脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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6話 スグリの生い茂る農園を求めてイヌのメイドになった(大嘘)

『…………』

 

「此処にいる彼と共にスグリの生い茂る農園を買い、イヌのメイドと余生を過ごせれば他には何もいりません」

 

『スグリの生い茂る、農園』

 

「イヌの、メイド」

 

 絶句だった。

 

 俺もリンちゃんも、見事なまでに絶句だった。マイクオフにしている現状だからこそ、小さく呟いた今の声が拾われていなかったのが唯一の幸いだろう。

 

 一体全体、何を以て順調だった判断したというのか。

 

 絶対こう、無理があるだろう。

 

 ボンプ特有の液晶で象られたまん丸の両目を、あわあわと揺らすリンちゃんを見ても俺の所感はそう間違いじゃない筈だ。

 

 目の前にいる如何(いか)にも『軍に仕えてます』みたいないガッチガチに装備を固めた女性兵士が、スグリの農園がどうのとか言い出したなら、俺ならば怪し過ぎて即座に通信を切ってブラックリスト入りさせる確信がある。

 

『………………』

 

 それを指し示す様に、先程から通信越しの『モグラさん』が気まずいくらい何も喋っていない。

 

 既に色々ゲロりたくなってる衝動を抑えつつ、あのラーメン屋で会った兵士である彼女のことを信じ、次に発する言葉を待つ。

 

「『モグラさん』。先程から一言も発していませんが、どうかしましたか?」

 

「ウソだろ」

 

 何のフォローもなかった。

 

 この任務を割り振った彼女の部隊長を呼び出して欲しい。今回の出来事に対して生じた文句を書面に控えて叩きつけてやりたい。

 

 そりゃ絶句もしたくなるわ、と口にしなかった俺を誰か褒めて欲しい気持ちだった。

 

『……ふっ、ははは……ふはははははは!』

 

 明らかな(あざけ)りが混じった笑い声が通信越しに伝わる。

 

 すわバレたか、と身構えるがどこからも狙撃されるような気配は見受けられない。

 

 もしかすると、荒唐無稽過ぎて逆に怪しいと思われなかったのかもしれない……とか希望的観測をしてみる。

 

『甘く見られたものだ……リモート通信で適切な比喩かはさておき、そちらからは陰謀の匂いがプンプンする』

 

「……!」

 

「むしろなんでバレないと思った……!」

 

 表情を変化させずに愕然とする11号を見て思わずそうツッコミを入れてしまう。何せ陰謀の匂いがプンプンどころかムンムンである。『モグラさん』じゃなくてもそう思うに違いない。

 

 でも彼女のこれまでの苦労や見えない努力を鑑みると、そんな全てを台無しにしてしまうような外道の所業は出来ない。

 

 だがそんな此方の事情など関係ない『モグラさん』は、つらつらと己の持論を述べていく。

 

 そこに、彼女の逆鱗があるとは知らずに。

 

『このインターノットで数々の伝説を残したプロキシ――『パエトーン』が……()()()()()()()()()の資料を盗む任務のために、わざわざ俺のような卑しい日陰者と手を組む筈がなぁい!』

 

「――ちんけな、軍隊気取り?」

 

 空気が端からちりちりと黒く焦げ付く怒気が、殺意すら滲ませて11号の声音を焦がす。

 

 こちらの出方を見るための挑発か、あるいは通信であるが故の強気な態度か。

 

 いずれにせよ通信越しの『モグラさん』では11号のその辺りの機微は伝わることはない。

 

 これ以上はマズイ、と俺も通信に加わろうとしたその時だった。

 

『嘘じゃないもん! もし私が『パエトーン』じゃなかったら、一生カップ麺の調味料抜きで良いよ!』

 

「……!」

 

 なんて、謎のフォローを加えるリンちゃん。

 

 はっ、と何かに気づかされるように目を見開く11号の様子からは猛烈に嫌な予感がした。

 

「火蜥蜴の獄辛ラーメンから調味料を抜くことは、兵士から武器と将校、そして故郷を取り上げることと同義です――そうでしょう、アナタも」

 

 ……考えうる限り最悪なタイミングで話題の振り分けをしてきた。

 

 ここか、ここで俺に投げるか。スイッチ入らなきゃ変な人のままとか好き放題言われてた俺に。

 

