フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

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34. 盗掘

「いやぁ、お前さんもずいぶん物好きだなぁ。俺のような稀代(きたい)の極悪人から話を聞きたいだなんて……俺の話なんか文章に残していったい何になるんだ? 何? 必ず後世の人々にとって益するところがある? 馬鹿なことを言うなよ。そんなことがあるわけねえよ。だって、盗掘(とうくつ)を生業にする一匹の薄汚い犯罪者の話だぜ? 墓荒(はかあ)らしの話がどうして後世の人々の役に立つんだい。そんなことを言って、俺をヨイショしても無駄だぜ」

 

「でも、まあいいや。見ての通り、俺は臭くて狭苦しい獄中にいる。このまま獄中にいて死ぬのか、それとも何かの幸運に恵まれて外に出られるのかそれはわからねえが、誰かに自分の話を聞いてもらうっていうのを考えただけで、なんとなく心が落ち着く感じがする。なんというのかな、こうしてお前さんに話をしたからには、このまま死んでも俺の一部は……ほんの少しの、ほんのわずかな部分でしかないだろうが、それが世間に残るかもしれないなって感じがする。だから、やっぱりお前さんに話してやっても良いな。後世の人々のためじゃねえ、俺自身のために話すんだ」

 

「しかし、あまりぐずぐずもしていられねぇな。お前さん、獄吏(ごくり)にどれだけ賄賂を渡したんだ……? ほう、そりゃけっこう渡したな。たかが一匹の墓荒(はかあ)らしのためにご大層なこった。それだけ賄賂を渡したのなら最初から最後まで話す時間はあるだろう。だが、やっぱりぐずぐずしてはいられねぇ。早速話していくぜ」

 

「俺は浙江省(せっこうしょう)杭州(こうしゅう)で生まれた。家はただの百姓でな。ただし小作人じゃねえ。小規模ながらもちゃんとした土地持ちの百姓だよ。明代末に苦労して土地を買ったとかなんとか、そういう話だった。だが、俺は百姓仕事なんて嫌だったのさ。他のどんな仕事でも喜んでやるが、農作業だけは嫌だった。理由は分からないが、畑の中にいて黙々と手を動かしているとだんだんだんだん、何か見えない小さな手が自分の頭の中をひっかきまわしているような気持ちになってくる。それが嫌だった」

 

「脳みそをかき回されているような感覚に耐えきれなくなって、俺が畑から逃げ出すと、親父もおふくろも兄弟姉妹も親戚も待ち構えていたかのようにぱっと走って追いかけてきて、俺をさんざんにぶん殴るんだ。この怠け者が、また逃げやがった、根性入れてしっかり働けってな。俺としては、親兄弟から殴られることよりも、誰も俺の話を信じてくれないのが嫌だった。畑にいると頭がおかしくなりそうだと言っても、誰も本気で取り合っちゃくれない。それは怠けるための口実だって言うんだよな。それが一番つらかった。誰にも話を聞いてもらえないってのは……やはりつらいよ」

 

「だから。俺はある夜に家から脱走した。成算は五分五分だったが……なんせ家族は常に俺のことを監視していたからな。でも、脱走は無事に成功したよ。それから俺は杭州各地を点々としながら色々な仕事をして過ごした。どの仕事も楽しかったよ。何より、農作業の時にいつも感じていた、あの頭の中を滅茶苦茶にされるような苦痛がない。ただ、どの仕事もあまり金にはならなかった。朝日が昇る頃から夜に日が沈むまで真面目に懸命に働いても、やっとその日を生きるのにちょっと足りないくらいの(ぜに)しか手に入らない。それでも最初はけっこう真面目に働いていたんだよ。だが、途中で俺は考えを変えた。これではいかん。何か思いきったことをしないと人生も運命も(ひら)けていかないってな」

 

「それで俺は、墓荒(はかあ)らしを始めたんだ。いや、突然始めたわけじゃない。ちゃんときっかけはある。そのきっかけは、日雇い人としてどこかの屋敷の造営工事に駆り出された時のことだった。基礎固めのために穴を掘っていたんだが、俺はその時古い墓穴を掘り抜いてしまった。土中の空間から、大きくて頑丈な石棺が出てきてな」

