「変な生き物について話してほしいだって? 良かろう。確かにこの国の広大な大地には色んな変わった生き物がいるからな。わざわざ山海経を開くまでもない。それぞれの土地に対応した数だけ変わった生き物がいるだろう。しかし、作り話や伝説の類も多いからなぁ。だが安心しろ。俺が知っている話は本当の、実際の話さ」
「湖北省の蓀陽の房県には房山という大きな山がある。高く峻険な山で、山頂から裾野までどこまでも奥深い森が続いている。山の東西南北の四周には多くの洞窟がある。土地の人間はこれを石洞と呼んでいるんだが、実際に足を踏み入れてみると洞窟というよりは房室という感じがする。ひと家族が住むには充分なほどの広さの部屋さ。それが山の周囲にびっしりと無数にあるわけだ。いったいどれだけの数があるのか、分かったものではない。おそらくすべて数えきることは不可能だろう」
「それで、この房県の房山の房室には毛人たちが住んでいる。いや、異民族を指す言葉としての毛人ではない。これは文字通りの意味の『毛深い人間』という意味だ。鉄線のように真っ黒でごわごわとした毛が全身余すところなくびっしりと生えている。全体的に見て体の作りは人間そっくりだが、どの部位も普通の人間のそれをいびつに拡大したかのように大きい」
「背丈はだいたい一丈余りもある。もちろん雌雄の別がある。つまり男もいれば女もいる。男の方は性器が巨大で、特に陰嚢が猿のように真っ赤に膨れ上がっている。陰茎はまるで象の鼻のようだ。女は乳房が大きい。毛の中から真っ白な乳房が淫靡に浮かび上がっている。だが、子どもを育てている女は乳房が膨らみ過ぎて足元が見えなくなるから、その時は住処である房室から出てこないらしい」
「この毛人たちは房室から山に出てきて、山に生息している野生の動物を狩って食べているんだが、たまに山近くの人里にも出没する。その時には村人が飼育している犬とか、鶏とか、豚を捕って食ってしまう。それだけではない。人間も食うのさ。やはり好むのは人間の子どもらしい。脂肪に臭みがなくて筋肉が柔らかく、骨ごと食べられるのが良いとかなんとか。もっとも、誰も毛人に向かって人間の子どもの味の感想なんて訊いた者などいないだろうから、これはたぶん憶測に過ぎんがね」
「毛人は調理なんてしない。人間並みの知能がないからだ。食べ方は単純そのものだ。生きたまま頭から齧り取るようにして食べるのさ。特に脳髄を好むらしい。頭部を齧り取った後はそれをしばらく口の中で転がして、それからあたかも木の実を噛み潰すかのようにする。破裂した頭蓋骨の中から漏れ出てくる脳をたっぷり堪能した後は、脊髄を引き抜いて骨髄を吸う。脳と骨髄、これは毛人にとって一番必要なものらしい。どんな時でも必ずこれだけは食べてから去っていくという。脳と骨髄を食べた後は内臓を食って、最後に肉と骨を食べてしまう。常に強い食欲に苛まれているようで、犬一匹、鶏一羽、人間一人ではまったく満足しない。満腹するまで何匹でも何羽でも何人でも食う」
「毛人が山村に出てきた時は絶対に戦おうとしてはならない。歯向かえば必ず捕まって食われてしまう。刀剣や槍の類はもちろん通用しないし、銃や大砲も意味がない。分厚い毛が全身を守っていて、銃弾や砲弾はそれに阻まれて体を傷つけることができない。まさに無敵さ。人間にはどうすることもできない」
「それならどうして房県の房山の近くの山村が全滅してしまわないのかって? どうして一度捕まったら絶対に食べられてしまう毛人のそこまで詳しい話が残っているかって? 簡単な話さ。彼らに対しては絶対に有効な対応策があるんだよ」
「毛人が出てきたら、手を叩いて『長城を築け、長城を築け!』と叫べば良い。そうすると毛人は慌てて逃げ出していく。それまでは空腹と食欲で目を獰猛にギラギラと輝かせていたのに、『長城を築け、長城を築け!』と言われただけで虐められた犬のようにしょげかえって逃げていくのさ。面白いだろう?」
「何? さっきから詳しく毛人の話をしているが、まるで実際に見てきたかのような話しぶりじゃないかって? そのとおりさ。え、何? そのとおりとはどういう意味かって? だから、そのとおりなんだよ。俺は実際に毛人に遭遇したことがある」
「十五年前、俺は房県の官としてその地に赴任したことがあってな。たまたま房山の山村……そうさ、まさに毛人が出るというその山村さ。そこで訴訟事件が起こったから、その裁定のために俺が向かうことになった。村の人間が途中まで出迎えに来てな。道中でその土地のことを色々と話してくれる。君に先ほどまで語った話も大部分は村の人間の話の受け売りさ。それで、道中には何も問題なく目的地に着いたんだが、村に着いたその時、なんと村はちょうど毛人に襲われていた」
