脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
ホロウレイダーと連なる存在として『プロキシ』という役職、もといポジションが存在する。
言うなればあらゆる空間を構築する法則が滅茶苦茶な『ホロウ』におけるナビゲーターなわけで、『ホロウ』が存在しその領域へどんな思惑があれど踏み入れる者が居るのであればなくてはならない存在である。
今回の依頼を持ち込んだリンちゃんもそんな人間の一人。
そして、数多くの『プロキシ』の中でも伝説と称される人物でもある。
名を、『パエトーン』と言う。
「――防衛軍のスパイの処理、ね」
「計画はおおむね順調に進んでるわ。ただ」
「想定より警戒心が高く懐に踏み込めないと」
「理解が早くて助かるわ」
窓には一般車両の往来が見て取れる新エリー都の一角。
交差点にひしめき合う車の群れは、パニックに襲われた野鼠のように甲高い悲鳴を上げながら無数の往来を繰り返している。
そしてその先。
青い空の天蓋にぽっかりと開けた虚ろの洞穴をドーム状に外郭として構築してる非物質の異空間――『ホロウ』が見えていた。
「それと、防衛軍出身なら言うまでもないことだとは思うだけれど……民間協力に関する規則については?」
「機密厳守だろ? 俺は今日キミに会わなかったこんなことも話してなかった……面倒だよなぁ建前って」
「けれど必要なことよ」
「家族にすら話せないことが多すぎるんだから考えものだけど」
もっともそんなのは軍人に限った話でもないのだが。
ふとした拍子に人がホロウに消えていくという下手な怪異もびっくりな魔境がこの新エリー都である。
契約書に書かれない読むべき行間、さも当然のように並べられる認識しておくべき隠語、把握せねば死あるのみな暗黙の了解。
後ろ暗いことだらけのこの都市では、秘密を守るというのはある意味で権力も武力も持たない人間が手っ取り早く己の身を守る最低限の手段なのだ。
……って、今の問題はそこではなくて。
「内容は理解した。やることも把握した。けど――」
排気ガスの匂いが入り混じる風を受けながら、チラリと隣の助手席を見やる。
オレンジのスカーフに『01』のトレードマーク。
兎耳の二頭身には、とてもじゃないが中で人間……もとい人間と意識を感覚ごと同期してるとはとても思えない。
液晶に移された緑の瞳が気まずげに俺からの視線をはぐらかすようにザザっとノイズが奔った。
「かの伝説が何を間違えて『クリムゾンアイズ・ハーミット』になるのかねぇ……」
『そんな目で見ないでよコーバス……勿論偽装だよ? けど色々あってこういう
ぺしぺしとこの状況に対する細やかな抵抗をその短い手で告げてくるのなプロキシは『パエトーン』、もといボンプと同期したリンちゃん。
これでも何度か仕事をこなして来た間柄だ。
こういったところで自身のヘマを認めないような底意地の悪さはないし、必然的にこの依頼に関する外部から働きかける何かがこのヘンテコな状況を作り上げているのは目に取れる。
ぱっと心当たりが脳裏に浮かんで、溢れ出そうになる溜め息をアクセルをふかして堪える。
「また『羊飼い』がヘマしたのか……で、そんなのに成り代わって何をするんだ。時間がないから諸々は省略してくれよ」
『結論から言うと、『パエトーン』になりすますの』
「ごめんやっぱ起承転を話して」
――――そして聞いたら聞いたで思わず仕事をほっぽって路肩で停車し、即座にリクライニングしたくなった俺を誰が責められようか。
……要約すると、何も敵の中には『パエトーン』を敬愛する奴がいるらしい。
気持ちはまぁわからないでもない。
電子機器がまともに機能しないホロウ内での高速通信。
出口入口が常に変わり、ゴール付近でスタート地点に戻るという理不尽も少なくないホロウで、それらの変則も考慮に入れた迷子なんてあり得ない完璧なナビゲート。
それらを短期間で為したという功績は、まさしく伝説に値する。
……だからこそ、問い掛けたい。
その『パエトーン』本人が身分を偽装して『パエトーン』に扮するとは一体どんな確率だ。
