脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

39 / 40
39話 ドーナツ屋の屋台にあるかもしれない病院設備並みの医療キットは売ってない

◇

 

 

「――もしもし、私よ」

 

 

「……えぇ、例の話、乗ることにするわ」

 

 

「問題ないわ。彼ならこの手に乗らない筈がない。いつでも私を仕留められたのにそうしなかった甘い男だもの。あの『餌』について理解しながらも惹かれない筈がないわ」

 

 

「……それもわかっている。だからあなたにこうして連絡しているの……後の結果は、追って伝える」

 

 

「……」

 

 

「…………」

 

 

「アンビーが来る。ハリンが来る。あの出来損ないも来る……あの男も、必ずやって来る」

 

 

「『力』はこれから手に入る……あとは何もかも無いない尽くしの私に、どれだけツキが回ってくるか。それ次第ね」

 

 

「……あぁ、こういう時、連中はなんて言ったかしら……確か――」

 

 

 

 

――――『始まりの主が、汝を再創せん』

 

 

 

 

◇

 

 

 見知った気配はやはり、俺のよく知る軍人と同じ顔であった。

 煤けた銀の髪。疲労を滲ませた赤い瞳。治療された痕跡はあったものの特徴的な銀の衣装は所々が破れて肌が露出し、いくつもの血痕を滲ませている。

 何より、あの日に半ば押し付けるようにあげた無骨な黒いマスク。

 新品同然であったそれが、半ば原型を無くしてかろうじて彼女の顔に装着されているような、無惨としか言えない状態となって少女と一緒に作成者である俺の前に姿を現した。

 

 ……そして、数日前の自分の能天気さに本当にうんざりする。

 

 

 あの時はどうして気づけなかったんだってくらい、11号やアンビーと同じ顔をしていたのだから。

 

 

『……ヨカ、っ……た』

 

「……! おい、大丈夫か」

 

 文字通り、突然の如く力が抜け落ちた体へ咄嗟に肩を貸す。

 だが受け止めたその体は軽い。

 少女が見た目通り軽い……否、些か不自然なまでに軽(・)過(・)ぎ(・)る(・)こ(・)と(・)も関係しているのだろうが、この場においてはもっと単純な理由だ。

 

 その理由は他でもない、膝から崩れ落ちそうになるの少女の身体を俺と――11号が支えたからだった。

 

「――アンビー、周囲の警戒を。追手がいるかもしれない」

 

 立て続けに出された指示に、俺は密かに驚愕する。

 そこに先ほどまであった迷いの影は微塵も見られなかった。

 未だに少女の登場による衝撃から抜け切れていないアンビーとは比べるべくもない。

 そこには紛れもない、ただただ目の前の民間人に寄り添おうと毅然とした態度でその存在意義を全うする『軍人』の姿があった。

 

「……11号、まだ味方と断定するのは早いわ。潜伏してるあなた達を誘き出すための罠の可能性だって十分考慮して――」

 

「そんなことはわかっている。でも――信じるって決めたのよ」

 

 ……アンビーの指摘はもっともだ。

 もし彼女の言う通りであれば正直、これ以上の釣り餌はない。俺の行動原理をよく理解して、そういう手順を踏むことに手馴れていなければ出来ない芸当である。

 そして11号は、またこうしてシルバーの関係者が現れたことの意味を理解してる筈だ。

 

 だけど、それでも。

 

 そんな敵の道理や思惑すら跳ね除ける『熱』が11号の言葉には宿っていた。

 

「……あなたの気持ちは理解したわ。でも『シルバー』に関してはきっと私の方が詳しい。だから彼女は私が――」

 

「何度も言わせないで……私は、私のやり方で軍人としての在り方全うするだけよ」

 

「……わかった、周囲を偵察してくる。くれぐれも油断しないで」

 

 言うや否やアンビーはこの場から離れていった。

 わだかまりが解消したわけじゃないが、互いに今は目の前の事態を優先したと言ったところか。

 私情よりその務めを優先するのは軍人としては美徳ではあるが、家族の在り方としては不健全だろう。だがそれらの歪な形がこの状況によって成立してしまっている。

 

 そういうことなら、俺にもできることをするまで。

 

