「ほら、食えよ食えよ。せっかく俺が日根の村で買ってきた鶏の卵なんだぜ。湯もぼこぼこに沸き立っていてもう良い感じになってるじゃねえか。今晩はお前に好きなだけ茹で卵を食わせてやるよ。何、良いってことよ。お前も今回ばかりはけっこう働いたしな。あの屋敷、忍びこむのはやっぱり大変だった。お前があらかじめ入り込んでなかったら、俺も夜になって忍び込めたかどうか……」
「食えよ。何だって? 蛇でもあるまいし茹で卵ばかりそんなに食えないって? 贅沢言うなよ、それしかなかったんだからな。何か食えるだけでもありがたいと思えよ。それに鶏の卵なんて滅多に食えないんだぜ。都の人間だってそう毎日卵を食ってるものじゃねえ。豪勢なもんさ、俺たちのこの食事は」
「そうだよ。今夜の食事はさっきの仕事の祝勝会ってやつだよ。何? それじゃ、さっきのあれはやっぱり盗みだったのかって? バカヤロお前、人聞きの悪いことを言うんじゃねえ。あれは盗みじゃねえよ。あれは前に人に貸してたものを返してもらっただけだ。そりゃあんまりこっちの言うことを向こうが聞かねえもんだから、ちょっと刃物を使うことになっちまったが、それは俺のせいじゃねえよ。やつが死んだのも俺のせいじゃねえ。お前だってもっと堂々としろ、堂々と。悪いことはしてねえんだからよ」
「ほら、食えよ食えよ。もっと食え。卵ばかりで肉がねえのはちょっと変なもんだが……仕方ねえよな、卵しかなかったんだから。ほら、酒もあるぜ。でもあまり飲むなよ。この食事を終えたらまた移動するからな……」
「……けっこう食ったな。鶏の卵ばかり食うってのも、おかしなもんだが……なんだかこういう極端な食事をすると、自分が人間の道を踏み外しちまったような気がする。バカヤロ、盗みとか殺しとか、そういうことじゃねえ。盗みや殺しをしても人間の道を踏み外すことにはならねえよ。俺が言っているのは、卵ばかり食うってことだよ。あと、さっきのあれは盗みでもなければ殺しでもねえからな。あれは言うなれば……そう、取り立てだよ。お前も今、この場でこの言葉を覚えろ、あれは取り立てだったんだ。いいな、『取り立て』だぞ。よし、いいぞ」
「……いや、なに。鶏の卵についてだが……俺はこんな話を知っていてな。出発までもうちょい時間があるから話してやるよ。卵ばかり食ってると、とんでもない目に遭うってことさ」
「これは和泉国和泉郡の下痛脚の村の話だが……ああ、俺自身が見聞きした話じゃねえ。そこに出入りしていた商人から聞いた話だよ。で、その下痛脚の村の話だが、そこに一人の若者がいた。え、何だって? どんな村にだって若者なんてものはたくさんいるだろうから、わざわざ俺が『一人の若者がいた』なんて仰々しく言うのはおかしいだって? バカヤロ、お前、これはいわゆるお話の導入部ってやつだよ。そこにツッコミを入れるのは野暮ってもんだ。黙って聞いてろ」
「で、その村のその若者なんだが……ああ、若者って言ってもまだ中男ってやつだよ。たぶん十八歳くらいだったんじゃないのか。年齢については俺も聞かなかったからよく知らないが。よく知らないと言えばそいつの名前も知らねえんだ。『姓名詳かならず』ってやつだよ。ああ? 年齢も分からねぇ、名前も分からねぇっていうヤツの話を、どうやって興味を持って聞いたら良いんだって? バカヤロ、知らねえよ。そんなのお前の方で工夫しろ。頭の中で適当に年齢だの名前だのを補うんだよ。そういうのも話の上手な聞き方の一つだろうが。工夫をしろ、工夫を。じゃあとりあえず、その若者のことは中男って呼ぶよ。それで良いだろ? よし」
「まったく、全然話が進まねぇなぁ。まあ、とにかくその中男だが、こいつがまた異常にねじくれた性格の持ち主だったようで、特に因果応報ってものをまったく信じちゃいなかった。そりゃ俺も因果応報なんて信じちゃいねえし、お前も信じちゃいねえがな。だが勘違いするなよ。異常なのは俺たちの方なんだ。因果応報ってのは全然信じられないものだが、それをあえて信じるのが世間一般でいうところの常識ってやつなんだからな。信じられないものをあえて信じている世間の連中を馬鹿だなんて言うのは……そういうふうに馬鹿にしている側の方が異常なんだ。馬鹿なんだ。ここのところは良いか? 分かってるな? よし」
