脱ニート中の元職業軍人の俺が炎の銀兵士に詰め寄られている件 作:ライハイト
ゴーグルを外し、開けた夜の帳が下りた視界。
沈んだ太陽の余韻が消え去った冷たい夜風が襟元を通り過ぎる。
実家のような安心感とはこのことか、そこは待ち合わせにも利用した駐車場。
ホロウからの移動で借りていたリンちゃんの車の扉を閉じれば、体を襲う運転からの解放感と共に確かな疲労を感じさせる軽やかな六分街の空気に自然と身を任せていた。
「あー……働きすぎた。ラーメン食べたい」
『どんだけ疲れたらただの伸びが海老反りになるの?』
「ラーメンスイッチが入るとこうなる」
『なにその謎スイッチ』
「深夜ラーメンやって摂取カロリーに軽く絶望する感覚を麻痺させるスイッチだよ」
『ちょっと欲しいと思ってしまった自分が憎い』
その後は何事もなく、順調に『モグラさん』の任務をこなすことが出来た。
その内容とは、軍の活動予定のホロウに盗聴機能付き発信機を仕掛けるというもの。
まぁ、ありきたりな筋書きだ。
恐らくはあらかじめ情報を入手して先手を打ち、防衛軍の活動に優位に動こうとした結果ということだろう。
反乱軍と言えど正規軍の数の暴力には叶わない。数という戦闘における優位の割合の大半を占める要素で既に負けが見えてる以上、奇策を弄するのは戦術として基本だろう。
そしてそこまで見えてくれば、連中が防衛軍を一網打尽にする『罠』を仕掛ける
故に、既に色々仕込みはさせて貰った。
「相変わらず意味不明な会話を展開してるのね」
『ねぇ同類だと思われてるんだけど。謝ってよ
「俺にはそれの何が問題なのか問い詰める権利が発生してるんだが」
『風評被害』
「どうせなら私も加えなさい」
「ややこしくなるから却下」
『ややこしいのはあんたの体勢だよ』
それもそうか。
車から降りてボンプ姿のリンちゃんと戯れていると、最後に降車して来た11号が合流してきたので、海老反りから空中へバク転を経て体勢を立て直した。
「お疲れ11号、リンちゃん。首尾よくいったって思って良いんだよな?」
『かなりヒヤッとした場面もあったけどね……』
「あなた達二人の機転によるところが大きかったわ。見事よ」
そして肝心の『モグラさん』との接触の成果だが、結果は良好。
相変わらず俺や11号に対する警戒心は高かったがもはやアレは『モグラさん』の性質だろう。あるいは、情報を取り扱い指揮する人間として持つべき最低限の線引きによるものか。
だがそれも『パエトーン』と手を組めるという事実に有頂天になっていた辺り、とりわけ問題がないようには見えるが、念には念だ。
何にせよ、俺達の発信機設置の速度と正確性、エーテリアスへの対処という大きめのイレギュラーへ対応したことも功を成したようだった。
おかげで次の任務にもありつけるかもしれないという大きな進展を得ることが出来た。
「お陰で信用を得るために用意した台詞の半分も使わなかった」
「……一応聞いとくが、どんな?」
もう既に嫌な予感しかしてないが、一応の確認だ。一応。
心なしか自慢げ、自信満々に胸を張ってるように見えなくもない11号に何とも言えない気持ちになりながら、彼女は口を開いた。
「例えばそう……『『パエトーン』はいかなる検知も掻い潜る。自動センサーや、蛇口のセンサーであっても』」
「やめて正解だな」
『少なくとも褒められてる気はしない』
「…………そう」
しゅんとしてるとこ申し訳ないが、冗談みたいな内容にこちらとしては肝が冷える思いをしたばかりなのだ。
そんなこと言われても「お、おう」みたいな微妙な反応になっていたのは目に見えている。
ここに来てまさかあんなアドリブが最適解だなんて知りたくなかった。
……いや、身を切るような思いをしてよかったと今は考えよう。うん。
「それで、打てる手は打ったわけだが……ここからどうするんだ11号」
「ターゲットに次の動きがあり次第連絡するわ。あの様子だと恐らくは近日中に接触してくるか、あるいは次の任務を与えられるでしょう」
『ここからが正念場ってことだね』
「そういうことよ、『プロキシ』……それと『ブラック・リベリオン』」
「コーバスな。なんだその無尽蔵の語彙力」
