脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
◇
錆びつき各所に深い傷を作り上げたトラックが、コンクリートの交通表示を無視して乱雑に打ち捨てられている。
疫病のように地面を侵食し、妖しいエーテルの緑光を放つ結晶。
それらによってすでにその中身と共に意味を失っている貫かれ周囲に転がるコンテナ。
陸と陸を繋いでいた筈の『
……軍の任務において似たような光景は何度も目にしているというのに、街灯代わりにぼんやりと放たれるエーテルの光が残った文明の名残すら否定しているようで、なんだかもの悲しくなってくる。
もっとも、そんな感傷に浸っている暇がないというのも事実なのだが。
「――ターゲット確認。周囲の気配に警戒して、『ブラックセイント・フライデー』」
「だからコーバスだって……トリガー、エアリス、サラ。戦闘態勢」
「視えてますよ。問題ありません。プロキシさん、Aさん、アンビー、下がっててください」
『私たちは問題ないよ、やっちゃって!』
「……A、プロキシ先生の後ろに。私があなたの背中を護る」
『……わかっ、た』
軍人としての装いに身を包んだ俺達の前に現れた6つの影。
そのいずれも人間ではない。
純度の高い黒曜石のような外殻と脈動するように毒々しい緑の光を放つエーテル結晶。
あるいは小兵か、あるいは猟犬か、あるいは騎士か。
それらは頭部を模したエーテルの集合体である黒い核を無機質に唸らせ、周囲の廃車を吹き飛ばし、あるいは軽々と飛び越えながら獲物である俺達へと突貫して来ている。
『■■■■■■■■――!!』
「ティルウィングが3体、ハティが2体、デュラハンが1体です」
「景気が良いんだが悪いんだか」
『就職難に陥ってたあんたが言うとすっごい皮肉だよねその台詞』
「なんで俺いつもこんなに袋叩きにされるんだ……トリガー、小さいのを散らしながら援護してくれ。11号、デカいのを分断するからその間に本丸を叩くぞ」
「「了解」」
無駄口はそこそこに、装填された薬莢が軽く音を立てながら地面を転がるのと同時に俺を含めた三者は飛び出し、俺は二振りのククリ刀を投擲した。
宙に銀の軌道を描く刃の合間を弾丸が雷光を纏いながら突貫する。
俺が右へ。トリガーが左へ。11号が正面へ。
乱戦気味の戦場において前線に刃を持って立つ俺と11号の動きを、放たれた弾丸は阻害することはない。
幾重にも折り重なり、交錯する霹靂の雨。
トリガーの弾丸は狙撃銃から放たれているとは思えない連射性で以てエーテリアスの身体を滅多打ちにし、初弾で投擲したククリ刀へ反応してしまっていたハティ、ティルウィングの四肢を粉々に吹き飛ばす。
「サラ、エアリス、本命は俺じゃない。援護に徹するぞ」
「ンナンナ!(訳:率先して働かない姿勢!)」
「ンナナワナ、ンナンナ(代わりが居るなら頑張る気を無くすジレンマ)」
「いいから仕事しろ……!」
喧しくぶつくさ文句を言うボンプ姉妹の声を拾いながら、ゴーグルに表示される投擲したククリ刀の軌道演算の結果に従って駆ける。
消耗を抑えるためにエネルギーなしで放った、俺の純粋な投擲能力によって描かれる刃の軌道。
エーテリアスの身体を射抜くトリガーの弾丸と共に敵を斬り付けながら飛来するソレの柄を空中で掴み取り、顎を開きながら俺へ牙を立てようとしたハティ二匹の口内をすれ違いざまで斬り付ける。
「■■■■■■■――」
「
「速攻を――!」
そしてその後方でエーテルを充填する気配。
黒く渦巻くコアを唸らせながら周囲のエーテルが収束し、剣を腰だめに構えるデュラハン。
その狙いは真っすぐと、間近なターゲットである俺を見えない視線で見据えている。
直後、デュラハンの姿が掻き消え――鉈を取り付けたトリガーの持つライフルの銃身によって空気を裂くような甲高い音と共にその剣を吹き飛ばした。
「灼熱――!」
瞬間、背後で炎の気配。
ごう、と灼熱が大気へ悲鳴を刻み付けるように唸りを上げる。
