フロースヒルデの歌   作:ほいれんで・くー

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※今回は二本立てです。


50. 豆・小鳥

「豆」

 

 その昔、豆と麦藁(むぎわら)(すみ)がいた。三人は友達だった。彼らはいつも一緒だった。

 

 だが豆は麦藁(むぎわら)(すみ)のことが嫌いだった。嫌いだという感情を直接的に表に出すことはなかったが、内に秘めれば秘めるだけその感情は増幅されて根深いものとなっていくのだった。なんとかして麦藁と炭を好きなままでいようと豆は努力したが、それも次第に虚しいものとなっていった。

 

 なぜ豆がそれほどまでに麦藁(むぎわら)(すみ)が嫌いだったのかというと、この両者がしょっちゅう喧嘩ばかりしていたからである。麦藁と炭の喧嘩はいつも激烈だった。たいていの場合、喧嘩の口火を切るのは(流石に炭であるだけに)炭の方だった。口うるさい麦藁から何か指摘を受けたり叱責をされたりすると、炭は聞こえよがしに不満や愚痴を口にする。難癖に近い言葉には同時にどこか()ねたような(いや)らしさも含まれている。炭のくせにその言い方が陰湿であるから、麦藁の方は毎度のごとく激怒する。麦藁は比較的正義感が強かった。自分の気に入らないところを指摘されたということよりも、真正面からそれを指摘してこない炭の卑怯ぶりに腹を立てるのである。正義感といってもかなり独善的なものであるから誰からも共感を集めない。それが麦藁の不幸なところだったが、麦藁自身はそのことに気づいていないのだった。

 

 麦藁が怒り、炭はますます拗ねたような様子を見せ、麦藁が疲れ始めると炭は仕返しを始める。炭の仕返しはこれまた陰湿である。いかにも自分は麦藁に怒鳴られて傷ついたという表情と素振りをして、麦藁はいつもやりすぎで不当な怒りをまき散らしていると炭は誰にともなく訴える。誰にともなくではない。本当は第三者である豆に対して訴えているのである。炭は次第に真っ赤に燃え始める。自分はいかにも冷静ですよ、怒っているのは麦藁だけですよという口調を保っているが、内心では怒り狂っているのだ。だが豆は豆で賢明であるから、何もコメントを出さないで静かにしている。一方であくまでも正面から対峙して来ない炭に対して麦藁は次第に泣き始める。そして、ずっと傍らで喧嘩の成り行きを見ていた豆に対して自分の正当性を訴えて、炭の陰湿さ卑怯さは異常だ、生まれつき捻じ曲がっているのだ、あるいは教育が良くなかったのだ、こういう炭と付き合うことができるのは自分だけなのだ、豆もそう思うよねと同意を求めてくるのである。

 

 そのうち麦藁も炭も、はっきりと仲直りをしたわけでもないのに喧嘩を止めてしまう。それで今度は仲良く冗談を飛ばし合ったり食事をしたりするのである。豆と麦藁と炭の三者が仲間になって以来こういうことはたびたびに及んだ。最初のうちは豆も真剣になって喧嘩をする麦藁と炭の調停に努めたのだが、ある日のこと、豆が真面目に二人に説教をしたところ、麦藁の方は明らかにうるさいなぁという顔をし、炭の方は喧嘩くらい好きにさせろよとまた陰湿な口調で言ったので、それからは豆は何も言わなくなってしまった。そして、何も言わなくなってしまったことによって、それまでうっすらと抱いていた両者に対する嫌悪感が発散されなくなり、発散されなくなったから蓄積するようになり、蓄積するからますます嫌悪感が募るようになったのだった。

 

 それでも豆はまだ麦藁と炭と一緒だった。ある日、三人は長旅をすることになった。三人は国から国へと旅を続けた。旅の間も麦藁と炭は喧嘩を続けた。豆は、旅の最初の頃は、この旅を通じて麦藁と炭に新しい美点を見出すことができるかもしれない、自分も心を入れ替えて二人に接しなければならないと殊勝なことを考えていたのだが、ふたつめの国に辿り着いた頃にはそんな気持ちも消え果てていて、(かえ)って以前よりも嫌悪感が増してしまっていた。

