「結局は貧乏くじってワケだ」
「しゃーない。切り替えて行け」
「うっせ」
J&C’sタワー、八階。ブレーカーが落とされているためか明かりは非常灯のものしかなく、暗闇と形容していいだろう。
その中心には二◯人ほど、人質となった生徒や一般人が集められていた。そこに咲崎カナタと天津契もいた。
銃を持った人が十数人程度。他の階層を巡回している可能性もあるだろう。下手に動くは悪手、救援を待つしかないのが現状であった。
この二人のテロリスト。他のテロリストのメンバーに指示を飛ばしている姿からして、おそらくその中心的人物だろう。
工事用のヘルメットを深く被ったつなぎ姿の男と、全身黒ずくめの黒衣姿をした体形と声からして男の二人組。
「(……異能は使えない、か)」
その実行犯のメンバーであろう二人の男は軽口を叩きあっている。一見、隙は無い訳じゃない。
相手は人間である以上、咲崎の異能は諸事情で論外。
天津のは一般市民には銃が向けられている状況で、能力を使おうにも少々派手すぎる。テロリストの制圧よりも先に被害が出るだろう。
つまり、手詰まり。
「安価は絶対。まったく誰が言い出したんだか」
「ミスって本来のテロリスト潰しちゃったからねぇ。代わりは身内から出さないと『原作』から外れちゃう」
「(……安価? ゲンサク? いや、原作か?)」
単語としての意味なら知っていた。だが、この状況にそぐわない。ならば暗号か何かだと認識するのが道理だと咲崎は考えた。
「えっと、結構ペラペラ喋っちゃって良いんだっけか?」
「そうそう」
金持ちの利用者も多くいるJ&C’sタワー。確かにテロを起こす場所としてはうってつけだろう。
目的として想像のできるものは、身代金などの金品の確保だろうか。普通に考えればの話であるが。
だからこそ、咲崎にとってその言葉は完全に想定外だった。
「さて、本題だ。『神仏殺し』、喧嘩しようぜ喧嘩」
「――は?」
喧嘩。おちゃらけた様子でつなぎ姿の男はそう言った。
あまりにも状況にそぐわぬ言葉であった。
「喧嘩だよ喧嘩。殴る蹴る異能る、なんでもありの喧嘩。そうさな、お前が勝ったら無条件で占拠は辞める。勿論他のには手を出させないよ、タイマン」
「それに何の意味が?」
「あ~、そこツッコんじゃう? うーん、お前を潰すためって言ったら嘘にはなるし、何て言ったもんかな」
唸りながら言葉を捻りだそうとする男。
「じゃあ、言葉を変えよう。君の目的は何だ?」
「それなら。――世界を救いに来たワケだが」
眉唾、妄言もいい所だ。ビルを占拠して、喧嘩する。そこのどこに世界を救うという要素があるというのか。
しかしどうしてだろうか。咲崎には単なる頭のおかしい妄想だとは思えなかった。
「……何を知っている」
「
ヘルメットを深く被ったその口元は、薄く笑っていた。
「御託はいい。来いヒロイック」
現状、このテロリストたちは嫌に可能性を潰してくる。
銃を突きつけ一般人を人質に取る。言ってしまえば単純明快。しかし、その配置がいやらしい。
例えば、天津の傍には多くの一般人を囲わせる形でその異能を封じている。小回りが利かず、派手な異能が故の難点か。
隠蔽や隠密が利くような異能者には人員が集中的に割かれている他、この場にいる異能者も似たようにその異能や性格に合った配置となっている。
少なくとも、こんな芸当をするにはここにいる異能者についてあらかじめ知っていないと不可能だろう。そのレベルの潰し。
「(どちらにしても、これは罠だ)」
これが嘘だったとしても。咲崎にはその提案を蹴ることができそうになかった。
癇癪でも起せば、他の一般人に被害が及ぶ可能性もある。それを数年前の約束を律儀に守り続ける咲崎は看過できそうになかった。
「……僕が勝てば開放する。その言葉嘘じゃないだろうな?」
「嘘じゃない。契約書でも書こうか? 法廷で有利になる」
「その喧嘩で不利になったとしても、他の者を攻撃しないな?」
「はいはい。しないしない」
ならば、と。
先手は咲崎だった。
と言っても、彼が行う事はただの接近。異能は役立たず、であれば接近戦闘が道理。
対してつなぎ姿の男は何もしてこない。異能も、接近も、その腰のホルダーに吊り下げられた拳銃を引き抜こうとも。
