フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

15 / 50
15. 言

 (ちょう)黎村(れいそん)が遠路はるばる遊びに来てくれた。彼は江西省(こうせいしょう)南豊(なんほう)の人である。私が住んでいる江寧(こうねい)までは随分と距離があった。長旅の後だというのに趙はかなり元気だった。着くなり彼は「やあ」と言った。まるで昨日会ったばかりであるかのような口ぶりだった。

 

 (ちょう)は「江寧(こうねい)の酒が飲みたいな」と言って、ろくに食事もしないでしきりに酒を飲みたがった。中庭の(ちん)で酒を飲みながら、彼はいろいろなことを私に話した。江西省に伝わる奇怪な話、殺人事件、悲恋、異常なこと、怪しげなこと、風習、文化……とりとめのない話ばかりだった。

 

 その時突然、空の向こうに黒い雲が現れて、すぐに勢力を増して空を覆い始めた。強い風が吹き始めて、亭の中を吹き抜けていった。数滴の雨粒が私の顔に当たった。雨が激しくなる前に屋敷に戻るべきだったが、(ちょう)黎村(れいそん)はなかなか席を立たない。「ほら、屋敷に戻ろう」と私は彼に言った。「このままここにいると風邪をひくぞ」 それでも(ちょう)は席を立たなかった。彼は黙ったまま空を見ていた。

 

 趙は徴士(ちょうし)である。朝廷からの直接の招聘を三度も受けておきながら、彼は腐り切った官界に身を置くことを潔しとせず、南豊(なんほう)の田舎に留まって零細農民たちの指導に直接当たっていた。普段から農地にいて自分の体を動かして働いているから、彼の肌はよく日焼けしていた。すでに盛年を過ぎている彼の髪の毛には白いものが多く混ざっていて、それを染めることもしていない。服の下にある肉体に贅肉はほとんどなく、ただ実用的な筋肉だけがある。昼間は農民たちと共に喜んで働き、夜は酒を飲み、眠るまではひたすらに書を読む。

 

 高潔な士ではあるが、(ちょう)はやはり変わり者である。私のように都会暮らしをして、その日その日に思いついたこと、やりたいことを心行くまで面白おかしくやっている人間に対して、彼は侮蔑の念を隠そうとしなかった。そういう生き方は立派な士としての生き方ではないというわけである。私はそれを否定できなかったが、かといって彼のように生きたいわけでもなかった。それでも彼は、私に対して友情を感じているようだった。愚か者だが、やはり友人というわけだった。私も彼が好きだった。変わりものだが、(ちょう)はやはり友人だった。

 

 友人であるから、私がなぜ(ちょう)が席を立たないのか、その理由を察していた。彼は何か言うべきことを頭の中でまとめているようだった。おそらく、今の(ちょう)の中には、形を成していない(げん)が渦を巻いているのだろう。そして、趙はその渦巻きが終わるのを待っている。

 

 雨はますます激しくなっていた。空はますます暗かった。(てい)の屋根瓦に大粒の雨が当たる音がしていた。中庭の植物は雨の飛沫で白く(けぶ)っていた。私の視線はひとつの花壇へ向いた。そこには最近浙江省の銭塘江(せんとうこう)から運ばせたばかりの新種のシダ植物が植わっていた。この雨に耐えきれるだろうかと私は少し不安に思った。

 

 空に白い稲光が走るのが見えた。稲光は縦横無尽に空を駆けた。私も(ちょう)も、暗い空に浮かんでは消える稲光を見ていた。光ってから数秒後に大きな雷鳴が響いてくる。音よりも光の方が速度が速い。脈絡のないことを私は考えた。聖人はこのようなことを経典に残さなかったが、おそらく事実として知っていただろう。では、光は音よりもどれくらい速いのか? このことは流石に聖人も知らなかったに違いない。だが、聖人は果たして、そのようなことを知ろうとしただろうか……?

