ブラシスコントラクト   作:金木桂

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#4 コンビニ

 

 春も終盤に差し掛かり、徐々に気温が上昇傾向になりつつある5月中旬。

 

 先月から始まった理想の妹大作戦は意外なほどに順調に進んでいた。

 最近の俺と冬佳はアルバイト以外でも暇な時間があれば集まって、互いの兄妹感を擦り合わせながらも徐々に近づいていく理想にやりがいを感じていた。冬佳は徐々に俺が手本としている脳内妹に近付きつつあったし、俺は俺で冬佳の理想の兄貴になれるよう努力を重ねていた。そのせいで勉強時間が少なくなって、近頃成績が落ち気味ではあるが些末なことだ。

 

 冬佳も俺の兄貴具合には良い感じにご満悦のようで、頭を撫でれば猫みたいに自分から手に頭を押し付けてくる始末だ。そしてこれが俺の思う二次元の妹みたいでとても素晴らしい。この一カ月で知ったのだが俺と冬佳の兄妹観はかなり似通っている。正にWin-Winな間柄ってやつだ。何で俺、冬佳が妹じゃなかったんだろうな? 血筋以外は年齢を無視すれば完璧に妹なのに。

 

 今日も冬佳と合流してはゲームセンターでプリクラを撮り(冬佳曰く「兄妹でプリクラを毎月一枚撮るのが理想」らしい、これは少し共感できない)、帰宅して夕飯の準備をしていると珍しく玲がリビングにやってきた。普段玲は夕飯が出来上げるまで部屋に籠って出てこないのに。

 

 玲はソファーにずかっと不機嫌そうに座ると、テレビを点けて夜のバラエティー番組に夢中かと思いきやチラチラとこちらに視線を流してくる。

 邪魔って言いたいのか?

 なら俺はテレビ見ないしお前の部屋に運び込んでやろうか。

 玲の不在時に勝手に部屋へと運搬してやろうかと思案している矢先のことだった。

 

「……ねえ、最近どこ行ってるの」

 

 用事もないのに話しかけられるなんて珍しいことがあったもんだ。

 玲との会話が発生するトリガーは基本、偶発的に顔を合わせるか事務的な用件があるかの2パターンくらいしかない。こうしてリビングで雑談を振ってくるような関係性であれば俺達はもっとうまく共同生活を送れている。具体的には家事の配分が俺に10割来ることはなかったはずだ。クソが。

 

「どこってなんの話だよ?」

「誤魔化さないで」

 

 適当に返答すれば意図を問うように鋭い返事が放たれた。

 誤魔化すなって……別にお前それ聞いたところで興味無さそうに「ふうん」とか「へえ」とか相槌打って、続く口で罵倒してくるだけじゃん。

 

「どうでもいいだろ。野暮用だ」

「……派手髪女と一緒にいるのが野暮用? はっ、もしかして脅されて財布係にでもなった?」

「んなわけないだろ。ほっといてくれ」

 

 お前には関係ないことだよ。現実の妹たるお前にはな。

 そう口にしなかったのは我ながら良く耐えたもんだと自分を褒めてやりたい。

 てか派手髪女って俺が冬佳と一緒にいるところを見られたのか? 従姉に気付かないってお前……まあ冬佳は大学入って金髪になってからは一度も親族の集まりに顔を出していないし、一見じゃ分からなかったのも無理は無いか。

 

 そんなことを考えていれば玲は舌打ちをして、更に口を開けた。

 

「そういう訳にも行かないでしょ。幾らゴミ以下とはいえアンタは私の兄なのに、あんな頭悪そうな女と関わってウチの評判が落ちたら私や親にも迷惑がかかるじゃん」

「お前な……何から言えば良いかも分からないが、発言自体凄い前時代的だし、言っちゃいけないラインってのがあるだろ」

「なに? 俺のことはいいけどーとか言ってあの女のこと庇う気? クサいしキモイんだけど」

 

 北極海に浮かぶ流氷のように凍てついた視線と共に飛んできた言葉に、俺はカチンと来た。

 

「俺が誰とどう付き合おうがお前には関係ないことだろ」

「……死ね!」

 

 心底見下した目をして玲は不機嫌さを滲ませるような機敏さで立ち上がり、ドアを思いきり閉めた。

 はあ……?

 なんでこんなことを言われなきゃならないんだよ。

 ったく、小学生の頃はこんなんじゃなかったのに……いつから思春期暴走真っ盛りなハリネズミになったんだか。

 

「死ねはないだろ……妹とか関係無く」

 

 理想の妹だの現実の妹だの以前に家族に吐く言葉じゃねえよマジで。

 気分が悪くなりながらも俺はその日の夕食の肉じゃがを作ると、手早く自分の分は食べ終えて玲の分はちゃんとラップをかけて食卓に置いておいた。冷蔵庫にサラダを安置したことをメモで書き置いておく。

 ホント、兄貴じゃなかったら絶対にこんなことしねえからな。

 

 

 

 

 

★───★

 

 

 

 

 

「なあ新四谷、潤戸さんと仲良いんだって? なに、そういう仲なん?」

 