 

 そのうち、三人は川のほとりに来ていた。川は流れが急だったが、幅はそれほど広くない。どこにも橋はなかった。日が暮れかけていた。さっさとこの川を渡って宿を探さなければ野宿をすることになる。ストレスを強いられる事態を目の前にして麦藁と炭はまた喧嘩を始めた。ストレスや不安、恐怖、心配事があると二人は必ず喧嘩をするのである。炭が聞こえよがしに麦藁になにやら文句を言う。性懲りもなく麦藁が怒る。両者共に喧嘩を続けながらちらちらと豆の様子を窺う。豆は無関心な顔をして川を見ている。

 

 このタイミングで麦藁と炭が喧嘩を始めた理由を豆はしっかりと理解していた。今日の宿が得られないかもしれないという不安と心配がこの喧嘩の直接的な原因であろうが、より根源的なことを考えると、結局のところ、麦藁と炭にとって喧嘩というものが感情の調整弁以上のものでも以下のものでもないということに尽きる。自分の感情を自分で律するということが両者共にできないのだ。喧嘩をすることによってしか精神的な機能を保つことができないから、何か感情的な問題に遭遇するとすぐに喧嘩を始めるのである。喧嘩をする相手として理想的な条件を備えていると思うから、麦藁も炭も決して離れることがない。

 

 いつも喧嘩ばかりしているのに、それならどうしてあの二人は別れないのだろうかと、最初のころ豆は思っていた。そうではない。いつも喧嘩ができるようにするために二人はいつまでも別れないのである。喧嘩をしないと感情が決壊することに心のどこかで気づいているのだろう。いうなれば、自分が自分であるためには喧嘩が必要だと思っている。だから豆が喧嘩の仲裁をすると二人とも迷惑そうな顔をするのだ。豆は最近になってそのことに気づいたのだが、気づいた瞬間から自分の二人に対する嫌悪感が決定的なまでに強まったのをまた自覚していた。豆は、麦藁も炭も、二人ともこの世で最低な種類の人格の持ち主だと思うようになった。

 

 ところで、川である。川を渡る手段はなかなか見つからなかった。麦藁と炭が喧嘩をしている間に豆は渡し場や船がないものかと探して回ったが、そのようなものはなかった。豆がその場に戻ってくると、麦藁と炭はもうすっかりと仲直りをしていて、雨降って地固まると(ことわざ)で言うが、逆に地を固めるためには雨が必要なのだというような開き直りまで見せている。両者ともに満足しきったように晴れやかでにこやかで、互いに甘えきったような様子だった。そればかりでなく、炭は豆に対して、そろそろ付き合いも長くなるんだから、いい加減慣れても良いようなもんなのにな、とまで言った。麦藁もにやにやとした笑みを豆に向けてくる。

 

 その瞬間、豆の中で、それまで抱いたことのなかったある種の感情が生まれた。その感情は一つの考えを生み出した。豆は麦藁と炭に対して、川を渡る良い方法を思いついたと伝えた。両者は豆の言うことに耳を傾ける姿勢を示した。豆は言った。麦藁は体が長いから橋の代わりになることができる。麦藁の体を川に差しかけて、それを橋として自分と炭が渡っていけば良い。麦藁と炭は名案だと言った。そのようなことを考えるなんて流石だと二人は口々に豆を褒めた。

 

 それじゃあ早速と言って、麦藁がその細長い体を川に差しかけた。豆は炭に向かって先に渡っていいよと言ったが、炭は豆にいやお前が先に渡ってくれと言う。豆の渡り方を見て参考にして、自分も麦藁の橋を渡るから。それではと豆は遠慮なくその言葉に従うことにした。自分が完全に渡り終えてから炭は渡り始めてくれと言って、豆は麦藁の橋を渡り始めた。麦藁は豆が渡っている最中、奇妙な笑い声を漏らした。踏まれるとくすぐったいと言うのだった。炭も豆が渡っていくのを見て笑っていた。楽しそうな笑い声だった。二人ともこの状況を心の底から楽しんでいるようだった。これも旅の楽しみのひとつさ。そのように炭が背後で言うのを聞いた時には、豆は川を渡り終えていた。