 声かけもなくエアリスの探知範囲を広げ、密かにアンビーの後詰としてサラを同行させる。

 最低限のアフターケアの準備を整えて、11号とともに路地裏を駆けて行くアンビーの背を見送ってから、改めて少女に向き直った。

 

「11号、アンビーの補助はうちの姉妹に任せてある。いざって時も対応できるぞ」

 

「ありがとう。これで周囲は大丈夫ね……それであなた、名前は。どうして、どうやってここに来たの」

 

『……っ、……』

 

 11号の問いかけに少女は小さく狼狽する。

 息切れはまだ落ち着きを見せず、壁に寄りかかるその姿は伝え聞く『シルバー』の強さに対して明らかに弱々しい。

 

 培養槽、あるいは細胞レベルの極小の遺伝子情報から生み出されるクローン兵。

 そんな兵士を作り上げるにあたってあらゆる調整を施してあるというには何とも不完全というか、戦闘技術はおろか基本的な身体作りすら出来ていないというのは一体どういうことなのか。

 

 単純に声が出ないだけとは思えないその姿は、11号の自分と全く同じ顔であるにも関わらず決定的に違うその様子に、どこか戸惑っているように見えた。

 

『……、……』

 

「……そんな声を出さないで。まず呼吸を落ち着けて。大丈夫よ、ここに居る人達はあなたの敵じゃない。周囲は彼と私の………………私の部下が、警戒してくれている」

 

 警戒を解くように11号が、何やら重たい含みをもってそう口にする。

 だがその言葉の含む響きから伝わってくる、隠しきれない11号の人の好さを感知でもしたのだろう。

 

 力なく俺達にもたれ掛かる少女の身体を壁に寄りかからせながら、俺はその特徴とも言えるその壊れかけのマスクを改めて見やる。

 

 ……損傷は軽微とは言い難い。

 俺とエンゾウさんの趣味がたたってか、ホロウ内での活動も見据えて頑丈な素材とたとえ一部のパーツが侵蝕を受けようとも機能するよう上部に仕立て上げたそれらは、いっそ露骨なまでに破壊されていた。

 

「……人のことを言えた身じゃないが、『心』の方も結構ヤバそうだなこりゃ」

 

 俺と11号の人間性を意図したものというにはあまりにも衝動的かつ感情的なソレ。

 

 いや、こうして気を引けてるのだからある意味で大成功ではあるのだけれど。

 

 ただ、自(・)分(・)と(・)同(・)じ(・)顔(・)を(・)し(・)た(・)人(・)間(・)に(・)こ(・)こ(・)ま(・)で(・)出(・)来(・)る(・)か(・)が気がかりだ。

 

 俺のそんな視線に気づいたかのように、少女は俺へ吹けば消えるような弱々しさを以ってその瞳の先に俺を映した。

 

 その手は上手く働かないマスクから出る言葉を代弁しその後を追うように、自身の細く弱々しい指先を添えている。

 

『……ゴ……めん、ナ……さ、イ……』

 

「安心しろ、マスクくらいすぐ直してやる……それより、大きな怪我が無くて本当に良かった」

 

『……、ゥ……ん』

 

 顔の半分以上を覆う黒いマスクに触れながらそう告げれば、補助が無ければ声を出すのも一苦労だろうに絞り出すような返事が聞こえてくる。

 ……別に返事なんかしなくても良いのに、律儀で素直な子である。

 あれだ、どうにも『シルバー』出身の子はどいつもこいつも真面目過ぎる。

 こうは言っては色々問題があるのだろうが、ある種の箱(・)入(・)り(・)娘(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)ものを見ている気分になる。これらの特徴は僅かではあるが漏れなく11号、アンビーと共に感じていたことだ。

 

 無論、これらの事件の中心にいるであろうツイッギーにも。

 

「何かあったら隠さず言うんだ。怪我を隠して死んだやつを知ってるからな」

 

『…………………』

 

「負傷した民間人にあるまじき声掛けね。上官命令よ、片手腕立て伏せ512回」

 

「さらっと俺の絶望のスコアを更新しないでくれ……」

 

 静かにかつバチくそキレ散らかしてる11号。戦闘中はあれだけ頼り甲斐があったのに今は隣を見るのが非常に怖い。なんかメラメラ燃えてるような気さえしてくる。

 

 その光景を何やら呆然とした様子で見ていた少女の顔がどうにも印象的だった。

 