 次のアルバイトでは西平祐(にしだいらゆう)からダル絡みされた。どうも俺が最近冬佳と仲睦まじく話す様子をキャッチされてしまったらしい。

 西平は俺の一つ上の高校三年生で、俺の高校なら余裕で生活指導が入る程度に茶髪を長く伸ばした、所謂チャラい系の男子高校生だ。一応俺より年上ではあるが尊敬できる面は女性へのポジティブな声掛けくらいで他は無いためあまり敬語を使いたいと思わせない先輩でもある。実際俺はこのバイトに入って二か月で敬語を辞めた。西平のお陰で俺は世の中には捨て置いても良い敬意があることを学んだ。良い社会勉強になった。

 

 因みに閏戸とは潤戸冬佳(うるいどふゆか)のことである。つまり俺の究極妹(予定)であり従姉でもある。

 

 きっとアルバイト中にも今まで以上に親密に話していたのが誰かから伝わったのだろう。契約姉弟関係のことは勿論だが、実は親族関係にあるということも話すタイミングが無くて誰にも言ってないから、まあ点と点を繋げば必然的にそういう恋バナ的な方向に勘繰られるよな。

 ただ俺が冬佳とカレカノの関係であると誤解されるのは宜しくない。それは普通に今後を考えた時に面倒が大きそうだ。

 かと言って「お互い実の兄妹はいるけど理想の兄妹関係を追い求めるために冬佳にはお兄ちゃんを呼びさせてます☆」などと白状しようものなら俺はこのアルバイトを退職代行で辞めざるを得なくなる。幾ら何でも互いに所属する職場でそのカミングアウトは自爆特攻が過ぎる。

 

 結論、素直が一番。

 

「違えよ。冬佳は俺の従姉なんだ」

「マジ!? それってどんな天文学的確率だよ!?」

「天文学的確率ではないだろ」

 

 真実を話せば西平は大変驚いた。

 

「でもなんたって突然そんな仲良く……? いつの間に名前呼びしてるし」

「従姉なのは勿論前から知っていたけど趣味が合ってな、色々と会話が盛り上がるんだこれが」

 

 これは半分くらいホントだ。何故なら俺も冬佳もアニメも漫画も大好きである。俺は男性向けアニメが好きな一方で冬佳は女性向けアニメが好きという些細な違いはあるが。

 

「マジかよ……そうだ、今度じゃあ顔繋いでくれよ! 見た目社交性高そうだし事実明るい人なのに、ああ見えて潤戸さん連絡先すら交換してくれないんだよ!」

「嫌だよ。俺そういうの一番嫌いなんだ」

「頼むっ! 一生分のお願いを俺は新四谷、全てお前に捧げる!」

「じゃあ500兆くれ」

「じ、ジンバブエドルなら何とか……」

「既に廃止済みの通貨だからなそれ」

「そうなん? いつの間にか逝ったかジンバブエ」

 

 ジンバブエは逝ってねえのよ。

 あくまで通貨としてのジンバブエドルがカス過ぎて逝っただけで、今は米ドルが基軸通貨になっているって何処かのゆっくり解説動画でこの前見た。

 

「ともかく諦めてくれ。そういうのは本人に頼めばいいだろ」

「もう5回は頼んでるっつーの……まあ頃合い見て再アタックするか……」

「その粘りっこいポジティブさだけは冬佳に伝えてやろう」

「マジ? やっぱ持つもんは同僚だな! サンキュー新四谷!」

 

 ああ。

 冬佳には懲りずにまた西平が連絡先聞いてくるだろうから気を付けておくよう伝えておくわ。

 

「でも従姉なぁ……羨ましいぜ。あんな可愛い人が身内で、妹もいるとかどんな勝ち組だよ」

「そうか? 家族だから恋愛も結婚も出来ないし、西平的にはナシじゃないのか?」

「いやいや、特に妹とか羨ましいっての。俺一人っ子だから」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ」

 

 謎に俺と言葉を被せてくる西平。

 一人っ子ねえ……妹のいない生活というのがむしろ俺には想像が付かない。

 

「ところで面会わせるたびにキモイとか死ねとか言ってくる妹欲しいか? よければ在庫があるんだが」

「相変わらず言い方ひでえな……まあ同情はしないこともないが。てかお前の妹そんな感じなの?」

「安心してくれ、容姿は良いから。性格はポルポトとかよりは良いんじゃないか? 今は多分彼氏募集中だぞ」

「世紀の独裁者と比較されても全くポジティブに感じないっての。遠慮するわ」

 

 西平は首を振って否定した。

 流石にネガキャンし過ぎたか……。これでも俺は兄貴だから玲にはまともな相手とくっ付いてほしいと言う思いがある。西平はその点、女癖さえ除けば真面目だしそこまで悪くない人選だと思ったんだがな。

 割かし本気で残念だ。

 

「じゃ、俺はゴミ出し行ってくるわ」

「おうサンクス」

 

 幾ら客が来ないコンビニと言えど、働いている以上最低限のタスクは熟さねばなるまい。

 俺は会話を打ち切って仕事に意識を戻すことにした。

 

 

 

「───そういえば昨日、お前の妹がここに来たって話伝え忘れたな。まあいいか」

 

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