「怪蛇」
「貴州に行った時に、俺は確かに化物を見たんだ」
「ある時、俺は商用の旅の途中、某村を通り過ぎた。山間の小さな村なんだが、村の民家はどれも綺麗で、立派な会堂まで備えている。石造りの倉庫もあるし、なんと大きな学校まであるんだ。こんな辺鄙な村になんでそれだけのものを建てられる余裕があるのか、俺は不思議に思った」
「よくよく見ると、民家の多くが奇妙なものを軒先にぶら下げている。何か黒っぽくて細長い動物の皮なんだが、鱗が生えていて小さな甲羅までついていた。それを日干しにして乾かしているのだ。なにやら不気味な雰囲気だった。いったいなんだと思って近くを歩いていた村人に尋ねてみると、次のようなことを話してくれた」
「村から五里ほど行くと小高い山がある。以前は誰もその近辺には行っていなかったんだが、村はそこを一種の入会地にすることにした。山は薪を拾ったり山菜を摘んだりする場所として定められ、多くの村人がそこへ行くようになった。当然その麓の辺りは人々が足しげく往来することになったんだが……そこに化物がいた」
「山の麓の道の傍らには大きな枯れ木が一株あったんだが、この木の中には蛇が潜んでいたのだ」
「この蛇というのが、ただの蛇ではない。長さは一丈から二丈ほどもある。頭部は人間の老人のようで、耳は驢馬のように長くて黒い毛が生えている。耳は自由自在に動き、動くたびにさわさわと音を立てる。鱗は古い松の木の樹皮のようだ。背に当たる部分には小さな甲羅もある。そして、蛇であるのにも拘わらず、そいつは足が一本だけ生えている。鶏の脚そっくりだ。老人のような頭部からは赤くて長い舌を出す」
「厄介なことに、こいつの動く速度は早い。人間が走って逃げても普通に追いついてしまう。一本だけの脚を器用に動かして、躍るようにして走るのさ。人間に近寄ると、口から緑色の毒気を噴き出して暈倒させる。それで、倒れた人間の鼻の穴の中にその長い舌を挿し込んで、脳髄と血液を啜り取るのさ。聞くだけで怖気を振るうような怪物だろ? 地元の人間は『怪蛇』と呼んでいた」
「怪蛇に襲われて殺される村人が続出したので、村としては何としてもそいつを倒さねばならなくなった。しかし、この村というのが少しばかりいやらしい村で……自分たちはこれ以上危険な目に遭いたくない。だから、外部から食い詰めた者とか浮浪者とか乞食とかを呼んできて、そいつらに怪蛇を退治させることにした。もちろん、危険な仕事ではあるから村は大金を前払いするという。しかし、いくら大金を積まれても、それに応じる者はいなかった。生きたまま脳髄と血を啜られるのかもしれないのだから、当然と言えば当然だ」
「翌年になって、ようやく二人の乞食がこれに応じた。乞食といってもどこか意気軒昂としたところがあり、身なりもあまり悪くない。村の人間がこれまで何をして過ごしてきたのかと聞くと、中国全土を流れながら村を悩ませる害獣だの蛇だのを退治して、それで金を得ていたと答える。これならうってつけだということになって、村は乞食二人に前金を払おうとした。しかし乞食たちは『報酬は蛇を殺してからで良い』と言う。ただし、要求する報酬は村が出すと言っている金額よりも五割高かった。『危険な仕事だからそれくらいはいただく』と乞食は言う。村人たちは、こうなったら仕方がないとして要求通り報酬を払うことにした」
「乞食たちはさっそく怪蛇を倒す準備を始めた。かなりの重さがあってよくしなる長竿を二本、また刃が大きくて幅の広い扎刀を二振り用意し、これを道の傍らの耕地の脇に置いた。また、その耕地にはあらかじめよく水を撒いておいて、足を踏み入れると容易に脱出できないほど深い泥地を作っておいた。それだけの準備を終えると乞食たちは服を脱いで裸になり、互いの体に蜂蜜を塗りたくった。蛇は人間の唾液の匂いか、あるいは蜂蜜の匂いを好むらしい。乞食二人はこれまで蜂蜜を使っているとのことだった。用意するのに金はかかるが、蜂蜜の方がより確実に誘き出せるらしい。そして、乞食二人は道の傍らの枯れた松の木の傍に行くと、横になって怪蛇が出てくるのを待った」
