脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
ホロウ災害の狩人、あるいは虚ろを狩る者。
都市の守護者として知られる『虚狩り』が一人――星見家次期当主。
それらに関する身の回りの情報は名前、出自を除き徹底的に隠匿されている。
……より厳密に言えばその『戦闘技術』と言った方が良いか。
『虚狩り』を新旧含めたエリー都の英雄たらしめるその戦闘能力の詳細は、徹頭徹尾に至るまで公開されていない。
それは都市に潜む脅威にこれらの情報を与えない為という意味もあるだろう。
諸説はあるが、『旧都陥落』における混乱において辛うじて知っていた人間は星見家の血縁を含めて軒並み命を落としたとも言われている。
『力』ではなくその『強さ』を。
神速の一刀は二振りの剣を振るうことで補い。
凍てつく零度の焔を二つの属性を掛け合わせることでその出力を可能な限り模倣し。
天性の感覚は知能構造体が持つ処理能力を外部から借り疑似的に知覚能力を拡張し再現した。
その末に生み出されたものは――天性の妖刀使いならぬ人工の魔剣使い。
かつて防衛軍の上層部を震撼させた『烏』の誕生だった。
◇
一拍。
地面を一瞬だけ踏み締めるブーツの音が聞こえた時――既に『作業』は完了していた。
エーテリアス『タナトス』。
その右腕が鎌そのものになって振るわれる斬撃は鋭く硬い。
そして何より実体を消し、攻撃時にのみ体を実体化させ攻撃行動に移るという悪辣さも備えつけている。
それらに惑わされ、武器も構えられぬまま首を刎ねられる新兵を何度見て来たか。
これらを防げずに、盾の上から両断される熟練の兵士を何度見てきたかわからない。
故に――一息で殺すに限る。
「――――掃討完了。11号、応答を」
『こっちも終わったわ。すぐ向かう……これで全部ね、プロキシ』
『…………』
火炎と雷電が残花の様に散る戦場の中心。
納刀に伴い鞘を打つ刃の音がその場に静寂をもたらした。
崩壊するエーテルが黒い風となって消えていく。
力無く膝を着くエーテリアス、タナトスの残骸はエーテルを明滅させ影すら残らない。
そして風に乗る虚ろなる黒の粒子。
中天に浮かぶ太陽を遮り、黒い残滓が地面に影を刻む様は飛び散る烏の羽を彷彿させた。
「……おいリ……プロキシ?」
ゴーグルを取り外しながら問いかける。
うっかり本名を呼びそうになったことに内心ヒヤヒヤしながら、処理落ちしたコンピューターみたいになってるリンちゃんの反応を伺う。
そして液晶に浮かぶポンプの瞳がばちくりとまばたきをするように明滅した。
『……いやぁ、コーバスみたいなのがゴロゴロいる防衛軍ってやっぱり規格外だなぁって』
「そりゃ伊達に暴力装置なんて呼ばれてないからな」
『あとなんか体が今も燃えたりバチバチしたりしてるけど大丈夫……?』
「これは技の反動。近づくと問答無用で熱暴走とショート引き起こすから気をつけて」
マントや刃に迸り続けてる炎と電気を振り払いつつ近づこうとしたリンちゃんを手で制する。
とはいえ『旧都陥落』の特異点とかした原生ホロウ――『零号ホロウ』においてはこんな規模の襲撃がわんさか起きるため、暴力装置にならざるを得ないと言った方が正しい。
防衛軍の役割は基本的に三つに絞られる。
外敵からの防衛と、暴走ホロウの鎮圧。そして新開発エリアの調査、開拓だ。
……なんともまぁ、モノは言いようだとしみじみ思う。どれも事実なのがタチが悪い。
現社会を支える組織として存続する以上、身綺麗なお題目が必要になるのはわかるが実際に任務に就いてみればその実態がどんなものか否が応でも身に沁みている。
こんな謳い文句を掲げてはいるが、基本的には数と質による暴力を良しとした集団である。
時には傭兵としてホロウレイダー、法の下では摘発対象であるプロキシを利用するその節操の無さはある意味下品とすら言えよう。