 

 聖人にとって最も重要なことは一つしかない。それ以外についてあえて知ろうとはしなかっただろう。だがそのような知的態度は、聖人が生まれつき有していた精神的な厳格性、あるいは潔癖性のために生じたのであって、なにも彼は自分にとって重要なこと以外はすべて無意味だと考えていたわけではないだろう。そのように私は思った。「音の速さや光の速さを知ることに何も意味はない」と聖人は言うだろうか? 知りたいという気持ち、物事を探究したいという気持ち、いろいろな話を聞きたいという気持ち……聖人はそういった気持ちを愚劣なものとして退けるだろうか。聖人は自らの口からは怪力乱神について語らなかった。だが、怪力乱神について知りたいと思う人間の心、あるいは何事をも知りたいと欲する人間の心を、彼は蔑視していただろうか。

 

 この世のすべては(げん)によって成り立っている。ならば、知りたいということはつまり、言を知りたいということだ。それは同時に、自分の言でそれを語りたいということでもある。

 

 そのようなことを考えていると、やや雨が落ち着いた。雷も少し威力を減じたようだった。穏やかになった雨の音が静かに響く中で、(ちょう)がおもむろに口を開いた。

 

「雷について、君の喜びそうな話を俺は知っているのだが……」

 

 ようやく彼の中で(げん)が渦から飛び出て、ひとつの形を纏った(かたまり)となったようだった。彼はもう少しだけ酒を飲んでから語り始めた。それまでしゃべりまくっていた時とは違い、彼の言葉遣いは的確になっており、途切れることもなく、あたかも大河の水がゆったりと流れていくような語り方になっていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「俺の祖父は、江西省のある(ごう)豪士(ごうし)だった。明末の動乱期、祖父のいた郷では匪賊の(なにがし)が首魁となって、横暴の振る舞いをなしていた。匪賊たちは、こんな乱れた世では人々は結束しなければならん、寄合(よりあい)を開いて談合し未来のことに備えなければならんと口では立派なことを言いつつ、その実は寄合(よりあい)を開くための費用という口実で人々から金銭を巻き上げて、貧乏人を困らせていた。匪賊の首魁は武芸の心得があったし、また手下も大勢いたから、誰もなかなか手を出せない。こんなところでは生活などできぬと逃げ出す者まで出る始末で、郷は荒廃しつつあった」

 

「こういうことは今でもよくあるのさ。いつでも泣きを見るのは弱い奴らだよ。そして、官はそれを助けることができない。なぜなら、官の奴らは弱さというものを根本から勘違いしているからだ。農民たちが弱いのは、武器を持たないからでも、戦い方を知らないからでもない。また匪賊たちが強いのは、武器を持っているからでも、戦い方を心得ているからでもない。弱さや強さを分けるのは、すべて(げん)だ。言がすべてを決めるんだよ。匪賊は口実を持っていた。誰にも逆らうことのできない、誰も反対のしようのない口実さ。未来に備えることの大切さを誰が否定できる? それに対して、農民は(げん)を知らない。だから反論なんてできない。そして官は、農民を救えない。農民の弱さが言の欠如にあることを知らないから、彼らの助け方はいつもどこかずれていて実効性を持たないのだ」

 

「だが、俺の祖父は勇気があった。勇気以上に、言があった。彼はちょうど北方の戦場から帰ってきたばかりで、自分の生まれ故郷で匪賊たちがやりたい放題にやっているのを目の当たりにして怒り心頭に発した。祖父は人々のために匪賊たちの横暴を官に訴えた。祖父は弁が立った。(げん)を知らぬ農民ならば無視を決め込んだであろう官は、祖父の言うことをいちいちよく聞いた。官は匪賊に対して土地から立ち退くように命令を出した。だが、これだけではもちろん足りない。官というものは命令を出すが、命令を強制する力は持たんのだ。だから祖父は自分で金を出して仲間と武器を集めて、匪賊たちを郷から追い払った。これが俺の話の前段階さ」

 

「それで、追い出された匪賊たちは住むところ、耕すところを失ったばかりでなく、寄合から得られる実入りすらなくなってしまった。そんなわけだから、連中は俺の祖父を深く怨むようになった。だが、祖父は強い。悪者たちは何度か祖父を闇討ちしようとしたが、どれも返り討ちにされてしまった」

 

「実力ではどうしても私怨を晴らすことができないと悟った匪賊たちは、今度は神頼みを始めた。彼らは天が曇り、(かみなり)が鳴り出すたびに、荒地に自分の妻子たちを集め、祭壇を築き、豚を殺し、その蹄を雷神に捧げて、祈って言うのだった。『雷神よ、なぜあなたはあの極悪人の趙の頭上に落ちないのですか。趙は私たちを土地から追い出し、収入を奪い、先祖を祀るのを妨げています。このような極悪人をなぜあなたは放置するのですか』 雷神への讒訴(ざんそ)はたびたび行われた。何頭もの豚が殺されたという」