肌を焼く炎熱の光と共に視界の端を駆け抜け、高出力であるが故の武器の重みを伴いながら、俺とトリガーの牽制によって動きを止めていたデュラハンと他のエーテリアスを巻き込みながらその体を塵へと還した。
「……戦闘終了。プロキシとの通信感度も現状は問題なし。トリガー、索敵結果の報告を」
「こちらも問題ありません……とはいえここはホロウ、思わぬ裂け目から敵が飛び出てこないとも限りません。何より我々は追手がいる身。油断大敵ですよ」
「なんで俺見て言うんだよ」
「誰にでも間違いはあるわ。トリガーとて例外じゃない。その点、世界はあなたに寛容ね」
「慰めのスケールがデカすぎて全然響かないんだが」
「空白の職歴、出所不明な戦闘技術、ボンプの改造処置技術。定職に就ける要素を己で踏みつぶしているわ。ついに天職を見つけたわね」
「天職って言うか無職なんだけどそれ」
場所が場所じゃなければ猛抗議したいところであったが、生憎とその場所が場所である。
ここはヤヌス区の南端にある港から最寄りの、『ラマニアン・ホロウ』をから派生、あるいは接続する大型共生ホロウの一つ。
ニコ達が苦労して入手した位置情報によって判明した『
あの話し合いの後に解析した情報を引き渡してからリンちゃんの指示に従い、このホロウに突入したわけだが……ボンプなリンちゃんの顔を見るに、どうにも普通のホロウ探索とは行かないようであった。
『……妙だね、なんだか前に突入した時よりエーテル活性率が上昇している。これだったら立て続けにエーテリアスが現れても良いハズなんだけど……何が起きてるんだろう?』
「そんなのよくあることだろ? 俺とて夜に油もん食べ続けてたらコレステロール値の一つや二つ上がるさ。んで無駄だとわかってんのに夜こっそり体重計に乗って偽りの安らぎを得るんだ……結果は数日後にわかるって言うのに」
『ちょっと静かにしててくれない?』
相変わらず俺に対してキツめな対応をしてくるリンちゃん、というかここにいる一行は全員そうだが、言っていることには一定の説得力がある。
裂け目を通じてデカいホロウと繋がってるのが共生ホロウなのだ。
『向こう』から強力なエーテリアス一匹でも流れてきたらそのくらいの変動はあって然るべきで……リンちゃんほどの『プロキシ』がわざわざそう口にしたってことはつまり、それだけの意味があるということになる。
「それで、伝説の『プロキシ』として感じたであろうその心は?」
『……勘、かな。少なくともいつもの比較的安定したホロウだとは思わない方が得策かも。プロの意見としてはね』
「うちの姉妹を周囲の感知と解析に回しとくか?」
「そういうことなら私も協力しますよプロキシさん。消耗を抑えることには同意しますが、非常事態を迎えてしまっては元も子もありませんから」
『私たちがインターノットでなんて呼ばれてるか忘れちゃったー? タスクが一つや二つ増えた程度でナビゲート出来なくなるほど『パエトーン』の名前は安くないよ』
「相変わらず頼もしいな」
「えぇ、本当に」
とてとてと歩いて先導するボンプ姿のリンちゃんは、胸を張るようにしてその小さな両腕を広げてみせた。
その後ろ姿を追いかける身としては頼もしいことこの上ない。トリガーもそれを口にせずとも同意を示すようにバイザーをピンクに染めている辺り、その信頼性というものが文字通り手に取るように伝わるというものだ。
……もっとも、その軽やかなリンちゃんの足取りに反して、この先で待ち受けるものは恐らく碌でもないことであるのは確定しているわけだが。
頭の中をよぎるのは拗れるに拗れていることが判明し目の当たりにした11号らの姉妹仲だ。
殺し合い同然の喧嘩をした家族。
仲が良いだけじゃ済ませられない、姉妹として互いを理解している故に起きるすれ違い。
そして現状その二人に追われている、その生き残りの一人かもしれない義肢の少女。
……ただ場所を突き止め、対象の確保を済ませれば終わるような簡単な話ではない。
むしろ、それより先こそが本番なまであるだろう。
「それで、ルート自体は問題ないわけだけど……良いんだな、11号」
「……」
