どうもしっくりこない日だ。
騎士は持っている
不思議なことに、
どうもうまく噛み合わない。
だが、騎士はそのまま突き進んでいった。
騎士は若かった。若い盛りだったから、彼は自信に満ちていた。ヘルメットは磨き抜かれていて、戦場の空をそのまま映し出していた。肩と胸と腹部を守る装甲は、宮廷の
だが、その自信も今日だけはなんとなく陰っていた。戦いの前からそうだった。明確な理由などない。だから、どうもしっくりこない日だとしか騎士には言いようがなかった。しっくりこないと思っていたのに、戦いは至極順調に進んだ。これまでにないほど彼は上手く自分自身の身体と、騎乗する馬を操ることができた。
馬は駆け続けていた。敵の戦列は崩壊しつつあった。崩壊させたのは、紛れもなくその騎士だった。鮮やかな手際だった。猛烈な銃火を恐れることなく、榴弾を吐き散らしてくる臼砲を恐れることもなく、彼は真っ先駆けて突っ込んだのだ。後方で指揮を執っている王が見ても——そう、あの王は滅多なことでは騎士の働きを称賛しないが——その働きぶりを認めるだろう。
それでも騎士は、やはりしっくりこないものを感じていた。
騎士は
ふと、騎士の脳裏にひらめくものがあった。もしや……騎士は
十数人ほどの歩兵の一団が方陣を組もうとしているのが見えた。細長い槍と、鈍く太陽光を反射する長剣と、火のついた火縄をぶら下げている火縄銃は、最初こそバラバラに宙を向いていたが、次第に一つの方向を向きつつあった。それと同時に、細長い盾が爬虫類のウロコのように隙間なく並び始めていた。だが、まだ完全ではない。陣形が固く組まれる前に騎士は突っ込むことにした。腹に拍車をかけると、馬は素直に加速した。そのように余力を残していたのだ。あと五秒もしないうちに到達するだろう。それは正確に予想できた。
上手くいくだろうか? ふと騎士はそんなことを思った。そして、戦いの最中にこんなことを思うということ、そのこと自体が、今日のしっくりこない感じを象徴しているのではないかと彼は思った。
上手くいくだろうか? そんなにも気になるのならば、実際に考えてみれば良い。騎士はこれからの仕事の流れを想像した。きっと、これからあの一団に突っ込んだ後も、何もかもが上手くいくだろう。経験上、騎士はそのことを分かっていた。見るからに強そうな奴はいないし、見るからに弱そうな奴もいない。どれも平均的な感じだ。ということは、あまり危険ではない。敵は十数人いるが——騎士は素早く目を走らせた。そう、十三人だ。全部で十三人いる——自分一人で全部は殺せまい。それに、全部殺す必要もない。最前列で仲間に声をかけているあの男、赤ら顔で、長身で、少し太っているあの髭面の男、あれを殺せばあの一団は無力化するだろう。あとは、後ろからやってくる味方に任せれば良い。
武器は何が残っている?
こんなことを考える必要があるのか? ふと、騎士はそんなことを思った。彼は手に持っている
これ一本で、足りてしまうのではないか? まさか……?
考えているうちに、騎士が胸に装着している装甲に一発の銃弾が命中した。弾丸は貫通しなかった。それは音を立てて装甲の上を滑り、後方へと飛び去っていった。ほら、やっぱりと騎士は思った。なんとなく上手くいかない。しっくりこない。すべてが上手くいっているのならば、仮に銃弾が命中するにしても、それは事前に予想できたはずではないか? それなのに、自分は直前まで、あの赤ら顔の兵士を殺すことだけを考えていて、撃たれることをまったく想定していなかった。これはまったくもって、しっくりこないことの証明ではないか……?
考えているうちに、
騎士は、
ふと、騎士の中で疑念が生じた。もしかすると……もしかすると? ありきたりな副詞が頭の中で響いている間に、彼は右側にいる敵の歩兵の一人に向かってまた
もしかすると、今日のしっくりこない感じはこの
そう思っている間に、槍は敵の兵士の首に突き刺さっていた。噴水のように鮮血が勢いよく迸った。兵士が手にしていた剣を放り出して、槍の刺さった首へ手を
だが、やはり
騎士はそれに目もくれず、戦場のどこか遠いところを見ながらさらに馬を走らせた。彼は
折れていてほしい。騎士はそう思った。あえて乱雑な使い方をしたのも、今度こそ
これは奇跡ではない。騎士は数秒だけ目をつぶった。起こってはならないことが起きている。太陽が東に沈んだり、鉄が水に浮いたり、馬が牛の仔を産んだり、羊が狼を襲うような……そういった、この世では決してあってはならないことが起こっている。
意を決して、騎士は槍を見た。
敵兵の血を大量に吸ったバナーはさらに赤く染まり、一段と重くなって槍に纏わりつくようになっていたが、槍そのものには何も問題はなかった。騎士は、それまでの自身の戦闘経験から、槍がまだまだ使用に耐えることを悟った。つまり、槍はまだ折れない。折れるべくして設計され、そのように作られ、そのように用いられた槍は、まだ折れない……むしろ、槍は新品同様に見えた。
騎士はしばし呆然とした。彼は次第に敵陣の奥深くに侵入しつつあり、だんだん孤立するようになっていたが、そのことに気づかないほどに騎士は衝撃を受けていた。
あと何人殺せば、この
騎士は素早く態勢を立て直すと、槍を構え、迫ってくる敵兵たちに対峙した。絶望感などなかった。違和感だけが増していた。その違和感の正体が分かっているだけ、それはますます膨れ上がった。騎士は槍を握り直した。本当は投げ捨ててしまいたかった。
「どうもしっくりこない日だ」
呟くようにそう言ってから、騎士は最初に間合いに入った敵兵へ向かって、また
(「槍」おわり)
今回も4,700字くらいになってしまった! これではいかん! 次回はもっと字数を減らします(そうじゃないと書き続けられない)。もっと軽めのものを書かねば……ちなみに今回の騎士についてイメージを得たい方は、「ポーランドの有翼騎兵」で検索をしてみてください。