フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

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※今回は四本立てです。


38. 小我・飼育・受刑・地震

「小我」

 

 朝起きたら、小さな私が本と本の間に挟まっていた。枕元に城壁のように積んである本の山の、そのてっぺん付近で、小さな私が本と本の間に挟まっていた。

 

 久しぶりに七時間以上も連続で眠ることができて、今日こそは気持ち良く目覚めることができた。そう思っていたのに、目が覚めてみると小さな私が本と本の間に挟まっているのだから嫌な気持ちになった。しかし、なんとなくだが、ずっとそのような予感がしていたのも事実だった。夢を見ている時から私は、目が覚めたらきっと小さな私が本と本の間に挟まっているぞと思っていた。だから、嫌な気持ちにはなったが、驚きはしなかった。

 

 小さな私は、毎回のことながら、やはりごく小さかった。文庫本と文庫本の間に挟まっていて、盛んに手足をじたばたとさせている。小さな私は私とまったく同じ寝巻を着ていた。私はしばらく放っておこうかと思ったが、そのまま暴れられて本の山が崩れても困ると思い、結局は救い出すことにした。本を取り除いて私を()まみあげると、小さな私は途端に大人しくなって、私の顔を見上げてきた。不愛想で不機嫌で、愛しがいのない顔つきだった。

 

 見れば見るほど、小さな私は私そっくりだった。というより、それは私そのものだった。私は()まみ上げた小さな私を枕元に置いた。小さな私は無言で座るとどっかりと胡坐(あぐら)を組んで、私のことをじっと見てきた。やがて小さな私は私に対して言った。本を減らせ。読めもしない本をこんなにも抱え込んでいるのは愚か者のすることだ。ブラントの『阿呆船』でも、一番最初に紹介されている阿呆は書物偏愛者(ビブリオフィル)ではないか。さっさと本を減らせ。

 

 私はその言葉を聞いてむっとした。私は小さな私に向かって言った。これは私の財産だ。これは私が私の身銭を切って買ったものだ。だからお前にどうこう言われる筋合いはない。たとえお前が私自身であったとしても、私が私に対してそのようにせよと命令する権利はない。私は本を捨てないぞ。それにこれは、私の精神的な活動の豊かさの表れでもある。私は阿呆でも愚かでもない。もしかすると阿呆で愚かかもしれないが、少なくとも自分が阿呆であり愚かであることを認めるだけの精神的な強靭さは持ち合わせている……

 

 そのようなことを言ったら、小さな私は私に対していかにも小馬鹿にしたような顔をした。そして言った。自分でもめちゃくちゃなことを言っているのがよく分かっているのに、それを修正することもできず、ただ怒りに任せて口からデタラメを言ってしまっている……そしてお前はそのことをよく自覚していて、例えようもない息苦しさを感じている。息苦しさというと少しファジーな表現かな。しかしそのようにしか表現ができない。そしてまた、こんなつまらないことに関しても自分なりの表現を徹底できないことについて息苦しさを感じている。そうだろう? そのとおりだった。私は何も反論できなかった。小さな私はやはり私であるだけによく私のことを分かっていた。

 

 私が黙っていると、小さな私は勝ち誇ったような醜い顔をして、続けて言った。ずっと以前から、お前には一種の強迫観念がある。およそ喋るものや書くものといった、自分の中から出てくる言葉、それらはすべて理路整然としていて、無駄がなく、簡明で誰にでも分かるものでなければならない。そのようにお前は無根拠にも思い込んでいる。「言葉とはそういうものでなければならない」と、ちょっと病的なほどに思っているのだ。無意味なこと、余計なこと、無駄なこと……そういったことは決して言ってはならないとお前は思っている。それはどこか小児的(しょうにてき)な恐怖だ。そんなことを言ったり書いたりしたら怒られると思っている。これまでに築き上げてきた精神的価値観から発した命令によってではない。ただ怒られたらこわいと思っているだけだ。誰から怒られるのか、そんなことも分かっていないのに。

