「どんなにつまらない人間でも、一生に一度くらいは他の人間だったら絶対に体験しないような、そういう不思議な出来事に遭遇する。そのように俺は思うね。その出来事についてどのように受け止めるか……それによって人間の本当の価値が決まってくるのではないか。これは口で言うほど簡単なことではない。実は俺も、そのような出来事に遭遇したことがあるのだが、未だにそれについてどう考えたものか、よく分かっていないんだ」
「乾隆四年の初夏のことだった。山西省の蒲州で城郭の修築工事があってな。俺はその監督の一人として現場に派遣された。俺自身はそれほど力仕事なんてしないんだが、業務内容には施工管理的な面も含まれているから大変だったのさ。日雇い人夫たちの方はとかく過酷な力仕事を嫌って怠けがちだし、職人たちの方は技術屋としての誇りがあって自分の仕事のやり方にこだわるものだから、なかなか作業が進まない。期日までに工事が完了しないと俺が上から詰められることになる。だから俺は脅したり懇願したり褒美で釣ったりして何とか作業を進ませていった」
「監督が快適な事務所に籠ってなんていたら、いくら優秀な人員を抱えていたところで作業なんてもんはまったく進まんよ。どんな時でもとにかく現場に直接出ていって、常に目を光らせておかないといけない。さっきも言ったが、季節はちょうど初夏だった。熱気というほどでもないが、気温はかなり高い。大きな汾河が近くに流れているものだから湿度も高かった。ただその場でじっとしているだけでもだらだらと汗が出てくる。歩き回って人夫たちに怒鳴ったり職人たちに頭を下げたりしていると……ふん、たかが職人風情に随分と気を遣ったものだ、あの頃は……そんなことをしていると、もう全身が水に浸かったかのように汗だくさ」
「しかし、そんなこんなで夢中になって毎日仕事をしていると、いつの間にか工期の半分が過ぎていた。作業の進捗は思っていたよりそれほど悪くなくて、このまま進めば何とか期日までに遅延なく工事を完了させられるものと思われた。ああ、その時に工事していた城郭は実に立派なものだったよ。それはまだこの国に火器が持ち込まれる前に作られた古い城だった。古いものだから色々と改修しないと現代の戦には使えない。特に大砲に対する防御力が低いから、俺たちは改修工事を加えて壁をなるべく低くして、なだらかな傾斜になるように作り変えていたんだ。傾斜がなだらかなら撃ち込まれた大砲の弾を受け流すことができるからな」
「まあ、そんなことはどうでも良いんだが、重要なのは城壁を作り変えるっていうところだ。それはつまり、大量の石材や土砂を必要とするってことでもある。城壁そのものに使う煉瓦を作るためにも、また遠くから石材を運ぶための道路を敷設するためにも、とにかく大量の土砂が必要なんだ。そして、土砂は汾河から運ばれてくる。舟に載せて運んでくるのさ。俺が主に監督していたのは、船着き場の改修と、そこでの荷下ろし、それから汾河から城郭まで土砂を運ぶ輸送道路の建設だったのさ」
「それで、その日も俺は人夫たちを動かして、汾河の砂浜の土を掘っていた。土はまだまだ必要だったからな……ちょうど午後になったところだった。作業は単調だった。片っ端から袋に土を詰めて、城に向かって運んでいくだけだ。その日の前日までに道路の建設も終わっていたし、船着き場の修繕工事も済んでいたから、難しい仕事はなかった。気難しい職人たちは全員城郭の工事の方へ回されている。俺のところにいるのは頭の悪い人夫だけだ。陽光は強くて頭上から照りつけてくる。頭頂部が焼けるようだった」
「それにしてもつまらない仕事をしているなぁと、その時の俺は思った。仕事こそがその人間を面白いものにもすればつまらない人間にもする。死んだ俺の親父はよくそう言っていた。つまらない仕事をしていればつまらない人間になるし、面白い仕事をしていれば面白い人間になる……だからなるべく面白い仕事ができるように努力しろ。事あるごとに親父はそう言っていた。しかしどう考えたってその時の俺の仕事は面白い仕事ではなかった。ただ土を掘って運ぶだけだ。しかも俺自身がそういう仕事をするわけじゃないんだ。ただ監督しているだけだ。難しい工事の監督ならばそれなりにやりがいがあるが、こんな仕事の監督ならどんな間抜けにだってできる」
