脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
「――ヤヌス区に突入した。合流地点まで間も無くだぞ」
「尾行をされている様子もない。このまま突入しましょう。足跡は消しておくように」
「了解っと」
アクセルを踏めば肌を撫でる風が一層強くなる。
眠る街の名残を残す風の香り。
人を排し夜という休息を経た街並みはどこか無機質で、時々交わる一般車両の存在が数少ない都市のどこかに消えた人の気配を実感させる。
そんな太陽の日差しも月の光もない青いだけの空の下、俺は往来がまばらになっている車道において一般車には不釣り合いな少しゴツめの車を一台走らせていた。
「――次はそこ。200m先にもセンサーと監視カメラが来る。偽の信号と映像を差し込んでおけよ、エアリス」
「ンナンナ……(なんでこんなのばっかり……)」
「そう言うなって。サラの出力補助までつけてるんだぞ。おまけに助手席の11号の監視つき」
「ンナナンナ……(要介護の権化みたいな人が何をいけしゃあしゃあと……)」
「ンナンナ……(最近働き過ぎたからね。ニートには荷が重いんだよ)」
「おいそれを言ったら戦争だろーが……!!」
話し合いが終わる頃には、空を張っていた夜の帳はすっかり白んでいた。
地平に散らばる雲は暁色に染めあげられ、朝焼けの光が雲を食むように青空を彩っている。
それとは対照的に、もはや都市の一部と化している共生ホロウの暗黒を鮮やかな空に浮き彫りにしていて、どれだけアクセルを踏もうとこちらを覗き込んでる深い闇はさながら光の宿らない瞳がこちらを覗き続けているかのよう。
だが、そんな中でも相も変わらず好き放題し過ぎなうちのボンプ姉妹。
けど、車内の空気を鑑みればその平常運転ぶりがなんと心地の良いことかと思い知らされてる。
「…………」
「…………」
だがそれでも、車内の空気が変わることはない。
唸るエンジン音に紛れて感じ取れる三名の息遣い。
俺は言わずもがな。11号は無感情な顔つきで窓枠に頬杖を着きながら、背後のシートの景色を捉えるバックミラーに一瞥も寄越そうとしていない。
だが、後部座席に小さく腰を据える紙袋頭の存在は、このただでさえ重苦しい社内の空気において捨て置けない違和感としてその存在感をアピールしていた。
――なんで紙袋なんだよ。
――犯罪者護送してるみたいじゃん。
――連れてきたの俺だよ。
――家族ってなんだよ。
…………なんて、茶化せる筈もなく。
この場を和ませるには、空気を読まないことで定評のある俺であっても多少どころかかなり無理があった。
「あー……それにしてもまずかったな。あのハンバーガー。まだ許容できる不味さをしてる軍のシリアルの方がマシってなんなんだって話だ」
「……だから言ったでしょう。ラーメンこそ至高。ハンバーガーなんて道楽者の口にする脆弱な食べ物。あんなひき肉を食べてるのかレタスを食べてるのかパンを食べているのかもわからない粗食など排して然るべき――そうでしょう、『ラウンドバンズ・チキンパティ』」
「だからコーバスだって。頭の中ハンバーガーでいっぱいじゃねーか」
隣で偏見に塗れたハンバーガーという存在に対する寸評をそれとなく宥めながら、潜伏仕様に再調整して装甲もセンサーの類も取っ払った反乱軍の車両を人気のないろ路肩に停車させる。
……車検が通らないどころか道路交通法違反も大歓迎な違法改造車と化したそれだが、肩身の狭い状況に追いやられている現状、これ以上ないほどの移動手段であることに違いなかった。
そのおかげで――この一連の事件と密接に関わっている人物を一人ちゃんと連れて来ることも出来たのだから。
「……ほら、待ち合わせ場所に着いたぞ――アンビー」
がちゃりと、あえて遠慮なしで豪快にドアを開けた。