「そ、それよりも大事なことがあるンナ……!」

 

「語尾がハッキングされてるわよ」

 

「大事なことが、あるんですぅ……第一まずこの子が――」

 

 どうやってここに来たのか、と口にしようとしたその直前だった。

 

 沈黙を貫いていた端末が震えたのは。

 

「……このタイミングでの通信……名前も表示されてなければ番号も表示されてない。明らかにシステムへ干渉されてる。妙だわ」

 

「……いや、心当たりあるよ」

 

 11号の意見ももっともだと思いつつ、俺は端末を通話状態にした。

 

 俺の武装から端末にかけて、あらゆる機材と装備は常時エアリスによって防護されている。

 加えてこの状況だ。俺の任意のタイミングでなければあらゆる通信はカットするよう、より強固なレベルに繰り上げているのだ。

 

 それを掻い潜って、わざわざ通常の通信をしてくる理由。

 

 俺の知ってるやつは、こういう場面で間の悪い仕事はしないやつだ。

 

 

「――リンちゃんか?」

 

『――残念、僕だ』

 

 

 ……失礼を承知で言うが、リンちゃんじゃなくてすっごくガッカリしてしまった自分がいる。

 発言を鑑みるに、俺がリンちゃんへの応対を前提としていたことをあの気障男はある程度予測はしていたのだろうが。

 

 というわけで、意趣返しも兼ねて一発かますことにする。

 

『今すごくガッカリしただろう』

 

「えー、リンちゃんっぽいアキラさんな親愛なるクリムゾンアイズ・ハーミット殿、おかけになった通信端末は元気がないか電波を受け付けない仕様になっております」

 

『誤魔化す気あるなら最初の一言から徹頭徹尾気を遣うことをおすすめするよ』

 

「あ、ドーナツの屋台だ! テレビ局並みに設備がある! 通信キットも売ってるぞ!」

 

『売ってない』

 

 ポストを指さして叫ぶが、アキラくんの触れ難い馬鹿を優しく包み込むような柔らかい声が消えない。

 

 あと隣で11号が無垢な表情で首を傾げる11号のそっくりちゃんの視線を手で遮りながら、信じ難い馬鹿を見るような視線を寄越してくる。

 

「そういうことなら今すぐRandom playとしゃれ込もう! なに、あんな男ちょーっとRandom play(笑)してやれば多少ぶっ飛んでも――」

 

『『Fairy(フェアリー)』、彼のアレやコレやを公開する準備を。彼の痴態を纏めたMADをインターノットに公開するんだ』

 

「ごめんなさい」

 

 俺に人権なんてなかったんや……。

 

『ちょっとお兄ちゃーん、玄飛くんとは私がやりとりするって言ったでしょー』

 

『すまない。叩けば鳴るし舞うし咽るの三拍子の埃まみれの棚みたいな男だったからついね』

 

『涼しい顔してすっごい悪口言うじゃん……』

 

「しかも全部聞こえてるんだよなぁ……」

 

 そしてここまでスピーカーで全部筒抜けなのにも関わらず周囲から特にこれらの罵倒に対する反対意見が出ていないというのが何とも。

 

 ……とまぁ、そんなクッソくだらない茶番の中身は一先ず置いておいてだ。

 

「それはそれとして待っていたよリンちゃん、アキラくん。『零号』では助かった。いや、ほんとマジで」

 

『お礼はトリガーに言ってあげてねー。あんた達二人の動向を見守ってたのに加えて、連絡受けてから急ピッチで二つのチームとルートで行動できるようにしてくれてたんだから』

 

 二つ分のルートとは、恐らくマサ達が逃げるためのルートと俺達が辿ったルートのことを言っているのだろう。

 

 そんな突貫工事じみた作業をあの一部たりとも遅れを許さない状況で見事に導き出したのだから、プロキシ稼業において伝説の名に恥じない腕だと言えよう。

 

 あと俺に対する口の悪さも。

 

『11号も元気みたいで何よりだよ、『モグラさん』の一件以来だね?』

 

「『クリムゾンアイズ・ハーミット』……達者でやっているようで何よりよ」

 

『色々あったってことは私の友達から聞いてるけど……うんうん、どこも怪我がなくてとにかく安心! こっちも無事で嬉しいよ、11号!』

 

「……ありがとう」

 