「なんとなく俺は、このまま施工管理的な仕事を続けていても、一生つまらない人間のままなんじゃないかと思った。それは暗い予感だったよ。漠然とだったが、転職しないといけないと思った。だが、この仕事以外に俺はいったい何ができるっていうんだ? この仕事だってさんざん方々に運動したり賄賂を渡したりしてようやく得た仕事なんだ。それをつまらないからと言って転職するのは……女房も子どももいるしな。賄賂のために借金もしている。いったいどうすれば良いんだ? そんなことを考えていたら、だんだん気分が悪くなってきた。だから、俺は事務所に戻って少し休むことにした」
「その場を離れようとした、その時だった。なにやら砂浜の向こうで土を掘っていた人夫たちが騒いでいるのが見えた。何かを掘り出したようだった。そういうことは現場仕事だとよくあるものだ。掘り出し物に関しては、監督によって色々と判断の基準は違うんだが、俺は掘り出した者たちにそのまま与えることにしていた。監督が横取りするという例も多かったんだが、俺はそういう強盗のような真似をしたくなかったからな。だが、一応は何が掘り出されたのかは確認しておく必要がある。報告書にも記載しないといけないしな。面倒なことになったと思いつつ、俺はそこへ向かった」
「人夫たちは相変わらず騒いでいる。人夫たちが何かを取り囲んでいるのが見えた。俺はどんどん近寄っていく。人夫たちは俺に気づいて、囲みの一部を空ける。連中が囲んでいたのは、一つの棺だった。古びた石棺で、形は方形で扁平だった。不思議な石棺だった。俺は葬儀屋じゃないから棺桶については詳しくないが、石棺で方形なのは珍しいと素人ながらも思った。それに、遺体を納めるにはあまりにも扁平なのが気になった。こんなに平べったいのに遺体が入るのか? そう思った。それに、見れば見るほど石棺からはなんだか異様な雰囲気が漂っている。妖気というのかな。怪しげな感じだった。人夫たちも俺と同じなのだろう。先ほどまでは子どものように騒いでいたのに、今では静まり返っている」
「やがて一人の年老いた人夫が、これはなんだか良くないものだ。このまま元に戻して埋め直してしまおうと言い始めた。他の二人の人夫もそれに賛同した。こういう石棺には良くないものが封印されているということが多い。悪霊とか鬼神の類がこの中にいたらどうするんだ。開けたら祟られるかもしれない。このままそっとしておこう。端から見なかったことにすれば、禍が降りかかることもあるまい。そのように言う」
「そうしたら、一人の年若い人夫がそいつらに反論し始めた。馬鹿なことを言うな。悪霊とか鬼神とか祟りとか、そんなことがあるもんか。これはただの石棺だ。この中には副葬品として金銀財宝が入っているに決まってる。目の前にお宝があるのに、それをみすみす見逃すなんてことは俺にはできねえぜ。それからはもう、人夫たちは石棺を開けるのに反対するやつらと賛成するやつらに分かれて、ああだこうだの口論の始まりさ」
「俺は、監督としてその場を収めないといけなかった。だから、連中が言いたい放題言いあって、ちょっと疲れてきたところで、俺は口を出した。まあまあお前たち、少し落ち着けよ。俺にはひとつ考えがあるんだ。人夫たちは案外素直に俺の言うことに耳を傾け始めた。石棺を開けるなという気持ちはよく分かる。俺だって祟りは怖い。この石棺は、どうも普通じゃない感じがするしな。反対派の連中はうんうんと頷く。俺はまた口を開く。だが、この石棺を開けるべきだという気持ちも俺にはよく分かる。こういう普通じゃない石棺には何か普通じゃないものが入っていたりするものだ。豪華な副葬品だってあるかもしれない。それを確認さえしないで埋め戻すのは馬鹿のやることだ。賛成派の連中もそうだそうだという感じに頷く」
「それで俺は、自分の考えを述べた。どうだ? 反対している連中だって、本当はこの石棺を開けること自体に反対なわけじゃないだろう? 要するに、祟りが怖いっていうだけだ。そうだろう? そうしたら、あの初老の人夫はちょっと考えるような顔をしたが、やがて無言で頷いた。他のやつらも頷いている。俺は話し続けた。しかし、まだ祟りがあるのかどうか分からない。開けてすらいねえんだからな。それだったら、とりあえず開けちまえば良いじゃねえか。仮に祟りがあるのだとしても、俺たちが副葬品をいただいた後に、また丁寧に埋め直せば良い」