そこには11号によく似た、そして多少見慣れた今では決定的に異なる様相を見せる銀の少女は、運転中においてもただでさえ小さく見えた姿を更に縮こまらせている。
そのあからさまに委縮した姿は、ほんの少し前に自分が斬りかかられたことを忘れてしまうくらいに居た堪れないものだった。
「……ありがとう」
「礼はいらないよ。何度も言ったが、キミに着いてきて貰ってるのはあくまで俺の都合だ……だからほら、俺が声をかけなくたって動いて良いんだから。はやく降りなさい」
「…………うん」
言葉は最小限に。
変化の乏しい顔を浮かない色合いで彩りながら、それ以上の言葉をかけることを
…………大変だったな、なんて言葉を掛けそうになるのを唇を噛み締めて堪える。
紙袋頭もそうなのだが、車内で俺も11号もなるべく見ないようにしていた彼女の様相は、有り体に言って取り返しのつかない喧嘩をしてしまった子どものソレだ。
謝るタイミングを伺っているようで、それでいて許されることは望んでいないという二律背反。
俺からしたらほんのちょっと前の苛烈な振る舞いはどこに行ってしまったんだと言った具合である。やり辛いことこのうえない。
かと言ってそんな指摘をすれば、このおかしな空気が更にどうしようもなくなるのが目に見えているが故にそんなこと出来る筈もなく。
ふと保護者であろうピンク頭を思い浮かべて、流れ出そうになる溜息をどうにかせき止める。
「このタイミングでこれを言うのもアレなんだが……別にニコを連れて来たって俺は構わなかったんだぞ? 俺からしたらアイツだって半ば当事者みたいなもんなんだし」
「ニコは私の我が儘を汲んでくれたのよ。これ以上の協力は私には過ぎたものよ……だからありがとう、ここまで運んでくれて。何よりハ――11号と、一緒に居てくれて」
「そりゃどうも」
「――――それはそれとして、ハンバーガーを好き放題言った件について話がある」
「凄まじき偏愛」
てっきり11号とのアレやこれやを聞かれると思ってた。
いや、俺と彼女のことに口を出すまいとするアンビーなりの配慮なのかもしれない。
なんで今? と猛烈に思わなくもないが。
というか好き放題言ってたのは11号だし。
「それを言うならあの売店こそがハンバーガーに対する冒涜だろ。買ったの俺だけど」
「そんなことはないわ。どんな形になろうとハンバーガーは今日も元気に頑張ってる。それこそあなたと同じように」
「あのゲテモノバーガーと同列に語られた俺の気持ちは?」
「お腹の足しになるかの明確な違いがあるから実質的な格付けは決まっているわね」
「やっぱ感情移入してるとしたらそれに食欲湧くとか変態の所業なんだけどソレ」
「どうかしてるわ」
「キミがな?」
「どうかしてるのはあなた達の会話よ。今すぐその頭が痛くなる会話をやめなさい」
「「ごめんなさい……」」
俺とアンビーのやり取りを見るに見かねたのか、ここに至るまで静観していたにも関わらず11号は堪らずと言った具合で割って入った。
俺も一括りにされたことに些か理不尽な気がしないでもないが、11号の放つ圧と言ったら今すぐにでも俺達を消し炭にしかねないものだったので、ずこずことその要請に応じることにした。
「これは戦いよ。どんな時でも平常心を保てるのはあなたの美徳だけど過ぎれば作戦に影響が出かねない。その辺りのバランス感覚を私は信頼しているのよ、『フェザーハント・ブラックブレット』」
「懇切丁寧かつ遠回しな『真面目にやれ』って意味じゃん。あとコーバスな」
「それと……彼女のことは無視してくれて良い……私には何も言わず、こういう時は口を開くようだから」
「…………」
「ええい、だから見てられんのだろうが。やめろやめろ二人とも。ディスカッションしろディスカッション」
苦手だこの空気……!