 そして11号のアフターケアも素晴らしい。

 

 お陰でどこか11号のどこか影を感じさせる重く張り詰めた空気が幾分かマシになった。

 

「というか『パエトーン』、キミがこうして通信できてるってことはつまり――」

 

『……うん、アンビーの妹ちゃんだけじゃここには来ることは難しいからね。だから援軍もこっちで手配しておいたよ』

 

 端末でリンちゃんがそう口にした途端、頭上を黒い影が覆った。

 敵意はない。

 その影は束ねた金色の髪をたなびかせながら、小さなビルに囲まれるこの場所を三角飛びの要領で高度を下げ、やがて俺達の近くで着地した。

 

「――周囲に敵影なし。今のところ問題ありません」

 

「……!」

 

 一部たりとも油断を滲ませない冷徹な声で告げられる状況報告。

 

 その聞き慣れた声と姿に、隣で『パエトーン』との通信を聞いていた11号の纏う空気が明らかに軽くなったのがわかった。

 

「……そう、あなたが来てくれたのね。心強いわ」

 

「えぇ、オボルス小隊『トリガー』。援軍要請により駆けつけました。ご無沙汰ですね、11号」

 

 そこに、周囲の警戒のためにこの場から離れていたアンビーを引き連れて。

 

「プロキシさんからの連絡を受けて駆けつけて来たわけですが……この空気は、一体どういう状況でしょうか。心当たりはありますか、アンビー」

 

「プロキシ先生の手腕よ。あの二人、人の警戒を解くのが大の得意みたいだから」

 

「そんな人を黒幕(フィクサー)か詐欺師みたいな言い方をしなくても……」

 

「素養はあると思うの。だって、『私の友達』のたった一言であなたの警戒を解いて見せたもの」

 

「……そう言われては何も言い返せませんね」

 

 特徴的な黒いバイザーに黄色の柔らかな光を放ちながら彼女――トリガーは初対面特有のぎこちなさは見せつつも、さっそくアンビーと打ち解けたようだ。

 

 ……俺からすれば、トリガーの姉ちゃんっぽさから来る人好きというか世話好きも大概だとは思うが。

 

「よ、トリガー。こうして直接会うのは『ヴァルチャー』との一件以来?」

 

「あの時は通信だけでしたからね。便りが無かった点は申し訳ありません」

 

「便りがないのは元気な証拠ってことにしておく」

 

「あなたに限って言えばそうもいかないのでしょうけど……失礼」

 

 ……何やら含みがある言い方だが、今は良い。

 

 それよりを耳を貸せと言わんばかりにトリガーがこちらによって来る。

 

 俺とだけ共有したいことがある、ということだろう。

 

「……11号とアンビーは大丈夫なのですか……何よりアンビーです、彼女はもしかしなくとも『シルバー』の」

 

「話せば長くなるんだ……ただ、それをここで説明するのはちょっとな。察してくれると助かる」

 

「……それは、お二人が全く同じ顔つきをしていることと関係が?」

 

「そんなとこだよ」

 

 相変わらず察しが良くて助かる。

 

 もっとも、この一件はそんなことを言ってられないというのが現実なのだが。

 

 だが、現(・)実(・)は(・)彼(・)女(・)た(・)ち(・)を(・)救(・)わ(・)な(・)い(・)。

 

 だからせめて……この二人を少しでも、ほんの少しでも尊重してやりたいというのが、部外者でしかない俺が数少ない出来ることだった。

 

『……! ……、……!』

 

 なんて思考を巡らせていると、俺のマントの裾を引っ張られたので思わず振り向けば、そこには何やらトリガーを指さして何かを訴えかける11号のそっくりちゃんの姿が。

 黒いマスクが無ければ金魚みたく口をぱくぱくとさせていたことだろう。

 それだけ動きが口の代わりに物語っていた。

 

「そっくりちゃん……知り合いなのか、このイカすマスクのねーさんと」

 

「なんの捻りもありませんね、玄飛くん……」

 

 バイザーの部分を指さしながら狼狽える少女に苦笑いを浮かべながら雑に問いかけると、トリガーは苦笑いしながらその命名に物申してきた。

 

 だが二人の様子を見て、俺も合点がいった。

 

「もしや、この子がここで俺達と合流出来た理由って……」

 