 

 さあ、次は俺の番だな。炭が麦藁を渡り始めた。炭は豆に比べて重い。下では音を立てて水が流れている。落ちたら命はない。そのことを認識したのか、炭はそれまでの陽気な表情を一挙に引き締めた。どこか浮ついていた炭の足取りは途端に慎重になった。やっとのことで橋の真ん中まで来た時、麦藁が炭に対してさっさと渡るように言い始めた。普段から人格的な修行をしていないからこの程度のことでビビっているのだ。そのようなことを麦藁は炭に対して盛んに言う。炭もまた麦藁に対して文句を言い始めた。歩き方一つにも文句を言われるならナメクジとして生まれてきたマシだったかもな。ナメクジには足はないからな。麦藁はそのような拗ねた言いぶりに激怒する。なんだその言い方は! ナメクジの方がマシだったとはなんだ! それならミミズに生まれても一緒だったのか! それからはいつもの言葉の応酬が始まった。

 

 豆はこのことを予想していた。ストレスに見舞われた時、炭と麦藁は絶対に喧嘩を始める。それを見越していたから、麦藁を橋にさせ、その上を炭に渡らせたのである。次第に炭はかっかと真っ赤に燃え始めた。豆は自分の計画通りに事が進むのを見て、久しぶりに自分の感情が高まるのを感じていた。ほどなくしてぶすぶすと音を立てて麦藁の体に火が燃え移り始めたが、二人とも口論するのに夢中でそのことに気づいていない。

 

 ほどなくして、麦藁全体に火が回った。あっと麦藁が叫んだ瞬間、麦藁は真っ黒になって灰となり、真ん中からぽっきりと折れて川に落下していった。麦藁がいつ死んだのかは定かではないが、おそらくぽっきり折れた時に死んだのだろう。炭も麦藁と一緒にあっと叫んだ。炭はまっすぐに川へと落下した。炭が死んだ瞬間ははっきりしている。それは炭がしゅんという音を立てて水に落ちた時だった。炭が川に沈んだ後、麦藁の燃え残りは川の下流へと流されていった。すぐに麦藁は見えなくなってしまった。

 

 最後まで一部始終を見ていた豆は大笑いをし始めた。笑いは止まらなかった。笑って、笑って、豆はさらに笑い続けた。笑いながら豆は、どうか心のどこかで悲しみが湧き起こってくれ、あの二人を死なせるように仕向けた自分の邪悪さを責めるような気持ちが起こってくれ、恥と罪の気持ちが生じてくれと思っていた。しかしそのような気持ちはいつまで経っても心の中には生まれなかった。笑いはますます大きくなっていった。

 

 とうとう、豆はパチンという音を立てて弾けてしまった。豆の艶やかな緑色の体には一本の裂け目がまっすぐに走っていた。そこから中身が漏れ出そうになるのを豆は手で押さえた。押さえている最中にも笑いが止まらない。ここまで自分は凶悪な性格をしていたのか、麦藁と炭に対してここまで恨みと怒りを溜めていたのか、そしてそのことを訴えることはしないで、三人の中で自分だけが不当にも忍耐と我慢を強いられていると思い込んでいたのか、孤高な第三者を気取っていたけれども実のところはこの三者の関係性が壊れるのを怖れていただけではないか、二人のことをこの世で最低な種類の人格の持ち主だと思っていたが、最低なのは自分も同じではないか、そういったことを考えると、さらに豆の笑いはとまらなくなった。

 