「正気じゃないな……」
『コーバスにだけには言われたくなかったなぁ』
「いや、だって、ねぇ? え、ちょっと聞くんだが11号はコレの名前を聴いて疑問に思わなかった? このプロキシの言動とかその他諸々とか。特にクリムゾンアイズ・ハーミットの部分とか」
「『羊飼い』によれば南部出身の放浪者で、並々ならぬ手腕を持っている。定住もしていないから足もつかない。これ以上ない協力者よ」
「うん、絶妙に噛み合ってないな」
そもそも偽造した身分なのだから足がつくもつかないもない。
そもそもなんだ『赤き瞳の隠者』って。
個人的に幽霊使って時を止めたり殴り合いしてたりしそうな語感だが、リンちゃんの趣味ではないだろう。
アレか、この前『羊飼い』に貸した旧文明の漫画がいけなかったのだろうか。
「皆、聞いてくれ……俺って実は『ホロウに入ってはいけない病』なんだ」
『エーテル適性九割強な人が何をいけしゃあしゃあと』
「ウッ……! で、でも俺って霊感あるんだぞ」
『霊感この流れで関係ないでしょ』
「速度が落ちてるわ。取り決めた時間まで間もなくよ、『ブラックブレッド・サラマンダー』」
「そういうキミ達は『ホロウに行く準備万端病』か」
11号の聞く耳の無さと言ったらそりゃあ凄かった。
とはいえ、俺もアクセルを緩める気はない。
乗りかかった船は残念ながら泥舟、ならぬ笹舟。ぐらぐらと頼りない綱渡り。
されど乗員は何やらシゴデキな女性兵士とインターノットの生ける伝説と、穀潰しが一人。
確かに、無謀を試す価値はある面子と言えるだろうが――。
「そも、俺がその現場に居て良いのか? 敵は警戒心が高いんだろう。そこに俺みたいな見知らぬ男がいたら最悪聞けるものも聞けなくなるぞ」
『それなんだけど、11号にも何か考えがあるみたいなの』
「そう不安にならなくても大丈夫よ。むしろ今回の状況であなたほど潜入に向いている人材はいないわ」
……そこまで言うなら信じるしかないだろう。
それに今回は頼れるプロキシも居る。
痒いところは把握し次第お互いにカバーしあう形が妥当だろう。
だが――この作戦には一つだけ穴が存在する。
「結局いつも通り臨機応変かよ……」
『なんやかんや合わせてくれるでしょ、コーバスなら』
「勘弁してくれ……っと言ってる傍から到着した。引き続き案内頼むぞ、『ブラッドハント・ブリーダー』」
『
――この俺の存在だ!
◇
黒い洞穴の先に広がっていたのは、意外にも青空だった。
ホロウとは不思議なもので、あの光すら拒絶しそうな不気味な暗闇を広げる空間は、エーテルが結晶化し放棄された機材などが結晶化したものが点在し、その内部は日中と変わらなない豊かな光に溢れていた。
だが人の気配はない。
張り詰める静けさはいっそ気味悪ささえ孕んでおり、そしてその感覚は正しいといえよう。
ホロウ内には『エーテリアス』という怪物がホロウには存在している。
ホロウ内に存在するエーテルの影響を受け、それらが肉体を侵食、変貌した機械や生物の成れの果てがそう呼ばれているのだが、
つまりはいつ発生してもおかしくない戦闘状況。
それらに備えつつ、俺はリンちゃん、11号と共に装備やら作戦やらの最終確認を進めながらホロウ内に示された座標を目指して歩を進めていた。
「……あなたの装備」
「ん?」
ゴーグルを取り付け、湾曲した内反りの刀身が『く』の字を描く白と黒の二振りの刃――ククリ刀を腰に携えた鞘に納めて、思わずと言った具合で声を掛けてきた11号に向き直る。
「随分と本格的ね。それにその刀……グリップも特殊、刃渡りも規格より大型だけど、防衛軍の系譜を感じるわ」
「まぁ、請け負っている仕事の関係上色々と入用だからな。装備も相応に物騒にもなるだろ」
今も纏っているスナイパーマントもそう。
首元を大きく立襟にし耐エーテル加工を施してある改造品だが、何よりマントという代物は人体をほどよく隠すから
それに天候の悪い長期任務にも向いてるし、ロープがあれば即席のテントにも出来るし、カモフラージュにもなる優れものだ。