 とんだキラーパスだ。ふざけんなと叫びたい。

 でも本人は至って真面目だから怒ろうにも怒れない。

 

 疑心暗鬼どころかマジもんの鬼が私は人間ですとか阿保なこと抜かしてきたとか、そういう類の事態である。

 

 よって、ここで俺が取るべき行動は――。

 

「――助けてくれ、リンちゃん」

 

『素が出てるよ!? 臨機応変に、でしょ! どーにかしよ! ね!?』

 

「じゃあこのヘンテコな事態も臨機応変にどうにかしてくれ……!」

 

 回線をリンちゃんだけに繋いでそう問いかけるも、返事はご覧の通り。

 

 こうなっては、やるしかない。

 

 

「――俺はソース焼きそば派だ」

 

 

 そう口にした直後、どこぞの格闘ゲームのような綺麗な軌道で放たれるポンプと化したリンちゃんの回し蹴りが俺の首を襲った。

 

『圧倒的バカ!? なんなのその思い切りのよさ!? 会話を有効に使いなよ!』

 

「いや、なんかもう言ってやろうって思って」

 

『何を!?』

 

「激辛ソース焼きそばソース抜きなんて……そんなの、かやくを抜いた爆薬を抜いた手榴弾で戦場に出ろというの? 流石は『パエトーン』ね」

 

『気にするとこはそこじゃないよ11号!』

 

『ええい、マイペースの極みか貴様ら!? 通信相手をほっぽってなーにニッチなコントを展開してるんだ!?』

 

 見るに見かねたのか、通信より響き渡る『モグラさん』の怒号。

 

 それを聞いて、声に出さずに三人揃って身振り手振りで会話を始める。

 やれどうすんだ、とか。

 あんたなら出来るよ、とこの場では無責任極まりない有難迷惑な信頼を伝えるように拳を握るリンちゃん。

 くいっ、と首と視線で『早く行け』と促す11号。

 

 地獄に落ちろと無言で二人に向かって喚き散らした。

 

「――まぁ、冗談はここまでにしておいてだ」

 

『本当かなぁ』

 

「怪しいわね」

 

『それにしては堂が入っていたぞ』

 

 おい、ふざけんなマジで。

 

 このややこしい事態を招いた元凶その一とその二が、徒党を組んでツッコミを入れるとは良い度胸である。この件に関して後でゆっくり話そうと心に誓った。

 

 なんか『モグラさん』まで俺を胡乱な目で見だしてる気がするが無視だ無視。

 

「そこの兵士な彼女が言ってることは本当だよ『モグラさん』。そして連れて来たのが『パエトーン』だってこともな。その点は俺が保証しよう」

 

『はん、どうだかな! さっきは妙な寸劇に巻き込まれかけたが、よくよく考えればお前らのような頭のおかしいやつと『パエトーン』が巡り合うということ自体がおかしな話だ!」

 

「まぁそうだな。俺も組む相手は選んだ方が良いと思う」

 

「……ちょっとあなた」

 

『コーバス〜?』

 

 『モグラさん』の愚弄とも取れない発言に対する返答に何やら物申したげな11号と、足元で裾をくいくい引っ張ってくるリンちゃんを手で制する。

 

 再度雲行きが怪しくなってきたというのを見てのことだろう。

 

 何も場をかき乱して台無しにしようってわけじゃない。

 

 俺の()()()()()()を諸々知っているリンちゃんからしてみれば俺の発言に対する反応はもっともなものだが、状況が状況なだけに敢えて無視する。

 

 上手い『嘘』とはそこに真実を織り交ぜること。

 

 

 つまりは今の俺の口にした言葉とは紛れもない事実であり――今から言うこともまた等しく、この場を切り抜けるための『真実』なのだ。

 

 

「まぁそう言わないでくれ『モグラさん』。何も無根拠で言ってるわけじゃないんだ。何せ俺は、味方を――」

 

 

 無線から流れるノイズが、空気に吸い込まれていくように無音へと沈んでいく。

 

 

 潮が干上がり、波が深い海へと引いていくように。

 

 

 言葉を綴る口が渇いて、喉の奥から放とうとした言葉はどうしてか――惨い血の味がした。

 

 

 

「――戦友を、殺してまでここに立っている」

 