 ちょうど、川岸には修行の旅の途中の若い仕立て屋が座っていた。仕立て屋は真っ二つに裂けそうになっている豆が狂ったように笑い転げているのを見て仰天した。仕立て屋は心優しい性格をしていたのですぐに豆を助けることにした。手と指を器用に動かして、仕立て屋は豆の裂け目を針と糸で縫い合わせてやった。縫ってやっている最中にも豆は笑い転げている。どうしてそんなに笑っているのか仕立て屋が聞いても、豆は笑うだけで何も答えない。

 

 無事に裂け目は縫い合わされた。だが間の悪いことに、その時に仕立て屋が持っていたのは黒い糸しかなかった。

 

 だから、今でも豆には黒い縫い跡が残っているのである。

 

(「豆」おわり)

 


 

「小鳥」

 

 小鳥は勤勉だった。小鳥は勤勉で真面目な性格だったが、それほど頭が良いわけではなかった。物覚えは悪くないし、理屈も言葉もよく回るのだが、一度(ひとたび)そうだと思い込むと一途にそうだと思い込み続けるという悪癖があったのである。それは間違っている、それは明らかに誤っていると他者から指摘されても検証や吟味などをすることはない。むしろ、人から誤っている、間違っていると言われてもなおそのことを信じ続ける自分は絶対に尊いことをしているのだ、偉いのだというように、さらに思い込みを強める。そして、ひとしきりそのように思い込み続けた後、ふと冷静になる瞬間がやってきて、その時になってようやくああ自分は最初から誤っていたのだと悟る。しかし誤っていたのだと悟っても、それではなぜ自分はあの時に誤ってしまったのだろうかという検証はまったくしないので、反省はいつも感情的な次元に留まってしまい、知的な態度として昇華していくことはないのだった。

 

 小鳥は(ねずみ)とソーセージと一緒に同じ家で家族として暮らしていた。鼠は痩せていてソーセージは太っていた。鼠にもソーセージにもそれぞれ欠点があったが、またそれぞれ長所があった。そして三者は(おおむ)ね互いの欠点を許容し合い、互いの長所を活かし合い、互いに感謝し合っていた。それはやはり幸せといえる生活だった。

 

 小鳥は勤勉だったし、鼠もソーセージも程度は多少小鳥のそれに劣るとはいえ世間的に見れば充分に勤勉であったから、三人の財産はどんどん増えていった。三人とも欲望らしい欲望は抱いていなかったし、贅沢をしたいという気持ちもなく、分不相応の娯楽に興じるということもなかったので、それに応じて財産はますます増えていくのだった。

 

 小鳥と鼠とソーセージは三人とも朝から働きに出かけて、夕方になると家に帰ってきた。三人は家事を分担していた。小鳥の役目は森へ飛んでいって必要な(たきぎ)をとってくることだった。鼠の役目は水を汲んできて火を起こし、食器を棚から出してテーブルをセットすることだった。ソーセージの役目は料理をすることだった。三人ともそれぞれにとって最も相応しい役割が与えられていると信じていた。毎日の食卓は非常に和気あいあいとしたもので、いつも楽しい雰囲気が漂っていた。

 

 ある日のことだった。その日の夕方も小鳥は森へ薪を取りに行くところだった。周りには同じように薪を取りに来た小鳥たちが溢れている。みんなが懸命になって薪を集めていた。そろそろ日が暮れてしまう。日が暮れたら鳥目(とりめ)の小鳥は飛ぶことができなくなる。一日の仕事を終えた後に森で薪を取るのは過酷な労働だった。

 

 それでも小鳥は慣れたもので、首尾よく薪を集めていった。半ばまで作業を終えた時、小鳥は青い小鳥に出会った。この青い小鳥は以前から口数が多く、皮肉屋で、何かにつけて粗探しや文句を言うのが常だった。小鳥はこの青い小鳥と友達だということになっていた。小鳥としては青い小鳥の性格には辟易しているのだが、相容れない性格をした相手であっても友達として受け入れるのが本当の意味での友達だと信じ込んでいたので、もう随分と長い間違和感を抱きつつも友達を続けていたのだった。

 

