脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件   作:ライハイト

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7話 脱ニート中なのだが、肥大化した自己を抑えられずに自滅しそう

「周囲の索敵に異常なし。コーバス、現状報告を」

 

「設置個所の事前情報が一致してないから少し修正している。このままじゃ見つかりかねない。もう少し待て」

 

『でもこれで二つ目。良いペースだね』

 

「モノがモノだから複雑だけど……よし」

 

 手のひらに収まる四角形の小型の機械――盗聴機能付き発信機を手に取る。

 

 ホロウへ突入して数時間。

 突貫工事的に編成した今回の部隊は俺を含めたいくつかの不安要素を抱えていたものの、その過程は拍子抜けするほど順調だった。

 

 『モグラさん』から送られた座標をリンちゃんが受け取り、ナビゲートに専念。

 11号は周囲の索敵と迎撃。

 

 そして俺はと言えば――。

 

「……なるほどね」

 

「コーバス、何をしてるの。それとも設置にあたって何か不具合が?」

 

「いや、何でもない。よく出来てるなと思ってな。これなら情報も筒抜けだ」

 

「……そう」

 

 指定されたポイントで指示通りの箇所に装置を設置すれば、起動を示すシグナルランプが緑に点灯した。

 

 それは何の変哲もない……盗聴機能付き発信機という代物に対してその表現が適切かどうかはさておき、軍の作戦において支給された覚えのあるものを一つの道具に集約したものとなっている。

 

 今回の依頼内容は反乱軍への潜伏。当然設置にあたってモノ自体を11号にもリンちゃんにも確認済み。

 

 だが――見る人が見れば気づける確かな違和感がそこにはあった。

 

「エンゾウさんのとこへ転がり込んで良かったな……エアリス、()()()

 

「ンーナナ……(働きたくない……)」

 

「却下だ。言っておくが多分こんな調子だぞ今回は。サラ、エアリスを見張っとけ」

 

「ンーナァ(えー……)」

 

「ホントこいつら……」

 

 小さな声で、密かに俺の首元に潜んでる二体のボンプに指示を出す。

 

 何とも監督者として不安になる物ぐさな様相だが、彼女達とてやる時はやる子達だ。

 

 ボンプとは多目的ロボット。

 人間と大差ない情緒と知恵をもってあらゆる仕事を遂行する。

 

 家事は勿論、介護、事務、工事作業から戦闘――はたまた()()()とか。

 

 ただでさえホロウ内での活動という時点で命を張っているというのに、ホロウ内の環境要因以外で足を引っ張る要素まで馬鹿正直に対処する気はない。

 

 だから、念には念を入れる。

 

「プロキシ、次はどうだ」

 

『ここからすぐ先にホロウの裂け目がある。そこを潜ればひとっ飛びだよ』

 

「……ホロウ調査協会でも此処まで正確なナビゲートは出来ないわ。手腕は『羊飼い』が言っていた通り……いえ、それ以上のようね」

 

「ホロウの裂け目なんてどこに繋がってるかわからないしなぁ。お陰で何度も死にかけたし。潜入したら敵陣のど真ん中だったり、催してる奴の男子トイレに凸したり」

 

『……それは実体験?』

 

「ノーコメントで。思い出すと現実になりそうだ」

 

 どれも生きて帰っているので問題はない。

 

 そしてこの任務……ではなく仕事の経過も順調だ。

 第一目標、第二目標と、コトは妙ちきりんなスタートに反して思いの外スムーズに運んでいる。

 

 プロキシによるホロウのナビゲートは専門職ということもあって、下手に軍の人間が案内するよりもスムーズではあったが、リンちゃんのソレはやはり他のプロキシと比べても抜きんでている。

 

 『裂け目』と言われるホロウを特徴づける今ここにいる空間と他の空間を繋ぐ出入口。

 

 ホロウが災害と言われる所以の一つで、それは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空中に投げ出されるかもしれないし、あるいは針山に叩きつけられるかもしれない。

 飛び込んだ裂け目の先が水の中なんてのもザラにある。

 

 まさしく摩訶不思議な法則の元で成立してる魔窟。

 

 だが、ここからが『パエトーン』の恐ろしいところだ。

 

『――待って、次の裂け目と繋がってるホロウがまもなく活性化する。この具合だと今向かったらエーテリアスに袋叩きにされるかも』

 

「おおう」

 

「なら別のルートから迂回しましょう。コーバス、作戦時間は」

 

