「えっ、じゃあアヴニールはキャノンボール・ファストに出ないの?」
簪は心配そうにそう言った。
キャノンボール・ファストとは、ISによる高速バトルレースである。
本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園があるここでは少し状況が違う。
市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒たちは参加することになる。
といっても専用機持ちが圧倒的に有利なため、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定部門とに別れている。
学園外でのIS実習となるこのイベントでは、市のISアリーナを使用する。
臨海地区に作られたそれはとてつもなくでかく、二万人以上を収容できる。
「いや、出る。そもそも、アヴニールには高機動パッケージなんて要らないくらいの出力があるからな」
高機動調整前のアヴニールの加速力でも、勝てない事は無いのだ。
しかし、簪が心配したのはアヴニールに実装される筈だった高機動パッケージの開発が追い付かなかった為だ。
よってアヴニールはエネルギーをスラスター部分に集中させる仕様に調整せねばならない。
もとから暴れ馬だったアヴニールを、更に高出力に仕上げる事でオレ自身も制御しきれるか不安である。
ちなみにバトルレースなので妨害も有りだ。
オレの場合はアヴニールの更なる軽量化を考えているため、ロックキャノンを捨て、残るルミエール一本で飛んでくるミサイルなりレーザーなりを防ぐか避けるしかないのだ。
布製のISと呼ばれるアヴニールの総合重量は、通常のISの平均重量に比べて桁がまるで違う。
普段ならそこまで気にならない『重さ』というハンデは、『曲がる』『止まる』『加速する』の三要素に影響を及ぼし、それらが重要なレースの世界では『軽量化』に勝るチューニングは存在しないのである。
「弐式はまだ時間が掛かりそうだな」
幾らか形になってきた打鉄弐式であるが、やはり手が足りない。
キャノンボール・ファストが終われば、すぐに全学年合同タッグマッチが待っている。
未来情報なのでまだ楯無にも言っていないが、今年のキャノンボール・ファストは荒れる。
打鉄弐式はそのタッグマッチでデビューを果たすのだが、このペースではとても間に合わない。
「キャノンボール・ファストには間に合わない」
「残念だ」
軽い雑談の後、オレはいまだに私服を持っていないので町に買いに行くと簪に告げて部屋を出た。
「おう、アニエス」
「織斑か。どうした、こんな所で?」
部屋を出るとすぐに、私服の織斑と出会った。
「そうだ。アニエスって私服が無いんだろ? だったら一緒に買いに行かないか?」
どうやら織斑はシャルロットと買い物に行く予定だったらしい。
オレがそれに同行して良いのかは、シャルロットがどういう反応をするのかによるわけで──
「うん。いいよ」
あっさり了承してもらえた。
始めはシャルロットに無言で首を振り、自分のせいではないと伝えると、彼女は分かってくれたのか溜め息をついた。
しかし、シャルロットもオレが私服を持っていないことを覚えていたようで、オレが思っていたよりも快く頷いてくれたのだ。
本当は鈴が一緒に行くはずだったのが、予定が出来て来れなくなったのだとか。
鈴がオレに変わっただけだったから、あまり変わらないそうだ。
「すまないな。シャルロット」
「いいって。アニエスの服を今度買いに行くって言ったのは僕なんだし」
誘ったのは織斑だが。
とは言え、いつか織斑とオレの二人だけで行くよりは良いと、シャルロットは思っているのかもしれない。
ちなみに以前買った服は私服ではないので、シャルロットたちには見せていない。
見せたのは簪と本音だけだ。
「一人だけ制服ってのもなんだし、最初はアニエスの服を買いに行こうか」
ということで、シャルロットと織斑に私服を選んでもらう。
シャルロットが幾つかオレに似合うのを選んできて、織斑がその中から絞っていく。
シャルロットはラウラの私服を選んでいた時もそうだったが、他人の世話をする時にとても夢中になるらしい。
そして一度夢中になると中々止まらない。
やがてシャルロットが、オレの希望通りズボンを使ってコーディネートしてくれた。
その中で織斑が良いと思ったのは、白いシャツに紺の上着、黒のデニムという物だった。
「…………どうだ?」
「やっぱり、アニエスはクールビューティって感じだよな」
クールビューティと聞くと、真っ先に思い浮かぶのが織斑千冬なのだが、織斑の好み――しかもオレとなると、そっちの方面に行くようだ。
シャルロットの方も、少し複雑そうな表情をしている。
「ん、どうしたんだ。二人とも?」
「「……なんでもない」」
取り合えず、この服は買う。
更にシャルロットが選んでくれた他の物からも幾つか選んでおく。
これでオレも私服で出掛けられるようになった。
するとレジで支払いを終えてから、ふと思った事があった。
(もし、戦争が起きなくなったら。オレはどうなるのだろう)
オレは未来で死んだ筈だったのだが、何故か過去の世界に来てしまった。
時間軸の関係する議論はとても複雑で、いろんな説が存在している。
例えば『決して歴史を変えられない』という物や『精神だけが過去に来る』『パラレルワールド』などである。
オレは実際にここにいるのだから、精神だけが過去に来たわけではなく、体ごと過去にやって来たのだ。
そこで危惧されるのが『決して歴史を変えられない』という物だ。
もし、その説が正しいとしたらオレは……
「ん……?」
そこでオレの思考は中断された。
見覚えのある人物を見つけたのだ。
「シャルロット、織斑。急用ができた」
「え、アニエス?」
「すまない!」
オレは二人を置いて全速力で駆け出した。
呆気に取られているのか、追っては来ないようだ。
それでいい。何故なら、オレが見つけた人物は――
「――博士」
人気の無くなった場所に入った篠ノ之博士を呼び止めた。
「や、アミちゃん。久しぶりー」
カツラを被り特殊メイクを施しても、常人からかけ離れた存在というのは、分かる奴には見ただけで分かるのだ。
「こんな所で何をしてるんだ?」
「何って、捜索中だよ?」
「捜索?」
「今のところ全く掴めてないんだけどね。いったい誰が戦争を起こすのやら」
博士にも正体を悟らせないという事は、犯人も天才的な人物だと分かる。
希代の天才が捜索しているのだから、見つかるのは時間の問題だと思っていたが、どうやら一筋縄では行かないらしい。
「ところで、博士。聞いてもいいか?」
「お、何かね?」
「未来を変えると、何が起こると思う?」
「うーん、タイムスリップの技術は作ったことないからまだ分かんないけど。例えば――」