フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

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※今回は二本立てです。


36. 五匹・四人

「五匹」

 

 昔むかし、ピレネー山脈の西側に不思議な五匹の小鬼(ゴブリン)が住んでいました。

 

 小鬼(ゴブリン)たちは背が低く、人の膝ほどの背丈しかありません。体の色は濃い紫色をしていて、灰色の髪の毛と長いあごひげを生やしています。高くて穴の広い、いびつで大きな鼻が特徴的でした。身に纏っているものは簡単な一枚布の腰巻(こしまき)だけです。履物は履いておらず、裸足でした。

 

 五匹のうち、四匹は目がまったく見えません。そもそも目を持っていないのです。本来なら二つの目がある部分は、のっぺりとした紫色の肌だけが広がっています。五匹のうち、一匹だけが目を持っていました。目があると言っても、たった一つだけです。本来ならば二つの目がある部分に一個だけ目が輝いているのです。目は怪しく黄金色に輝いていました。

 

 目の見えない四匹は、この(ひと)()の一匹に頼ってどこかに行ったり、ものを見たりします。だから一つ目の小鬼は「(ひと)()先生」と呼ばれていました。彼らはどこへ行くにも何をするにも五匹一緒です。一つ目先生が先頭に立って引率して、四匹を色々な場所へ連れて行くのでした。

 

 ピレネー付近の土地の人間は、この五匹の小鬼のことを非常に怖れていました。彼らは疫病の時に盛んに活動をするからです。

 

 五匹の小鬼は、疫病が人々の間で流行るようになるとピレネーの山から降りてきて、村々や都市の中に入っていきます。そして夜になるのを待って、そっと忍びこむようにして家々や宿屋に入り込みます。もちろん四匹は目が見えないのですから、すべて一つ目先生の指示に従って動くのです。

 

 彼らが道に迷ったり、人間に捕らえられたりすることは決してありませんでした。それほどまでに一つ目先生は頭が良かったのであり、五匹はよくまとまっていたのです。どんなに高徳な僧侶や司祭様であっても、彼らをやっつけることはできませんでした。

 

 五匹は家々や宿屋に侵入すると、寝室に入っていき、ベッドのそばまで行きます。そして、熟睡している人をその大きな鼻で嗅ぐのです。五匹のうち一匹が匂いを嗅げばその人は病気になり、二匹が嗅げばさらに重い病気になり、三匹が嗅げば医者でも手に負えない病気になります。四匹が嗅げばほとんど助かりません。五匹が嗅げば、その夜のうちにその人は死んでしまいます。そうやって嗅ぐのはすべて一つ目先生の指示によって嗅ぐのです。目の見えない四匹が独自の行動をとることはありません。

 

 これは、ミゲルという名の巡礼者が五匹の小鬼を目撃した時の話です。

 

 ミゲルは商人でした。せっせと商売に励んでお金を貯めて、その年になってようやく、それまでの念願だったサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅に出ることができたのです。折しもイベリア半島では疫病が大流行していました。肺を冒す病気です。

 

 ミゲルはその日の夜、宿屋につくと、疲れた体をベッドに横たえました。体は疲れきっているのに、なぜか頭は冴えていて、なかなか眠ることができません。足は炎で炙られているみたいに火照っています。

 

 仕方がないのでミゲルはしばらく起きていることにしました。彼の泊まっている客室は大部屋(おおべや)でした。彼のものも含めて六個もベッドがあり、それぞれに人が横になっています。ミゲル以外、みんなよく眠っていました。

 

 ミゲルが首から下げた小さな十字架つきの数珠(じゅず)を手で触りながら主の祈りを唱えていると、だんだん彼も眠くなってきました。

 

 うつらうつらしていて、意識もだんだんはっきりしなくなってきた頃でした。何か小さな五つの影が客室内に入ってきました。瞬く間に、さっと冷気のようなものが部屋に満ちます。ミゲルは、ゆらゆらと動く五つの影を見ました。

 