 

『――――なんだと?』

 

 

 ――――瞬間、空気が凍った。

 

 

 イヤホンの奥で、息が詰まるような静寂が広がった。

 

 口から放った言葉が、奥歯から沁みる毒のような不快感となって中で転がる。

 

 あまりの不快さに、ずしりとした鉛でも呑み込んだかのようだ。

 

 リンちゃんが悲し気に目を伏せるが、それを屈んで頭を撫でて『大丈夫だ』と伝える。

 

 幸か不幸か、この場に人の死に対して忌避感を抱くようなまともな人間は少ない。

 

 『モグラさん』は勿論のこと、俺に至ってはそんな一般的な感性を語るには少しばかり命への認識が乾き過ぎている。

 

 

「俺はそこそこ優秀でね。軍の犬として尻尾を振っていたんだが――気づけばこの通り、中身が腐り出していた」

 

 

 俺の言葉に対して特に反応が顕著なのは11号。

 だが流石と言うべきか、任務中ということもありその反応は最低限。

 先程は見事なまでのポンコツっぷりを見せてくれたが、彼女とてその道のプロだということがここに来てハッキリと伝わってくる。

 

 

 けど、俺にはわかった。

 

 

 ゴーグル越しに爛々と紅く灯る瞳には――信じ難いものを見る疑念が宿っていることに。

 

 

「だからな、俺に軍へ反旗を翻す理由はあっても(くみ)する理由なんてどこにもないんだ……どうした『モグラさん』。もしかして通信越しでビビったか?」

 

『……、……ハッ!? あ、危ない、またペースを乱されるところだった! これで取り乱すような俺ではない!』

 

「鈍ったっすね、パイセン」

 

『そもそも初対面の筈だが!?』

 

「そんなことはないぞ『モグラさん』。俺はアンタが世界と呼ぶ存在。あるいは宇宙。あるいは全。あるいは一。あるいは真理――そして俺はお前だ」

 

『誰が錬金術師じゃ! くだらん小ネタをいちいち挟んでくるな!』

 

 そんなことはない。俺の対人スキルは真っ当である。

 

 ……いや、ニート時代に客観性を失い対人関係において必要なことを欠如してる可能性は大いにある。となれば対人関係の構築を学び直すべきか。

 

『クソッ、どうしてここまでペースを乱されねばならんのだ! ツッコミが追いつかんぞ!』

 

「しっかり頼むぜパイセン」

 

『だからさっきからお前はなんでそんなに態度がデカいんだ……!』

 

「知らないのか『モグラさん』。一度でも無職の脛齧りを経験するとな、無駄に態度と自己が肥大化して真面目に振る舞うのが何もかも面倒くさくなるんだ……ケッ」

 

『おい、いったいなんのスイッチが入った!?』

 

 先程まで張り詰めた空気が嘘のように緩慢する。

 『モグラさん』の様子に足元のリンちゃんはその小さな身体で胸を撫でおろす。

 それはこの仕事に対してのものか、それとも俺の振舞に対してのものなのか。

 

 まぁ、そこはこの際どちらもでも良い。

 

 問題は11号だ。

 いくら『モグラさん』の懐に入るためとはいえ、見た目のみならずこれまでの振舞からして軍人の鏡みたいな彼女にいらぬ疑念を植え付けたかもしれないと今更な心配をしてみる。

 

 だが、それは杞憂に終わった。

 

「――そういうことです、『モグラさん』。私も彼ももう後がないの。いい年して無職な己の存在に苦しみながらその技術を腐らせ燻っている彼に、どうか救いの手を差し伸べ、我々に協力させて欲しいのです」

 

「だいぶ酷いこと言われてるよな?」

 

『妥当でしょ。いいから黙ってて』

 

 リンちゃんまでそんことを言う。取り付く島もないとはまさにこのことだろう。

 この混沌とした場を勢いで納めた俺への対応とは思えない辛辣さである。

 

『……ふん、いいだろう。そこのおかしな男の覚悟とバカっぷり、そして軍人さんの心意気は伝わった――だが、口では何とでも言える』

 

 『モグラさん』の嘲るような口調に変化はない。

 僅かに震えてるような気がしなくもないが、恐らくは不安定な通信による雑音か何かだろう。

 

 まぁ想定の範囲内だ。

 

