみに、今回の件にキミが関わっている理由って――」
「当然、あの子――アンビーの失踪が理由よ……私だってこんなことになるなんて予想もしてなかったわ」
「……まぁ、そりゃそうだな」
アンビーのその有様に何かを言ってやろうと思ったが、ニコの言葉を聞いてその言葉を喉元に引っ込めた。
きっと、言葉じゃ語り切れないことがあるのだろう。
じゃなきゃ武器なんて握らない。
じゃなきゃ言葉でわかり合えないなんてことはない。
じゃなきゃ――11号は涙なんか見せる筈もない。
……そういうことなら、俺から言えることなんてあるわけない。精々ほとぼりが冷めるまでそっとしておくことが吉だろう。
何より、そこまで時間がないことも事実だ。
「――それで? さっき彼女が言ってたツイッギーって言うのが今回の首謀者ってわけ?」
そして急いた俺の空気を察したかのように、マサが俺の持ってきたビニール袋の中身を俺が何か言うでもなく中身を物色しながらそう口火を切った。
「確証はないけど、確信はある……これまでの調査の結果と11号からの情報だよ。あ、ハンバーガー食う? 食うよな。つーか食え」
腹が減ってはなんとやらだ。
ビニール袋には例のゲテモノバーガー各種と、人数分の缶飲料やゼリーと言ったとにかく栄養の補給を優先して雑多に購入した食品となっている。
そして、この化け物の餌やりみたいな内容と化している袋の中身を勝手に物色した
「おぉ、これはありがたく……!」
「……待ちなさい、この辺りのこの時間って確か……ハァ、背に腹は代えられないわよね……」
セス坊は何の疑問も抱かず、マサに続くように袋の中へ手を伸ばす。
ニコだけは何やら訳知り顔であったが、潜伏中という今の状況も作用したのだろう、渋々と言った様子で同じく袋の中の者を掴んだ。
直後、中身を手に取った一同を苦々しく顔を顰めた。
「……あの先輩、なんすかコレ」
「ホント、なんでよりにもよってあんな店を……状況が状況じゃなきゃ店よりアンタに文句言ってやりたいところよ」
「……ちょっと待って、腹ごしらえにしてもなんか『未承認食品バーガー』だとか『臨床試験中バーガー』とか書いてあるんだけど――」
「気のせいだ。うん、気のせい」
「えぇ……」
全員に取りあえずゲテモノバーガーと飲み物各種が出回ったところで、隣の11号の分も確保して、俺もハンバーガーが中に入った包み紙を開け――サルミアッキバーガーに齧りついた。
「……味はどう?」
「臭い」
「味を聞いたんだけど」
うるせぇ。ハンバーガー投げんぞ。
「非常事態なんだぞ。今は腹が膨れれば良いんだ。それにな――『食べなきゃ勿体ないお化け』がでるんだぞ」
「バカじゃないの?」
「……………………………」
「先輩、気持ちは、お気持ちはよーくわかりますが、ここは我慢して。ほら、くさやバーガーあげますから」
いやほら、じゃないが。
さらっと味がイマイチだったバーガーをよこすんじゃない。食いかけだし。
我ながら、どうしてこんな変な匂いのするバーガーばかりを掴んでしまったのやら。
「……それで、セスくんはどうなわけ? 今回の件について、なんか色々情報入って来てるんじゃないの?」
「んぐっ……雑な話題振るのやめて貰えませんか。いや、まぁ、ないわけじゃないですけど」
ゼリー飲料に口をつけるマサとマズイハンバーガーをがつがつとかぶりつきながら缶コーヒーで流し込むセス坊はその話し方も相まってなんとも対称的だ。
そして口元についた緑色の謎ソースを指で拭い取りながら、顔を蒼くしたセス坊は場の空気に促されるままに口を開いた。
「俺が今回深夜に出張って敵の拘束に甘んじていたのもそれが理由です。今はまだ表立った報道はされたりはしてませんけど……」
「そんなこと言いつつインターノットじゃ随分と話題になってるみだいだけどー? ちょっと頭が回るやつなら気づいてもう行動している段階じゃない。そこのニートみたいに」
「おいニコ。内容はともかく、セス坊にその言い方はやめろ。あと次ニートって言ったら貸した金の利子を倍にしてやるからな」
「……いや、良いんです。俺もそう思って、深夜のパトロールを増やして可能な限り独自に動いていたわけですから」