 それはあの五匹の小鬼でした。一つ目先生が四匹の小鬼を導いて、ベッドまで歩いてくるのです。ミゲルは夢現(ゆめうつつ)という感じで近寄ってくる五匹を見ていました。ミゲルはそれまで五匹の小鬼のことを話には聞いていましたが、実際に見るのは初めてでした。

 

 部屋の出入り口に一番近いベッドに、四匹が()じ登りました。そこには太ったおじさんが眠っていました。おじさんは満足しきった幸せそうな寝顔をして、大きな(いびき)をかいています。四匹がおじさんの匂いを嗅ごうとすると、一つ目先生がベッドの下から言いました。

 

「ダメダメ! この人はとても善い人だ。心の底から神様を信じているわけではないけれども、いつも弱い人々を精一杯助けている。寄付だって、自分の食べるパンの分のお金を削って、いつもたくさんしているぞ。こういう人の匂いを嗅いではいけない」

 

 一つ目先生は、まるで子どもたちがふざけてこしょこしょと内緒話をするような口調で話すのです。注意して聞いていないと聞き取れないくらいの、すごい早口でした。

 

 そこで四匹はベッドから降りました。そして、隣のベッドに行くのです。隣のベッドには痩せた若者が眠っていました。あまり体の具合が良くないようで、青白い顔をして息苦しそうに眠っています。四匹は匂いを嗅ごうとしました。すると、また一つ目先生がベッドの下から言いました。

 

「ダメダメ! この人は神様からたくさん祝福されている。この人の生まれは不幸で、今も肺を病んでいるけれども、心の底から神様を信じている。こういう人の匂いを嗅いではいけない」

 

 そこで四匹はベッドから降りました。そしてまた、隣のベッドに行くのです。隣のベッドには、すっきりとした顔立ちの、でもどこか怖い感じの若い男が眠っていました。とても整った寝相で、ほとんど寝息も立てていません。顔には何筋も刀傷がありました。四匹はベッドに()じ登って、男の匂いを嗅ごうとします。すると、また一つ目先生がベッドの下から言いました。

 

「ダメダメ! この人はとんでもなく悪い人間だ! 戦争では兵隊仲間と一緒に多くの人を面白半分に殺した。村や町を焼いたり、宝物を奪ったりもした。教会も襲って火を()けたりもした。戦争が終わってからも、街道で強盗や人殺しを繰り返している。今だって、神様なんてクソくらえだと思っている。こういう人の匂いを嗅いではいけない」

 

 その言葉を聞いて四匹は不服そうな、しかしそれ以上に不思議そうな声で一つ目先生に尋ねます。

 

「先生、善人の匂いを嗅いだらいけないし、悪人の匂いも嗅いではいけないとあなたは言います。それなら、(ぼく)たちはいったい、誰の匂いを嗅いだら良いのですか?」

 

 一つ目先生は、残ったベッドに顔を向けました。そこにはミゲルも含めた三つのベッドがあります。一つ目先生は、ミゲル以外の二つのベッドを指さして言いました。

 

「この二人は特別に善人でもなければ、特別に悪人でもない。これまで長く生きてきて積極的に善を為したこともなければ、積極的に悪を為したわけでもない。神様から祝福もされていないし、神様のことを信じてもいない。でも、神様のことを否定しているわけでもない。さあ四人とも、こういう人間の匂いを嗅がないでどうする? こっちに来るんだ」

 

 四匹はさっそくベッドに群がっていきました。ひとつのベッドには年老いた男が眠っています。もう一つのベッドには少し頭が白くなった初老の男が眠っていました。まず、四匹は年老いた男に群がって匂いを嗅ぎ始めました。四匹が匂いを嗅ぐのにつれて、だんだん男の寝息が荒く、苦しそうになっていきました。ベッドからは、はあはあという声が途切れ途切れに漏れてきます。そして、声は最後に、ほんの(かす)かな、弱々しいものとなってしまいました。

 

 もう一人の初老の男にも、四匹は同じようにしました。今度は一つ目先生も加わりました。匂いを嗅ぐごとに、それまでは平べったくて何も入っていなかった五匹の腹は、どんどん膨らんでいくのです。寝ている男の呼吸はだんだん荒く、とても苦しそうになっていきます。そして最後には、ほんの微かな弱々しい寝息が聞こえていましたが、やがてそれも聞こえなくなってしまいました。