ゴーグルを拭いていた11号が視線を伏せる。
それは思考を巡らせているようで、瞬きすら満たない刹那であっても、そこには彼女なりの葛藤の積み重ねがあったような気がした。
けれどそれも一瞬。
俺の発言の意を察したかのように何も言わず、無表情を保ったままゴーグルを掛け直した。
「言ったところで、あなたは止まらない……そうでしょう?」
「……」
「責める気はないわ。あなたは、そういう人だもの」
俺の沈黙に堪えた様子もなくいつも通り。
ホロウに突入しても、11号の様子は変わらない。
この騒動の元凶を斬ると宣った俺に対してのソレは拍子抜けするほどいつも通りで……むしろ俺の方が少なからず困惑してるくらいだ。
それは彼女が家族すら切り捨てる冷酷な軍人ということでもなくて。
想っていた家族を斬ると宣った男に怒りを抱く権利くらいあると思ったが故の困惑だった。
「私を救けてくれた時と同じよ。あなたは、あなたが思うほど冷酷になり切れない」
……それは、違う。
あの時は真っ先に、迷う事なく自分を切り捨てた11号の選択を許容できなくて、意地をはっただけだ。
間に合うと思ったから間に合わせただけ。
助けたいと思ったから、助けただけ。
今回もそうなるとは限らないのだ。
俺はもう、自分が助けたいと思う人間しか助けない――もう、助けられない。
「では11号、このまま進軍ということでよろしいのですね」
「なんにせよ会ってみないとわからないわ。あなただけじゃない、私にも確かめたいことが色々あるから……だからルートの変更はなしよ。現場に直行しましょう、プロキシ」
『わかったよ……それでいいよね、Aちゃん?』
『……うん』
ボンプのリンちゃんが手を引くように後から着いていく11号のそっくりちゃん――通称『A』ちゃん。
……名前を聞いた時は、正直どうかと思った。
味気のない名前だしラベルじゃないんだから少し凝った名前で呼んでやりたいものだが……それはそれ。所詮は俺の感想だ。
本人が、大事そうにしてるのならそれを無視するのもちゃんちゃらおかしな話である。
「その名前はあの子……ツイッギーが?」
『うん……大事な……名前』
「そっか……なら、大事にしなきゃな」
本人が言うんだからそういうことだろう。
そもそも、『シルバー』の話を聞いた辺りで『11号』という名前にも引っかかるものがあったのだが、その程度。名前は名前である。
……昔は違う名前で呼ばれてたらしい11号も、俺にとっては11号だ。
本人に思うところが無いのならそれが一番良い。
「にしても、マスクの発声出力にまだラグがあるな……特に吃音の検知と発声に関しちゃダメだ。ごめんな、ストレス多くて」
そして本人がそんな感じなら出来ることをしてやるまで。
そういうことで手始めにその壊れかけのマスクを直してやったわけなんだが……形だけなら道中の廃材やら何やらでどうにかなったのだが、それだけ。
本格的な修理となると、それ相応の道具と部品の交換が必要になって来るというのが一先ずの結論であった。
『気に、してない、よ』
「駄目だよ。声出せなきゃいざって時に助けられないだろ」
実際、その手のトラブルにはよく苦労したものである。
軍人は何も殺し殺されの場に放り出されるだけじゃない。今はアレだがこう見えてもホロウ災害現場における救助活動の指揮を取ったこともあるのだ。
サラとエアリスのボンプ姉妹ともそういった現場で出会って、治して今に至るのだ。
だから拾って治して、っていうのは割と昔から俺にとって日常茶飯事なのである。
『…………』
「諦めなさい、A。これが彼の平常運転なの。けどこのままだとやるせないでしょうから私が彼の情報を開示する――彼は職なし、隊長が言うにはプータローなの」
「何してくれちゃってんの11号さん……?」
「無職、失業者を指し、社会的な孤立に陥った人間のことを指す」
「畳みかけンナ」
『ジョブレス、オブリージュ』
「喧しいわ!」
何も上手くないんだが! 何が貴いんだソレ!
つーか今滅茶苦茶流暢に喋れてたし! 俺への悪口にだけ舌に脂ギトギトに乗ってるし!