……これらの装備にすら『黄』の差し色が入っているあたり、俺の古巣への認識がどれだけ根差してしまっているか見て取れるというものだが。
まぁ、どうでも良いことだ。
「武装の手入れも行き届いている。見事よ、『ブラックレイズ・ハルバード』」
「コーバスな。見掛け倒しにならない程度に仕事はするよ」
『いや、にしたって軍隊色が強いっていうか、知らない人が見たら肝が冷えるくらいにはカッチリ固めてるけど……え、特注? 軍に居たころの伝手とかがまだ生きてたり?』
「いや、一から十まで自作だが」
そう言えばリンちゃんらには説明していなかったか。
まぁ軍関係の話など俺から口にしない限り踏み込んでくることはないだろうし、俺自身あまり口にしたくないわと言った具合なので当然と言えば当然だろう。
特にリンちゃんは俺の込み入った事情を知っているから余計に。
……っと、装備と言えば
「サラ、エアリス、いい加減起きろ。もうホロウの中だぞ」
「ンナ……ンナンナ……(ごすじん……まだとっても眠いんだ……)」
「ンナ(腕のユニット全部だめになってます)」
「この姉妹どもホントに……」
赤、青の兎耳型、ぐでっとしたマシュマロか饅頭っぽい何かがしめて二匹。
それを視界に収めて顰めた眉を解きほぐす。
彼女らはボンプ。
多岐に渡る用途を備えているボンプだが、ホロウに連れてきている以上可愛く店番なり販売なりなどをさせるわけにもいかない。
つまりは戦闘用だ。
マントの中から手の平サイズのボンプが、揃いも揃ってせまっ苦しい首元からノソノソと這い出てくる。渋滞を起こして息が止まりそうだ。
『相変わらず寝坊助だねー、コーバスのボンプって』
「ホント誰に似たんだか」
『いい歳こいて無職だった人の影響じゃない?』
誰だそいつは。俺に無断で変なこと覚えさせやがって。
彼女らは俺の戦闘スタイルに合わせてチューニングを施してあるボンプで、戦うとなれば無くてはならない存在である。
そして戦場というものはちょっとした思考のノイズが命取りになるというのに、こんな有り様では何とも頼りない。
元凶は草の根分けても探し出して、必ず締めあげてやることを心に決める。
「――って誰が無職だコラ」
『言ってないし呼んでない』
「自分の尻尾を追いかけてる犬を見ている気分ね」
『スイッチ入ったらもう少しマトモになるんだけどなぁ』
「キミ達にわかるか? 職業斡旋所で『またのお越しを』なんて笑顔で送り出される俺の気持ちが」
「この発言は?」
『ごめんスイッチ入らない限りは普通に変な人なんだ』
「不発弾だって使いようと判断しておくわ……そろそろ時間よ」
11号がサラッと酷いことを口にした気がしたが、それを意に介さず時間を確認する。
それは今回のターゲットである敵――通称『モグラさん』が示した通信定刻であった。
「カウントは?」
『切り替えはっや……』
「五秒後よ……五、四、三、二――今」
耳にはめ込んだ骨伝導イヤホンより幾ばくかのノイズが奔る。
ホロウ内における通信環境は常に不安定。常時座標が入れ替わる特性を示すように、この通信だって接続が難航しているかのように電子の嵐が耳の中を反響している。
すわ接続失敗か、と思ったところでイヤホン側の音が明瞭となった。
通信が成功したことの証左であった。
「『モグラさん』。『パエトーン』を連れて参りました……そして新たな志願者も。近くにいるのであれば、直接会って話しませんか」
『…………』
言葉はない。
巡る思考が唸りを上げるような息遣いだけが静かに、通信越しに聞こえてくる。
「速やかに行動を開始しましょう。貴殿からいただいた報酬で、一刻も早く防衛軍を離れ――」
おい大丈夫かこれ、と口にすることは出来なかった。
ゴーグル越しの紅眼が目配せをした、その直後に。
「――――ここにいる『志願者』の彼と余生を過ごすことが出来れば幸いです」
「は?」
そんな妙ちきりんなことを口にする女を前に、俺は思わず固まった。
取り敢えず一旦ここまで。
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