「前半で詰められたからまだ余裕はある。まぁそんなうまい話はそう転がってないわな」

 

 踏み込もうとした『裂け目』を前に寸でのところで足を止める。

 

 それをいかなる手段か、彼女ら『パエトーン』はホロウの活性化に伴って生じる『裂け目』を観測、果てにはそれがどこに繋がっているのか、そこにある状況すら観測してしまうのだ。

 

 火災現場の爆発の予兆を被災地の中心からリアルタイムで把握して伝えられると言ったら、その規格外っぷりが伝わるだろうか。

 

 ……あ、そうだ。

 

「11号。『モグラさん』は?」

 

「……通信はないわ。目立った動きもホロウ内では見られない。こちらの経過を静観してるみたいね」

 

「ならそろそろか」

 

 耳のイヤホンをタップし、ミュートされてる通信回線を開いた。

 

 ハァ、なんて知人に向けるにしてはやたら重めな溜息が通信ごしの『モグラさん』と11号から聞こえた気がするが、華麗にスルーさせていただく。

 

「えー、業務連絡ー業務連絡ー。『モグラさん』起きてるだろー。移動中ヒマだから駄弁ろうぜ」

 

『…………』

 

 返事がない。だが息遣いがかすかに聞こえる。ただの居留守のようだ。

 

 ならば問題はない。

 

 俺はインターホンは使い切るまで押すタイプ。ドアホンに使い切りシステムがあるかどうか知らないけど。

 

 ちなみに俺にインターホンを押すような友達は一人もいない。

 

「クルマエビから車を取ったらどうなると思う? そう――ただのエビになる」

 

『わかったから用向きを言え……!』

 

『会って数時間の相手からこの態度を引き出すって逆にスゴイよね』

 

「精神的な消耗を相手に強いる新手の尋問かしら」

 

『絶対に違うけど距離感がバグってるのは確か』

 

「私としてはあのふざけ倒した通信にモノ申したいのだけれど」

 

 通信を繋げれば今にも泥と岩でも吐き零しそうな『モグラさん』の声がする。

 

 他にも外野が好き放題言っているが気にしない。

 

 ホロウは人を殺すが、暇だって人を殺すのである。

 

「知ってるか、ホロウ内で咲いていた花って結構美味いんだぞ」

 

『知らんがな!? イタ電してくる学生時代の友人みたいなノリでホロウから通信してくるんじゃない!』

 

「けどお茶が無いとくどいんだなコレが」

 

『やっかましいわ! 何ごとかと通信で呼び出されれば毎回毎回……! ホロウ突入前に酒でもキメてきたのか貴様は!?』

 

「いや素面だが」

 

『見ればわかるわ喋るな!』

 

 なるほど、()()()()()()()()

 

 つまりは俺達を見れるところ、あるいは視覚にせよ聴覚にせよ俺達を観測する手段を確立してるということだろうか。

 

 よかった。通信にも色々細工をしておいて。

 

『荒れてるなぁ『モグラさん』。気持ちはわからないでもないけど』

 

「わざわざ私達と同じ回線でやる理由はなんなのかしら」

 

『深い意味ないよ多分。いや絶対』

 

 何やらリンちゃんが酷いことを言っているがこれもスルーだ。

 

 一緒に仕事をする時は大概こんな調子である。つまりはいつも通り。

 

 それに、何も無策にダル絡みしてるわけでもないのだ。

 

『……でも、妙だね』

 

「どうしたのプロキシ」

 

『いや、ホロウで通信を繋げるには割と近くで電波を拾ったり受け取ったりしないといけないワケだけども……あんな高頻度かつ大したラグもなくやり取りが出来る理由って何かな? 私達と同じってわけでもないのに』

 

「あぁ、それならわかったぞ」

 

 そんな会話を展開していたリンちゃんと11号に割り込む。

 

 ちなみに直前まで犬のメイドについて話し合っていたが、トイレを催したとか我ながら滅茶苦茶適当な理由で会話を切り上げてきた。

 

 だが大丈夫。『モグラさん』なら、我らの『モグラさん』ならきっと許してくれる。

 

 だから通信を切る直前に何やら怒号じみたものを張り上げていた気がするのも、きっと気のせいなのである。

 

『ねぇ、コーバス。このスムーズな通信、もしかして()()()()()()()()()()()()ってことは――』

 

「それは絶対に無いから安心しろ。四方から電波が来てるから何か不自然だと思ってずっと原因を探っていたんだが……プロキシ、ボンプのセンサー感度を上げて見ろ」

 

