フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

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5. 炎

 私は大きかった。私の力は偉大だった。しかし私は小さかった。私の心は卑小だった。

 

 ゆえに私は破れた。力が弱く、しかし心は偉大なる者たちが私を倒した。魔なる者であるがゆえに私は破れたのではなく、卑小であるがゆえに破れたのであり、女であるがゆえに私は破れたのではなく、(よこしま)であるがゆえに破れたのだった。

 

 激戦の末に彼らは私を打ち倒した。彼らのうちの一人が私の首を()ねた。私が身に纏う漆黒の鎧はいかなる刀刃(とうじん)も通さず、私が羽織るマントはいかなる魔法も通さなかった。それでも彼らは怖れることなく前へ前へと進み出て、戦い、幾多の仲間たちの(かばね)を積み重ね、ついに私の首を刎ねた。私の首は細かった。細く、白かった。

 

 私の頭部は城の大広間に転がった。磨き上げた黒大理石には真紅の絨毯が敷かれていた。黒大理石は女神を祀る大神殿から剥ぎ取ったもので、絨毯は聖地の霊獣の血で染め上げられたものだった。私がそれらのことを為したのだった。今では絨毯は彼らの血をも吸っていた。私の頭部は真紅の絨毯の上に転がった。

 

 私は首だけになって、切断された自分の体を見た。私の体は横たわっていた。首を元に戻せばそのまま動き出しそうなほどに、私の体は完全だった。起伏のある体はまるで人間の若い女のようで、娼婦のように豊かで淫らだった。だが、私は人間ではなかった。私は自分の体にまだ魔力が残っているのを感じていた。私の魔力は私の臓器にあった。私のすべての臓器が魔力を持っていた。

 

 彼らは私の首を見ていた。そして、私の体をも見ていた。私も首だけで彼らのことを見ていた。

 

 彼らの中で、ひときわ勇気があり、膂力に優れ、正義の心に富む者がいた。その者が私の首を刎ねたのだった。その者が私を見た。私も彼を見た。彼と私の目が合った。彼は青い目をしていた。夏の空のように青い目だった。

 

 私はずっと以前から彼のことを知っていた。彼も私のことを知っていた。私たちは、心は通じ合っていなくても、言葉だけは交わしていた。たくさんの言葉が交わされた。彼の言葉は(あたた)かかった。私は彼の言葉が好きだった。彼の言葉は私の心の中に、静かに降り積もる雪のように堆積していた。それでも、私の心は卑小なままだった。ずっとそうだった。私は(よこしま)だった。

 

 彼は目を逸らした。私は彼を見続けていた。

 

 彼が言った。我らはついに宿願を果たした。我らはこの世の正義を、人間の正義を示した。巫女を殺し、人類を殺し、神殿と世界を劫略(ごうりゃく)した魔なる者は今や(むくろ)となってこの場に倒れている。それは我らに力があったためではない。また、我らが偉大であったがゆえでもない。ただ正であったがゆえに、我らは勝利したのである。なるほどこの者は魔なる者であった。狂猛(きょうもう)なる魔にして偉大なる者であった。しかるに我らは正であった。力弱くとも我らは正であった。正なる者は必ず魔に打ち勝つのである……それがこの世の(ことわり)である。

 

 そうではなかった。やはり彼らは偉大だった。彼らの心は私よりも偉大だった。彼らは気高く、勇気があり、愛があった。私が破れたのは私が魔であったがゆえではなかった。私は臆病で、卑劣だった。(よこしま)だった。愛などなかった。彼らは……いや、彼は、私を受け入れようとしてくれた。私はそれを拒否した。私は逃げた。私は逃げきれなかった。そして私は破れた。

 

 彼らは偉大だった。偉大であるがゆえに、彼らは私の頭部と体をこの場にそのままにして去っていった。頭部を持ち去ることもなかった。彼らは私の(むくろ)を辱めることもなかった。私は彼に抱かれたかった。彼が私の頭部を抱いてくれれば良いのにと思った。彼に抱かれて、私はそのままこの世から剥離してしまいたかった。彼は、ごめんと言って去っていった。私は待ってと言いたかった。私は泣きたかった。それでも涙は出なかった。