「プロキシさんとの合わせ技ですね。プロキシさんがナビゲートをして、私が周囲の警戒をしていました」

 

「……ならあの子がここまで消耗している理由は? プロキシ先生もいたのに……」

 

「おい待てアンビー、それは――」

 

 そこでアンビーがふと頭に降りてきたものをそのまま口にするように呟いた。

 

 だがそれ以上はいけない。

 

 だがなにぶん言いにくいことなので口を噤んだのが行けなかったのだろう、トリガーは物凄く遠慮がちに答えた。

 

「それはその……非常に申し上げにくいのですが……体力がなく、休憩を挟みながらここに向かっていたらこのようなことに」

 

『…………………』

 

 あ、11号のそっくりちゃんが凄い落ち込んでる。

 そんなことないよって意味を込めてそっくりちゃんの頭を撫でる。

 

 ……11号と手が重なってしまったものの、反応したらなんか負けな気がしたのでそのまま続行することにした。

 

 

「それで、『パエトーン』。暗号通信で送ったデータはチェックしたな?」

 

『……今回の騒動、その渦中に飛び込むんだね?』

 

「万全を期しておきたい。戦闘はともかく情報関連は頼り切りになると思うが、いいか?」

 

『ナビゲートは任せてくれ、クロ。現地に向かったらイアスを通じてリンにサポートさせる。監視の目もあるだろうからホロウ内で合流しよう。それで構わないかい?』

 

「下手したらキミらが危ないからな。それで十分だ」

 

 最悪の事態の一つにプロキシたちの存在の露見と捕捉、その流れによる襲撃も想定してある。

 

 見方を変えれば足がつかないようにするための工作であるのだが、それを非情だとはこの場では誰も思うまい。

 

 何なら展開次第では俺達がストッパーにならないと行けないのだから。

 

『じゃあ決まりだね。残る問題は座標の特定だけど……進捗の方は? なんなら手伝おっか』

 

「ニコたちから提供された情報は解析済みだ――場所はポート・エルピスの近郊、当時貨物船の港があったホロウだ」

 

 ヤヌス区の郊外である海上に位置するホロウ。

 彼女たちの状態を鑑みて、恐らく最低限の活動基盤しか整えられていないんだろう。今日、11号のそっくりちゃんの姿を見てそれが真実であると確信できた。

 何よりあそこにはホロウの発生の折に放棄されたコンテナを積んだ貨物船がいくつも点在していた筈だ。

 

 身を隠すことは勿論のこと、物資の残骸に至ってはエーテルの侵蝕の影響を受けていなければ換金するなり拠点の維持に回すなど、考えれば考えるほど隠れるには都合の良い場所なのである。

 

 よって、この情報まで罠であるという可能性は限りなく低い。

 

「11号。確か、あそこに常駐する軍隊はいなかったよな」

 

「……あなたなら当然知っているでしょうね。えぇ、哨戒任務か追跡中に潜伏された際に確認する程度よ」

 

「よし、なら問題ない」

 

 現在地からの距離もそう遠くはない。だからこそリンちゃん達との合流地点をヤヌス区に指定したのだ。

 ホロウの規模は中々のものだが、アンビーも含めて今は四人編成による最低限の部隊(チーム)運用が可能な人員が揃っている。

 

 そして経路の精査はリンちゃんらがしてくれると来れば、あとは敵陣に踏み込むだけだ。

 

 

 ――たとえそこに、誰が、ど(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)が(・)待っていようとも。

 

 

「――待って」

 

 

 そんな思考を遮る声が、移動を始めようとリンちゃんとの通話を切りかけた指先を硬直させた。

 

「先程あなたが口にした件――私はまだ納得していない」

 

 ……ここで蒸し返すか。

 いや、だが彼女たちの家族の問題だ。

 それを彼女たちの目の前で『斬る』などと宣言したのだ。この反応は当然と言えよう。

 そう、納得することにする。

 

『……待って、なんの話? コーバス、あんたアンビーと何があったの』

 

「いや、なんでもないんだ、プロキシ。とにかく、構築した最短ルートのデータをエアリスに――」

 

「――彼が私達の『シルバー』の抱える元凶を斬る、と。そう宣言したのよ」

 

「な――」

 

 思わぬところから11号の援護射撃が来た。

 