『んー……?』

 

 足元のボンプが目を凝らすような仕草で両手を広げてみせる。

 

 まん丸の瞳が(しか)めるみたいに形を変える様は一見可愛らしいが――これも『パエトーン』特級技術の一つである正確無比な探知機能を使用しているということは、短くない付き合いを重ねる仲で知っている。

 

「サラ、エアリス、リソースを探知へ回してくれ」

 

「「ンナ?(また?)」」

 

「また。もっかい」

 

「「ンナ?(また?)」」

 

「復唱って意味じゃないから」

 

 渋々と言った様子を隠そうともしない二名、もとい二体のボンプ。本当に誰に似たのか。

 

 だが俺のゴーグルを目指してしゃかしゃかと身体を這ってくれているので何も言わない。

 

 そしてゴーグルの側面に設けられたアダプターと接続したことを確認すれば――橙色のゴーグルが映す視界は一変した。

 

「見えたか?」

 

『――待って、もしかしてあのドローン?』

 

 視界が映す情報がただ裸眼で捉える光景から、より()()()()()()()()()()()()()()

 

 廃墟と地面の構成物質。

 地中に埋め込まれホロウ内に放棄された探索地図(キャロット)の残骸。

 そして、このホロウ内で動作する物体、生物の捕捉とあらゆる情報が浮かび上がってくる。

 

 これは『パエトーン』が持つ解析能力をサラとエアリスの処理能力によって一部再現したもの。

 

 本来は戦闘の補助として使用する機能を調査用に仕様変更したもの。

 

 それらの解析能力を投影するゴーグルが捉えた頭上には――空に溶け込みながら音も無く飛ぶ黒い飛翔体が俺達を見下ろしていた。

 

「あまり露骨に見るなよ? 気取られたら面倒だし」

 

 ボンプと同期してるのは視覚だけじゃない。

 痛覚を含めた五感も同調しているなら観測から逆算して構築、把握した空間認識によりドローンの形状もリンちゃんなら捕捉している筈だとふんでの発言である。

 

『……もしかしてアレが『モグラさん』の通信を経由して?』

 

「多分だがアレが放つ独自の周波数で連絡網を疑似的に構築してる。とはいえ『パエトーン』ほど埒外な性能は持っていなさそうだから、あくまでこのホロウ限定での通信法なんだろうけど」

 

 超雑に接してる自覚はあるが、このような手法を取ってくる辺り『モグラさん』も中々の曲者である。

 

 そしてそれを伝える素振りはおろかそのようなことを感じさせない口振り。

 

 ざっくばらんに言えば、滅茶苦茶こっちのこと疑ってるじゃんと言った具合だ。

 

「待ちなさい。今の話が事実だとしたらこの会話をしてること自体マズイわ」

 

「『モグラさん』の端末には回線を通じて偽の音声を流れるように細工しておいた。いざという時に逆探知も出来るようにな」

 

「……軍に籍を置いていたというのは伊達ではないようね」

 

「新エリー都随一のエンジニアが知り合いにいるだけだよ」

 

 脳裏に浮かぶのはここ一年で知り合った激ヤバメカニック女の姿。

 

 軍で身に着けた知識と、多少齧った程度で武器開発や整備くらいしか出来ない俺の知識じゃ到底理解の及ばない言語の数々。

 

 どさくさに紛れてうちのボンプ姉妹達を解体しようとした時はどうなるかと思ったものだ。

 

『流石コーバス。肝心な時にしか役に立たないね』

 

「ふ、そんな褒めるなよ」

 

「褒めてるのかしら今のは」

 

 そんなもんは捉え方次第である。

 

「ああ、絶妙な塩梅に尊敬を込められてる。俺にはわかるぞ」

 

『さっすがエアリス!』

 

「間接的かつ直球に否定されてるわね」

 

「ま、間違いは誰だってあるさ」

 

 なんか視界が滲んで来たが恐らくこれも気の所為だ。恐らくはホロウの空気に充てられてしまったに違いない。多分、きっと、めいびー。

 

「アテにならず人を惑わせる勘を山勘というのよ」

 

「………………」

 

『11号、オーバーキルだよ! ほら白目剥いちゃってる! いくら事実だからって態々言わなくたって!』

 

「事実なら指摘するべきよ、『レッドブル・サラマンダー』」

 

「打ち合わせでもしたのかキミ達……?」

 

 なんなのだその連携。

 上げて落とし下げて落とし最後に上げることもせず下げるという所業に淀みがない。

 

