状況を推理するに、織斑が姉にマッサージをしていたらしい。
因みにセシリアがこの部屋に来たのも、織斑に呼ばれたからなのだそうだ。
呼ばれた方は何を考えていたのか知らないが、織斑はマッサージをしてやるつもりだったらしい。
つい先程セシリアのマッサージをしていが、その途中で織斑先生に下着を晒させられた。
織斑先生の言う通り年不相応の物だった。マセガキめ。
「お前はもう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」
「ん。そうする」
そうして織斑はタオルと着替えを持って部屋を出ていった。とりあえず「くつろいでくれ。って、難しいかもしれないけど」と言い残して。
「………………」
そしてその言葉通り、どうしていいのかわからない女子が五人、言われたまま座ったところで止まってしまっている。
これはオレが動かなければならないのだろうか。
「おいおい、葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうした」
「い、いえ、その……」
「お、織斑先生とこうして話すのは、ええと……」
「は、はじめてですし……」
この場で落ち着いていられるのは、オレを除いてラウラだけだった。
「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」
いきなり名前を呼ばれて、箒はびくっと肩をすくませる。
言葉が出てこないようだ。
そうこうしていると織斑先生は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を六人分取り出していく。
「ほれ。ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶、ミルクティーだ。それぞれ他のがいいやつは各人で交換しろ」
そう言われたものの、順番に箒、シャルロット、鈴、ラウラ、セシリア、オレと受け取った全員が渡されたもので満足だったのか交換会は開かれなかった。
「い、いただきます」
皆が次々に口を付けていく中、オレだけは何かの意図を感じ取って飲まずにいた。
「どうした、アロン。お前も飲め」
「はぁ。いただきます」
そんな様子を織斑先生に見つかってしまった。
悪意は無いだろうから、大丈夫だろう。
「飲んだな?」
織斑先生が言った瞬間、オレは心の中で『やっぱり』と呟いた。
「は、はい?」
「そ、そりゃ、飲みましたけど……」
「な、何か入っていましたの!?」
「失礼なことを言うなバカめ。なにちょっとした口封じだ」
そう言いながら織斑先生は冷蔵庫から新たに星のマークがキラリと光る缶ビールを取り出した。
プシュッ! と景気のいい音を立てて飛沫と泡が飛び出す。
それを唇で受け取って、そのままゴクゴクと喉を鳴らした。
「……………」
周りが唖然としている中、織斑先生は上機嫌な様子でベッドにかける。
「ふむ。本当なら一夏に一品作らせるところなんだが……それは我慢するか」
いつも規則と規律に正しく、全面厳戒態勢の『織斑先生』と目の前の人物とが一致しないようで、オレ以外の五人はぽかんとしている。
特にラウラは魚のように口をパクパクして言葉を失っている。
「おかしな顔をするなよ。わたしだって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイル飲む物体に見えるか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「ないですけど」
「でもその、今は……」
「仕事中なんじゃ……?」
「堅いことを言うな。それに、口止め料はもう払ったぞ」
そう言って織斑先生──いや、千冬は、全員の手元をざっと流し見る。
そこでやっと飲み物の意味に気付いて「あっ」と声を漏らした。
「こんな事せずとも、別に言いふらしたりしないのに」
「なら好意として受け取っておけ」
何が嬉しいのか、ニヤニヤと笑っている千冬。
「さて、前座はこのくらいでいいだろう。そろそろ肝心の話をするか」
二本目のビールをラウラに言って取らせ、また景気のいい音を響かせて千冬が続ける。
「お前ら、あいつのどこがいいんだ?」
あいつ、と言ってはいるが全員が誰を指しているかわかっていた。
「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」と、ラムネを傾けながら箒。
「あたしは、腐れ縁なだけだし……」
スポーツドリンクのフチをなぞりながら、もごもごと言う鈴。
「わ、わたくしはクラス代表としてしっかりしてほしいだけです」
マッサージの時の反発か、ツンとした態度で答えるセシリア。
「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」
しれっとそんなことを言う千冬に、三人はぎょっとしてから一斉に詰め寄った。
「「「言わなくていいです!」」」
その様子をはっはっはっと笑い声で一蹴して、千冬はまた缶ビールを傾ける。
「僕──あの、私は……やさしいところ、です……」
ぽつりとそう言ったのはシャルロットで、声の小ささとは裏腹にそこには真摯な響きがあった。
「ほう。しかしなあ、あいつは誰にでもやさしいぞ」
「そ、そうですね……。そこがちょっと、悔しいかなぁ」
あははと照れ笑いをしながら、熱くなった頬をぱたぱたと扇ぐシャルロット。
なんだかその様子が羨ましいのか悔しいのか、前述三名はじーっと押し黙ってシャルロットを見つめた。
「で、お前は?」
さっきから一言も発していないラウラに、千冬が話を振る。
どうもそれ自体は警戒していないようで、ラウラはびくっと身をすくませながらも言葉を紡ぎはじめた。
「つ、強いところが、でしょうか……」
「いや弱いだろ」
にべもない。何でもないことのように言う千冬に、珍しくラウラは食ってかかった。
「つ、強いです。少なくとも、私よりも」
そうかねぇ……と言う千冬は、二本のビールを空ける。
「まあ、強いかは別にしてだ。あいつは役に立つぞ。家事も料理もなかなかだし、マッサージだってうまい」
そうだろ、オルコット? と話を振られたセシリアは、赤い顔をしてうつむき、頷いた。
「というわけで、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」
え!? と全員が顔を上げる。
『く、くれるんですか!?』
「やるかバカ」
ええ~……と心の中で突っ込むオリムラヴァーズ。
「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども」
三本目のビールを口にする千冬は、実に楽しそうな表情で続ける。
「ところで、そこの傍観主義者はどうなんだ?」
「オレですか?」
予想外の展開にオレは戸惑ってしまう。
いや、何故オレに聞く?
他五人はともかく、オレが織斑をどう思っているのかは千冬も知っている筈だろうに。
「まあ、好きかどうかで言えば好きなんですけど」
面と向かって話すのが照れ臭くなって、頬をかきながら目線をそらす。
「あえて言うなら『憧れ』です。ラウラとは少し違う意味での彼の強さに、オレは憧れています」
空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる。
ああ、酒が飲みたい。美味しそうに飲む千冬を見ていたら、昔一度だけ飲んだ事があるのを思い出した。
当時の記憶はないのだが。
「ん、皆どうかしたか?」
ラヴァーズたちに何故かため息をつかれてしまった。
そして千冬がため息混じりに言う。
「まったく、お前と言う奴は」
オレは冷蔵庫の中から缶を取り出して千冬に手渡す。
その際「年齢を考えてもみろ」と小さく呟いた。
Episode.19にイラスト貼りしました。