ブラシスコントラクト   作:金木桂

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#11 妹

 

「アンタさ、アレはどういうこと」

 

 俺の作ったコーヒーを一口飲んで「まあまあ及第点ね」と言いたげに鼻を鳴らすと、玲は静かに切り出した。

 アレ、というのは言うまでもなく俺と冬佳の関係性のことだろう。タイミングとしても口の重さからしてもそれ以外に今、わざわざ仲の悪い俺を呼び止めてまで交わされる会話などありはしない。

 

 実の兄貴が従姉と兄妹ごっことか気持ち悪いと蔑むだろうか。

 それともライン超えだから絶縁ねと言い放ち兄妹としての関係性の一切を断ずるだろうか。

 単純に罵詈雑言を履き散らかされる可能性もある。

 

 少なくとも愉快な結論には至らないであろう点は玲の神妙な面持ちから明白としていた。まだ嫌悪感を塗りたくったいつもの表情をしていれば玲の思考もある程度読める。

 今の玲がどういう方向性から話を切り出そうとしているかが俺には分からない。

 

 言葉に迷いながらも、事実を話す。

 

「……そのままの意味だ。俺と冬佳は兄妹になった」

「何言ってんの」

「分かりやすい言葉にすれば"兄妹ごっこ"だ。だが勘違いするなよ、俺も冬佳も真剣に兄妹になろうとしてるからな」

「意味が分からないんだけど。何でそんなことをしようと思ったわけ?」

 

 今日の玲は熱して冷めやすいコイツにしては冷静沈着そのものだ。普段ならばこの時点で三回は毒舌が入る余地があるというのに、反駁を一度もせず聞く耳を持っている。

 玲の質問に馬鹿正直に答えるべきか一瞬迷ったが、玲の目を見てその場凌ぎの嘘は止めようと決める。

 幾ら険悪とはいっても、あっちが本気ならこっちも本気で話さないと、失礼だよな。

 

「理由な……理想だよ」

「はあ?」

「お前に言うことではないことを重々承知で話すが、俺には理想の妹像ってのがある。可愛くて生活能力があって穢れがなくて思いやりがあって、みたいな色々理想の条件の数々だ。冬佳にはそんな妹像を全力でやってもらっている。代わりに冬佳も理想のお兄ちゃん像なるものがあって、そのために色々と、例えば筋トレしたりして俺は俺で合わせに行ってるわけ。互いが互いの理想の兄妹になる、いわば兄妹契約ってやつだ。冬佳から提案されてかれこれ二か月以上はやってるな」

「…………何それ。気持ち悪い」

 

 そうぽつりと呟いた。

 

「じゃあ何、アンタは潤戸さんの兄にでもなるわけ?」

「戸籍上は流石にな。他人同士が兄妹になるハードルは高いだろうしやらねえよ。ただまあ、実質兄妹だろって言えるくらいの仲になれればとは思う」

「……。」

 

 玲は言葉を失ったように閉口する。

 拒絶するように顔を顰めるのも無理ないよな、だってこいつは妹なんだから。

 そんなことを考えていれば玲はテーブルの上で拳を作った。そのまま椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。

 

「何これ……気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いんだけどっ!!」

「お、おい玲?」

「アンタも気持ち悪いし潤戸さんも気持ち悪いけど何より気持ち悪いのは私自身だ!!」

「何を言って……ともかく落ち着けよ」

「落ち着いてられるわけないじゃん!! ふざけないで!!」

「冷静になれって、コーヒーでも飲んで」

「うるさいな!! まるで私がアンタを嫌いじゃないみたいじゃんこれじゃ!」

「玲?」

 

 どういう意味だ、それは。

 きっとその言葉通りの顔を俺をしてしまったのだろう、玲は俺を見て固まった。

 

「いや、ちが、じゃなくて……。えっと、その……今のこと、忘れて」

 

 玲の焦点が俺から外れ、狼狽を顕にしてひたすら虚空に言い訳を続ける。

 普段の俺ならば勧善懲悪的なスカッとした気持ちになってざまあとでも思えたのかもしれないが、生憎と状況が違う。

 

 俺の心情を繕わずそのまま言えば───見てられない。

 

 これでも妹なんだ。

 俺のたった一人しかいない正真正銘血を分けた妹。

 どれだけクソ生意気で罵倒を投げかけてこようと、冬佳に理想の妹をアウトソーシングしようと、現実の妹はどうしても目に入ってくる距離に実在する。

 それを見捨てるという選択肢は無かった。

 だって俺は兄貴だぞ。ただでさえ親はあまり帰ってこないこの家庭で、兄貴が妹を見捨てたら誰が妹を守れるんだよ。

 