「……コーバス、辛いのはわかる。けど決して過去の自分を否定しちゃいけないわ。たとえ職が無くても。引きこもりでも……ちなみにこれは罵倒じゃないわ」
「その偏見と罵倒が世界を歪ませる……!」
「は、励まそうとしただけなのに……」
「……アンビー……改めて彼の人となりを知って何を勘違いしているのか知らないけれど、彼を罵って良いのは彼の戦友だけよ。少なくともあなたじゃない」
「戦友にもそんな権利ねーから!」
ぜぇ、ぜぇと精神的なアレからつい肩で息をしてしまう。
俺とシルバー姉妹のやり取りを見てトリガーとリンちゃんなんて後ろで笑ってるし、俺の威厳とか尊厳を守るとかそんな様子は一切見られない。
……まぁ、もうみんな元気になってんだからそれで良いか、と思うことにする。
何よりアンビーに聞きたかったこともあったのだ。
俺の威厳と尊厳を代償に潤滑油として機能したのだから、これもある種の怪我の功名と言えよう。
『コーバス大丈夫? なんかその、ふっ、あんたは特に何もしてないのに勝手に周りの人間があんたの尊厳を切り崩していってたけど』
「心配してるんならその下卑た笑い引っ込めてくれないかな……ってそれよりもだアンビー、聞かせてくれるか」
「何を……? も、もうあなたを前科持ちの浮浪者だなんて思ったりしないわ」
「キミまでそんな風に思ってたのか……地味にショックだよ……って違う違う、というかこれ以上掘り下げるな俺の黒歴史を……キミの口から、『シルバー』についてだ」
俺の言葉に11号とAちゃんを含めたシルバー姉妹の醸し出す空気が引き締まる。
よくよく考えて見れば、これ以上ない情報源だろう。
アンビーはかつての11号の隊長であったと言うし、しかも聞くところによれば相応に劣悪な環境であったにもか関わらず部隊の士気とモラルを保ってきたと言うではないか。
状況が状況であるが故に取れる立派な選択肢の一つであるのには違いなかった。
「……私と……11号が、クローン兵士であるという前提は説明するまでもないでしょう?」
「……まぁ、映画でよく聞くアレやソレと同じって解釈で良いなら」
「その認識で良いわ。もっとも、映画みたいにわかりやすいものだったら良かったのだけど」
……まぁ俺も一寸先は闇みたいな話は深掘りしたくないので、深くは聞くまいが。
だがアンビーも微妙な表情をしている辺り、好き好んでそんな言葉選びをしているわけじゃないって言うのは聞いていればわかる。
11号との関係が拗れている所為で誤解しそうになるが、彼女自体は善良な人間であることに違いないのだから。
「クローン……複製された細胞の複製という禁忌によって誕生した同位個体が世間一般で言う『姉妹』であるというのなら、ね」
「キミが姉妹って思うなら姉妹だよ。生まれが間違っているから全てが間違っているなんて言うのは……少なくとも俺は許せない」
「……やっぱり優しいのね、あなたは」
「キミの上官がイカレてただけだ。こんなのは普通だ普通。軍人とかそれ以前の問題だろ」
アンビーまで11号のことを言い出したものだから、しっしっと言葉を払いのけるように吐き捨てる。
実際、そんな高尚なもんじゃない。というか11号の時も思ったが、俺みたいなのが優しいとかそれこそ笑えない。もう言っても訂正してくれないからそのままにしてるけど。
ただ、アンビーの話から聞くあたり当時の彼女達がどのような扱いを受けていたかが見えていて、そういう人を人と思わない所業が本当に好きじゃないってだけ。
ただそれだけの話なのである。
「ええ、わかってる。でも、そういうつもりの人もいるわ」
「……」
「一人造るのも、百人造るのも彼らにとっては変わらないの。私達は常に誰かに利用されて、それが存在意義だった……だから、壊すの。私達が生まれてしまった技術は、必ずね」
……それが、当事者の一人である11号を遠ざけてまでこの問題をたった一人で抱き込もうとした理由か。
いや、俺も人のことを言えた身じゃないというのはそうなのだけれど、完全なる第三者か事件の当事者かとでは決定的に『重み』が違う。
そういう意味では、アンビーの言葉を聞いておいて良かったのかもしれない。
お陰でいざと言う時に迷わずに済みそうだ。
けれど、アンビーの発言が事実であるとして、それはそれで疑問が残る。
「だが、そんな封印指定された技術を態々掘り起こしてまでツイッギー……いや、連中は何をしようとしている?」
「……それは私にもわからない……でも」
「でも?」
「私の知っているあの子にしては……今あなたが言ったように、どうにも誰かの違う思惑があるような気がするの」