「毛人たちは大きかった。しかし何より、連中は臭うんだ。酷く臭う。熊よりも臭い。あれだけ酷い臭いがしているのならば山中で野生動物を狩るのは難しいだろうと思う。連中は罠猟を知らないらしいからなおさらだろう。村には東西に二箇所出入口があって、それ以外はすべて壁と逆茂木で防御されている。俺が入ってきたのは西側の方、毛人がいたのは東側さ。東側の防備は非常に分厚かった。そこだけ石造りの城壁ができているのさ。門は鉄製で分厚い」
「俺は村人に案内されて東側の城門に登った。外には毛人が立っていた。四人いたよ。彼らの背丈は一丈余りもあるから、頭の先は城壁と同じくらいの高さにある。毛人のうち、一人は小さくて背丈が半分くらいしかなかった。村人がどこかのんきな声で俺に『あれは子どもですよ』という。それ以外は大人だった。どれも男だったよ。真っ黒な毛の中から性器が赤黒く腫れて突き出している」
「毛人たちは城門の外で、なぜか動かずにじっと立っていた。何か機会を見計らっているようだった。俺は怖くなった。彼らなら簡単にここの防御を破ることができるだろうと思った。しかし村人たちは随分のんびりしている。俺は村人に『何かしなくて良いのか? 大丈夫なのか?』と訊いた。そうしたら、俺と一緒に城門に登っていた村長が、俺に向かって答えた。『手を叩いて、長城を築け、長城を築け!と叫んでみてください。面白いものが見れますよ』なんて言う。村長はにやにやと笑っていた。他の村人たちもなんだかにやにやしながら俺の顔を見ている。いやらしい笑い方だった。こいつらは俺のことを馬鹿にしているのかと思ったが、どうもそういう感じでもない」
「なんのことやらさっぱりわからないが、そのまま村長の言葉に従うのはなんだか業腹だったから俺は黙っていた。そうこうしているうちに子どもの毛人が一歩前に進み出てきて、両腕を振り回して何やら喚き始めた。俺はぎょっとした。しかし、毛人の子どもはそれ以上前に進んでこない。ただその場で喚いているだけだ」
「今はこの程度で済んでいるが、あまりグズグズしているわけにはいかない。俺はそう思った。このまま壁を乗り越えようとしてきたらとんでもないことになる。俺は仕方なく手を叩いて、『長城を築け、長城を築け!』と叫んだ。すると子どもの毛人も、後ろで子どもを見守っていた大人の毛人も、ぎゃっと叫んで逃げていった。どたどたと無様な足音を立てて、毛人たちは一目散に山に向かって逃げ帰っていく。どこか芝居がかったような逃げ方だったが、毛人とはそんなものなのだろうと俺は思った。大きく垂れた性器が地面に擦れて、大筆で書いたような筋を残していった。巨大な足跡の間にその筋があるのさ。あとで測ったところ、幅だけで一尺以上はあった」
「毛人たちがいなくなったあと、俺は村人たちに『なぜ長城を築けと言ったら彼らは逃げていくのか?』と尋ねた。すると、このような答えが返ってきた。今から遠い秦の時代、始皇帝の治世の頃だが、始皇帝は万里の長城を築くように命じた。人々は強制的に労役に駆り出された。労働は過酷で、耐えかねて逃げ出す者たちが続出したが、その中にはこの房県房山の山中に逃げ込んできた者がいた。ここは房室が多くて、官による追及を容易に躱すことができた。しかし長年、山の中で人目を避けて暮らしているうちに彼らはだんだんと容貌が変わっていき、ついには全身に毛が生え、背も伸びてしまった」
「こうして彼らは毛人となってしまったわけだが、最初の頃はまだ人としての理性も言語も残っていた。毛人たちはたまに山の外に出て人と会うと、『万里の長城の築城は済んだのか?』と尋ねてくる。まだ人間だった頃に抱いていた一番強い疑問がそれだったんだろう。万里の長城の築城、それが連中にとっていわば最大の恐怖だったのさ。だから村人たちは毛人に遭遇すると『長城を築け、長城を築け!』と手を叩いて叫ぶのさ。毛人が一番怖がるところを以て連中を脅かすというわけだ」
「それでまあ、俺も一応は納得した。これほどまでに不思議な生き物がいるとは、話を聞いただけではとても信じられなかったが、実際にこの目で見たのだから信じないわけにはいかない。二千年経ってもなお毛人に恐れられる秦法の厳格さにも恐れ入ったよ。でもな、俺にはもう二つ不可解なことが残っていた」
「一つは、やって来た毛人たちの様子についてだ。なぜ毛人たちはあの時、一人の子どもを前にやって、残りの大人は後ろに控えていたのだろうか。どうも村を襲うという感じではなかった。仮に村を襲うのならば、いくら知恵や判断力や理性を失った毛人であっても、もう少し戦略や作戦というものを立てるだろう」