「重要なのはここからだ。世間の連中は因果応報を信じていて、正常で、馬鹿ではない。一方で俺たちは因果応報を信じておらず、異常で、馬鹿だ。だがな、世間の人間は俺たちにコロッと騙される。俺たちは世間の人間からいくらでも食べ物とか銭を奪うことができる。いや、まだそういうことはやってねえよ。それに近いことならしているが。だからお前、そういう泣きそうな顔をするなよ。お前はまだ犯罪者じゃねーよ。殺したり奪ったりはしてねえんだからよ。いいか? とにかくそういう馬鹿じゃない世間の連中を、馬鹿な俺たちが利用して生きているわけだ。それだったら、本当の馬鹿はいったいどっちなんだ? 分かってるじゃねえか。そうだよ。本当の馬鹿は世間の連中の方だってことになる。なんせ、馬鹿に利用されるのはその馬鹿よりもっと馬鹿なやつだけだからな。賢いやつが馬鹿に騙されるわけないもんな。いったい俺は何を喋っていたんだっけ? ああそうだ。中男の話だったな」
「で、その中男に話を戻すぞ」
「この中男なんだが、異常に価値観が捻じ曲がってるだけあってこれまた異常なまでの偏食家だった。何? 『ヘンショクカ』って意味が分からない? バカヤロ、しばらく黙って聞いてろ。聞いてるうちに分かってくるからよ。で、中男は偏食家なんだが、その偏食ぶりもちょっと変わっている。こいつの場合、その都度その都度、だいたい一年か二年ごとに食べるものが変わるんだ。で、その間は同じものだけをずっと食べている。例えばある年は米だけ。ある年は豆だけ。ある年は芹だけっていう感じだな。それならまだマシなんだよな。野菜に穀物だけなんてのはまったく無害なもんだ。だが、こいつはもっと変なものを食べていた」
「たとえば、蛙。とにかく沼地や池に行っては蛙を捕まえて食べている。蛙だけじゃねえ。おたまじゃくしとか、蛙の卵なんてゲテモノも平気で食っちまう。蛇を食っている時もあった。毒蛇だろうと普通の蛇だろうと、とにかく何でも良いから蛇を食べてしまう。それだけじゃない。食べるのが蛾とか蝗とか蜻蛉といった虫のこともあったし、山羊の乳しか飲まないこともあった。さらに異常だったことには、食べるものが食べ物ですらない時もあった。稲わらとか、鉄片とか、河原の石とか、紙とか布とか木とか……」
「なんでそんな食生活だったのかって? 知らねぇなぁ。たぶん、あまり家庭環境が良くなかったんだろ。どう考えてもそいつの周囲の精神的環境が良くなかったとしか思えない。因果応報を信じなかったというのも、そこらへんに関係してそうだな。母親か父親か……あるいは両方か、それが良くなかったんじゃねえか。もしかしたら生まれつきそいつが異常だったのかもしれないけどな。ははっ、お前みたいにな。バカヤロお前、そんな顔をすんじゃねえ。これはほんの冗談だよ。ほら、泣くのはやめろ。悪かった、悪かったって。お前は異常じゃねえよ。ちょっとうすのろで知恵が足りねえだけだ。可愛いもんだよ」
「お前のことはさておき、そいつの場合さらに不幸だったのは、普通ならそういうわけのわからない食生活をしていたらすぐに死んじまうところなのに、そいつは異常に体が頑健で、どんなものを食べても栄養にするってことができたっていう点だった。で、体つきはがっしりとして力持ちだから、村の人間たちは中男の偏食ぶりを不気味に思いつつも、農作業にはばっちりこき使っていたってわけだ。嫌なやつらだよな。だから村で農作業なんてやるのはダメなんだよ。こき使われるだけだからな。俺たちみたいに生きるのが一番だよ。それは確かさ」
「それで、その年もそろそろ中男の食べるものが変わる時がやってきた。村の人間たちはひそひそとウワサしあった。いったい今年は何を食べるんだろうってな。え、何? どうして実際見たわけでも聞いたわけでもないのにウワサの中身が分かるんだって? バカヤロ、それこそ物語の真髄じゃねーか。想像力と創造力だよ。お前は無学だから二つの言葉の違いが分からないだろうが。物語を楽しめ、物語を。まあとにかく、その村の人間たちはしきりとウワサしあった。しかしウワサ話はいつも最後には、いったいどういう因果であの中男はあんな食生活になってしまったんだろうと、まあそういうつまらないところに落ち着くのさ。因果応報しか世界観を知らねえ連中は不幸だよなぁ。やっぱり連中は馬鹿なんだよ。それしか知らねえんだからな」