逆にそれだけのボギャブラリーがあって一文字もあってないという謎現象に対して湧いてきた諸々の文句をなんとか呑み込み、次に放たれるであろう言葉を待つが──差し出されたらのは一枚の紙切れだった。
「……あの、11号? これは……?」
「いいから。何も言わないで。早く受け取るの」
「あ、はい」
何かを問う前に、まさしく押し付けられるように渡されたそれを勢いにされるがまま、言われるがままに受け取ってしまう。
……もしかするとプロキシにも明かせないオフレコの情報だったりするのだろうか。
ホロウの性質上、電力が不要な機器や道具といった旧文明で発達した一昔前の技術や機械が登用されてることは昨今珍しくもないことだ。
それこそ、紙なんてのはホロウ内における電子機器より影響を受けづらく、
そして11号のことだ。
きっと肩透かしを食らう内容か、逆に思わず背筋が伸びるような内容に違いない。
「いいえ、個人的な私の連絡先よ」
「──はい?」
なんて、半ば失礼ともいえる想像をしていたわけなのだが。
そんな俺の見当違いな解釈を見透かすように放たれた言葉に思わず惚けて固まった。
「これまで『羊飼い』とプロキシを通じてあなたとコンタクトを取っていたけど、今回の成果を厳正な審査により鑑みた結果よ。よって今後、あなたには私から直接連絡する」
「あ、あぁ成程。それならまぁ、理解できなくも──」
「掻い摘んでいえば──あなたはそれだけ特別と言うことよ」
────特別。
その言葉を認識したその瞬間、直前まで浮かべていた軍人らしい理屈が全身から沸き上がる熱によって綺麗に吹き飛ばされた。
「…………、……!?」
『……え、嘘でしょ? 玄飛くんってそんなとこでお姉ちゃんと一緒なの? いい齢した大人が? そんなちゃらんぽらんな感じで!?』
「う、うるさいぞリンちゃん! 俺は猛烈に混乱している! というか人のこと言えた身かっ! 俺と大して変わらんだろ!」
前半は転職活動のお祈りメールみたいな内容で理由を説明されて頭痛がしたわけだが、今はそのことにツッコミを入れる余裕すら無くなっていた。
当の11号といえば相変わらずの澄まし顔で、こちらからつけ入る隙など一部たりとも存在しなかった。
『ねーねー11号ー、私にはー?』
「あなたは民間人でしょう? けど彼は元軍人。私から個人的に協力を呼びかけられるかもしれないから個人用のアドレスを教えたの」
『……本当に? 本当にそれだけ?』
「それだけよ」
えー、私もほしーみたいな頭の緩い女子みたいなやり取りが聞こえるが耳に入らない。
……言い訳をさせて貰えるなら、学生の頃は同期と後輩、あとはとにかく訓練訓練の毎日でそういう『気』が全く無かったのだ。
それこそ女性からの連絡先を貰う経験など姉ちゃんや母さん以外に経験のなかった俺は、見事なまでに固まっていた。
とあるメカニック女? アレを女と見るには強い酒がいる。
「とにかく、そういうことよプロキシ。しばらく彼を借りるわ」
『あ、どうぞどうぞ〜、ごゆるりと休まれて?』
「リンちゃん!?」
「コーバス」
「コーバスだが!?」
「だからそう呼んでるじゃない」
『かつて無いほど混乱してて笑える』
俺の言動に呆れ返している11号はそんな俺をよそ目に、駐車場を取り囲む金網の向こう側を指さしていた。
なかなか深い夜だというのに赤々と煌びやかな光をまき散らしているその場所は、意識して鼻を利かせればとある料理特有の豊かな香りを漂わせている。
「一杯、付き合いなさい」
世間一般における一杯とは異なる、麵とスープにまみれた一杯になりそうだった。
「おかえり、リン」
「ただいまー……お兄ちゃーん」
「ん?」
「チョップ大将のラーメン屋の監視カメラ、場所って把握してる?」
「……可能だけど、いったい何をする気だい?」
「うーん……他人のもにょもにょな可能性を覗きたい、っていう野次馬根性? ちなみに対象は多分お兄ちゃんが思い浮かべてる人と同一人物」
「……感心はできないなそれは。プロキシとして好奇心は持つべきだとは思うが――『
『既に演算中です。ターゲットが
「お兄ちゃんも『Fairy』もノリノリじゃん」
オボルスのママと姉がアップを始めました。