「もう一つは、村人たちの態度だ。村人たちはもう何世代にも渡って毛人たちの襲撃を受け続けていて、いわば慣れっこになっているだろうから、まあ襲来を受けた時にものんびりゆったりと構えていても不思議ではない。しかしそれでも俺は、あの時の村長や村人たちのにやにやとした顔が気になった。どうもあの顔には侮蔑のような色も混ざっていたように俺には思われてならなかった」
「だから俺は直接そのことを訊いてみたのさ。すると、村人たちは悪びれもせずにこう答えた」
「まず、毛人についてだが、この時期になると毛人たちの間では成人の儀式のようなものを行うらしい。必ず大人が付き添って、子どもが山を出て村に下りてくる。子どもは腕を振り回して、村の城壁に向かって挑戦をするのだそうだ。それがいわば通過儀礼となっているらしい。俺が遭遇したのはこの時期になってから二例目だったとのことだ。例年、五人か六人の子どもが、日を分けて村にやってくると村長は言っていた」
「しかしこれは大昔からあったことではないらしい。そのようなことが行われるようになったのはここ二十年の間、比較的最近になってからのことのようだ。そしてその間、村には目立った被害もないとのことだった。毛人たちが村に入り込んで悪さをしたことはないらしい。昔はけっこう人間も食われていたらしいが……」
「それで、村人たちの態度に関してだが、やはりこれは毛人たちを確実に撃退できることを分かっているからこその余裕から生まれるものだったらしい。あれほど大きくて怖ろしげな見た目をした毛人が、こちらの子どもだましのような言葉ひとつで泣きながら逃げ帰っていく。それが面白くてたまらないらしい。娯楽のない村のことだからな。村長と村人は相変わらずにやにやしながら俺に話をしてくれた。俺はその場では納得したような顔をして引き下がった」
「だがな、俺の見立てでは、実態はもっと違うと思うんだよ」
「まず村人と村長がにやにやしていたのは、あれはなにも毛人が逃げ帰っていくのが面白かったからではない。あれはきっと、俺を見て笑っていたのさ。何も知らない外部の人間が毛人を見てビビッている。それに『長城を築け、長城を築け』と言うのだと教えてやる。怖々とした様子で、その人間がそのとおりにする。そして、毛人が逃げ帰っていくのを見てほっと胸を撫でおろしている……傍から見れば滑稽そのものだろうさ。特に俺のような官の人間、普段は絶対に逆らうこともできない偉そうな官の人間が、その時ばかりは山間の田舎者の無教養な自分たちの言いなりになっているのを見るのは、何にも勝る面白さだっただろう」
「だがな、俺にとってはそんなこともどうでも良かったのさ。官の人間を笑いものにする気持ちはよく分かるからな。実際、笑いものにしたくなる官の人間が多いのも知っている。俺がそれ以上に気になったのは、毛人たちのことさ」
「村人たちは毛人たちが成人のための通過儀礼として山から下りてくると言った。それはそうかもしれない。だがな、連中はその通過儀礼の内容を誤解しているのだと俺には思われるんだ」
「単に城壁の前で腕を振り回して村に挑戦することだけが通過儀礼の内容ではない。あの時、俺には毛人たちが『長城を築け、長城を築け!』という言葉が投げかけられるのを待っているように感じられたのさ。そういう雰囲気がしていた。ということは、連中の通過儀礼とは村に挑戦することだけを指すのではなくて、挑戦して村人から『長城を築け!』と言われること、そのような言葉を言われる経験を得ること、そして、言われたのならば、一目散に山へ逃げ帰ること……その一連の流れが、連中にとっての通過儀礼の本当の内容なのではないかと、俺には思われるのさ」
「となると、ここに奇妙な関係が生じているのが分かってくるだろう? 分かるか?」
「村人たちは毛人たちを利用して官を笑いものにして遊んでいる。しかし毛人たちもまた、村人を利用して、自分たちの子どもを大人にしているのさ。村人たちは毛人たちに利用されているとは露ほども思っていないらしい。事実、俺が訴訟事件を片付けて村から帰る時、村長は毛人撃退体験を目玉とした旅游業を始めて金を稼ごうと思っていると言っていた。山間の村が金を得るには、そのような変わったことをしなければならないとのことだった。しかし実態としては、やはり彼ら村人は毛人たちを旅游業に利用しているようで、やはり毛人たちに利用されている……」
「しかしその関係性から生じてくるのは、なんとも悲しいものだ。俺にはどうしても悲しいものとしか思えない」
「俺としては、毛人たちはとっくの昔に、万里の長城の築城が終わっていることを知っているのだと思うよ。知っている上で、彼らは村人たちに付き合ってやっている。それは、かつて自分たちの先祖を悩ませた言葉を成人期を迎えた子どもに聞かせてやることで、一人前の大人としての精神力を身につけさせてやるためだ……」