「分かった。大丈夫だ。それ以上は話さなくていい。兄妹だからって何から何まで開示し合う必要性は無いし、今までもそうやって暮らしてきたんだ。お前のその柔い本心は俺の見えない範囲に仕舞っとけ」

 

 これが兄貴としての正解だ。どんだけ嫌われようと、取り乱して冷静な判断が出来なくなった妹には優しくするのが兄貴の務めである。

 そうやって俺が事態の収束を予想していると、急に玲がキッとこちらに視線を戻して猫みたいに睨みつけてきた。

 

「……前言撤回、ムカつく!!」

「……は?」

「アンタは一回死んで鳥葬されろ!」

 

 突然キレやがった……!?

 何で逆上してんだよ!

 おかしいだろ!

 これで一旦この話は手打ちにして、もう一度冷静に話し合おうという雰囲気になるところだろうが!

 

「いや何でだよ! 今の会話の流れ的に互いに尊重し合って終わるところだっただろうが!」

「兄貴面しようとして結局は現状維持を選ぶその内面性が腹立つっての! 逃げないで深く突っ込んで来ればいいじゃん兄なんだから分かるでしょ! ねえ! いつもそうやって逃げる! 私から逃げる!!」

「いや知らねえし! 逃げてねえよ!」

「逃げた!! 中学の頃だって私から逃げた癖に!」

「何言ってるかさっぱり分かんねえよ!」

「分かるでしょ! 中1の春のこと!」

 

 いやマジで知らねえよ!

 中1の春だ?

 記憶にあるのは精々が入学式くらいか。

 確か……まだその時は俺と玲はこんな険悪な関係じゃなかった。思い返せばこの頃くらいだったな、転換点は。それ以来徐々に関係性が悪化して、気づけば今日に至っている。

 何かは確かにあった気がする。

 だが思い出せない……玲の口調からして俺と玲の関係性を決定づける重要なことだったのは間違いないんだろうが頭に全く浮かんでこない。

 

「何の話だよ?」

「はあ!? 覚えてないの!? 信じられないんだけど!!」

「だから何だって、教えてくれよ」

「教える訳ないじゃん! くたばれ!!」

「勝手にキレられても分かんねえって言ってんだよ! 逃げたってなんのことだ!」

「アンタは潤戸さんと結婚すれば良いでしょ!!」

「何の話だよそれ! しねえよ! ったく何だと思ってるんだ冬佳のことを」

「アンタのキモイ遊びに付き合ってくれてる妹なんでしょ!!」

「だとしたら妹と結婚しようとする兄貴なんて最悪だろ! なおさらありえねえって!!」

「妹といっても他人じゃん! 告白でもされたらどうせ真面目に考えるんでしょ!」

「そりゃ……! 無いだろうが、もしそうなれば考えるだろ普通に」

「私の時は即答で冗談で茶化して考えることすらしなかった癖に……!」

 

 私の時……?

 それってどういう意味で……?

 

 呆気に取られていると玲は慌てて自分の口に手を当てた。 言う必要のない事を言ってしまった、そんな表情だった。指先は微かに震えていて、瞳の端が輝いている。

 

 今更だけど泣いているのか……?

 どうして、などと間抜けにも尋ねるその猶予も無かった。

 

「玲!!」

 

 俺が呼び止めるのも無視して、玲は無言でリビングを飛び出した。ドアが大きな音を立てて閉められる。

 追いかけるべきか、それともそっとしておくべきか。

 俺の考える兄貴像ならばここは追う一択だ。しかし現実、妹と俺の仲を加味するとそれが正しいかどうかはいまいち自信が無い。

 そうやって一度立ち止まって思案をしてしまえば妹の言葉から目を逸らす言い訳が無限に脳裏に湧いてきた。

 

「玲……」

 

 肺から空気を抜いて、大きく一呼吸。

 先程淹れたばかりのコーヒーを飲む。

 

 冷静になれ。

 妹から嫌われているのは今更すぎる話だろうが。

 いま大事なのは何だ?

 俺の私利私欲による理想的な兄妹像か?

 それとも妹の本音を直視するのが怖くて、動かないための理由作りか?

 

 ───違うだろ、玲そのものだろうが!

 

 俺は拳を握り締めて、リビングを出た。

 

 

 




次回は玲sideになります。
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