 

「君も知っているだろうが、正義にして廉直な人間だけが神に頼みごとをできるというわけではない。そう、この大地においてはな。この大地の神は、訴える者が正義であろうが不正義であろうが、そんなことなど気にしないのだ。神はただ、その者が言っている(げん)の内容で判断をする。言に筋が通っていれば聞き入れてやる。筋が通っていなければ聞き入れない。匪賊たちの言っていることには、一応理屈が通っていた。祖父がやったことは、見方はどうであれ、事実としては匪賊たちの言うとおりだったからな」

 

「ある日のことだった。祖父は庭園で花を()んでいた。自分で手を動かして庭園を作るのが祖父の趣味だった。親父はこの趣味を受け継がなかったが、俺は受け継いでいる。庭園を作るのには、他のどんなことにも換え難いほどの楽しみがあるのさ。田んぼで稲を育てたり、畑で豆や野菜を栽培したりするのとはまったく違う楽しみがある。まあ、それはさておき、その時の祖父も(こえ)がたっぷりと入った木桶(きおけ)を手に取り、柄杓(ひしゃく)で土に撒いて施肥(せひ)をしていた。奴僕(ぬぼく)にやらせるような仕事でも、自分で庭園を作るとなれば俺たちは喜んでそれをやるのさ」

 

「その時だった。それまで晴れていた空が突如として曇り始めた。曇った空からは大粒の雨が降り始め、そして白い稲光が走り、雷が大きく鳴り響いた。突然、祖父の近くに何かが落ちた。大きな音がして、衝撃が地響きとなって祖父の体を揺さぶった」

 

「祖父は最初、雷が近くに落ちたのだと思ったという。だが、それにしては少し様子が違うようだということにすぐ気づいた。なにせ、雷が落ちたのならば、周りには電光と火が満ちるはずだ。だが、そういったものは何もない。ただ、何かが庭園の真ん中に立っているのが分かった。何かがぼーっと、人ならざる気配を伴ってそこに立ち尽くしている」

 

「驚き、恐怖の念を覚えつつも、祖父はそれをしっかりと見た。それは一匹の獣だった。二本の短い足で立っている。背の高さは一(じょう)ほどもあり、全身が真っ白なごわごわとした毛で覆われていた。毛は雨粒をすべて弾いていて、毛皮はキラキラと輝いている。獣の顔にもびっしりと毛が生えていた。猿のような顔だったが、目は馬のように黒目勝ちだった。だが、鼻と一体化している口はモグラのように鋭く先が尖っている」

 

「暗がりの中で獣の目は赤く光っていて、じっと祖父のことを見つめて動かない。獣は何も鳴き声を発しなかったが、喉からはゴロゴロという遠雷の音が漏れている。華美な装飾が施された大きな矛を持っていて、穂先は鋭利に光り輝いていた」

 

「鼻と口が尖っているのを見た祖父は、すぐにこの獣が雷公(らいこう)であると悟った。そう、君も知っているだろうが、口が尖っているのは雷公の最大の特徴だ。そのことは現在の人々にもよく知られている。雨が降りしきる庭園の中には、強烈な硫黄の匂いが充満していた。ゴロゴロという音はますます大きくなっている」

 

「祖父は最初、なぜ雷公が自分の前に現れたのか不思議に思った。だが、すぐにその理由に思い至った。匪賊たちが毎日、機会があるごとに妙な祭儀を執り行い、雷を呼んで自分の頭上に落とさせようとしていることは、祖父も風の噂で知っていた。おそらく雷公は、匪賊たちの讒訴(ざんそ)を真に受けてここへ落ちてきたのだろう。祖父はそう思った」

 

「急に祖父の心の中を怒りの感情が満たした。恐怖などはなかったという。祖父はこう思った。雷を司る神でありながら、正邪善悪を判断する能力を持たず、そればかりではなく豚の蹄などというつまらない捧げものに買収されて、自分のような正義の士を殺すためにここへ落ちてきたとは……」

 

「怒りの感情は直接的な行動となって現れた。祖父は手に持っていた肥桶(こえおけ)を雷公に投げつけた。雷公は、まさか人間がそのようなことをするとは思っていなかったのだろう。正面から肥桶が直撃して、雷公は頭の先から足の爪先まで肥まみれになった」