「その前まで中男はミミズだけを食べていた。ミミズは小さくて食っても食っても腹が満たないから、中男はいつも地面を掘り返してはミミズを探していた。村の人間たちの見立てによると、中男がミミズを食うのはそんなに悪いことではなかった。せいぜい釣りの餌が少なくなるくらいさ。だからその一年間は放置していた。鉄を食ったり藁を食ったり木を食ったりするのは最悪さ。農具や什器、履物の類が食われちまうんだからな」
「で、ついに中男が食べ物を変えるその時がやってきた。その日の正午頃、中男は突然、一本の高い松に向かって走り始めた。村人たちはいったい何を食べるのかと思ってみんなが農作業の手を止めて中男を見ている。そんな中を中男はどんどん走っていく。風のように中男は走る。そして中男は松の木に攀じ登る。どんどん上へと登っていく。猿のように身のこなしは軽い。何かに導かれるように中男は登っていく。誰かが声をあげる。あっ、あそこ! そうだ。てっぺん付近には鳥の巣があった。鳥の巣には小さな鳥の卵が三つほどもある。中男は卵を手に取ると袂に入れて、そのまま下へ戻ってきた。そしてまた走り出すと、家で湯を沸かして、ぐつぐつぐつぐつ卵を煮て殻ごと食っちまった」
「村の人間たちはほっと胸を撫でおろした。そりゃ、鉄とか藁とか木とかだったら困るかもしれないが、鳥の卵なら実害はないからな。飼っている鶏が産んだ卵を食われるかもしれないが、その時はその時だ。しこたまぶん殴ってやって『食うな!』と言ってやれば良い。たぶんそれでも食うのをやめねえだろうが、それならその分だけ中男をぶん殴る口実を得られる……え? なんで村の人間はそこまで中男を敵視してたんだって? 同じ村の人間なのに異常に冷たいじゃねえかって? そうだよな。俺もおかしいと思うよ。そんな村には住みたくねぇよな。でもな、実は村なんてもんはどこもそんなもんなんだよ。お前は知らねえだろうがな。村なんてもんはどこも敵視と差別が渦巻いている地獄みてえに最低な場所なんだ。だからお前が村から出てきたのは正解なんだよ。俺に感謝しろよ。お前を村から出してやったんだからな」
「その後も中男は鳥の卵を煮ては食うことを繰り返した。ぐつぐつぐつぐつ、鍋で湯を沸かして、それで卵を煮る。朝昼晩と、中男は茹で卵ばかり食べ続ける。ぐつぐつぐつぐつ、卵を茹で続けるんだ。栄養学的にはけっこう満足のいく食事だったかもしれないが、これは仏教的には相当マズい。なにせ仏教は明確に殺生を禁止しているんだからな。蛙とか蛇とか虫なんかを食ったりするのも殺生といえば殺生だが、鳥の卵はなんつーか、こう、もっと仏教的にマズい。教理的にどうなってるのかは知らねえけどよ。だから聞くな。いや本当は知ってんだよ。後で話してやる」
「それで、時間がちょっと経って天平勝宝の六年、甲午の春の三月になった。その日、村に一人の兵士が……なんだって? ここだけ異常に情報が詳しいって? 知らねぇよ、俺に話をしてくれた商人がここだけ妙に詳細な日時を言ったんだからよ。それにしてもなにが天平勝宝だふざけやがって。たった十年前のことをいうのにどうしてそんなに大層な名前が必要なんだふざけやがって。ムカつく野郎だったぜ、あの商人はよ」
「そんでその日に、一人の兵士が村に来た。どんな兵士だったのかって? 知らねえな。いかにも兵士って感じの兵士だったんだろ。で、兵士は中男に言うわけだよ。『国の司召す』ってな。無学なお前のために平易な言葉に直してやると、『国府の役人がお前のことを呼んでいるぞ』って感じだな。そういうふうなことを言ってくる兵士の腰には、ばっちりと長さ四尺ほどの札が下がっているわけだ。この札は国司からの正式な召喚状だよ。だから中男も大人しく兵士についていくことにした。どういう理由かは分からねえけど、相手が召喚状を持ってるなら従わねえといけねえ」
「で、兵士についてどんどん歩いていくと、中男はいつの間にか山直の里っていうところに着いていた。どんな場所かって? 知らねぇよ。普通の山里じゃねえか? 想像力と創造力だよ。お前、俺たちの仕事にはそれがないといけないぜ。で、その里の周りには一面に麦畑が広がっていたんだが、なんと前を進んでいた兵士が突然向きをぐるっと変えて、中男をぐいぐいぐいぐい麦畑の中に押し込もうとしてくる。兵士は無言で、しかも無表情だ。当然のことながら中男は抵抗をする。だが、兵士はどんどんどんどん中男を畑の中に押し込んでしまうんだ」
