脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
世間から『ホロウレイダー』と称される連中がいる。
基本的に『ホロウ』へ侵入することは法令において禁止されている。
正式な手続きや所属も無く足を踏み入れれば治安官やホロウ調査隊などに摘発、拘束され厳罰対象として扱われるのだ。
理由としては単純で、ホロウという空間があまりにも後ろ暗い連中にとって都合が良すぎる性質を持っているからに他ならない。
エーテル資源の違法取引だけではない。
殺人を犯そうが『ホロウ』での活動時間を超えたことによるエーテリアス化で片付けられる。
『ホロウ』に呑み込まれた空間にあるものは法的に放棄されるという仕組みもあって、密談、取引、犯罪ほう助なんてものはやりたい放題。
そういった『ホロウ』に違法で出入りし非合法のエージェントたちをそう呼ぶことになる。
……多発的に発生するホロウ災害で人手が足りてない現状、これらの活動を支持する人間も少なくないが、どうあっても犯罪者として扱われるのが法と世論の実状である。
だから……まぁ、その、アレだ。
この間殺し合ったり、思いがけないところで知り合った相手と鉢合わせたり、まさしく世間は狭いという言葉を再現したこの業界においては珍しくないことだったりするのである。
「――――」
「――――」
たとえば、こんな感じで。
場所は勝手知ったるいつもの六分街。
とある店に備え付けられた明朝の駐車場は今、自己紹介を展開することすら絶妙な具合で
「えーっと、一応集合時間になったんだけれども……なんかあったの? 二人とも」
言葉なく見つめ合う俺の傍らで青髪の女の子――リンちゃんがその整った眉を
プライベートでも付き合いのある子で普段は六分街においても評判のビデオ屋を営んでいるのだが……この場に居る理由はまぁ、二足の草鞋を履くという言葉で色々察して欲しい。
人の良さが滲み出た、此方の事情を可能な限り汲み取ろうとする慎重な言動は、十分に人として信用に値すると言えよう。
「や」
「……」
この変な空気を払拭すべく繰り出した軽い挨拶は、見事なまでに黙殺された。
更に微妙な顔になったリンちゃんが向けるもう一つの視線の先。
黙して応じない女性の姿に、俺は覚えがある。
研ぎ澄まし鍛えられた刃を思わせる銀色の髪。
影に浮かぶ炎のように黄色系統の差し色が入った通常の規格から外れた特注の軍服。
そして背中に背負った軍用ナタ。
これで見間違えろというのが無理のある話だった。
「……ファイヤー?」
「サンダー」
「……」
「……」
示し合わせたかのように……実際打ち合わせ通り互いにそう口にする。
それはリンちゃんと事前に打ち合わせしておいた集合場所へ到着しそれらしき人影を確認したら口にすると決めていた合図だ。
インターノットの世界は広い。
意図的に顔写真を晒さない限り顔合わせなんて現実でしかしないし、結果的にある種の古典的な方法でこうした答え合わせが必要となる。
だがこの合言葉を出さない限り会話に応じない辺り、なんて真面目な人だろうかと呆れ半ばに感心してしまう。
そして俺にとって、その如何にも兵士らしい性分は正直都合が悪いと言えた。
「待って、もしかして二人って知り合い?」
「……そうね、お互いに一方的にだけど」
「リンちゃんはさ、ゲロ吐きながらタップダンスを決めるみたいな痴態を晒した相手と一緒にマトモな顔して仕事をしなきゃならない場合の対処法って知ってる?」
「そんなニッチなシチュの対処法は知らないかなぁ」
「だよなぁ」
この人の言葉でちゃんと仕事すると決めたのだ。
……いや、別に仕事自体はこれまでそれなりにマトモにやってきたつもりではあるが、まぁこの間のラーメン屋での出来事のお陰で気合が違うというかなんというか。
俺にだってそんな人の前で恥を晒したくないと思う程度の人心もあるのだ。
「でもでも、酔っ払って吐いたとこを同僚に看病されたーって思えばまだマシなんじゃない?」
「わかってないなぁリンちゃん。流石に無理だよコレ。真面目なことを口にする度に『こいつニートの脛齧りなんだよな』って思われるのに俺には耐えられない」
「凄いよねーその自意識」
「被害の逆算だよリンちゃん。一度でもプロのヒモになったが故に、いっちょ前に自意識は持ち合わせてしまった悲しきモンスターなのさ」
「なんであんな完全無欠の治安官さんの弟がこうなっちゃうんだろう……」
「出でよ大巨人!」
「うるさ」
この子もたいがい酷いことを言う。
いや、酷いのは俺の頭か。
「取り敢えず紹介するね、この人は――え、お兄ちゃん?」
一先ず情報交換の流れか、と思ったのだが何やらアクシデントがあったらしい。
耳に入れたイヤホンを抑えながら、突然の通信に戸惑いつつもリンちゃんは応じていた。
通信相手は……まぁ察しはついた。
脳裏には今目の前に居る元気溌剌な少女とはある意味正反対な印象を抱かせる灰髪の色男の胡散くさい笑みが浮かんでいる。
「ごめん、コーバス! ちょっと忘れ物しちゃった!」
「まじで?」
「すぐに戻るから、少し待ってて!」
俺が応じるよりも先に、リンちゃんは駐車場を隔てていた金網の扉を押し開けて、すたこらさっさとこの場を後にする。
必然、俺と女性兵士だけがこの場に残ることになる。
「……見苦しいものをお見せしました」
「ええ。本当に」
にべもなく言い捨てたその言葉に、やはり感情の起伏らしいものは見られない。
否定しないのを見るにそれなりに腹に据えかねているのかもしれない。