セス坊は懐へ手を伸ばし、治安局カラーの電子手帳を取り出した。
それを付属のペンでいくつかの操作を行うと、これまた真面目くさった表情でそこに記載された内容を俺に見せつけて来る。
……守秘義務とか、そういうのないのか。いや、状況が状況だから情報共有を優先したんだろうな。うん、そう思うことにしよう。
薄弱な電灯の中でなおくっきりと浮かび上がるその手帳の画面には、いつか姉ちゃんと一緒にテレビで見たような内容ばかりが羅列されていた。
「俺が調べた限りだと……臓器売買、密輸、違法取引、それに伴う組織だったホロウレイダーの動きの活性化……特に不自然なのはこれといって明確に公開していないことです。こうは言いたくはないですが、こんなネタが世間で湧かない筈もないんですけどね……」
「……一定の権力を持った連中が、手広く絡んでいると?」
「……あくまで推測の段階ですけどね。ただ火のない所に煙は立たないわけですから、この方向性で今後も調べを進められれば良いんですけど、如何せん内容が内容でどこまで動いていいのやらっていうのが正直なところです」
まぁ、それはそう。
そうでなくとも、何らかの形で必ず情報は出回るのがこの『新エリー都』での常識。それがエーテル、ホロウに関連することであるのならなおのことだ。
なんせ『プロキシ』なんて存在が法律上はともかく、調査という現場においては暗黙の了解と言う形とは言え半ば合法化されているような場所だ。
そしてここに居るのは事態の大きさをその身で以て体感した面子ばかり。
そのことに疑問を覚えるのは必定だった。
「それとは別に、正直驚きましたよ」
「なにが?」
「軍が動いているっていうこともそうですけど――先輩が、仕事に復帰していたこと」
「……あー……」
セス坊からしてみれば何気ない問いかけだったのだろう。
現に視線はマズイハンバーガーに向けられたままだし、俺の微妙な返事に対して何やら反応した様子もない。
だが、言えない。というか言えるわけがない。
一応事情があるとは言え――ホロウに定期的に突貫してました、なんてこと。
「俺は詳しくは知らされてないんですけど……11号さんが一緒に居る以上、任務なんですよね。一応」
「……それは、だな」
基本的に私的な理由でホロウへ突入することは法により禁じられている。
それは犯罪者の取り締まりのためだったり、ホロウの性質を何らかの『用途』として使うことに対する抑止力であったりするのだが、その根底にあるのはやはり市民への安全の確保にあることは火を見るより明らか。
だからこそ、迷うのだ。
現在の俺を取り巻く状況、会話の流れとして適当にその話題を濁すことこそが最も合理的。
だが――それで良いのかと唱える自分がいるというのも、どうしようもない本音で。
「……」
「……先輩?」
「……悪い……話すと、長くなるんだこれが。もう少し整理するよ」
ぎり、と首から下げたドックタグを握る。
久しく感じていなかった、首から下げた過去の生きた
この様子だと俺の抱えている事情に対してセス坊は知らないのだろう。というか俺が話してない、というか話したくないのだから姉ちゃんやマサと言った関係者以外は知る由もない。
だが、だからと言って『友』を騙して良いのかと言われれば、それもまた別の話。
この真っすぐな治安官に対して、こんなのになっても先輩と慕ってくれている数少ない後輩であり友人のセス坊に、その『仕事』を全うさせないことに対して俺は躊躇っている。
俺は――俺のために、誰かの大事な信念を曲げて良いのかな、と。
「――彼は、私の要請を受けてここにいるのよ」
そこで。
思わぬところで出された助け舟に、思わず固まった。
「11号さん……その任務の内容は、ここで明かすことは出来ないんですか」
「……守秘義務があるから、彼もおいそれとその内容は口に出来ないの……それに彼の口が無駄に回る所為で軽いのは知っているでしょう」
「棘あるなぁ」
「それは……まぁ、確かに」
「否定してくれ」
味方が来たかと思えば叩き落されるこの始末。
おいおいと少しばかり文句を言ってやろうと隣に目を向けるが……つい、いつも通りの11号が垣間見えてしまって、ほんのちょっとでも安心してしまったことを後悔した。