 その青い小鳥が小鳥に向かって、自分はいつまでこんなにつらい仕事をしなければならないのだろう、嫌なことだ嫌なことだとしきりに愚痴をこぼした。私は不幸せだよ、周りの連中はいつも楽をしていて、こちらにばかり嫌な仕事を押し付ける。こっちが苦労をして働いても、連中はそれが当然だというような顔をして、温かい家の中でふんぞり返っているんだから。

 

 この日、小鳥は日中の仕事が忙しかったこともありいつもより疲れていた。疲れていたからいつもならば聞き流すことのできる愚痴にも小鳥はつい反応をしてしまったのだった。そう? 私は幸せだけどな。確かにこれはつらい仕事かもしれないけど、この仕事のおかげでみんなが幸せに暮らせるならそれで良いじゃない、誰かが幸せになるためには誰かが苦労をしないといけないし、そういう苦労を自分から進んで背負おうとするのが本当に立派な精神というものではないかと私は思う。そんなことを小鳥は話したが、話している最中、思った以上に自分は立派で高尚な思想を有していたのだ、自分の日々の生き方は間違っていなかったのだ、という誇りにも似た感情が心の中に満ちるのを感じていた。

 

 しかし、青い小鳥は小鳥に向かってふんと鼻を鳴らしていかにも馬鹿にしたような顔をした。そして小鳥に向かって言った。本当にあんたは馬鹿だね。いや馬鹿ではないね。あんたは私と違ってとても頭が良いからね。馬鹿ではなくて能天気なのかね。それともただのお人好しかもね。むっとして黙った小鳥に対して青い小鳥はさらに言葉を投げかける。考えてもみなよ、あんたが苦労をして薪を集めている間、あんたの同居者の鼠とソーセージは家でのんびりとして休んでいるんだよ。

 

 小鳥がいやそんなことはない、ちゃんと家事は分担していると言って説明すると、また青い小鳥は鼻を鳴らして馬鹿にする。本当にお人好しもここまで極まると病気だね。話を聞く限り、鼠がやることといったら火を起こして水を運ぶだけ、テーブルだってちょちょっとセットするだけじゃないか。あとは部屋でのんびりゆっくりと本でも読んでいるってわけだろう。ソーセージは料理をするといってもそれだって重労働じゃない、鍋の傍らに立ってお粥や野菜が煮えるのを待っているだけじゃないか、それで完成の間際になったらちょっと自分の体をお粥やスープに()けて、それで仕事はおしまいさ。自分の体を削って肉を提供するわけじゃない、ちょっと脂身を溶かして味付けをするだけじゃないか。それでみんなそろって食事をした後は、次の朝まで鼠もソーセージも眠るってわけさ。外で苦労しているのはあんただけさ。鼠もソーセージも薪を拾いに来たことなんてないんだろう……

 

 話を聞いているうちに、小鳥はだんだん青い小鳥の言うとおりだと信じるようになっていた。自分はこれまで気づかないうちに、何かとてつもないほどの不当な扱いを受けていて、しかもそれを自分の使命だと思い込んでいたのではないか、そうだとしたら自分はいかにも愚かだった、馬鹿者だった、これからは考えを改めなければならない。そうだ、そもそも鳥目になって夜は飛べなくなると分かっているのに、こんな夕方になって必死になって森で薪を集めなければならないというのは、まったくおかしなことだ、不合理なことだ。鼠もソーセージもそのことを分かっていたはずなのに、今までそれについて一言も言及がなかったのは、やはり二人とも自分だけは楽な仕事をして、というより仕事をしたふりをして、私には重労働を押し付けていたのだ。二人とも紳士面をしていつも優しい雰囲気を醸し出していたが、心の中では私のことを馬鹿にしていたのだ。彼らは私を操っていたのだ、これからははっきりと口に出してノーと言ってやらねばならない、私はもっと楽な立場になって然るべきだ……そんなふうに小鳥は思った。小鳥がそんなふうに思い込んだのは間違いなくその日の仕事が忙しくていつもより疲労していたからだが、小鳥がそのように自己を分析することはなかった。そのような知的態度は身についていなかったからである。