それにとある『規格外』を知っている身からすると、リンちゃんのその言葉は些か分不相応にすら聞こえてくるのだから何ともやるせない。
あれだけの力があれば何かが違ったのだろうかと何度思ったことか。
「――暴力装置なんて、言ってくれるわね」
「げ、11号」
「げ、とは大した言い草ね。そんなことを言った部下にはこれまでの罰則で課せられた腕立て伏せのスコアの倍をこなすように命じてるのよ」
「誰が部下じゃい誰が……って待てよ、最高記録が531だから――まさか1062?」
「逆に何をしたらそうなるの」
失礼だとは思いつつ、戦闘が終了し合流した彼女にそんな言葉を零してしまう。
戦闘の余韻もあってか、敵意のない気配の接近を許してしまったらしい。
おかげで軍への悪口と捉えられかねない今の話を聞かれたら一番ややこしいことになる人に聞かれてしまっていた。
もっとも、今更な話ではあると言われればそうなのだが。
「あー……その……ごめん。別に軍の所業に関してとやかく言うつもりはないんだ。不快にさせたなら謝る」
「……いいえ、軍にそういった面があるのは紛れもない事実よ。何より軍から身を引いたあなたに謝られる
「あぁ、違う違う。それもそうだけど、さっき『モグラさん』と話したことだよ」
「…………」
それは先程の『モグラさん』を
俺が話したことが事実かどうかなどこの場では掘り下げる必要のないし、どうでも良いことだ。
問題はどんな形であれ軍の在り方を扱き下ろすようなことを口にしてしまったこと。
……今にして思えばいくら咄嗟の出来事だったとは言え随分酷いことを言ってしまったものだ。
11号にこの任務を指令した軍の上層部が俺と同じとは限らないのに。
「一応確認するのだけど、この会話は」
「大丈夫だよ。仮に駄目だったとしても偽の音声が流れるし、もしプロテクトが破られてもその前にうちのエアリスが教えてくれる」
「……現在進行形であなたの頬を殴ってるボンプのこと?」
「新手のおできだと思ってくれ」
「かなり無理があるわ」
「かわいいでしょう」
「それも無理があるわ」
そんなこと言わないで欲しい。
地味に電気を流しながらビンタを繰り返して先の戦闘の不満を訴えてくるものだから、こちとら黙殺するだけで手一杯なのである。端的に言って凄く痛い。
襟首に潜むサラがやめなよ、とばかりに押し止めようとしてるがそれも功を成していない。というかポーズだけで多分やる気がない。
この様子だと開幕【
「……ねぇ、先程の話なのだけれど」
「気にしないでくれ。仮にそんなのが居たとしたら俺はそんな兵士を使いたくないって思うよ」
「それは、どうして?」
「なんでって……いちいち上官に噛みつく兵士なんて、そんなのとっとと退役して貰った方が互いのためだろ」
思えば馬鹿なやつもいたものだ、と内心吐き捨てる。
多少の客観視が出来ていれば、少しは違う結末があっただろうに。
想像力が足らなかったばかりに仲間すら護れず利用されるだけ利用されて切り捨てられたことにも気づけず野垂れ死にしかけた男の、なんて愚かなことか。
今こうして口にしている言葉こそが、ソイツがどうすべきだったかの答えだったというのに。
「――それでも」
「……ん?」
言って、少し後悔した時だ。
黙り込み思考に囚われた俺の言葉を引き継ぐように、彼女は凛とした口調で問いかけた。
「そうするべきだとわかっても、手を伸ばしたかった理由があったとしたら――あなたはそれを愚かと笑う?」
……俺の語ったソレは本来、唾棄するべきものだ。
軍人とは、兵士とは上官の命令が絶対。
秩序もへったくれもない、一秒ごとの命のやり取りだけがモノを言う戦場においてそれは兵士の理性を繋ぎ止めるものでもあるし、戦場に迸る狂気に呑まれず目的を完遂するための楔でもあるのだから。