 

「俺は驚いて仲間たちを呼んだ。仲間の一人が『開けてみよう』というから、恐る恐るとではあったが棺を開けてみた。中には男のものと思われる骸骨が入っていて、そのまわりに色々な種類の金銀の副葬品が綺麗に並べられている。工事の監督者が来る前にさっさと仲間たちみんなで分け合ってしまって、また棺の蓋を元通りにして土を被せた。その後は知らんぷりをして、次の日になったらもうそこの現場には行かなかった」

 

「それで、ああ、上手くすれば墓荒らしってのはけっこう儲かるかもしれないなと思った……まさに一攫千金ってやつだ。一人の立派な男が一生をかけても申し分のない仕事だと思った。道徳とか倫理とかについては考えなかった。なにも、他の盗賊のように無闇に人を傷つけるわけじゃないから、まったく問題ないと俺は思った。なに? 最初の墓の感想だって? 覚えちゃいねえな。特に何の印象も残ってねえよ」

 

「お前さんは墓荒らしっていう仕事は頭を使わない気楽な稼業だと思っているかもしれないが、実はそうでもない。そりゃもちろん、仕事は夜からだ。白昼堂々と墓を荒すわけにはいかないからな。だが、それだからといって昼間は寝て過ごしていて良いかというと、そういうわけでもない。昼間はとにかく情報収集だよ。どこに墓場があるのか、どこに昔の貴人(きじん)や王者の墓があるのか、どこに廃寺があるのか……だが、一番重要なのは、つい最近誰が死んでどこに埋葬されたのかを知ることだったな。いや、その墓を(あば)くんじゃない。それをやったら大変なことになる。まだその関係者が大勢生きているような死人の墓は絶対に暴いちゃいけねえんだ。じゃないと報復されて商売どころではなくなる。俺が狙ったのは、もう関係者が生きていないようなものすごく古い墓、掘り出したところで誰も咎めないような忘れ去られた古い墓だったな」

 

「そういう点でうちの国っていうのは豊かな土地だよ。なにせそこらじゅうに墓があるんだからな。歴史が長いっていうのは、その分だけ死体が多いってことだ。思えばご先祖たちは随分と無駄なことをしてきたもんだ。副葬品だのなんだのと言って、貴重な金銀をせっせと地面の下奥深くに埋めてきたんだからな。そして俺たちは、もう忘れ去られてしまった先祖たちに向かって、せっせと供え物をしているってわけだ……それが道徳だと信じている」

 

「まあとにかく、俺は昼間はそういう情報を集めて回った。それで分かった情報は細かく地図に書き込んでおく。墓の特徴もできれば聞き出しておいて、これも紙にまとめておく。俺はいつも六人から七人の手下を抱えていてな、こいつらが実戦部隊になって夜は墓を掘るんだが、こいつらにも昼の間に次に狙っている墓の情報を教えておく。だから昼は昼でけっこう忙しかった。な? かなり勤勉だろ? だがな、これはどんな仕事にも言えることだが、ある程度勤勉じゃないと成果なんてものは得られねえんだ。本当に頭に来ることだがな、まったく。怠けていても銭が得られる世の中にならねえもんかな」

 

「それで夜になったら二組か三組に分かれて出かける。俺はそのうちの一組、特に難しそうな墓に当たる組についていく。道具は(すき)とか(くわ)とか……採掘棒(さいくつぼう)とかツルハシを使うこともあった。暗いが、松明の類は使わない。灯りをともしていると遠目からでもバレるからな。だから月明かりと星明かりにだけ頼る。雨が降ったり曇ったりしたらその日の仕事はできねぇから、そういう時は諦めて寝ちまうしかない」

 

墓荒(はかあ)らしっていうのはどうも収入が安定しない仕事だった。その夜の天候に左右される上に、出てくるものもその時によってまちまちだったからな。出てくるものの九割方は骨だけだよ。いわゆる枯骨(ここつ)だけさ。(きん)も出なければ銀すら出ねえ。いくら昼に事前に情報を集めて、夜は組に分かれて効率的に仕事を分担しても、その日の収穫は皆無なんてことはざらだった。手下共の入れ替わりは激しかったな。そもそもからして心の底から墓荒らしになりたいなんてやつはいないんだ。みんな楽して一攫千金だと思って俺のところに来るんだからな。それで理想と現実の違いを思い知って、しかも収穫はほとんどない日ばかりだ。だから一ヶ月もしないで辞めていくやつばかりだったよ。俺だけだったんじゃないかな、心の底から真面目に墓荒らしなんていう稼業をやっていたのは」