かくいう俺でも、今の俺みたいな痴態を晒しているところを見ようものなら背中から蹴り飛ばしてるかもしれない予感があった。
「でも偽悪的に振る舞うのは感心しないわ。それは周囲よりもあなた自身を傷つける」
「……別に特に何か隠す意図もないし、俺自身大した人間でもないんだけど……」
「根拠はこれよ」
「っと」
俺の言い分を聞くや否や、自身の端末を投げ渡したのでどうにかそれをキャッチする。
精密機器を投げるな、とか修理屋の端くれらしい小言の一つでも零してやろうかと思ったが――端末に開かれた画面を見てそんな気はさらさらなくなった。
何せそこには姉ちゃんにルミナスクエアで対面した日付で、『謎の不審者、ひったくり犯を捕える』というタイトルで投稿された動画が流れていたからである。
「……この動画に映ってる犬ッコロ、もしかしなくとも……」
「そうよ。敵の捕捉を悟られずに技の準備、民間人とは言え自身を優に上回るシリオンの体格と筋力を前に鮮やかに関節技と拘束を両立する手腕。見事だったわ」
「……もしかしてこの前ラーメン屋に居たのは?」
「それは偶然よ」
「偶然なんだ……」
見られていたのか、という驚愕が一つ。
だが同時に納得した。
この動きは俺の前職において習得した技術――軍用格闘術の一種だ。
それをひと目で見抜けるとなれば、この女性の正体の正解を得たようなものだった。
「そういうキミは、もしかしなくとも……」
「ええ。防衛軍オブシディアン大隊所属。『11号』よ」
「……コーバス。わけあって今はジャンクパーツを集めたりボンプとか機械を修理している。戦闘はそれなりに出来るよ」
「戦闘力に関しては心配してないから安心して。『ブラックイノセント・パニッシャー』」
「何の何の何?」
攻守が逆転するほどの衝撃が言葉の洪水になって俺を襲ってきた。
なんだ『清廉なる黒き断罪者』って。時期が時期なら地面に頭を叩きつけてのたうち回りたくなるような単語の羅列である。それ以前に一字一句俺が告げたコードネームと一致していない。
俺もだいぶアレな人間自覚はあるが、この人もたいがい変な人なのだろうか。
「にしても、あなたもあのプロキシから依頼を? 軍を離れたのにわざわざこのような仕事をする理由があるのかしら」
「コーバスな。それ以外に食っていく方法を知らないんだよ。だから未だに戦場に固執してる」
「でもあの動画で見た技、とても前線を離れていた兵士のソレとは思えない……訓練は怠っていないようだけど」
「それこそ色々あったんだよ……診断書も除隊申請の写しも取っておいてあるけど見る?」
「……ごめんなさい。不躾なことを聞いたわ」
「いいよ。軍の穀潰しをしている自覚はあるから」
軍に限らずこのホロウ災害が跋扈する『新エリー都』において戦える人間とは常に不足してる。
訓練にかけた諸経費や時間だってタダじゃないし、訓練課程で死んでしまうやつだっている。
その中でも
これが穀潰しでなくて何と言う。
「にしても、元軍人で今はホロウレイダー。普段は修理屋として暮らしていると」
「修理工に関してはまだ勉強中だけどな。軍に籍を置いていた頃と訓練校時代で培った技術で何とかやりくりしてる」
「手に職をつけてるのね」
「これで嫁さんでも貰えればとっととこういう稼業から手を引いて修理工一本でやってくかもな」
そんなあるワケもない未来を想像しながら冗談めかしてそう口にする。
けらけらと笑いがこみ上げて来るが……当の11号と言えば何やら真面目くさった顔で俺の話を聞いている。
それこそまるで脳内会議で吟味、検討するように。
「……」
「正直に言ってみ。絶対碌でも無いこと考えてるだろ」
「そのカバーストーリー、参考にさせて貰うわ」
「隠す素振りくらいは欲しかったぞ」
嫌な汗が流れた。
いったいぜんたい何に活用する気なのか確かめないと、この胸で燻る形容し難い不安が現実になりそうな気がしてならないので追求しようと――したところでリンちゃんが戻ってきた。
二頭身の、うさ耳を生やした愛くるしいボンプの姿になって。
『お待たせー。それじゃあ行こうか……ってやっぱり何かあった?』
「……何度見ても思うけどそれって無法だよな、ほんと」
ポンプからは先程までこの場に居たリンちゃんの声がする。
白い兎耳と対比を演出する黒いジャケットに、『01』とプリントされた橙色のスカーフ。
眼球代わりに投影される液晶に映るまん丸の瞳は、先ほどの彼女のように訝しむように細められ、申し訳程度の手足でとてとてと近づいてきたかと思えば俺の足をくいくいと仕草で何があったのかを聞いてくる。
頭の先、つま先からてっぺんまで。
その挙動はボンプらしからぬとも言うのか、その動きの全てに『人間の挙動』のソレが反映されている。
それはこの新エリー都のどこでも確認されたことのない――ボンプへの意識の同期が成功してる証左だった。
「彼女が何か問題かしら。『ダーククラウド・ジャバウオッグ』」
「コーバスな? さっそく掠りもしなくなったな……もういいや、仕事に向かおう。プロキシ、車借りてもいいか?」
『ナビゲートは任せて。安全運転で頼むよー?』
リンちゃんも、11号という兵士も、どちらもタダモノじゃないことは火を見るよりも明らか。
ただまぁ、それでもアレだ。
色々大丈夫だろうかこのチーム、と
「ところでプロキシ、ダブルクラッチってなんだ?」
『クラッチペダルが二つある車のことだよ! この前映画で見たもん!』
「わかった。じゃあクラッチってなんだ?」
「この車は
「コーバスな」
やっぱり不安だ……。