「初老の人夫が何か言いたそうに口を開きかけたから、俺は被せるように言った。大丈夫だ、この汾河をちょっと上流へ遡ったところには大きな寺がある。もし何か起こったら、その寺に行って坊主を呼んで来よう。そうしたら万事解決さ。だから怖がることはねえよ。坊主を呼んで祈ってもらうための費用なら、出てきた副葬品を使えば良い。それでもたっぷりおつりがくるだろうよ。そう言って、俺は賛成派の連中にも声をかけた。おい、お前らはそれで良いよな? 異論はないな?」
「それで、賛成派もみんな納得した。俺は内心ほっとしていたよ。何も俺は、そこまでして石棺を開けたかったわけじゃねえ。俺自身の考え方としては、反対派と同じだった。祟りなんてことになったら面倒だと思っていたからさ。それに、苦労して石棺を開けたところで俺にとっては一銭の得にもならないんだからな。それならなんで俺がこんなに言葉を尽くして連中を納得させたかといえば、それはもちろん仕事のためさ。まだ工期は半分残ってる。ここで人夫たちが仲違いをしたら今後の仕事に支障が出る。ここで禍根を残したら、今後の工事が円滑に進むかどうか……たぶん無理だろう。そうしたら俺が上から詰められることになる。だったら、石棺を開けてやった方が良い。それも、なるべく反対派も納得するような形で……そのことだけを俺は考えていた。だから俺は柄にもなく監督として連中を仲裁したのさ」
「俺は、じゃあさっそく石棺を開けてみろと指示を出した。賛成派のあの若い人夫が腰を屈めて、蓋に手をかけた。しかし、やはり蓋は重くて一人では開けられない。結局四人が蓋にとりついて、一斉に力を込めてそれを持ち上げた。反対派の連中はどこか遠巻きにしてそれを見ていた。この期に及んでよせばいいのにというような顔をしている。俺も距離を取りたかったが、言い出した手前そうはいかない。平然として顔を取り繕って、間近からそれを見ていた」
「今度は四人がかりだったせいか、蓋は案外あっさりと開いた。俺は中を覗き込んだ。思わずゾッとしたね。人夫たちが息を呑む音も聞こえた」
「方形の石棺には縦横に隔壁が設けてあって、内部は九つの空間に仕切られていた。その空間の一つ一つに、小さな人間が二人ずつ入っている。背丈は一尺くらいだった。二人の人間は、どうやら男と女で一つの組になっているようだった。赤子から子ども、子どもから大人、大人から老人と、だんだん歳をとっていくように左下から右上まで順々に配置されていた。二かける九で十八人、その十八人の小人全員は、蓋が開けられて光が顔に差したのにも拘わらず、じっと目を閉じて眠ったままだった。服装は……あまり見たことのない、変わった衣服を纏っている。どうも途方もなく古い時代の衣服のように思われた」
「明らかにそれは異常だった。どう考えても普通じゃない。とんでもないものを掘り出してしまったと思ったね。俺の心の中では、やっぱりこれは見なかったことにして、さっさと元の場所に埋め戻すべきだという声が強く響いていた。だが、俺は動くことも声を発することもできない。ただじっと、十八人の小人を見続けているだけだ」
「すると、誰かが声を上げた。なんだい、脅かすなよ。こんなもん、ただの人形じゃねえか。ちょっとうわずった声だった。だが、その声に勇気づけられたように、他のやつらも声を上げ始めた。人形だ。これは人形だよ。びっくりさせてくれるぜ、まったく。おい、さっさといただいちまおうぜ。こんな人形でも市で売り飛ばせば、かなりの額になるかもしれん……全員どこか恐怖を含んだ声で、自分たちを元気づけるように口々に勝手なことを言っている」
「俺は、これは人形ではないと思った。人形なわけがない。人形にしてはそれはあまりにも生き生きとし過ぎていた。肌には生き物特有の赤みがさしている。どう見ても小さな人間が眠っているようにしか見えない。だから俺は声を出してやめろ、手を出すなと言いたかった。だが、それでも俺は逡巡していた。なんでかな……なぜか、声が出なかったんだよ。心底ビビっていたのかもしれない。その間に、例のあの若い人夫が小人に向かって手を伸ばしていた。そいつは十八人の小人の中でも特に若くて綺麗な女を掴み上げようとした。俺が制止する間もなく、若い人夫はそれを手にしていた」