アンビーと11号の間に文字通り割って入り、まだ人気の少ないヤヌス区の街路を11号の手を引いて歩き出す。
そうしてしばらく距離が空けてから静かな足音が背後から聞こえて来たので、首を突っ込ませると決めた俺の提案は依然として機能してることにまず一つ安心。
これ幸いと路肩に止められた一般車のサイドミラーを使って背後を確認すれば、相も変わらず紙袋を被ったままの様子に、いよいよ溜息を隠せなくなった。
「……拗れてるとは思ってたけど、まさかここまでとは」
隣の11号に聞こえないように呟いたその言葉は、声の大きさに反して重い響きを持っていた。
押してダメなら引いてみろと余人は言うが、果たして押しても引いても手応えがないこの状況はいただけない。
いくら突破口を見つけようにもアンビーと11号の出自が足を引っ張ってどん詰まりな袋小路で、少なくともこの事件の進捗が見込めなければ改善が見られないこの状況。
時間が解決するというのなら、そもそも11号たちはこんなことになっていないわけで。
そして何より度し難いのは――11号にまつわることなので、何とかしてあげたいだなんて愚かにも考えている自分のことだった。
「――それで、本題は?」
うんうんと唸りながら歩くことしばらく。
そんな思考を僅かにでも表情に滲ませたのが不味かったのだろう。
襟元を手繰り寄せるような圧と勢いで以て、ずいと11号が俺の瞳を覗き込んできた。
「…………11号、あのキミのハンバーガー嫌いは筋金入りだってことはわかったから。それよりも早く合流地点に急ごう、トリガーだってアンビーのことを共有したいし――」
その雰囲気を前にしてどもりそうになるのをどうにか堪える。
皮肉というかなんというか、アンビーとの馬鹿みたいなバーガー談義がここに来て幸いした。
あの良くも悪くもいつも通りのやり取りが良い油差し、正しく潤滑油となってくれたが――。
「……そう、なら私が勝手に喋る――どうしてアンビーを連れてきたの」
「……!」
びしりと、視界の隅で再度アンビーが固まる。
明らかな流れ弾。
そしてその反応は決して11号の故意によるものではない。
それでも11号の発したそれの意味を正確に汲み取った結果なのだろう。
皮肉にもそれが、俺と11号の二人だけの空間を作り上げることとなった。
「……一人でも戦力が欲しかったから……って言い訳じゃ納得しないよな」
しないだろうなぁ、と考えながら口にする。
返答はない。
代わりに11号が俺の手を握る力が、より熱を持って包み込まれた。
「あなたが私の心の内を理解出来ていないと思えないの……不思議よ……こんなこと、初めてで……こんなの、兵士として生きると決めた時に捨てたと思ったのに」
彼女の手のひらは俺の閉じた手をこじ開けるように指の隙間に入り込み、その温もりは互いに手袋越しだというのによく伝わってきた。
言の葉にアンビーと衝突した時とは違う熱が乗っている。
きっと地平からほんの少し顔を出す朝日の影響だろう、11号の白い肌は太陽の光が差し込んだように赤く染まっていた。
……先程の今にも死にそうな顔よりは断然マシな顔つきになったことに、本日何度目かわからない安堵。
それがたとえ現実逃避に過ぎないものだとしても、この呪われているかのように間の悪い再会を果たした二人の間に立つ者としては一先ずの進展だ。
今の状況を鑑みるに、この再会は遅かれ早かれ必定だった。
ただ――向き合うにはあまりにも性急すぎた。
それでも出会ってしまった結果に対する、俺なりの妥協案こそが今なのである。
だからこそ慎重に、それでいて大胆にその内側へ踏み込んだ。
「家族は嫌い?」
「……わからない。私がただ酷薄な人間なのか……家族を斬り捨てた人間を許すことに怒りを覚えるようない器を持っていないからなのか……こんなことになっても『家族』なんだって私に突きつけられていて……」
その言葉は不格好で、ツギハギだった。
闇鍋みたくぐちゃぐちゃになった中身を強引に結びつけて、それが焦げついた鍋底みたいになっているのを無理矢理引き出して言葉にしている。
なんて不味そうだ、タバスコ10本でも帳消しできない。11号がそんな顔になるのも頷けるというものだった。
「過去と切り離せてない自分に……反吐が出る」
でも、それでもやはり確認できたことがある。
彼女は、11号という女は。
自分がそんなになっても口に出るのが自分を責める言葉が出てくるような、本当の本当に優しい女であるということだった。
「俺はそうは思わないよ。
俺はそれが出来る人間を酷薄だとも思わないし、それを間違いだとも思わない。
だからきっと、11号の中にあるのは『憎しみ』だけじゃない筈なのだ。
