ブラシスコントラクト   作:金木桂

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#5 妹と言えば可愛いパジャマ

 

 理想の妹に欠かせない事実とはなんだろうか。

 言動? それとも内面?

 確かにそれらも重要だ。だが妹を語る上でそれ以上に欠かせない要素が一つある。

 

「えっと、……流石に変態じゃない?」

「頼む」

「土下座されてもねえ……」

 

 日曜日の昼間。

 冬佳の一人暮らしをしている部屋の床で俺は頭を擦らせていた。

 理想の妹ならばここだけは譲れない。

 絶対に妥協してはならないのだ。

 

「どうか俺の為にこんな感じの幼いパジャマを着てくれ!」

 

 冬佳の手元には俺のスマホ。表示されているのはクマさん柄の着ぐるみパジャマ。

 傍から見れば年上女性に夜着の柄を指定する変態の供述である。

 だが譲れない信念がここにはある。断固たる意志で頭を下げればきっと分かってくれるはずだ。

 

「……ううーん……それはちょっとなあ」

「……嫌か冬佳?」

「そりゃ思うところはあるよ……私も次で20歳だしねえ……? それに幾ら契約を全面に押し出されても、そもそもその寝巻を指定してくる言動自体がまず私の考えるお兄ちゃんらしくないっていうか……」

 

 渋面でそう答える冬佳はドン引きした顔でそう宣いながら悩むように眉をひそめ、やがて人差し指を立てた。

 

「そうだ、代わりに条件を飲んでくれたら頷いてあげる。そしたらどんなパジャマでも下着でも着てあげるよ」

「分かった問題無い何でも聞こう話してくれ」

「……即答早口は普通にキモイ」

「やめてくれ。その言葉は俺に効く」

 

 玲みたいなことを理想の妹(仮)から言い出されると心が抉れる。つか下着って何だよ、どうも勘違いされているみたいだけども流石に面と向かって下着を頼み込むほど俺は変態じゃないからな。

 冬佳は呆れた目をしながら指を唇に当てた。

 

「ともかく、私からの要求は簡単かつシンプルだから安心して」

「おう。それなら任せてくれ」

「鍛えて?」

「……筋トレしろって意味?」

「うん」

 

 当然でしょと言わんばかりに頷きながらも続ける。

 

「12%くらいが目安かなぁ、体脂肪率が」

「ちょっと待て。それって結構ハードじゃねえ!?」

「頑張れば出来るでしょ、男なんだから」

「俺の妹は男だからとか前時代的なことを言わないからな!」

「私のお兄ちゃんはパジャマの柄を強要することなんてしないよ? てか妹の服に口出してくる兄とか普通有り得ないから。契約が無かったら蔑んでたレベル」

「俺が自殺を選ぶ前に正論パンチやめてくれないかな冬佳さん!?」

「私で良かったね。多分玲ちゃんに言ってたら縁を切られてるよ?」

 

 続けざまに正論ガゼルパンチを打つの本当に辞めて欲しいんだが!

 色々と燃え尽きて灰になる前に!

 

「分かってるよ! だから玲に言ったことは一度もない」

「本当かなあ? それだけ妹という存在に固執していて、身近な本物にたった一度たりとも失言しなかったとか信じられないけど?」

「……ない!」

「間があったじゃん今」

 

 いや違うって。

 ただ幼稚園児の頃、服を買いに行った時に妹がどれが良いか迷ってたから可愛いものがいいんじゃないかと雑に助言をしたことがあるくらいで、具体的に柄を指定したことは一度だってない。それにまだ幼かったからセーフだセーフ。

 と、真顔で説明できればいいのだが言葉にすれば隠しきれない必死さが滲み出て気持ち悪くなってしまうだろうことを理解している俺は無言を貫くことにした。

 冬佳はゆっくり溜息を吐いた。分かってもらえたようだ。

 

「まあいいや、私もお兄ちゃんの黒歴史を問い詰めたい訳じゃないしさ。それで筋トレしてくれる?」

「筋トレか……俺人生で一度もやったこと無いんだけど。何からやればいいとか分からんぞ」

「大丈夫! その辺りは全部私に任せてお兄ちゃん!」

「ん? もしかして冬佳、筋トレやってんの?」

 

 あまりそんな印象はないんだけどなこの妹。

 冬佳はそれににやけ面をしつつ人差し指を振る。

 

「ちっちっち。分かってないなぁーお兄ちゃんは」

「……何が?」

「私のお兄ちゃんへの愛の量だよ。トレーニングメニューは実はすでに用意されているのです。実はお兄ちゃんのために先月から考えたんだよね」

 

