ある夜、織斑とシャルルの部屋の前。
いざとなると緊張するものだ。
部屋の中からは微かに声が聞こえる。織斑とシャルルの物だ。
「スー、ハー……よしっ」
深呼吸をして、扉をノックする。
「織斑、シャルル。いるか?」
「お、おう。アニエスか……」
扉が怖々と開き、中から織斑が顔を覗かせた。
様子がおかしい。それにシャルルはいないのか?
「シャルルはどうした?」
「あ、いや。か、風邪だ。風邪で休んでる!」
「バカを言うな。今日は放課後訓練のときもシャルルは元気だったぞ」
織斑はシャルルを会わせたくないらしい。
でもその行動がオレの思考を一気に加速させた。
優しく唐変木で、それでいてラッキースケベ織斑のことだ。
シャルルが女だと知ったのかもしれない。
「シャルルに話があるんだ。入れてくれないか」
「い、一夏。僕は大丈夫だよ」
中からジャージ姿のシャルルが出てくる。
「織斑、少し席を外してくれ。大事な話なんだ」
「え、うん。いいけど」
すると織斑とシャルルはヒソヒソと話をして、しばらくしてから織斑が部屋から出ていった。
「あ、アニエス……えっと、君の気持ちは──」
「シャルロット……」
「──っ!?」
「やはり、お前はシャルロットだったのだな」
「どうしてそれを……?」
シャルル──いや、シャルロットは目を丸くする。
それだけで、性別を偽っていたことがわかった。
「でもそっか……。やっぱりアニエスにはバレてたんだ」
シャルロットはため息混じりに溢した。
「わかっていたのか?」
「アニエスが僕を見る目に、いつも疑惑が籠っていたよ。僕がわかるくらいにね」
案外あっけなかった。
オレが楯無に言った勝算とは、織斑勢力のメンバーほとんどがIS学園関係者だったということだ。
その中に男子はおらず、シャルルがシャルロットであるという可能性が高いと思っていたからだ。
オレはシャルロットは身内の名前だとか言って誤魔化すと予想していたのだが、オレがシャルロットを疑っていたのを彼女にはバレてしまっていたらしい。
「で、アニエスは僕が女だと知ってどうするの?」
「織斑は何と言ってたんだ?」
「『ここにいろ』だってさ。嬉しかったよ」
シャルロットはその時のことを思い出したのか「えへへ」とのろけ笑いをした。
なるほど、その場その場で女子の心を揺さぶる言葉をかけて織斑は次々と女を攻略していっているのか。
「そうか……」
「アニエスはいいの?」
「何がだ?」
「僕を疑ってたってことは僕が、その……スパイだって」
「予想だと言った。そしてそれを知った今、お前がそのスパイを仕方なくやってたのか否かで、オレは今後の態度を改めるつもりだ」
「え、どういうこと?」
「オレは情報通でな。お前がデュノア社長の愛人との娘だという事を知っている」
「…………っ」
シャルロットが言葉を詰まらせた。
他人の口から言うのは禁句だったのかもしれない。
「さあ、どうだ?」
「仕方なくも何もないよ。僕に拒否権はないんだから」
「お前はやりたくてスパイを引き受けたのかどうかと訊いているんだ」
「そんなはずっ……ないよ」
最後の辺りが萎んでしまったが、はっきりとした意思が感じられた。
「そうか。……ではシャルロット」
オレはしゃがみ込み、シャルロットの手を取る。
「オレにはお前を救うことができると言ったら信じるか?」
「えっ」
「今はまだ用意できないが、いつかきっと用意する」
シャルロットがスパイをしなければなくなった大きな理由は、デュノア社の経済難にある。
第三世代型の開発が滞っているのなら、それを後押ししてやればいい。
あくまで後押しだが。
「何でそこまでしてくれるのかな?」
「お節介なだけさ。ま、自重する気はないがな」
「アニエスらしいって言うと違うのかな。でも、アニエスがそんな人でよかったよ」
「お前の事情を知って同情しない奴がいたら、オレはそいつを軽蔑するよ。助けてやりたいとは思わないのかと」
「ありがとう。アニエス」
やっとシャルロットが心から笑ってくれた気がした。
いや、事実そうなのだろう。
自分を偽って日常を過ごすのは、それはもう辛い事だっただろうに。
「さて、オレの疑問は解決したし、シャルロットは織斑に惚れたし。これでオレは帰るとしよう」
「え、ほ、惚れ──あ、アニエス~!」
シャルロットの正体を知ったあの夜から日が経ち、ついに学年別トーナメントの開催日となった。
しかし、今年のトーナメントは一味も二味も違う。
まず、今年はとある問題児が理由でトーナメントがタッグマッチになっていることだ。
そして更に、今回の優勝者は織斑一夏と交際できる権利を得ることができるらしい。
もちろん、本人には内緒での取り決めらしい。
「…………」
「心配するな、ラウラ。オレとお前が組めば優勝は間違いなしだ」
ラウラとタッグを組むようになってから、オレはラウラと織斑両方の面倒を見ていた。
織斑とセシリアの時と同様、どちらにも普通の手段で得られる情報を元に訓練をしてある。
目標はもちろん優勝。
しかしこのトーナメントがタッグマッチになったせいで、専用機持ち同士のタッグは皆優勝候補としてあげられていた。
例外の例としてオレてラウラのペアがあるが、オレの実力は学園中の皆が知っている。
むしろオレとラウラのペアは反則ではないかと意見が挙がっていた程だった。
「優勝になど興味はない。むしろ、このような場所でお前以外の誰かに負けるなどあり得ない」
「随分高い評価を貰えて嬉しいが、油断をすると足元をすくわれるぞ」
「織斑一夏のことを言っているのなら、先日に私はアイツに勝っているから心配はいらない」
「これから行うのは試合であって戦いではないぞ。この間のようなワイヤーによる拘束術は、今後一切禁止だ」
「ふんっ」
大丈夫だろうか。
ラウラはISの操縦において、頭では分かっていても結局は気持ちで行くタイプだ。
それ故に沸き起こる激情を抑えられなければ、どんなミスをするのかわかったものではない。
「ま、それなら第一戦目でそれを証明してもらおうか」
「何?」
「見てみろ、ラウラ」
オレはトーナメントの組み合わせの端を指差す。
第一ペアは『アニエス・アロン&ラウラ・ボーデヴィッヒ』と書かれているが、第一戦目の相手のペアはなんと『織斑一夏&シャルル・デュノア』と書いてあった。