「すぐに怪蛇が出てきた。長い体に一本だけ生えた鶏のような脚をぴょんぴょんと動かして、老人のような頭部から長い舌を伸ばして乞食二人に迫ってくる。二人はたちまちのうちに逃げ出したが、もちろんそれは演技だ。二人は全速力で走る。怪蛇もものすごい速度で追ってくる。乞食たちは例の、泥地にしておいた耕地の中へと逃げ込んだ。蛇もそこへ入ってくる」
「すると、見る間に怪蛇は泥に鶏の脚を取られて動けなくなってしまった。脱出しようとしてもがけばもがくほど怪蛇は泥の中にはまっていく。乞食二人は怪蛇が動けなくなったのを見ると、勇躍して用意しておいた武器を手に取った。まずは長竿で蛇の頭部をひたすら殴り続ける。そして、蛇が口からべったりと血を出して昏倒したところで二人とも長竿を捨てて刀に持ち替え、蛇の頭部と胴体との境目に向かって何度も何度も刃を振り下ろした。ついに頭部が切断されて、蛇は死んだ」
「村人たちは歓喜して乞食たちの働きぶりを褒めた。しかし乞食たちは言った。『松の木の中を見たところ、あの怪蛇は地面の下に何百個もの卵を産んでいた。それはすべて潰しておいたが、この様子だとあの山の周りには同じ怪蛇が何匹も、何千匹も棲息しているかもしれない。私たちはもうこの地から去るが、あなた方は退治の方法を知っておいた方が良い。また、あの蛇の肉は良い金で売れる。この村の新たな産業としても良いだろう』 そう言って乞食たちは村人に、蛇の退治のやり方を一から丁寧に教えて、それから多額の報酬をもらって去っていったという」
「俺が村に来た時には、その乞食たちの話からもう十年以上が経っていた。乞食たちの見立てどおり、その後怪蛇はうようよと山から出てきて村を襲うようになったそうだ。最初の頃は何人か犠牲者が出たが、そのうち村人たちも退治に慣れてきて、今ではすっかり怪蛇退治は日常的な光景になっているとのことだった。乞食たちが言った通り、殺した蛇の肉は非常に上質で、乾燥させて粉末にすれば滋養強壮剤としても使えるので、村の貴重な収入源になっているという」
「村人は俺に『どうですか? これからまた怪蛇退治が始まりますが、あなたも見物していきますか?』という。俺はもちろん承諾した。村人は俺を村の外れに案内した。そこには泥地がいくつも用意されていて、周囲には長竿と槍と刀を持った村人たちが待機している。一人の敏捷そうな体つきをした若者が着物を脱いで蜂蜜を体に塗っていた。村人は俺に『体に直接蜂蜜を塗らないといけないのです。どうやら人間の肌の匂いと蜂蜜の匂いが混ざりあったものを怪蛇は好むようなので』と説明してくれた」
「やがて、若者が地面に横になった。すると、村の向こうの森の中から、ざわざわと音を立てて何かが姿を現した。それは、それまでの話どおりの姿を怪蛇だった。十匹ほどいる。しかしいずれも大きさは大したことがない。せいぜい大きいもので長さ五尺といったところだ。話に聞いていたよりもだいぶ小さいなと俺が言ったら、最初に乞食二人が倒したものが特別大きかったようですと答えが返ってきた」
「怪蛇たちは一本の脚を器用に動かして、躍るような動きで裸で横たわっている若者に向かってきた。赤い旗が立ててある地点を怪蛇が通り過ぎた時に、監督の男が合図役に声をかけた。合図役は銅鑼を鳴らした。銅鑼は二度鳴らされた。その瞬間、若者は起き上がって一目散に走り始めた。村人が俺に言った。『銅鑼が鳴らされる回数によって、誘き寄せる泥地の場所が違うんです。今回は十匹いますから、第二番の泥地ということになります』」
「そう言っている間に、すでに怪蛇たちは泥地にはまりこんでいた。泥の中でのたうち回っている。『あの泥にも細工がしてありまして』と村人は言った。『普通の泥よりも粘り気が強く、もがけばもがくほどまとわりつくようにいろいろと混ぜ物がしてあります』 泥地の周りで待機していた村人たちは長竿を手に取り、淡々と、無表情に、あたかも穀物を脱穀するかのような手慣れた手つきで、怪蛇たちの頭を叩いていく。みるみるうちに怪蛇たちの動きが鈍っていった」