それがたまたま、噛み合わなかっただけの話。
だから――俺のような兵士は居ない方が良い筈なのに。
だけど、問いかける彼女の姿に『兵士』はいなかった。
最初に抱いた焔のような厳しさも苛烈さもそこには無くて。
暗がりで灯り、闇に迷う人間へ静かに添い遂げる
「――笑わない。それは、任務を全うした兵士を汚す行為だ」
無意識に冗談めかした声音は封じられていた。
……別に、11号の言葉に絆されたわけじゃない。
ただ、久しく彼女のような真っ直ぐな兵士は見ることがなかったから。
それに応えなきゃ人間としても死ぬと思っただけ。
「……そう。なら、それがあなたの答えね」
「……俺、だいぶ意味わからんこと言ってる筈なんだが……なんでそっちが嬉しそうなんだ?」
「気にしないで。個人的なことよ……でも、そうね。もし私なら――」
またしても真っ直ぐ見つめてくる。
どことなく柔らかくなったように見えるのは、きっと目の錯覚だろう。余程彼女の言葉が俺に応えていたらしい。
逃げることなど許さない、という強制力があったわけでもなく。
私は見ている、と言ってくれた気がした視線に俺は目を逸らせないでいた。
「その行為が汚れていると知ったうえで責務を全うした兵士を――『演技』であったとしても、私は悪だなんて言わせないわ」
「……それは――」
言い方に引っ掛かってどういうことか、と聞こうとした時だ。
エーテリアスの大群の出現によって活性化したホロウの影響を受け、不安定だった『モグラさん』の通信が復活したのは。
『――――二分? 僅か二分で、15体以上のタナトス、ティルヴィングとハティが全滅だと?』
「……『モグラさん』、応答を」
イヤホンから伝わってくる声に、俺と11号は自然と会話を中断していた。
無言で視線が交わり、言葉なく互いに頷く。足元にいるボンプのリンちゃんも口元であろう部位に手を当てている。
というのもこの場の誰もが『モグラさん』のリアクションの意味を測りかねている。
怒ってるのか、ただ驚いてるのか……もしくは何かの確信でも得たのか。
俺と11号のキルスコアを口にして以降閉口している様子にもしやと身構える。
『――――グゥレイトォ! エクセレントォ!! ブリリアントォーーー!!』
「うお」
「……」
『キーンってなった、耳がキーンってなった』
すわ少し暴れ過ぎたかと口を開こうとしたが、それは杞憂に終わった。
喧しい声に不快そうに顔をしかめる11号は気の毒だが、これもある種の怪我の功名か。
ちょっとやり過ぎてしまったと思われた戦闘はどうやら功を成したようだった。
「『モグラさん』、達してるところ悪いが後にしてくれ」
『なんで敢えて下品な表現をした! っといいや、『パエトーン』と手を組めるうえこの戦闘力を単独で持ちえていることは魅力的だ! 手前のデメリットに惑わされ大局を見失うような俺ではない!』
「デメリットってもしかしなくとも俺のこと?」
『まぁ私が逆の立場だったらちょっとウザいかも』
「ノイズには違いないね」
「ねぇキミ達ソレで本当に味方のつもり?」
『モグラさん』と通信を始めてから俺への評価に一部問題がある気がしてならない。というか一部なのかすら怪しい。
ここまで敵と意見が一致する光景も大変珍しいだろう。いや、これもある意味見解の相違というやつなのか。自業自得とはいえ複雑だ。
「落ち着いてください『モグラさん』。『パエトーン』の能力と我々の戦闘技術、どちらも確証を得れた以上、本来の仕事に取り掛かるべきでは?」
『あぁ! 軍人さんのことは勿論、そこの馬鹿の人格はともかく実力は本物! 報酬に関しても上と交渉しよう! 無論、今の仕事は最後までこなして貰ってのことだが……』
「美人贔屓か。最低だな『モグラさん』。11号は俺と余生を過ごすって言うのに」