 

「ある日、このままでは商売が立ち行かないと思って、何か妙策がないかと真剣に考えた。とにかく成功率を上げたかったんだ。すると古株の手下の一人が、ここはいっちょ扶乩(ふけい)をやってみたらどうですかなんて言う。ああ、この扶乩(ふけい)はお前さんも知っているとおり、占いの一種でな……」

 

扶乩(ふけい)は地方によって色々な様式があるらしいが、俺のいた杭州(こうしゅう)では弓を使うのが一般的な方法だった。用意するものは、(だん)短弓(たんきゅう)乩筆(けいひつ)、それから砂盤(さばん)だ。やり方としては、まず壇の上に二人の人間が()がって、そこで弓の両端を持って掲げる。弓の弦の真ん中には乩筆(けいひつ)を吊るして、そこで神霊を呼ぶための呪文を唱える。すると、吊るしてある乩筆(けいひつ)が神霊の働きによって勝手に動き、下に置いてある砂盤の上に文字を書くというわけだ。その文字によって吉凶を占う。あるいは神霊そのものが文字によって声を伝えてくることもある。扶乩(ふけい)に応じて降りてくる神霊のことを乩神(けいしん)とか乩仙(けいせん)とか言うんだが、まあそれは些末なことだな」

 

「俺は、最初こそこいつは追い詰められたからといってなんと馬鹿なことを言うもんだと思ったが、そのうちそれしか方法もないし、試してみるかという気持ちになった。だからさっそく必要な道具を用意してやってみたんだ。それがまあなんと、これが上手くいくんだ。それまではだいたい一割くらいしか金銀を掘り当てられなかったんだが、扶乩(ふけい)に頼り始めてからは五割か六割は上手くいくようになった。驚異的な成果さ。ある種の産業革命だよ、本当に。こうして俺はどんどん羽振りが良くなっていった。それ以上に、たくさん仕事ができるようになったのが嬉しかったな」

 

「一番印象に残っているのは、やっぱり六和塔(りくわとう)でのことだな。ああ、杭州(こうしゅう)(まち)の近くにある、西湖わきの月輪山(げつりんざん)、あそこに建っている、あの有名な六和塔(りくわとう)のことだよ。扶乩(ふけい)によれば塔の西あたりに殷代の墓があると出たから、俺たちはさっそく出かけた。占い通り、そこには古墳があった。掘り進めてみると、大きな門とそれを開閉する石の戸に守られた石室があった。石室内部の広さは縦横共に数丈(数メートル)ほどもある」

 

「石室のちょうど中心部には、綺麗に金で飾られた真っ赤な棺桶が吊るされていた。真っ赤なのは、防腐剤の(しゅ)が塗られているからさ。棺桶は鉄索(鉄のワイヤー)で吊るされているんだぜ。一目見て、なにか体の芯からゾッとするものを感じた。手を出しちゃいけない感じがしたね。それまでにもけっこう色々な古墳を荒してきたが、その時はどうも普通じゃなかった。手下たちもどこか怖気づいている。だから俺は先頭に立って、斧を振るってその棺桶の蓋をぶっ壊してやった。驚いたことに、棺桶は木でできていなかった。それは動物の革でできていたな。後で破片を皮革業者に持っていって見せたら、どうやら(さい)の革だということだった」

 

「棺桶の中には死体があった。頭には白い珠玉が連なった冕旒(べんりゅう)をつけていて、服装も王者のような装いをしている。からからに乾いて紫色になった顔には白くて長い(ひげ)が生えていた。立派な風貌だったよ。殷代のどこかの王というのは本当だったのかもしれないな。だが、その時、地上から石室に向かって強い風が吹き込んできてな、その湿った空気を浴びたら、死体は瞬く間に風化して灰のようになってしまった。その時はかなり儲けさせてもらったね。だから今でもあの王様には感謝している」