 

 だから、お前はこれほどまでに本を買って溜め込んでいるのだ、と小さな私はさらに私に向かって言ってきた。口を開けば無意味なことを言うのではないかと思い、文章を書けば意味不明なことを書くのではないかと思う。常にそういう怖れを抱いているから、せめて本を読んで正しい言葉を学ぼうとする。他人の書いているものは自分のものとは違って、常に意味が明瞭で、読みやすく、正しいはずだ。だから本を読む。そしてその一部でも良いから自分のものとしようとする……だが、なぜ他人の書いているものが常にそうなのだと考えることができるのか。そのことについてお前は考えたことはない。いや、あえて考えまいとしている。

 

 自分の言語活動が本質的に無意味なのではないかという強い怖れ……それがこの本の山となってあらわれているのだ。小さな私は腕を組んで私に向かって話し続けた。だが、それならさっさと認めてしまえば良い。自分の言語活動は本質的に無意味なのではないかと思うのではなく、実際に無意味なのだと思ってしまえば、あとは開き直った気持ちになって自由になれる。何を読んで何を学んだとしても、お前の言語の本質は変わらない。そのことにさっさと気づいてしまえば良い。

 

 小さな私は立ち上がると、部屋の出口に向かって歩いていった。去り際、小さな私は言った。お前は普段から意味不明なことしか言っていないのだ。そして、死ぬまで意味不明なことしか言えないだろう。そのことをさっさと認めてしまえ。そうすれば、もう本なんてものを買う必要はなくなる。本を買ったからにはすべて読まなければ、すべてを読んですべてを学ばなければと思うこともなくなる。

 

 もっと自由になれ。本を捨てろ。小我(しょうが)に囚われるな。私だって、もっと自由になりたいのだ。そのように言って、小さな私は部屋から出ていった。

 

 私も部屋から出て小さな私を探したが、私はどこにも見当たらなかった。いつもそうだった。いつも小さな私は勝手なタイミングで現れては勝手なことを言って消えていく。

 

 次に現れた時はたっぷりと反論してやろう。私は怖れや強迫観念に駆られて本を買うのではない。私は単に、本が好きなのだ。それ以上でもそれ以下でもないのに、あのように独善的に、断定的に語られるのは我慢がならない。小我(しょうが)に囚われているのは、果たしてどっちだ。そう思いつつ、私は顔を洗うために洗面所へ向かった。

 

 洗面所の歯ブラシ立ての間に小さな私が挟まっていた。小さな私は手足をジタバタと動かしていた。

 

(「小我」おわり)

 


 

「飼育」

 

 ヒルカニアの地には巨人が住んでいる。背の高さは二十メートルほどあって、肌は緑色である。巨人は一つ目で、口には鋭く長い牙が生えており、灰色の頭髪はまばらである。しかし、異様なのはその体躯の大きさと見た目だけであって、それ以外は人間と同じく文明と社会を有している。雌雄の別があり、恋愛があり、婚姻制度があり、家がある。巨人の寿命は長く、数万年単位で生きる。

 

 ヒルカニアの地では人間が飼育されている。巨人の中でも平民に属する者たちは公共の用事に使う人間を育て、名士や貴族たちは自分たちだけの愛玩用の人間を育てる。

 

 それぞれの人間はそれぞれの巨人の能力相応に飼育される。それゆえ優れた巨人は(おおむ)ね優れた人間を育てるが、劣った巨人はだいたいにおいて劣った人間しか育てることができない。

 

 巨人たちの優れているところは、劣った巨人が育てた劣った人間であっても、それは決して不必要であるとは見なさないところである。すべては組み合わせの問題であることを彼らはよく知っている。優れた巨人が育てた優れた人間を、同じく優れた巨人が育てた優れた人間と交配させることを、通常彼らは行わない。それは長期的に見れば人間を弱めてしまうというのが彼らの主張である。優れた人間の優れた性質を長く保つためには、あえて劣った人間と交配させなければならないというのが彼らの思想の骨子であるが、もちろんそれに反論する巨人も中には存在する。しかし反論が主流になることはない。

