織斑一夏の誕生日は本人の自宅で行われていた。
アニエスは皆が楽しんでいる片隅でその様子を見ていたが、今の彼女は心から楽しんでいるとはお世辞にも言えず、そんな様を一夏が見付ける。
「オレンジジュースよりも、アップルジュースの方が良かったか?」
「そういう訳じゃない」
「じゃあ何なんだよ。アニエス、最近元気ないぞ?」
「女にはそんな時期もあるさ」
「どういうことだ?」
「何でもない」
「とてもそういう風には見えねえんだよ」
一夏はアニエスの事を心配しているというのに、本人はそれを拒んでいる。
その癖何かと世話焼きなのたが、どうも何かを隠しているのがバレバレだった。
「あんな事件のあとでよく騒ごうと思うな」
アニエスは遠い目をしながらそう言った。
「むしろ、あんな事件のあとだからこそ、みんな騒ぎたいんじゃないか?」
結局、今回も亡国機業の目的は不明ということで一応の決着を見た。
目立った問題があるとすればセシリアだ。
アニエスが新手の迎撃に向かったあとセシリアは右腕を負傷。今も包帯を巻いてパーティーに参加している。
傷は浅くなかったものの、活性化再生治療を受けることで一週間ほどで元に戻るらしい。
「ところで、誕生日プレゼントをやろう」
「ん? クッキーか」
アニエスが簪に手伝って貰いながら作った物で、一口サイズのチョコチップクッキーだ。
「誕生日プレゼントという物は初めてなんでな。不格好だが……」
「いや、すごく嬉しいよ。ありがとう」
「あ、あ、あのっ、一夏さん! け、ケーキ焼いてきましたから!」
と、五反田蘭がケーキを持ってきたので、アニエスは邪魔をしないようにとその場を去る。
そして誰にも見つからないようにして織斑宅を出て、自動販売機の前でポケットに手を突っ込んだ。
「まったく……心の休まる時間もない」
さっと振り返り様にポケットから拳銃を抜き取り、背後に立つ人物の眉間に突き付けた。
「織斑マドカ、だったか?」
織斑千冬と瓜二つの顔を持つ人物。
彼女もまたアニエスの眉間に銃を突き付けていた。
「こうしてみると、本当にそっくりだなお前たちは」
「貴様こそ……」
「オレがか? 誰と?」
しかしマドカは答えず、二人の間に静寂が流れる。
「なら、何をしに来た?」
「ふんっ。知っているだろうに」
「織斑は殺させない。絶対にな」
そう言って自然と手に力が入るアニエス。
しかしそんな状況にも関わらず、マドカは笑って見せた。
「いや、織斑一夏は私が殺す。私が私であるために」
「どういう──っ!」
パンッ! と乾いた音が響く。
アニエスは殺気を感じ取り、咄嗟に避けたがマドカは既に走り去っていった。
暗い夜道だけに、黒い服装をしていたマドカの姿はすぐに消えてしまう。
「また逃がしたか……。しかし──」
──織斑一夏は私が殺す。私が私であるために
マドカは確かにそう言ったが、アニエスには何のことかさっぱり分からない。
織斑の末女、織斑マドカ。彼女が家族である一夏を殺す理由が見えてこない。
言葉通りに取るとすれば、織斑マドカという存在証明。
一夏の席は、元々マドカが座るべきだった。
(そう言えば、織斑姉弟には両親がいなかったな)
織斑一夏が小学一年の頃には既にいなかったが、果たして本当にそうだったのだろうか。
一夏が持っている最も古い写真は『一夏が小学一年の時の千冬とのツーショット』で、もし織斑マドカが存在していたとすると、いなかったのは両親だけでなくマドカもということになる。
織斑マドカという存在について一夏は何も知らないだろう。
織斑一夏にとって、家族は姉の千冬だけなのだから。
(本当に二人は捨てられたのか? なら何故マドカは一緒ではなかったんだ?)
「アニエス?」
「────!?」
どれくらいその場にいたのか、一夏が背後に来たのも気付かなかった。
「どこに行ったのか心配したぜ。こんな所で何してんだ?」
「織斑……」
「ん、なんだ?」
「お前に妹はいるか?」
「はっ? 俺には千冬姉しか家族はいないぞ?」
「そうか……」
やはり、知らないらしい。
「アニエス?」
「いや、なんでもない。ただ織斑先生に似た人がいたような気がしただけだ。オレは用事が出来たから一足先に帰る。ではな」
「えっ、あぁ。じゃあな、アニエス」
一夏と分かれた後で、先に外に出ていて正解だったと安堵するアニエス。
でなければ、マドカと会っていたのは一夏だったからだ。
アニエスは一夏が見えなくなったのを確認してから、携帯を取り出す。
『もしもし?』
電話の相手は、織斑千冬。
「すいません。少し聞きたいのですが」
『何だ?』
「織斑マドカという人物を、知っていますか?」
『……会ったのか?』
「サイレント・ゼフィルスのパイロットです」
『まさかな……いや』
「貴女とそっくりの顔でした。で、知ってるんですね」
『あぁ。だが、一夏には絶対に教えないと約束してくれ』
「わかりました」
『織斑マドカは、義理の妹だ』
「義理?」
『いいか? マドカは……』
アニエスは、千冬の口から『織斑』の過去を知った。
それはアニエスでも言葉を失う程の事実であり、同時に千冬が一夏に教えたくないと言うことに納得のいくものであった。