 

「ほかに、もっと気味の悪い(みささぎ)もあった。これは銭塘江(せんとうこう)近くの山の中での話なんだが……ああ、例によって扶乩(ふけい)によって託宣を得たからそこに向かったのさ。地下五尺(約1.5メートル)のところに丸っこい形の石造りの陵が埋まっていてな、俺たちは首尾よく入口を掘り出して、それから中に入ってみた」

 

「中には巨大な棺桶があった。もちろん他の棺桶と同じく全面が(しゅ)で塗りこめられているんだが、とにかく大きい。尋常じゃないほど大きい。中に入っているのは身の丈二丈(約6メートル)はある巨人じゃないかと思われるほど大きかった。その棺桶を支えている方法が、これまた普通じゃない。大繩とか鉄索で吊られているのではなく、銅人(どうじん)が支えているのさ。そう、これまた大きな銅製の像だよ。どうも宦官のような恰好をした銅人が四人、棺桶の周りに跪いていて、棺桶を首と両手で支えている。銅人(どうじん)たちには分厚い緑青(ろくしょう)が吹いていて、いったいどれくらい昔に作られたのか見当もつかない。俺はそれまでにいろんな古墳を(あば)いていて目が肥えていたから、一目見ればそれがだいたいどの年代に作られたものかは分かるようになっていたんだが、結局その古墳だけはどれだけ古いのか分からなかった。あまりにも異様な雰囲気がしたから、その墓は暴かずにそのままにしてまた埋め直したよ」

 

「しかし、そう上手い話ばかりでもなかった。扶乩(ふけい)に頼っていても、それなりに問題は生じるのさ。俺の破滅も扶乩(ふけい)によって生じたと思ってくれ」

 

「ある日のことだった。いつものように扶乩(ふけい)をしていると、乩盤(けいばん)に何やら激越(げきえつ)な調子の言葉が出てきた。なんとその乩神(けいしん)は自分のことを岳飛(がくひ)将軍だと名乗る。そうだよ、あの岳飛将軍だよ。『我が名は(がく)鵬挙(ほうきょ)である。汝らは墓を荒して死人の財物を略奪して生業を立てているが、その罪は盗賊よりさらに上を行くものである。このうえなお改悛(かいしゅん)することがなければ、我が天界より下って汝らを斬るぞ!』とまあ、こんなことが乩盤(けいばん)に出た」

 

「俺としてはまあ、長いこと占いをしていればこういうこともあると思ってあまり気にしていなかったんだが、手下たちがビビっちまった。俺は手下どもに『これが本当に岳飛将軍の神霊かどうかは分からんのだからそれほど気にするな』と言ったんだが、誰も仕事に行きたがらない。それで、そのまま臨時休業ということになっちまった。なにせ墓荒(はかあ)らしは俺一人ではできねえ。やっぱり人数を集めて、集団でやらないと仕事にならねえからな」

 

「そんなこんなでいつの間にか一年が経っちまった。それまではけっこう儲けていたから蓄えもそれなりにあったんだが、一年も仕事をしていなかったらもうすっからかんさ。俺としても、もう一年間が経ったのだからみんなもやる気が戻っただろうと思って、杭州(こうしゅう)各地に散らばっていた仲間たちを呼び戻した」

 

「で、呼び戻した仲間と一緒に最初に何をやったかといえば、やっぱり扶乩(ふけい)なのさ。久しぶりなもんで勝手を思い出すのに時間がかかった。何回かやってみると、ある神様が降りてきた。この神様はこう言った。『我は西湖の水仙(すいせん)なるぞ。保俶塔(ほしゅくとう)の下に石の井戸があり、その西に古の富者の(ふん)がある。掘れば千金が得られよう』 復帰一発目にこれほど景気の話が出てくるとは思わなかったから、俺たちは狂喜した。だって千金だぜ? それでさっそく手下どもと一緒に道具を担いで出発したのさ」

 