 

 さて、残っているのはミゲルのベッドしかありません。彼はドキドキしながら小鬼たちが自分のベッドに来るのを待っていました。いったい自分は善人なのか、悪人なのか? 悪人ではないはずでした。彼はそれまで悪いことをした記憶がありません。それでも、自分が本当に善人なのかどうか、彼には分かりませんでした。彼はこれまで、心の底から神様に祈ったことがあったかどうか、自分に問いかけてみました。そして、その時になって初めて、彼は心の底から、どうか神様、私をお救いくださいと祈ったのです。

 

 ですが、五匹の小鬼たちは彼のベッドには来ませんでした。一つ目先生が四匹に向かってこう言うのがミゲルには聞こえました。

 

「もう満腹だ。これ以上はどう頑張っても腹に入らない。それに夜明けも近い。鶏が鳴き、人間たちがそろそろ起きるぞ。今はまたどこかに行って、また夜になるまでどこかに隠れておこう」

 

 そう言うと、五匹の小鬼たちははち切れそうなほどに大きくなったお腹を揺らして、ひょこひょことした足取りで部屋の出口へ向かい、去っていきました。それからほどなくして、外の小屋にいる鶏が鳴き声を上げました。

 

 朝になってから、初老の男がベッドの上で死んでいるのが見つかりました。夜に突然発病して命を失ったのだと、宿屋に来た医者は言いました。年老いた男は高熱に浮かされています。医者は、この人も三日以内には死んでしまうだろうと言いました。ミゲルはその日のうちに出発したので、結局年老いた男が助かったのか、それとも死んでしまったのかどうかは知りません。

 

 無事に聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した後、ミゲルは神父様に、道中で出会った五匹の小鬼たちについて話をしました。五匹の小鬼がなぜ悪人の命を奪わずに、善くもなければ悪くもない人の命を奪ったのか、ミゲルは神父様に尋ねました。すると神父様は少し考えて、それから短く答えました。

 

「『あなたは冷たくもなく熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく冷たくもなく、ただ生温(なまぬる)いので、わたしはあなたを口から吐き出そう』」

 

 聞き覚えのある言葉でした。それでミゲルは納得しました。それ以来ミゲルは熱心に神様に祈りを捧げ、たくさん人々を助けるように努めたとのことです。

 

(「五匹」おわり)

 


 

「四人」

 

 昔、むかしの話です。インドのパンジャブ地方のとある町に、お互いに友達同士の四人のバラモンが住んでいました。四人のうち三人はとても頭が良く、この世で知らないことなど何もないというほど知識に富んでいました。知識に富んだ三人はいつも傲慢で、非常に自信に満ちた顔をしています。ですが、三人には欠けているものがありました。彼らには日常の知恵がまったくなかったのです。しかし、彼らがそれを恥じることはありません。なぜなら、彼らにとって日常の知恵は軽蔑に値するものだったからです。

 

 それに対して、四人目のバラモンはあまり頭が良くありませんでした。頭が良くないので、彼はどんなに努力しても知識を身につけることができませんでした。彼が持っているのは日常の知恵だけでした。彼はその知恵を使って、毎日毎日、三人の知識に富んだ友を助けていました。彼は知識に富んだ三人の友を尊敬していました。でも、三人の友は彼に感謝することもなければ尊敬することもありません。それでも、四人は友情で結ばれていました。

 

 ある日のことです。いつものように四人は町の広場に集まりました。三人の知識あるバラモンたちは最初、宇宙の誕生とその成り立ちについて話していましたが、やがて口々に次のようなことを言い始めました。

 

「私たちは宇宙のことを理解できるほど、とても頭が良い。しかし、このままこの小さな町に居続けても、この頭の良さを活かすことはできないのではないか」

 

「この際、私たちはこの小さな町を出るべきだと思う。故郷を出てどこか遠くへ旅をして、どこか他の大きな町に行くべきだと思う」

 