故に、そのまま咲崎は飛びかかるようにして、拳を握りしめての右ストレートを――
「――がッ!」
――容易に受け止め、下腹部に蹴りが入る。
端的に結果を言えば、勝負にもならなかった。
鴨が葱を背負って来るとでも言おうか。わざわざ男から近づかなくとも咲崎の方から近づいてくる。その隙だらけの体にカウンターを決める。故に現状はシンプル過ぎた。
腹部への打撃を以て、咲崎は後ろに下がる。
「生憎、これはターン性コマンドバトルではないワケよ」
派手な戦いではなかった。
殴り、殴られ。蹴り、蹴られ。
地味な喧嘩だが、咲崎の攻撃は一度たりとも通らない。
「――喧嘩だって言った手前悪いんだけどさ」
そのままの勢いで。
ドンッ、と力強く男は深く踏み込んだ。
咲崎の左足を強く踏み、その場に固定する。万力のような力の前に、咲崎は後ろに後退もできずに留まることしかできなかった。
つなぎ姿の男の右腹部から繰り出したのは正拳突き、それも右胸めがけて。丁度、心臓の箇所に打撃。
「あッがっ――!?」
後ろに吹き飛ばされる衝撃があった。けれど打ち付けられた足によって急ブレーキがかかる。ガクン! と咲才の視界が不規則に揺れる。
男は自由となった咲崎の右腕を掴み、一気に引っ張った。体は前のめりに倒れ込む。
その無防備になった、なってしまった顔にストレート。鈍い痛みと共に頭が揺れ、咲崎の意識は一瞬飛びそうになる。
「実際の所、お前を倒すなんて簡単なワケ」
だがまだ終わらない。
左肩、パンチ。
「お前の戦闘方法は回避に起因する。だって神相手なら
鳩尾に左フック。
「戦闘慣れはしている、でも喧嘩慣れなんてしていない。回避には目を見張るものがある。だが――」
顔面にその拳がぶつかる。
「腰が入ってない。酷く崩れたフォーム。隙の多い素人の喧嘩殺法。まず戦闘におけるいろはがなってない」
「――ッあ!?」
「当然の話だ。神なんて人間を簡単に殺してくる手前、そんな相手に武術だの技だの考えている暇はない。それ故の弱点たり得ない難点」
殴る、蹴る、殴る。そこにあるのは一方的な蹂躙。サンドバックのように打ち付けられる咲崎。逃げようにも足が縫い付けられるように固定され抜け出せない。
対して、咲崎は拳を容易に受け止められ反撃すらできずにいる。
最初の内は耐えていた。神が繰り出す、触れただけで削り殺すような圧倒的な破壊力はない。故に耐えられていた。
しかし。
「――っ」
最後に、足を打ち付けるように踏んでいた足からの蹴りを以て。
咲崎はとうとう床に膝をついてしまう。
特段、咲崎の体はまだ五体満足であり、腕が千切れた訳でも土手っ腹に穴が開いた訳でもない。普段であれば、立っていた。
しかし、なぜだが力が抜ける。立とうにも、足元がおぼつかず立ち上がることができずにいた。
「……思ったよりも。じゃあ、オリチャー発動でリカバーするか」
そこに声を上げたのは天津であった。
「――やめて! それ以上カナタを!」
「うるさいぞ、天津契よぉ。これはサシの喧嘩だ。何人も邪魔できないとも」
「こんな人質で私を止めて置けるとっ」
「……いやいいんだ、契さん。これは僕の戦いだ」
「でもっ」
拳に力を籠める咲崎。
だが、そんな意思に体は追いついてこない。
「だったら尚更立てよオイ、……情けないな『神仏殺し』。四文字異名が泣いてるぞ」
「そんな、称号は関係ない」
「四文字って言ったら称号の一番上。六文字、五文字の上に存在する最強の証だ。それを持ってるお前はなんで這いつくばってるんだろうな」
咲崎は何も言えなかった。
その称号自体はトラウマの象徴であり、誇りなんてものはない。
けれど、どうしてか反論ができなかった。してしまったが最後、咲崎自身の根底にあるものを否定してしまうから。
「はあ……」
溜息を一つ。
「……俺の異能『
「自分で種明かしして良いのか?」
「所詮は素人、じゃあ負けないとも。人質はさすがに狡いと思うがね」
「……、」
「おいおい、そんな睨んでくれるなよ。こっちも仕事なワケでさ。……咲崎カナタ。お前に対して罪悪感がある、負い目もある、憐憫もある。だが悪いな、俺は俺を優先する」
つなぎ姿の男は、腰のホルダーから拳銃を取り出した。