 

 家に帰ってからも小鳥はしばらく無言だった。様子のおかしい小鳥を見て鼠もソーセージもしきりに大丈夫か、外で何か嫌なことがあったのかと声をかけるが、小鳥はむっとした顔をして答えない。かつてないほどぎくしゃくした感じのまま三人は食事をした。

 

 食事が終わりかけになって、小鳥は鼠とソーセージに対して言った。私はこれまであなたたち二人に召使いか奴隷のように働かされてきた。あなたたちは、心の中では私のことをお人好しの馬鹿者だと笑っていたんでしょう。でもこれからはもう騙されない、私はもっと楽をして生きるべきだし、その権利がある。私は明日からもう森に薪を取りに行くことはしない。これからは私が家にいて家の仕事をします。鼠かソーセージのどちらかが薪を取りに行ってください……思い詰めたような顔をして小鳥は一気にそう捲し立てた。

 

 ははぁ、そういうことか。鼠もソーセージも苦笑した。小鳥がこんなふうになるのは今回が初めてではなかった。また誰かから何か変なことを吹き込まれて、変なふうに思い込みを強めてしまったのに違いない。困ったなぁという顔をしつつ、鼠とソーセージは二人で耳打ちし合った。またしばらくしたら元に戻るだろう。それまでは好きなようにやらせてやれば良い。それに、これを機会に互いが互いの仕事を取り換えてみて、互いの仕事について理解を深めるのも良いだろう。鼠もソーセージも、どこかおっとりとしたところがあって、どこまでも鷹揚な性格をしていたが、小鳥の憤懣や怒りに対して寄り添うという姿勢は見せないのだった。あくまでも、ああまた言ってるよ、またやってるよという態度である。

 

 しかし、なにはともあれ仕事はまた分担し直すことになった。話し合いをした結果、小鳥は自分が水汲みと火起こしをするのだと言って聞かない。仕方がないのでソーセージは森へ薪を取りに行くことにし、鼠は料理をすることになった。そのようにしろと小鳥が言ったのだった。怒れる小鳥の目からすると今やソーセージはただの太り過ぎの腸詰めに過ぎなかったし、鼠はたらふく食ってばかりで料理などまったくしないからである。そんなやつらと一緒の家には暮らしたくない。仕事を変えるのと同時に心も入れ替えて、自分にふさわしい存在になるべく努力してほしい。小鳥はそう思った。

 

 次の日になった。朝から三人はそれぞれ働きに出かけた。そして夕方にはまた家に帰ってきた。小鳥は、さあ、昨日割り振り直したとおりに仕事をしましょうと言った。ソーセージはそれじゃあ、ちょっと行ってくると言って森に薪を取りに行った。その間に小鳥は水を汲んだ。慣れない仕事だったので鼠がやり方を教えようか、助けようかと言ったが、小鳥はこれくらいの仕事なら自分でできると言って聞かなかった。つるべの操作を誤って小鳥は危うく翼を折るところだった。小鳥がなんとかして水を汲もうとしている間、鼠は鍋をかまどにかけて、ソーセージが薪を持って帰ってくるのを待った。

 

 しかし、いつまで経ってもソーセージは帰ってこなかった。最初、小鳥はソーセージは生来適当な性格をしているのだ、だから今回もどこかで仕事をサボっているに違いない、適当な性格をしているからあのように太っているのだと怒りながら言った。思い込みが激しくなるにつれて邪推までし始めるのが小鳥の悪癖だった。だが鼠は冷静に考えた。何かソーセージに良くないことが起こったのではないか、行って確認する方が良いのではないかと言った。そのように鼠が言った頃には小鳥もひとしきり怒り終えて疲れていたので、もしかしたら鼠の言うとおりかもしれないと思い直した。

 