 

 人間はそれぞれの目的に応じて使役される。狩猟、農耕、採掘、建築、運搬……そういった公共の用事に人間たちは従事する。そして、人間たちが働いて得た成果を巨人たちが享受する。しかし、巨人たちは人間のことを奴隷であるとも労働力であるとも見なさない。巨人たちは人間のことを同じ生き物として愛している。それは人間が犬のことを友として愛するのと同じである。

 

 人間を虐待する巨人は法令により罰せられる。虐待の事実が判明した場合、禁固刑か罰金刑が言い渡される。大抵は罰金刑である。(つみ)に比して(ばつ)が軽すぎるとは以前から言われていることであるが、なかなか法令は改められない。

 

 また、巨人たちは人間たちがいなければ生きていけないわけでもない。実際彼らは、自分たちの力だけでも生きていくことができる。彼らは彼ら自身でも労働することができる。彼らが労働を人間たちに任せているのは、労働することが人間にとって最も自然なことだと信じているからである。人間の最も美しい瞬間は、無我夢中で労働に従事しているその時であるということに関して、だいたいの巨人たちは同意する。ただし、これにも反論がある。そして反論が主流になることはない。

 

 不慮の事故に遭遇したり、あるいは病気になったり、または天寿を全うしたりして人間が死ぬと、巨人は人間を食べてしまう。大抵はそのまま食べるが、時には鍋で煮てから食べることもある。その場合でも形が崩れるまで煮ることはない。調味料もつけない。彼らはいかにも哀惜の念に()えないという顔をして人間を食べる。そして仲間たちに向かって人間の味の感想を伝える。巨人たちはそれが最善の葬り方だと信じているのである。

 

 巨人たちは細心の注意を払って人間を飼育しているが、どうしても全体として人間の出来が悪化し続ける時期もある。

 

 そういう時、巨人たちは人間同士に戦争を行わせる。巨人たちは人間たちを野に放ち、国々に分かれさせ、独自の言語と風習と法律を与える。そして、姿を隠して成り行きを見守る。人間たちは最初は平和な内に暮らしているが、そのうち戦争を始める。双方は盛んに殺し合いをするが、決定的な決着がつくことはない。生き残った人間を巨人たちは回収する。そして、先ほどまで殺し合いをしていた相手と交配させて、また一から飼育を再開するのである。そうすることによって人間の質はまた改善されていくというのが巨人たちの考えである。

 

 巨人たちの話によると、ここ数万年の間に人間の質は徐々に改善されてきているとのことである。互いを慈しみ、互いを思いやり、互いを愛するということが、数万年前の人間にはまだ難しかったのであるが、最近の人間はかなりの程度、それと似たようなことができるようになってきたというのが巨人たちの間での通説である。

 

(「飼育」おわり)

 


 

「受刑」

 

 私は重い罪を犯したので、それに見合った刑を宣告されることになりました。控訴することもできたのですが、私は刑を受け入れました。具体的にどのような刑を受けるのかは分かっていませんでしたが、こうして重い罪を犯した以上はそうするのが相応しいと思ったのです。私に刑を課する人々は結局、私にその刑がどのような刑であるのかは言いませんでした。ただ、これから刑が執行されると私は言われただけです。

 

 まず、私はまったく別の土地へと連れて行かれました。それまでに聞いたこともなければ見たこともない土地です。

 

 その土地で、まず私は名前を奪われました。そして私は、まったく新しい名前で呼ばれることになりました。聞き慣れない響きの名前でしたが、五、六回ほど口に出してみると、とても自然なものとして感じられるようになりました。

 

 次に私は顔を削られました。そして、真っ平になった顔に新しい特徴が盛り込まれました。鼻も、目も、口も、すべてが変わりました。最初は削られた痛みが残っていましたが、そのうちそれも消えてしまいました。新しい鼻と目と口は完全に機能しました。

 