「頃合いを見て村人たちは長竿を地面に置き、泥に沈みこまないように幅広の田下駄を履くと、刀を手に取って、今では瀕死となって泥の中で微かに動いているだけの怪蛇に近寄っていった。顔には特殊な造りをした分厚い覆いをしている。『あの覆いは蛇の毒気を防ぐものです。中には細かく砕いた炭が入っています。以前、死んだふりをした蛇に毒気を吹きかけられた者がいたので、その対策です』 村人が説明している間に、怪蛇たちの頭部は切断されていた。勢い良く真っ赤な血が迸っているのを、別の村人が手桶で受けて回収している。『血も薬になりますし、良い染料にもなるのですよ』 村人はどこか自慢げに言った。『怪蛇はどこをとっても無駄がありません』」
「怪蛇を倒してそれを売るようになってからは、村はどんどん豊かになっていったという。しかし、村人が言うには、それだけでは足りないとのことだった。『いつか怪蛇が死に絶えて村に来なくなるなどということがあるかもしれませんから、そうなった時のために今から色々と対策をしているのです。学校を建てたのもその一環です。今のうちに勉強ができる子どもを育てておけば、その中から科挙に合格して役人になる者が出てくるかもしれない。一人でも挙人が出て、役人になれば、もう怪蛇の産業に頼る必要はありませんからね』」
「俺はお土産として怪蛇の皮をもらった。今でもそれは俺の家の居間に飾ってある。家を訪ねてきた人は必ず『これは何の皮ですか』と訊いてくるから、俺はいちいち最初から最後まで話をしてやるんだが、誰も信じようとしないんだ。いやはや、冗談がお上手ですねと……冗談でこんな話をこさえる馬鹿がこの世のどこにいるんだ」
「それにしても、俺はあの乞食二人のことが気になって仕方がない。今でもあの二人はこの広い世界のどこかで化物退治をしているのだろうか……あの二人のすごかったところは、怪蛇を倒したことだけではないと俺は思う。もちろんそれもすごいことだったとは思うが、それ以上に、怪蛇を倒す方法を村人に伝授して、それを産業とせよと教えたところがすごかった。たぶんあの二人は実際のところ乞食ではなかったのだろう」
「しかし、俺は殺されていく怪蛇に対して、一抹の憐れみを覚えなくもなかった。怪蛇は紛れもなく化物だが、突き詰めて考えてみるとただの変わった蛇でしかない。祟りをなすような鬼神の類ではない。ちゃんとした生命を持った存在なんだ。それなのに、怪蛇たちは実に淡々と殺されていく。そこには生命という感じはまったくない。豚や鶏を捌く時の方がもっと生命を扱っている感じがする。なんというか、感覚としては職人が金属や革や木材を相手に作業するのを見るのと似ているんだよ。村から出て道を歩いている時に、俺は『もし自分が怪蛇だったら』なんてことをつい考えてしまった。部外者だからこそそんな気持ちを抱いたのだろうが……村人にだって生活があるからな」
「もしあの村から挙人が出て、それが役人として働き始めたら、そいつはどんな仕事をするんだろうな。たぶん、怪蛇を殺すような仕事ぶりなんだろうな。生命を生命として扱わない村から出た役人なんて……ああ、ぞっとするね」
(「怪蛇」おわり)
「華佗」
後漢末の伝説的名医として知られている華佗は、蛇退治の事績でも有名である。華佗は現在の江蘇省にあった沛国の出身で、字を元化といった。蛇退治とはいっても、華佗はもちろん医学的に蛇退治をしたのである。しかし当時の人間にとって医学などというものは奇術に近いものがあった。そのために華佗も幾たびか誤解を受けて、危難さえも甘んじなければならなかったのである。
ある時、河大の太守である劉勲の娘が病にかかった。大人しい性格をした娘は二十歳近く、綺麗な顔立ちですっきりとして美しい。だが、左足の膝の裏側に大きな腫れ物ができていて、どうしてもそれが治らない。痒みはあるのだが痛みはない。時々、腫れが小さくなって痒みもなくなる時があるのだが、日が経つとまた腫れが大きくなる。このような症状がもう七、八年も続いていた。治ったり治らなかったりを繰り返すので、抜本的な対策をとらないでいたら、いつのまにかこんなことになっていたのだった。