この会話が始まってからずっと、握られたままの右手。
それが強く、強く握りしめられたことで……離れまいとする11号を、不安にさせてしまったという事実をそこで認識した。
――――そうだ。
――――――どうでも良いだろう、今は自分のことなんか。
「……ニコ、回収したブツは今持っているのか」
「あるわよ、ここに」
そう言ってニコが掲げたのはあの下品なボンプ像の中に入ってたとはとても思えない、小さな情報端末――チップとか、メモリと称されるもの。
これが実際にここにいるみんなの命を奪いかけたという事実に、なんとも力の抜ける感覚を覚えてしまうが、木を隠すなら森の中とか、きっとそういった理由だろう。
誰もそんな軍にとっても敵にとっても機密である情報がそのような隠され方をしているとは思うまい。精々胃袋の中とか、身体のどこかに隠すくらいが関の山だ。
相手の捜査を攪乱したと言う意味であれば、これ以上ないほどの効果を発揮した作戦と言えよう。
…………たとえその過程に死ぬほどくだらない寄り道じみた内容が混じっていたとしても。
「エアリス、解析頼むぞ。情報はリアルタイムで俺に共有するように」
「ワナワナ……!(また売られる……!)」
「嘘だろ……?」
どうやらこれにかこつけてまたオークションにかけられると思ってるようだ。よっぽどトラウマらしい。
流石にニコも空気を読むだろう……え、読むよな、コイツ。
ササっとエアリスを懐に忍ばせると、ニコにこれ見よがしに溜息を吐かれた。おい、うちの子がビビり散らしてるのは半分以上お前の自業自得だろうが。
「アンタが馬鹿なこと考えてるのは手に取るようにわかるけど……言っておくけど、そこのお狐様の部下とトンデモない苦労をして手に入れたものだってこと、忘れないでちょうだい」
「…………というと?」
「あんたのとこの子が言ってアンビーの同郷――ツイッギーって子の拠点とされてるホロウの座標よ」
「……」
これまで以上の明確な手掛かり。
更に聞くところによると、連中が秘匿していたそれらの内部の情報は更に暗号化されていて、持ち出すのにどえらい労力をかけたとのことだ。
だが今では、その前情報が何とも胡散臭い。
これ以上ないってくらい、でかい釣り針にも見えてくるのはきっと俺だけじゃない筈だ。
少なくともニコ達が処刑寸前にされるまでは俺もその辺りをもっと警戒していたことだろう。
「あえて聞くけど……その座標が罠の可能性ってことはどれくらい考えてる?」
「それは私も考えたけど……あの襲撃からしてその可能性は低いわ。それよりもアイツらは私達から、あるいは軍を含めた組織から、
「……何か向こうにも奥の手が?」
「さぁ? けど……相手はあのアンビーの身内よ。無策じゃないことは確かね」
……そして、あの11号の身内でもあると。
成程。確かにそれは、油断できるような相手じゃないな。
脳裏に浮かぶのはいつぞやの夜にあった、11号そっくりの銀髪の女の子だ。
一人は機械の声帯を。一人は鋼の義肢を。
髪色も顔の形も、動きの細部まで同じであるというのに、口調も態度も、性格までまるで違うおかしな二人の女の子。
俺だけが持っているそれが――今回の件と、無関係だとはとても思えない。
『シルバー』の研究内容の復活。
『サクリファイス』という謎の単語。
オボルス小隊という一大戦力が俺達の元へ駆け付けた理由。
そして何より、連中が俺の『体質』やら過去の活動内容などの情報を仕入れていたこと。
つまりだ。
今回の騒動の一端には――俺が
「防衛軍の一部の連中の素早い動きはそれが理由か……」
「先輩……?」
「情報助かった。俺と11号はしばらくしたらここから離脱するよ」
「……先輩たちはどうするんです」
「決まってる――ツイッギーの居場所を特定する」
そうなると『パエトーン』にも連絡しなきゃならない。
現場も抑え、この一連の流れを作り上げた『源流』そのものを叩く。
それに、ずっと疑問だった。
11号が軍で活動し、『オボルス小隊』とからそれなりの年月が経過してるはずだ。
その間に、『シルバー』同士での交流は一切なかった。
ならば、それまでは何をしていた。
何をしたら――軍がここまで動く?