 ここで疑念を完全に払拭できるようであれば、11号とて外部のプロキシに依頼なんて持ち込まないだろう。

 

 そしてそれは『モグラさん』とて同じ。

 この邂逅で全てを決めるなんて豪胆なことは出来ないことは、今回の通信だけで判明している。

 

「ならせめて仕事をさせてくれ。あるんだろ? 試金石としてちょうど手頃な仕事が」

 

『話が早いな。えー……あん? そういえば誰だ貴様は』

 

「一応仕事中だからな。今は『コーバス』で通してるんだ。以後よろしく」

 

『『コーバス』……?』

 

 ……どうしたのだろうか。

 

 何やら通信先で思考を唸らせるように声を上げる『モグラさん』の姿が想像できる。

 

 ちらりとこの通信に聞き耳を立ててる11号とリンちゃんに視線を送るが、どちらも首を傾げており『モグラさん』の様子に心当たりがある様子はない。

 

『……い、いや、そんな筈は、だって奴は『対ホロウ六課』の手で――』

 

「『モグラさん』、その仕事の話をして貰いたいんだが?」

 

『……っ! あ、ああ! 防衛軍が次に活動する予定のホロウに軍用盗聴器と発信機を仕掛けて来い。もし『パエトーン』だと言うのなら、そして貴様が使えるというのなら、実力で証明して見せるんだな!』

 

 ……なにか言っていたが、もしかして勘づかれたか?

 

 いや、だったら仕事など割り振らないか。少なくとも俺だったら時間を作って待ち伏せて監視をつけさせる。だがそう言った様子もない。

 

 それに既に()()()()()()()()後で見返せば問題ないだろう。

 

「その発信機と軍用盗聴器はどこで調達する?」

 

『三つの目標ポイントの座標を送る。一つ目のポイント付近に隠してあるから、精々うまく使うことだな」

 

「『コーバス』、了解」

 

 応答を最後に此方から通信を切る。

 

 ……思わず懐かしい感じで『モグラさん』へ切り返してしまった。

 とは言ってもたったの二年前の話だ。懐かしいというにはまだ時期が新し過ぎるか。

 

 まだ二年か、という感慨もあり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()という事実に、口にすべき言葉が見つからなかった。

 

 ……って、今はそんなことはどうでも良くて。

 

「――で、どーいうワケだこれは……!」

 

『うわ、元に戻った』

 

「この切り替えの早さは流石ね」

 

「超呑気か!」

 

 そんな俺を脇で見ていた11号にがしがしと詰め寄ると、なんともまぁ二人して能天気な回答が返ってくる。

 

『うそ、コーバス顔真っ赤……』

 

「う、うるせっ!」

 

 そもそもの発端は11号である。

 リンちゃんがカップ麺の例えを持ち出したり俺がソース焼きそばとか言い出す羽目になったり。

 

 だが当の彼女と言えば相変わらずのポーカーフェイス。

 いっそ清々しいほど澄ました顔でゴーグルを拭いていた。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、うまく敵の懐に入れたようね。『デスサイズ・ヘル』」

 

「どこが!? そもそも女の子が軽々しく俺みたいな男にすり寄ったりあんな駆け落ちみたいな話をするもんじゃありません!」

 

『あ、気にするとこそこなんだ』

 

 当然である。

 こちとらとんだドラ息子ではあるものの、腐っても凄腕治安官の弟なのだ。

 職歴はドブに捨てたが、年頃の女性にあんなこと言われて何も思わないほど良識を捨ててるわけでもないのである。

 

「軍人として、兵士として利用できるものを利用したまでよ。悔しいけど、私の用意したカバーストーリーにあなたを加える方がリアリティがあったの」

 

『あー……まぁそりゃそうだね、うん。スグリの農園にコーバスが居る方がしっくりくる、かも』

 

「え、バカにしてる?」

 

『よかったじゃん。ベジタリアンっぽくて』

 

「フォローする気ないなら黙っててくれない?」

 

 リンちゃんのあんまりにもあんまりなコメントについ苦言を零してしまう。

 だがよくよく考えてみれば、11号のあのガバガバっぷりを見てると彼女の言い分にも納得の余地がある……のだろう。確実に。

 

 11号はこんな調子だし、リンちゃんが駆け落ちに付き添うのはそれはそれで意味がわからない。

 

