カメラを持った連中を上手く処理するのに手間取って、結局オレの私服を買うのはまた今度という事になった。
「ごめんね、アニエス」
「シャルロットが謝る事じゃない」
今考えてみれば、例え私服を来ても見せる相手などいないのだから、制服でも別に構わない。
しかしそれを言ってしまうとシャルロットに小言を言われそうなので黙っておく。
「まあ取り合えず、今日はラウラの服を買えたから良いじゃないか。な?」
「そうだな」
そう言うラウラの姿は、もとの制服に戻っていた。
「別に私服でもいいのに」
「あれは、その……汚れては困る」
「織斑に見せるまではな」
「なっ! そ、そういう訳では……むぅ」
否定しても無駄だと思ったのか、ラウラは顔を赤くしながら俯く。
しかし何とか話を反らそうと、話題を変える。
「で、午後はどうるんだ?」
「生活雑貨を見て回ろうよ。僕は腕時計見に行きたいなぁ。日本製の時計って、ちょっと憧れだったし」
因みにオレの資金源は代表候補生としての支援金である。
シャルロットも同様で、ラウラに関しては軍の給料ももとからあったらしい。
口座に入っている金額を聞いたときは本当に驚いた。
「腕時計が欲しいのか?」
「うん、せっかくだからね。二人はそういうのってないの?」
「日本刀だな」「和弓もいいな」
いつだったか箒が日本刀を持っていたような気がする。
和弓も得意だと言っていたし、しかも紅椿の装備も刀と弓だ。
「……女の子的なものは?」
「ないな」「特に思い付かない」
即答にシャルロットはがくっと首を落とした。
ふと、シャルロットが隣のテーブルに目をやった。
そこには二十代後半くらいのスーツ姿の女性が、頭を抱えていた。
いつ注文したのか、ペペロンチーノには既に湯気がまったく立っていない。
「はぁ……」
深々と漏らすため行きには、深淵の色が見て取れる。
「ねえ、二人とも」
「お節介はほどほどにな」
先回りしたラウラの言葉に、シャルロットは嬉しそうな顔をした。
自分の目の前で誰かが困っていたら、放っておけないのがシャルロットの良い所だ。
当然そんなことを続けていれば、困るのはシャルロットも同じなので、ラウラはそれを心配したのだ。
この二人はオリムラヴァーズの中で、とても愛称の良い二人だ。
「どうするんだ?」
「うーん、とりあえず話だけでも聞いてみようかな」
そう言って、シャルロットは席を立つなり女性に声をかけた。
「あの、どうかされましたか?」
「え?──!?」
女性はオレたちを見るなり、ガタンッ! とイスを倒す勢いで立ち上がる。
そのまま、シャルロットの手を握った。
「あ、あなたたち!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
「「「え?」」」
「というわけでね、人手が足りなくなっちゃったのよ」
「はぁ」「ふむ」「ふーん」
「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし、だからお願い! あなたたちに今日だけアルバイトしてほしいの!」
オレたちに泣きついてきた女性のお店は、女は使用人、男は執事の格好で接客をするという喫茶店であった。
確かに、どちらも奉仕する立場ではある。
流石おもてなしの国、日本。
「それはいいんですが……」
着替え終わったシャルロットはやや控えめに訊く。
「なぜ僕は執事の格好なんでしょうか……?」
「オレもなんだが……?」
「だって、ほら! 似合うもの! そこいらの男なんかより、ずっとキレイで格好いいもの!」
「そうですか……」
誉められたというのに、あまり嬉しくなさそうに隣のシャルロットはため息を漏らす。
オレはシャルロットの姿を見ながら、シャルロットの貴公子の風格を感じていた。
「シャルロット、オレはどうだ?」
やや落ち込み気味のシャルロットを励まそうと、オレも執事服を見せる。
「うん。アニエスは出で立ちも堂々としていて、似合ってるよ」
「そういうお前は貴公子なんだから、自信を持て」
「そうは言っても……ねぇ」
シャルロットは羨ましそうにラウラの方を見る。
ラウラはと言えば、オレたちとは違って飾りっ気の多いメイド服を着ていた。
細身でありながら強靭さを秘めた体躯。
綺麗にしゅっと伸びた銀髪。
そしてミステリアスな雰囲気を加速させる眼帯。
その姿を見れば男は振り返り、女はため息を漏らすだろう。
「大丈夫よ、二人とも。すっごく似合ってるから!」
シャルロットの手を握って言う女性に対し、やや引きつり気味の顔で社交辞令の笑みを返すシャルロット。
「店長~、早くお店手伝って~」
フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。
すぐに女性──店長は最後の身だしなみをして、バックヤードの出口経と向かった。
「あ、あのっ、もうひとつだけ」
それをシャルロットが呼び止める。
「ん?」
「このお店、なんていう名前なんですか?」
店長は笑みを浮かべてスカートをつまんであげ、大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をした。
「お客様、@クルーズへようこそ」
~SIDE:Third person~
「デュノア君、四番テーブルに紅茶とコーヒーお願い」
「わかりました」
カウンターから飲み物を受け取って、@マークの刻まれたトレーへと乗せる。
そんな単純な動作にさえシャルロットの気品がにじみ出ていて、臨時の同僚スタッフたちは、ほうっとため息を漏らした。
初めてのアルバイトだというのに、その立ち居振舞いには物怖じした様子はなく堂々としていて、けれど嫌みではない。
そんなシャルロットの姿に、女性客の半分が見入っていた。
「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」
「は、はい」
自身の方が年上にあるにもかかわらず、女性は緊張した面持ちでシャルロットに答える。