「他の大きな町や都市、国に行って、そこの王や貴族たちに、私たちの頭の良さを認めてもらおうではないか。私たちが計り知れないほど深い知識を持っていることを知ってもらおうではないか」

 

「頭の良さと知識の深さに見合った高い地位につけてもらって、多くの俸給(ほうきゅう)を得ようではないか。それこそ私たちの頭の良さに見合った生き方ではないか」

 

「天与の資質と才能は、地上における物質的な利益を得て、初めて真なる意味を成すのだ」

 

「何はさておき、私たちは旅に出ようではないか。しかし、どこへ行くべきか」

 

 三人は熱っぽく話し合っていましたが、四人目の知恵あるバラモンは何も言いませんでした。隣に立って、黙って三人の話し合いを聞いているだけです。彼はどこか悲しそうな顔をしていました。

 

 結局、三人は旅に出ることで意見が一致しました。しかし三人には日常の知恵がないので、旅の準備をすることができません。結局、四人目の知恵あるバラモンが彼らを助けてあげました。旅装を整えたり、地図を用意したり、路銀を財布に詰めたりといったことは、すべて四人目の知恵あるバラモンがしてあげたのです。それなのに、三人の知識あるバラモンはさも当然だというような顔をして、彼に向かって感謝の言葉を一言も述べません。

 

 ともあれ、四人は旅に出ました。その道中でも三人の知識あるバラモンたちは日常の知恵がないので、その日の宿(やど)を得たり、安全な近道を探したり、関所の番人に賄賂を渡したりすることができません。両替をしたり、買い物をしたり、交渉したりすることもできないのです。仕方がないので、四人目の知恵のあるバラモンがいつも彼らを助けていました。三人はそれが当たり前のことだというような態度のままです。四人目のバラモンは、それでも黙って三人を助けていました。

 

 旅を始めてからしばらくが経った頃、三人の知識あるバラモンのうち、一人目のバラモンが言いました。

 

「私たちは長いこと旅を続けているが、未だに王や貴族たちに知識を認められることもなければ、高い地位を得ることもない。なぜだろうか?」

 

 二人目の知識あるバラモンがどこか怒ったような口調で言いました。

 

「それは決まっている。私たち四人のうち、三人には知識があるが、四人目には知識がない。彼は愚か者で頭が悪く、日常の知恵しか持っていないからだ」

 

 三人目の知識あるバラモンが言いました。

 

「知識のない愚か者を連れて歩いているから、私たち三人の知識のほども疑われているのだ。そうだ、私たちが私たちの能力に見合った地位を得られないのは、知識のない愚かな四人目を連れているからだ。彼が一緒では、私たちはこのままずっと王たちの厚遇を得ることも相応しい地位につくこともできまい」

 

 一人目の知識あるバラモンは頷きました。そして彼は、悲しそうな顔をして黙って立っている四人目の知恵あるバラモンに言いました。

 

「このうえは、君は速やかに故郷へ帰りたまえ。仮に今後私たちが王の厚遇を得て地位についたとしても、それは決して君の知恵のおかげではない。私たちは君に利益を分かち合いたくない」

 

 二人目の知識あるバラモンも、一人目に同意したかのように言いました。

 

「どこまでも聡明ながら限りなく愚かな友よ。君には知識が足りない。このうえは速やかに故郷へ帰りたまえ」

 

 四人目の知恵あるバラモンはそう言われても、じっと黙っていました。悲しそうな目をして三人の友を見ています。三人目の知識あるバラモンが、流石に見かねたように言いました。

 

「いや、彼を故郷へ帰らせるのはよそう。思い起こせ。私たち四人は、小さい頃から友達同士だった。小さい頃から、一緒に仲良く遊んだ仲ではないか。今も私たちは友情で結ばれている。愚かな友よ、私たちと一緒に来てくれ。愚かな君と分かち合って足りなくなるほどわずかな利益など、私たちは望まない。きっと私たちはそれよりももっと大きな利益を得るだろう」

 

 一人目と二人目の知識あるバラモンは、三人目がそう言うと考えを変えたようでした。三人が改めて一緒に行こうと言うと、四人目のバラモンは黙って頷きました。

 