『――ええい、いい加減にしろ貴様らぁ! どんだけ合わせることを知らないんだお前ら!』

 

 リンちゃんの励ましにならない励ましで更に傷ついていると、それらのやり取りに割り込むように通信から怒号が響き渡った。

 

 その大声に、三人揃って思わず肩を竦める。

 

「どうした『モグラさん』。そんなフガフガ言って。ここには女性もいるんだぞ」

 

『どーいう意味だそれは!? 貴様が急にメイドの話を切り出した挙句途中で通信を切るからだろうが!』

 

「あ、そうだったな。ごめん、仲間外れにして」

 

『お前の仲間などこっちから願い下げなんだよ!』

 

「またまたぁ、強がるなよとっつぁん。面白いあだ名付けてあげるから。な?」

 

『もう既に碌でも無い名前をつけてるだろうが! というかせめて『モグラさん』とかける努力を見せろ!』

 

 どうやら情報の進捗状況を共有するのに11号達と雑談に講じていたことが仇となったらしい。

 

 まぁまぁ、とどうにか(たしな)めるものの『モグラさん』の怒りは一向に収まる気配を見せない。

 

「『モグラさん』、犬のメイド談義ならまた今度にしよう。ちなみに俺はどちらかと言うと犬の執事の方がドストライクで――」

 

『はなからそんな話はしとらんわ! そもそも俺には断じてそのような低俗な趣味は持ち合わせていない!』

 

『えー、いいじゃん犬のメイド……いや、執事? 一周回って高尚だよこのご時世じゃ。ね、11号』

 

「ええ、良いものよ。これで激辛ラーメンを作れる腕を持ち合わせてるなら非の打ち所がない完璧なメイド、あるいは執事ね」

 

『ノってくるな貴様らも! この馬鹿一人だけでも持て余してるのに収拾がつかなくなる! というか、俺が言いたいのはそんなことではなく――』

 

 

 そして――やはり一筋縄ではいかないのが世の常とも言うべきなのだろう。

 

 

『プロキシ! やっぱりお前は『パエトーン』なんかじゃないんだろう!』

 

 

 びしぃ、と。

 怒りと確信が込められたその言葉に、この場に居れば恐らく指でも突きつけてそう告げてるのだろう『モグラさん』の姿を幻視する。

 

 事実でありそうでないというややこしい状況に、11号も身構えるが手で制した。

 

「『ノワール・ストライカー』、ここは私に任せて」

 

「コーバスな。そもそも俺を此処に連れてきたのは11号ということになってる。庇えば疑念が更に深まるぞ」

 

「……プロキシ」

 

『11号、ここはコーバスに任せてみようよ』

 

「けれどプロキシ、彼は」

 

『大丈夫、この人こんな風に振る舞ってる割にスゴイ小賢しいし……()()()()()()()()()見てればわかるから』

 

 ……なんか棘があるというか不穏だかわ、任せてくれるという意味であるのなら無理して否定する必要もない。

 

 それに現在進行形で11号が折角構築したこの潜入における大前提が崩れかかっているというのも事実。

 

 

 ならば、こちらとて次の札を見せつけるしかあるまい。

 

 

「そうは言うがな、『モグラさん』。そもそもあなたは『パエトーン』をどれくらい知ってる?」

 

『ハッ! 俺にかの伝説を語らせるとはな! 長くなるぞ!』

 

「あ、じゃあいいや」

 

『聞けよ! ……わかった、わかったから通信を切ろうとするなっ! 短く纏めるから語らせてくれ!』

 

 ……任務そっちのけで語りだした辺り、『パエトーン』を敬愛してるというのは事実のようだ。

 

 ただの推測でしかないが、恐らくは防衛軍の斥候か電子戦を主とした任務をこなしていたのだろう。あるいはそういった部隊の役職か。もしくは情報官とか。

 

 ならばさもありなんといった具合だろう。何とも手頃ないい情報をゲットしたと思っておこう。

 

 敵の懐に忍び込むにはプロファイリングというのは重要だ。

 

『いいか、かの『パエトーン』であればお前のような無駄口なんかじゃなく、心強い言葉で依頼人の不安を取り除くサービスが標準装備なのだよ!』

 

「ほうほう」

 

 そんなサービスは受けたことがないし、なんならリンちゃんは割と無駄口を叩く方だが、訂正する気もないのでそのまま聞いておく。

 

 この話の本懐はそこではないのだから。

 