 私の体も作り変えられました。私は手術台の上でバラバラにされて、また組み立て直されました。前よりも腕は伸び、足も伸びました。肌の色も変わりました。筋肉が増え、脂肪が減りました。内臓も入れ替えられました。脳すらも交換されたのです。私の肉体はまったく新しいものとなりました。身長は伸び、体重が増え、全体的に見てより健康になりました。

 

 私の過去も消されました。私にはまったく別の人生を与えられました。私は幸せに生まれて、幸せに育ち、そして今も人生において最も輝かしい瞬間を生きていることになりました。そして今後も、おそらくは、ずっと輝かしい瞬間を生きることになるのです。それが私に与えられた人生でした。

 

 新しい家族も用意されました。いえ、新しい家族というのは正しくありません。その家族はずっと以前から私の家族だったのです。そういうことになっていましたし、私もほどなくしてそれを受け入れました。私の家族は妻が一人と、子が二人です。妻は美しく、子は可愛らしいです。子は男の子と女の子が一人ずつで、男の子は私によく似ており、女の子は妻によく似ています。みんな優しくて、私のことを愛してくれています。

 

 それまでに私が持っていた才能と能力も消されました。私は赤ん坊のようにまったくの無能力者となった後、まったくの新しい才能と能力が与えられました。これにはやや戸惑いましたが、私はすぐにその才能と能力を活かすことができました。私はとても有能で、その土地で一番の働き者になりました。

 

 私は今、とても幸せに過ごしています。幸せの意味など考えなくても済むほどに私は幸せです。

 

 しかし、ほんのたまにですが、昔の私を思い出すことがあります。昔、私は何とかという名前だったとか、昔、私はこのようなことをしていたとか、昔、私はどこそこによく行っていたとか、昔、私は何とかという本を読んだとか……なにか特定の匂いを嗅ぐと、私は昔の私を思い出してしまうようでした。そして、ひとたび何かを思い出すと、それを止めることがなかなかできません。

 

 何かを思い出したことを周囲の人々に話すと、人々はいかにも大変だという顔をして、私に向かってお前は気が狂っているのだと叫ぶのです。自分が狂ってしまったことを認めない限り、彼らはずっとお前は気が狂っているのだと叫び続けます。私が、昔の私のことだと思っていたことはすべて気のせいだった、いかにも私は気が狂っていたのだと認めると、彼らはほっとしたような顔をして私の肩を優しく抱きます。

 

 妻も子も、私が狂っていたことを認めると、やっとお父さんが元に戻ってくれたと言って、私のことを強く抱き締めるのです。私はその時になるといつも、とてもつらく、とても悲しくなってしまって、目から涙が零れます。妻も子も、周りの人々も、私が泣いているのを見て、みんな泣いてくれます。私はそれが恥ずかしいのですが、とても嬉しくもあります。

 

 私は、私があの時どのような刑を宣告されて、今もどのような刑を受けているのか、未だに分かっていません。今では、刑を受けているということもすでに忘れているのです。

 

(「受刑」おわり)

 


 

「地震」

 

 その日は姉の誕生日だった。ちょうど休日だった。私は朝から具合が悪かった。どうしても起き上がって活動を始めることができない。昼過ぎまで私は寝巻のまま布団の中でごろごろとしていて、ろくに食事もとらず、適当に携帯電話をいじってぼんやりとしていた。

 

 午後二時前になって、母から姉の誕生日ケーキを買ってくるように頼まれた。その頃になると、私もかなり元気を取り戻していた。私は、ついでに近所で髪の毛を切ってこようと思った。前回散髪に行ってからもう二ヶ月ほどが経過していた。姉の誕生日の祝いに、汚い髪の毛で参加したくはなかった。

 

 簡単な服装に着替えてから、私は家の玄関を出た。その頃私が住んでいたのは五階建ての集合住宅の最上階だった。古い建物なのでエレベーターはなかった。人がやっと一人通れるような狭くて暗い急な階段を下りて、私は地上階へ向かった。

 