「日常生活では用いられることのない特別な言葉と、その言葉に対応する文化的な行動規範、あるいは習慣。それを身につけるのが大人になるということだ。先祖から現代まで受け継がれていることやもの、思想、文章、概念、あるいは言葉、それに対応する行動……そういった遺産を子どもに教えることが、一人前の大人を作ることだと毛人たちは知っているのではないか?」
「村人によると、毛人たちが通過儀礼のために村にやってくるようになったのはほんの二十年前のことだった。ならば二十年前に毛人たちは『長城を築け!』の本当の意味を知ったのだろう。そして、今では新たな意味をそこに付与している……そう、教育的な意味をな」
「なんだか君は怖ろしいことを聞いたというような顔をしているな。何? それでは村はどうなるのかだって? 『長城を築け!』という言葉がもう毛人を真なる意味で怖れさせることがないのならば、村はいずれ毛人たちによって全滅するのではないか? 彼らの教育とは、そういう目的のために行われているのではないか? なるほど、そうかもしれない」
「だが、俺の意見は違うね。たぶん、毛人たちの教育の目的はそうではない。それどころか、彼らは数世代も経たずに自然と消滅するだろう。根拠はないが、そういう気がしてならない」
「いちおう根拠らしきものならばある。良いかね? 自らの不滅を信じ、実際に不滅である種族ならば、彼らには教育はまったく必要ではない。彼らには先祖などいないし、また従って次の世代など存在しないからだ。一方、自らが滅びることを知っており、しかし決して滅ばないよう望んでいる種族は、どうにかして次の世代に自らの情報を残そうとする。情報なり伝統なり、文化や言葉……とにかく、そういったものを次世代に伝えて、現在自分たちが有しているなにがしかのもの、その一部を未来に残そうとする。そのために教育というものが生まれてくるのだ。儒者たちはそうではないと言うだろうが、これが俺の教育というものに対する考えだ」
「逆説的に言うと、自らの滅びを自覚した種族だけが、教育という営みを行うことができる。そうではないか? 絶対に避けようのない滅びというものを何とか先延ばしにしようとするから教育を行うのだ。社会の秩序を保つとか、欲望と理性の均衡をとるとか、科挙に合格するとか、君子として必要な教養を得るとか、そういったことは教育の本質ではない。教育とはそもそもからして絶望的な行為なのだ。そして、未来に絶望した種族だけが教育を行うことができる」
「してみると、毛人たちが二十年前に教育を始めたのも、おそらくは自らの滅亡を予感したからではないだろうか? それまでの彼らは無敵だった。この地上のどんな生き物でも彼らを傷つけることはできない。火器すらも彼らを殺すことはできない。彼らはただ本能のように『長城を築け!』という言葉だけを怖れていただけだ……それは俺たちが雷を怖れ、雨を避けるのと同じだ。それで彼らが本質的に弱いというわけではない」
「しかし、二十年前、どういうきっかけかは分からないが、毛人たちは自らが無敵ではないと思い始めた。彼らは自分たちが滅びのさだめにあると思い込み始めた……いや、そう思い込んだというのではなく、実際に彼らはそうなってしまったのかもしれない。それはともかく、彼らは自分たちがいずれ滅び去ることを知った。そして、教育というものを思いついた。教育という手段を使って、彼らはなんとか定められた滅びを先延ばしにしようとし始めたのではないか……俺はそう思うのだ」
「先ほど俺は、毛人が数世代のうちに滅び去るだろうと言った。そうではないかもしれない。彼らが滅び去るのにはさらに数千年はかかるかもしれない。だが、そうであったとしてもあの村は安泰だろうよ。なぜならあの村はもう、彼らの教育という営みにおいて不可欠の存在になってしまっているからだ。毛人が村を破壊することは、おそらくあるまい。それは彼らの教育の形を破壊するということだ」
「村と毛人は、今後も奇妙な関係を継続していくだろう。一方は旅游の資源として相手を利用する。一方は教育の資源として相手を利用する……それはひとつの生態系だ。残念ながら、それがどのような変化を辿るのか、俺たちには観察することはできないだろうが。なぜなら変化は数百年、数千年にわたって緩やかに起こるだろうからな」
「今でも俺は、毛人たちにもう一度会ってみたいと思っている。俺のこの考えが本当に正しいのかどうか、もう一度彼らに会って確かめてみたい。だが、その機会はないだろうな。残念なことだ」
(「毛人」おわり)