 思い直すと不安になって、すぐに小鳥は森へと飛んでいった。すると、まだ家を出てからほとんど飛ばないうちに、一匹の犬が意気揚々とした足取りで歩いているのを小鳥は見つけた。犬の口からはソーセージがはみ出している。犬は森へ薪を取りに行くソーセージを見つけて、横からさっと襲い掛かって、一口でまるごと一本食べてしまったのだった。

 

 小鳥はそれを見るなり絶望して泣き叫び、犬に対して言った。ソーセージを返して、ソーセージを返して! しかし犬は言った。なぜ返す必要があるんだ。小鳥は言った。ソーセージは森に薪を取りに行くところだったの、私がそうするように言ったの、それがソーセージの仕事だったの、だからはやく返して! だが、犬は冷然とした表情をし、侮蔑的な口調で言った。馬鹿か、ソーセージが森に薪を取りに行くわけがない。ソーセージの仕事というのならば、ソーセージは誰かに食べられるのが仕事だろう。ソーセージは俺に食べてもらって幸せだったと思うよ、自分の仕事を果たしたんだから。言うだけ言うと犬は去っていった。

 

 小鳥は泣きながら家に帰った。話を聞いた鼠も深く悲しんだが、これからは二人だけでも仲良くしていこうということで同意した。自分たちがまたできるだけ楽しく陽気に過ごしていくことがソーセージの望みであるのに違いない。とりあえず今日は食事をして休もうじゃないか。そういうわけで小鳥と鼠は家事を再開した。明日の分の薪がないので小鳥は大急ぎで森へ行くことにした。今日の分の薪ならばぎりぎり残っていたので、鼠はその間にテーブルの支度をし、火を起こして料理をすることにした。

 

 小鳥が森へ行った後、鼠は鍋をかき回し始めた。かまどは高い位置に設けてあって、鼠は台を用意してその上に立たなければならなかった。ぐらぐらと不安定に揺れる台の上で鼠は料理をしながら考えた。ソーセージは料理が上手だった、料理の最後にあたかも風呂に入るように全身を()けていたが、あれが味の決め手だったのだろう、自分にはとてもできない芸当だ。精一杯働いて疲れて帰ってきてから、ソーセージが丹精込めて作った料理を食べると、それだけでまた明日も頑張ろうという気になった。だが、そのソーセージは犬に食われてしまってもういない。いったい自分はこれからどうやって毎日料理をしたものだろう。そのように考えていると、不安定だった台が何かの拍子に一挙に傾いた。あっと思った時には、鼠はぼこぼこと沸騰しているスープの中に落ちていた。鼠の意識はあっという間に失われた。

 

 やがて小鳥が帰ってきた。しかし鼠の姿はどこにもない。しばらく小鳥は、どこにいるの、どこにいったの、鍋は火にかかったままだよと声をかけながら鼠を探したが、鼠はどこからも出てこなかった。ただ火にかけられた鍋の中のスープだけがぐつぐつと煮えている。スープが沸き立つ音を聞いているうちに小鳥はまた怒り始めた。鼠は逃げたのだ。口では殊勝なことを言っていたが、ソーセージが消えて仕事の分担が増えると分かったら、さっさと逃げ出してしまったのだ。ソーセージはどうだったのか分からないが、少なくとも自分は鼠からは大切には思われていなかった。鼠は自分のことを馬鹿にしていた……そのように考えるとさらに怒りの念が強まった。

 

 憤然としながら小鳥は自分でスープを器によそって食べた。いつもよりも奇妙なまでに脂の味が効いていたが、小鳥は怒っていたのでそれに気づかなかった。

 

 食べ終えると、小鳥は口の中で何か細長いものが引っかかるのを感じた。野菜の筋でも挟まっているのだろうか。小鳥は、今日はさっさとかまどの火を落として休もうと思った。しかしどのようにして火を落とせば良いのか分からない。小鳥はそれまで鼠が火を起こすところは見たことがあったが、食後はすぐに部屋で休んでしまって、鼠がどのようにしてかまどの片付けをするのかは見たことがなかった。鼠に消し方を教えてもらいたかったが、その鼠がどこにもいない以上そうもいかない。小鳥は逃げた鼠が恨めしかった。火が自然に消えるのを待つべきかと思ったが、そのまま放置しておいて火が大きくなったら火事になってしまうかもしれない。そう思うと小鳥はもう落ち着かなくなってしまった。