それは俺も考えていたことだ。
所感ではあるが、有り体に言えばあらゆる意味でツイッギーという少女には『社会性』というものがどうにも希薄に見えた。
エンゾウさんのところにAちゃんを送り込むこんだこととか。
態々ターゲットの一人である俺の前に単独で現れるところとか。
取り繕わず言えば、この『新エリー都』においてあの立ち回りでは絶好の鴨にされるがオチだというのが俺の彼女に抱いた印象である。
何よりあの日に会ったツイッギーの四肢は鋼だった。
それを失った経緯は俺の知るところではないが、義肢の調達、装着するための施術、加えてAちゃんを生み出すための設備や拠点はどうやって入手したのか。
あの様子であれば戸籍さえまともに登録していないだろう。
『新エリー都』では割とよくある話ではあるのが、今は11号らの出生を取り巻く状況が状況なだけに全然あり得ない話じゃないというのが頭の痛い話である。
「キミ達を利用しようとしている連中は多い……ツイッギーも敵に踊らされている可能性もなくはない、ってことになるが……どうだ、11号」
「それは私も同意見ね。実際に彼女の指揮下に居たからわかる……何よりこれだけの人員を彼女だけで用意できたとは、とても思えないもの」
背後の11号に確認の意味を込めて問いかけると、淡々と返した11号にアンビーが僅かに目を見開いた。
その胸中に芽生えた感情はどうであれ、姉妹の見解は一致しているらしい。
そういうことなら、俺達の推測はその精度を高く設定して良いだろう。
……もっとも、それはより悪い方向性での推測を補強することになるわけなのだが。
「……お二人の推測が事実なら、軍の上層部だけでなく外部の勢力からの干渉も配慮しなければなりませんね」
『筋は通ってると思うよ。ニコだけじゃなく『H.A.N.D』も治安局の人間も動いてそれすら捕捉されていたみたいだからね……Aちゃんだって、』
『…………嫌な、人達との取引……なら、何度もあった……詳しくは、知らない……』
俺とアンビーの話を11号と同じようにホロウの道中を確認しながらも聞き耳を立てていた二人からもその推測に対して理解を得られた。
……Aちゃんの物言いは引っ掛かるが、それは一先ず後回しである。頭の片隅には入れて置く。
11号に下された上層部からの不審な命令。
ニコの工作を看破した情報網への干渉。
セス坊やマサ達を捕え拘束した正規の防衛軍の一部すら巻き込んだ組織的な追跡。
そして、実験体としての価値を理由に俺と11号を狙った連中。
ここまで揃っておいて全てをあの少女一人の独断と考える方が無理があるというものだ。
「何より、彼女はいつも怒っていた気がする」
「……怒っていた? あの子が」
「……あなたにはわからないでしょうね。人の機微に、昔から鈍いから」
「………………」
「あー、うん、よし、11号。どういう意味か聞いても良いか?」
聞いてるこっちが辛い。
毒を吐く11号を見るのも、それに何にも言い返さず落ち込んで黙り込むアンビーを見るのも。
とはいえここで俺が余計な口を挟んだところで改善できるのかと言われればそれもまた妙な話。むしろ話が拗れる方向になっていくのは目に見えている。
「自分の力の無さ、前線で戦う力がないことをね」
「……それは、訓練しても成果を得られなかったのか」
「彼女は贔屓目に優秀だった。けど私達に求められたのは最高傑作と同等の成果を一人一人で生み出すことだったのよ……だからみんな、必死だった」
かつて完璧だった兵士が居たから、と。
目を伏せるアンビーを見つめながら、11号は溢すようにそう言った。
その声音に棘はない。
だが思い返すことすら苦痛であるかのような、何とも言えない重さを多分に含んでいる。
自分には出来ないことを純然たる結果として突きつけられていたこと。
自分に与えられなかった力を、他人は平然と振るっていた環境のこと。
その差が何によって生まれたのか、どう生きるかなんて選択肢すら与えられないまま生きるしかなかった『シルバー』の少女たちの……果たされなかった願い。
そんな環境で、力を求めるなといのが酷というものだろう。
問題は、その願いの源泉が誰に目をつけられたのか、ということだった。
「……ああ、成程。色々合点がいったぞ。そこで――」
『――『サクリファイス』、ってことなんだろうね』
俺の言葉を継ぐように、『パエトーン』が静かに告げた。
その名称に11号とアンビー、当事者の一番近くにいたであろうAちゃんすら首を傾げ、トリガーはバイザーのランプで警戒を示すように赤く点滅させていた。