 アンビーもこれには驚いたようだが、11号はそれを意に介した様子もない。

 

 表情こそ変わらないものの、その顰められた表情から醸し出される空気にはそんな意見の一致すら忌々しいと言ったものが手に取るようにわかった。

 

 やはり、その確執は根深いもののようである。

 

 ただ、先程と違うのは――俺を止めるという、その一点だけは二人とも譲るつもりがないということだった。

 

『……あんた、『ヴァルチャー』とやり合ってた時に言ったこと忘れちゃったの? 軽薄そうに見えて自分壊しちゃうくらい真面目な癖して、そうやってまた自分を誤魔化すつもり?』

 

『……キミのことだ。恐らくだけど、まだ言ってないんじゃないか、キミの抱える問題について』

 

 11号とアンビーのただならぬ雰囲気を察したのだろう。

 そして会話内容から、どうやらリンちゃんは俺の今後の動きを特定するまでに至ったらしい。加えて、アキラくんの後方支援が加わると来た。

 

 ……最悪とまでは言わないが、現状は限りなくソレに近しいと言えよう。

 

「いや、別に今回に限って言えば自分を誤魔化すとかそういうのじゃないんだが……おい、トリガー」

 

 普段の天真爛漫っぷりは鳴りを潜め、リンちゃんの人格者な部分が全面に出た説教は見事なまでに反論の余地がない。徹頭徹尾が俺を気遣う内容であるばかりに、お人好しここに極まれりと言ったところだろう。

 

 だからこそ傍らで俺とリンちゃんのやり取りを見ていたトリガーに助け船を求めるが……深い青に点灯するバイザーを見る限りその旗色はよろしくない。

 

「……玄飛くん、気持ちはわかります……戦友の罪を背負えるなら、私は共に背負うことになんの躊躇もありません」

 

「なら――」

 

「――ですが」

 

 優しく、それでいて強まる語気と共に指先で言葉を制される。

 そこには純粋な気遣いの込められた顔があって、反論しようにもその気概から向こうから削いでくる。

 

 俺を諭すその姿に――理由もなく姉ちゃんの面影を重ねていた。

 

「――それは、あなただって同じです」

 

「…………」

 

 俺と11号の価値に差異などないと。

 

 そうトリガーは言っているのだ。

 

「だからこそ、せめて話し合うべきです。11号のためにも……何より、あなたのためにも」

 

「……なに、アンビー達が居るところではああは言ったけどな。別にあの子……ツイッギーって子が色んな意味で手(・)遅(・)れ(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)って決まったわけじゃない。助けられるなら俺だって助ける気で――」

 

『違うでしょ』

 

 そんな励ましにもならないそれを口にしたのが行けなかったのだろうか。

 

 かつて無いほど言葉に怒気を滲ませたリンちゃんの様子に、端末越しの声だというのに思わず息が詰まった。

 

『あんた、確証がない時はそういうこと言わない……違う?』

 

「……」

 

『ヴァルチャーの時もそう。アンタは罪状を調べて、裏取りをしたうえで実行に移してた』

 

 ……よく見てるじゃん、と茶化す気も今は起きない。

 

 赤の他人でしかない、たまたまビデオ屋に居合わせて、たまたま彼女たちの最初の仕事を手伝っただけの、何気ない始まりから出来た繋がりの俺を、本気で案じていることがわかるリンちゃんの言葉。

 

 だけど、俺は別に裏どりに関して大層な理由なんて持っちゃいない。

 

 殺してから、間違いだったと気づくのは嫌だった。

 

 斬ってから、知らなかったと悔やむのは嫌だった。

 

 だってどっちを選んでも、死んだ人間は戻ってこないから。

 

 『殺す』ということはそういうことだ。

 

 単純な話、ソレを紛れもない家族に向ける可能性があるのが許せないだけ。

 

「……待って、プロキシ先生。どういうこと? 彼は何を隠しているの」

 

 リンちゃんの物言いに有無を言わせぬ様子でアンビーが詰め寄る。

 俺を斬り付ける時でさえ揺らぐことのなかった表情と声音が、今は迷子の子どものようにどこか震えていた。

 

『……それをちゃんと聞かせてくれたら私だって何も言わないけど――コーバスが言わないってことは、それだけ伝えたくないことがあるってだけだよ、アンビー』

 