『貴様にもわかりやすく言ってやる。こほん――「任務はパーフェクトに達成した! これが紛うことなき『パエトーン』の実力だ――』

 

「はい解釈違い。あとでPK(パンツ食い込み)ファイヤーね」

 

『なんだそれは!?』

 

「ちょ、おま、女性の前でなんてこと言わすんだ」

 

『お前が言い出したんだろーが!』

 

 全くもってその通り。だが会話の主導権をこちらに戻せたのだからこれで良いのである。

 

 なお、今ので意味が伝わってるあたり『モグラさん』も俺と同類ということだろうが。

 

「認識が甘いぞ『モグラさん』。そこの『パエトーン』の仕事ぶりをな、そんなサービスだなんて甘っちょろい言葉で取り繕わないで欲しいな」

 

『な、なんだと!?』

 

 それで『パエトーン』を語るなどちゃんちゃらおかしな話だと。

 

 直球にそう伝えると、通信越しでもわかる明らかな動揺を察する。どうやら彼の根幹を揺るがしかねない程度にはこの進言は衝撃的だったらしい。

 

 けど構わない。

 上手い『嘘』とはそこに真実を混ぜ、解釈の余地を作ること。

 

 だから今から俺が語ることは……つまりはそういうことだ。

 

「『パエトーン』はな、そうやって実力なんて誇示しない。プロキシって立場で、いざとなればその場で治安官なんかに差し出されて減刑の材料にされてもおかしくない仕事をしてるっていうのに――それでも、依頼人に寄り添って見捨てなかった」

 

『……寄り添って、見捨てない……?』

 

「実力を傘に安心を得るなんて安っぽい真似はしない。その振る舞いで、挫ける誰かを掬い上げる――そういうお人好しだから伝説なんだよ、この『パエトーン』は」

 

 少なくとも、俺の知っている『パエトーン』はそうだった。

 

 強きをくじき、弱きを助ける。時には強きも助け、弱きも助ける。

 

 その伝説を、俺は見せて貰った。

 

 

 なんだか妙に泣きたくなる――人としての正しさがそこにはあったのだ。

 

 

「俺が戦友を手にかけた話はもうしただろ?」

 

『……、は、はッ! そ、そうだ! 仮にも、仮にもだ! お前の語る『パエトーン』がそんな伝説だったとしてもだ! なぜ貴様のような薄汚い浮浪者が、戦友を殺してのうのうと生きてるような恥知らずに手を貸す!?』

 

 

 それは、と頭の中に今後の展開を組み立てながら続きを口にしようとした時だった。

 

 

『――ねぇ、今なんて言った?』

 

 

 天真爛漫で、陽気な普段のリンちゃんとは程遠い。

 

 明確に怒気の熱を孕んだ声が、ボンプを通じて足元から聞こえてきた。

 

 

「プロキシ、今は抑えなさい」

 

『……、……でも11号、コーバスは――』

 

「あなたのようなプロキシに怒って貰えるような戦友が彼なら、その怒りを無碍にしない筈よ」

 

 だから大丈夫。

 揺れるボンプの瞳を示す液晶は、その声音から伺い知れる怒りに応えるように赤く、熱暴走でも引き起こしたかのように明滅を繰り返す。

 

 だが、凛々しく軍人らしい普段の様子とは打って変わって優し気な様子でボンプの頭を撫でる11号の振舞を受けてか……沈静化したように、ボンプは元の鮮やかな黄緑の瞳に戻っていた。

 

『……ごめん。ちょっと黙ってる』

 

「いいのよ。後で彼に目一杯謝って貰いなさい。それに――私も、確かめてみたいから」

 

 一秒にも満たず寄越される赤い視線。

 

 ありがとう、と小さく口角が上がることを自覚しながら言葉の無く視線を送り返した。

 

「戦場で仲間を殺すと、どうなるか知ってるか『モグラさん』」

 

『……ハァ? 急に何を』

 

「裏切りか、それとも粛清か……そんなのは、連中の都合で決められるんだ」

 

 俺の唐突な話題の展開に『モグラさん』が訝しむが、構わず続ける。

 

 今はどうなってるかは知らない。

 知る由もない。

 自分から防衛軍から距離を取った俺には、既に関係の無いことだから。

 

 

 だが『軍人』として語る口を持たずとも――今なら『人間』として語ることが出来る。

 

 

「――エーテリアスとして処理されるんだ。ソイツがどんな理由で戦場に立って、どういう理由でそうなったのかなんて聞きもせずに」

 