 というか『パエトーン』たるリンちゃんと駆け落ちなんて、それこそあの『モグラさん』の反感を買いかねないだろう。

 

「それよりもコーバス、聞きたいことがある」

 

「な、なんだよ……」

 

 11号にそう呼びかけられ、どことなく反応に困った。

 

 普通に俺の名前言えるじゃん、みたいなことを言おうとして……その寸前で口を閉ざした。

 

 その赤い双眸が静かに俺を見つめている。

 

 そこには邪な、害意や敵意と言ったものは感じ取れない。

 

 ただそのどことなく幼くすら見える表情が、あまりにも真っ直ぐでひたむきだったから。

 

 彼女を適当に茶化そうにも茶化せなかった。

 

 

「さっきあなたが口にした話――どこまでが本当なのかしら」

 

 

「…………」

 

 しばし、無言の時が流れる。

 

 まぁ、聞かれるだろうなという納得が11号の言葉と共にストンと胸へ落ちるとほぼ同時に、不思議なくらい力の湧いてこない笑みが表情を固めるのがわかった。

 

 首から下げたドックタグが風を捉えて、静かに揺れる。

 遠くなる五感はちりちりと打ち鳴らされるタグがその存在を主張する。

 

 それはまるで、俺に『忘れるな』と言っているようで。

 

 けれどまだ、俺に『ここにいる』と伝えてくるようで。

 

 

 握り締めた金属片は冷たくとも、この手の中で拍動する熱を訴えているようだった。

 

 

『……その、11号。コーバスはね――』

 

「待て、プロキシ。そこまでだ」

 

『でも……』

 

 でももかかしもない。

 

 わかっていることだ。

 軍人としての俺はとうの昔に死んでいることを。

 このまっすぐな兵士を前に、語れるものなど何もないことを。

 

 そも、リンちゃんが心配する必要なんてどこにもないのだ。

 

 ……だからこそ、今の俺はただのジャンク屋兼修理工の端くれである。

 

 『今』の軍で生きる11号に、俺という軍の影が必要か否かなどもはや問うまでもない。

 

 不要になった掃除屋は潔く消えるべきだろう。

  

「演技に決まってるだろ。『モグラさん』は用心深いからな、ちょっと前に請け負った潜入任務での経験が役に立った」

 

「……」

 

 じっ、と見つめてくる紅い視線を受け止める。

 

「そもそもだ、俺の昔の所属はヤクザでもホロウレイダーでもない。市民の味方たる防衛軍だぞ?」

 

「……」

 

「味方を殺させるような愚行、今の軍が許す筈もないだろ。むしろそんな命令を下した上官こそ裁かれるべきだ」

 

「……それもそうね。不躾な質問をしたわ。忘れてくれて構わない」

 

「まったくだ」

 

 妙な緊張感より解放されたことを確信し、ぐるぐると肩を回す。

 

 こういう空気は堅っ苦しくてかなわない。

 

 なのでここは、景気づけに一発しかけておく。

 

「あぁ、お陰で俺は酷く傷ついた。これは早急な治療が必要かも」

 

「熱消毒で良いなら応急処置の心得はあるわ」

 

「わかった、わかった。俺の負けだ。だからそのナタしまおう? な?」

 

 11号が背負った装備から騒々しい音を立てながら火を吹いている。比喩ではなくマジで。物理的に。

 

 あんなもん心の傷にぶち込まれたら一生消せない傷になりそうなのは目に見えている。

 

 11号、恐ろしい子。

 

『……コーバス、大丈夫なの? そもそもあんたはホロウ内で、その――』

 

「大丈夫だって言ってるだろ? それより仕事を始めよう。あの手の相手はスピードが命だ。迅速なナビゲートを頼むぞ、『パエトーン』」

 

『……りょーかい。でも無理はしないでね、コーバスも11号も』

 

「11号、了解」

 

「コーバスりょーかい」

 

 けらけらと笑いながら目的地へとホロウの内部へと足を進めていく。

 

 

 そして11号に見つめられている間、ずっと。

 

 

 首元のドックタグを握り締めている手に滲む鉄の香りに、気づくことはなかった。

 

 




とある兵士がニートになった理由の一つに診断書の提出というものがあるらしい。
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