「つまりだ。たとえ人が止まろうが、そこにある自然現象や既に作動した機械も止まらない。その意味わかるか?」
ゆっくりと見せびらかすように拳銃の弾倉を引き抜き、胸元の内ポケットから新しい弾倉を装填する。
「俺が引き金を引けば、庇うことも、回避も、防御すらできずに死んでいくワケだ」
咲崎は動けない。
所詮はただの喧嘩に違いない。かつて殺した神と天と地ほどの力の差があった。
けれど、咲崎は立ち上がれなかった。神のような大雑把な殺す攻撃ではなく、人を前提とした潰す攻撃であれば。
「とは言え、お前を殺しはしねぇよ。まあ、ちょっとくらいは無力を実感していただくワケではあるが」
「何を、するつもりだ」
「――
銃を人質の頭に突き付けて。
無意味で、無駄で、盛大な殺戮ショーが始まった。
はずだった。
1
足掻いても、無駄だった。
悔やんでも、遅かった。
手詰まりで、もうどうしようもない。そんな時だった。
ただの足音。靴と床が当たった、そんな軽い音。
方向と連続する足音から推測するに階段からだった。
誰かが階段を上ってくる。避難勧告が耳に入らなかった哀れな一般人か、或いは我こそはと飛び出した蛮勇か。どちらにしても、この状況を覆せる可能性は限りなく低かった。
ならばその拳銃の引き金に指をかけ――
けれど、それを認識しただけで。
「――ッ!?」
瞬間、時間が止まった。時間が止まったように、皆が釘付けとなった。
世界がまるっと根底から変わるような感覚が体をヒリヒリと焼く。
階段、下の階から少しづつそれは近づいてくる。
鮮烈な威圧感を感じた。まるで「何をしようとしているか、わかっているのか」と言っているような、そんな圧。
凡そ、ただの人間が放てるようなものではなかった。
――何かが来る。きっと神よりも恐ろしい何かが。
そんな漠然とした感覚だけが、この空間の共通認識となっていた。
テロリスト達の間に緊張が走る。自分たちを断罪する『何か』が来るのだと。
生徒たちはその安堵感に胸を撫で下ろした。自分たちのために『彼』が来たのだと。
一般人にはわからなかった。もっと酷い存在か、救いのヒーローか、一体『誰』が来るのか。
ある者は言った。
「こいつは、そのまさかってワケか」
また、ある少年は言った。
「そうか、彼が来たのか。……また助けられたかな」
そして、ある少女は名を口にした。
「――『史上無敵』?」
長い長い階段を上り切り、ようやく見えたその姿。
ブレーカーが落とされていたことによって明かりは無く、その暗がりの中で佇んでいた。
誰もが息を飲んだ。
彼は一歩前に出た。
非常灯の真下。薄暗いが、人の顔ぐらいはよくわかる位置。
それは平凡な少年だった。制服から見て、他の生徒同様に国営異能者養成学校の生徒だろう。
その出で立ちは筋骨隆々でもなく、かといって技を極めた武人のような立ち姿でもない。隙だらけな佇まいで、拳銃一発で容易に殺せてしまいそうな姿。
ただ一点を除けば、一般人と評価して何ら問題のない少年であった。
――ただ、その一点こそが彼が『史上無敵』であると否が応でも理解させる。
その存在感、威圧感がテロリスト達の一挙手一投足を許さない。
戦わずして勝つ。確かに絵空事だろう、彼以外の人間を指す言葉ならば。
まるで格が違う。生物。いや、存在そのものの格が。
彼は少しずつ前に出る。
最早、テロリスト達がその手に持った拳銃は木偶の坊。腕も、脚も、眼球すらまともに動かないのだから。しかし、反比例するように体からは震えが止まらない。つなぎ姿の男は人質を抑える力を無くし、その人質は地面にへたり込む。
着々とこちらに近づいてくる。
自然と、この場のテロリスト達は数歩後ずさりした。無意識の恐怖を以て。無敵と対峙する栄光から目を背けたのだ。
最後の一歩。
ようやく立ち止まった彼はこの状況を一瞥し、少し考えるような仕草をした。
その間、誰も声を掛けなかった。否、そもそも声を出す事が出来なかった。
そして暫く黙り込んだ後、あまりに重苦しい空気を押し除けて口を開いたのは他でもないその少年であった。
「……え、えっとこれは一体、どうなっているのだろうか?」
そう言って引き攣った笑みを浮かべた。
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