「お前、また来たのかよ」
「悪い?」
いつものようにアルバイトをしていれば玲がやってきた。
正確には30分前から来ていること自体は知っていた。
路地裏にあるせいで閑古鳥が鳴きがちなこのコンビニ。今時の可愛い女子高校生が伽藍洞な店内の雑誌コーナーで立ち読みしてればそれなりに目立つというもので、俺は仕事をしつつ呆れながらファッション誌をつまらなそうに読み進める玲の姿を横目で確認していた。
「暇すぎるだろ。華の女子高生がこんなしけたコンビニに居座ってていいのかよ」
「私の勝手でしょ、そんなの」
「兄貴として言ってんだよ。お前、ホント彼氏くらい作ったらどうなんだ」
あまりにも男の影が無さすぎてつい口にしてしまう。一応、高校じゃまあまあの頻度で告白されているみたいな玲の噂を聞くし、そうじゃなくとも男に困る容姿じゃなかろうに。寧ろ入れ食い状態のはずだ。もしかして理想が高いとか……あり得るな。天上天下唯我独尊私最強タイプの妹たる玲のことだ、告白してきた相手のを値踏みしてる可能性は大いにある。ちょっぴり心配になってくる。
俺の言葉に玲は舌打ちで返事をすると、持ってきたグミとレモンティーをずいっとこちらへと寄せた。
「御託は良いから仕事すれば?」
いちいちムカツク言い方しやがる。正論なのがより腹立たしい。
だがしょうがない、今の俺は兄貴である前にアルバイターだ。それで誤魔化されといてやるよ。
「はいはい分かりました。じゃあお客様、ビニール袋は必要でしょうか?」
「バッグあるから要らない。馬鹿でも見れば分かるでしょ。あと小銭無いから1万円札ね」
お前、相手が自分の兄貴だからってクソ客ムーブすんじゃねえよ!
ピッピッと無言でバーコードを読み取っていると玲は口を開く。
「何度も来てるけどこのコンビニ、全然客いないし楽そう。私も働こうかな」
「冬佳いるけどいいのかよ」
「あんなのもう敵じゃないから良い」
「左様で」
妹としての地位が脅かされたからああも揉めただけで、そうじゃなければ特に思うとこもないようだった。
会計を済ませると玲は買ったものをバッグに詰め込む。軽く見えたバッグの中身が見えたが、学校帰りだというのに教科書やノートは一冊も入ってない。そろそろ定期試験の時期だけど大丈夫かコイツ?
「……夕飯、生姜焼きだっけ。スーパーで食材だけ買っておくから。遅いとお腹空くし、仕事早く終わらせてよね」
「あいあい」
玲はそう言ってスクールバッグを肩に掛け直すと、自動ドアから出て行った。
相変わらず料理はしないし出来ない玲ではあるが、一応こんな感じで買い出しくらいは手伝ってくれるようになった。洗濯は自分の分だけはしてるし、あとは掃除とかもやってくれると有難いんだがな。今のところやってくれそうな様子はない。
「なあ、お前の妹なんか前より可愛くね?」
玲を見送って暫く仕事を淡々と熟していると、横からバイト仲間である西平に話しかけられた。今年高3で受験だろうに相変わらず軽薄そうな雰囲気を漂わせながらこのバイトを続けている辺り、きっと大して受験に力を入れていないのだろう。らしいと言えばらしいが。
「容姿だけは前から良いんだよ、アイツは」
「違うって! なんつーか……雰囲気が柔らかくなってね?」
「そうか?」
西平は首を傾げながら、考える像のポーズで言った。
この男の言う通り、少し前では考えられない程に俺と玲の関係性は改善された。と言っても表面上はそんな変化してないと思うんだがな。
「なあ荒四谷」
「なんだ西平」
「前、お前の妹は彼氏募集中だの何だのとか言ってたよな。じゃあ俺、その彼氏に立候補するわ。だから連絡先教えてくれよ」
「そういう御託は足切りラインを越えてから言うことだな」