 こうして彼らは旅を続けました。

 

 ある日、四人はとある深い森に入りました。息苦しいほどの熱気に満ちた密林です。邪悪に曲がりくねった濃い緑の樹々が周囲に満ち満ちています。真っ赤な大輪の花々の周りには、太くて長い毒蛇や、ごつごつとして甲殻を纏った毒虫がうじゃうじゃしていました。鋭い針を持った羽虫が群れを成して飛んでいます。ところどころに紫色の毒沼が湧いていて、水面にこぽこぽと気泡を湧き上がらせていました。

 

 三人の知識あるバラモンは、この木の名前は何だ、この花の名前は何だ、この蛇の名前は何だ、というような話をしてどんどん先へ歩いていきます。四人目の知恵あるバラモンは三人の友が危ない目に遭わないように必死に知恵を絞っていました。毒蛇が降って来れば振り払い、羽虫が刺せば薬を塗り、夜には火を焚き、食べ物を調理し、空いた時間には武器を作って、三人が怪我をしたり病気になったりしないよう、四人目の知恵あるバラモンは懸命に働きました。

 

 密林はどこまでも続いていました。四人とも疲れていました。どこまで行っても同じような光景ばかり続いています。もう密林に入ってから二週間ほどが経過していました。

 

 ある日の昼頃でした。四人は何かの骨が地面に落ちているのを見つけました。大きな骨がいくつもいくつも、小さな山となって重なっています。それを見て、一人の知識あるバラモンが言いました。

 

「この密林はどこまでも続いている。私たちはどこまでも歩いていかねばならない。私はちょうど退屈し始めたところだ。どうだろう。ここに死んだ動物がいる。これを生き返らせようではないか。私たちの知識の深さを試す良い機会でもあると思う」

 

 二人目の知識あるバラモンが我が意を得たとばかりに言いました。

 

「良いだろう、友よ。私もちょうど退屈し始めたところだった。ところで私は、死んだ生き物の骨格の組み立て方を知っている。この骨もたちどころに組み上げてみせようではないか」

 

 そう言うなり、彼は骨を組み上げてしまいました。大きな立派な生き物の骨格がその場にできあがりました。首を曲げて見上げなければならないほど骨格は大きなものでした。四人ともしばらくそれを見ていました。

 

 やがて三人目のバラモンが、自分だって負けていないというような口調で言いました。

 

「私はこの骨格に皮膚と肉と血を与えることができる。骨格を組み立てるよりも高度な知識と技術だ。今、この場で、君たちにそれを見せてあげよう」

 

 そう言うなり、彼は手を動かしてその通りにしました。見る()に、それまで真っ白だった骨格に脂肪と筋肉がつき、神経が張りめぐらされ血管に赤い血が通い、ふさふさとした黄金の毛が生えた分厚い皮膚が体の表面を覆いました。

 

 それは一頭の立派な獅子(ライオン)でした。大きさは小象(こぞう)ほどもあります。口から伸びている長い牙は、密林の木々の葉の間から漏れてくる太陽光で鈍く輝いています。足の先から伸びている爪も、牙に負けず劣らず鋭く長いのです。どんなに優れた戦士であっても、一対一でこの獅子に勝つことはできないと思われました。しかし、獅子は今はまだ目を閉じてじっとしています。生命を持っていないからです。

 

 二人のバラモンがその深い知識を活かして獅子を再生させたのを見て、一人目の知識あるバラモンも負けん気を起こしました。彼は大きな声で言いました。

 

「友よ、驚くな。私はこれに生命を与えることができる。本当の意味で、これを生きた存在としてみせよう」

 

 彼が、まだ生きていない獅子に近づこうとしたその時でした。それまで黙っていた四人目の知恵あるバラモンが口を開きました。

 

「尊敬すべき知識ある我が友よ、やめたまえ。これは獅子(ライオン)だ。もし生命を与えたら私たちはたちどころに皆殺しにされるだろう」

 