 

 仕方がない、水をかけて火を消そう。小鳥はそう決心した。口の中のどこかに挟まっている細長いものはまだ取れない。イライラしながら小鳥はまた井戸へ水を汲みに行った。水を汲みに行くのはちょっとの間に過ぎない。火が燃え広がるようなことはないだろう。すでに外は日が暮れていたが満月が出ていて明るく、鳥目であってもなんとか周囲の様子を見ることができた。暗がりの中、小鳥は慎重につるべを井戸に落として水を汲み上げようとした。今度こそ気を付けなければならない。翼が折れたら大変なことになる。

 

 水を汲み上げている間にも小鳥のイライラはますます募った。どうして鼠は逃げたのだろうか。そのことばかりを小鳥は考えていた。そして、これからは一人で生きていくことになるが、それはそれで構わない。そのように小鳥は思った。むしろ今は独り立ちをすべき時が来たということなのだろう。これまでは誰かに利用されて生きているだけだったが、これからは自分一人で好きなように生きていくのだ。ただし、そうであっても鼠のように無責任な生き方はしない。その都度果たすべき責任は果たして生きていく。自分はこれまで以上に気高く生きるのだ……そのように生きるのが自分にとって最も相応しい生き方だ。小鳥は目の端に涙を浮かべていた。小鳥は自分で自分の作り出した考えに感動していた。

 

 その時だった。小鳥は、口の中で挟まっていた細長いものが取れた感じがした。小鳥はそれを吐き出してみた。

 

 月明りに照らされたそれは、鼠の毛とそっくりなものだった。形といい、艶といい、色といい、長さといい、鼠がその体に生やしていたものと非常によく似ている。

 

 なぜこんなものが口の中に? と小鳥は思った。これは当然スープの中に入っていたのだろう。それでは、どうしてこれはスープに入ったのか。こんな、鼠の毛のようなものが……?

 

 突然、ある考えが電流のように小鳥の脳内に走った。まさかまさか、いやそんなはずは。まさかそんなことがあるわけがない。鼠はもしかすると、いやまさかありえない、そんなはずはない、そんなものを自分が食べてしまったわけがない。奔流のように思考が溢れた。小鳥の呼吸はほとんど止まりそうだった。

 

 小鳥はつるべを操る手を止めて、その場から離れようとした。すぐにでもかまどに行って確かめたかった。小鳥は身を翻して井戸に背を向けた。

 

 次の瞬間、制御を失って勢い良く戻ってきた(おけ)が小鳥の翼を直撃した。のみならず、つるべの(つな)が小鳥のもう片方の翼を巻き込んだ。ぽきぽきという細い木の枝を踏んだかのような軽い音が連続した。それは小鳥の骨が折れる音だった。見る間に小鳥は井戸の底へ墜落していった。数秒後には小鳥が水に落下する音が虚ろに響いた。

 

 井戸の底には光はなかった。まったき闇が満ちていた。溺死するまでの間、小鳥は井戸の底でしばらく藻掻(もが)き続けた。死の瞬間まで小鳥の意識が途絶えることはなかった。最後まで、小鳥は明瞭な意識を保ったまま、溶けた鉄のような絶望と後悔と苦痛を感じ続けていた。

 

(「小鳥」おわり)




参考文献 グリム兄弟『1812初版グリム童話(上)』(乾侑美子訳、小学館、2000年)

今回はグリム童話を元にして話を書いてみました。けっこう楽しかったので今後もこういう話を書くかもしれません。書いているうちに自分の精神力がゴリゴリ削られていくのが分かりましたが、やはりたまにはこういう話も書かなければならないとも思います。

おかげさまで50話に到達しました! 次回からは少し更新頻度が落ちます。よろしくお願いします。
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