『いちいち茶々を入れないと会話出来ないのか!? そもそも貴様のような男にわざわざ実力を示せる場を与えた俺にお前は――』
ぷつんと通信が切れる。
今のは俺ではない。かといってリンちゃんはこんな強引なことをする人でもない。
となると犯人は一人しかいない。
『……いきなり切っちゃって良かったの? 11号』
「いいのよ。喧しかったから。まったく、贔屓目で見てるのはどちらかという話よ」
「いや、そこにつけ込んで更に要求を重ねる、とかはなかったのか?」
「大丈夫よ。私とプロキシ、そしてアナタがいれば何の問題もない。任務は続けるわ、『ライトニング・ブラックペッパー』」
「コーバスな」
もはや恒例となった名称訂正芸を口にすると、黙殺して先陣を切る11号。
……言いたいこと好き放題言ってコレだから彼女もたいがい自由人だ。マイペースとも言う。
しかも結局俺の名前を憶えて貰ってるのかそうでないのか分からずじまいである。
でも、これだけは言葉にしておかねばなるまい。
「11号」
「なに」
「なんか……ありがとう」
「……そう」
そこから、しばし無言になる。
それは気まずいものでは決してない。
耐え兼ねる沈黙にしては空気が軽い。
無駄話もしていないのに、共に行動することへ抱く他人への違和感が嘘のように溶けていくのがわかる。
「元気になったのなら、よかったわ」
「うん」
なんとも不思議だ。
未だに背を向けて先行する11号だが、背中越しだと言うのにこちらを見てくれてるような気さえしてくる。
……だが、忘れてはならない。
この場には11号と俺と、他に誰が居たのか。
『え~? え~~? なになになになに~?』
……なんだろう、彼女は一応仕事を斡旋してくれたり今より腐ってた頃の俺に顔色変えずに接してくれた大いに恩がある人物なのだが。
今だけはこのプロキシを『殴りたい』と思った。
「…………なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
『あ、どうぞどうぞ。むしろ続けて?』
「……よし、次のポイントに向かうぞ11号。はよ。最後の発信機をつけないと」
「待ちなさい、彼女は明らかに何かを伝えようとしている。プロキシ特有の暗号かも」
「いいか11号。今キミが相手にしようとしているのは俺のようなナマモノでもコンテンツとして無為に消費し続け、そういった機会を取りこぼし続けることを運命づけられている脂ぎったおぼこだ。理解したら負けなんだよ」
『めちゃくちゃ罵倒するじゃん』
罵倒などと、これは理論武装というものだ。愉快犯に慈悲はない。
『11号ーコーバスに酷いこと言われたー』
「呑気か」
「プロキシに謝りなさい、『ティアドロップ・フォトンブラック』。この部隊の安寧のために」
「俺の安寧は?」
あと俺は『コーバス』である。
『ありがとー11号。これからもそんな調子でよろしくね』
「構わないわ。部下の暴走を収めるのも指揮官の務めだもの」
「もしもし? 勝手なことを言わないで欲しいし、そもそも部下になったつもりはないんだが……俺って一応は部隊の指揮経験あったんだけどなぁ」
「なら苦労したことでしょうね。あなたのかつての部下たちは」
「どういう意味それ?」
11号の言葉に少し口元がほころんだ。
それに心なしか……彼女もどことなく表情が柔らかくなっている気がするのは、俺の都合の良い錯覚か何かだろうか。
「新兵扱いするならもう少し手心を加えて欲しいんだが」
「どうかしら。少なくとも、あなたの様な新人が居たら手を持て余していたことは確かね」
「どういう意味それ?」
『もう現実を受け止めなよ』
別に、今の俺がどうこうしたからって何かが変わるわけでもない。
だけど、俺の語ったソレを否定せずにこうして変わらず接してくれる彼女の存在に。
なんか――昔の自分が救われた気がしたのだ。