 静かな、落ち着いた口調でした。その言葉を聞くなり、三人の知識あるバラモンたちは呆れ果てたような、そういう白けた表情を浮かべました。彼らは口々に、四人目の知恵あるバラモンに向かって、教え聞かせるように言いました。

 

「君は実に愚かな男だ。君は知識のなんたるかを分かっていない」

 

「知識のない君には分からないだろうが、およそ知識の活動というものは、一度それを始めれば決して最後までやめてはならないものなのだ」

 

「もし、これが君の言うとおり獅子であるとして……我々としてもこれが獅子であることを認めるのにやぶさかではないが……またこれに生命が与えられた後に私たちに襲いかかるとして、私たちはここまで苦労して進めた知識の活動をやめるわけにはいかない」

 

 最後に三人は、声を合わせて言いました。その時には、最初に漂っていたうっすらとした軽蔑の雰囲気も消えていました。

 

「知識のある者には特有の使命がある。我々はたとえ生命を失っても、知識を失うわけにはいかないのだ。愚かながらも思いやりのある我らの友よ、どうか分かってくれ」

 

 四人目の知恵あるバラモンは、三人の知識ある友のそれぞれの顔をじっと見つめました。そして静かに言いました。

 

「君たちの言い分はよく分かった。いかにも私は愚かだった。私は君たちの使命を理解していなかった。それなら、私に少しだけ時間をくれ。私がそこの高い木に登る間だけ、ちょっと待っていてほしいのだ」

 

 三人の知識あるバラモンは頷きました。四人目は木を登り始めました。彼は三人の友に向かって決別の挨拶をしました。

 

「さようなら、我が尊敬すべき三人の友たちよ」

 

 三人の方も、今度こそは深い友情が込められた表情をして、木を登っていく友に対して言いました。

 

「さようなら、我らの友よ」

 

 木はとても高く、密林を突き抜けて空中に飛び出していました。上から下を見ると、三人の友も、まだ生きてはいない獅子も、小指の先で隠れてしまうほどの大きさでしかありません。四人目の知恵あるバラモンは目がくらみそうになりながらも、じっと下を見ていました。

 

 一人目の知識あるバラモンが手を動かして、獅子に生命を吹き込むのが見えました。その直後、獅子は怖ろしい咆哮(ほうこう)をあげて動き始めました。獅子は目の前にいた三人のバラモンに襲い掛かり、瞬く間に彼らを殺してしまいました。三人は逃げようとも動こうともしませんでした。その場に赤い肉片と白い骨片が散らばりました。獅子は三人の内臓と脳髄だけを食べ、それ以外の部分は地面に打ち捨てました。

 

 食事を終えて、満足そうにごろごろと喉を鳴らした後、獅子はその場から立ち去りました。獅子は最後まで、樹上にいる四人目の男に気づきませんでした。

 

 今ではたったの一人になってしまった知恵のあるバラモンは、獅子がいなくなったのを確認すると木から降りました。彼は、その場に残されていた仲間たちの残骸を袋に詰めました。

 

 そして、重そうに袋を肩に担ぎ直すと、知恵あるバラモンは元来た道を足早に辿り、密林を出て故郷へと帰っていきました。

 

(「四人」おわり)




参考文献
袁枚『子不語2(全5巻)』(手代木公助訳、平凡社、2009年)216頁-217頁。
シブクマール『パンチャタントラ物語』(下川博訳、筑摩書房、1996年)
ボルヘス、カサーレス『ボルヘス怪奇譚集』(柳瀬尚紀訳、2018年、河出書房新社)

「五匹」は『子不語』に収録されていた「一目五先生」という小鬼の話をスペインを舞台にしてリライトしたものです。ちなみに最後の神父の言葉は『ヨハネ黙示録』第3章第15-16節です。私が特に好きな一節ですね。

「四人」の方は西暦200年頃にインドで書かれた民話・説話集「パンチャタントラ」に収録されている「四人のバラモン」の話を元にして書きました。知識と知恵、いずれが有用かという話は古今東西にありますが、「四人のバラモン」もこの類型に含まれるでしょう。しかし私としてはそれよりも、知識を持ってしまった者たちに特有の悲しみと世界との断絶という側面に興味があります。
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