「お前なんかあの時と言ってること違くね!?」
ノリ良く手を上げた西平を一思いに切り捨ててやる。
まあ……あの時はアレだ、難しい時期だったし。
つかそもそもの話、俺は西平の義兄さんになりたくない。
「なら代わりに潤戸さんの連絡先を共有してくれよ~なっ? 俺達仲間だろ?」
「前も言ったけど俺はそう言うの嫌いなんだ。自分でネゴって何度でも爆散してこい」
「もう爆散しすぎて塵も残ってないから頼んでんだよ!」
「じゃあ諦めろって」
「おま、あんな美人、男として諦められるか!!」
声デカえのよ。
血眼になって叫び声を吐きだす哀れな西平はさておき、俺は自分の仕事を再開した。品出しとか掃除とか、こんな暇なコンビニ業務でも多少はやることがあるのだ。そう、俺は勤勉アルバイターである。
「分かった! 万払う! それで手を打ってくれ新四谷!」
「鬱陶しいぞ西平。てか普通に最低だな」
「最低でも良いんだよ! 目的を遂行するためには清濁併せ吞むのが重要ってやつだぜ!」
俺を仕事へは逃がさないとばかりに西平はスマホ片手に追いかける。コイツ、普段が普段だから絶対に今アルバイト中である自覚ないな。やることやってサボるのは良いがここまで落ちたらお終いだ、一人のアルバイターとして反面教師にせねば。
この虫をどう追い払おうかと悩んでいれば、ポケットが揺れる。スマホのバイブレーションだ。
俺は西平を蹴って追い払うとドリンク棚の裏にあるバックヤードへ身を潜め、スマホの通知を確認する。
LINEの通知で玲からだった。
さっき帰って行ったばかりなのにどうしたんだよアイツ……。
好奇心を揺さぶられ、反射的にタップする。
【スーパー来たんだけど割引で安かったし黒毛和牛買ったから】
いやお前、晩飯は生姜焼きって認識してたよな? 高ぇって! なんで生姜焼きで黒毛和牛買ってくんだよ馬鹿野郎、勿体無いだろ!
黒毛和牛ね……こりゃ今夜は焼肉とかすき焼きとかにチェンジかねえ。
脳内で献立を組み替えつつも玲とのLineを遡る。
このLineも一カ月前は一切やり取りが無かった。玲とLineの連絡先を交換したのも高校に入ってからだしな。親が二人とも出張するとなった時に連絡手段があった方が良いとして義務的に追加しただけで、以降はずっと無言が続いていた。
それが今じゃ事務連絡とは言え一日一通はチャットを送り合うようになるなんて、去年の俺からすれば天変地異同然の出来事だ。
──俺達の兄妹関係なんて、どうしようもなく不格好だし、今だって別に最終形じゃないんだと思う。適当にいがみ合って、張り合って、喧嘩しまくって。だが仲が悪いわけじゃない。きっとこれが今の俺と玲の兄妹関係ってやつなんだ。
そしてそれはきっと変化していく。刻々と過ぎゆく時計の針と精神の成熟と共に、緩やかに関係性は前へ進んでいくのだ。
そんなことを考えれば、理想の妹なんて、一旦はどうでも良いことのように思えた。
今はこれで。この現状維持で。俺は満足している。そんな気がした。
ポケットにスマホをしまい、ふと天井を仰いだ。昼下がりのコンビニは相変わらず閑散としていて、レジの電子音だけが乾いた音を立てていた。
「──さて。しゃあねえし、帰ったら焼肉だな」
ぼそっと独り言を呟く。 気怠いような、でも少しだけ浮かれたような、そんな気分で。
何でもない日常の小さな変化を胸に抱えながら、俺は再び仕事へと戻った。
伏線を残して続きは考えつつも、一旦ここで完結とします。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
蛇足で恐縮ですが、良ろしければ最後に評価いただけると幸いです。