 建物から出ると、そこには駐車場が広がっていた。駐車場周りの土が剝き出しになっている敷地にはびっしりと細かな緑の草が生えていた。それは交雑したミントだった。中ほどには大きな木が一本生えていた。しかしその木がなんという木なのかは、そこに十年近く住んでいても私は知らなかった。

 

 私は駐車場を通り抜けて、住宅街の中を通じている狭い道へと歩いていった。狭い道はそのまま緩い坂道へと続いていた。両側には戸建ての住宅が立ち並んでいる。私はこの道があまり好きではなかった。暗くて、狭く、雨が降ると水浸しになる。その日は曇っていた。長い坂道を登り終えると中学校に行きつく。そこは私がもう何年も前に卒業した中学校だった。休日なので中学校には誰もいなかった。外から見た限りでは、中学校は私がいた頃と何も変わりがなかった。中学校は数年後には統廃合でなくなるという話だった。

 

 中学校の白いフェンスを左手に見ながら道を歩いていき、さらに角を左に曲がる。そこにはフランチャイズの中華料理店があった。駐輪場には子ども用の座席を増設した自転車が何台も並んでいた。中華料理店の先には小規模なマンションが建っていて、その敷地内には赤い鳥居と黒い祠が安置されている。いったい何の神を祀っているのか私は知らなかった。知ろうとも思わなかった。

 

 中学校の正門前を通り抜けた。校庭はがらんとしていて誰もいなかった。花壇には丁寧に花が植えられていた。花の種類は私が中学校にいた頃とまったく変わっていなかった。パンジーとチューリップだった。

 

 さらに先へと私は歩いていった。右側には複数の車線を備えた大きな通りがあって、何台もの車が高速で行き交っている。もうそろそろ駅前の広場に辿り着くという頃になった。私は、どこで姉のケーキを買おうかと考えていた。

 

 突然、頭上を走っている電線が鳴り始めた。それは森の中を風が吹き抜けるのとまったく同じ音だった。木々の枝と葉が擦れ合う音だった。しかし、風は吹いていなかった。私はまったく風を感じなかった。奇妙なこともあるものだと思って、私はしばらく電線を見ていた。しばらくと言っても、ほんの数秒くらいしか見ていなかった。

 

 ふと視線を下に転じると、路上に停めてある自動車が上下に激しく揺れているのが見えた。タイヤが浮き上がり、また音を立てて下に落ち、それが何度も何度も繰り返されている。まるでそれが生きているかのような動きだった。

 

 その時になって、私は初めて地震が起きていることを知った。

 

 自動車の揺れ方から見て、かなり大きな地震なのは間違いなかった。だが、私が住んでいる場所が震源というわけでもなさそうだった。どこか遠くの方から揺れは来ているように感じた。私は腕時計を見て時刻を確認した。午後二時四十七分だった。

 

 私は遠くの街並みを見た。そこには高層ビルが立ち並んでいた。ビルは何も異常がないように悠然として立ち続けていた。まだ揺れは収まらない。近くを歩いている人たちはみんな足を止めて、どこかぼんやりとした顔で遠くを見ていた。私は、今の私もきっと、この人たちと同じような反応をしているのだろうと思った。

 

 私は揺れを感じなかった。私自身が何かによって揺さぶられているという感覚はなかった。ただ、視界内の世界はすべて揺れていた。そうであるから私は、世界の揺れから間接的に、自分もまた世界と同じように揺れているのだろうと推測するだけだった。揺れは長く続いた。

 

 やがて、揺れが収まった。周囲の人たちは何事もなかったかのような顔をして歩き始めた。私もまた歩き始めた。私は何も感じていなかった。ただ、今日はなんとしても髪を切ってもらわねばならないと、そのことだけを考えていた。ケーキは買えないだろうが、髪は切ってもらえるだろうと思った。

 

 私は無性に煙草が吸いたかった。ズボンのポケットには青いプラスチック製のケースに収められた煙草と、百円ライターが入っていた。だが、私は煙草を吸わなかった。

 