このままでは娘を嫁がせることもできない。困った劉勲は華佗を呼び寄せて診てもらった。心の底から娘を思いやってのことではない。劉勲は自分の政治的な立場を守るために、娘を婚姻政策の動画として利用しようとしたのである。華佗はすぐにやってきた。髪の毛は白いが顔立ちから立ち居振る舞いまで三十代の若者そのものである。仙人の一種なのか、それとも山師なのか詐欺師なのか、劉勲にはちょっと判断がつかなかった。
華佗はしばらく娘を診察していたが、やがて「これならば簡単に治るでしょう」と言った。あまりにも自然に、気負わずにそのように言うものだから、劉勲は「ずいぶんと大言壮語をするが、もし治らなかったらお前の首を刎ねるぞ」と言った。劉勲は当時跋扈していた武将たちの中でも特に武将らしい性格をしていて、考え方も言葉遣いも非常に荒っぽい。しかし、そのように凄まれても華佗は動じなかった。「どうぞお任せください」と言って施術にかかる。
華佗はまず、米ぬか色をした犬一匹と、駿馬二頭を用意するように劉勲に頼んだ。「なぜ医術に犬と馬が必要なのだ」と劉勲はぶつぶつ文句を言ったが、結局はそのとおりにした。犬は劉勲のお気に入りの若い猟犬で、駿馬は許都の曹操から贈られた自慢の馬だった。
次に華佗は、犬の首に縄をかけて馬に繋ぎ、馬に犬を引っ張って走らせ始めた。隣で施術を見ていた劉勲は「馬鹿野郎!」と怒鳴って華佗の頭をぶん殴った。「そんなことをしたらうちのワンちゃんが怪我するだろうが! 死んじまったらどうする!」 しかし華佗は平然としている。「あなたの犬が死ぬのと、あなたの娘が死ぬのと、どちらがよろしいか」 そういうふうに言われると劉勲としても口を閉じざるを得ない。
華佗は馬が疲労するともう一頭の馬に交代させ、延々と駆け続けさせた。こうして約二十キロメートル以上も走らせたところ、犬は疲れきってしまって動けなくなってしまった。劉勲は犬を抱き上げて「おお、おお。可哀想に……無茶なことをさせられて、本当に気の毒だった。この後はゆっくり屋敷で休もうね」と頬ずりをしながら言った。劉勲は人間よりも犬が好きなタイプだった。だが、華佗は劉勲に「まだ終わってはいません」と言った。
華佗はまた犬を引き取ると、今度は人に引かせて歩かせ始めた。劉勲は華佗の頭をもう一度ぶん殴った。「うちのワンちゃんが疲れきっているのは分かってるだろうが! そんなことをしたら本当に死んじまうだろ!」 だが、華佗はまたしても平然として「あなたの犬が死ぬのと、あなたの娘が死ぬのと……」と言い始めた。その口調が妙に癇に障ったので、劉勲はもう一発、華佗の頭をぶん殴った。それでも、犬を歩かせるのを制止することはなかった。
今度は十二キロメートルほど犬は歩いた。つまり犬は合計で三十二キロ以上歩いたことになる。犬を歩かせている間に、華佗は薬の調合をしていた。出来上がった薬を娘に飲ませると、娘はすぐにすやすやと眠り込んでしまった。劉勲はここに至って初めて「あ、なんか医術っぽいことをしている」と思った。
それから華佗は大きな刀を使い、犬の腹を後ろ脚の付け根から少し前の部分から真っ二つに断ち切ってしまった。そして、血が噴き出ていてまだ生温かいその切り口を、娘の腫れ物と向かい合わせに置いた。六センチから九センチほど離して置いておくのである。
劉勲は激怒した。「おのれ、よくもうちのワンちゃんを!」 劉勲は刀を手に取って、華佗を真っ二つにしようとした。しかし華佗は言った。「ここで私を真っ二つになさるのもけっこうですが、そうするとあなたの娘は助かりませんよ。あなたの娘の命と引き換えにしてまで奪う価値が私の命にあるとお考えならば、そうなさっても構いませんが」 劉勲はなんとか刀を下げることができた。
「これで娘が治らなかったら」と劉勲は華佗に言った。「お前を同じように馬に曳かせて走らせて、疲れきったところを真っ二つにしてやるからな」 華佗は答えた。「心配はご無用です。そろそろ動きがあるでしょう」
しばらくそのままにしておくうちに、やがて娘の腫れ物の表面近くに何かが浮かび上がってきた。それは蛇のようだった。腫れ物の中でのたうち回っている。「ぎゃあ、キモイ!」と劉勲は叫んだ。劉勲は犬が大好きだったが、蛇は大の苦手だったからである。