「ちょっと距離があったから、俺たちはいつもより早めに出発した。まだ太陽が中天からちょっと外れたあたりでな。陽光を浴びてきらきらと光る西湖には多くの人間たちがいて、寛いだ顔をして湖岸で憩っている。西湖の周りには瑞々しい緑の木々があって、遠くの山々には(かすみ)がかかっていて美しい。重い仕事道具を抱えてそれを遠くから眺めていると、どうも俺たちがこの世で最も薄汚い最低の生き物であるような気がしてならなかった。だが、仕事は仕事だ。俺たちは夕方頃に背の高い保俶塔(ほしゅくとう)の根本に辿り着いた。しかし肝心の井戸が見つからない」

 

「こういうことはよくあることだ。扶乩(ふけい)に頼れば五割か六割は当たるが、それは五割か四割は外れるってことでもある。だが、それでも諦めずに一応は探し続けたんだ。しかし時間はどんどん経っていって、周りはどんどん暗くなってくる。これは無理そうかなと思った時、ふと俺の耳元で何かが囁くような声がした。塔の西の柳の樹に行ってみろと囁き声は言う。そこに井戸があるな。俺は直観的にそう思った。なんでそう思ったのかは分からないが、まあ職業的な勘ってやつだろうな。囁き声もたぶん勘の一種だろう。俺は手下たちを呼び集めてそこへ向かった」

 

「すると、やっぱり一本の柳の樹があって、そのそばには半ば崩れかけて地面に埋もれている石造りの井戸があった。間違いない、これだということになって、とりあえず三尺(約1メートル)から四尺(約1.2メートル)ほど掘ってみた。すると、出てきた出てきた、大きな石の(ひつぎ)が出てきたんだ。それはものすごく大きかった。縦も横も二丈くらいある。ああ、ちなみに(ひつぎ)っていうのは、棺桶の外側を囲む箱のことさ。この(ひつぎ)が出てきたなら、その中には絶対にお目当ての棺桶があるはずだってことで、俺たちは興奮した。もう千金を手にしたような気分だった」

 

「俺たちは(ひつぎ)を持ち上げようとした。俺と、七人の手下、合計八人がかりで持ち上げようとするんだぜ? だいたいの現場ではこれで上手くいったんだが、その(ひつぎ)はやっぱりデカくて重いからまったく動かない。それならその場で蓋だけでもこじ開けてみようということになったんだが、それでも蓋すら動かないんだ。しかしここまで来て諦めるっていうのは()しだった。俺たちはまた、何か良い策はないかと頭を突き合わせて知恵を絞った」

 

「そしたら、手下の一人が……そう、その手下は最初に扶乩(ふけい)に頼ろうと言い出した、その古株の手下だよ。そいつが妙案があると言い始めた。西湖の近くには浄寺(じょうじ)という名前の寺があって、そこには飛杵呪(ひしょじゅ)ができるという僧がいる。この飛杵呪(ひしょじゅ)っていうのは一種の開錠(かいじょう)呪文で、これを百回唱えるとどんなものでも開いてしまうという触れ込みだ。鍵のかけられた金庫とか倉庫とか、密封された箱とか……それならもちろん、ぴったりと(ふた)がされた棺桶も、なんなら(ひつぎ)だって開くはずだ。そういうふうに手下が言うんだ。俺たちは、何を馬鹿なことを思ったが、しかし他に方法もないからそれに頼ることにした」

 

「時刻はもう三更(午前0時)ほどになっていたが、俺の手下の一人が浄寺に向かった。そいつは七人の手下の中でも特に間抜けなやつだったから、はたして上手く連れて帰ってくるだろうかと心配していたが、それでも、ほどなくして一人の坊主を連れ帰ってきた」

 

「坊主は干魚のように痩せていて、暗闇でもはっきりわかるほど目がぎょろぎょろとしていて、それになんだか息が酒臭い。なんというか、とんでもない生臭(なまぐさ)坊主なのは間違いなかった。その坊主は開口一番、俺に向かって『あんたが()か。(ひつぎ)が開いたら財物は俺と山分けだというのは、今ここで確約するよな?』とか言ってくる。なんだかムカついたし、それにこいつが俺の名前を知っているというのも気に入らなかった。どうやら例の手下が坊主を連れだしてくる時に俺の名前をしゃべったらしい。でも俺は黙って、『ああ、頼む』と答えた。この坊主が飛杵呪(ひしょじゅ)を唱えないと俺たちにはどうすることもできないんだからな」