「……コーバスとあなたを呼ぶわ。あの子は、ツイッギーは、何をしようとしているの」

 

「……」

 

 答えるべきか、と冷徹な頭がその損得勘定を一瞬で演算する。

 結果、やはり駄目だと思った。

 喉元まで出かかった言葉を奥歯で噛み殺して、その不快感を表情に滲ませないよう努めた。

 

 だって、まだ推測だ。

 犯人は捕まっておらず、明確な証拠はない。物品も、現場も、『シルバー』の兵士の肉片すら回収できていない、ただの思考の延長に過ぎないもの。

 

 

 だというのに、考えれば考えるほど否定する材料だけがどこにも見つからない。

 

 

 そっくりちゃんの壊れたマスク。11号と俺の身柄を求めたその動き。潜伏先の内容と、反乱軍に通じる伝手の入手法。

 

 そして『サクリファイス』。

 

 『シルバー』と結びつく、人(・)体(・)と(・)エ(・)ー(・)テ(・)ル(・)耐(・)性(・)が(・)必(・)要(・)と(・)さ(・)れ(・)る(・)ナ(・)ニ(・)カ(・)。

 

 だから、言えるわけが無かったのだ。

 

 自分と同じ顔をした、それでも残った唯一の家族が――自分から人間であることを捨てようとしているかもしれないことなど。

 

「……まだ、言えない」

 

「どうして。あなたに、そこまでの義理は無い筈よ」

 

「……アンビー、お言葉ですが彼は――」

 

「いや、良いんだトリガー……全部事実だ、ほんとに」

 

 くしゃ、と自己嫌悪で焼き切れそうになった頭の中身を纏め上げるように、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。

 

 いやいや、本当に事実だ。人様の家庭の事情に突っ込んでいるという事実を、11号やリンちゃんがあまりにも優しいから忘れてしまっていた。

 

 自分が何をしようとしていて、自分がどんな人間かを。

 

「でもなアンビー、だから確かめに行くんだ。確かめて、話して、それでもだめだった時――その時こそ、俺が止める」

 

 殺すとは言わない。

 

 裁くとも言わない。

 

 俺はそれほど高尚な人間ではないし、それが出来る『自分』はとっくの昔に捨てた。少なくとも大佐と組んで、軍の内部で暗躍をしようと決めた日から。

 

 

 それでも――『罪』に対しては誠実で居たかっただけ。

 

 

 悪い奴が裁かれる。

 

 良い奴が死なずに済む。

 

 そんな当たり前の形を、腐り切った性根がせめてもと護りたがっただけなのだ。

 

 

「――本気、なのね」

 

 

 これまで俺の話を否定するでもなく、擁護するでもなく、ただただ耳を傾けてくれていた11号の声。

 

 それに返事はしない。

 

 代わりに、俺がやるべきことを改めて宣言することにした。

 

「何もただ無為に時間を浪費してたわけじゃない。俺がなんなのか、ずーっと考えてた」

 

 信じていた軍を辞めて。

 鍛えてくれた剣を捨てて。

 誰かを殺す理由も、責務も、義務も、権利も――戦友も、全部全部全部全部、なくなった。

 

 その果てに残った『俺』というものを知って、それを二年も持て余していた。

 

「軍人じゃないから出来ることもあるって気づけた」

 

 命令が無くても助けられる命がある。

 

 敵だからと、殺さなくても良い命がある。

 

 自分の信じた『正しさ』を、誰かに決められるでもなく、自分の手で選ぶことが出来た。

 

「別に、完璧な兵士になりたかったわけじゃない」

 

「姉ちゃんへの嫉妬とか……なかったわけじゃないけど、そのぶん尊敬してたから比べてもどうとも思わなかった」

 

「ただ、俺は――」

 

 思い出す。

 泣いてる11号の顔を、ぐしゃぐしゃになって夜の光に晒される、弱り切った強い彼女の本当の姿を。

 

 それだけじゃない。

 『モグラさん』を捕まえるために決行した作戦においてもそれを見れた。 

 

 死なせずに済んだと。殺さなくて済んだと。まだ間に合うんだと。

 

 そして武器を手放した時に胸に落ちた、安堵を。

 

 

 それに、どうしようもないくらい、救われた自分がいたんだ。

 

 

「――いい人になりたかった。ただ、それだけなんだよ」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。