「プロキシさん。その名称をどこで……? 私も情報を集めているうちに、度々耳にしている単語ですが……」
『こっちで調べは進めてたんだよね……白祇重工の事件から確認したと
「待て『パエトーン』、それって確かTOPSが絡んでる内容じゃなかったか」
『……コーバス、今同じこと考えてる?』
「そこは嘘だと言って欲しかったな……」
俺の予想は悪いことばかり命中してきそうで嫌になる。
サクリファイス。
俺も『シルバー』について調べを進めていくうちに度々耳にしていた単語ではあるが……まさかこんなところで結び付けられるとは。
その名称が指し示す技術と、今回の一件が裏で繋がっていたとしたら。
ツイッギーが求めているのは、単純な『力』を手に入れるだけでは済まないかもしれない。
「……治安局を含めた市政側の応援は期待できそうにありませんね、これは」
『まだ仮定の話だけどね……ただ不明瞭な人員の操作、組織だった動きもこれなら説明がついちゃうのがどうにも……』
俺としてはまーたアイツらかよと言った具合だ。
ホロウ災害を前に滅んで生まれてを繰り返している人類がコレとか正気かと軍に所属していた頃から考えていたが、やはり相変わらずらしい。
大佐の働きかけによって軍側には随分とテコ入れをした記憶があるが……軍でのゴタゴタなど氷山の一角であるという事実の証左であろう。
『――なんて話してるうちに着いちゃったね……この辺りだよ』
そして話をしていればなんとやら、とでも言うのか。
気づけばリンちゃんが示した座標にまで到達していたらしい。
会話を即座に引っ込め、俺は武装に手を掛ける。
トリガーと11号は周囲への警戒を強めながら鉈の柄へ、狙撃銃のグリップに手を添える。
アンビーがその背にAちゃんを隠すように立って、即座に布陣は整えられた。
ここの判断の速さは、その大半が軍属であったことが幸いした。
『気を付けて。空間のエーテル活性率が今までで一番高い。このホロウの異常な数値は多分ここが発端だよ』
「結構広いな。ここは……コンテナの搬入施設跡、ってところか。クレーンを動かした形跡もないから、施設の大半は死んだままなんだろうが」
「……人影があります。恐らく監視です。そして彼らの護っている奥の扉は……なんでしょうかこの感覚は。妙な匂いが流れて来ますし、それに……
そこは船着き場だったこのホロウでの作業を支えていたであろう場所であった。
夜空が覗く空には大型コンテナを運搬するレールとクレーン重機がいくつも放棄されていて、その大半がホロウ内部の侵蝕による結晶によって使い物にならなくなっている。
だがその中心、トリガーの言っていた監視がついているその施設だけは違った。
鉄格子の扉は固く施錠されていて、そこ以外の入り口は放棄されていたにしては不自然に塞がれており、監視の目を最低限の人員で行い侵入者を迎撃できるような仕組みにしたことが見て取れる構造をしていた。
それだけじゃない。
施設内部に繋がるであろう扉は廃墟と化し一部を結晶化させている建物と違い、明らかに新しいものに差し替え、目的に合わせて作り替えた痕跡が見られる。
何より、『気配』がなんとも濃密だ。
来るものを拒絶する作りでありながら、明らかに人の出入りを意識した異様な気配がする廃墟を俺達は見据えている。
「――念のため、だな」
念には念を。
使わなきゃ一番なのは俺とて一番理解しているが、アンビーや11号の話を総括するとどうあっても無視できない問題が出てくる。
姉ちゃん。
父さん。
母さん。
ろくでなしの俺をそれでも支えてくれて、いつでも帰って来てくれて良いと言ってくれた、俺には勿体ないほど善良な人の姿を思い浮かべる。
でも俺が望むのは、俺の身近な人が何にも縛られずに笑っていられる光景で。
そうするとやはり、天秤は片方に傾く。
「サラ、エアリス。探知と一緒に
「………………ンナンナ、ンナ?(………………もう会えなくなるの?)」
「……ンナナ(……いやだ)」
「念の為だよ。なに、お前たちはいざとなっても会えるさ。そのための命令だ。組んだプログラム通りにやってくれよ?」
案の定渋ったボンプ姉妹に苦笑いを浮かべつつも、有無を言わせずボンプ姉妹の中でコードを奔らせる。
ホロウから出た瞬間に待機状態へ移行し、インターノットとあらゆるメディア媒体から配信される情報、役所の末端のシステムにさえ端末に合わせて最適な処理を行い、とある一点の情報を痕跡に至る全てを破壊し消去する
名前は――『ノーウェイホーム・プロトコル』。