 

「それだけじゃない。祖父は肥桶が命中するや否や、大音声(だいおんじょう)を上げて雷公を怒鳴りつけた。口調だけは丁寧だったが、それは明らかに詰問だった。祖父はこう言ったという。『雷公様、雷公様、(わたくし)めはこの世に生を()けてから五十年、未だにあなたが虎に落ちたのを見たことがありません。それなのに、あなたが牛を撃ったのをしばしば見ております。なぜ、あなたは弱きを(くじ)き、強きに(なび)くのでしょうか。なぜこれほどまで善を虐め、悪を怖れるのでしょうか。雷公様、あなたがこのことにお答えになれるのなら、私は無実の身ですけれども、あなたの持つその矛で殺されようとも恨みには思いません……』 そう、このように言ったのさ」

 

「上手いとは思わないかね? 祖父は決して、匪賊たちの讒訴の内容に反論しようとはしていない。ただ、祖父は雷公の態度について糾弾しただけだ。匪賊と同じように、祖父は事実をもって雷公を訴えた。そして、もし雷公がそのことについて理を持って反論できるのならば、それで殺されても文句は言わないと殊勝な態度も見せた。やっぱり祖父は、(げん)の威力を知っていたのさ。強い言、理の通った言というものは、たとえ相手が鬼神の類であっても効果がある」

 

「うん? じゃあなんで祖父は肥桶を投げつけたのかって? それほどまでに(げん)を知っているのならば、そういうあからさまな挑発はしない方が良かったのではないかと? 確かに君の言うとおりだ。だが、俺はそれに対してこう反論できる。良いかね、(げん)というものは確かに力を持っている。だが、言は相手に聞かれないと力を発揮できんのだ。そして相手が聞くようにするためには、ある程度の実力行使が必要になる。殴るか、蹴るか、それとも怒鳴りつけるか……いずれかの手段を採らねばならない。肥桶はちょうど良い手段だったのさ」

 

「祖父は言い終えた。雷公はじっと口を(つぐ)み、答えることができない。それでも、その赤い目は怒りに燃えてギラギラと輝いている。だが、祖父はその猿のような顔の上に、次第に慙愧(ざんき)の念のようなものが浮かび始めるのをはっきりと見たという。目が泳ぎ、祖父の顔を見ない。尖った口が開きかけては閉じる。雷公は何も言わない。そうさ、自分がなぜ牛の上に落ち、虎の上に落ちないのか、雷公には説明ができないのさ。雷公は弱かった。(げん)を知らなかったからだ。もし雷公が言を知っていたなら、祖父は即座に矛で首を刎ねられていただろう」

 

「しばらく睨み合いが続いた。そのうち、雷公は歩き出した……もちろん、(こえ)にまみれたままだ。雷公は祖父の庭園から出ていった。祖父は雷公がどこへ行くのか興味があったから、後をつけてみた。雷公は郷から出ていくと、荒地の方へ行った。その荒地とは、例の匪賊たちが住んでいる荒地だよ。荒地には苦労して開墾された田地(でんち)があった。雷公は肥まみれのままその田地に落ちた。そして動かなくなった」

 

「三日間も雷公はその場を動かず、ずっと苦しげに吼えていたそうだ」

 

「郷の人々は、祖父の豪胆さに改めて感じ入った。流石は(ちょう)さんだ。肥桶ひとつで雷公を退けるなんて。匪賊の連中も祖父のことをそれまで以上に怖れるようになった。三日間も雷公を苦しませるなんて、あの(ちょう)は尋常ではない」

 

「だが、祖父だけは分かっていたのさ。なぜ雷公が三日間も田地に(はま)った呻き声を上げていたのか……君には分かるだろう?」

 

「そうさ。雷公は(げん)を探していたんだよ。祖父に反論するための言を、自分の面子(メンツ)を完膚なきまでに潰した言を否定し、叩き潰すための言葉を、雷公は三日間も探していたのさ。ああでもない、こうでもないという思考の過程が、呻き声のようになって口から漏れていたのだ。慙愧の念が浮かんだなんてとんでもない。やっぱり雷公は祖父に恨みを抱いていて、それに復讐しようとしていたのだよ」

 

「だが、それ以上に雷公は、もっと純粋な意味でも言を探していたのではないか。俺はそうとも思う」

 