 

 彼らは私の肉体を辱めなかった。そのかわりに、彼らは私の城に火をつけた。魔法の炎だった。強力な火だった。城は瞬く間に炎上した。瞬時にして大広間にも火がついた。私の周りには火柱が立ち昇った。紅蓮の炎は次第に赤黒く変色した。それは、火がこの城の魔力を元にして燃えているからだった。

 

 やがて、燃え盛る炎は人の姿を纏った。

 

 人間の女の姿だった。炎の女の顔は、憎悪と喜悦に歪んでいた。私はその顔に見覚えがあった。それは私が最初に殺した女だった。女は女神を祀る大神殿の巫女だった。この世でもっとも魔力に富んだ女だった。若くて、美しくて、優しい女だった。巫女は彼を愛していた。彼はそれを知らなかったけれども、私はそれを知っていた。巫女はまた、私をも愛していた。彼を愛するように私を愛しているわけではなかったけれども、彼女は私を愛していた。それでも、私は彼女を愛していなかった。彼女が彼を愛していることを知っていたから、私は彼女を愛していなかった。私はその頃小さかった。私は小さくて、臆病で、何も知らなかった。今でも私はそのままだった。

 

 母が死んで、父に捨てられて、生きるところを失って、それでも彼を受け入れられなくて、最後に私は巫女を殺した。巫女を殺して私は力を得た。私は巫女の(むくろ)を貪って、偉大なる力を得た。その時、巫女はまだ生きていた。彼女は私を許すと言った。私のすべてを許してあげると言った。だが、私は彼女の言葉を受け入れなかった。あげるという言葉が許せなかった。私は、彼女がまだ生きているのに、生きたまま彼女の肉体を(むさぼ)った。私は彼女の体を刃物で切り開いて、錆びた刃物で切り裂いて、彼女の臓物を貪った。彼女は生きていた。生きたまま私に貪られた。そして私は力を得た。

 

 力を得て、私はこの城を建てた。ゆえに、この城の魔力は巫女のものだった。私のものではなかった。私の肉体に宿る魔力も、すべて巫女のものだった。

 

 巫女は今やそこにいた。巫女は今や炎となってそこにいた。巫女は私を憎んでいた。顔は憎悪に歪んでいたが、口は喜悦を(たた)えていた。巫女は何も言わずに私の(そば)に近寄った。巫女は炎の(かいな)で私の頭部を抱き抱えると、高く真っ直ぐ掲げた。耐えがたいほどに熱かった。それも当然だと私は思った。炎に支えられて、私の頭部は今では高いところにあった。私は、私の肉体を見下ろしていた。

 

 炎はさらに燃え盛っていた。巫女は炎の体を増やした。今では巫女は、何人もの炎の姿となっていた。巫女たちは手にナイフを持っていた。炎のナイフだった。ナイフの刃は歪んでいた。炎のナイフは錆びていた。炎が燃え移るように、巫女たちは私の肉体に群がり寄った。私は高いところからそれを見ていた。巫女たちは私のマントを脱がせた。私から離れたマントは瞬く間に燃え尽きた。巫女たちは私の鎧を脱がせた。漆黒の鎧は炎に焼かれて白くなった。鎧は見る間にひびが入って、砂糖菓子のように崩れ落ちてしまった。

 

 巫女たちは私の服を脱がせた。私の肉体は今や何も纏っていなかった。私の肉体は白かった。雪のように白かった。白い素肌には傷一つなかった。起伏のある体はまるで人間の若い女のようで、娼婦のように豊かで淫らだった。炎が迫っても、私の肉体は焼けなかった。私の肉体にはまだ魔力が残っていた。それでも私は熱を感じた。耐えがたいほどに熱かった。

 

 巫女たちは一斉に、炎のナイフを私に突き立てた。

 

 耐えがたいほどに熱く、耐えがたいほどに苦痛だった。それも当然だと私は思った。錆びた炎のナイフは私の腹部を傷つけた。刺さったナイフにさらに力が込められた。皮膚が裂かれ、肉が切られた。ナイフはまた、私の胸にも突き刺さった。私の二つの乳房は切り落とされた。私の肋骨は折り取られた。私の心臓と肺臓が露出した。私の腹部も切り開かれた。私の臓器が露出した。