「…………」
頭をよぎった嫌な想像が、妙な確信となって俺の中に残留する。
とにかく急がないと。
でなければ恐らく、
「セス坊にも頼みたい。出来ればで良い、規則の範囲内で良いから治安局の動きを掴んでいて欲しい」
「それは、どこに目があるかわからないからですか」
「信用してないわけじゃない……あそこには、姉ちゃんがいる」
「……!」
「姉ちゃんなら、普通だったら負けないんだろうけど、如何せんきな臭い状況だからな。だから……こうは言っちゃアレだけど、治安局の方は頼むぞ」
ぽんぽんと、両肩に手を添えながら真っすぐセス坊の青い瞳を覗き込むように見つめる。
返ってくるのは治安官らしい気風に溢れた、彼らしからぬ無言の敬礼。
少しは迷ったりとか、文句が出たりとかは無いのかと苦笑いが浮かぶが――その真っすぐさが、今の俺にはちょっと眩し過ぎる気がした。
「……じゃ、話は纏まったみたいだし、僕は相棒のとこに向かおうかな」
「マサ、お前も元々ツイッギーの身元を追っていたんじゃ……?」
「そうだったんだけど……そこは君らに任せようかな。戦力としては申し分ないわけだし、どうにも僕が出る幕じゃないみだいだしね」
……いや、まぁ、あの斬り合いを見たらそうなるのもわかるのだけれど。
それだと俺も出る幕じゃないってなるぞ。
「それに、これとはまた別に僕の方でも実は動向を探ってる人間がいるし……セス君の話を聞いた限りだと何よりこの件と無関係じゃなさそうだ」
「アテがあるのか?」
「キミも良く知ってる人なんじゃない?」
だから誰なんだよそれ、といちいち掴めないマサの言動に胡乱げな目を向けるものの、本人はどこ吹く風。ハンバーガーの口直しに買った缶コーヒーを喉に流し込んでいる始末だ。こうなったらこいつは梃子でも喋らないだろう。
で、それぞれで自然な形で方針を立てたわけだけど。
残り二人、その方向性がいささか定まっていない人員がいる。
「ニコ、キミはどうする……また独自で動くのか、それともアンビーについていくか?」
「私はこれ以上この件に首突っ込むなってあの子から直接言われちゃってるから……信じて待つことにするわ――それよりも」
ずい、と普段の言動からは考えられないほど真剣みを帯びたニコの顔が間近に迫る。
「アンビーの家族のこと、どうするつもり?」
「……質問の意図を測りかねているが……どうもしないよ。しかるべき対応をとるだけだ」
「あっそう――じゃあ言い逃れできないように言い方を変えてあげるわ」
もはや暴挙とも言えるニコのそれに隣の11号が気配を物騒なものに切り替えて割り込もうとするのを手で制して、その続きを促した。
「その子が本当の意味で『手遅れ』になってた時、アンタはどうする気?」
……ここでそれを聞いて来るとは、なんとも厭らしい奴だ。
いや、だからこそなのだろう。
ニコに俺の過去の諸々を知る由はないだろうが、この無駄に顔の広い女のことだ。
俺のことはある程度調べはついているのだろう。だからこそこうして、矢面に立ってアンビーを庇い、そして彼女と密接に関係しているであろう『シルバー』について、こうして問いただしている。
そういうことなら、俺の答えは決まっている。
「その時は――俺が斬る」
「――――え?」
「な……」
「……」
「アンタ……」
隣から信じられないと言った具合に気道から空気が漏れていく音が聞こえた。
セス坊も、マサも、ニコも、俺の発言に各々の反応を示していて、俺達のやり取りの輪の外に居て、この会話を聞いているであろうアンビーも思わずといった具合で背中越しに硬直しているのがわかった。
それがどういうことか、気づけないほど俺は鈍くないつもりだ。
そのうえで、改めて告げる。
「それが、人の家族の問題に足を踏み入れた俺の、せめてもの責任だ」
大丈夫。
なにせ汚れ役なら、俺の本職だ。
寿司職人みてーな格好しながらハンバーガー握ってるコンビニのクソマズバーガーを口にしながら
「「「(ずっと手握ってるなこいつ)」」」
と思ってる一同でした。