「詩人が一首の詩を詠む時、たったの一句、いやそれどころかたったの一字を選ぶために、何日も、何週間も、何カ月も時間をかけることがある。それが上手く見つからないために、詩人は詩そのものを放棄してしまうこともある。詩人は常に言を探している。それは大変な苦しみだ。だから詩人はいつも酒を飲んでいる。言を探す苦しみから逃れるために……言とは苦しいものなのだ。言を知らない者は、決して苦しみについても知ることはない」

 

「祖父は俺に言った。『あの時の雷公は、生まれて初めて真剣に言について考えたのだろう。そうでなければ、あれほどまでに苦しむわけがない』 祖父は、だんだんやきもきし始めた。もし雷公が雷に撃たれたようにはっと言葉を思いついて、あの問いに対して反論をしてきたらどうしようか? その時こそ、自分の命はおしまいだ」

 

「祖父は何回も田地へ行って雷公の様子を見たという。考え込んでいる雷公の顔がよく見えた。それまでの雷公の顔は猿のようで、鼻と口は尖っていた。だが、三日目も終わりになる頃には、顔は人間のようになっていた。尖っていた口も人間の唇のような柔らかなものができていて、漏れ出てくる言もはっきりとしている。何を言っているのか、その内容までは分からなかったが、雷公がだんだん言を操るのが上手になっていることだけは分かった。祖父は、自分の命は明日の朝までだろうと観念した」

 

「だが、先に音を上げたのは匪賊たちの方だった。悪人たちは、それ以上自分たちの田地に雷公がいるのに耐えられなくなった。正確には、雷公の呻き声に耐えられなくなったということだろうが……匪賊たちはまた祭壇を作って、たくさんの豚を殺して蹄を捧げ、祈祷をして『雷公様、雷公様、ごめんなさい、ごめんなさい』と言った。自分たちが呼び出したばかりに極悪人の(ちょう)に酷い目に遭わされてごめんなさい、という意味だ」

 

「すると、雷公は立ち上がった。そして、何も言うことなく、雷公は矛を持ってそのまま何処(いずこ)へともなく立ち去ったという」

 

 

☆☆☆

 

 

 いつの間にか雨は止んでいた。灰色の雲の合間に青空が覗いていた。穏やかな午後の明るい陽射しが、まだ暗い地上にそっと降り注ぎ始めた。遠くからは呻き声のような雷の音が聞こえていた。

 

 私は、話を終えた(ちょう)黎村(れいそん)に、なぜ雷公は去っていったのだろうかと言った。匪賊たちが謝ったからといって、君の祖父によって損なわれた面子(メンツ)が回復したわけではあるまい。雷公の言はもう少しで完成しかかっていた。雷公は匪賊たちの祈りを無視することだってできたはずだ。なぜ、雷公は君の祖父に何も言わないまま、その場を去っていったのだろうか。どうして、せっかく考えた言を言わないままにしたのだろうか。

 

 (ちょう)は酒をちょっとだけ口に含んだ。少し考えるようだった。そして、ややあってから彼は言った。

 

「それについては、君の方がよく知っているだろう。雷公は、不安だったのさ。三日間も考え続けた言が本当に力を持っているのか、本当に威力を持った言として祖父に届くのか、直前になって雷公は不安になっちまったのだ。語るということが本質的に不安を伴う行為であるということを、それまで語ることがいっさいなかった雷公は知らなかった。だから、匪賊たちがごめんなさいと謝った時、それを口実にして雷公は帰ることにした。本当はただ、不安に耐えきれなくなっただけなのに」

 

 私が頷くのを見ると、(ちょう)はどこか遠くを見た。満足げな表情が浮かんでいた。やや酔いを含んだその目は澄んでいて、灰色と青色がまだらになった空の色を映していた。

 

「不安を知らない者に、(げん)を操るなどできるわけがないのさ」

 

 そのように(ちょう)黎村(れいそん)が言った直後に、最後の雷が鳴った。雷はそれきり沈黙した。

 

(「言」おわり)




参考文献 袁枚『子不語1(全5巻)』(手代木公助訳、平凡社、2009年)138頁-139頁。

今回も『子不語』に収録されている「雷公被紿」を元ネタにしました。ちなみに「紿」とは「騙す」という意味です。これが「被紿」なのですから……雷公はたばかられた、いつわられた、騙されたというわけですね。やはり古典を元にして書くのは良いものです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。