「手にした、その瞬間だった。掴まれた女の小人が、ものすごい叫び声を上げた。限界まで目を見開いている。河岸一帯に叫び声が響き渡った。あの叫び声のものすごさ、怖ろしさと言ったら……とても口に出して表現することはできない。女のものとも男のものともつかない、言うなれば獣のような叫び声さ。それを至近距離で聞いた俺たちは文字通り魂まで凍り付いたようになってしまって、身動き一つすることができない。人夫の手から女の小人が滑り出て、また石棺の中へと落下していった。だが、小人はなおも叫び続けているんだ。小人は両腕を振り回し、叫びながら、石棺の中を走り回った。隔壁を乗り越え、仕切られた空間に降り、また隔壁を乗り越えていく」
「女の叫び声に触発されたのか、間もなく他の小人たちも目を覚ました。小人たちは目を覚ますと、やっぱり女の小人と同じように目を見開いてものすごい叫び声を発する。そして、起き上がると石棺内を腕を振り回しながら走り回るのさ。小人の見た目はやっぱり人間そっくりだが、走っている様子はまったく人間のそれじゃない。蜈蚣とか蟑螂とか、そういう喜色の悪い虫が壁の上を高速で這いずり回る。それにそっくりだった。赤子の小人も老人の小人も、大人の姿の小人と変わりなく、叫びながら走り回っている。それだけじゃない、小人たちは次第に石棺の中から外に出てきた。外に出て来て、石棺を取り囲んでいる俺たちの周りを走り始めるんだ。それだけじゃない。小人は俺たちの体の上を走り始めた。虫が這いずるように、小人は俺たちの服の上を走り回っている」
「すると、一人の人夫の口の中へ小人が入っていくのが見えた。七歳くらいの男の子どもの小人だった。そいつは無理やり口をこじ開けて人夫の中へ入っていった。小人と言っても背の高さは一尺ほどもあるんだぜ。それは怖ろしい光景だった……今思い出しても身震いする。小人が体内に入り終えた瞬間、人夫は目を見開いた。そして、小人たちとまったく同じような叫び声をあげて、狂ったようにその場をぐるぐると走り回り始めた。ゾッとしたね。周りを見ると、他の人夫たちも同じようなことになっていた」
「示し合わせたかのように、ちょうどその時の俺たちは全員合わせて十八人だった。監督の俺が一人と、人夫が十七人の合計十八人さ。ひとりひとりの口に向かって小人が攀じ登っていく。はっとなって、俺は自分の体を見下ろした。ちょうど胸のあたりまでもう小人が登ってきていた。女の赤ん坊の小人だった。気づいた時には、もう口元にまでそれは来ていたよ。振り払うこともできなかった。それは俺の口の中に入ってきた。顎が外れるかと思った。口の端からはぶちぶちと肉が千切れる音がした。それほどまでに小人は大きかったんだ」
「それが体の中に入った。胃の腑へと落ちていく。まるで大きな氷の塊を飲み込んだような気がした。そのように感じた直後から、俺の記憶はない」
「次に意識が戻った時には、俺は城郭近くに設けられた救護所で横になっていた。他の十七人の人夫たちもそこにいた。喉がからからに渇いていて、声を出すのもやっとだった。俺が目を覚ましたのに気づいて、工事の関係者たちが全員近くに走り寄ってきた。水を飲ませてくれたよ。あの時の水の美味さといったら……」
「話を聞くと、俺たち十八人はあの後もずっと叫び声を上げながら石棺の周りを走り回っていたそうだ。たまたま近くを通りかかった農民が俺たちを見つけて、城郭の工事管理本部へと駆け込んだ。大騒ぎになったそうだ。本部では手空きの人間を全部かき集めて、順次俺たちのところへ送り込んだ。そして走り回る俺たちを押さえ込んだ。ものすごい力で暴れるものだから、五人がかりでやっと一人を押さえ込むことができたとのことだ。誰も言葉を話さず、また言葉も解さず、限界まで見開いた目は血走っていて、叫び続けている喉は裂けて血が噴き出ている。獣のように暴れ続けたそうだ」
「とりあえず俺たちは縄で縛り上げられて地面に転がされた。だが、どうしても叫び声は止まない。気の利いたやつが、俺が前に言っていたあの例の寺に行って、坊主たちを連れてきた。しかし、坊主としても俺たちのことはどうすることもできなかったらしい。とりあえずお経を唱えてもらったが、俺たちはまだ正気に戻らない」