 

 巫女たちは力を込めて、私の手足にナイフを当てた。何度も何度も、ナイフは行き来をした。肉が切られ、骨に達した。骨が折られて、また肉が切られた。私の手足は切り落とされた。巫女たちは、私の臓器を取り出し始めた。錆びた炎のナイフで、巫女たちは私の臓器を取り出した。赤い薔薇のような心臓と、冬の空のような二つの肺臓が取り出された。赤褐色の肝臓と赤黒い膵臓と、二つの腎臓が取り出された。桃色の胃と、同じ色をした長い腸が取り出された。膀胱と胆嚢と脾臓が取り出された。最後に、巫女たちは私の子宮と卵巣を取り出した。

 

 取り出された内臓を、巫女たちは手に手に取って、自分たちの間で回して見始めた。何度も何度も、内臓は巫女たちの間を往復した。巫女たちは何度も頷いた。納得するように、巫女たちは何度も頷いた。それでも巫女たちは何も言わなかった。憎悪の色は薄れていたけれども、喜悦の色は深まっていた。巫女たちの口はさらに歪んでいた。

 

 そして、巫女たちは私の臓器を食べた。

 

 私の臓器は、一斉に巫女たちの口へ運ばれた。

 

 巫女たちは私の臓器を貪り始めた。炎はやはり貪欲だった。瞬く間に臓器は食べられていった。最初に乳房が燃えて消えた。手足が燃えた。肺臓が燃え尽き、肝臓と腎臓が炎の中に消えた。二つの腎臓は灰になった。胃と腸は黒く(ねじ)れて崩れてしまった。膀胱と胆嚢と、脾臓は溶けてなくなった。子宮と卵巣は見せつけるように丁寧に咀嚼されて、ゆっくりと時間をかけて燃やされていった。

 

 最後に、心臓が残った。赤い薔薇のような心臓は、すべての中で一番魔力を持っていた。巫女たちは寄り集まって一人になると、その長い(かいな)で私の頭部を支えたまま、私の目の前で私の心臓を貪った。口を開けて、音を立てて、一人になった巫女は私の心臓を貪った。心臓はなかなか燃え尽きなかった。心臓には、一番魔力があった。

 

 やがて、心臓もなくなった。燃えて、炎になって、巫女の中に取り込まれていった。空っぽになった私の肉体も、燃えて灰になってなくなった。

 

 いつしか炎は消えていた。炎が消えて、私の頭部は下に落ちた。城は燃え尽きていた。大広間も燃え尽きていた。黒い大理石も、赤い絨毯も、すべてが燃えてなくなっていた。下に落ちた私の頭部は、燃え尽きた床の上を転がった。私は上を向いていた。夜になっていた。空には大きな月があった。いくつも星が輝いていた。

 

 巫女がそこにいた。

 

 あの時、私が食べた時、私が生きたまま彼女を貪った時、その時と同じ姿をして、巫女はそこに立っていた。月の光を受けて、巫女は淡く白く輝いていた。巫女には力が戻っていた。

 

 巫女は私の頭部を見下ろした。笑顔が月の光に照らされていた。巫女はそっと両腕を伸ばして、私の頭部を抱き上げた。彼女は優しく私を抱いた。そっと、花に囁くような声で、巫女は私に、私を許すと言った。私のすべてを許してあげると言った。

 

 だが、私は彼女の言葉を受け入れなかった。あげるという言葉が許せなかった。私は、巫女がまだ彼を愛していることを知っていた。

 

 私は彼に抱かれたかった。今、彼が私の頭部を抱いていてくれれば良かったのにと思った。彼に抱かれて、私はそのままこの世から剥離してしまいたかった。

 

 それでも今、私は巫女に抱かれていた。巫女は私の言葉を待つように、いつまでも私を抱き続けていた。

 

(「炎」おわり)




こういう話は内容的にも形式的にも語り方的にも8,000字や10,000字の短編にはしづらいのですが、掌編だと充分可能になるわけです。ちょっと猟奇的な話になってしまいましたが、R-18ではないでしょう、たぶん。
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