家族としての信愛も。
兵士としての信頼も。
11号としての信念も。
それらは等しく彼女の中に存在している。
「11号は、11号の家族の在り方があって良いんだ……そこに、正しさは関係ないだろ」
「……私は兵士よ」
「そうだな。だけど、
11号が11号だから、俺はこうしてここに居る。
正しさが、何かを肯定するとは限らない。それが自分の大事な何かを裏切ることもある。
それが正しさだというのなら――その間違いすら肯定してやれるのは、自分だけだ。
「それは――それでも、あなたが私の家族を斬る理由にはならない」
「……それを、俺が巻き込まれるまで言わなかったキミが言うのか」
「…………」
……自分を肯定しろ、と言った傍からこれである。
それでも自分のことを後回しにする辺り筋金入りだ。
だからこそ、なおのこと彼女にそんなことはさせることが出来ないと、そう口には出さずに結論づける。
自分自身が一番大変な癖してこの騒ぎの元凶になったであろうツイッギーを、それでも『家族』と呼ぶ彼女に、そんなことはさせない。
優しいやつは、優しいままで居て欲しいと願うのは間違いじゃないだろう。
そこに俺の信条だとか、元軍人としての良識だとかそんな綺麗ごとは一切ない。
もっと無機質で血の通っていない、いっそ機械的なまである簡単な計算だ。
「……」
「……?」
背後でこの話を聞きながらも、不干渉を貫いて紙袋を被っているアンビーを見た。
首を傾げる彼女は視線を寄越した俺を訝しむだけで、俺のその内心にまでは至れていない。
軍人としての責務。
家族としての責務。
家族に斬らせるか、他人に斬らせるか。
この中で
「……覚悟のうえだよ。それにな、11号――」
古びた日記のページをめくるように、
いつもはドックタグを握る手は今、握った誰かの手を離さないようにすることで手一杯。
だから、目尻からこみ上げそうになる何かを堪えるために強く、強く、握られたその手を握り返した。
――――エーテリアスとなった
――――結婚を約束していた女に貫かれる
――――背中で冷たくなって、殺してくださいと願う
――――それを悉く殺し尽くした、
あぁ、本当に。
もう、たくさんだ。
「顔見知りを斬るのは――結構堪えるぞ」
喉が痛くなるくらいに絞り出した声は。
古びた血に固められたように、重々しかった。
「……それが、私を一緒に連れて来た理由?」
恐る恐ると、緊張した張り詰めた面持ちでアンビーは俺に問いかける。
……紙袋頭なのは些か緊張感に欠けるが、それはそれ。
大事なのはここまで口を閉ざしていたアンビーがこのタイミングで11号でなく俺に質問してきたという点だ。
俺はその答えを言っていない。
11号の性格を、アンビーはあの斬り合いで多少なりとも今と昔の差異を理解した筈だ。
その本質は、変わっていないと。
そして俺と合流するまでそのリスクを承知のうえで単独行動を取っていた点から考えても、11号がその選択に至るのはアンビーとてわかっている。
だから、俺は言ったのだ。
「家族が生きてるんだ――今度は、ちゃんと手を離さないようにな」
――アンビーを連れて来たのは打算であると。
軍人でもなく、仕事人としてでもなく、私怨でもなく。
過去のわだかまりを捨ててまで11号の元へ駆け付けて来た彼女なら、わかる筈だ。
この言葉の意味が。
「……勝手なことは許さない。私を除け者にして、遠ざけて、意味のわからない言葉で舗装して……それで護られた結果なんて、私は欲しくない」
「11号……『シルバー』の一件を片付いたって、終わりじゃない。これまでの成果も、地位も、全部駄目になるかもしれないんだぞ」
「あなただって、私の人生の一部なのに?」
「――――」
その言葉に、何か裏があったわけじゃない。
でもダメなんだ。ダメなんだ11号。
俺にかつて同じように言ってくれた人達が居たのに。
なのにみんな、俺を残して消えてしまったのだから。
「待って二人とも――誰か来る」
警戒で張り詰めた声がその場の空気を遮る。
振り返るのはほぼ同時。
アンビーが背後の影へ向き直るのと同じくして、俺と11号も武器を柄に手を伸ばし構える。
だが、その視界の先で捉えた相手の姿を確認して――思わず、固まった。
『……ヤット……見ツ、けた……』
「――おいおい、どういうことだコレ」
11号と同じ顔。
アンビーと同じ顔。
けれど決定的に違うノイズ混じりのたどたどしい声で――いつかの日に渡した発声機能付きマスクをボロボロにさせながら、銀の衣装に身を包んだ少女が俺達の前に現れた。
前もシルバー、横もシルバー、後ろもシルバー。
シルバーほいほいかな?
しかもこれから会うやつも11号と同じ顔してるよ。