「そんなこんなで一日目の夜が来た。幸いなことに俺たちはだんだん大人しくなっていって、その日の夜の三更頃にはみんな叫ぶのをやめた。しかし身動き一つしなくなっている。死んだのかと思われたが、顔へ手をやってみると息はしている。心臓も動いていた。打つ手がないまま、俺たちは救護所の床で十六日間もそのままにされていた。流石に途中で縄はほどいたとのことだったがな。そして、俺たちが発狂してちょうど十八日目になってから、俺が目を覚ましたというわけだった。俺が目を覚ましたら、他の人夫も目を覚ましたよ。全員酷く衰弱していたが……生きていたよ。死んだ奴は一人もいなかった」
「もちろん工事は遅れたが、俺は上から詰められることもなく、また責任も取らされなかった。この一件は工事中の不幸な出来事として処理されたよ。ありがたいことに、俺たちには見舞金まで出された。気を失っていた間の給料まで支払われたんだぜ。いったいどうして本部の連中があそこまで気前が良かったのか、未だに分からないが……おそらくそのようにして厄払いをしたかったのだろう。俺はその後、仕事を辞めた。郷里に戻った後は製塩業に転職したよ。今では解池で元気に働いているよ」
「それにしてもあの石棺はいったい何だったのか……気になったから色々と調べてみたんだが、やはり詳しいことは分からずじまいだった。この蒲州というのは中国全土でも特に歴史のある土地だ。殷王朝より前の夏王朝、例の禹王はここに王城を築いたとも言われている。もしかするとあの石棺も、夏王朝に遡るものだったのかもしれない。古の呪術か儀式か、そういった類のもの……それを俺たちが掘り当ててしまったのかもしれないが……よく分からない」
「俺の体内へ入っていった小人だが、あれがどうなったのかも分からない。あの事件以来、俺は定期的に自分の体を医者に診てもらっているんだが、医者が言うには俺は健康そのものとのことだ。確かに医者に診てもらうまでもなく、俺は元気でピンピンしている。あの事件の後、子どももさらに三人産まれた。女房も元気だし、子どもたちも元気だ。全員が幸せに暮らしている。そう、不自然なくらい俺たちは幸せだ。なんでこんなに幸せなのか、まったく分からない」
「体のどこかに小人の気配を感じることもない。よくある怪奇話では、こういう事件の後は変な夢を見るようになったり、変な行動をし始めたり、魂魄だけが分離したりするようになるが、そのようなことは一切ない。何もないんだ」
「ある日ふと気になって、俺は他の十七人の人夫たちがどうしているのか調べてみた。もしかしたら死んでいる奴もいるかもしれないと思ったからな。調べるのにはちょっと苦労したが、ほどなくして全員分の情報が集まった。全員がまだ蒲州に住んでいたよ。十七人全員が元気だった。そして、全員がもっと良い職業についていた。全員、今では毎日が楽しくて幸せでしょうがないと言う。あの頃はうだつの上がらない日雇い人夫だったのに、今はまるで別人に生まれ変わったように幸せなのだと言うのさ」
「別人に生まれ変わったかのように……そう言われてみれば、俺もそんな気がする。それまでの俺はつまらない仕事をしている、つまらない人間だった。だが今では面白い仕事をしていて、家族に囲まれてとても幸せだ。あの事件は、間違いなく俺の人生を、いや、俺たち十八人の人生を変えた事件だったと思う。少なくとも、良い意味で変えたのは間違いない」
「それでも俺は、あの小人たちがいったいなんだったのか気になって仕方がないんだ。俺たちはあの小人のせいで何かとんでもない変化を強いられたのに、安楽で幸せな生活を与えられることで、それを誤魔化されているのではないか……そんな気がしてならない。あの小人たちは今から考えても、決して俺たちに幸せをもたらすような存在じゃなかった」
「どうも俺たちはあの小人たちに利用されたのではないか……どういう目的で利用されたのかは分からないが、俺はそう思っている。だからなおさら、俺はあの小人たちについてもっと調べてみたいんだが、最近はともするとその気持ちもどこか薄れ始めているんだ。あれだけ強かった関心が、塗りが剥げるように薄れてきているのを自分でも感じている」
「もう一年経ったら、あるいは俺はあの事件そのものも忘れているかもしれないな。それくらい毎日が幸せなんだ」
「もし、人生における決定的な出来事を完全に忘れ去るということが本当の意味で幸せになるっていうことなのだとしたら、俺は心の底からそれを受け入れるだろう。それくらい幸せだよ、今の俺は」
(「小人」おわり)