 

 そういう時代なのだと言われればそれまでだ。

 

 十一年前の『旧都陥落』を受け大打撃を被った防衛軍は当初から軍を取り巻く方針とその取り決めを大幅に見直した。

 

 その結果が、コレだ。

 

 

「『時間の無駄だ。それより次の任務を与える』、ってな」

 

 

 そのうちの一つが、()()()()()()()()()()()()()()状況における規則だ。

 

 

「――――冗談じゃない。認められるか、そんなの」

 

 

 冗談じゃない。

 

 冗談じゃない。

 

 冗談、じゃない。

 

 あんな紙切れで。

 あんな形式ばったもので。

 アイツらの最期を語られて堪るか。

 遺族の涙を語って良いものか。

 

 アイツらは、最期まで生きていた。

 軍人として、人間として戦っていたんだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()断じて違う。

 

 

「だから俺には後がないって言うのは本当なんだ。わかってくれ、『モグラさん』。だが元軍人として、そこに居るボンプが『パエトーン』であるということは保証しよう。それを連れてきた11号のこともな」

 

『……、き、貴様は一体――』

 

 震える声で、押し寄せる大波に呑まれ(さら)われまいと抗うように『モグラさん』が声を絞り出さんとしている。

 

 その瞬間だった。

 

 馴染み深い無機質な気配が俺達を捉えたのは。

 

『……コーバス、話はどうもそこまでみたい』

 

「エーテリアスの気配を察知、戦闘用意。コーバス、戦える?」

 

「エーテリアス、か」

 

 空気を切り裂く咆哮がホロウに響き渡る。

 

 建造物などは残っているのにおおよそ無生物状態であったこの空間に響き渡る、唯一ここが現実と地続きであることを示す有機生物的な叫び。

 

 だが、そこに居るのはおおよそ人類が生きる場所において観測することは叶わない存在だった。

 

「……サラ、エアリス。戦闘用意だ。『鞘』に接続。リソースを武装に回せ」

 

「ンナ(りょ)」

 

「ンナ(把握)」

 

「11号。側面からもエーテリアスの群れが来てる。()()()()()()()()()()()()()()が危ないから、そっちに回って対処して欲しい」

 

「……了解。プロキシ、彼を任せるわ」

 

『いいよ! 行ってきて! ここから少しのところだから、わからなかった私が遠隔でナビゲートするよ!』

 

 ……何やら引っ掛かる物言いだが、采配としてはこれが最適なのでどうにか呑み込む。

 

 『モグラさん』の通信はこのホロウ内に限定したもの。『パエトーン』という例外を除いて、その通信範囲と精度はそこまで高くはない。

 

 よって、()()()()()()()()()()()()()()()()それらの解決は容易だ。

 

 そして今はエーテリアスの群れが近づいてきてるという現状。

 

 恐らくは戦闘能力のない『モグラさん』が無防備になっているという証左であった。

 

 

 そう思考した直後――廃墟を突き破る轟音が辺りに響き渡った。

 

 

『グゥゥゥゥ……!』

 

 瓦礫を吹き飛ばしながら現れたソレは、言うなれば結晶の怪人と称すべきもの。

 

 青空の下で不気味な黄緑の光がその生命活動を示すように全身を巡っている。

 鎧を模したかのような白い岩の身体に、半身を覆う結晶の膜は三日月形に変異した右手も相まって異形の騎士にすら見える。

 

 そしてエーテリアスであることを示す、『コア』と呼ばれる生物で言うところの頭部と同義な黒い洞穴が渦巻いている。

 

『結構大物が来たよ、コーバス』

 

「ここで食い止めないと『モグラさん』だけじゃなく11号もマズイな」

 

 汎用浸食個体『タナトス』。

 

 その背後には同系統のエーテリアスが数を揃えて立ち塞がっている。

 

「今の俺は虫の居所が悪くてな――盛大に八つ当たりさせて貰うぞ」

 

 鞘に納めたククリ刀を引き抜けば、エーテルに満ちた大気が熱に揺れる。

 

 燐光を放つ雷光は廃棄された都市の金属に伝播し、地面を迸る焔は冷えた鉄を赤く熱く灼熱を宿した。

 

 

「――――執行、【火雷(ほのいかづち)】」

 

 

 二振りの刃を奔る雷炎が、戦闘開始の合図になり――蒼い閃光がエーテリアスを焼いた。




開幕終結って便利よね。
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