しかし華佗は手慣れたものだった。華佗は頃合いを見計らって、皮膚越しに蛇の頭に錐を突き刺した。蛇はなおも腫れ物の中で身悶えしていたが、やがて動かなくなった。その間も娘は眠ったままだった。劉勲は両手で目を覆っていたが、指の隙間からしっかりとその光景を見ていた。
華佗は小刀を取り出すと、腫れ物を切開して蛇を取り出した。ずるずるずるっと蛇が傷口から出てきた。「キモすぎる!」と劉勲は叫んだ。華佗は劉勲を無視した。蛇の長さは九十センチほどあった。それは正真正銘、本物の蛇で間違いなかった。華佗は劉勲に「どうぞ、お確かめください」と言って蛇を投げつけた。劉勲はすぐに投げ捨ててしまいたかったが、一応はちゃんと確かめることにした。蛇にはいくつか変わったところがあった。眼の穴は開いているものの眼球はなく、また鱗が逆さに生えていた。
華佗は劉勲に言った。「蛇を返してください。これは薬に使うことができるので」 劉勲はすぐに蛇を返してやった。
華佗は切開した傷口に膏薬を塗りつけた。七日後には娘の腫れ物はすっかり消えていた。
おそらく華佗が娘に飲ませた薬は麻酔薬の一種、「麻沸散」として知られているものだろう。劉勲は犬が死んだ恨みこそあったが、華佗を名医として認めざるを得なかった。後、曹操が華佗を招聘したのも、劉勲がこの時のことをもって曹操に推薦したからであると思われる。
劉勲はその後、一族や食客の法令違反を告発されて、罪を負って処刑されたという。没年は不詳である。
華佗が蛇退治をした話はもう一つある。ある時、華佗が道を歩いていると、喉が緑色に膨らんでいる病人を見つけた。食事をしても飲み下すことができないため、家の者が車に乗せて、医者のところへ連れて行こうとしているところだった。
華佗は車を呼び止めた。病人の家族は怪訝な顔をする。華佗はどうみても仙人か詐欺師か山師かにしか見えない。そして、まさか仙人がそこらの道を歩いているわけがないから、家族は華佗のことを詐欺師か山師だと思ったのだった。
「私は医術の心得がある。その者を治してやれるかもしれない」 華佗は丁寧な口調でそう言うのだが、なかなか家族は肯んじない。しばらくして、ようやく家族は「まあ、診てもらうだけなら」と言って、華佗に近づくことを許した。
華佗はその病人を診てやった。呻き声をあげて苦しんでいる病人をしばらく診察した後、華佗はおもむろに顔を上げて、車に同乗している家族に対して言った。
「ここまで来る道の途中にせんべいなどを売っている総菜屋があっただろう。そこで大蒜を漬けた酢を買ってきなさい。三升もあれば充分だ。それを飲ませなさい。それでこの病気は自然と治るはずだ」
そんなわけねえだろと家族は思ったが、試してみるだけ試してみることにした。総菜屋の亭主は「三升もの大蒜酢を飲ませたら死んじまうぞ」と言ったが、隣にいる華佗は「私の言うとおりにしろ」と言う。家族は迷いながらも、とりあえず飲ませてみるだけ飲ませてみることにして、病人の喉に大蒜酢を流し込んだ。
すると、病人の顔色がほんのすこし良くなった。家族は「もしかして」と思い、もっと酢を飲ませてみることにした。飲ませるたびに病人の顔色はどんどん良くなる。
これは本当に治るかもしれない。家族の顔が明るくなった、その時だった。三升すべてを飲ませ終わった時、病人は大きな咳をし始めて、それまで飲んだ酢をすべて吐き出し始めた。尋常ではない苦しみ方である。胃の中身どころか体の中身すべてが出てしまうのではないかと思われるほどの吐きっぷりだった。
「この野郎、よくも騙したな!」 家族は華佗を袋叩きにした。だが、華佗がボコられているその最中に、病人はまた大きな咳をした。その瞬間、喉から一匹の白い蛇が飛び出してきた。蛇は地面に落ちてのたうち回っている。病人の喉は元通りになっていた。
呆気に取られている家族を後目に、華佗は蛇を拾い上げると容器に入れ、「これは頂いていくぞ。薬に使えるのでな」と言って去っていった。
華佗は曹操の典医として重用されたが、後に曹操の勘気に触れて処刑された。時に建安十三年(208年)のことであった。
(「華佗」おわり)