 

「すると坊主はにたーっと嫌らしい笑顔を浮かべて、それから何やら訳の分からない呪文を自信満々という感じに大声で唱え始めた。暗闇の空間の中で坊主の声だけが響いている。月が冷たく俺たちの顔を照らしている。デカくて重い(ひつぎ)はまだそこにある。俺は律儀に坊主が何回呪文を唱えたか数えていた。今後また似たような事態になった時に参考になるかもしれないと思ったからな」

 

「ちょうど百回目を唱え終えた時だった。それまでは二枚貝のようにぴったりと閉じていた(ひつぎ)の蓋が、豁然(かつぜん)として開いた。中からは白い冷気のようなものが漏れ出ている。薄く青白い光のようなものも差していた。いやぁ、あの時は驚いたな。俺も手下たちものけ反っていた」

 

「だが、もっと驚いたのはその次さ。なんと、開いた(ひつぎ)の中から一本の青い腕が伸びて出てきたのさ」

 

「通常、棺桶に入っている死体の色っていうのは、だいたい三つに分けられる。紫色と、白色と、緑色さ。緑色のは特に死蝋(しろう)なんていうらしい。あと、お前さんは知らないだろうが、死んでからも人間は毛が伸び続けるんだぜ。だから毛むくじゃらの死体もあった。だが、その時に(ひつぎ)から伸びて出てきた腕は青色だった。生き物らしい色ではない。芝居の小道具のように真っ青な腕だ。しかも長さは一丈(約3メートル)ほどもある」

 

「それが、(ひつぎ)のすぐそばに立っていた坊主の頭を掴んだ。あっと思った時には、坊主はもう(ひつぎ)の中に引きずり込まれていた。坊主の喉から絞り出された『きゅう』という、どこかネズミの断末魔の悲鳴にも似た間抜けな声がした後、響いてきたのは骨が砕けるぼきぼきという音さ」

 

「何回も何回も、坊主の全身の骨が生きたまま砕かれ、折られていく音がする。悲鳴は聞こえてこない。そんな音が終わったら、今度は(ひつぎ)の中から外に向かって、真っ赤な血肉が乱れ飛んできた。次から次へと、バラバラになった坊主の人体の破片が(ひつぎ)から飛び出してくる。しまいには真っ白な骨の破片まで出てきた。俺たちは恐怖で足がすくんで動けない。最後に、あのぎょろついた目を限界まで見開いた坊主の頭部が、俺の手に向かって飛んできた。俺は思わずそれを受け取ってしまった。すでに命を失っている坊主の目と俺の目が合った」

 

「墓荒らしなんてしているから、俺たちのことを世間でも稀に見るほどの極悪人だと見做(みな)す連中は多い。そうさ。確かに俺たちは極悪人だと思う。それは間違いないさ。だが、だからといって俺たちが人間らしい気持ちや感情すら失っているとは思われたくないね。俺たちは普通の人間さ。普通の人間としての感性を持っていて、普通の人間のように驚いたり、泣いたり、悲しんだりする。だからその時も、俺たちは坊主が(ひつぎ)(あるじ)に惨殺されたのを見て、心底からビビった。悲鳴をあげて俺たちはてんでばらばらの方向に逃げ出した。俺も両手で持っていた坊主の頭部をその場に放り出して逃げた。もう本当に、生きた心地がしなかったよ」

 

「それで、翌朝になった。手下たちの全員が俺の事務所に集まっていた。全員無言だったが、やがて喋り始めた。喋っているうちに、流石にあのまま放っておくわけにもいかないということになったから、全員で様子を見に行くことにした。坊主の死体が見つかったら官が追及の手を伸ばしてくるかもしれないしな」

 

「だが、その場に行ってみると、そこには何も残っていなかったんだ。(ひつぎ)もなければ坊主のバラバラ死体もない。昨夜起こった惨劇の痕跡は何も残っていないんだ。井戸すらもなかった。確かに昨夜、俺たちが汗水たらして掘ったはずの石造りの井戸がない。どこにもない。俺たちは呆気に取られて、しばらく阿呆みたいに呆然としていた。それで、その日はそのままそれぞれの家に帰ったよ」