 駅前広場には多くの人が出ていた。みんな建物から出てきたようだった。みんなが空を見上げていた。私は、なぜ地震で地面が揺れているのに、みんな空を見上げているのだろうと思った。私も空を見上げた。空には何もなかった。濁ったような曇り空の中で、小さな太陽が力なく輝いているだけだった。

 

 理髪店の店主と、その店員も外に出ていた。店主と店員はどこか不安そうな顔をしていたが、私の姿を見るといつもの笑顔を取り戻した。私と彼らとはもう十年近くの付き合いがあった。こんにちは。今日はお願いできますか。そのように私が尋ねると、ええ、もちろんいいですよと言って、二人とも私を店内に案内してくれた。

 

 店内は思ったよりも綺麗だった。ものは落ちなかったのですかと訊ねると、店長はトロフィーだけが落ちましたと言った。見ると、店長がそれまでに受賞してきた多くのトロフィーが陳列棚から落下していて、バラバラになって床に散乱していた。黄金の堆積だった。どうやって組み立てたものかと思っているんですよと店長は笑いながら言った。その道の専門の業者に頼まないといけないかもしれません。

 

 その日、私を担当したのは店長ではなく、店員の方だった。店員はいつものように明るい声で私に話しかけてきた。すごい揺れでしたね。こんな揺れは生まれて初めて経験しました。そのように店員は言った。私は、以前これよりもちょっとだけ弱い地震に遭ったことがありますと言った。その時は震度五弱でしたから、今回の揺れは震度六かそのあたりでしょうとさらに言うと、店員は携帯電話を取り出して、今、震度が六と出ましたと言った。

 

 髪を洗ってから、さっそく店員は散髪に取り掛かった。店員はこんなに楽しくない散髪は初めてですと言った。いつもは楽しんで散髪をすることができるのに、今日は手がただ機械的に動くだけで、全然楽しくない。私は店員が気の毒になった。髪の毛を切りに来るべきではなかったと思った。

 

 そうやって散髪をしてもらっている最中にも、何回か余震があった。私は余震の方に恐怖を覚えた。余震のたびに私は店長と店員に促されて、半透明の薄いクロスを被せられたまま店の外に出た。多くの人がまだ外に出たままだった。みんな不安そうに空を見上げていた。私は、なぜ地震で地面が揺れているのに、みんな空を見上げているのだろうと思った。そして、もしこうやってクロスを被ったまま死んだらどうしようと思った。間抜けな死。

 

 やがて、散髪が終わった。店長と店員は、今日は早めに店を閉めますと言った。私は余震で地面が揺れている中、また歩いて家へと戻っていった。道中には何も変わりはなかった。遠くのビル群にも何も変わりはない。悠然としてビルの群れは立っている。私は腕時計を見た。時刻は午後四時前になっていた。

 

 中学校の脇を通り抜け、住宅街の狭い下り坂を通り、私は自分の家のある集合住宅下の敷地に着いた。集合住宅の住民たちは外に避難していた。大きな木の下にはひとつの家族が不安そうな顔をして立っていた。みんなが空を見上げていた。

 

 私は、なぜ地震で地面が揺れているのに、みんな空を見上げているのだろうと思った。私はまた暗くて狭い階段を上って、自分の家へと帰った。

 

(「地震」おわり)




参考文献 ボルヘス、カサーレス『ボルヘス怪奇譚集』(柳瀬尚紀訳、2018年、河出書房新社)

今回はかなり苦戦しました。天候と気圧の影響をもろに受けるので悪天候の時はまったく書けなくなるという……「小我」は完全オリジナルです。「飼育」は『ボルヘス怪奇譚集』に収録されているキケロのヒルカニアの犬の飼育に関する一篇から着想を得ました。「受刑」も同じく『ボルヘス怪奇譚集』に収録されているポール・ヴァレリーの『未完の物語』の一節を私なりに書いてみたものです。「地震」は私自身が体験したことを小説仕立てにしたものです。
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