 何処からともなく冬佳はバインダーを取り出した。受け取って軽くペラペラと捲って中身を確認する。どうもレベル別に一週間分の筋トレメニューに加えて食事管理方法まで記載されたA4サイズのレポートがびっしりと中身に詰まっているらしい。

 俺も大概だけど冬佳の兄貴への探求心も大概すぎる。

 

「だからこれ使って細マッチョになってねお兄ちゃん」

 

 まあ、パンティーとか関係なく俺はこいつの理想の兄貴にならないわけだし、やらなきゃか……。

 良い笑みを浮かべた冬佳に俺はまじかぁと肩を竦めるのであった。

 

 

 

 

 

★───★

 

 

 

 

 

 次の日、朝飯を軽く食べると早朝から冬佳の作り上げた筋トレメニューを熟し始めた。

 万年帰宅部であることが起因して、腕立て伏せだの腹筋だの、やる度に筋肉が引き攣る感覚が全身を走る。更に有酸素運動として5㎞もランニングもした。恐らく明日は筋肉痛だろう。

 

 はあ……。

 運動不足の者としては非常にしんどいルーティンワークだ。これを毎日やれとか俺の妹はなんて酷なことを要求してくるのだろう。

 

 ランニングから帰宅すると、丁度本物の妹が二階から降りてきたところで玄関で鉢合わせた。

 

「何してんの」

「ランニングだよ」

「はあ? 突然何で」

「別にいいだろ何でも」

 

 朝から不機嫌そうに眉を顰める玲に俺はランニングシューズを脱いで通り過ぎようとした。因みにランニングシューズも俺が用意したものではなく冬佳から貰ったものである。いつ俺の足のサイズなんて知ったんだか。俺の妹(理想)が完璧すぎてちょっと怖い。

 そして俺の妹(現実)はと言えば。

 

「どうでもいいけどそうやってウロチョロされたら目が散るんだけど」

 

 はい理不尽。いつも変わらぬ悪態の吐き方に一周回って感心を覚えるくらいだ。お陰様でちょっと言われたくらいじゃ傷付かないタフさが身に付いたまである。

 

「はいはい」

「あと汗臭い。その身体で家の中歩き回わらないでよ。家に悪臭染み着くでしょ」

「……。」

 

 分からせてやろうかこのメスガキが。

 などといった暴言が実際に飛び出さなかった自分を褒め称えたい。何で俺の妹はこんなにもストレス負荷装置なんだよ。やっぱり傷付くわ。兄貴の前に俺は人間なんだっつうの。人間だから酷い言葉を言われれば傷付くしそれが身内であれば嫌な思いも抱く。クソ……俺を癒してくれる可愛い妹が欲しい。冬佳も頑張ってくれてはいるが俺からすればまだまだ妹見習いと言った感じで、その領域にまでは達していないからな……。

 

「そもそも汚い汗を床に垂らしてるのに室内に上がろうとしないでくれる? 不潔じゃん」

「いやどうしろと」

 

 そう言うと無言で玲は一階の洗面所へと歩いていった。

 この野郎……言うだけ言って消えやがって独裁者気取りか? こうなりゃ今日という今日は言い返してやる、俺が兄貴ぶって常に受け身でいると思うなよ?

 

 決意を新たに靴を脱ごうと靴紐を緩めていた時。

 玲が再度俺の前に姿を現したと認識した刹那、バサリと視界が覆われた。

 

「汗、それで拭いてから上がって。じゃないと絶縁するから」

 

 言いたい事はそれだけだったのか玲の足音はリビングへと消えた。多分俺が作った朝飯でも食べる気なんだろう。

 投げつけられたものを指で摘まむとバスタオルだ。察するにこれで汗を拭ってから玄関に上がれという非言語的コミュニケーションなのだろう。

 

「……ツンデレ?」

 

 んなわけ無いか。

 つい口を突いて出た感想をすぐさま否定しつつ俺は汗を拭くと、これ以上文句を言われたら何を仕出かすか分からない自分を懸念して朝シャワーを浴びることにした。

 

 シャワーの温い水で全身から湧き出た汗を流しつつ考える。

 ……ったく。

 俺、自己評価ながら結構良い兄貴演じてる気がするぜ。

 なのに対価がこれか? 

 マジで妹の罵詈雑言の起源が分からない。少なくとも俺と玲は普段ほとんど話していないのに、ここまで不機嫌になられる心当たりなぞ一切無いんだがな。

 

 ま、考えるだけ無駄か。

 結局、これが現実ってやつだ。受け入れる他あるまいて。

 それに俺には理想の妹(予定)がいるのだ。

 徐々に俺の内に宿る妹への兄心を冬佳へ向けていけばいい。移行先があるってのは救われる話だ。

 

 俺はこの事を冬佳に話す決意をしつつ、ストレッチをして疲労困憊な身体を解した。

 




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