紅茶とコーヒーをそれぞれ女性に差し出す前に、シャルロットはお店の『とあるサービス』の要不要を尋ねた。
「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければ、こちらで入れさせていただきます」
「お、お願いします。え、ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」
「わ、私もそれでっ」
実はふたりとも常日頃からノンシュガー・ノーミルクなのだが、今日に限ってはあえて目の前の美形執事に奉仕してもらいたい一心でわざとそう答えたのだった。
その内心を知ってか知らずか、シャルロットは柔らかな笑みを浮かべてうなずく。
「かしこまりました。それでは、失礼いたします」
時折、わずかに響くかちゃかちゃという音でさえ、女性客は息をのんで聞き入った。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
すっとシャルロットの手元から差し出されたカップを受け取り、女性はどきまぎとした様子でそれを口につける。
次に同じようにコーヒーを混ぜてもらった女性客も、緊張からぎくしゃくとした動きでわずかに一口だけ飲んだ。
「それでは、また何かありましたら何なりと御呼び出しください。お嬢様」
そう言って綺麗なお辞儀をするシャルロットはまさしく『貴公子』としかいいようのない雰囲気を放っていて、女性客はぽかんとしたみうなずくのが精一杯だった。
また、女性客のもう半分が見入っている執事と言えば。
「お待たせいたしました。ご注文のコーヒーになります。砂糖とミルクは如何なさいますか?」
同じく執事服に身を包んだアニエスである。
貴公子のシャルロットに対し、アニエスは見事フットマンをやり遂げたバトラーのような雰囲気を振り撒いていた。
「じゃあ、どっちもたっぷりで」
こちらの女性も奉仕を受けたいが故にそんな注文をしてしまう。
アニエスは内心で『甘ったるそうだ』と思いながら、顔色ひとつ変えずに砂糖とミルクを入れる。
アニエスは今までの知識と経験を生かして執事に成りきっていた。
執事の立ち居振舞いはアニメや漫画から。
迷いの無さは仕事への熱意から。
「どうぞ」
「は、はい……」
一口。たったそれだけを飲んだだけだが、女性客はアニエスに気が取られて味など分からない。
すると、今までひとつの表情を顔に張り付けていたアニエスが女性客が飲んだのを確認して、初めて微笑んだ。
「それでは、また何かありましたら何なりと御呼び出しください。お嬢様」
マニュアル通りの台詞を言った時には既に元の表情に戻っていた。
女性客は刹那優しい笑みを見せたミステリアスな執事に対して、頬を赤らめながらうなずくだけだった。
ところで店の男性客の視線は銀髪で眼帯を着けたメイド──ラウラに釘付けにされていた。
「ねえ、君可愛いね。名前教えてよ」
「………………」
男性客三名のテーブルで注文を取るラウラだったが、本日限定の執事二人に対して、こちらのメイドは接客というにはあまりにも無愛想だった。
「あのさ、お店何時に終わるの? 一緒に遊びに──」
ダンッ! と、テーブルに垂直に置かれたコップが大きな音と一緒に滴を散らかす。
面食らっている男たちを前に、ラウラはぞっとするほど冷たい声で告げた。
「水だ。飲め」
「こ、個性的だね。もっと君のことよく知りたくなっ──」
台詞の途中で、しかもオーダーを取ることなくラウラはテーブルを離れる。
そしてカウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたドリンクを持って来た。
「飲め」
さっきよりは多少優しめにカップを置くラウラ。
それでも弾んだカップからは中のコーヒーが遠慮なくこぼれた。
「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは……」
「何だ。客でないのなら出て行け」
「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ……」
ラウラに好印象を持たれたいためか、それとも有無をいわせぬ態度に萎縮しているのか、男は言葉を探りながら会話を続ける。
実際、女性待遇社会でこんな風に女子に声をかけられるというのは、勇者か馬鹿のどちらかでしかない。
そして、男たちは確実に後者だ。
「た、例えば、コーヒーにしてもモカとかキリマンジャロとか──」
言葉を遮るように、ラウラはまったく笑っていない目のまま、その顔に嘲笑を浮かべた。
「はっ。貴様ら凡夫に違いがわかるとでも?」
「いや、その…………すみません……」
結局、ラウラの絶対零度の視線と許しのない嘲笑にオ折れて、男たちは小さくなりながらコーヒーをすすった。
「飲んだら出て行け。邪魔だ」
「はい……」
ドイツの冷水と呼ばれたラウラの一面は、今でも健在のようだった。
しかし、そんな人を寄せ付けない態度ですら、美少女の外見を伴えば魅力となるらしい。
「あ、あの子、超いい……」
「罵られたいっ、見下ろされたいっ、差別されたいぃっ!」
特別盛り上がっているテーブルは異様な興奮を見せていたが、他の客はもちろんスタッフまでもが見て見ぬふりでやり過ごしていた。
「あ、あのっ、追加の注文いいですか!? できればさっきの金髪の執事さんで!」
「コーヒー下さい! 銀髪のメイドさんで!」
「赤毛の執事さん、追加の注文お願いします!」
「こっちにも美少年執事さんをひとつ!」
「美少女メイドさんをぜひ!」
そんな騒動は全体に感染し、爆発的に喧騒を大きくしていく。
どう反応していいか困る三人だったが、店長が間に入って上手く三人を滞りなくテーブルに向かうように声をかけて調整をしていった。
そこは流石本業、店長の指示は的確で、いつの間にか通常時の五割増しの客数を見事にさばいていく。
そんな混雑が二時間ほど続いて、さすがに三人にも精神的な疲れが見え始めた頃、その事件は起こった。