「畑の広さは一町あって、麦は二尺ぐらいまで背が伸びている。その畑のど真ん中まで来た時だった。突然、中男の目には、周りの麦が全部真っ赤な炎として見えるようになっちまった。どこもかしこも、視界に入るのは全部燃え盛る炎だ。足の踏み場もない。逃げ惑いながら、中男は『熱きかな、熱きかな』と泣き叫んでいる……おい、何か言いたそうな顔をしているが、ここは黙って聞けよ。けっこう盛り上がる場面なんだからよ。とにかく、実際はそうじゃねえんだが、中男は生きたまま炎で焼かれている感じになっちまった。そういう幻覚が見えている」
「ちょうどその時、近くの山で薪をとっている里の人間がいた。里の人間は見知らぬ一人の若者が何やら喚きながら自分たちの里の麦畑の中をめちゃくちゃに歩き回って、せっかく生えてきた麦を荒らしに荒らし回っているのを目撃した。当然怒るよなぁ。里の人間はすぐに山から下りていくと、若者を捕まえようとした。おい、大丈夫だよな? 話についてきているよな? この若者ってのは、あの中男のことだぞ。大丈夫だよな? ああ、お前相手だとこういう細かいことでもいちいち確認しながら話をしないといけないから面倒なことこの上ないな。お前相手にこれだけ懇切丁寧に話をするのは広い世の中でこの俺だけだぞ。お前、俺以外と組んでこんなに上手くいくことは絶対にないんだからな。よく心得ておけよ」
「それで、だ。里の人間は中男をとっ捕まえようとするんだが、中男の方は今その瞬間その最中にも自分が生きたまま火炙りにされていると思っているんだから、当然暴れるわけだ。そりゃもう死に物狂いで暴れる。それで里の人間はどうしても捕まえられないし、下手をすると怪我までしそうだから、しばらく離れたところから様子を見ることにした。どう見ても中男は普通じゃないしな。脳がイカれているようにしか見えねえ。すると中男は畑の囲いになっている垣根のところまで走っていって、それを躍り越えたかと、そのままばったりと地面に倒れたまま動かなくなっちまった」
「おい、死んでねえ、まだ死んでねえよ! 勝手に話を作るな! 話をしているのはこの俺だ! お前、もうちょっと静かにしてじっと話を聞くってことはできねえのかよ! ほんとにお前はそそっかしいやつだよ。そんで、里の人間は動かなくなった中男のところに行って、『何の故にか然る』と聞いてみたわけだ。意味分かるか? そうか、分かるか。それならここで言ってみろよ……ほらな、言えねえじゃねえか。お見通しだよ、お前のことなんか。なんだその不貞腐れた顔は? そもそもお前が知ったかぶりしたのがそもそも悪いんじゃねえか。そんなら意味を教えてやるよ。里の人間は『いったいどうしたんだ?』って聞いたんだよ。おいお前、ああやっぱりって何なんだ。この期に及んでお前知ったかぶりか。呆れた根性だなオイ」
「話を続けてもよろしゅうございますか? えろうおおきに。それで、『いったいどうしたんだ?』と聞かれた中男は、こう答えた。『一の兵士有り、我を召して将来たり。熾火に押し入れ、足を焼くこと煮るが如し。四方を見れば、皆火の山をめぐらし、出でむ間無きが故に、叫び走り廻る』 口語訳が必要ですか? 必要だよな。でもそんなに難しくはねえぞ。『一人の兵士が村に来て、私を呼び出してここに連れてきて、炭で真っ赤になっている熾火の中に押し込んだ。足は焼かれて、その熱いことといったら生きたまま煮られるようだった。周囲を見回すと、どこもかしこも火の山に囲まれていて出る隙間もないので、叫んで逃げ回っていたのだ』 こんな感じでよろしゅうございますか? はい、けっこうなことでございます」
「里の人間はこれを聞いて、中男の裾をまくり上げてみた。すると両足のふくらはぎの肉は焼け爛れて溶けて落ちていて、白い骨が鎖のようにつながっているのが見えるだけになっていた。それから一日も経たずに中男は死んだという」
