~SIDE:Agnes Alon~
「全員、動くんじゃねえ!」
ドアを破らんばかりの勢いで雪崩れ込んできた男が三人、怒号を発する。
何が起こったのか理解できなかった店内の全員だったが、次の瞬間に発せられた銃声で絹を裂くような悲鳴が上がった。
「きゃあああっ!?」
「騒ぐんじゃねえ! 静かにしろ!」
オレはいち早く状況を把握して物陰に隠れる。
シャルロットも同じように身を隠すが、ラウラだけは無反応でその場に立ち尽くしていた。
「何をしているんだ、バカめ」
男たちはおそらく銀行強盗だろう。
ジャンパーにジーパン。顔には覆面、手には銃。背中のバッグからは何枚か紙幣が飛び出している。
三人のうち一人が天井に向かって銃を発砲する。
威嚇であろうが、店内の客たちは悲鳴をあげた。
「大人しくしてな! 俺たちの言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」
すぐ後にパトカーのサイレンが聞こえる。
それに気付いたその男は、扉を開けて再び銃を発砲。
「おい、聞こえるか警察ども! 人質を安全に解放したかったら車を用意しろ! もちろん、追跡車や発信器なんかつけるんじゃねえぞ!」
幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスを割っただけだったが、周囲の野次馬がパニックを起こすには十分だった。
「へへ、やつら大騒ぎしてますよ」
「平和な国ほど犯罪はしやすいって話、本当ッスね!」
「まったくだ」
ショットガンに、サブマシンガン、リーダーがハンドガン。
金を持っているのは子分二人のようだが、なぜリーダーはハンドガンだけなのか。
明らかに札束の重さではない何かがリーダーの服を下に引っ張っている。
「はんだ、お前。大人しくしてろというのが聞こえなかったのか?」
案の定、ラウラに気がついたリーダーがやってきた。
「おい、聞こえないのか!? それとも日本語が通じないのか!?」
「まあまあ兄貴、いいじゃないッスか! 時間はたっぷりあるんスから、この子に接客してもらいましょうよ!」
「あぁ? 何言ってるんだ、お前」
「だって、ホラ! すっげー可愛いッスよ!」
「お、オレも賛成っ。メイド喫茶って入ったことなくて……」
二人揃ってテヘヘと嬉し恥ずかしな表情を浮かべる手下に、リーダーは眉間にしわを寄せながらソファにどかっと腰を下ろす。
「ふん。まあいい。ちょうど喉が渇いていたところだ。おい、メニューを持ってこい」
ラウラはうなずくでもなく男たちを一瞥すると、カウンターの中にスタスタと歩いていく。
と、オレは苦笑いをしていたシャルロットを発見する。
向こうもオレに気付いたのを確認すると、オレは手話で『ラウラが仕掛けると同時に出るぞ』と合図する。
すると、シャルロットはうなずいてくれた。
やがてラウラが戻ってきて、テーブルに氷が満載された水を持ってきた。
「……なんだ、これは?」
「水だ」
「いや、あの、メニューを欲しいんスけど……」
「黙れ。飲め。──飲めるものならな」
ラウラは突然トレーをひっくり返す。当然、氷水が宙に舞うが、それらを回転するような動作で掴み──弾いた。
「いってええっ!? な、なっ、何しやがっ──」
氷の指弾。
それをトリガーから離れていた人差し指に、突然の出来事に反応できずにいた瞼に、眉間に、喉に、一瞬で当てる。
そして犯人の怒号より早く、男の一人の懐へと膝蹴りを叩き込んだ。
「ッざけやがって! このガキ!」
いち早く痛みから復帰したリーダーが、さっそくハンドガンをぶっ放す。
火薬の炸裂音を連続して響かせるが、しかしラウラには届かない。
ソファを、テーブルを、観葉植物を、ドリンクサーバーを、店内のあらゆるものを盾にして、ラウラはその細身からは予想もつかないスピードで駆けていく。
「あ、兄貴っ!? こ、こいつッ──」
「うろたえるな! ガキ一人、すぐに片付けて──」
「──一人じゃないんだよねぇ、残念ながら」
マガジンを切り替えたリーダーの、その背後に迫っていたのは見目麗しい執事服の美少年──もとい、美少女のシャルロットだ。
「なっ!? このっ──」
「あ、執事服でよかったかな。うん。思いっきり足上げても平気だし」
そんなことを口にしながら、シャルロットはリーダーの拳銃を手ごと蹴り上げる。
そしてそのままの勢いでショットガンの男の肩に、今度はかかと落としを叩き込んで無力化する。ゴキッという嫌な音がして、ショットガンを構えていた腕はだらりと垂れた。
「そんな、ガキ二人に──」
「いや、三人だ」
リーダーは背後の声に振り返り、子分の一人が床に伏せているのを見つける。
それをやったのは勿論、このオレ──アニエス・アロンだ。
「アニエス」「シャルロット」
次の瞬間にはオレとシャルロットの回し蹴りがリーダーの頭部に直撃する。
前後から挟むようにして叩き込んだそのコンビネーション技は、タフそうなリーダーを気絶させるには十分だった。
「ふぅ、終わったな」
しばらくの間、しーんと静まりかえる店内。ジェットコースター展開に呆然としていた店内の客とスタッフは、のろのろと頭を上げはじめる。
「お、終わった……?」
「助かったの、私たち……」
「い、一体何が……」
そしてオレは、気絶したリーダーの服をまさぐっていた。
どうも顔の肉付きと腹周りの太さが合わないのだ。
と、そこでようやくその謎が解けた。
「アニエス、何をしている?」
ラウラが気になって近付いてきた。
オレは何か切る物を探したが見つからず、仕方がないので拳銃で代用することにした。
オレは拳銃をリーダーに向ける。
「ちょっ、アニエス何を──!」
ダダダダダンッ!
シャルロットが止めようとした時には、オレは全ての起爆装置と爆薬の信管、そして導線『だけ』を撃ち抜いていた。
「爆弾だ」
リーダーが来ていた革ジャンの中には、軽く四〇平方メートルは吹き飛ばせそうなプラスチック爆弾の腹巻きがあった。
「び、びっくりさせないでよ。も~」
「ふむ、流石の腕だ」
「さて、二人とも。早く退散しよう」
「もう、危ない事しちゃダメだよ」
寮に帰るなり、どこかで情報を得たのか簪にしかられてしまった。
「アニりんの執事服はちょっと見たかったかも~」
と、隣で本音がお菓子を食べながら言う。
三人でそれぞれ用意したものだが、オレが用意した物の中の@クルーズのクッキーはとりあえず好評だった。
「もう、本音。アニエスがまた怪我したらどうするの?」
「心配無用だ。アレくらいの敵、シャルロットとラウラがいたお陰で掠り傷ひとつ無かったぞ」
「それでもっ……。はぁ」
どうやら反論するのをやめたらしい。
オレが傭兵だったという事を思い出したのだろう。
事件の件だが、寧ろオレがいなくても同じ結果だった筈だ。
「ところで、もうそろそろじゃないか?」
「うん。そうだね~」
もうすぐ学園祭である。