 

「だがな、話はやっぱりこれで終わりじゃないんだ」

 

「予想外の光景を目にしてぼんやりとしていた俺たちはまったく考えてもいなかったんだが、その頃には浄寺(じょうじ)の方でも騒ぎになっていた。あの例の生臭坊主、飛杵呪(ひしょじゅ)を唱えるのが得意な坊主が一夜にして行方不明になったからな。で、寺は官に対して失踪届を提出した。その際、寺の連中はご丁寧にも『()(なにがし)という男が怪しい』と役人に参考情報を添えた」

 

「なんで俺の名前がバレていたのかだって? ほら、前に話したと思うが、坊主を呼びに行った俺のあの手下は、寺で俺の名前を出してしまっていたんだ。そこから寺の連中は……まあ当然と言えば当然だが、あの坊主の失踪に俺が深く関わっていると推測したらしい。そしてまたこれも当然だが、官の方も俺が怪しいとにらんだ」

 

「それで俺は、その翌日には逮捕されてこの獄にぶち込まれたってわけだ。証拠不十分で坊主殺しの嫌疑はなんとか晴れたが、墓荒(はかあ)らしは重罪だということで……もう半年以上ここにいるかな。俺はまだ未決囚なんだぜ。俺が荒らした墓の数があまりにも膨大だから、まだ量刑が決まってねえんだ。他の手下どもがどうなったのかは分からない。案外逃げ延びて上手くやっている可能性もあるが……俺が捕まってからは当然墓荒らしはやりづらくなっただろうから、おそらく同じ仕事を続けていることはあるまい」

 

「まあ、絶対に俺はこの獄から生きて出られないだろうな。それはもう分かっている。だから今ではもっぱら、自分がこの世に何を残せるかっていうことばかり考えている。たぶん、人間はみんな同じことを考えるんだろうな。自分が死んだ後に何をこの世に残せるのか? そういうことを考えるからみんな墓を作る。立派な墓だろうが、貧相な墓だろうが、とにかくそういうものを拵えて、自分というものの痕跡をいつまでもこの世に残そうとする……」

 

「しかし俺はそれが無意味だと知っちまったからなぁ。俺だって、最初この獄に入れられた時は、自分の入る墓について考えたさ。職業柄、どんな墓にすれば盗掘されないかっていうかよく分かっていた。誰も考えたことのない、完全無欠の理想的な墓さ。その気になれば、未来永劫にわたって絶対に荒らされない墓を俺は作ることができる」

 

「でも、俺は途中でそのことについて考えるのをやめてしまった。いくら墓ばかり残っていても仕方がない。どんなに立派な墓を作ったところで、最後は誰からも忘れ去られて、結局は俺のような盗掘者に荒らされるだけじゃないか。そう思ったのさ。誰も覚えていない墓なんて、それはもう墓じゃないんだ。詣でる者も祭祀を捧げるものもいない墓なんて……それはただの、土中にぽっかりとできた虚ろな空間にすぎないね。そうさ、この世に永遠に残り続けるなんてものはない。俺がこの職業を通じて知った真理があるとすれば、それだけだね」

 

「仮にあるとすれば……いや、俺にはやっぱりなにも思いつかねえよ。そのことについては、お前さんが考えてくれ」

 

「もし墓について相談があるなら、また俺のところに来なよ。いつでも相談に乗るからよ。並みの墓荒らしじゃ絶対に暴けない墓くらいなら、一緒に考えてやれるからな。それもすべて、意味のねえことだが」

 

(「盗掘」おわり)




参考文献 袁枚『子不語2(全5巻)』(手代木公助訳、平凡社、2009年)213頁-216頁。

今日はアイデアを得るのにけっこう苦戦しました……困った時の『子不語』というわけで今回も『子不語』に頼りました。祖先崇拝を非常に重視する中国の文化からすると墓荒らしはとんでもない重罪人だったはずです。またこのテーマに絞って今度は西洋の話を書いても良さそうですね(イギリスのジョン・ハンターの話書いてみたい)。
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