「俺にこの話をしてくれた商人は大層な仏教信者でな、涅槃経には『人と獣とは尊と卑との差別を得たりと雖も、命を宝ぶと、死を重みするとの二つは倶に異なること无し』云々と書いてあるとか言っていた。どの生き物だって命を大切にして死を怖れる。だから卵を食うなというわけだ。卵だけじゃねえ、およそ命のあるものは絶対に食うなと涅槃経は言っているわけだな。それから、卵を食った場合は灰河地獄に堕ちると『善悪因果経』には書いているとかなんとか。『今の身に鶏の子を焼き煮るひとは、死して灰河地獄に堕ちむ』とかなんとか……知らねぇけどよ」
「あの商人、この話をしながら俺に『涅槃経には』とか、『善悪因果経には』とか、いちいちそういうことを言って俺に説教しようとしたんだぜ? ムカつく野郎だったなぁ。命乞いなんだから、もっと俺におねだりをすれば良かったんだ。そうしたら俺だって何も命までは取らなかったよ。指を全部切り落とすくらいはしたかもしれねえが。俺だって人間だよ。人間なんだ。命の尊さくらい、涅槃経だのなんだのを引用されなくても知ってるよ。あの商人、俺のことを馬鹿にしやがって。クソ。あいつは俺のことを見下していたんだ。死ぬまで俺のことを見下してやがった。知ってるよこっちだって、命が大切なことくらいはよ。知ってるから殺してやったんじゃねぇか。ふざけやがって。何が『命は大切なものだ』だ」
「さて……お前はこの話を聞いてどう思う? 何? なんだって? ちょっと因果応報を信じたくなっただって? ずいぶんと簡単で単純な精神構造をしているよ、お前は。お前のような人間ばかりだったら世の中は喧嘩も戦争も消えてなくなっちまうんだろうな。バカヤロ、これは皮肉だよ。お前のような馬鹿は悪いやつに良いように騙されて利用されちまうんだぞ。もっと頭を使えよ。お前、俺のような良いやつに出会わなかったら、とっくの昔に死んじまってたぞ」
「何? どうして中男の足が焼け爛れて骨だけになっていたのかって? 知らねえよ。お前、それこそ想像力と創造力だろうが。この二つがないと俺たちは仕事にならねえってさっきも教えたよな? お前、想像して創造しろよ。足が焼け爛れて骨になっていた理由がわからねえってのは、お前が想像もしてなければ創造もしてない証拠だろうが。お前は本当に頭を働かせてねえんだな。がっかりだよ」
「ああ、本当にお前は馬鹿だなぁ。お前のような馬鹿が生きていくには、俺みたいな面倒見の良いやつと一緒にいるしかないんだぜ。これからも俺の言うことをよく聞いて、余計なことは何も考えないで生きていくんだ。そうすればお前、この後もけっこう安泰に人生を送ることができるはずだぜ。何? 想像力と創造力ってのは、つまるところ余計なことを考えるってことじゃないのかって? ほほう、お前、けっこう知恵が回るようになってきたじゃねえか。その分なら次の仕事も安心して任せられそうだな。えへへ、お前は馬鹿だけど馬鹿じゃねえよ。えへへ、いいよいいよ。もっと食え、な。もっと食え。もっと酒も飲めよ。えへへ」
「何? どうして中男の足が爛れて骨になったのか、俺はどう考えているのかだって? そりゃお前、罰が当たったんだよ。鳥の卵をぐつぐつぐつぐつ、毎日毎朝毎晩ずっと煮続けていたら、そりゃ罰が当たるだろうよ。生きたまま焼かれたのも罰が当たったんだよ」
「何だって? その罰が当たるっていうのと因果応報っていうのはどういう違いがあるのかって? 罰が当たるのも因果応報も同じなんじゃないかって? お前馬鹿だなぁ。違うに決まってるじゃないか。罰が当たるのは、罰が当たるってことだよ。因果応報はもっとこう、なんか上等なもんだ。貴族とか天皇とか金持ちとか、そういう身分の高い人たちに限定した話さ。俺たちみたいな下層民には関係ねえよ。まあ下層民であっても、俺たちは天皇の大御宝だけどな。クソ。馬鹿にしやがって、あの商人め……だから死ぬことになったんだ」
「次の屋敷はデカいぞ。お前の働きに大いに期待しているからな。ほら、その最後の茹で卵を食い終えたら出発だ。追手が来てるかもしれん。ここらの兵士は蛇よりしつけえぞ。急げ急げ。ああ、次はもっと美味えものを食わせてやるからな。茹で卵よりも、もっと美味えものをたらふく食わせてやるよ」
「お前、俺と一緒で本当に幸せだよ。お前は幸せなやつだ。お前ほど幸せなやつはいない……お前、幸せだよな? そうだよな?」
(「卵」おわり)